研究誌 「アジア新時代と日本」

第91号 2011/1/5



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 昨年度情勢総括と新年度の展望 民意が育む新しい政治の胎動

インタビュー 「人民の力」常岡雅雄さん 「民衆こそ時代の推進力だ」

世界短信




 

編集部より

小川淳


明けましておめでとうございます。

 昨年は、国論を二分して闘われた、あの安保闘争が敗北し日米安保が改定されてから50年の年だった。
 「対等な日米関係」「普天間の県外移転」を掲げて誕生した鳩山政権は、この戦後安保体制という巨大な壁の前にわずか8ヶ月で敗北。冷戦を背景に生まれた日米安保体制は、その冷戦が終わって20年も経ちながらも、昨年5月の日米共同宣言締結と鳩山辞任が象徴するように、逆により強固な同盟関係へと変わりつつあるようだ。
 60年安保闘争も、鳩山もなぜ敗北したのか。沖縄からの基地の撤去、対等な日米関係は「安保体制の見直し」と一体のものだ。日本の安全を米軍に委ねる以上、アメリカへの従属も、沖縄の基地負担も避けられない。米国からの自立、対米従属から離脱する以上、日本の安全は自分の力で守るという自立した安全保障政策がなければならない。
 なぜ敗北したのかを突き詰めていけば、この信念と覚悟がなかったことに尽きるのではないか。昨年、鳩山政権が迷走を繰り返し、とうとう米軍の「抑止力」に行き着いて辞任したことは、そのことを物語っている。
 しかし、日米安保体制は60年を経て明らかに揺らぎ始めている。普天間の辺野古移転は日米で合意されたが、実行できないことは明らかだ。基地撤去を求めて沖縄では県民ぐるみの闘いが始まっている。普天間問題を契機に、安保体制見直しの論議が公然となされるようになったことも大きな変化だ。
 50年前との違いは何か。それは、民意そのものが政治を動かし始めたところにある。沖縄県民の意思を無視しては辺野古への移転は不可能だ。日米安保体制の将来を握るのは、日本政府ではなく沖縄の人々であり、日本国民である。
 沖縄からの基地撤去、安保見直しのためにはきちんとした安全保障論議が必要となる。
 憲法9条外交と専守防衛の自衛隊、東アジアの集団安全保障体制の確立など、元レバノン大使天木直人氏の唱える「三位一体の自主防衛論」は、その参考になると思う。
 2011年は、こうした論議が深まる年にしたいものだ。



主張 昨年度情勢総括と新年度の展望

民意が育む新しい政治の胎動

編集部


  昨年を表す漢字は「暑」だった。自然も社会も暑苦しかったということだろう。事実、暑苦しかったのは、天候のせいだけではなかった。
 憲政史上初めて民意が決めた政権交代。だが、期待された新しい政治への転換は起こらなかった。逆戻りした古い政治に、国民の失望としらけ、そして怒りが深まった。
 政治を民意が決定する時代である今日、民意を尊重せず、民意に応えられない政治には何の力もない。それは、民意を反映し、民意が育む新しい政治に取って代わられるしかない。今、その新しい政治への胎動が始まっている。こうした視点から「民意」を基準に2010年度の情勢総括と新年度の展望について見ていきたいと思う。

1、求められた「民意第一の政治」

■民意に応えられない政権はいらない
 昨年度情勢で特徴的だったのは、大きな国民的期待を背に政権交代で登場した民主党政権が挫折し、政治が混迷状態に陥ったことだ。
 年末のNHK調査によれば、菅政権への支持率は25%、不支持率は58%だった。各種選挙の投票率も史上最低限に近い水準に低迷した。一昨年、90%を超える高い政治への関心の下、70%に及ぶ高支持率で鳩山民主党政権が誕生したときのことを思えば、その落差は余りにも大きい。
 あの政権交代で国民が求めたのは、とにかく「新しい政治」だった。当時、「政権交代を望んだ」と言う人が80%を超えた反面、「民主党の政策を支持した」と言う人は40%に満たなかったという事実がそれを雄弁に物語っている。「この勝利は民主党の勝利ではありません。国民の勝利です」と語った鳩山民主党代表の勝利宣言は言い得て妙であったということができる。
 そして昨年の参院選、低い投票率の下での民主党の大敗、それは、期待した新しい政治が実現されなかったことへの国民の失望としらけ、怒りの大きさを示している。だからと言って、国民は古い自民党政治への逆戻りを求めているのでは決してない。それは、自民党への支持率の引き続く低迷によく現れている。
 日本と同様の結果は、米国の中間選挙でも現れた。あれだけの支持と期待を背負って生まれたオバマ政権の大敗北だ。
 民意は引き続き新しい政治を求めている。だからこそ、それに応えられない政権は許されない。昨年度情勢発展が教えてくれているのはこのことではないだろうか。

■問われているのは「強さ」
 「新しい政治」と言った場合、問題となるのは、それが何かということだ。これについてはいろいろ言われている。民主党代表選で菅首相は、「カネとカズ」か「熟議の民主主義」か、「権力集中型」「トップダウン型」か「全員参加型」かを掲げ、小沢氏の「古い政治文化」に対する自らの「新しい政治文化」を強調した。
 こうした考え方については、朝日新聞などでも取り上げられていたが、これと民意が求める新しい政治との間には若干差異があるように思う。
 参院選などで民意が「NO」を突きつけたのは、むしろ関係閣僚など皆の意見を聞きながら、ただ聞くだけで、何も決められず、挙げ句の果ては、「沖縄県民の声」ではなく「米国の声」を聞き、それを県民、国民に押しつけて来た、そのような政治だったのではないだろうか。
 それは、オバマ大統領が指導者として強いか弱いかが問題にされ、「弱い」が63%と「強い」の19%を大きく上回ったことに人気急落の主たる要因があるとされていることなどにも通じている。
 今、問われているのは、民意を尊重し、それをかなえる政治だ。米国民がオバマ大統領に求めているのも、民意を欺き、民意を踏みにじる古い政治を打ち破り、敢然と「民意第一」を掲げ、民意を実現する「強さ」なのではないだろうか。
 それは、わが菅政権にも当てはまることだ。「何も決められない」と酷評され、支持率が下がる一方の今、何を基準に「新しい政治」とするのか、その見直しをするときが来ているのではないかと思う。

2、なぜ民主党政権は国民の期待を裏切ったのか?

■できなかった「米国の覇権の傘」からの脱却
 新しい政治への国民の期待は裏切られた。景気の若干の好転は、すべて輸出によるもので(23兆円増)、内需は7兆円の減退だった。失業率は5%台と高止まりし、就職内定率に至っては57・6%と就職氷河期より悪化した。後期高齢者医療費負担や地域主権など懸案の問題は解決されず、国民生活の破壊、地方、地域の崩壊が進んだ。
 民主党政権のこうした裏切りの最たるものは「普天間」だった。鳩山首相(当時)は、沖縄、普天間基地の県外、国外移設を公約し、その期日まで定めた。しかし、約束の期限ぎりぎりまで討議に討議を重ねた挙げ句なされた日米合意は、従前の沖縄、辺野古への基地移設だった。その弁明として前首相は、「海兵隊の抑止力を学んで知った」と言った。すなわち、沖縄に存在している米軍全体で、普天間を基地とする海兵隊が果たす役割を考えたとき、米軍による「戦争抑止力」維持のため、基地の県外、国外移設はあり得ない、ということだった。
 ここでは、米軍によって保障される「戦争抑止力」、すなわち「米国の覇権の傘の下での平和」、「パクス・アメリカーナ」が大前提となっている。こうしたこれまでの古い国のあり方と沖縄県民、日本国民の意思と要求との対立、その矛盾の解決なしに、「民意第一の政治」はあり得なかった。

■覇権にしがみついたオバマ政権
 一方、鳩山政権に屈服を強いたオバマ政権の政治はどうだったのか。それについて象徴的なのは、やはりイラク、アフガン問題だ。公約に掲げられた「イラクからの撤退」も「アフガン問題の解決」もできていない。
 米軍がイラクの治安のために撤退できないというのは完全な欺瞞だ。イラクをあのような惨状に落とし込んだのは米軍に他ならない。もし、イラクの治安を本当に考えるのなら、一日も早く撤退するのがよい。撤退しないのはイラクの治安のためではない。米国の覇権のためだ。せっかく手に入れた覇権を失うのを恐れて撤退できないのだ。
 アフガンでは事態は一層深刻だ。タリバン勢力を掃討しての「解決」どころか、「第二のベトナム」のときが近づいている。いや、その敗退は、「ベトナム以上」だろう。それは、覇権国家としての地位そのものの崩壊を意味している。
 オバマ政権が本当に民意に応え、「イラク撤退」「アフガン問題解決」を図ろうとするなら、覇権を放棄する以外にない。覇権と民意第一との対立と矛盾は、時間が経つにつれ、一層明確になってくるだろう。
 経済問題に対するオバマ政権の取り組みも同様だ。「経済危機脱出」を掲げながら、この政権は何をしたのか。真っ先に行ったのは、8000億ドルになんなんとする膨大な公的資金の投入など、超巨大金融独占の救済だった。金融による世界制覇の軸であり、あの「百年に一度」と言われた金融恐慌を引き起こした張本人である金融大独占を救済し建て直すこと、そこに財政難とドルの垂れ流しという代価を払ってまで第一の力が注がれた。
 これが何を意味するかは深刻だ。それは、オバマ政権が金融による覇権にあくまでしがみつくということであり、金融恐慌によりその破産が明らかになった新自由主義、グローバリズムという覇権の経済路線を見直すことなく、どこまでも握りしめていくということだ。
 こうした政治の結果が昨秋の中間選挙でのオバマ民主党大敗につながった。すなわち、GDPの低迷や9・8%にまで達した失業率の高まりなど一向に回復しない経済の停滞とそれとは裏腹な超巨大金融独占の復活、そしてカネ余り、新たなバブルの発生だ。経済危機からの脱却を求める民意に応えるどころか、さらに新たな危機を生み出すオバマ政治に「NO」が突きつけられたのは余りにも当然だ。
 もともと民意と覇権は対立するものだ。それが、今、現実の政治でぶつかっている。「パクス・アメリカーナ」、オバマ政権の覇権と「民意第一」の対立と矛盾は、日米両民主党の政治がなぜ「新しい政治」たり得ず、民意を裏切ったのか、その根因を明らかにしてくれているのではないだろうか。

3、古い政治への転落とその運命

■対米従属・覇権政治への転落
 「民意尊重」をかなぐり捨てた鳩山政権の後を襲った菅政権による政治の過程は、一言でいって、自民党政治顔負けの古い対米従属・覇権政治への転落の軌跡だったと言うことができる。
 根拠薄弱の「天安艦北朝鮮撃沈説」のお先棒担ぎ、各国の財政健全化を迫る米国の要求に応える消費税10%引き上げ案の提起、広島の秋葉市長の「核の傘からの離脱」宣言に驚き、慌ててそれを否定した「核抑止力」の必要性についての談話、等々、そのどれもが、「普天間」問題で見せた米国のこわもてに恐れをなしたおもねりが顕著だ。この米国の覇権の傘を離れては生きていけない対米追随姿勢は、尖閣諸島問題、TPP問題、新防衛大綱問題などに至り、この上ないものになった。
 尖閣諸島問題では、わざわざ中国漁船を拿捕し船長を逮捕して日中の領土問題での対立を事荒立て、そこへの米国の関与の道を開き、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)問題では、この米国主導の多国間無関税通商協定への加盟の意向をいち早く表明し、太平洋周辺21カ国のTPP加盟を誘って、東アジアおよび中南米への米国の関与の手助けをし、そして新防衛大綱を策定することにより、中国と北朝鮮を対象とする日米韓一体となっての戦時軍事態勢づくりを推し進めようとしている。
 菅政権がこの間、国会の審議にかけることもなく強行してきたこうした対米追随・覇権政治の背後には、失われた覇権にしがみつく覇権政治の総本山、米オバマ政権がある。
 オバマ大統領は、その就任の最初から、世界に対する「関与」と「指導権」を公然と明らかにし、米国による覇権にあくまでしがみつき、その維持と回復につとめてきた。イラク、アフガン、金融などはその柱となるものだ。そして今、発展著しいアジアを世界覇権のための重要な要衝に見定め、南沙群島や尖閣諸島など中国とアジア諸国の領土紛争を煽り立てながら、そこへの米国の関与を図っており、TPPを使っての東アジア共同体や南米諸国連合への関与とその破壊を画策している。
 「新しい政治」を標榜して登場した日米民主党政権の政治は、前政権にも増した古い覇権政治に転落した。民意に反し国民の期待を裏切ったこの古い政治の前にはいかなる運命が待っているのか。

■民意が決定する時代、覇権政治の運命は
 現時代は民意が世界を動かし決定する時代だ。
 一昔前は、世界の情勢を見るとき、帝国主義、覇権国家の動向を見ていた。覇権国家が世界を動かし決定していたからだ。
 しかし、今日、米国の動向を見て世界の動きを判断することはできない。それは、もはや覇権が通用する時代でなくなっているからに他ならない。
 今日、世界を動かしているのは民意だ。民意こそが世界を動かし、その動きを決定していると見るのが正しいと思う。
 実際、政権交代は民意で起こっており、民意に反し民意に逆行する政治は許されない。この間の日本や欧米の政治がそのことをよく物語っている。先進国だけではない。民意の高まりは、今や世界的だ。イラクやアフガンの戦い、核や環境問題など先進国の横暴を許さない新興諸国の闘い、等々はその現れだと言えるだろう。
 今日、民意はかつてなく高まっている。尖閣諸島問題でいくら領土紛争を煽っても、「国益から見て、日中関係の悪化によって生じる損失の方が大きいのではないか」など、国民の声は冷静だ。大延坪島砲撃問題でもそうだ。日米韓政府やマスコミの「北朝鮮による挑発」の大合唱にもかかわらず、「北の砲撃の前にその目の前で行われた韓国の射撃訓練はどうなのか。それこそ『挑発』ではないのか」等々の見方も出されている。
 この民意の高まりは、覇権の弱体化にともない、余裕がなくなった謀略の質の低下と相俟って、民意を欺く覇権政治の破綻を促進しているようだ。天安艦事件の「北朝鮮犯行説」をこれと言った科学的根拠もないままに流布させた上でおこなった韓国の地方選挙で李明博政権の側が大敗を喫したのもその一例ではないかと思う。国民を欺くことのできなくなった覇権政治の運命は目に見えているのではないだろうか。

4、新しい闘争の時代の幕が開ける

 民意を欺き、民意を踏みにじる古い覇権政治は、民意を反映し、民意に育まれる闘いによって一掃される。新しい年は、古い覇権の政治を民意が許さないこれまでにない新しい闘争の年になる様相を呈している。闘争高揚の兆候はすでに世界的範囲で、そして日本でも生まれているように見える。

■民意を反映した反覇権の闘いの世界的な高揚
 今日、覇権か反覇権かの闘いは、民意を反映し、民意に育まれて、多様な形態と内容で、世界的に大きく新たな広がりを見せてきている。
 自らの覇権のために引き起こした米国の反テロ戦争に反対する民意の強い後押しを受けながら、アフガンやイラクでの闘いは、武装闘争の形態をとり、最終的な勝利を闘い取る段階に至っている。一方、昨年あたりからギリシャやフランス、イギリスなどヨーロッパ諸国で財政破綻の矛盾を国民に押しつける政府に反対する広範な民意を反映して、青年や労働者、公務員などの闘いがデモやストライキなどの形態をとって大きく高揚してきている。財政破綻の根因が米国による新自由主義やグローバリズムなど覇権経済路線にあることを考えたとき、この闘いは覇権か反覇権かの闘いの重要な一環として急速に発展してくると思われる。
 民意を反映した反覇権の闘いは、さらに大きな広がりを持っている。その一つが米国の核独占とそれによる覇権に反対する闘いだ。「核なき世界」を標榜するオバマ大統領が「最後に核をなくすのは米国だ」と臆面もなく公言し、反「核テロ」のスローガンの下、核軍縮より核拡散防止に力を入れている姿は、核独占による覇権の野望丸出しだ。朝鮮やイランの核開発に対する制裁と包囲はまさにそのためのものであり、それを打破する両国の闘いは、平和的核開発の権利を主張する新興国の闘いとともに覇権か反覇権かの闘いの一つとしてとらえられる必要があるだろう。
 大きく広がる覇権か反覇権かの闘いの中でも特に重要な意味を持つ闘いとして、地域共同体形成をめぐる闘いがある。米一極支配との激烈な闘争を通してベネルクス三国やASEAN諸国など「小国」の主導で形成されてきたEUや東アジア共同体など地域共同体は、米国が言うようにそれぞれの地域大国(日、中、独、仏、英、ブラジルなど)を中心とする覇権多極化のブロックなのでは決してない。この脱覇権、主権尊重のための共同体の域内経済交流、共通通貨形成、域内安保強化などによってはじめて、経済と軍事による米国の覇権を実質的になくすことができる。米国と地域共同体との闘いは、すぐれて覇権か反覇権かの闘いだ。これを米中の覇権抗争のように見ると、事の本質を見誤るのではないだろうか。

■中央政界の体たらくの果てに
 新しい闘争の時代が世界的な範囲で幕を開けようとしている今日、日本の政治はどうだろうか。
 菅政権に新しい政治への期待をかけるなど全くの論外になっている中、重要なのは中央政界自体に対する国民の信頼と期待が地に落ちてしまっていることだ。各種選挙全般に見られた投票率の意外なほどの低さはその象徴だと思う。
 だが、民意に失望はあっても絶望はなく、しらけはあってもあきらめはない。その懐は大きく、広く、深い。今、地方、地域から民意の後押しを受けた「地域政党」が生まれてきているのはその一つの現れではないだろうか。もちろん、その政治内容上の評価にはいろいろあるだろうが、橋下大阪府知事主宰の「大阪維新の会」や名古屋の河村市長による「減税日本」、そして、さいたま市の清水市長など埼玉県下4市の市長が集まっての地域政党「埼玉改援隊」、等々、このところその立ち上げが一つの趨勢になってきているのは事実だ。
 そうした中注目すべきは、「維新の会」とみんなの党との接触に見られるように、これら地域政党は決して地方、地域の枠の中に収まるものでないことだ。天木直人さんが沖縄県知事選に立候補した伊波洋一宜野湾市・市長に「負けたら『沖縄平和新党』の立ち上げを」と呼びかけたように、民意の後押しを受けるこれらの運動は、日本全体の政界再編を主導するものに発展する可能性を秘めているように思える。中央政界が何の理念も志もなく、「数合わせ」の権力争いに明け暮れている今日、民意を尊重し、民意を反映した地方、地域からの政界再編が日本の政治を変える一つの原動力になる可能性も出てきているのではないだろうか。
 下からの新しい政治への胎動はそれだけではない。もはや中央政界には何も期待しない大衆的な動きが、危機の深刻化の中、いろいろと生まれてきているように見える。それは、これまでの既存の運動には全くなかった多様で新しい形態や方式を採り、様々なつながりやネットワークをつくって広がっていっているようだ。この民意の中で、民意を受けて育つ下からの大衆的運動にこそ、反覇権、自主と協調の新しい政治の未来が託されているのではないだろうか。


 
インタビュー 「人民の力」常岡雅雄さん

「民衆こそ時代の推進力だ」

聞き手 小川淳


「人民の力」は1968年、社会主義協会神奈川県支部機関誌として創刊された。その後、社会主義協会を離れ、1971年7月、社青同の青年労働者と新しい社会主義を探求して新たに「人民の力」を結成、今日に至っている。  代表の常岡雅雄さんは1940年生まれ。62年に九州大学経済学部を卒業。在学中は向坂逸郎「資本ゼミ」に所属。62〜64年日本鋼管、64年社会タイムズを経て、64〜71年国労本部勤務。この間、62〜70年社会主義協会、64〜70年社会主義青年同盟に所属。
「人民の力」誌との交流は、10年前くらいから続く。左翼の党派とも違うし、知識人が書く政治理論誌でもない、どんな人たちが作っているのだろうと不思議に思っていた。神奈川の事務所を訪ね、常岡さんにお話を伺った。

―「人民の力」は社会主義協会の地方機関誌として創刊された後、社会主義協会を離れて新たに「人民の力」を結成されていますが、どのような組織なのでしょうか。
 「人民の力」という名前からよく中国派と見られるのですが、もともとは「プロレタリア革命派」と言っていた。それで機関誌を作ろうということでみんなが名前を出し合って投票した。僕はプロレタリア解放としたんですが「人民の力」が多数をとった。それが68年で、社会主義協会の神奈川県支部の小さな手作りの機関誌として出発した。

―国労との関係はどうだったのですか。
 国労の本部に僕がいて同じ世代の青年労働者たちと親しくなっていった。そのときの青年活動家たちが「人力」の母体になっていく。そのときの青年労働者たちがいまでもそのまま残って中心を担ってきた。言うなら国労の青年活動家たちが作ってきた組織が「人力」です。全逓の人や民間企業の労働者もいましたが、国労が8割くらい。国鉄労働運動の先進的な活動家が労働組合運動のレベルではなく社会主義革命という政治レベルに自分たちを高めて全国的なつながりにして行こうと、自主的に自立して社会主義をめざす政治運動の組織を作った。学者とかインテリの優れた人が作った組織ではない。それが40年も続いたことの意義はけっして小さくはないと思っています。

―文章を読んでいると、現場で格闘されている姿が紙面に出ている。学者的な、評論家的な文章じゃないな、という印象を持っています。
 一般に政治団体の機関紙などは知識ある人が書いてそれを下の人が読んで指針にしていく。僕たちの機関誌はそうではなく実際の労働者自身が書いていく。労働者が社会主義的インテリゲンチャになっていく。自分自身をそのように自分自身で創っていく。労働者が社会主義の単なる「受け手」ではなく「作り手」として自分自身を育てていく。そういう問題意識からつくってきました。だから皆が労働し活動しながら機関誌への原稿を必死で書くわけです。最初の頃は文章になかなかならなかった。

―60年代にはいろんな組織や団体が生まれたが現在に残る組織は多くはありません。激動の時代を潜り抜けて40年も続いてきた、その原動力は何だったのでしょうか。
 40年間続いた事自体はあんまり誇れる事ではありませんが、なぜ続いたのかを一言で言えば、労働運動の誠実で献身的な青年活動家たちが「労働運動と社会主義運動」を結合させてきたからだ、ということになる。若い頃、組合主義じゃ駄目なんだということから出発している。しかも国鉄労働運動だから、熾烈な反マル生運動とか合理化攻撃との闘いを全国的にやってきて、その熾烈な闘いを中心に担った青年たちだった。その思想とエネルギーがいままで続いているということが一番じゃないかと思う。だから玉砕してもいい、消滅してもいい、その瞬間、瞬間でいけばいいのだ、という考えや姿勢ややり方もある。しかし、そうはしなかった。それは、第一次世界大戦のときのドイツ社民党の教訓からでした。社民党は究極的には国民主義、国家主義になって戦争に行く。その社民党の中にいても社会主義にいく事は絶対にありえない。社会主義の情勢になったときにはむしろ反動に回る。ローザやリープクネヒトを殺したのはドイツ社民党の兵士であった。社民党から抜け出さなければならないと強烈に考えた。資本論などマルクスの思想・理論で資本主義を批判する。同時に、マルクスの言葉でいえばアオフヘーベン、止揚する。即ち、破棄すべきものは破棄し、引き継ぐものは引き継いでいく、発展させる、この方法が大事じゃないかと、たえず学校をやってきた。その「政治学校」のたびに「意義と課題」と言って、いま我々はどこまで来たか、その意義は何処にあるか、次の課題は何か、そうやっているうちに40年が経った。

―社会主義の問題についてですが、「人力」の追求する社会主義とはどのようなものなのか。「左翼でも右翼でもなく、尾翼だ」という風に常岡さんは書かれています。
 僕ら人民の力の社会主義は基調を「理性とヒューマニズム」に置く「構造的総合的な社会主義革命」路線です。 資本主義が駄目だとは左翼は皆、思っている。それが社会主義を掲げてやってきた人たちに共通した意識じゃないかと思う。確かに、資本主義は駄目だから社会主義にいかねばならない。だが、その社会主義とは何なのか。それが、今日では誰も分からない。社会主義を棄てたらという人もいる。捨てた人もたくさんいる。しかし、僕たちは棄てたくない。社会主義でやってきたのだから棄てたくない。あのキリスト教だって2千年も続いているではないか。神にすがるのではなく、自分の究極の主体を神などに預けるのではなく、本当の意味で理性的でヒューマニズムの社会主義が続かないはずがない、という気持ちがある。 ソ連が崩壊したときには社会主義協会はソ連派的になっていました。しかし社会主義協会はそうではないのだ、ソ連派などではないのだと言うのが僕たちの出発点でした。協会は共産党とは違う。「非共産党マルクス主義」というのがあるはずだ。講座派と労農派の対抗関係が戦前にあって、労農派は協会の理論に、講座派は共産党の理論になる。他国の権威に従う運動はけっしてうまくいかない。ソ連や中国や他国の権威の言う通りに従う社会主義などありえないはずだ。自立・自主という立場が僕らの原点だった。自立・自主の社会主義運動。日本の中から生まれてきた変革の思想を引き継いできたのが労農派でした。僕らはそこの活動家として生まれてきたわけだから、その原点を大事にしていこうとした。日本には日本の変革の思想と理論があるという原理から、ソ連はじめ他国の権威に追随するようなことには反対だった。その観点から見て僕らにはスターリン主義への批判は当初からあった。スターリン主義が崩壊したのは当然だった。反スターリン主義を云いながら崩壊させることができなかった事の方がむしろ問題だ。倒した民衆の方が正しい。

―民主党政権には今や多くの人が失望しています。日本の変革のために何が必要と思われますか。
 日本は戦後の特殊な状況の中で資本主義として復活し、高度成長が実現してきました。その方法が完全に行き詰って、それ以上の資本主義発展が見えてこない。国家財政にしても行き詰まってしまっている。日本の支配勢力も展望を失っている。生きていくために労賃の安いアジアへどんどん出て行って、国内で失業者を増やしている。いまや、資本主義的であれ人間を少しでも幸せにしながら発展するという道が完全になくなった。それに対する国民の不満がいろんな形で噴出し、それが政権交代に結びついた。しかし、政権交代して権力を握ったとたんに何をやっていいかわからない。鳩山も沖縄から基地をなくそうとしたが、アメリカに立ち向かおうとはしなかったし、官僚も動かない、妨害する。  戦後の日本はアメリカ隷従の国家であり国民です。米軍基地がある日米安保体制があるというだけでなく、天皇制の存続、憲法9条の蹂躙、自衛隊の存在、天皇制官僚勢力の存続、自民党はじめ保守勢力の存在などにその典型をみることができます。まずは、これらを当然とする、戦後日本人がもってきた、アメリカ隷属の意識と思想の克服が必要でしょう。アメリカに負けた、戦後はアメリカに作ってもらった。こういうアメリカ隷従の根性があるから、道徳的にも、政治的にも進むべき道を見失ってしまった。アメリカ隷従からの自立・自主日本への変革を成しとげると、当然にも、必然的に日本は平和な小国になる。かつての侵略や戦争のようなもう悪い事はしない日本と、アジア・太平洋・世界から理解されるようになる。そのような小さくても平和主義の国家として国民として見られる生き方を選んだほうが良い。今はアメリカに隷従してアメリカの世界覇権の片棒を担がされている。アジア・太平洋にものすごく迷惑をかけたという反省がまずなければならないと思う。

―その具体的な政策は何でしょうか。
 僕はその為の明確で有力な政治潮流がないと思っている。それを自覚してやればまだ民主党にも可能性はあったかもしれない。だけど民主党にはその明確な自覚も体制も力量もなかった。鳩山の挫折と代わった菅政権の保守回帰でそれが明らかです。そして今や、民主党は分裂含みだし、政権の座すらも危なくなってきている。日本の未来を切り開いて人民を結集させ、アジアにもきちんと顔を向けられる政治勢力はない。そうすると一番問われるのは左翼ですが、その左翼も様々な意味で限りなく無力です。歴史的尺度ではまさに自己解体的問い直しが迫られているのだと思います。

―新しい時代を担うような勢力はないのでしょうか。
 流れとして20代、30代の青年に期待したい。そこから新しい政治潮流が生まれてこなければならないと思っている。彼らは我々のような古い社会主義意識とかなにもない。新しい感覚や違った意識を持っている。

―若い世代の芽のようなものを感じますか。
 非正規労働者問題や貧困問題などへの取り組みを自覚的に懸命にやっている立派な人が青年の中から出てきている。明確な思想がないから駄目とか、市民主義だから駄目とか、政府に入ったから駄目とか、否定的にみるのではなく、その立派な青年たちを伝統的な左翼がサポートしながら、それを大きな政治の流れに作っていく。いまはまだ水溜りにしかなっていないけどそれを流れにしていく。時間がかかってもそれを目指していく。「人力」であれ、どんな「左翼」であれその一端を担う必要がある。「左翼」とかは中身を見ずにすぐに政権打倒とかつい言ってしまうが、反発しますよ、若い人は。打倒するのは最後でいいじゃないのか。もっと言わなければならないこと、しなければならないことが、それ以前に一杯あるはず。打倒、打倒と言葉だけ、活字だけで言っているけれども、その自分たちの無能と非力をこそ「左翼」はもっとも見詰めるべきでしょう。

※      ※      ※

 常岡さんは「悪しき左翼主義」の克服こそ、人力のめざす社会主義だという。「悪しき左翼主義」とは、人びとを見下すこと、自己絶対化と独善と傲慢なのだ。「右翼」でも「左翼」でもない。徹底した民衆主義。民衆を導くというような前衛主義や独善を廃し、徹底して民衆に依拠していく。それが「尾翼」という言葉の意味なのだろうと思った。
「人力」を読んでいつも感じる事は、その幅の広さ、「党派」を超えた人々との繋がりが感じられることだ。日本にも独自の思想があるという労農派の原点があったからこそ、人力が幅の広い人々と共闘できていると言えるのではないか。



 

世界短信

 

■日本自衛隊が出てきてはならない所
 日本政府が韓半島の有事の際、自国民救出のために自衛隊を派遣することを、わが政府に打診しているという。菅首相の発言は色々な面で不適切で軽率だ。第一に延坪事件以来、それでなくても緊張している時に友好国の首相が「有事」などと不安を煽る発言をしたことだ。第二に、韓半島の不幸を尻目に自国の利益を追求しようという下心が見える点だ。日本は「天安艦事件」を沖縄の基地移転問題解決の好機として活用し南北の葛藤を煽ってきた。第三に自衛隊の活動範囲が邦人移送から拡大する可能性があることだ。
 より大きな問題は、菅発言の没歴史性だ。韓半島は日帝占領の痛みを抱えた所だ。とりわけ今年は韓日強制合併百周年であり韓半島の住民の心を踏みにじる発言だ。どのような名目であれ、韓半島に日本の武力が進出するなど許せないことだ。

(韓国・ハンギョレ新聞)


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