研究誌 「アジア新時代と日本」

第7号 2004/1/5



■ ■ 目 次 ■ ■

時代の眼

主張 時代の流れをみすえ、アジアと共に進む道を

研究 日本医療のアメリカ化

研究 自分のまちの子供たちは自分で育てる

文化 新撰組ブーム 「近藤さんが凧で私は風」

朝鮮あれこれ 共同社説

編集後記 



 
 

時代の眼

 新年早々、自衛隊のイラク派遣が始まります。国民の80パーセントが賛成しないなかでの派兵です。ある自衛隊員の恋人は署名運動までして反対を訴えたといいます。 もちろん彼女は、自分の恋人がイラクで命を落とすのを心配し、やむにやまれぬ気持ちからそうしたのでしょう。また、国民の大多数も自衛隊が行くところが安全なら、ここまで派兵に反対することはないでしょう。
 だがその一方、身の危険を思うだけで彼らが派兵への不支持を表明したのでないのも、また、事実ではないかと思います。例えば、外敵による日本攻撃が時間の問題になっているときに、自衛隊員の恋人がそのような行動に出るというのはまず有り得ないことだし、国民の大多数が自衛隊の出動に疑問を呈するなどということもないでしょう。すなわち、問題の本質は、自衛隊が危険地帯に出動するか否かにあるのではなく、その出動自体、どういう出動なのかにあるのだと思います。
 これと関連して、長渕剛の歌、「JAPAN」の一節が思い出されます。「誰かの弱さをひき上げたいなどと/ うぬぼれた己の恥を知ったなら/ 夕陽が青春をまっさかさまにずり堕ちて行く前に/ 事実をどてっ腹で受けとめろ」。この歌を聴きながら、「大東亜戦争」のもっとも痛烈な批判を聞いた思いがしたものです。歴史は繰り返し、最初は悲劇、二度目は喜劇だと言います。今、日本は、この喜劇をやろうとしているのではないでしょうか。
 今日、アメリカは「民主化」のためとしてイラクに居座りながら、泥沼化する戦争に同盟国を引き入れようとしています。とくに、日本に対する要請は異常なほどです。
 この強圧に屈従しながら、小泉さんは、「イラク人による、イラク人のための、イラク人自身の政府を樹立する」ため、それをお手伝いしに自衛隊を派遣するのだとさかんに強調しています。すなわち、イラク人だけじゃ無理だろうから、民主的なイラク人の政府をアメリカと一緒につくってやるということです。これが戦前、戦中、日本が盟主となって欧米の支配からアジアを解放してやるとした思想とどこがどう違うというのでしょうか。もし、違いがあるとすれば、それは今回のそれがアメリカに命じられるままにおこなっているということ、ただそれだけです。
 そもそも、解放とか民主化とかいったことは、その国の人民が自分自身でかち取るものです。他国が与えたり押しつけたりするものでは決してありません。事実、イラク人民は、アメリカの目的が他のところにあるのを看破しながら、アメリカやその同盟国の軍隊は出て行ってくれと武力に訴えるまでしています。そんなところに「民主化してやる」と派兵するなど、喜劇にもならないのではないでしょうか。

 

 
主張

時代を見すえ、アジアと共に進む道を 

編集部


■虎の尾を踏んだ
 昨年2003年を表す漢字の1位は「虎」でした。「ダメ虎軍団」の見違えるような快進撃。「虎」という言葉には、「ダメ日本」が復活を果たしてほしいという期待が込められているようです。しかし、この「虎」には、「虎穴に入る」「虎の尾を踏む」という意味もあるようです。2位以降は、戦、乱、冷、などでしたが、昨年は、イラク戦争を契機に有事法制、イラク特措法などの成立と自衛隊の派遣着手。冷害や心胆を寒からしめる凶悪犯罪。そして「痛みを伴う」小泉改革の進展の下で、倒産、失業、地方の疲弊、福祉の縮小、生活苦の増大。こうした中、ネット自殺など自殺も増え、社会の冷たさをひときわ感じさせる1年でした。
 イラクへの自衛隊派遣の基本計画が閣議決定された時、ある新聞に「テロに屈するなという前に、米国に屈するなと言いたい」という37歳のフリーター女性の言葉がありましたが本当にそうです。「ショー ザ フラッグ(旗を示せ)」「ブーツ オンザ グラウンド(グランドに下りてこい)」と米国に言われた通りにやる小泉内閣。「痛みを伴う改革」だって、米国に言われてのことでしょう。
 このどうしようもない対米従属性、日本はどうなってしまうのでしょうか。今後、犠牲は必至。小泉首相の「立派に任務を果たしてくるものと信じます」という言葉が戦前、出征兵士を送り出すときの「立派に死んでこい」という言葉に聞こえます。犠牲者が出れば、派遣反対の声が大きくなる一方で、やれ装備が軽すぎる、武器使用を認めよ、人数も増やせ・・・、そして最後は平和憲法を変えることまで一直線になる可能性大です。
 こうした日本に対し世界の目も厳しくなっています。「日本はルビコン川を渡ったのだ」「泥沼に踏み込んだ日本は、すべてを失うであろう」「誤算が重なっても軌道修正できず、ひたむきに対米公約を優先させる国」などという非難の数々・・・。

■この対比、従属国益論
 自衛隊派遣の基本計画が閣議決定されたとき、「米国に屈するな」、「言いようもない悲しみを感じる」(戦中派)、「誰か、こんな政権倒してくれないかな」(自衛隊員)と悲痛な声があがりました。これに比べ、政府や御用マスコミは一体何なのか。麻生幾という人は「米追随」批判は無責任だと言いながら、「日本は今、安全保障だけでなく治安、経済、情報といった国が成り立つ上で必要なあらゆるものを、想像を絶するほど米国に依存している。それは日本の『運命』であるという現実を知るべきだ」とまで言っていた。
 イラク戦争を契機によく耳にするようになった国益論。地球を覆い尽くすような反戦のウェーブが繰り返され、日本でも反戦の声が高まる中、日本政府は「北朝鮮のことを考えるとイラク戦争を支持することが日本の国益」とか「日米安保維持こそが日本の国益」などと主張。さっそく中央公論(7月号)などが「国益」について特集を組んでいましたが、そこで作曲家の三枝成彰氏は「アメリカの優秀な『子分』をめざせ」と。
 まさに従属国益論。元来、国益という言葉は、頭から対米従属という輩に対して、「国益を考えよ」という風に使われてきました。中央公論は「日本では『国益』という言葉がタブーとされ、意識されない時代が長く続いた」として「タブーを打破せよ」と言っていましたが、それは、戦後、対米従属でやってきた政府やその同調者にとってタブーだったということではなかったでしょうか。
 今、従属国益論のような非論理的なことが平気で言われるのは、麻生氏の言うように、日本が「想像を絶するほど米国に依存している」からに他なりません。日本と米国の融合があらゆる面で進み、「米国の利益」即「日本の利益」となっています。
 りそな銀行や足利銀行の国家資金投入による実質国有化は、金融庁の不可思議な調査によって、「国家犯罪だ」という怒りの声がおきるほど意図的強権的に行われました。銀行国有化によって傘下の企業は整理・売却され、銀行自体も民間に売却されます。そこで暗躍するのは米系資本です。
 こうして経済が対米融合していけば、社会全体がアメリカ化されるしかありません。その結果、対米従属こそ国益ということが合理的に思えるほど米国に組み込まれ、日本は、米帝国の一極支配を支えるため、手前勝手で横暴な戦争戦略にまるで手先のように組み込まれていく。今、日本は、そういう深刻な段階に来ていると思います。

■アジアの問いかけ
 昨年10月、インドネシアのバリ島で開催されたASEAN首脳会議で「ASEAN憲章U」が採択され、2020年までに「東アジア経済圏」を作ることが合意されました。この会議に参加した中国、インドは、この場でASEAN諸国と「東南アジア友好協力条約」(TAC)を締結し、ここにインドまで含めた30億の人口をもつ巨大な「東アジア経済圏」「東アジア共同体」が形成される見通しになりました。
 これに対して日本は、この構想を米国が望む方向に持っていこうとしています。各国の自主権を否定した世界単一の「自由貿易市場」作りを狙う米国は、WTO(世界自由貿易機構)を使う一方、NAFTA(北米自由貿易地域)のような「自由貿易地域」を作る方法でそれを実現しようと策動してきました。しかし、今年行われたWTOカンクン会議は第三世界諸国の反対で失敗し、全アメリカを自由貿易地域にしようとするFTAA(米州自由貿易地域)交渉も「米国に勝手はさせぬ」(ブラジル・ルラ大統領)などとメルコスル(南部共同市場)諸国の反対にあって頓挫しています。
 「地域自由貿易圏」「地域経済圏」など言葉は似ていますが、一方が米一極支配のためのものであるとすれば、他方は離米多極化のためのものです。
 この二つの志向に対し日本は、米国の立場に立って策動しています。12月、東京で「日本ASEAN東京首脳会議」を開いた日本は、その東京宣言に「政治・安全保障における協力とパートナーシップ」を入れ、反テロ、海賊行為に共同で対処するということを強調。これは、ASEAN諸国を「反テロ戦争」に引っ張り込み、それによって東アジア共同体構想を米国が狙う方向にもっていこうということだと言えます。
 しかし、アジアは分かっています。そこでASEANは、日本に「東南アジア友好協力条約」の締結を要求しています。これは非同盟運動の発足となった1955年のバンドン会議で確認された「内政不干渉」など自主の原則に基づく条約です。
 ASEANのこの要求は日本に対して、アジアの立場に立つのか、それとも米国の立場に立つのかという問いかけであり、アジア諸国の自主性を尊重した対等な協力友好関係を築いていこうとするのか、あくまでも米国の手先として、東アジアの健全な発展を妨害するのかという問いかけです。
 「この1年、日本が米国とは別にアジアの国として我々に直接向かい合う覚悟を決めるかどうか見つめてきた」(ASEAN タマサック顧問)。そのアジアの目に日本はどう写ったでしょうか。

■時代の流れに逆行するところに未来はない
 イラク戦争が始まったとき、フランスの学者エマニュエル・ドット氏は「我々が目撃しているのは、帝国としての米国の崩壊過程だ」と指摘していましたが、圧倒的な武力に頼って「21世紀型戦争」を始めた米国は、この間ますます孤立しその力を失い権威を失墜し、その反面、世界の流れは確実に離米多極化の方向に向かいつつあります。
 アフガン、イラクの事態は泥沼の様相を呈しており、回復したかに見える米国経済に対して専門家は「不透明」さを指摘しています。貿易赤字は4300億ドルを超え「ドル安」が続いています。これについて、ドル信用自体の失墜や「ブラックマンデー」(87年に起きた株価暴落)の再来を危惧する声もあがっています。
 米国の危うさを後目に世界は離米多極化を強めています。EUも反米色を強め、EU憲法を作り独自の軍事機構を作ることを決定。アフリカはアフリカ連合を結成したし、米国主導の米州自由貿易構想に反対する南米では、メルコスル構成4カ国やボリビアなどで反米政権が成立しロシアは「核には核を、先制攻撃には先制攻撃を」という新戦略を発表しました。
 とりわけ「21世紀型戦争」の舞台にされたアジアでは、アラブ諸国が反米になっただけでなく、東アジア諸国も「東アジア共同体」構想を立ち上げ、中国が積極的に動いています。
 まさに「アジア新時代」。しかし、この新時代は順風満帆というわけではありません。帝国アメリカの凶暴かつ理不尽な策動との対決の中で生まれ成長していくものです。
 日本は、この流れに棹さし「崩壊しつつあるアメリカ帝国」の手先になって運命を共にするような道を進むべきではありません。アジアの仲間たちの真摯な声に耳を傾け、「アジアと共に」進む決心をすること。そこに、日本の未来はあります。
 2004年、日本の内外情勢はいっそう厳しさを増すでしょう。しかし、日本の運命を真剣に考えていく中で「アジアと共に」進む新しい日本が芽吹くことを期待してやみません。


 
研究

日本医療のアメリカ化

若林佐喜子


■「医療制度改革」の現状
 第一に、医療の自己責任化。
 高齢者医療制度への拠出金削減、対象年齢の引き上げ、通算入院期間が180日を越える患者医療費の一割追加負担などの強行。サラリーマンに対しては月収に加えてボーナスからも保険料を徴収する総報酬制の実施、医療費の3割本人負担。
 第二に、病院経営の営利化、市場原理の導入。
 医療の質の向上と医療費の合理化を名目に規制緩和、IT化、医療の標準化などが急ピッチだ。医薬品のコンビニでの販売解禁、混合診療の導入、病院債発行による資金調達の自由化、病院の営利法人化、株式会社参入の解禁など。
 第三に、アメリカ医療資本の参入。
 今年、厚生労働省は病院債発行に踏み切る。これを受けて米国系の大手格付け会社のS&P(スタンダード・アンド・プアーズ)や英米系のフィッチ・レーティングスなどが日本の病院経営支援事業に参入。病院債の発行だけでなく診療科目の再編など「効率的」な医療経営支援、さらには、保険会社との仲介も行うという。
 これが米国式の「マネジドケア」(管理型医療)の導入をはかるものであるのは明らかだ。「マネジドケア」とは、保険会社が複数の病院と契約し投薬、治療を細部に至るまで基準化して経営を効率化するというものである。今後、日本に「経験豊富」な米系保険会社が進出するのは必至である。

■アメリカ化医療の実態
 小泉「医療制度改革」は日本医療のアメリカ化である。では、その実態はどのようなものなのか?
 「医療産業こそが経済成長のエンジン」という考え方で医療の営利化が進められた米国では、医療は国内総生産の14%を占める大産業と化した。そこに巣くうのは保険会社と製薬会社である。
 「先進諸国で唯一公的保険をもたない国」米国において、医療保険はすべて民間の保険会社が担当するからその利潤は莫大なものである。反面、企業のリストラや貧困層の増大で国民の15%に当たる4300万人が無保険だという。
 また米国は、他国のように国家に薬価決定権がなく製薬会社が決定するから薬価が非常に高い。
 米国でも高齢者向け(65歳以上)の「メディケア」、貧困層向けの「メディケイト」という公的保険があるが、薬の処方箋を教えてもらう程度の治療しか受けられない。しかも、その薬価が高いため、実質、治療を受けられない老人が多い。
 そして、先に述べた「マネジドケア」制度。保険会社は「効率第一」の経営を病院や医師に強要する。あるテレビ番組で見たが、保険会社が週一回、傘下の医師を集めて、「これではダメだ、こういうやり方をすればもっと利潤を上げられる」など一人一人の医師の処方箋を厳しく査定する。
 そればかりか、米国では、こんなことも起きている。医療過誤の訴えで医師が廃業に追い込まれる一方、医療過誤で訴えられそうな治療が拒否され、過誤として訴えられるケースの多い産婦人科病院が地域からなくなるとか、はたまた、保険会社による、病院や医療器具の差し押さえ競売、病院関係者の身柄拘束なども起きている。
 実は、こうしたことが今、米国で大問題になっている。それにもかかわらず、小泉政権は、何故あくまでも米国式「医療改革」なのか。

■日本と日本人のための日本型医療を
 医療は決してアメリカ化されてはならない。日本人の生命にかかわる医療は、日本と日本人のための医療であるべきである。
 医療改革に警鐘をならし、国民皆保険など現行制度の良い点を指摘しながら、患者中心の医療、日本型医療の研究に取り組んでいる病院や医師の数は少なくない。
 長野県のある医師は、皆保険制度を守り医療費が高騰しないように、健康づくり運動と救急医療、高度医療充実、支える医療の三つを実践し、長野県を日本一の長寿県、老人医療費の一番低い県にした。政府は、高齢化社会=老人医療の増大=個人負担を理由に改革を進めているが、このような地域の取り組みや日本の医療の良い点を活かし発展させる方向で改革すべきではないだろうか。
 最近、医療問題をテーマにしたテレビドラマが数多く作られている。そのなかで、「ドクター・コトー」のように徹底した患者中心の医療、アメリカ式医療でなく地域の生活に根付いた医療をおこなう医師が人々の共感をえている。これは、人々が求める医療がどのようなものかを示している。


 
研究

自分の町の子供たちは自分たちで育てる

森 順子


 自分の町の子供は自分たちで育てる。愛知県犬山市はこんな自覚から、教科書とは別に独自の副教本を作っているほか、市で非常勤教師を採用してきめ細かい授業を実現するなど全国的にも注目されているそうだ。
 犬山市は教育に最終的に責任をもつべきなのは市町村など地域自治体であるということを原点に、完全学校五日制、教育内容三割削減に応じた学習環境の整備の一環としてこの改革をスタートさせた。まず算数の副教本を作成し今年度から授業で使い始めた。来年度導入に向けて作成してきた理科の副教本も完成。教材開発だけでなく少人数授業の効果も小さくない。今年度から週五日制で授業時間が減ったため、休日に親子で楽しめるものや家庭でもできる実験や観察も掲載。教科書より地域に密着した動植物を、日常生活にかかわりがあったり驚きのある実験をと、教諭らが夏休みも返上で木曽川を下って調べたり、野鳥や昆虫の写真を撮影したりして教材を作った。副教本というと学力低下を補うイメージが一般的だが、教材作りを通じ教師の創意工夫を引き出し、魅力ある授業作りを目指しているという。
 この取り組みの成果は大きいようだ。「数学の授業にニコッとする子が増えた」「副教本で発展性のあることができるようになり、算数を好きになったり、頭の回転が速くなった子が出てきた」という。そして教諭たちも「副教本を作り、久しぶりに理科をやったという実感。自分の勉強になった」「教壇に立っていたときには気付かなかったが、ちょっとだけ手助けすれば理解できたり自信のつく子は結構いる」と教える喜びを語っている。
 急速に推し進められている教育改革は学力低下や落ちこぼれを一層加速させていく現状にある。そういう中で犬山市は子どもの教育は地域全体で考え解決していこうとしている。自治体と教師が力を合わせた犬山市のこのような取り組みに自治自決の新しい共同体意識の芽生えを見ることができるのではないか。


 
文化

新撰組ブーム 「近藤さんが凧で私は風」

若林盛亮


 いま、若者の間で新選組ブームなのだそうだ。1月からNHK大河ドラマで新選組が始まる。それで局でファンを集めて特集番組をやった。現代の若者がなぜ新選組に魅かれるのか? このテーマを私なりに主観と独断を恐れずに述べさせてもらう。
 新選組のどこがいいのかという質問に、女子高校生たちは、新選組の男たちの魅力は「ひたむきになれるものがある」ことだと、そして今、自分たちには、それがないと答えていた。この辺は容易に想像がつくことだが、もう一歩、踏み込んでみたい。
 幕末の志士で坂本竜馬、高杉晋作というリーダーの魅力は語られても海援隊、奇兵隊ファンというのはいない。ところが新選組ファンは、沖田であり土方のファンでありながらも、新選組という集団のファンなのだ。
 熱烈な沖田総司ファンの女子高校生は、コミックにある沖田のセリフの一節を示した。「私は風になりたい」「近藤さんが凧で私は(その凧を舞い上げる)風」というこのセリフがすごくいいのだと言う。たしかに新選組には鉄の規律の集団という反面、その中には個性的なキャラクターが揃っている。この集団と個性との絶妙なハーモニーも新選組の魅力の一つではないかなと思えるのだ。
 局長、近藤勇というカリスマ的総帥、その総帥を戴く新選組という集団に自分の夢をかける副長、土方歳蔵という組織者、沖田総司という肺結核病みの虚弱な体なのに剣を取れば敵なしの凄腕、各自の個性が集団を支える。
 21世紀の若者にとって、新選組の魅力というのは、個性を生かす組織、集団というところにあるのではないか。
 あと一つの魅力。先の女子高校生たちの言葉−「沈みかかった船と運命を共にする」「滅びの美学っていうのもあるじゃないですか」。
 現代は、優勝劣敗が明確な社会原理となった時代、勝ち組と負け組が明確に分かれる時代だ。競争で勝つことが「善」で成り立つ市場原理主義社会だ。
 新選組は歴史的には負け組である。近藤や土方、沖田は、負け組と分かっても最後まで幕府と運命を共にする。「判官びいき」という言葉があるが、あえて勝ち組に組みしないという新選組の選択を現代の自分たちの生き方と重ね合わせたのが、まだ幼い彼女たちから発せられる「滅びの美学」ではないのだろうか。
 滅びゆく米一極支配を支えるイラク派兵、そして次は朝鮮「反テロ戦争」かというご時勢。歴史観とは無縁のところで「滅びの美学」「武士道」の新選組に思いを重ねる若者たちを誤導する危険も新選組ブームにはあるとは思う。集団と個性の絶妙のハーモニー、勝ち組社会を批判する若者たちの新選組への思いをあらぬ方向に誤導してはならないだろう。


 
朝鮮あれこれ

共同社説

小川 淳


 例年、雪景色の中での元旦でしたが今年は暖かな正月でした。朝鮮の元旦は、「労働新聞」、「朝鮮人民軍」、「青年前衛」三紙の「共同社説」で始まります。ここで昨年の総括と今年の方針が明らかにされます。
 「共和国の尊厳と威力を輝かせた年、先鋭な情勢の中で民族の自主権と社会主義を守護した輝かしい勝利の年」と昨年を総括した「社説」は、今年の課題として、政治思想、反帝軍事、経済科学の三大戦線を掲げ、この三大戦線で革命的攻勢をくり広げることを強調しています。
 ブッシュの対共和国強硬路線によって、今年も軍事的対決が続くと予想される中で、「社説」が掲げるのは、まず政治思想戦線の強化です。どのような戦いもまずは思想戦です。思想的に負ければ、敗北です。思想戦では「帝国主義に強力な反攻撃をかける全面的攻勢」をうたっています。
 そして反帝軍事。ブッシュがイラクには手を出せても、共和国には手を出せないのは、強力な軍事力があればこそです。反帝軍事戦線の強化、ここに今年最大の力を注ぐべきであるとしています。
 最後は、「経済とは科学技術である」とした経済的基盤の強化です。「科学技術の発展は、国と民族の前途と関連する重大な国事であり、国の全般的科学技術を早い時期に世界の先進水準に引き上げるべき」と科学技術の振興を強調しています。そしてこれらの三つの戦線で大きな成果をあげて来年の党創建60周年、祖国光復60周年を大きな成果で祝おうと呼びかけています。
 昨年は「わが民族同士で」の理念の下、祖国統一運動で大きな前進が達成された年でした。なんといっても画期的だったのは、東西の鉄道と道路が連結されたことです。ピョンヤンで開かれた「平和と統一のための8・15民族大会」に参加した南からの代表団もこの陸路を通ってきました。またアメリカを初めとする外勢の干渉と反統一勢力の悪らつな策動の中でも、釜山アジア大会へ500名規模の選手団を派遣するなど、北と南の協力と交流は中断されることなく進展し、もはやどのような力も南北統一の機運を止めることはできない巨大な時代の流れとなっています。平和か戦争か、和解か敵視か、統一か分断か、この統一機運の盛り上がりは、「アジア新時代」の重要な反映の一つだと言えるでしょう。


 

編集後記

魚本公博


 あけましておめでとうございます。
 昨年7月に始めた「アジア新時代と日本」も初めての新年を迎えました。こうして1年を振り返ってみると「アジア新時代」と言える時代に確実になって来たなあと実感します。
 「主張」のところで述べた「東南アジア友好協力条約」(TAC)。当初、外務省はその存在すら知らなかったとか。ASEAN側に締結を迫られても、「あんな冷戦の遺物」と反発していたそうです。でもASEAN諸国から見れば、TACは植民地解放・反帝自主独立、すなわち自国存立の基本精神ではなかったでしょうか。この認識の差がアジア諸国と日本のズレの底にあるようです。
 今年も日本を取り巻く情勢はますます厳しさを増しそうですが、アジアから見た日本というコンセプトの中に日本の出口も見つかるのでは、という思いを強くしています。


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