研究誌 「アジア新時代と日本」

第61号 2008/7/5



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

情勢 政局の混迷、打開の鍵を探る

研究 ドル支配の終焉とアジア共通通貨

文化 9条改憲を許さない6・14フェスタ

地震対策一考

世界の動きから



 
 

編集部より

小川淳


 02年の発足時、朝鮮を「悪の枢軸」と規定し、「核先制攻撃」の対象国に定め、一切の交渉を拒否し、政権打倒を標ぼうしてきたブッシュ政権。これに対して核開発を再開させ、核燃料棒8千本を抜き出し、寧辺の原子炉を稼働させた朝鮮。こうして第二次核危機(第二次の米朝核対決)が始まってから7年が経過しました。
 ブッシュ政権もクリントン政権の末期と同様に、敵視政策から宥和政策へ、対決から対話へと外交路線を転換し、「悪の枢軸国」から「テロ支援国指定解除」へと今やっと路線を転換しつつあります。次の民主党政権では、半世紀続いた「停戦状態」から脱し、米朝関係正常化、すなわち平和条約締結も現実味を帯びて来るかもしれません。
 ブッシュ政権があれほど問題視したシリアへの「核技術提供疑惑」も、「ウラン濃縮疑惑」も、「核兵器の保有」も、結局不問となったままブッシュ政権はテロ支援国リストから朝鮮を外し、妥結せざるを得なかった、そこまで追い詰められていました。
 「朝鮮半島の非核化」という「ブッシュ政権唯一の外交的成果」(ニューヨーク・タイムズ)も、「米朝の核対決」という視点で見るなら、マスコミは決して書きませんが、明らかにブッシュ政権、ネオコン勢力の「敗北」でした。
 ネオコン路線とは、単純化すれば圧倒的な米国の軍事、経済力を梃(てこ)に米国に逆らうものは一掃し、「米一極支配の世界」をめざすものでした。これに抗して国と民族、地域の独自性尊重と協力関係、経済的自立をめざす「もう一つの世界」への動きも顕著に現れました。この両者の対決が最も鋭く表れたのがアジアであり、この新しいアジアの潮流は強まることはっても弱まることはない、新しいアジアが生まれている、そう私たちは見ています。「アジア新時代」の潮流に抗する者は敗北する。イラクやアフガン、そして朝鮮半島でそのことが実証されたのではないでしょうか。
 ブッシュ政権につき従ってイラクに自衛隊を派遣し、朝鮮敵視政策の先頭に立ち、米一極支配を支え続けてきたのが日本でした。このブッシュ路線の敗北は日本に大きな教訓を残したのではないでしょうか。


 
情勢

政局の混迷、打開の鍵を探る

編集部


 昨年、参院選での自民党の歴史的大敗は、「新しい政治の季節」への人々の期待を膨らませた。長い冬の時代をくぐり抜けて微かに芽吹き始めた底辺からの政治への志向、それを育む日本政治の新しい展開への可能性に灯が点された。
 だが、現実はどうだったか。参院における与野党逆転は、「ねじれ国会」の名のもとに、政局の混迷を生み出しただけだった。なぜこんなことになってしまったのか。その原因に光を当て、混迷打開の鍵はどこにあるか考えてみたい。

■混迷の極に達した政局
 今日、日本の政治には、国のあり方、進路をめぐる理念も志も感じられない。ありありと見て取れるのは、政権をめぐっての政党、政治家たちの党利党略、私利私欲のみである。
 後期高齢者医療制度を廃止するか否かの与野党の攻防は、参院における首相に対する問責決議案の可決という過去前例のない事態への発展を見せた。にもかかわらず、この政治的盛り上がりの無さはどうだ。自民党の衆院での数を頼んでの首相信任決議と開き直りに対し、民主党が叫んだ「世論が決める」との訴えも虚しく響くのみだった。 国民生活に大きな影響を及ぼす重要法案も、それが解散・総選挙をねらう政権抗争の具にされては、衆院での否認をはねのけるほどの国民的支持を得られなかったということだ。
 この国民から見放されてしまった政局の混迷はどこから来たのだろうか。

■民主党は国政転換の好機を自ら潰した
 民主党の参院選での大勝は、国政転換の道を開く可能性を十分に秘めたものだった。
 それは、なによりも、民主党が選挙戦でとった方針に示されていた。「生活第一」のスローガンと「年金、子育て、農業支援」の基本政策、そして地方重視の姿勢は、国民生活と地方に「痛み」を押しつけ犠牲を強いる自民党の構造改革路線に、その本質的なところで対決し、国民の切実な要求を体現するものだった。この広く国民的な支持を受けた選挙方針に、民主党による国政転換の道が明確に指し示されていた。問われていたのは、その方針貫徹のための衆院解散・総選挙とそこでの勝利に向けた戦略戦術だった。
 一方、国政転換の展望は、衆院解散・総選挙を実現するための闘いの前途にも具体的に開けていた。インド洋上での米艦船への給油を規定したテロ対策特措法の延長をめぐる闘いが提起されていたのだ。元来、民主党はそれに反対していた。問題は、当然予想されるアメリカの強い要求に抗し、あくまで給油延長反対を貫き、国民的反対運動を引き起こしてでも、衆院解散・総選挙への道を切り開くことができるか否かにあった。
 だが、民主党の闘いがそのような方向に展開されることはなかった。給油延長反対か否かをめぐる国論を二分する大闘争が組織されることは遂になかった。その代わりに、給油量や使途不明問題の追求にいたずらに時間が費やされ、守屋汚職問題が「第二のロッキード事件」として優先されながら、自民党が打ち出した新法「インド洋給油法」が、国民的反対闘争の組織もないままに、なし崩し的に強行採決されていった。
 この期間、マスコミ各紙、各局は、給油延長の賛否をめぐり世論調査を繰り返した。結果はいずれも明瞭なものではなかった。だが、そこに民主党の曖昧な態度が反映されていたのは事実ではないだろうか。折からのイラク反戦気運の盛り上がりや原油の異常な高騰などを考慮するとき、民主党が給油延長反対を正面から掲げ、衆院解散・総選挙を迫ったなら、それこそ「世論の力」でそれを実現することは十二分に可能だったのではないだろうか。
 しかし、民主党はそうしなかった。それにより、自らこの国政転換の絶好の機会を潰してしまった。それが今日の政局の混迷に大きく尾を引いているのは自明のことだと言えるのではないか。

■なぜ民主党は誤ったのか
 もともと小沢氏は政局運営が上手いと言われる。事実、あの参院選での大勝は、選挙、政局上手の小沢氏の手腕に大きく依っていたと見るのが正しいだろう。その小沢民主党が誤ったのはなぜか。
 そこにアメリカの影があるのは、誰もが認めるところだろう。給油延長へのアメリカの要求は強かった。民主大勝の後、アメリカからは給油延長反対を牽制するサインが様々な形をとって出されてきた。そうした中、当初、小沢氏は「選挙に勝ったから、(給油延長)反対を賛成に変えることにはならないでしょう」と言っていた。それに対し、民主党前代表の前原氏などが「アメリカとの関係をまずくすれば政権担当能力を問われる」などと公言していたのは記憶に新しいところだ。
 アメリカからの重圧のもと、小沢民主党がとったのは、かたちばかりの反対、曖昧うやむや路線だった。
 これを党利党略と言わずしてなんと言おう。自己保身のため、アメリカの脅しに屈し、国益よりも、アメリカの利益が先立てられたのだ。
 ここから言えるのは何だろう。一つは、今日、党利党略は対米従属と結びついているということだ。自民党も民主党も、国民の顔でなく、アメリカの顔を見て政治を行っている。すなわち、国民ではなくアメリカの要求に合っているか否かを基準にしながら、国民の利益を犠牲にし、アメリカの利益に服務することを通して、党利党略、私利私欲がはかられている。
 もう一つは、グローバリズムがそれをさらに甚だしいものにしているということだ。米一極支配、帝国支配のもと、国民国家を相対化し、否定するグローバリズムのもと、国の権限、国の責任に対する意識が限りなく薄弱なものになっている。国の上の国、超大国アメリカの政策を金科玉条とし、その言いなりになる一方、年金未払い問題やC型肝炎薬害訴訟問題など、国の責任がかつてなくおざなりにされている。これが国益など念頭にない党利党略、私利私欲をさらに一層甚だしいものに助長しているのは事実ではないだろうか。
 対米従属のグローバリズムのもと、国民の顔でなくアメリカの顔を見ながら、国の利益、国民の運命に責任を持たない党利党略が跋扈している。そうした中、政局の混迷が深まるだけ深まってきているのが、日本の現政治状況だと言えるのではないだろうか。

■アメリカの没落、問われる主権観念の確立
 今日、アメリカによる世界の一極支配、帝国支配は、すでに隆盛期を過ぎ、衰勢にある。イラク、アフガン戦争の泥沼化、経済の投機化とサブプライムローン問題、穀物・資源高騰の深刻化、ドル危機の深まり、そして新興国、多極世界の台頭、等々、それを裏付ける事象には事欠かない。
 こうしたアメリカの没落は、対米従属のグローバリズムの矛盾をかつてない鋭さで浮かび上がらせてくれている。今日の政局の混迷、経済の停滞、文化、思想精神状況の閉塞は、その現れに他ならない。
 そうした中、誰もがアメリカ一辺倒の政治や経済の危険性を説き、そこからの脱却の必要性を唱えるようになっている。アジア重視の論説や東アジア共同体の提唱、新興国、多極世界との交易の奨励、等々だ。
 今こそ、対米従属のグローバリズムの不当性が広く国民的に確認され、日本の政治がその呪縛から解き放たれるときが来たのではないだろうか。
 そのために問われているのは何か。その一つは、まず、アメリカの顔ではなく国民の顔を見、国民が良いということが良いことだという観点を持つことだと思う。国民を馬鹿にし、国民の言う通り政治をしていたら大変なことになる、などという観点を持っていたら、アメリカの顔を見て政治する対米従属は克服できない。
 もう一つは、やはり、国としての権限と責任を持つことを政治の要諦とすることではないだろうか。そのためには、国を否定し、その主権を軽視するグローバル化ではなく、国を認め、その主権を尊重する国際主義化こそが基本趨勢だという時代認識が重要だろう。主権を否定し、世界をアメリカのもとに統合するグローバリズムでなく、主権を尊重し、国と国が互いに協調し連帯するインターナショナリズムだということだ。
 この対米従属とグローバリズムに反対する闘いを貫く基本理念は何か。それは、主権に関する観念だろう。主権を国と人間にとって、何よりも大切なものとして見、尊重するということだ。
 この主権観念が確立されるとき、政治に理念と志がよみがえり、党利党略、私利私欲ではなく国の利益、国民の運命から出発した政治が行われるようになるのではないだろうか。


 
研究

ドル支配の終焉とアジア共通通貨

小西隆裕


 ドル危機が言われて久しい。ドル安が続き、ドルへの信用が長期低落してきた。だが、今日ほどドル基軸通貨制、アメリカのドルによる支配体制崩壊の危機が現実味を帯びてきているときはない。それは、ドル安の深まりの中、基軸通貨多極化への要求がいよいよ切迫したものとなっているのと関連している。アジア共通通貨実現への動きは、そうした世界的趨勢の中の重要な一環である。

■揺らぐドル基軸通貨制
 ドル安に歯止めがかからない。先の主要八カ国(G8)財務相会合での「強いドル」容認にもかかわらず、為替市場でのユーロ買い・ドル売り趨勢に変化はなかった。それだけドルへの信用度が低くなっているということだ。
 今日、打ち続くドル価値の低落は深刻だ。それは、すなわち、各国のドル資産の目減りを意味する。また、それは、ドルと自国通貨を連動(ドルペッグ)させている国々のユーロ圏などからの輸入品価格の高騰を招く。
 ドルを持っていたら損をし、ドルと自国通貨を連動させていたらインフレになるといった状況で、各国がドル離れするのは自然な流れだ。
 事実、ドルからユーロへのシフトは、今や世界的な趨勢にまでなっている。世界一の外貨準備国、中国のドルからユーロへのシフトなど、ドルの暴落を引き起こさない程度の慎重でゆっくりしたシフトが進んでいる。その結果、世界の外貨準備も、ドルの60%に対し、ユーロ、25%にまで至っている。世界貿易においても、ドル建て3分の2に対し、ユーロ建て3分の1だ。また、クウェートのように、ドルペッグからの離脱と、ドルとユーロなど複数の通貨レートの平均値と自国通貨を連動させる「主要通貨混合バスケット」ペッグへの切り替えに走る国も現れてきている。
 こうした中、注目されるのは、基軸通貨多極化への動きだ。それは、すでに東アジアや中東で生まれている。東アジアでは、東南アジア諸国連合(ASEAN)+3(日中韓)の国際会議で、「アジア通貨バスケット」構想がすでに提起されており、湾岸協力会議(GCC)6カ国では、2010年にドルペッグしたまま通貨統合し、その後統合された通貨のドルペッグを外す構想が打ち出されている。
 もちろん、これら「構想」の実現は容易でない。「アジア通貨バスケット」構想などは、数年越しのものだ。しかし、今日、その切実さは、当時の比でない。「基軸通貨多極化」は、ドルに対する信用不安の拡大、そして米一極支配に反対する多極世界の発展とともに、大きく現実味を増してきている。そしてそれが、横暴の限りを尽くすアメリカのドルによる世界支配、ドル支配を崩壊させる決定的な要素となってきている。

■ドル支配の横暴とその崩壊
 ドル支配崩壊の危機は、もっぱらこの支配自体の横暴さに起因している。
 アメリカは、その圧倒的な経済力と軍事力によって、基軸通貨国としての地位を得ながら、それを横暴に利用して、はかりしれない利益を得てきた。中でも際立っているのが、ドル安誘導によるアメリカ経済の活性化と財政と経常、双子の赤字の解消であり、ドル散布による経常赤字のための財源づくりだと言えるだろう。
 1971年、ドル信用が低下する中、ドルの金兌換を停止した「ニクソン・ショック」以来、アメリカは、間に幾度かの「強いドル」政策、ドル高政策をはさみながら、基本的には、プラザ合意など、各国にドル売り介入を強要するドル安政策をとってきた。これが米国製商品価格の低下とそれにともなう輸出の増大、アメリカ経済の活性化と双子の赤字の縮小をもたらした。すなわち、アメリカは、ドル安によるドル資産の目減り、インフレの発生という犠牲を他国に強いながら、自国経済の活性化と双子の赤字の解消をはかったのだ。
 一方、アメリカは、基軸通貨国としての特典を利用し、ドル紙幣を経済規模の拡大を超えて増刷することによって、貿易赤字を補填するための財源をつくり出した。これにより、新興国や日本、ヨーロッパからの対米輸出への支払いが保障され、これらの国々に流出した資金が米国債の購入や対米投資として再びアメリカに還流するという循環が生み出された。このドル散布による世界的な資金循環の形成が、今日、世界を覆う過剰流動性の発生源となり、新自由主義が生み出す金余り、過剰金融と相俟って、膨大に膨れ上がる過剰資金の投機市場への投下と経済の投機化、それにともなうサブプライムローン問題や穀物・資源の高騰、スタグフレーションの発生など、深刻化の一方をたどる現代経済の病弊の根本要因の一つとなっている。
 ドル支配の横暴がもたらすこうした矛盾は、この横暴自体がドル支配崩壊の決定的な要因になることを示している。それは、なによりも、ドル支配の横暴が、支配の基礎を成すアメリカ経済の脆弱化を生み出すからに他ならない。ドル安による安易な経済の活性化は、生産性向上のための血の滲むような努力の怠慢とそれによる生産性の低下をもたらし、ドル散布による経常赤字のファイナンスは、過剰流動性による経済の投機化を生み出す。この脆弱化したアメリカ経済に対する信用の低下が、歯止めのかからないドル安の根本にあるのを忘れてはならない。
 ドル支配の横暴が支配崩壊の決定的な要因になるのは、それにもまして、この横暴が基軸通貨多極化への要求を極限まで高めるところにある。
 ドル基軸通貨制は、その土台であるアメリカ経済の弱体化だけでは崩壊しない。決定的なのは、それに代わる新たな基軸通貨制の登場である。アメリカによるドル安誘導、ドル散布の横暴は、今日、その矛盾を深めながら、基軸通貨多極化への要求を高めるだけ高めている。
 しかし、基軸通貨の多極化は要求だけでは実現しない。重要なのは、その可能性であり、展望だ。

■アジア共通通貨の展望
 今日、基軸通貨制はドルとユーロの一・五極時代に入っていると言われる。
 だが、この流れが、かつてポンドからドルへの移行があったように、ドルからユーロへの移行へと帰着するようには思われない。それは、今、世界が、アメリカ一極支配からヨーロッパ一極支配へと移行しているのではなく、多極世界を実現する方向に発展しているからに他ならない。
 この多極世界の実現に対応する基軸通貨多極化への展望において、アジア共通通貨の実現は、決定的鍵としての意味を持っている。
 そこで問題になるのは、アジア共通通貨実現の展望だ。これについて、不可能論を唱える識者が少なくない。その概ね共通する論拠は、ヨーロッパと比べて、アジアに見られる異質性の高さだ。国の成り立ちの歴史が異なり、各国の主権尊重の風潮が強く、アジア統合の歴史がない、したがって、アジアにおける経済統合の可能性は、ヨーロッパに比べ低いということだ。
 アジアの異質性が高いのは事実だろう。だが、今、問われているのは、そこから、アジア共通通貨実現の可能性を否定することではないだろう。ヨーロッパの経験に学び、可能性を探ること、それこそが、今、問われているのではないだろうか。
 ヨーロッパ統合の歴史的背景には、第二次大戦の辛い教訓がある。もう二度とヨーロッパで戦争をしてはいけないという各国国民の強い意志がヨーロッパ共同体(EC)を生み、その経済的統合をつくり出した。この思いは、アジアでも同じことだ。二度とアジアが帝国主義の植民地にされてはならず、その戦場にされてはならないということだ。その国民的思いが主権尊重・連帯の東アジア共同体への志向として現れている。それに加えて、アジアには、1997年のアジア通貨危機への痛切な教訓もある。「アジア通貨バスケット」の構想もここから生まれてきている。
 一方、ユーロの誕生は、ヨーロッパの高度な経済的統合に基づいている。高い域内貿易比率があり、域内投資比率も高かった。さらに、この共同市場が関税同盟で支えられていた。アジアではどうか。まだそこまでいっていない。しかし、1980年代から90年代半ばまで30%台で推移していた域内貿易比率が今日、50%台へと急上昇しており、通貨危機以来、「チェンマイ・イニシアチブ」や「アジア債券市場育成イニシアチブ」など、域内の金融協力も進んできている。
 こうした可能性に加えて、アジア共通通貨実現への展望は、ドル支配の矛盾のかつてない深まり自体の中にある。ドル支配による害毒が我慢のならないものになる中、アジア共通通貨実現への日程は一段と早められていくだろう。


 
文化

9条改憲を許さない6・14フェスタ

小西タカ子


 6月14日、9条改憲を許さない6.14フェスタが東京日比谷小音楽堂で開催された。
 これは昨2007年の「9条改憲を許さない6/15共同行動」で採択された集会宣言=@ひとりの個人として自らの意志に基づいて参加すること、A「9条改憲阻止」の一点での一致を大切に「小異を残して大同につく」こと、B暴力的対立抗争を排除すること、Cあらゆる反改憲運動と連帯し協力することの四点の確認をふまえながら、国会前座り込み、9条ピースウォーク、9条世界会議への参加などの行動を積み重ねたうえで、もたれた集会である。
 今年、フェスタという形がとられたのは、闘いは歯を食いしばり眦を決してやらねばならない時もあるが、時には楽しく心を浮き立たせるような側面も必要だとの観点から。
 こうして歌、スピーチ、一人芝居、合唱など20項目にわたって行われた集いは予定より大幅に遅れて終わっている。
 私は受付を手伝っていて、すべての演目に集中できなかったが、その個性ある熱気は、すべてから伝わってきた。後半に会場でまわされたカンパ箱には20万円近くが集まり、10万円は、沖縄辺野古新基地建設の最前線で闘う「ヘリ基地反対協」に贈られた。そして最後はベートーベンの第九に合わせた憲法九条の合唱、集会宣言でしめくくられた。
 私も合唱団の一員として憲法9条を歌うことができた。時間オーバーであわただしく壇上に上がると、まず「6.14フェスタの詩」の朗読があった。初めて集中できたということもあるが、三番からなるこの詩は胸にジーンと来るものがあった。

  6.14フェスタの詩

1、ジジババ賛歌
 ハゲに白髪のジジ達よ
  しわ染みだらけのババ達よ
  60年安保の同志たち
 全共闘の後輩たち
  いよいよ俺らの時が来た
 スカスカになった脳みそと
  衰え隠せぬこのからだ
 死んで残った遺骨をも
  全てを使って闘おう
 … …
2、闘い賛歌
  仲間達よ 畑いじりはあんまりやるな
 孫との遊びもいいかげんにしろ
   … …
 時間を余らせ政治運動をやれ
  体力に自信のあるやつは全国を歩け
 自信がなければ国会で座り込め
  … …
  労働運動が消えかかり
   学生運動など無いに等しく
  政治運動もスッカラカラン
   そんな時だから政治運動をやれ
   … …
3、連帯賛歌
  昨年の6.15集会、
 みんなでうなずいて決めたもの
  「9条改憲阻止一点で連帯」
 「小異を残し大同につく」
  振り返って見れば我々は
 権力の敵に党派の敵、味方の中も敵だらけ
  分派闘争に明け暮れて
 気づいてみたらジジイ・ババア
  馬鹿げたことはもうやめよう
 敵と見えたのは皆見方
 違いがあっても気にするな
 違いがあるから意味がある
   … …

 今年の5月3日には フリーター・メーデーデモ行進
「俺たちを生きさせろ」の大合唱
ジジババみんな大感涙
やっと若者が見えてきた

 老闘士たちの気概と闘いに起ち上がった若者たちに連帯しながら、私も頑張っていかねばとの決意を新たにした6月14日であった。


 
 

地震対策一考

秋山康二郎


 中国の四川大地震、岩手・宮城地震と安穏としていられない我々の生活を見せられたような光景だった。いずれも内陸部の活断層が震源の大きな地震だった。四川の被害は人的な面も含めて想像を越えた被害だと思われる。四川に較べ岩手・宮城地震では、大きさの割には人的被害は少なかったものの、「山体崩壊」と言われる山崩れなどの被害は大きな爪痕を残した。
 岩手・宮城地震の側には、北上低地西縁断層帯と云われる要注意断層が在っても、今回の震源となった活断層は見落とされていた。そもそも、活断層は日本列島の至る所に存在していて未だ確認されていないものも数多く存在すると云われている。航空写真を頼りに探すようで見落とされているものも多い。いわば、我々は活断層の上に居を構え生活しているようなものだ。活断層の活動周期は数千・数万年以上と云われ、その活動を予知するのはまだ不可能だという。
 他の地震として知られているのがプレート型の地震。日本列島は4つのプレートのせめぎ合いの上に存在しているようで、そのプレートの歪みの修正による地震が多発している。プレート型の地震は性格上数百年単位でエネルギーの溜まる周期があるため、過去の歴史から一定程度予測できるものも存在する。首都圏直下型地震の危険性はこのプレート型によるものだ(マグニチュード7クラス、人的被害約1万2千人以上を予想)。
 13年前の阪神・淡路地震は活断層によるものだったため予知することができず大きな災害となった。この震災を通して下記のような事が分かっている。

・犠牲者の8割が地震発生後7分以内(ほぼ即死)に亡くなっている。
・72時間を越えての生存率は急激に低下する。
・犠牲者の多くは高齢者で、20・30代の独身者の犠牲も多い。
・壊れた建物の多くが木造の古い住宅であった、家具の下敷き等による犠牲者も多かった。
・救助された人の大半は、地域の人による救助だった。
 上記のことから下記のようなことが考えられる。
・地震に強い家、その他の対策をしていれば助かったかもしれない。
・救助の迅速化が最重要。
・どこに誰が住んでいるのか近所力が求められる。
・古い住宅は、耐震補強をする必要がある。
・家具の転倒防止などの屋内対策が必要である。
・近所力と同様にコミュニティの力が大切である。

 この事から、自分でできるものと地域でするもの、行政がするものの区別が見えてくる。現在の都市防災は、消防団、自治会の強化などによる地域防災と行政によるインフラ整備などが行われている。この対策はあくまで地震後、如何に早く復旧するかに主眼がおかれているように思える。上記に見られるように、地震対策の主眼は壊れない街づくりに置かれるべきで、その為に行政がどうバックアップするかにある。壊れない街は壊れない家を造る事と、若者を包摂したコミュニティの再生からしか担保されない。現在、新耐震基準に抵触する「既存不的確建物」と言われる建物が4割を占めると云う。ここに資金的余力のない高齢者と、収入の少ない独身の若者が借家住まいしている。ここの人たちを近所力や地域力で包摂し、若者を地域の担い手として生かしていくことが求められる。壊れた家に再建のための支援も重要だが、壊れない家を造るための支援と壊れたコミュニティの再生をどう支援するかが事の先決ではないだろうか。また、その方が結果的には、掛かる資金も労力もそして犠牲も少なくて済むと思われる。
 阪神・淡路地震や四川大地震の惨状を見ると真にこの事の大切さが見て取れるし、何より人的被害の減少にとって重要と思われる。


 
 

世界の動きから

 


■重要なことは、敵視政策を根本的に完全に撤回することだ
 (米国の制裁解除措置に対する朝鮮外務省スポークスマン談話を各国が報道)。

○中国−新華社
 スポークスマンは米国の措置を「肯定的な措置」と評価しつつ、「今後、重要なことは米国が対朝鮮敵対視政策を根本的に完全に撤回することだ」と強調した。そして、米国が敵視政策を全面的に撤回してのみ、朝鮮半島の非核化過程が軌道に乗るだろうと付け加えた。また、他の6者会談参加国もすでに公約した経済補償義務を適時に完全に履行しなければならず、9・19共同声明の原則にしたがって6者は自身の義務履行に対して検証、監視を受けるべきであると主張した。
 スポークスマンは、今後も「行動対行動」の原則で各面での義務履行を綿密に注視しながら共同声明を誠実に履行していくであろうと述べた。

○ロシア−イタル・タス通信
 朝鮮が自国をテロ支援国家名簿から削除するとの米国の意図を歓迎しつつ対朝鮮敵視政策を完全に撤回することをワシントンに呼びかけた。ブッシュ政権は45日以内に、朝鮮をテロ支援国家名簿から削除する措置をとると宣言したが、この決定は、朝鮮が6者会談参加国に自身の核計画申告書を提出した後にとられた。

○イラン−イラン・デイリー
 米国は北朝鮮を「テロ支援国家」名簿から削除することに着手し、北朝鮮への「敵性国貿易法」の適用を終息させる決定を発表した。
 これに関連して北朝鮮外務省スポークスマンは、この措置を肯定的に評価しつつも、「今後、重要なことは米国が対朝鮮敵対視政策を根本的に完全に撤回することだ」と強調した。

■米国産牛肉輸入に反対するロウソク・デモに関する韓国の報道から
○大統領の現実認識に絶望(京郷新聞)
 李大統領は「デモは最初、牛肉から始まったが、あれやこれやの勢力が加勢したため状況が変化した」とか「韓総連の学生が加担しており心配だ」などと言っている。これは事実を大きく歪曲すると同時に民主主義の原則と法令を守ろうとする多くの市民を侮辱し傷つけるものだ。
 乳母車を押す主婦、職場人、自営業者、学生、村の老人などの各階層、地域、世代と職場を越えた主権者を韓総連などの指示で動く者程度に考える、その愚かで危うい現実認識には驚くほかない。この認識を根本的に変えない限り内閣や青瓦台参謀陣を百回替えても意味がない。

○「反省」を覆した李明博(ハンギョレ新聞)  李大統領は「一部政策を批判するデモは政策を振り返る契機にすべきだが、国家政体に挑戦するデモや不法暴力デモは厳格に区分して対処しなければならない」と述べたが、「国家政体挑戦」云々の発言は、李大統領の現実認識に大きな問題があることを見せている。市民は李政府が国民の健康権と国家の検疫主権、そして後退している社会各分野の民主主義を守るために雨が降ろうと風が吹こうとロウソクを灯した。生命権と健康権、検疫主権、民主主義こそ国家が追及すべき政体の基本内容だ。したがって真に国家政体を揺るがせているのは李明博だ。

○民心を安定させる政府が必要(MBC放送)
 ロウソク政局の下で、民生問題が後退している。高油価、高為替率などで物価は日ごとに上がっているのに職は減り所得は減少している。金融市場と不動産市場は不安定で、エネルギー対策も無策だ。外交、通商など高度の政治的行為のみが政治ではない。より重要な政府の役割は、国民の衣食住問題を安全に解決することだ。ロウソク・デモもまた、安全な食卓、安全な食堂街に対する日常的で素朴な感情から出ているという事実を直視してもらいたい。民心を安定させる政府が必要だ。不安を減らし、耳を傾け、不断に説明してくれる政府が切実に必要なのだ。


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