研究誌 「アジア新時代と日本」

第87号 2010/9/5



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 脱覇権時代の象徴、「核の傘からの離脱」

研究 反覇権の時代的流れを反映する発展途上国地域の活況

インタビュー 「まつたけ十字軍運動」 豊かな里山の生態系を蘇らせたい

世界短信




 

編集部より

小川淳


 8月下旬、京都北部岩倉の森を訪ねた(詳しくはインタビュー参照)。盆地に位置する京都はぐるりと周囲を森が囲む。これらの森は薪炭や柴、肥料など里山として千年以上もの間、人々に利用されてきた。アカマツやナラの二次林でマツタケも多く産出した。ところが戦後、人の手が入らなくなって久しい里山は、赤く枯れたナラやアカマツがいたるところにあり、昔の里山の面影はない。
 国土の67%を占める森林。日本は世界にも稀な森林国といっても良い。その森林が荒廃の危機にあると言われて久しい。770万haの里山だけではない。1030万haの人口林(国土の25%を占める)も間伐が進まず、荒廃に任されたままだ。森の育成や管理に注意を払ってこなかった政治的無策の結果である。
 森林行政は今、大きな変動期にあるといってよい。林野庁は昨秋、「森林・林業再生プラン」を策定している。今後10年間を目途に、路網の整備、森林施業の集約化及び必要な人材育成を軸として、効率的かつ安定的な林業経営の基盤づくりを進めるとともに、木材の安定供給と利用に必要な体制を構築し、我が国の森林・林業を早急に再生していくための指針だ。
 国内の膨大な森林資源を最大限活用し、雇用・環境にも貢献するよう、我が国の社会構造を「コンクリート社会から木の社会へ転換する」という。注目したいのは林業・木材産業を成長戦略の中に位置づけ、山村地域における雇用への貢献を図ろうとしていることだ。10年後の木材自給率50%以上をめざすという。
 この20年間、地方を支えたのは公共事業だった。90年の指標を100とすると、2010年のGDPは109とわずかに成長したのに対して、ダムは313箇所から523箇所へ(167)、道路は5281キロから9468キロ(179)と大幅に増加している。公共事業に頼る地域興しは限界という声も聞く。だが、100年後の国土を見据えた、「森を作る」というような公共事業はあっても良いし、夢があると思う。
 戦後の日本は「古い町並み」や自然を壊し、魅力のないものに変えてしまった。原因の一つは、目先の経済的利益を追うだけの政治にあった。古い発展モデルは通用しない時代を向かえた今、100年後の日本を見据えた、夢のある発展モデルを作れないか。新政権にはそう期待したい。



主張

脱覇権時代の象徴、「核の傘からの離脱」

編集部


 今年の「8・6」は、例年にない特徴を持っていた。オバマ大統領の「核兵器なき世界」への呼びかけを背景に、歴史上初めて駐日米国大使、国連事務総長の集会への参加があったこと、そして、秋葉広島市長がその平和宣言で「核の傘からの離脱」と「非核三原則の法制化」を日本政府に要求したことだ。マスコミの注目度は、前者の方がはるかに大きかった。後者については、第一報で比較的大きく取上げられただけだった。
 この二つの事象は、それぞれ異なる意味を持っている。ある意味では全く正反対だと言っていいかもしれない。そうした中、ここでは後者に注目し、その意味について考えてみたい。

■「核の傘からの離脱宣言」
 秋葉広島市長から提起された政府への要求がいかに大きな意味を持っていたかは、この平和宣言をめぐって戦わされた論議の高まりを見ても容易に察することができる。さらに、最初の報道でこの発言を取り上げたマスコミが、その後急速にそのトーンを落とし、「核の傘からの離脱」については言及さえしなくなったところにも、その深刻さが現れていたのではないだろうか。
 確かに、秋葉市長が発した平和宣言は単なる「平和宣言」ではなかった。それはまさに、「核の傘からの離脱宣言」と言うにふさわしいものだった。菅首相がこの「宣言」を打ち消すかのように「核抑止力の必要性」についてことさらに強調したのも、事の重大さを図らずも明かにしていたと言える。
 「核の傘からの離脱宣言」が持つ意味の大きさはどこにあるのか。それは何よりも、この「宣言」が一般的な非核平和ではなく、「米国の覇権からの離脱」を要求しているからに他ならない。

■「核の傘」「核抑止力」は古い覇権時代の遺物
 菅首相は、「核抑止力の必要性」について言いながら、その根拠として、核戦略を含む大規模な軍事力がまだまだ存在していること、核兵器をはじめとする大量破壊兵器の拡散という現実があることなどを挙げた。
 だが、これもおかしな話である。誰もが知っているように、世界最大の核保有国は他でもなく米国である。その米国の核は問題にされず「核抑止力」になり、米国以外の国々の核は問題にされて要「核抑止力」の根拠にされている。
 このおかしな話が菅首相の口からまるで当然のことであるかのように出てきたのはなぜか。その根底に米国の核を何か特別で例外的なものと見る見方があるからに他ならない。米国の核は、「核抑止力」「核の傘」になる核、すなわち超大国、国の上の国、覇権国家の核だということだ。
 もちろん、菅首相とて、米国の膨大な核軍事力が他国の平和と安全のためのものでないのは百も承知だろう。それは、米国自身が言っていることだ。すなわち自らの覇権のために他ならないと。その上で彼らが「核の傘」や「核抑止力」と言うのは、全世界の軍事予算の半分近くを占める圧倒的な核軍事力による覇権、この覇権のもとにのみ世界の平和も有り得るということだ。世界を圧する超巨大核軍事力で米国がにらみを利かせて、他の国々が核を使って戦争できなくする平和、すなわち米国の「核の傘」「核抑止力」によって保たれる平和、「パクス・アメリカーナ(米国の覇権のもとにおける平和)」。米国の核保有だけを特別視し、例外的に見る理由はまさにここにある。すなわち、米国の覇権を認め、そのもとで生きていくことを前提にしているということだ。
 米国の世界支配は核とドルによる支配と言われる。すなわち、核は覇権のための道具、覇権の象徴だということだ。米国は核を独り占めし、その「核の傘」の下に大多数の国々を入れ、「傘」に入らない国ににらみを利かす。オバマ大統領が「核兵器なき世界」を標榜しながら、まず率先して米国が核を無くすのではなく、米国は最後に無くすと言っているのは、米国が最後まで覇権を握るという意思の表示に他ならない。
 だが、米国のそうした「意思」にもかかわらず、世界はもはや覇権が通用する世界ではなくなっている。米一極支配の崩壊とともに、覇権が通じる覇権の時代は終った。
 今、世界で米国の「意思」のままになるものはほとんどない。泥沼のイラク、アフガン戦争しかり、朝鮮やイランの核開発しかり、EUや南米諸国連合、アフリカ連合などでの米国を排除した軍事力の構築しかり、そして回復の見通しが全く立たないドルを基軸通貨とする米国主導の新自由主義・グローバリズム経済しかりである。核や環境、平和と安全、経済など、今日焦眉の国際問題でも、米国の主導権は全くと言ってよいほど発揮されていない。国連などで騒ぎ立てた先の「天安艦事件」での日米韓の孤立と醜態は、その象徴とも言えるものだった。
 覇権が通用しない脱覇権の新時代である今日、「核の傘」「核抑止力」は、古い覇権時代の遺物になった。それは、「米国の覇権のもとにおける平和」を守ることもできなくなっている。それどころか、失われた覇権を取り戻すため、米国がそれを戦争に訴えないという保証はどこにもない。日本、韓国を動員して朝鮮との敵対関係を一触即発のものに先鋭化させた「天安艦事件」はその証左ではないだろうか。

■「核の傘からの離脱」のために
 秋葉市長から発せられた「核の傘からの離脱」は、新しい時代、脱覇権時代の要求を反映した「覇権からの離脱」そのものであり、その象徴だ。
 まさにそうだからこそ、その実現は容易ではない。そうした中、秋葉市長は、「核の傘からの離脱」実現のための道筋まで提起している。
 そこでは、まず始めるべきこととして核廃絶の運動が挙げられている。全世界に2万発、全人類を100回以上殺戮してもなお余る核兵器廃絶を訴え、それを日本政府に対する運動として起すべきだということだ。次に重要なこととして挙げられているのが「非核三原則の法制化」だ。核を持たず、つくらず、持ち込ませずの非核三原則を法制化することは、核持ち込みの「密約」が明るみに出され、その常態化がもくろまれている今日、それ自体が「核の傘からの離脱」を意味するものとなる。秋葉市長は、その上に、日米安保条約の廃棄まで提起している。それは、「核の傘からの離脱」が日米安保条約の廃棄と一体だからだ。
 これらは、古い覇権時代から新しい脱覇権時代へ、日本の安保路線の見直しを意味している。「核の傘からの離脱」は、この新時代・安保路線の象徴だとも言うことができる。
 新しい脱覇権時代の安保路線を考える時、米国の「核抑止力」に代る「抑止力」について考えることが要求されるようになる。もちろん、「核抑止力」という言葉自体、米国が核による覇権のためにつくり出した言葉だ。だから、新しい安保路線を考える時、この言葉を使う必要はない。しかし、新安保路線にあっても、戦争を抑止するという考え方は重要だ。
 そこで敢えて「抑止力」という言葉を使わせてもらえば、この「戦争抑止力」で何よりもまず重要なのは、「憲法9条」に他ならないのではないだろうか。脱覇権の新時代にあって、国際紛争を解決する手段としての戦争の放棄、交戦権の否認を明記し、自衛権の存在は前提としながら、それを自国の領域内に侵入してきた侵略勢力の撃退に限りそれに徹する「憲法9条」は、「自衛」の名による侵略戦争との決別を歴史上初めて宣言した脱覇権・安保の模範である。この世界に誇る「9条」を掲げ、そのもとに鉄壁に築き上げられた、誰にも依存しない自分自身の撃退力を備えた安全保障体制、それこそが脱覇権時代のもっとも強力な「戦争抑止力」になるのではないだろうか。
 脱覇権時代の「戦争抑止力」でもう一つ重要なのは、アジア安保ではないかと思う。今日、東アジア不戦共同体を目指す動きは注目すべきものだ。TAC(東南アジア友好協力条約)とARF(ASEAN地域フォーラム)で押し進められるこの運動は、相互不可侵、紛争の平和解決など非同盟自主外交の原則を基軸に「不戦共同の誓い」を取り交し、そこに日本や朝鮮など東アジアのすべての国々を結集してきている。
 これは、「噛む」安保から「吠える」安保への転換だと言われる。「噛む」安保が他国への軍事制裁、攻撃による覇権的安保だとすれば、「吠える」安保はいかなる理由であれ他国への軍事介入を否定し、あくまで紛争の平和的解決を目指しながら、あらゆる主権侵害を認めない脱覇権的安保だ。この「アジア安保」と「憲法9条」、これこそ新しい時代、脱覇権時代の「戦争抑止力」だと言えるのではないだろうか。



研究

反覇権の時代的流れを反映する発展途上国地域の活況

魚本公博


■発展途上国地域の経済活況
 金融危機以来、先進諸国の経済的停滞を尻目に発展途上国の経済が活況である。世界銀行も、金融危機以降の世界的な経済停滞の中で発展途上諸国の回復は目覚しく、それぞれの地域で数%の伸び率を示し、アジアは今年7%の成長が見込まれると見ている。
 この回復・活況は、一言でいえば、地域協力によっている。東アジアでは、中国の存在が大きいのは事実だが、ASEAN諸国が域内の自由貿易と経済協力を発展させてきたことが大きい。彼らは、チェンマイ・イニシャチブによって域内の金融を支え、中国ともFTA(二国間自由貿易協定)を結び、域内貿易を主にして経済の活況化を果たしているのだ。
 注目されているのはアフリカである。この大陸は「遅れた大陸」として、世界経済から見捨てられたような存在であったし、紛争も多発し不安定な地域だった。しかし、地域協力によって着実な発展を始めた。今年は、多くのアフリカ諸国が独立した1960年の「アフリカの年」50周年に当たり、国連が定めた「アフリカの平和と安全の年」である。その50周年を記念したセネガルでの「アフリカ再生記念碑」除幕式で、南ア大統領は「政治的協力と経済的な統合を実現すべきであり、地域協力の増進こそ発展途上国の生きる道だ」と強調した。
 アフリカには、西アフリカ諸国経済共同体、中部アフリカ諸国経済共同体、南部アフリカ開発共同体、アラブ・マグレブ連合(北アフリカ諸国)などがあり、それを統括する形でのアフリカ連合があって活発な地域協力を推進している。
 最近では、東アフリカ諸国が7月1日から正式に共同市場の運営を始め、北アフリカ諸国は砂漠を効果的に利用して太陽エネルギーを大々的に生産する「砂漠計画」を進めている。西アフリカの5カ国は共同でコートジボアールのアビジャンからナイジェリアのラゴスにいたる1000キロの道路建設を行っている。アルジェリアと南アが核の平和的利用分野で協力する協定を結び、モロッコ、アルジェリ、チュニジア、リビアは科学技術、教育、保健、建設などで協力を促進。ジンバブエとアンゴラは、国境に共同で運河を建設し、スーダンとモーリタニアは砂糖生産での協力を始めた。
 この7月、アフリカ連合は第15回首脳会議で、産母、乳児の健康問題を討議し、病院建設、医師看護婦養成での協力や薬品生産や出版教育の共同事業などを決定した。また、この会議では、ソマリアへの派兵増加を決めたが、こうした域内協力の推進によって、アフリカでは、過去2年間で目に見えて紛争が減少している。
 ラテン・アメリカ諸国も地域協力を深めている。この地域には、メルコスール(南部市場)、アンデス共同体、ベネズエラが提唱するボリバール代替構想(ALBA)がある。これら諸国は2002年に南米諸国連合を結成し、将来的には、カリブ諸国も網羅した人口4億に及ぶ中南米カリブ連合の結成を目指している。
 こうした地域協力によって、米国の新自由主義の実験場にされ経済を破壊されたラテン・アメリカ諸国の経済も回復している。こうした中、ブラジルの「奇跡の経済発展」も現出し、それが又、地域経済の発展を促進している。最近では、ALBA諸国が昨年、原油を物々交換方式で支払う体系を作った。その結果、ベネズエラは原油生産を高め、ニカラグァ、ドミニカ、ガイアナが農産物で支払った。またキューバ、ベネズエラによる合弁運輸会社の運用で輸送費用を減らした。こうした協力関係の深化によって、米国がコロンビアに米軍事基地を建設しようとした計画も周辺諸国の強い反対に直面し頓挫している。

■注目されるBRICsの姿勢
 今年4月、ブラジルでBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国の略)第2回首脳会議が開かれたが、その共同声明では、国際金融改革案として国際通貨基金(IMF)や世界銀行の運営に新興国の意見をより強く反映することを求めた。また、声明には、BRICs内の2国間貿易で自国通貨同士での決済を促進することやインフラ整備を含めた域内開発支援で金融機関の協調作業を進めることなども盛り込まれた。この会議で特に注目されたのは、BRICs諸国が発展途上国の利益擁護に積極的な姿勢を示したことである。識者はこれについて、昨年の第1回会議が西側に対抗する「連合勢力」としての性格を現したものとすれば、今年の第2回会議は、対抗姿勢を一歩進め、発展途上国主導の多極世界を建設していこうとする姿勢を示したものと見ている。
 BRICs諸国が地域の発展途上諸国の代表として、これら諸国の利益擁護を前面に打ち出したことの意義は大きい。なぜならば、BRICsとは米国の巨大投資会社ゴールドマン・サックスが「今後、大国になりうる国々」として呼称し始めたものであり、その裏には、米一極支配が崩壊する中で、米国がこれら大国を地域の中心に据え、これら諸国との「協調」によって、地域への関与と指導を強めるという覇権多極化の戦略があったからである。しかし、BRICs諸国は、そうした米国の目論見とは正反対の方向に、地域の大国としてではなく地域の代表として、地域の発展途上国と協力して生きる姿勢を明確にしたのである。
 BRICsの経済力はすでに世界GNPの20%に達している。「BRIs開発基金」の創設も視野に入れている。そのインパクトは計り知れない。

■新しい国際秩序の樹立を目指して
 昨年6月の国連経済会議で、エクアドルのコレア大統領は、IMFなどの機関は「新自由主義に基づくイデオロギー的な市場をつくることに奉仕してきた。IMFなどを補強してみても、「われわれには管理権がないし、途上国にとっては何の意味もない」と批判し、ALBAの取り組みを紹介し、外部から介入するIMFなどとは異なり、自分たちのための地域金融協力が前進していると述べ、「自分たちの運命は自分たちで責任を持つ」ことの重要性を強調した。
 世界銀行やIMFを押し立て、新自由主義の手法で世界に君臨し収奪してきた米一極支配の国際秩序は崩壊した。その中で、新しい芽が育っている。それは、どんなに小さな国であっても「自分たちの運命は自分たちで責任をもって生きる」覚悟をもって互いに助け合っていこうということであり、それは、各国が主権を守り、その上で互いに協力していくという考え方が力強く台頭してきたということである。すなわち、それは、大国中心の覇権の考え方に反対し反覇権の民主的で公平な国際秩序樹立を要求する声であり、今後、さまざまな妨害、紆余曲折はあるにしても、世界はその方向に進むであろう。
 確かに、まだ発展途上諸国の経済力は弱い。しかし、米一極支配の下での先進国中心の経済秩序の中で呻吟してきた発展途上諸国が、先進諸国の経済停滞を尻目に、互いに地域ごとに協力して経済を発展させ、さらには、他の地域との連携をも深めて、全体の発展の中で自国の発展を図るウィンウィンの関係を築き、そこに活路を見出し、その成功に自信を深めていることは非常に有意義なことである。

■問われる日本の姿勢、理念
 今、米一極支配崩壊後の先進諸国の行き詰った状況突破の出口は、このような地域協力とウィンウィンの関係構築にこそあると言える。それは決して、これら経済活況を示している国々と連携をしていくことが不況脱出の道であるというような目先の問題ではない。
 問題は、どのような姿勢と立場で世界に向かうのかである。しかし、日本には、そうした姿勢、理念が感じられない。アジアでは、ASEAN+6(日、中、韓、印、豪、ニュージーランド)が合意した約2900億ドル(25兆円)ものインフラ整備のための「アジア総合開発計画」が進み、10月の東アジアサミットで正式に合意する方向だが、日本の報道は、これが元々は日本の計画であり、日本企業の担当する部分が優先され大きな利益がころがりこむかのようなことしか言わない。そして、「アジアの市場を取り込む」というような経済的利益だけを言っている。そして、未だに、東アジア共同体構想に背を向け、米国主導のAPEC(アジア・太平洋経済協力会議)で米国のお先棒を担いで走りまわっている。米国に頼ったり、それを後ろ盾にして大国ぶろうとするような姿勢は一回りも二回りも古い。もはや、覇権が通用する時代ではない。各国が互いに自主権を尊重し互いに協力しあう反覇権の生き方を理念としてしっかり持ち、アジアや世界に対すること、日本にはそれ以外の生きる道はない。


 
インタビュー 「まつたけ十字軍運動」

豊かな里山の生態系を蘇らせたい

聞き手 小川淳


 緑豊かな森に包まれるように広がる田園や民家、日本人の故郷の原風景が里山だ。薪や炭焼き、肥料や飼料として山を利用してきたことによって形成され、維持されてきた生態系、それが里山の自然だった。この里山には絶滅危惧種の50%以上が生息するという。しかし、60年代以降、燃料は石油に取って代わり、山は使われなくなった。山村の過疎化と林業の不振。人間の利用というその微妙なバランスの上に成り立つ里山は、人間の利用がなくなれば崩壊へと向かう。この里山の中核がアカマツ林(全国に230万ha)で、そのアカマツ林が今や激減しつつある。それを象徴するのがマツタケの生産量だ。府内のマツタケ生産量はピークの1941年には1876トンあったが、09年はわずか2トン。昨年の国内生産量もわずか24トンで、国内消費量の大半は中国からの輸入だ。しいたけなど枯死木に発生する木材腐朽性きのこと異なり、アカマツ等の根と共生関係を保ちながら生育する菌根性きのこであることから豊かなアカマツ林の復活なしにはマツタケ復活もない。
 近代マツタケ学の発祥の地であり、独特のマツタケ食文化を誇る京都で、アカマツ林の再生に取り組む市民グループがある。「マツタケ十字軍運動」だ。リーダーの吉村文彦氏は1940年生まれ。京大大学院農学研究科博士課程を経て90年〜05年まで岩手県の「岩泉まつたけ研究所」所長を務め、高い評価を受ける。05年から京都でマツタケ復活に取り組む。拠点である京都岩倉でお話を伺った。

※      ※      ※

 午前10時頃から人が集まりだした。登録制でもなく、一回でも来た人をいれると300人は超えているそうだ。週一回、30から35名くらいは必ず集まるという。参加者のメンバーは団塊の世代が圧倒的多数だ。女性は昼食の準備に余念がない。男たちは5,6人のグループに分かれて山に向かう。チェ-ンソーによる伐採、腐植層を剥ぐ(地掻き)、道の補修など、活動は多肢にわたる。枯れたナラの大木を切り倒して急な斜面を運搬するだけでも大変な危険が伴う重労働だ。8月下旬の猛暑の中、山を歩くだけで汗が滝のように流れる。

―京大の農学部時代からマツタケの研究をされてきた。そもそもマツタケを選ばれた理由は何だったのですか。
 昔の分類学では生き物は動物と植物と二つに分かれていて、植物は葉緑体をもっている植物とそうでない植物に分かれます。それで葉緑体のない下等植物が面白いだろう、かっこいいじゃないかと、生態と生理のうちで僕は生態を選んだ。その生態の中心がマツタケで、マツタケとバクテリアの関係を研究し始めました。

―その後、90年から岩手の研究所に招かれた。岩手県での成果はどうでしたか。
 89年頃、林業不振で地元ではアカマツが多いのでマツタケをやろうと、「ふるさと創生事業」で岩泉町が研究所を作った。岩泉町は、そのことで自治大臣賞をもらい、交付金が5億円くらいになった。こちらではアカマツが限りなくゼロに近くなっているけど岩手県は林の活用をせざるを得ないこともあってアカマツ林は、やはり放置されているけれど比較的きれいで使用ストップになってからあまり時間がたっていない林が多い。だから手入れの効果が出やすい。岩手は炭の生産は日本一で最近まで薪や炭に活用されてきた林も残っている。1980年代からの統計しかないんですが、平均は岩泉で1.8トンである。それが94年度に7倍になった。2000年くらいから天候不順で、米が出来ない冷夏の年とか猛暑とかそういうことにマツタケは凄く敏感ですからトータルでは3倍くらいになった。マツタケが岩手で取れると思う人は圧倒的に少なく知名度が低かったので、京都の老舗に協力を依頼して岩泉マツタケの知名度を上げるということもしました。そういうことで価格がキロ5万円くらい、マツタケ産業がトータル15倍くらいになった。

―マツタケの再生というのは林を手入れし、維持しなければならない。一番の難しさは何処なんでしょうか。
 なぜ林家がやらないかということですね。60年頃に近代化が始まって生活が便利になった。木を切ったり運び出したり、地表の堆積物を昔は必要だから肥料なんかに利用した。落ち葉を勝手に取ったら磔になったこともある。それが使われなくなった。マツタケが出れば儲かる、それは分かっているけど、畑の栽培のようにはいかないわけだから。一旦放棄してしまうと土壌の富栄養化を招き、マツタケの生える貧栄養化には大変な時間と労働がいる。また気候変動の影響をもろに受けるということで多くの林家がやらなくなったわけです。

―この科学技術の時代にマツタケの人工栽培ができないというのが不思議ですね。
 エネルギー源であるミトコンドリアは培養しているとゼロになってしまう。ミトコンドリアの果たしている役割を担う物質を与えたって言うことをきかないし、遺伝子を解明するという方法も蛋白を作る部分遺伝子のみを解明しているに過ぎない.次にどういう蛋白を作るかということを調べないといけなく大変な時間がかかる。今の遺伝子解析では、調べていない遺伝子がある(JUNK DNAなど)。マツタケは『絶対的』菌根性のきのこで、子実体形成の発現を担う遺伝子がマスクされていると思っている。そこが分からない限り人工栽培はできない。その上、おが屑栽培には、マツタケはビタミンB類とか高価な養分を培地に入れないといけない。また、生長期間が長く、その上小さい、香りはあるかどうかも分らない、結局、本物に負けてしまう。安くて良いけど、それなら外国産で良いやとなるのではないか。

―昔、里山は生活に欠かせない利用価値の高いものだった。ところが今は生活が変わって必要性がなくなり放棄しまった。人が里山を活用しない限りアカマツ林もマツタケも再生しないとなると里山を復活させるのは非常に難しい課題だと思えますね。
 展望はあるのかといわれるとなんとも言えない。ボランティアの活動、全国に10万、あるいは20万の森林ボランティアがいるという人もいるけど、どこにいるのかなと。企業メセナ的に年に1回か2回、月に数回のボランティア、全国に800万ヘクタールある里山をそういうボランティア活動で手を入れるということはできないだろうと思いますね。新しい林業観、とりわけ日本においてはマツタケというのは食文化上特別な思いを持たれるものだからそれを切り口にした運動が一つ。林の木を木質発電に使うといったバイオマスの利用を進めるとか、そういう新しい林業観を持って飯が食えるプロを作り出していかないと、木材生産オンリーじゃもう無理でしょう。何が本当に良いのか、難しいですね。昔はアカマツ林というのはごく普通に何処でも見られた風景だったのが、いまは激減してしまった。マツノザイセンチュウ病が蔓延し、アカマツがない。そういう状態になったのは林が使われなくなり、土壌が富栄養化して菌根性きのこが生活できなくなり樹勢が弱くなったからです。

※      ※      ※

 森を整備してもマツタケが発生するとは限らない。近くにマツタケがなければ胞子が飛んでこないからだ。胞子が飛んできて根菌が広がっても発生までに5年を要する。その間、松林の手入れを怠ると生えてこない。
 07年、手入れをした岩倉の森から一本のマツタケが取れて以降、まだ二本目は出ていない。
 しかし運動の継続には楽しみが必要だ。畑作り、ミツバチ、陶芸、食事、小屋作りと活動はどんどん広がっている。きつい労働に耐えることができるのも、そこに志をと共にする仲間がいるからだ。
 マツタケが取れること、それだけが夢ではない。豊かな生態系を持つ里山の復興であり、マツタケはその豊かさの象徴だ。
 昔のような里山の豊かな生態系を蘇らせたい・・。吉村さんと『マツタケ山「復活させ隊」の仲間たち』の挑戦は続く。

[資料]
 「まつたけ十字軍運動」
 里山再生市民運動として05年にスタート。活動回数は250回を超え、参加者は延べ8000人に迫りつつある。環境崩壊で失われたマツタケの生息地のアカマツ林を再生し、森林バイオマス(エネルギー資源として利用できる生物有機体)の循環を考えた生物多様性の保全に楽しく、面白く取り組む。毎週土曜日、参加は自由である。詳しくはホームページをご覧下さい。
 http://blog.goo.ne.jp/npoiroem



 

世界短信

 


■実力示威の背景に隠されている心理的焦燥感
 8月16日、韓米の2010年度「ウルチ フリーダム ガーディアン」合同軍事演習が始まった。
 表面上、米国の行動は「天安」艦事件に対するある種の超強硬反応である。しかし、最近、南沙諸島問題と関連した米国の動きと結びつけて見ると、すでに「反応」の性格を越えた何らかの戦略的意図が内包されている。
 最近、米国のアジア太平洋地域での主導的地位と西太平洋地域での海上覇権は著しく弱まっており、同盟国である日本と韓国は米国離れの傾向をみせており、朝鮮は核保有という後戻りできない道に入った。「10+1」「10+3」協力体制の強化、中国?ASEAN自由貿易地帯が形成され、中日韓自由貿易地帯建設の推進など地域一体化は米国にかつてない疎外感と焦燥感をひきおこした。米国の憂慮は、アジア太平洋地域で中国の影響力が拡大するにつれて、米国がこの地域から静かに押し出されていっていることである。

(人民日報)

■ドイツ国民のほとんどが資本主義に反対
 ドイツの雑誌「シュピーゲル」が大波紋を引き起こした世論調査結果を発表した。
 ドイツ国民の88%が資本主義に反対している。だからといって、社会主義制度の建設を主張しているのでもない。ドイツ人は原則的に新しい経済秩序をうち立てることを要求しているのである。回答者の見解によれば、資本主義は社会的公正性の確立にも環境保護にも助けにならないということである。
 ドイツ人は資本主義がこのようなひどい状態になった責任が、政治家や企業家にではなく自分自身にあると見ている。回答者の5人中4人は、各人が自己の生活方式について深く考えなければと答えている。社会的連係と健康、環境保護は資本の成長より重要だと考えている。

(ロシスカヤ ガジェタ)

■上海万博、朝鮮館を訪ねて
 世界万博に初めて参加した朝鮮館は、「都市、さらに美しい生活」という上海万博のテーマに合わせて、首都ピョンヤンの姿を表現している。
 特に賑わっているのが記念切手展示場である。朝中両国の友好や世界の指導者の朝鮮訪問などの各種切手が喜ばれている。朝鮮館を訪ねる人は連日4万人に達し、人気のあるスポットの一つとなっている。

(新華社)

■米国最大の平和団体が沖縄基地閉鎖のために活動する方針を表明
 米軍普天間基地移設問題と関連して米国最大の平和団体「平和行動」の組織と政策責任者が現地を視察し、沖縄県庁で8月12日記者会見をもった。
 責任者は、米国でこれから沖縄県にある米軍基地閉鎖のために活動する方針を明らかにした。
 彼は普天間飛行場と米空軍嘉手納基地について「規模が膨大で騒音がひどく、住宅地域に近いのに驚いた。米国では(このような環境が)許されない」としながら、約10万名の会員に現状を伝える意向を表明した。
 彼は会談した宜野湾市長から、普天間飛行場が返還されれば、敷地開発で現在の数十倍の経済的効果を期待することができるという説明を聞き、「基地があるために沖縄の人たちがその可能性を活かせないでいることに落胆した」と述べた。

(産経新聞)

■第5次汎北部湾経済協調フォーラム開幕
 8月12日、中国広西チワン族自治区南寧市で開催。フォーラムには各国の数百名の専門家が参加した。中国―ASEAN自由貿易地帯建設と南寧?シンガポール道路建設、汎北部湾経済協調過程の国際投資及び産業発展、汎北部湾海上運輸、港湾、物資流通協調などの議題をもって深い交流と討論が行われた。
 汎北部湾経済協調地域には中国とベトナム、マレイシア、シンガポ?ル、インドネシア、フイリピン、ブルネイなど7ヶ国が含まれる。

(新華社)


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