研究誌 「アジア新時代と日本」

第64号 2008/10/5



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 小さな政府でも大きな政府でもなく、〈責任ある政府〉を

研究 米国発金融恐慌と日本の進路

「ペシャワール会」講演会に参加して

世界の動きから



 
 

編集部より

小川淳


 「貧困ビジネス」が盛況だ。都心にはネットカフェや個室ビデオ店、都心外れには敷金礼金も不要のワンルームマンションが目立つ。家のないフリーターやタクシー代を節約するためにサラリーマンが寝泊まりに利用しているという。
 私も上京の折に電車の待ち時間などにネットカフェを利用することがある。喫茶店などよりもくつろげるからだ。小さく区切られた個室が迷路のように並ぶ、確かにあの造りでは、一旦、火災にあうと逃げ場はない。大阪難波の個室ビデオ店の火災は他人事ではなかった。
 「貧困ビジネス」の背景には、二極化した社会構造、それに応じた二極した消費構造がある。所得が国民の平均収入の半分に満たない世帯の割合を示す「相対的貧困率」は13、5%でOECD17カ国中のワースト2位。(2000年)。この8年で実態はもっと悪化しているはずだ。安い中国商品がなければ年収200万では生活を維持することすら困難だろう。そのような階層を狙って「貧困ビジネス」がはびこっている。
 一億総中流が謳われ、日本から「貧困」が消えたと言われた高度成長期。しかし、企業はバブル経済の崩壊後、効率化、コストカット、人員削減を一途に追い求めてきた。新たな「貧困」が生まれ始めたのはあの頃からか。
 そして蔓延する食品汚染、産地偽装。防火設備のないネットカフェやビデオ店。商品やサービスを「安く」するために「安全」そのものが切り捨てられていく。なぜこうなったのか。
 フリーターによる秋葉原の無差別殺傷事件、今回のビデオ店の火災、そして米国の金融危機をもたらした低所得層を対象にしたサブプライムローンの破綻。場所も規模も違うが、「貧困を食いものにする経済」=新自由主義の帰結という点で一致していないだろうか。私には「ひとつの根」に見えるのだが。


 
主張

小さな政府でも大きな政府でもなく、〈責任ある政府〉を

編集部


 新自由主義改革による「小さな政府」路線の破綻が至るところで顕在化している。だからと言って「大きな政府」の復活でいいのか。国民はどういう政府を望んでいるのか、それについて考えてみたい。

■破綻した「小さな政府」路線
 この間、「小さな政府」路線の破綻が明確になってきた。社会は二極化し、地方・地域は崩壊し、非正規雇用が増大し、医療や教育は荒廃し、国民生活はひどい状況に陥っている。その上に昨年来の原油高騰から資源、食糧までが高騰し諸物価も上がっている。さらにその上に米国発の金融危機によって、日本経済は一気に冷え込み、今後、さらなる苦痛を覚悟しなければならなくなってきた。
 「小さな政府」路線は、「すべてを市場に任せよ」という新自由主義の考え方に基づいて、「政府が何もしない方がよい」とする。しかし、経済に対する保護をなくし、地方の格差を放置し、労働政策を放棄し、医療・保健、教育などの社会施策も市場に任せた、その結果はあまりに無残である。
 その上、国家の責任が問われる不正事件が噴出した。最近でも汚染米の不正転売、教員採用試験の不正などが世間を騒がせたが、ここ数年、姉歯の耐震強度偽装が起き、不二家、赤福、船場吉兆などの賞味期限偽装、牛肉偽装、うなぎの産地偽装なども起きた。中でも、5000万件もの宙に浮いた不明年金の問題など年金業務の不始末、厚労省のずさんな対応で被害を広げたC型肝炎の問題、汚染米不正転売などは、政府の無責任さに起因するものとして国民の怒りをかった。
 これだけ不正が噴出し、政府の無責任さに怒りの声があがることは、「小さな政府」路線の破綻を象徴している。
 今や世論調査でも、改革路線の見直し要求は47%、継続支持は15%になっている。

■「大きな政府」なら解決できるのか?
 こうした国民の声に直面し、自民党は、「総合経済対策」や「国民生活の安全」を掲げながら、改革からの転換を印象づけようとしている。民主党も、社会保障、子育て、雇用、農林漁業、中小企業の5つの「新しい仕組みづくり」のために22兆円もの財政支援をするマニフェストを作成した。
 これは、なし崩し的な「大きな政府」路線への回帰ではなかろうか。そのための財政的裏づけもなくカネをバラまき、800兆円もの累積赤字をもつ財政をいっそう不健全化し破滅的な結果をもたらしかねないこうした方針は、選挙目当ての非常に無責任なものだと言わざるをえない。
 「大きな政府」路線とは、ケインズ主義的に国家が需要を作り出す路線だが、日本の場合、この路線は、「土建国家」「無駄な公共事業」などと言われる弊害を生み、また政府が財政分配権や許認可権を握ることによる政財官の癒着が起きるなど、それが国民の批判の的になってきたものだ。
 この癒着関係で肥え太るのは大企業やその構造の中で利得を得る上層の「既得権層」だけである。このような路線の復活を国民が望んでいるのではないだろう。

■今問われているのは「責任ある政府」
   数々の不祥事で言われるのは国の責任であり、今、経済、国民生活に対する責任が問われている。自民、民主を問わず、政治家たちの口をついて出てくるのも「責任」という言葉だ。今日、政府に問われているのは、まさにこの「責任」ではないだろうか。だが、この切実な要求に「小さな政府」も「大きな政府」も応えることができないでいる。
 「すべてを市場に任せよ。政府は何もしないのがよい」とする「小さな政府」路線では、「政府が国民生活に責任をもつ」と考えること自体、間違っていることなのだ。責任は、民間や個人の「自己責任」に帰され、「自己責任」に任せておけばすべてうまく行く、政府は責任を負う必要などないとなる。世の中には自分で責任をとりたくても、とれないことがあり、各人の責任を超えた公共の責任というものがあるのを見ようともしていない。
 一方、「大きな政府」路線の場合はどうか。ここでは、経済の主体は企業、それも大企業でしかない。国民は主体ではなく経済発展のおこぼれをほどこす対象でしかない。だから責任をとるといっても、その対象はあくまで企業、大企業だ。企業のための予算のぶんどりはするが、国民のための社会保障費の引き上げには冷淡だ。国民に責任をもたない「大きな政府」路線は、結局、経済にも国民生活にも責任をとれない。財政がバラマキになり、累積する赤字に対応できなくなったことなどもその象徴だ。
 今、問われているのは、「小さな政府」でも「大きな政府」でもない、「責任ある政府」だ。そして、その責任は、どこまでも主権者である国民に対して負わなければならない。
 汚染米問題で国会前に座り込みしていた消費者団体は「消費者が主役」という横断幕を掲げていた。ある農民は「バラマキもいいけど、農民がやっていけるような農政を立てることの方が大事」と言っていた。滋賀県の嘉田知事は「住民により近い公共団体が権限と財源をもって自己決定権を行使できるようにすることが重要」と述べている。
 当たり前のことだが、政府に問われているのは、主権者である国民の忠僕だという観点だ。国民を政治の対象とするのではなく、政治の主体、主人公とし、政府は国民のために服務するという観点だ。そうしてこそ、政府は「責任ある政府」としての役割をはじめて果たしていくことができる。

■「責任ある政府」が行う政治の基本は何か?
 主権者である国民に対して責任をもつ政府にとって、その政治の基本は何だろうか。
 それは、まず第一に、対米従属からの脱却と主権の確立である。
 米国に従属し、米国に責任を負う政府が国民に責任を負えるはずがない。
 戦後一貫して、日本の政治は対米従属の政治だった。「大きな政府」の時にもそうだったが、米国の強要により、「小さな政府」になりながら、それはいっそう甚だしくなった。
 「小さな政府」を日本に押しつけた91年の日米構造協議以来、米国は「年次改革要望書」などでその遂行状況を点検し督促し強要してきた。こうした過程で、日本の政治にあったのは、米国の要求を如何に実現するかということのみであった。
 今日、米国は、国家を否定し、「小さな政府」を推奨し、国の上の国、超大国米国への服従を要求するグローバリズム、新自由主義のもと、日本に対し、最も徹底的に米国に忠実にその責任をとることを要求してきている。こうした中、日本の「小さな政府」が主権者である国民に責任をとれなくなるのは当然だ。首相が一年の間に二度も政権を放り出す異常事態の発生はそのことをよく示しているのではないだろうか。
 第二に、それは、主権者の決定権を高めるところに置かれなければならないだろう。
 国民の主権者意識は高まっている。国民は、「お上」に唯々諾々と従う存在でもなければ、上から恵んでやるべき存在でもない。上でも見たように、「消費者が主役」であり、「自己決定権を行使できるように」なることを望んでいる。この国民の高い意識に応え、主権者としての決定権を高めるところにこそ、国民の尽きない力を発揚し、国の経済発展と国民の生活向上に負った政府としての責任を果たしていく鍵がある。
 そのためにどうするのか。何よりも重要なのは、国民の高まっている主権者としての意識に応え、国と地方の政治に国民が熱意を持って積極的に参加してこれるようにすることだ。国民の政治に対する無関心は、政治の責任だ。今日、日本の政治は国民不在の国民と関係のない政治になっている。自分と関係のない政治に国民が見向きもしなくなるのは当然だ。こうした現実にあって、「責任ある政府」は、国民の主権者としての高い意識に応え、主権者参加による政治のあり方を多様な方式で編み出し、主権者による主権者のための政治を実現して行かねばならないだろう。それこそが、「責任ある政府」が行う政治の基本だと言える。
 一方、今日、地方崩壊という現実の中で、地域住民による主体的な取り組みが各地で広まっている。こうした地域住民の意識の高まりに対しては嘉田知事が言うように、地域住民により近い末端の公共団体が権限と財源を持って自己決定権を行使できるようにすることが重要だろう。教育や医療、福祉、そして各種産業など、様々な分野で地方地域の末端から主権者である国民、住民の決定権が高められてこそ、政府は自らの経済や国民生活に負った責任を立派に果たしていくことができるだろう。


 
研究

米国発金融恐慌と日本の進路

小西隆裕


 「百年に一度」とも「1929年大恐慌以来」とも言われる米国発金融恐慌が、今、世界を震憾させている。これとどう向き合い、どう対すべきか。日本の進路が問われている。

■「大恐慌以来」か
 9月15日、リーマン・ショックが世界を駆けめぐった。負債総額64兆円、米証券大手第4位のリーマン・ブラザーズの倒産だ。米政府による救済はついになかった。同日、証券大手第3位、メリルリンチのバンカメによる買収。その一週間前の9月7日、経営難に陥った米住宅公社、連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)、連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)の救済と「政府管理」化。さらに2日後、保険世界最大手、AIGへの米政府9兆円融資と公的管理下での再建。今年3月にあった、証券大手第5位のベア・スターンズへの救済(米政府3兆円融資)と併せて、米国は1929年大恐慌以来とも言える状況に突入した。
 「ショック」に続く株価の大暴落、そして米政府が9月19日、緊急に発表した総合金融安定化対策は、ただごとでない事態の深刻さを物語っている。大恐慌以来の「禁じ手」とされてきた公的資金による不良資産の買い取りを含むこの「対策」は、実に75兆円の血税を投入するものだ。

■諸金融機関の破綻は、なぜ起こったのか
 今回の諸金融機関の破綻、金融恐慌が昨年夏頃から表面化したサブプライム問題に端を発しているのは周知の事実だ。信用力の低い個人向け住宅融資であるサブプライムローンの焦げ付きから生じた住宅バブルと信用バブルの崩壊が歯止めのない信用収縮と崩壊の連鎖を起こしたのが今回の金融恐慌だと言えるだろう。
 問題は、この住宅バブルや信用バブルがなぜ生じたかだ。今日、その理由を知る上で重要なのが金融の証券化だ。
 新自由主義による金融自由化は、従来市場で取り引きされていなかったローン担保やモーゲッジ(住宅・店舗など不動産を担保とする融資)担保など金融資産が証券化され、値付けされて市場で取り引きされる金融の証券化を可能にした。それが金融市場の構造、金融機関の業務、投資家の行動に根本的な変化をもたらし、証券市場は爆発的に拡大した。2006年末の時点、世界全体で発行された金融資産担保証券の総額は10・7兆ドルに達したと言われる。こうした金融市場の変化の裏に、金融証券化による市場参加者の多様化とリスクの分散、市場流動性の向上などの効果があったのは事実だろう。
 だが、金融の証券化にはそれにも増して大きなリスクがともなう。それについて、中央大学教授、高田太久吉氏は、「経済」4月号(2008)で、(1)金融証券化により、銀行が融資による信用リスクから解放される反面、融資への節度を失い、歯止めのない信用膨張をもたらすリスクがあること、(2)銀行が元来負っていた信用リスクに比べて、投資家が負う市場リスクの方が評価、予測、管理がはるかに難しいこと、(3)金融証券化による金融リスクの増幅があること、(4)近年、各国の政府・監督機関が金融市場の監督責任をなし崩し的に放棄し、規制の中枢的機能を民間の金融大手と格付け会社の手に委ね、市場が、市場参加者をチェックする監視人不在の深刻な無政府状態に陥っていることなどを挙げ指摘している。
 ここに、金融の証券化が金融市場を拡大しただけでなく、なぜ過度の信用膨張、信用バブルを生み出すことになるのか、その理由が簡潔に示されているのではないだろうか。
 信用バブルの発生と関連して、もう一つ重要なのは、金融コングロマリットの発生だ。
 大恐慌の教訓に基づき、銀行、保険、証券など金融業務を分けた「グラス=スティーガル法」(1933)が1999年、金融の自由化によって撤廃され、それにより銀行、証券、保険などあらゆる金融業務を傘下にもつ金融組織、金融コングロマリットが発生した。サブプライム問題で、各々数兆から数十兆円に及ぶ損失を出したシティー・グループ、メリルリンチ、バンク・オブ・アメリカ、等々が軒並み、百兆から二百兆円を超える資産を持ち、投資銀行業務でそれを運用する巨大金融コングロマリットであったことは、信用バブルがなぜ生じたのか、その秘密を物語っている。

■金融恐慌の背景
 今日、金融コングロマリットを主役に、幾重にも仕組まれた金融の証券化、それによる住宅バブル、信用バブルの発生と崩壊の背景には、途方もなく膨れ上がった過剰金融、過剰流動性がある。 一般的にカネあまりがバブルを生み出す。だから、バブル経済の「生みの親」は、過剰金融、過剰流動性だと言われる。過剰金融で肥大化した金融コングロマリットは、資産運用のため、住宅市場、金融市場など、あらゆる市場で資産の証券化を無制限に拡大する。それがバブルを引き起こす。
 過剰金融、過剰流動性の規模は、今日、信じられないまでに膨れ上がっている。21世紀に入って6年間に実体経済の4倍の伸び率で膨張した金融経済は、世界のGDP総額30兆ドルに対し、年間運用マネー総額450兆ドルという規模に達している。ここから、過剰金融、過剰流動性の今日的大きさが窺い知れようというものだ。
 この膨大な過剰金融、過剰流動性はどこから来ているのか。それは、何よりもまず第一に、新自由主義経済の甚だしい二極化だ。弱肉強食の競争のままに任せ、貧困層よりも富裕層に、労働者よりも企業に手厚い新自由主義経済が、総世帯の5%未満に全米の60%の富が集中する社会の二極化を促進し、貧困層の購買力の低下と消費と生産の停滞、富裕層のカネあまり、過剰金融とそれに基づく経済の投機化、信用バブルをもたらすのはあまりにも当然だ。
 過剰金融、過剰流動性は、また第二に、ドル体制のもと、米経常収支赤字をファイナンスするためのドル散布から生まれる。ドルを基軸通貨とする体制のもと、ドルは米国にとって最良の「輸出品」になっている。それが今日、年間8000億ドルを超える慢性的な経常収支赤字との関連で、実体経済の成長をはるかに超えて市場に出され、世界的な過剰流動性の大きな要因となっている。
 新自由主義経済とドル体制が生み出した過剰金融、過剰流動性。それを「生みの親」とする住宅バブル、信用バブル。バブルの崩壊による今日の金融恐慌の背景には、新自由主義とドルを道具に、それによって成り立ってきた米一極世界支配が見える。そして、この支配は、今、自らが生み出した世界的な経済危機によって大きく揺らいでいる。

■今後の展望と日本の進路
 歴史はくりかえすのか。今日、米国発金融恐慌の深まりの中で、市場重視から国家重視、市場資本主義から国家資本主義への転換が叫ばれてきている。大恐慌を契機とする自由主義からケインズ主義への転換、それが今、新自由主義から新ケインズ主義へのそれとして問われているというのだ。
 今回の金融恐慌の教訓は、確かに、79年前のそれと酷似している。恐慌が金融恐慌として起こったこと、その根底に自由放任の金融活動があり、銀行、保険、証券などの垣根が取り払われた金融独占の無制限の拡大領域が保証されていたこと、等々。ここから、ニューディール政策など、大不況を活性化させるための国家による有効需要の創出とともに、国家による金融活動全般にわたる規制の強化が打ち出されてくることになった。国家重視が叫ばれる今日の状況は、「歴史のくりかえし」を思わせる。
 しかし、歴史は発展するものであり、そのままくりかえされることは有り得ない。事実、今日、世界の面貌は大きく変化している。帝国主義列強による領土分割、再分割ではなく、米一極世界支配に抗する多極世界の台頭と反覇権、主権の尊重が世界の基本趨勢になっている。
 1929年恐慌を通じての自由主義からの転換が帝国主義列強の対立・抗争と結びつき、ドイツのナチス経済や日本の統制経済など、国家主義的な経済を生み出していった歴史がくりかえされるはずがなく、また、くりかえしてもならない。
 今、問われているのは、今回の米国発金融恐慌の背景となり根因となった新自由主義経済、ドル体制からの転換、すなわち、米一極支配経済からの転換だ。これが反覇権、主権尊重の多極世界の発展と結びつき、それと一体のものになるところにこそ、新しい経済の展望も開けてくるだろう。
 これから信用収縮と金融の崩壊、実体経済の壊滅などアメリカ経済の衰退、それにともなうドル体制の崩壊と世界大不況という激痛が予想される中、米一極支配にしがみつき、それを支えるのに終始するような政治は許されない。日本の進路を世界史の大きな発展とともに切り開く政治こそが求められていると言えるだろう。


 
 

「ペシャワール会」講演会に参加して

金子恵美子


★多くの人々の関心の中で
 去る9月14日、大阪市中央区の市立中央会館で、「ペシャワール会」事務局長の福元満治氏の講演会「人災と天災の荒野〜アフガニスタンからの報告」が開かれ、参加してきました。  ご存知のとおり、8月26日に「ペシャワール会」日本人ワーカーの拉致殺害事件が起きています。こうした胸痛い事件があって初めてマスコミでも取り上げ、人々の関心が向くというのは本当に皮肉なことです。当日は会場一杯の人々であふれていました。
 講演内容は、自ずと今回の事件が中心になりましたが、アフガニスタンの歴史、「ペシャワール会」の理念と歩み、そして今回の事件の背景と犠牲になられた伊藤和也さんのことなど、密度の大変濃いものとなりました。この紙面で全てを書くのは難しいので、印象に残ったことだけを書かせてもらおうと思います。

★「人災と天災の荒野」アフガニスタン
 アフガニスタンは西アジアに位置する人口2200万、その95%が農民という農業国家です。乾燥地、砂漠地帯であるアフガニスタンの農業を可能にしているのが、国のど真ん中にドスンと腰を下ろしているヒンズークッシュ山脈の雪が解けて流れ出る水のおかげとのこと。アフガニスタンには「金がなくても生きていけるが雪がなくては生きていけない」という言葉があるそうです。ところが、1999年位からこのヒンズークッシュ山脈の水が涸れ始め、数世紀に一度という大旱魃に見舞われ、それは年々深刻になっています。田畑は涸れ、人々は非衛生的な水を飲み、その結果、伝染病が蔓延し数多くの、特に幼い命が失われています。
 その上に、1979年の旧ソ連によるアフガニスタン侵攻と9年間に及ぶ戦争。この間に200万人が死に、600万人が難民になりパキスタンなど国外への流出を余儀なくされました。89年の旧ソ連軍の撤退後、難民の帰還支援などの目的で国際団体がアフガニスタンに押し寄せ、20億ドルという莫大なお金が使われましたが、旧ソ連の支援を受ける共産党政権とアメリカの支援を受ける反政府勢力による内戦が続き、難民は国に戻ることはできなかったと言います。91年には、湾岸戦争が勃発し、西側NGOの撤退が相次ぎ、200余りもあった国際支援団体がみなアフガニスタンから姿を消してしまったとのことです。「国際支援」というものを考えさせられる話です。そして92年に共産党政権が倒れると、地方から軍閥が首都カブールをめざして市街に押し寄せ市街戦が激しさを増すのですが、皮肉にも農村には「平和」が訪れ、200万もの難民が自力で故郷に戻ったとのことです。93年にはアフガニスタンの軍閥による連合政権ができるのですが、軍閥間の争いが続き、国土は荒廃していきます。このような時、パキスタンの難民キャンプに設けられたイスラムの神学校で学んだ学生たち(タリバン)による決起がなされ、96年に首都カブールが制圧されタリバンによる暫定政権が打ち立てられました。タリバンの掲げた古くからの習慣と厳罰主義に基づく「平和と秩序回復」の目標は、都市生活者には受け入れがたいものであったようですが、軍閥の抗争にうんざりしていた多くの人々、特に農村共同体の人々には違和感なく受け入れられ、アフガニスタンは次第に治安を回復し、大きな安堵感に包まれていったと言います。しかしながら「国際協調」しないタリバン政権にたいし国連安保理は99年と2000年に経済制裁を課します。私たちの記憶にアフガニスタンという国を印象づけたタリバンによる「バーミヤンの石仏の破壊」はその直後に起こった事件です。ここに先述した大旱魃がアフガニスタンを襲います。このような瀕死の状態にあったアフガニスタンに、2001年10月、「反テロ戦争」の名による米英軍の集中砲火が浴びせられ、今に続いています。

★事件の背景
 捕まった犯人の一人は21歳のアフガニスタンの青年です。「大金が手に入る」として犯行に加わったと自供しているとのことです。講演者の福元さんは怒りを通り越して情けないと言っていました。そして、この事件は一人の青年の倫理や道徳の問題ではないのだと。当初から福元さんたちは、この事件は、「ペシャワール会の活動を知らない、又タリバンなどの政治的組織の犯行ではなく、金目当ての事件だろう」と予想したとのことです。ペシャワール会の24年に及ぶ現地の人と一体となった現地の人のための活動を知っていれば、絶対このようなことはしない、またタリバンのような政治的組織であれば、そのことの政治的マイナスを考えてやらない、アフガニスタンの中で広がりつつある日本への不信を背景とした物取りであろうと推測されたということです。
 長く続く戦乱と大旱魃の二つが、アフガニスタンの人々の経済的貧困と精神の荒廃を生んでいるということを福元さんは今回の事件の原因に挙げられていました。この30年にも及ぶ戦乱の中で生まれた多くの難民。犯人の父親も故郷の土地を追われたそんな一人であったと言います。青年は父親の収容されたパキスタンの難民キャンプで生まれ育ちました。何百万人という人が収容されている難民キャンプには、自然もなく、金もなく、ただその日を生き延びるだけの生活。夢や希望が描けず、人々の心は荒れ果て、青年たちはニヒリズムや原理主義へと向かうようになると。日本の日雇い派遣に追いやられている青年の心情風景にも重なると福元さんは言われていました。
 今はパキスタンでタクシーの運転手をしているというこの父親は、伊藤さんが活動していたダラエヌールの親戚から「現地語だけでなく少数民族の言葉も話し、農業を教えてくれて地元の人々から非常に感謝されている人だったと聞いた。それを知って一層悲しくなった。伊藤さんの家族に申し分けない」と語ったとのことです。本来ならば手を携える伊藤さんと犯人の青年だったはずなのです。獄中の青年もこのことを理解したときに、自分の犯した過ちの深さと大きさを真に知るのではないでしょうか。
 そして、私もまたアフガニスタンに悲劇をもたらしている戦乱を、米国への給油活動ということで手助けしている日本国の国民であるということ、今回の無念な事件とも決して無縁ではないのだということを自覚しなければならないと思いました。

★誇り
 最後に、伊藤和也さんという人について、そのご家族について感銘を受けたことを書きます。
 伊藤さんは、2003年、「僕に何かあったら、アフガニスタンにこの身を埋めてくれ」と言って家を発ったとのことです。26歳の青年にこのような覚悟を持たせたものは何だったのでしょうか。伊藤さんは幼い頃から農業に関心を持ち、農業高校、農林短大へと進み、アメリカの農家でも農業経験を積んだと言います。その伊藤さんの心を捉えたのがアフガニスタンでした。アフガニスタンを緑の大地に変え、子供たちが将来、食料のことで困ることのない環境に少しでも近づける力になりたい、というのが伊藤さんの「ペシャワール会」ワーカー志望の動機でした。そしてアフガニスタンでの5年間は水を得た魚のようであったと言います。農業は伊藤さんの天職であり、アフガニスタンはそのために準備された地であったと思えてなりません。現地の人々に溶け込み、全身全霊でアフガニスタンの地を緑の大地に変える活動に打ち込んだ伊藤さんは、アフガニスタンを愛し、子供たちを愛し、趣味でもあるカメラにその愛する多くのものたちを収めました。テレビにも映った、菜の花畑で菜の花を片手にニッコリ微笑む少女の写真は、伊藤さんの思い描いたアフガニスタンの未来、暖かくて美しい夢をそのまま写し出しているように思えます。
 5年間のアフガニスタンでの実践の中で、伊藤さんは人間的に大きく成長したと誰もが言っています。その深い悲しみの中にありながらご両親は、「和也は家族の誇りであり、胸をはって自慢できる息子であります」と言われ、9月1日に行われた告別式では、拍手をもって送り出して欲しいと言われたそうです。伊藤さんはこのご家族の希望により約700名の参列者の拍手によって旅立たれ、その遺骨の一部は伊藤さんが愛したダラエヌールの地に戻るそうです。伊藤さんは帰国してアフガンに戻るとき家族が「行ってらっしゃい」と送り出すと、「行くんじゃなくて帰るのだ」と言って出て行ったそうです。伊藤さんはその望みどおりアフガニスタンの土になりました。アフガニスタンを緑の大地に変えていくアフガニスタンの人々と「ペシャワール会」と共に永遠にアフガニスタンの人々の中で生き続けることでしょう。そして何よりも、アフガニスタンと日本を真の友好で結ぶ永遠の礎石となり、日本がアジアの一員として進むべき道を照らしてくれることでしょう。伊藤さんが生きたのは31年間だけでしたが、やることをやった生涯であったと思います。しかし、その死はやはり無念でなりません。


 
 

世界の動きから

 


○ 「ボリビアで起きている事態は、自主、独立、自主権に基づき、ボリビア人自身が解決すべきだ」
 キューバのラウル・カストロが「グランマ」に記事を寄せて、ボリビアで反政府勢力の暴力行為が段階式に拡大していることの裏には米国があると指摘しながら。
 彼は、ボリビアでキューバ人が保健、教育分野で協力活動を行っており、全土327の郡のうち225の郡で文盲退治したと述べ、モラレス政府とボリビア人民への支持と連帯を約束した。

(ハバナ発 朝鮮中央通信 9月15日)

○ 「米国が敢えてイランを攻撃すれば、日本と東アジアなど世界の至るところから、ひいては米国からも義勇軍が来るだろう」
 イランのアフマドネジャド大統領が、内外の記者との会見でパレスチナ人民の闘争を支持すると同時に、自国防衛の決意を示しながら。

(イルタ 9月18日)

○ 「可能性はあるが…」
 9月18日、米軍合同参謀部議長マイク・マーロンが議会で、アフガンでの勝利如何を聞かれ、西側が優勢だとする見方に疑問を呈しながら。
 紙面は、アフガン駐屯米軍司令部代表が武装勢力の頑強な抵抗を認めたことなどを引用しながら「米国はアフガニスタンでの勝利を疑問視している」と分析している。

(プラウダ9月18日)

○ 「2010年頃には、この体系は地球を覆うだろう」
 ロシアとキューバ及びベネズエラとの宇宙研究分野協定の締結に際し、ロシア連邦宇宙総局長アルミトリ・ペルノーブが。
 この協定は、民事分野に限られ、GPS、気象観測、環境観測などを行うもの。

(プレンサ・ラティナ 9月20日)

○ 「問題は不意に起きるのではない」
 イランのアフマドネジャド大統領が、米国の 金融危機の原因は、米国がとってきた数十年間の政策のもたらしたものであり、とりわけ、この数年間のイラク戦争のような軍事行動が米国経済に過重な負担を与えたからだとして。

(AP 9月20日)

○ 「米国の朝鮮圧殺策動は今や実動段階に入っている」
 横須賀に原子力空母ジョージ・ワシントンを配備するなど、朝鮮半島周辺に、朝鮮を武力で圧殺しようとする米帝の核、空軍武力、機動部隊が大々的に増強配備されているとの朝鮮中央通信の報道を伝えて。

(新華社 9月25日)

○ 「世界は危機以前と同じにはならないだろう。米国は世界的な金融体系の超大国の地位を失うと思う。世界的な金融体系は多極的なものになるだろう」
 ドイツの財政相ペル・シュタインブルグが米国の金融危機に関して。
 彼は、世界的に見ればドイツ銀行体系は相対的に健全だということが立証されたと付け加えた。

(新華社 9月25日)

○ 「私は、われわれに耐え難い苦痛をもたらしている英国と米国、及びその同盟者たちによる、制裁政策が即時解除されるよう、世界の良心にもう一度呼びかける」
 ジンバブエのムガベ大統領が国連総会で演説しながら。
 ジンバブエでは、大統領選挙の結果をめぐって政府と野党勢力の間で紛争が起きたが、両者が「権力分割合意」をして紛争を終焉させた。

(AP 9月25日)


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