研究誌 「アジア新時代と日本」

第66号 2008/12/5



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 本当のチェンジが求められている

研究 Change!「噛む」安保から「吠える」安保へ 9条日本の自負と誇りで東アジア不戦共同体参画

時評1 「派遣切り」は人間の尊厳の否定である

時評2 安心できる医療、年金、社会保障制度を、それが最良の景気対策だ

世界の動きから



 
 

編集部より

小川淳


 いよいよ師走。最後の一月となりましたが、今年、2008年はどのような年だったのか。
「一つの時代」が終わった、時代の転換点として後世に記憶される、今後の展開によってはそんな年になるかも知れません。
 何よりも80年代以降、世界を席巻した新自由主義経済が金融危機という形で破綻したことは今年最大の出来事でした。リーマン・ブラザーズの破綻はその象徴でした。
 そしてアメリカ経済の象徴ともいえるビッグスリーの経営危機。戦後世界を支配してきた米国経済の衰退はここ数年言われてきましたが、金融危機にとどまらずビッグスリーが消えてなくなるかもしれない、「百年に一度」の危機の深刻さを、誰が予測したでしょうか。
 こうした中で黒人として初めて米国の大統領に選ばれたオバマの登場は、「新しい時代」の幕開け(チェンジ)となるのかどうか。(「本当のチェンジが求められている」参照)
日本もまた経済の閉塞感に覆われています。師走の巷ではすさまじい「派遣切り」が行われ(「派遣切りは人間尊厳の否定である」参照)、年末商戦もモノが売れない、日本経済を牽引してきた自動車も家電も大幅の収益悪化に苦しんでいます。
 日本の場合、経済の閉塞感それ以上に深刻なのは政治の閉塞感ではないでしょうか。麻生政権の低迷ぶりを「自民党は冷戦と高度成長が終わることで役割を終えつつある」と看破した加藤紘一の指摘は正鵠を得ているように思われます。政権発足からわずか3か月で支持率21%という数字そのものが、「一つの時代」の終わり、すなわち日本国民よりも覇権国家アメリカに顔を向けてきた「自民党の時代」の終わりをはっきりと告げているのではないでしょうか。
 では、新しい時代の予兆はあるのか。ないはずがありません。私たちの目に見えていない新しい時代の予兆を感じる、簡単ではないでしょうが来年こそそんな紙面にできればと思っています。


 
主張

本当のチェンジが求められている

編集部


■「チェンジ」が勝利した
 米国大統領選において終始一貫「チェンジ」を掲げたオバマ氏が勝利した。その勝利はまさに「チェンジ」の勝利だったと言える。
 周知のようにオバマ氏は、イラク戦争への反対姿勢を明確にし、即時撤退を明言した。それに対しマケイン氏は撤退明言を避けた。
 「チェンジ」を鮮明にしたオバマ氏優勢のうちに進んだ選挙戦であるが、その勝利を決定的にしたのは、選挙中に発生したリーマン・ブラザーズの破産を契機とする金融危機の発生であった。
 オバマ氏は、この危機を「100年に一度」の深刻なものとして認識し、新たな経済政策を示唆するなど「チェンジ」を印象付けた。一方、マケイン氏は、「米国経済のファンダメンタルズは強固だ」と発言し、危機の深刻さを認識していないと理解された。その結果は、一時オバマ氏に僅差まで肉迫したマケイン氏の歴史的な大敗として現れた。
 元々、この選挙戦では経済問題も争点の一つであった。それは、富裕層に減税などの優遇措置をとる一方、保健医療や教育費などの大幅削減など国民大衆に過酷なブッシュ政権の施策によって、二極化が進み国民の生活苦が増大したからである。その上、昨年夏に露呈したサブプライムローン問題は、貧困層を痛めつけただけでなく、行き場を失った過剰金融の資源穀物投機市場への流れ込みによって起きたガソリンなど諸物価の高騰も貧困層の生活を直撃した。
 そうした中で起きたリーマン・ブラザーズの破綻。株価は暴落し、景気は一挙に冷え込み、自動車ビッグ3まで経営危機に陥り、失業は急拡大し、先は見えない。
 オバマ氏の「チェンジ」は、二極化した貧困層の強い支持を得た。年収1万5000$未満は73%、3万$未満でも60%が支持。ヒスパニックの66%、黒人の95%、女性の56%、若者の66%が支持した。

■オバマはどういう「チェンジ」をしようとしているのか?
 オバマ新政権の登場を前にして、問題になるのは、チェンジの内容だ。とくに、軍事外交と経済におけるチェンジの内容が注目される。
 オバマ氏は、まず軍事外交面で、単独行動主義から国際協調主義へのチェンジを鮮明にしている。すなわち、単独行動主義のイラク戦争から国際協調主義のアフガン戦争へのチェンジだ。
 オバマ氏は次のように言う。イラク戦争は国連決議もなく米国が勝手に単独で軍事行動を起こしたものだがアフガンの場合は、国連決議がありNATOとの協調が行われている。だから米国はイラクからは撤退しアフガンに力を入れると。
 一方、経済に関しては、「大きな政府でも小さな政府でもないスマートで賢い政府」を目指すとしながら、新ケインズ主義的な施策を示唆している。
 今、出されているものを見れば、「公的資金の投入」、「金融機関とシステムへの統制監視の強化」、「貧困層への支援」などである。それは、新自由主義からのチェンジだと言える。とくに 「貧困層への支援」を強く打ち出していることは「チェンジ」を印象づける。しかし、財政赤字の中で、これを実現するにためは、軍事費の大幅削減などが必要だ。しかし、オバマ氏は、それには手を出さないと明言している。財政的裏づけのない「貧困層への支援」がどれだけのものになるか、その結果はおおむね予想されることだろう。
 そうした中、オバマ新政権は、新ニューディール政策のようなものを目指していると言われる。しかし、歴史的に、その破綻が証明されたケインズ主義の焼き直しにどれだけのものが期待できるか、その前途は明るくない。
 オバマ氏の「チェンジ」を見て、特徴的なのは、米一極支配自体の是非が問題にされていないことである。すなわち、米一極支配は前提にされ、それを守るためのやり方のチェンジが語られているだけだということだ。
 軍事外交面での単独行動主義から国際協調主義へのチェンジは、米一極支配を維持するための反テロ戦争路線、それ自体のチェンジではない。それは、あくまでそのやり方のチェンジにすぎない。
 今日、米国民や世界が問題にしているのは、単独行動主義かどうかではない。イラク、アフガン戦争それ自体の是非である。すなわち圧倒的な軍事力による米国の世界一極支配、世界に覇を唱えるための反テロ戦争路線自体のチェンジが要求されているのだ。
 経済面での新自由主義の手直し、ケインズ主義への回帰も同じことだ。ここでも米一極支配の下、ドル基軸通貨制に基づく対米輸出を大動脈とする「帝国循環」と、それによる米国の歯止めのない経常収支赤字の累積は、不問に付されている。米一極支配、ドル基軸通貨制の下における経済のやり方のチェンジが問題にされているだけだ。
 その証拠に、当面、オバマ氏からのブッシュ政権への要求は、一にも二にも、公的資金を大々的に投入しての米金融機関、自動車ビッグ3などの救済に集中されている。

■求められる米一極支配自体のチェンジ
 今日求められているのは、米一極支配のやり方のチェンジではない。米一極支配それ自体のチェンジが求められている。
 軍事外交面でも経済でも、あらゆる矛盾、あらゆる問題点の根源には米一極支配がある。
 イラク戦争でもアフガン戦争でも問題は、単独主義か協調主義かにあるのではない。この泥沼に陥っているイラク、アフガニスタンにおける反テロ戦争は、他国の内政に暴力的に干渉し、覇権を行使する米一極支配自体の正否を問うている。
 金融危機、世界的大恐慌もただ単に新自由主義経済を国家による有効需要の創出に依拠するケインズ主義的な経済に変えれば解決する問題ではない。問題は、その新自由主義経済が米一極支配の下、ドル体制とそれに基づく膨大な米経常収支赤字の累積を生み出す「帝国循環」と一体に強行されてきたところにある。この米一極支配それ自体のチェンジを伴わない新自由主義経済のチェンジは本当のチェンジにはなりえない。
 今日、イラク、アフガン戦争の泥沼化がいっそう抜き差しならないものになり、金融危機に続く「負の連鎖」により、世界大恐慌の様相がますます深刻の度を増している中、米一極支配の崩壊は加速度的に進行していっている。
 カナダのアフガニスタンからの撤収計画の発表、ロシアや中国のベネズエラなど中南米諸国との共同軍事演習や軍事協力、等々、今秋、この1、2ヶ月間の動きを見ても、その流れは顕著なものがある。
 経済の動きも急速だ。スウェーデンなどヨーロッパにおけるユーロ導入への各国の動き、東アジア共同体における「チェンマイ・イニシャチブ」基金による相互通貨預けあいの倍増、そして新興諸国間での独自のIMF(国際通貨基金)創設の動き、等々、地域共同体を強化し、そこに依拠しようとする流れは奔流をなしている。
 オバマ氏の「チェンジ」は、明らかに、こうした世界のチェンジへの動きに合流するものとはなっていない。それどころか、それに敵対する要素を多分に持っている。
 こうした中、問われるのは、日本の政治だ。国際協調主義によるアフガン戦争参戦を強行するのか、それとも憲法9条に基づくあらゆる反テロ戦争反対のチェンジを断行するのか、米国によるドル体制と「帝国循環」の建て直しに動員されるのに任せるのか、それとも東アジア共同体に依拠しながら内需主導の経済へのチェンジをはかるのか、わが国においても、本当のチェンジが切実に求められていると言えるだろう。
 他方、大企業中心の公共事業投資、上からの福祉のケインズ主義経済への回帰か、それとも、国民中心、国民主体の国家的保護と規制への新自由主義経済からの本質的転換かのチェンジが同時にもう一つの大きな問題として求められていることを忘れてはならないだろう。


 
研究

Change!「噛む」安保から「吠える」安保へ
9条日本の自負と誇りで東アジア不戦共同体参画

若林


■世界は「幕末」の様相
 Change提唱のオバマ米大統領誕生で、世界は新しい時代を迎えたと言われる。それは「米国一極時代終焉の始まり」(「選択」11月号)として認識されている。保守派はそれを憂い、進歩派は歓迎する「米国一極時代終焉」、これが米国民、そして世界が米新大統領オバマにChangeを求めた時代の現実だ。
 「米国一極時代終焉」、ここにこめられた時代の要求はいったい何なのか?
 それは一言でいって、覇権の時代の終焉ということではないだろうか。冷戦終結後、唯一超大国となった米国が経済でも軍事でも世界を思うままに支配しようとした。米国の覇権の道具であった新自由主義も、新保守主義も破綻は明らかになった。その集中的表現が、誰もが認めるように未曾有の米国発の世界金融恐慌、泥沼に陥った「反テロ戦争」である。
 冷戦の終結が米ソ二超大国の覇権へのNo! であったとするならば、冷戦後の今日、「米国一極時代終焉」は超大国、米国の世界支配はもちろん、誰かが誰かを「支配する」、あるいはリーダー国があって被リーダー国があるという世界のありようへのNo! である。すなわち覇権そのものへのNO!、これが時代の要求だと言える。
 少々、乱暴な例えだが、いま世界は幕末の様相を呈している。最後の覇権、超大国の一極支配維持の米国が最後の封建、幕藩体制維持の徳川将軍家、江戸幕府とするならば、多極化、自主化をめざす世界の反覇権の潮流は御一新をめざす薩摩、長州など雄藩、あるいは勤王志士だ。そして現在の日本は、さしずめ将軍家に運命を託す幕臣として生きようとした会津、桑名など佐幕藩ということになって、このまま行けば将軍家と共に自滅を免れない。
 世界御一新の時代、日本も真のChangeを遂げる時にきていると言うべきだろう。

■御一新にほど遠い反テロ戦争の国際協調化
 オバマ米新大統領の世界安保のChangeは、ブッシュの単独主義から国際協調主義へのChangeだというが、それは「米国のリーダーシップ」を前提にしたものだ。結局は米一極支配を前提にした世界安保体制、それを国際協調でやっていこうということのようだ。
 危惧されるのは、ブッシュの反テロ戦争自体を否定していないことだ。オバマは、その大義が失われ国際協力のえられないイラク戦線からは撤収するが、欧州など国際協力のえられるアフガンについては反テロ戦争を継続し、軍事的圧力のさらなる強化さえ唱えている。
 「21世紀型戦争」とされる反テロ戦争においては、「ならず者国家」「テロ支援国家」と米国が指定した国に対する制裁、軍事攻撃、あらゆる内政干渉、主権侵害が許されてきた。
 しかしその結果はどうなったのか? 質量的にも圧倒的な米軍武力をもってしても勝利はおろか、戦争はますます泥沼にはまりこんでいる。それは、「ならず者国家」「悪の枢軸国」の人々、米軍の援助なしには国家運営もできないとバカにされた当該国人民が、覇権そのものを認めなかったからだ。
 米国のリーダーシップを取り戻すための反テロ戦争の国際協調化、このオバマのChangeも、反覇権への時代の要求、御一新にはほど遠いもの、むしろそれに敵対するものとして後世に判定されるのではないだろうか。

■「噛む」安保から「吠える」安保へ
 Changeという時代の要求、御一新の動きとして、アジアにおける東アジア共同体、不戦共同体をめざす動きは注目すべきものだ。
 東アジア不戦共同体について言えば、「噛む」安保から「吠える」安保への転換だと言える。
 「噛む」安保は、他国への軍事的制裁、攻撃もよしとし、覇権を許す安保観だ。他方、「吠える」安保は、いかなる理由であれ他国への軍事的介入を否定する、あくまで紛争の平和的解決、武力不行使を原則とし、あらゆる主権侵害を認めない反覇権の安保観だ。
 東アジア不戦共同体の鍵を握るとされるものに、TAC(東南アジア友好協力条約)とARF(ASEAN地域フォーラム)がある。これが「吠える」安保の先駆だとされている。
 「ARFは、米日常語で『吠える』を意味する。いみじくも『噛みつく(攻撃する)』ではなく『討議する』ことを重視するASEAN流外交流儀による安保スタイルを、その言葉は象徴する」(進藤栄一「東アジア共同体をどうつくっていくか」ちくま新書)
 TACの起源は、54年のネール・インド首相、周恩来・中国首相による平和5原則、それを受けた翌55年のバンドン宣言にあり、その精神は東西冷戦下にあって「東」の大国側にも「西」の大国側にもつかない非同盟主義であり、その基底には大国の覇権主義を許してはならないとする自主独立、主権尊重の精神が流れている。この精神は、第二次大戦前、植民地亡国の民の悲惨を骨髄に刻んだアジアと世界の新興独立諸国の歴史の貴重な教訓の産物だ。この教訓が、相互不可侵、内政不干渉、紛争の平和的解決など、後に非同盟自主外交の原則と言われるものをつくりあげた。
 その諸原則を基軸に、76年2月、ベトナム戦争終結の翌年、パリのASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議で取り交わされたのがTACである。そして冷戦終結直前87年12月にTACは、ASEANメンバー国以外にも開放され、署名参加した東南アジア諸国連合非メンバー国にも拘束力を持つに至った。ちなみに日本は、中国の後を追うようにして03年12月に署名、朝鮮は今年08年7月に署名、東アジアですべての国がこの「不戦共同の誓い」に参加したことになる。
 このTACは、冷戦終結後の94年7月、ASEAN諸国を軸に日、中、韓や米、露、EUなどを加え、アジア太平洋地域安全保障問題に対する閣僚会議の場、ARF(ASEAN地域フォーラム)の設立によってより具体化された。
 内政不干渉と武力不行使、その主権尊重の反覇権精神、ここに東アジア不戦共同体、「噛む」安保から「吠える」安保への本質、真価がある。

■9条日本の自負と誇りで世界の御一新を
 わが国の憲法9条精神は、この「吠える」安保に通じるものだ。戦争放棄、交戦権の否定は「噛む」をやめ「吠える」に徹すること、「非覇権の日本」をアジアと世界に誓ったものだと言える。
 「脱亜入欧」以来の近代日本は、「噛み合う」覇権世界で生きることを選択した。明治維新を担った先人達は、当初、同じく欧米列強の植民地化の危険にさらされるアジアとの共同を志向した。アジアとの反覇権連合、共同をめざした。福沢諭吉なども孫文、金玉均といった中国、朝鮮の「開明派」を助け、彼らをして列強進出に無力をさらす封建専制王朝を廃し近代国家建設を促すことによって、有力なアジアの反欧米植民地主義、反覇権連合形成を期待した。しかし「開明派」の敗北、失敗でこの期待が裏切られるや一転、「アジアの悪友を去り、欧米を良友とし」、ついには「欧米の接する方法でアジアに処する」道、脱亜入欧の道、欧米帝国主義列強の「噛み合う」世界で生きる道、覇権の道への転進を選択した。そして亡国の悲運をもたらした。
 かつての「アジアの悪友」は、植民地奴隷の亡国の歴史を総括し、今日、TACやARF形成に至る非覇権のアジア、「吠える」安保の新しい国際平和秩序構築の勢力を成すに至っている。
 わが国とて、戦後、その近代史の総括物として憲法9条、覇権放棄、不戦の道を選択し、脱亜から脱・脱亜への契機をえた。しかし同時に日米安保という「噛み合う」覇権世界の安保も同時に受け入れてしまった。戦後の日本現代史は、日米安保が憲法9条を無力化する歴史でもあった。結局、脱亜入欧(米)の払拭はならなかった。結果として反テロ戦争参戦国家へと一歩近づき、9条改憲までが政治日程に上げられる事態まで招いた。
 いまわが国がChangeする鍵、それは「脱・脱亜」の道、アジアの良友とともに、9条日本の自負と誇りをもって、「噛む」安保から「吠える」安保で世界の御一新をはかる道、東アジア不戦共同体の道を開くことである。そしてもし米国の友であるならば、御一新の流れを読み徳川幕府の幕引きを担い江戸城の無血開城を行った開明派幕臣、勝海舟の故事にならい、反テロ戦争の無益を説き、米一極覇権体制の「大政奉還」をオバマ新大統領に勧めるのが日本の役割ではないだろうか。


 
時評1

「派遣切り」は人間の尊厳の否定である

金子恵美子


 今年もあと何日かで終わろうとしている。
 新聞にはワンサカとクリスマスやお正月のおせち料理のチラシがはさまって来る。年末年始に向けての商戦が繰り広げられている。ここまではいつもと変わらぬ師走の風景であるが、今年は、こんな風情に浸っていられない重苦しさが社会を覆っている。
 「派遣切り」「雇い止め」「内定取り消し」こんな言葉が連日新聞、テレビに登場する。長く生きているといろんな事を経験するようになるものだ。アメリカのサブプライムローンに端を発した金融危機が、こんな速さで世界を直撃するとは。今年の初めに、今日の事態を想像できた人が何人いるだろうか。勿論、こういうことを専門的に研究している人は早くから警鐘を鳴らしてはいたと思うが。それにしても変化=悪化の速度が余りにも速い。朝日新聞社が全国の主要100社を対象にした景気アンケートによれば、「景気が悪化している」と答えた企業が、6月の3社から11月には74社と急増し、「穏やかに下降している」の24社を合わせると98社が「景気は後退している」と判断。この煽りをもろに受けているのが、今や全労働者の3分の1を占めるようになったと言われる派遣や契約などの非正規労働者である。
 つい先だって私用で名古屋に行ったのだが、名古屋と言えば「トヨタ」のお膝元。アメリカの自動車産業不況の大波をかぶって、今、国内の自動車産業が急速に失速し、地方経済と雇用を揺さぶっている。11月の国内の新車販売は前年より3割近く落ち込み、39年ぶりの低水準という。名古屋に住む友人は、町を行き交う車の数が減っているし、自分の友人でトヨタの下請けをしているところでは、運送の車が半分も稼動していないと言っていると話していた。名古屋、トヨタと言えば好景気の代名詞であったはずではないか。それが、こんなにも急激に変わってしまうものなのだ。グローバル・金融主流経済とは恐ろしやである。そして、先にも書いたが、この煽りを、この師走に来てもろに受けているのが派遣・契約労働者である。国内自動車各社は、何千人規模の人員削減を発表した。製造業部門で働く非正規労働者は会社の寮に入っている人が多い。職を失うということは、即ち「住」も失うことになる。日本労働弁護団が6日に実施した「労働トラブルに関する電話相談」には、全国から370件を越す相談が寄せられ、中でも「派遣切り」など解雇に関する相談が圧倒的に多かったという。ある派遣労働者は、仕事を終えた後、他の派遣社員と一緒に工場の会議室に集められ「この書類にサインして」と「派遣終了通知書」を手渡された。一ヵ月後の契約終了が書かれていた。地方から出て来て派遣会社が用意した1Kの寮に4年間住んだ。それが紙切れ一枚でお払い箱とは。
 自動車、電機、工作機械・・・製造業を中心に非正規労働者の大規模な削減がなされようとしている。厚生労働省の発表によれば来年3月までに3万人の人々が職を失い、住まいを失おうとしている。3万人の人の周りには妻や夫、子供がいる。派遣だけではない。新卒者の「内定取り消し」もすでに300件を超え、正規労働者のリストラも始まっているという。
 こうした状況の中、派遣労働者が立ち上がっている。組合をつくり工場の前でビラを配る姿がテレビに映し出されていたが、印象的だったのは正規も含めた多くの労働者がそれを受け取っていた姿だ。また日比谷野外音楽堂では2000人あまりが「派遣切るな」と決起した。もう我慢の限界ということであろう。組合を初めて作り委員長になった人が「自分たちも会社に貢献している。それを紙切れ一枚で放り出すことに怒りを覚える」と語っていたが、ここに派遣労働者の怒りの本質があると思う。「派遣切り」というのは、単なる「クビ」ではなく、会社への貢献=社会への貢献という誇りや存在意義を奪い、モノとして使い捨てること、即ち人としての尊厳の否定なのである。この仕打ちに打ちのめされて自ら命をたってはならないし、間違った方向に牙を向けて自滅してもならないし、その人間的怒りを力に団結して、この社会のあり方を変えていかなければならないと思う。既にそれは始動し始めている。来年は「動」の年になる予感がする。私もその大河の一滴でありたい。


 
時評2

安心できる医療、年金、社会保障制度を、それが最良の景気対策だ

小川淳


 日本の社会保障制度は、医療保険、年金、労災、雇用などの「社会保険制度」、生活に困窮する者を国が助ける「公的扶助」、老人や障害者、児童などの「社会福祉」、感染症、食品衛生、水道事業などの「公衆衛生」、「老人保健」など5つの分野に分かれている。
 このような福祉国家の基本的枠組みはもともと資本主義の景気変動に伴う失業や貧困の対策として生まれたものだ。資本主義では国民はそれぞれ働くことで生計を立てることが前提となっているが、失業や病気などのリスクをゼロにすることはできない。失業保険、公的年金制度はそのリスクに対する保障として、勤労者がそれぞれ収入の一部を拠出することで、困難な状況にある人を支援する制度である。日本の社会保障は日本の戦後が終わった55年、国民健康保険法や国民年金法が制定、高度成長の中で制度の充実がはかられた。
 ところが、ここにきて将来の年金給付や医療保険を受けられない人が年々増加している。所得の低さを理由に年金や社会保険料を払えない人が増えているからだ。この背景には正規社員3400万人に対して1700万人と、雇用者の3割を占めるに至った非正規社員の存在がある。正規社員を100とすると非正規社員は男性で63、女性で71と賃金格差は大きく、この賃金格差が近年のワーキングプア問題の一因となっている。
 全国平均で自給687円という最低賃金の低さもワーキングプアを生む原因となっている。1日8時間、月23日働いたとしても月収は12万円、年収にして150万円以下で、生活保護費を下回る。民間企業の被雇用者は4500万人、そのうち1023万人は年収200万円以下である。年収200万円以下をワーキングプアとすると、被雇用者の23%に相当する。低収入の自営業者を加えると、1300万人から1500万人が広義のワーキングプアであると言われている。
 国民年金は月14410円を40年間納めると65歳から月額66000円の年金をうけとることができるが、低収入の労働者には重い負担となっている。06年度の国民年金保険料納付率はわずか66%。納付を免除された人を除く実質的な納付率は49%といわれる。ワーキングプアの多くは老後の基礎年金を受け取れない。医療保険では、国保への加入世帯は2500万を数えるが、その2割約480万世帯が保険料を滞納しているという。
 このように勤労者が収入の一部を拠出するという社会保険制度の根幹が揺らいでいるのが現状だ。加えて日本は世界で類例のない少子高齢化社会をむかえつつある。増え続ける医療費や年金の財源をどう確保するのか。制度の抜本的な改革が必要なことは明らかだ。
 日本経済を立て直すためにも社会保障の充実は急務といえよう。GDPに占める社会保障費で比較すると、フランス28、7、ドイツ27、3、日本は17、7%と低水準にある。急速な少子化は教育の貧困にも起因している。日本のGDPに対する教育への公的支出は3、4%、OECD加盟28カ国中、最低だ。老後にも不安があり、収入が低く子供も産めない。教育にも金がかかる。これでどうして消費・内需拡大が望めるだろうか。医療や介護、教育補助を拡充させ、生活の不安からの解放こそ最大の景気対策となるはずだ。老後の不安から解放された人々は、ため込んだ1500兆円のストックを使い始める。その時こそ日本は輸出頼みの景気に左右されず、内需主導による本格的な景気回復が可能となる。
 年金制度改革については、抜本的改革案がさまざまな方面から出されているが、ほぼ共通していのは「基礎年金部分は全額税方式で」という提言だ。全額を税金でまかなうと個人の拠出は不要となり、必要最小限の生活費が国庫で保障される。問題は財源をどうするかで、仮に消費税でまかなうとすると政府試算によれば消費税率6〜11%(2015年)としている。
 国民一律に課税する消費税方式が妥当かどうかは当然異論がある。無駄な公共投資を削り、法人税や累進課税をきちんと守り、その上で不足分を国民にもとめる。こうした改革なら国民も納得しよう。いずれにせよ市場や競争で効率だけを競うような「自己責任の政治(経済)」から決別し、「国が責任を持つ」という政治の在り方への抜本的転換こそ先決であるだろう。


 
 

世界の動きから

 


■ 進歩路線とは距離の遠いオバマの外交安保チーム高位職の人選
Q:新政府の人選と関連して、国務長官にはヒラリー・クリントン上院議員が事実上内定したのではないか。
A:そうだ。
Q:米国の外交政策を陣頭で指揮する外交司令塔として次期国務長官はどのような課題を遂行することになるのか。
A:オバマは、選挙運動期間、世界的に失墜した米国の威信を引き上げると公約したが、それに沿って、米国の威信を高め、今まで願ってきた国々との外交関係を回復することが、次期国務長官の最大の課題となる模様だ。具体的には、イラク戦争の終結とアフガニスタンでは、テロとの戦争強化、中東地域平和問題、北朝鮮と核問題の解決、等が優先的な対外政策課題に上っている。
Q:国防長官にはロバート・ゲイツ現国防長官の留任説が有力だが。
A:そうだ。ゲイツ国防長官留任説は、ブッシュ行政府で働いていた人でも能力さえあれば起用するというオバマの実用主義を生きた実例を持って見せてくれるものだ。オバマは、遊説期間、イラクからの米軍撤収を公約に掲げてきただけに責任をもって現在進行中のイラク戦争を終わらせるために何よりも経験を重視するというところからゲイツ国防長官留任を積極的に検討しているという分析だ。
Q:ホワイトハウス国家安全問題担当特別補佐官としては、ジェイムズ・ジョーンズ前NATO軍総司令官が有力だという消息がある。
A:そうだ。将軍出身であるジョーンズ総司令官は、各組織間の意見を無理なく調整するのに卓越した能力を備えた人物として評判が高い。ブッシュ行政府内では、関連部署間の意見調整に問題があったという指摘が多いのだが、オバマは、こうした点を勘案して、ジョーンズを事実上国家安全保障問題担当特別補佐官に内定したという。
Q:ところで、オバマ行政府の外交安保チームの輪郭が現れて来るにつれ、一部では米国外交が強硬に傾くのではないかという分析がなされているが、どういうことか。
A:ヒラリー・クリントン議員の場合、対外政策と関連して、民主党内では強硬派として通っているのだが、大統領候補への競争期間、北朝鮮とイランの指導者と無条件で対話するというオバマ候補の発言を「幼稚な発想」と攻撃するなど、外交問題で強硬な立場を垣間見せたところがあった。
 また、ゲイツ国防長官やジェイムズ・ジョーンズ前NATO軍総司令官は、ジェラルド・フォードとジョージ・ブッシュ前大統領の時ホワイトハウス国家安全保障問題担当特別補佐官を担った保守派であるブレンツ・スコウクロプトの弟子として知られている。
 「ウォール・ストリート・ジャーナル」など米国言論界では、オバマ当選者がブレジンスキー、ヘンリー・キッシンジャーとともに米国外交の3大巨人と評価されているスコウクロプトと最近数ヶ月間いつも通話しながら、外交安全問題についての教えを請うたとの伝聞があるが、結局重要なことは、オバマが外交安保政策の助言を求める人物や核心的要職を託す可能性の高い人物の性向がオバマの進歩路線とはかなり距離があると言うことだ。

(VOA)

■ ベネズエラとベトナムが原油共同採取で合意
 ベネズエラとベトナムが11月20日、経済、科学技術および文化協調拡大に関する15件の協定を締結した。
 協定の中には、オレノコ河の原油埋葬地に重質原油を採取するための合弁企業体を創設することについての備忘録がある。両国の原油ガス会社によって創設された合弁企業体は、1日に20万バレル採取する計画だ。
 双方は、また、小型トラック生産のための工場を建設することについての契約も締結した。共同計画に資金を保障するため、2億ドルの投資基金が創設された。

(イタル・タス)


ホーム      ▲ページトップ


Copyright © 2003-2011 Research Association for Asia New Epoch. All rights reserved.