研究誌 「アジア新時代と日本」

第80号 2010/2/5



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 「小沢政治資金問題」 新しい政治への道を求めて

研究 米国による覇権を打ち崩す中南米地域共同体

インタビュー 「政治犯に対する不当な弾圧に反対する会」柳田健さんに聞く 獄中の「政治犯」を放置して良いのか

世界短信

―お知らせ―




 

編集部より

小川淳


 この間、国会も大手メディアも小沢幹事長をめぐる「政治とカネ」一色となった。結局、不起訴処分で一件落着したが、後味の悪さが残った。検察もメディアも民主党をたたくのが目的だったのではないかという不信。そして国会もメディアも貴重な時間を空費しているという徒労感。「政治とカネ」以上に、重要で緊急の課題はたくさんあるのではないか。例えば格差と貧困の温床となった「派遣法改正問題」はその一つだ。
 1月29日、「待ったなし、派遣法抜本改正!」という集会が大阪であった。昨年12月に派遣法改革案が示され、いよいよ今国会での審議が始まる。財界は、「派遣労働は労働者も望んでいる」とか、「派遣を規制すると企業が外国に逃げる」「派遣労働者が路頭に迷い貧困問題が大きくなる」などいって必死の巻き返しを図っており、政府内にもこれに迎合する動きが生じている。
 講演した脇田滋竜谷大教授は、雇用の実態のない派遣元が「雇用主」になっている(実際の職場は雇用の責任を負わず、だからこそいつでも首が切れる)ことや、元来テンポラリーワーク(一時的労働)に過ぎない派遣労働の期間が日本では無制限であること(例えばドイツでは3ヶ月を超えると常用になる)、同一労働であっても派遣労働者というだけで不当な低賃金にあること(欧州では同一労働同一賃金が原則)など現派遣法にはさまざまな問題点があり、外国に比して日本の派遣法は決定的に欠陥があるという。
 なぜこのような違いが生まれるのか。外国では「派遣」という労働のあり方を「悪」とみなしているが、日本では「善」とされていて、ここが決定的に違う―という脇田教授の指摘は、とりわけ印象的だった。
 派遣は「悪い」、だから外国ではできるだけ規制を最大限にして労働者の権利を守ろうとするが、日本では基本的に「良い」、だから規制は最小限にして逆にできるだけ派遣労働を増やそうとなる。
 12月の労働政策審議会の答申が中途半端なのはまさに「派遣は良くもあり、悪くもあり」という、派遣労働の捉え方が曖昧なまま論議されているからで、現在の派遣労働者の実態(格差と貧困の温床)を見ればそれが「悪い」ことは明らかだ。ならば「派遣は悪い」という断固たる視点からきちんと規制して労働者を守っていく、それが今回の法改正の根幹ではないだろうか。



主張 「小沢政治資金問題」

新しい政治への道を求めて

編集部


■また「政治とカネ」、今なぜ?
 民主党小沢幹事長の政治資金問題が問題になっている。鳩山首相への母親からの献金が問題にされたのに続いて、今度は、小沢問題だ。新政権を担う二人のカネをめぐる問題は深刻だ。
 事実、この政治とカネの問題は、これまでも日本の政治を大きく動かしてきた。あのロッキード事件では、日の出の勢いにあった田中角栄政権が一朝にして潰え去った。今また、鳩山新政権がその存続を危ぶまれるようになってきている。
 もちろん、政治とカネの問題は重大だ。政治が政治家の私利私欲で動かされれば、国が滅び、国民の生活は破壊される。
 ところで考慮すべきは、今、この問題がどれほど切実に問われているのかということだ。先の総選挙で国民が要求したのは、古い自民党政治に代わる新しい政治だった。古い政治と言った時、そこに政治とカネの問題が含まれていない訳ではないだろう。しかし、政治とカネをめぐる腐敗の問題が今特別問題にされ、その解決が国民的要求になっている訳でないのも事実ではないだろうか。
 重要なことはむしろ、国民の切実な要求でもない問題が、今なぜ、問題にされてきているのかにあるのではないだろうか。

■問題は、新しい政治創出の妨げになることだ
 政治とカネの問題は、今、切実な国民的要求になっていないばかりではない。それはかえって、国民の要求を実現する上で障害になっている。
 今国会の進行状況はそのことをよく示している。多くの良心的な識者が言っているように、今問われているのは、経済危機を一日も早く克服し、国民生活を破局から救うことだ。そのためには、予算案を迅速に協議し、より良い予算案をより早く国会で通過させることだ。「小沢政治資金問題」が、予算審議の大幅な遅れなど、それに支障を与えているのは明らかではないだろうか。
 だが、問題はそれに留まらない。「小沢政治資金問題」の害毒性は、それにも増して、今切実に求められている新しい政治の実現を妨げているところにあるのではないかと思う。
 この問題をめぐる野党の民主党攻撃は、いかにも党利党略丸出しだ。国民の要求を背負い、その実現のために闘う志がほとんど感じられない。特に自民党の場合、降って湧いたチャンスに勇み立っているという印象だ。国民に見限られた自らの古い政治を総括し、国民の要求に応える新しい政治の理念や路線を模索し、打ち出し、それで勝負する政党、政治家としての姿勢が見られないのは非常に遺憾である。
 これがもたらす禍は甚大だと思う。何よりも国民の政治に対する失望や嫌気をまたもや増幅してしまう。その上それが民主党新政権の崩壊などに結びついたりすれば、新しい政治を生み出す闘いをどれだけ大きく阻害するものになるか、計り知れないのではないだろうか。

■誰が「小沢政治資金問題」を?
 憲政史上初めての民意による政権交代で折角盛り上がった政治的熱気さえ冷ませてしまいかねない「小沢政治資金問題」は、一体どこから生まれてきたのだろうか。
 これが何の意図もない自然発生的なものであるというのはほぼ考えられないことだ。それは問題とされた政治とカネが、先の鳩山首相といい、今回の小沢幹事長といい、他でもなく新政権の最高幹部を対象とするものであるという事実に依っている。いうまでもなく新政権は、古い時代から新しい時代への移行期にある国民の圧倒的支持を受けた政権であり、それ故、古い勢力の利益、既得権を大きく侵害する可能性のある政権だということである。
 この古い勢力として、今焦点を当てられているのが、「小沢政治資金問題」を直接担当する検察をはじめとする官僚勢力だ。実際、官僚の利害は、「官主導から政治主導へ」の看板のもと、明治以来の官僚政治から国民主体の政治への転換を掲げる民主党政権のそれとは相反している。小沢氏の「脱税逮捕」を狙っていると言われる東京地検特捜部の土地購入代金4億円の出所を探る執拗な捜査は、国政の主導権をめぐる民主党との「権力闘争」だという訳だ。
 だが、この「民主党政権対官僚の権力闘争」説には疑問を投げかけざるを得ない。それは、官僚と民主党政権の利害が食い違うといっても、民主党になびく官僚の続出など、それがなんぼのものかということであり、官僚勢力が自らの利害をかけて闘うと言って、その統一司令部はどこにあるのかということだ。自民党がその裏の司令部の役割を果たせないのは、官僚の自民党離れが進んでいる現状を挙げるまでもなく明らかだ。一方、財界が司令部役を果たすかと言えば、財界と民主党政権の間の利害関係は、アジア重視路線など、むしろ良好だと言ってよいほどだ。
 今、民主党政権との利害関係が一番微妙になっているのは、他でもなく米国だ。普天間基地移設問題や日中関係の進展などを見るまでもなく、それは明らかだと思う。
 米一極支配が崩壊した今日、米国は、どこまでも自らの主導による覇権多極化を推し進めるため苦慮している。その重要な環の一つが日本をそのもとに組み込むことだ。民主党政権に対する揺さぶりはそのためのものに他ならない。
 日本政府に対する地検特捜部、メディアを使っての揺さぶりは、戦後の占領体制を解いた後、米国が日本を統制するための常套手段にしてきたものだ。ロッキード事件しかり、佐川急便事件しかりだ。これで、対米自立の資源外交をやろうとした田中角栄政権が潰され、対朝鮮独自外交をやろうとした金丸信が失脚させられた。
 時の政権をもものともせず、絶対的権力を振るう東京地検特捜部、この間の普天間基地移設問題一つとっても、沖縄県民の声には少しも耳を傾けず、ただひたすら米国の声だけを代弁する大手メディア、これらを見ていれば、米国式民主主義による日本支配、世界支配のからくりが見えてくるのではないだろうか。

■新しい政治への道
 今日、米国が「小沢政治資金問題」に関与しているだろうことは誰もが思うことだ。だが、それを声高に言う人はきわめて少ない。政治を知っている政治家や言論人になるほど少ない。彼らはなぜ言わないのか。知らないからか。そうではないだろう。ならば、はっきりした証拠がないからか。それは少しあるかもしれない。また、知っていても、それを基本だと考えない人もいるだろう。しかし、一番大きいのは、やはり恐ろしいということなのではないだろうか。
 実際、米国に盾突くことは、日本においては並大抵のことではないと思う。米国が戦後日本に築き上げた人脈と機構、支配の網の目は、簡単ではない。現に一つの政権さえ、潰すことができるほどのものだ。その中で、米国に歯向かった少なからぬ政治家、言論人が政治生命を失い、命までも奪われてきた。
 そうした中、今、国会では、「小沢政治資金問題」をめぐっての与野党の攻防が熱気を帯びている。これは、かなり滑稽なことだ。米国の掌の中で党利党略のため、米国の筋書きに合わせて踊っているだけに見える。残念ながら、日本ではこういう政治が続いてきた。その理念も何もない矮小さが、国民の政治に対する絶望と無関心を増幅してきた。
 こうした政治のあり方にも見直しが必要になってきたのではないかと思う。国民は皆、薄々は分かっているのだ。米国が後ろにいること、しかし何も言えない日本政治の実情があることを。問われているのは、そうした国民の思いに確証とやればできるとの信念を与え、米国による日本政治への愚弄と操りを許さない国民の意思を創り出す政治であり言論であるだろう。もちろん、それは簡単なことではない。勇気のいることだ。しかし、国民の支持さえあれば恐いことは何もない。
 もう一つ、さらに問われているのは、「小沢政治資金問題」などを吹き飛ばす国民の高い政治意識の新たな喚起と発揚ではないかと思う。そのためには、新しい政治のための焦眉の課題を正面から提起していくことが肝要ではないだろうか。日米安保の見直しなど、日本の政治や経済、安保など、国のあり方、路線に関する問題を積極的に世に問い、国民的大論争を呼び起こして、国民の総意を創っていくことだ。
 政治を動かす本当の力は、超大国ではなく国民にある。米国がいかに反対しても、国民が良しとすれば、それで決まりだ。まさにそこにこそ、米国の覇権の政治を打ち破る新しい政治への道が開けてくるのではないだろうか。



研究

米国による覇権を打ち崩す中南米地域共同体

魚本公博


 米一極支配が崩壊する中、欧州、アジア、アフリカ、中南米などで地域共同体を極とする多極化が新しい時代の趨勢として進んでいる。
 こうした中、米国は、この地域共同体をG20など地域の大国が覇権的に統括する覇権多極化の一つの極としてとらえ、それへの「関与」と「指導」を通して、自らの支配を維持しようとしている。しかし、地域共同体は反覇権の共同体として発展し米国の企図を打ち砕いている。中南米での共同体発展の現状は、そのことを明確に示している。

■中南米で起きた昨年の動き
 昨年2月、ベネズエラの首都カラカスで「アメリカのためのボリバル対案」(略称・ALBA)成員国首脳者会議が開かれ、ALBA創設以来の保健、教育、食糧安全保障、インフラ整備分野での成果を総括しながら、ALBA成員国の経済的自立を実現するため、共同通貨「スクレ」による地域的金融通貨体系を樹立する問題が合意された。そして、6月の会合で2010年の1月1日から、貿易決済を「スクレ」で行なうことを決めた。
 3月、エルサルバドルでの大統領選挙で、左翼政党ファラ・ブントマルティ民族解放戦線が勝利した。これは、1821年の独立以来初めての反米左翼政権の誕生であり、ラテン・アメリカでの政治構造を反米の側に決定的に傾けたものと評価されている。
 4月トリニダードトバコで行われた第5回米州機構首脳者会議では、1962年1月に米国の圧力によってキューバを機構から除名した決定を取り消す問題が討議され、その後、ホンジュラスで行われた第39回米州機構総会でキューバに対する機構除名決定撤回決議案が採択された。
 また、昨年2月にはエクアドルが米大使館の外交官を国外追放し、エクアドルにある米軍基地に撤収命令を下した。エクアドルを追い出された米国はコロンビアと軍事基地を設置する協定を結んだが南米諸国は、これに警戒心と反発を表明しつつ、3月にサンチアゴで「南米諸国連合」国防相会議を開き、「南米防衛理事会」の創設を宣布するに至った。

■反米で貫かれた中南米共同体形成の歴史
 では以上のような中南米で起きた昨年の出来事は、中南米での共同体発展においてどういう意味をもっているのだろうか。それを知るために、まず、最近の中南米地域での共同体形成の歴史を見てみたい。
 元来、中南米地域は「米国の静かな裏庭」と言われてきたように、米国が圧倒的な影響力を行使してきた地域であった。米国が、この地域を支配する機構として利用してきたのが米州機構(OAS)である。米国は、この機構をもって、中南米諸国への軍事、政治、経済的な関与・統制を行なってきた。
 とくに経済面では、すでに70年代から米国によって新自由主義が導入され始め、80年代には世界銀行とIMFを通じた新自由主義的「構造調整」政策が実施されてきた。さらに1989年の「ワシントン・コンセンサス」によって、民営化、規制緩和や金融自由化など一段と深化した「新自由主義改革」が強要された。
 その結果、各国の国民経済は破壊され、国民の生活は悲惨な状況に追い込まれた。
 IMFや世界銀行を通じての米国金融の集中的な投下は、一時的に好況を演出しても、それは長くは続かなかった。例えば、メキシコで米国との国境地帯に創設された輸出加工地域(マキラドーラ)は90年代中頃には100万人が雇用されるほどの活況を生んだが、中国などへの企業移転で今や見る影もない。また、それはメキシコ、アルゼンチン、ブラジルなどでの投機的な金融操作による通貨危機を引き起こし、各国国民経済は破壊された。とくに1999年のアルゼンチン通貨危機で、人々が「交換市場」(物々交換)で生活資材を得てよやく生き延びるという極限状態にまで追いやられたことは記憶に新しい。
 中南米諸国は、米国による新自由主義の実験場にされたのであり、その結果、「失われた10年」「失われた20年」と言われるような被害を受けてきたのである。
 中南米での地域共同体作りは、こうした米国によってもたらされた切迫した状況を背景に生まれた。
 まず、1995年に南米南部市場(メルコスル)がアルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、パラグアイによって形成された。ここには、ベネズエラが正式加盟し、ボリビア、チリ、エクアドル、コロンビア、ペルーの5カ国が準加盟している。
 また、2004年には、ベネズエラのチャベス大統領が提案する「米州ボリバル対案」(ALBA)がキューバと結ばれ、その後、ボリビア、ニカラグァが加盟した。社会主義を志向する反米左翼政権諸国によって構成されたALBAは中南米共同体作りで先導的な役割を果たしている。
 こうした中、2004年には、南米全12カ国が「南米共同体」創設に合意し、2008年に「南米諸国連合」として正式に発足した。
 当時、米国は、この地域での経済的な覇権の維持強化を狙って新自由主義的な全米自由貿易協定(FTAA)締結を急いだが南米諸国はこれに強力に反対し、米国のもくろみを完全破綻に追い込んだ。
 「南米諸国連合」は、米国覇権に反対する南米諸国の戦いの中で生まれたのであり、その意味でも、これは徹底した反米反覇権の共同体である。
 「南米諸国連合」の設立条約では、前文で「統合が、諸国の主権の平等と平和の文化が勝利し、核兵器と大量破壊兵器のない世界、均衡の取れた公平な多極世界を達成するために、多国間主義と国際関係での法の有効性の強化に向けた決定的な一歩であることを確認する」と謳っている。すなわち、この「統合」は、諸国の主権の平等による、公平な多極世界を達成するためのものだということである。

■打ち破られる米国によるドル支配、軍事支配
 昨年、中南米で起きた出来事は、中南米での反米反覇権の共同体作りが、確実に前進していることを示している。
 ALBA諸国が貿易決済で「スクレ」の利用を決定したことは、ドル支配からの脱却での大きな一歩である。
 南米諸国にとって切実な問題の一つは、ドル支配からの脱却であり、そのために07年には、ALBA諸国が「ALBA銀行」の設立を、南部諸国は「南部銀行」の設立に合意した。二つの銀行は、世界銀行、IMFのような融資に内外政策への干渉的な条件もなく、各加盟国が経済発展のために出資や資金分割、優先事項を自国で決めることができ、とくにエネルギー、保健医療、水、中小規模の産業を対象にしている。
 ただ、これは08年の「リーマンショック」による金融危機によって南米諸国も被害を受ける中で、当初予定していた100〜200億ドルの基金集めも滞るなど停滞を余儀なくされていた。しかし貿易決済で「スクレ」の利用を始めたことは、ドル支配からの脱却を目指した地域通貨創設への方針が堅持されていることを示している。
 ブラジルのルラ大統領も、「金融危機は、われわれが望む形態の経済を再考慮すべきチャンス」だと述べている。
 米州機構での、キューバ追放決議撤回の動きは、キューバが機構への復帰を望んでいるわけでもなく、本質的には、ベネズエラのチャベス大統領が「これまで、米国はラテンアメリカで自分勝手に振舞ってきたが、そういう時代は過ぎ去った」と言ったように、米国による中南米支配が終わったことの確認であり、サルバドールでの左翼政権の誕生と共に、この地域がますます反米反覇権の方向に進んでいることを示すものである。
 また、「南米防衛理事会」の発足は、米国がコロンビアに軍事基地を置こうとしていることを契機にしているように、米国の軍事的覇権行為に対して、これを警戒し互いに協力して対処しようということの現われとして注目される。
 なお、2008年の12月、ブラジルでメルコスルの首脳者会談が行われた際に、ここに「南米諸国連合」諸国だけでなくカリブ海諸国など33カ国の首脳が参加したが、それは、この地域での共同体作りがカリブ海諸国を含めた全中南米諸国の動きとして進んでいることを示している。
 また、昨年、第二回南米−アフリカ首脳者会議が開かれたが、南米共同体諸国は、EUや東アジア諸国、中国、ロシアなどとの関係も強化しており、地域共同体が反覇権の新しい国際秩序形成の基本勢力となっていることを示している。


 
インタビュー 「政治犯に対する不当な弾圧に反対する会」柳田健さんに聞く

獄中の「政治犯」を放置して良いのか

聞き手 小川淳


 柳田健さん、1937年生まれ。大阪市大出身で、60年安保闘争を指導した関西ブントの創設メンバーの一人だ。9条改憲阻止運動を提唱した小川さんや蔵田さんらと同じ世代だ。56年のハンガリー事件(ハンガリーの民主化運動にソ連が軍事的に介入した事件)の評価をめぐって、ソ連を支持した共産党と対立。トロッキーの「裏切られた革命」をはじめレーニン死後のソ連共産党の変質を知り、スターリン主義を批判してブントに加盟した。
 市大卒業後は高校の臨時講師をやりながら労働運動のオルグに。60年安保闘争が終わっても、共産主義者同盟関西地方委員会は参下の大衆運動組織と共にそのまま残り、同大、京大、市大が活動の拠点となった。全電通の前田裕伍さんらと単産や国労などへ浸透し青年労働者を積極的に組織し、65年頃には関西で地区反戦を結成した。柳田さんらが組織した「堺反戦」には多いときには400名くらいが結集したという。吉田金太郎氏(労働者出身で「よど号」事件のメンバーの一人だった)とは堺反戦で知り合った。市大後輩の田宮高麿氏をオルグしたのも柳田さんだった。運動が停滞した70年以降は運動を離れ、神戸で通信設備会社を経営していたが、「よど号」グループの子供たちが帰国し始めた頃から、その支援に加わり、現在は「政治犯に対する不当な弾圧に反対する会」の中心メンバーとして「時効問題」を訴え続けている。

※      ※      ※

 日本では政治犯に対する治安弾圧を問題視されていますね。確かに逮捕時には話題になっても、今政治犯がどのような状況下に置かれているのか、知らないのが現状です。日本の状況についてまずお聞きしたい。
 治安弾圧はここ10年で著しく強化されてきています。日弁連の報告によれば、92年から99年までの8年間と、2000年から07年までの8年間の比較で言えば、死刑判決で2倍以上、無期懲役判決も2倍以上となっています。このような死刑確定者や無期受刑者の増加は、殺人や強盗致死といった重大事件の増加に伴って増加しているのではなく、凶悪犯事件はここ20年横ばい状態にあります。凶悪事件が増えて治安が悪化したから厳罰化がなされたのではなく、これらの動きは法務検察の主導で人為的に量刑基準が引き上げられ、これを事実上裁判所が追認した結果、これら罪を犯したものに対する厳罰主義が日常的になったため生じたものです。
 アラブ赤軍でいえば、重信房子、和光晴夫(09.1027上告棄却)、西川純、丸岡修(無期刑で服役中)君らに対する最高裁の判決が迫っています。高裁判決では、重信君以外は無期懲役です。
 常識的に考えても、35年前の事件は「時効」です。殺人でさえ15年が経てば「時効」となるのに、35年前の事件が「時効」とならないのはおかしい。例えば、西川君は10年間接見禁止でした。刑務所内の処遇もひどいものです。60歳の人間に「無期」は「死刑」に等しい。1987年の朝日新聞西宮支局襲撃で二人の記者を殺傷した事件は2003年に時効が成立しています。重信、和光君らの事件は35年前の事件です。誰一人殺しているわけでもない。「政治犯」だからという理由だけで、「殺人犯」より厳しい扱いです。

―イタリアとかドイツとかでは、当時の「政治犯」がどんどん釈放されていると書かれていますが、本当ですか。
 70年闘争は、日本だけでなく欧米でも激しく闘われました。イタリアの「赤い旅団」は、当時のモロ首相を暗殺しました。しかしこの事件の実行犯を含めて獄につながれている者は一人もいません。全員が保釈されています。『西ドイツ赤軍』でも、2009年、最後の長期拘留者(26年)が釈放されました。70年当時活躍した西ドイツSDSのドチュケは『緑の党』の党首になって政界で活躍しています。ジェンキンスさんでさえ、営倉入り1週間で釈放されました。通常なら『敵前逃亡』は銃殺刑です。60年代、70年代の政治犯で獄につながれているのは日本だけです。

―その法的根拠とされているのが刑訴法254条と255条ですね。
 刑事訴訟法255条は「犯人が国外にいる場合又は犯人が逃げ隠れしているために起訴状の送達ができなかった場合には、時効は、その国外にいる期間又は逃げ隠れている期間、その進行を停止する」というものです。
 問題は、「国外にいる期間は時効を停止する」として「停止」の期限を設けていないことにある。期限がないために100年経っても時効は停止したままで、これでは時効制度の存在意義が損なわれてしまう。刑訴法254条は、いったん起訴されると、その後どんなに時間が経とうと時効は停止するという規定です。ここにもまた「停止の期限」が入っていないので立法の趣旨と異なる結果となっています。
 国際化した今日、たかだか外国にいたというだけで「時効」が停止するというのは時代錯誤も甚だしい。こんな条項は廃止すべきだ。しかし、廃棄に抵抗があるというなら、国外にいると時効停止するという部分を残しても良い。問題は、それが無期限に続くことであって、最低限、停止の上限が明示されるべきだと思います。停止の期限は殺人の時効以上であってはならないでしょう。それ以上になると罪刑のバランスが崩れてしまいます。

―これまで「時効問題」が裁判で争点になったことはないのでしょうか。
 刑訴法255条が最初に適用されたのは「白山丸事件」です。1949年の中国革命が勝利し、国内では左翼の伸張にアメリカはレッドパージを行って弾圧した。これに対する共産党は50年闘争で多くの人が権力に追われ中国に亡命した。数年後、彼らは白山丸に乗船して帰国し、出入国管理例違反で逮捕され裁判になった。大阪地裁では免訴になったが、控訴となり最高裁に上告され、一審判決は棄却となった。このとき最高裁は、国外に出たときには時効は停止するという判例を作った。これが今なお維持され政治犯を苦しめ続けているわけです。しかし、大阪地裁では勝訴しているわけですから、法的に見ても刑訴法255条撤廃の論拠も可能性も充分にあるわけです。

―この法律が制定された1947年当時と時代背景も変わってきている・・。
 最高裁は「時効は停止する」という判決理由として、国外に出ると「警察力が及ばないから」と言っています(72年大法廷時判決)。しかし情況は50年を経て一変しています。当時国外に出ることは至難の業で、警察力も国外に及ばなかったのは事実です。しかし今は違います。海外への移動は国内と変わらないし、グローバリゼイションによって警察力の国際的相互連携が強化されています。現に日本赤軍の大半は海外で逮捕され日本に送還されています。
 「255条」制定当時の想定外のことが起こっているのです。当時国外に何十年も滞在することは予想しなかったことです。「時効停止」もそんなに長い期間を想定しなかったのです。

―日本の法刑制度は戦前の国家主義を引きずったままだとよく言われてきましたが・・。
 加波山事件というのがあります。自由民権運動で手製の爆弾を作って抵抗した事件です。当時の官憲はこの爆弾に驚いて明治17年に太政官命令で「爆発物取締り法」を作った。それが「爆発物取締罰則」として現在も残っているのが日本です。いかに時代錯誤かがわかります。

―今や法制度改革の方向として「時効の廃止」の論議が生まれてきていますが、今後はどのように世論に訴えていきたいとお考えですか。
 「時効を止めよ」という世論は、殺人などの重罪事件に限って時効を停止せよということであって、「海外にいれば時効が停止する」刑訴法255条とは別の論議です。時効は殺人事件で15年が、今は25年に延長されました。それでいいと思います。「時効」制度はローマ法以来長い法制史の中で多くの論議をへて存在するのであって,軽軽に無くすなど言うべきことではありません。深い論議が必要です。刑訴法も監獄法も時代遅れです。民主党政権になって少しずつでも換えていくべきでしょう。声を上げていかないと。今はチャンスです。

※      ※      ※

 重罰主義は「政治犯」だけに向けられているのではない。菅谷さんなどの冤罪事件や、死刑制度の下での死刑執行など日本の法刑制度は先進国の中では異例である。条文を換えても治安国家、警察国家という体質は変わらない。国民より国を上におく、この「国のあり方」を変えていかねば―柳田さんらの運動は政治犯の救援にと止まらない、日本の民主主義を作っていく重要な運動の一環なのだと思う。獄中にある政治犯をこのまま放置したまま見過ごすのか。私たちは今、問われ続けている。



 

世界短信

 


■小沢事件の行方見守る米国
 1月20日付けニューヨークタイムスは、鳩山首相が「(検察当局と)闘わねばならない」としながら小沢を激励したことを伝え、「世論の反発を招くだろう」という見解を紹介。19日付けワシントンポストは、事件が「鳩山政権の足を引っ張ることになる」と評した。
 米国では昨年12月、多数の民主党国会議員を率いて中国を訪問した小沢に対して「衝撃を受けた」(前政府高官)とその親中路線への憂慮が広がっている。
 また小沢が連立維持を理由に普天間基地移設計画に反対する社民党への配慮を示し、小沢自身も現行の名護案に否定的な意向であることも憂慮。
 ・・・米国は小沢の影響力低下が普天間基地移設問題の行方を左右するとみて事件の行方を注視している。

(時事通信)

■共同通信主催「新政権と日米関係の未来」
 共同通信社と加盟社の論説委員会、米ジョーンズ・ホプキンス大学先進国国際問題大学院ライシャワー研究センターが1月12日、シンポジウム「日本の新政権と日米関係の未来」を東京で開催。
 長島防衛省政務官の発言、「30年、50年持続可能な同盟のため、日米が虚心坦懐に論議することが同盟深化につながる。ところで『有時の危険分担は米国、平時の費用負担は日本』という非対称的な役割分担が存在する。日本と米国、どの一方も過度の負担を強いられる構図を変え、負担を一つずつ除去していくことが安定のために重要だ」。
 米側参加者は、沖縄普天間基地移設問題をめぐる混乱に憂慮と当惑を表しながら、日米安保条約は両国の間の権利と義務が非対称をなす世界でも珍しい条約であり、(日本周辺に)脅威が存在する状況で「有時の危険は米国が、平時の費用は日本が負担する」とするのなら、日本は基地提供の義務を正しく履行すべきだと主張した。

(共同通信)

■いまはもう「成功した戦争」ではない
 初期、アフガニスタン戦争は成功した戦争のように見えた。大規模な軍の侵攻ではなく米空軍と小規模特殊部隊、そして現地同盟勢力の共同作戦でタリバン政権を倒した。しかしこうした勝利はひとつの蜃気楼にすぎない。
 タリバンは消滅したのではなく復活、カルザイ政権は腐敗無能と絡印を押され、米軍とNATO軍が再び出てこざるをえなくなった。こうして2004年10月から06年の間に両軍が展開、アフガニスタンに深く足を踏みいれるほどに侵略、占領軍と見られようになり暴動の炎が各地に広がり、進退両難に米国は陥った。
 アフガニスタンへの唯一、説得力ある戦略、それは敗北を認め兵力を完全に撤収することだが、オバマはこれを深刻に受け容れようとしていない。

(ニューズウィーク特別号)



 

―お知らせ―

 


■金宗鎮著 『故郷はどこ 幸せはどこ』出版
 昨年7月号のインタビューで紹介した金宗鎮氏の本が出版されました。在日コリアンの本は多く出版されていますが、「朝鮮系」の本はきわめて貴重で、朝鮮人運動や朝鮮学校に関してはよく知られていません。「日韓併合」100年を迎え、「もう一つの在日の証言」として多くの方に読んでいただきたいものです。ご注文は下記へ。
愛知県豊橋市柱三番町79「これから出版」(本紙メールでも受け付けます。価格2000円、送料別)

■「ヒロシマ・ピョンヤン 棄てられた被爆者」
 上映会・伊藤孝司監督講演会のお知らせ
 2月12日 18時30分開場、19時開演
場所;キャンパスプラザ京都(JR京都駅ビル西側) 参加協力費500円


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