研究誌 「アジア新時代と日本」

第56号 2008/2/5



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 ―アメリカ帝国支配の破滅を予告する― サブプライムローン問題とドル危機

研究 ―米単独主義破綻で再浮上― 小沢「国連中心主義」

論評 改革の歪みは深い

アジア新時代研究会ブックレットNo.5 ―税財政改革の今日的本質を問う― 税財政改革と国のかたち

論評 海洋生物が教える酸性環境へのシグナルU

世界の動きから



 
 

編集部より

小川淳


 この間、多くの読者の方から購読料を頂きました。またお便りや意見も頂いています。誌面を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

■サブプライムローン問題がさまざまなメディアで取り上げられています。本来なら融資を受けられない人々に最初の数年だけ金利を低く設定する住宅ローン、これがサブプライムローンですが、その背景には空前の金余り現象があるといわれています。実体経済とかけ離れたバブルが永遠に続くはずはありません。影響がどれほど拡がるか予断は許されませんが、はっきりしているのは、虚業でカネを儲けようという際限なき人間の欲望がバブルを生み出したのであり、むき出しの欲望を肯定した新自由主義経済の行き着く先の姿が、サブプライムローンではなかったか、ということです。今回の特集で、この問題を取り上げています。一読いただければ有り難いです。

■これと対照的に、いわば実業の世界で復活を遂げつつある日本の地場産業の最新の動きを「クローズアップ現代」がレポートしていました。一例を挙げれば、今治のタオル業界が作った一万円もする高級タオルが都内のデパートでよく売れているそうです。それまでは「自分たちに無いものを外から入れる」でやってきたが失敗つづき。「もともとあるものを磨く」という発想の転換から、高級タオルはうまれました。今治には元々高い技術があり、このような地域のよいものを「生かす」こと、もう一つは、地域と地域を「つなぐ」こと、ここに地域産業が復活できる鍵があると番組では分析していましたが、面白い視点です。

■アジアで初めてノーベル経済学賞を受賞したインドのアマルテイア・センは、自己の利益の最大化を目指す「ホモ・エコノミクス」を経済理論の前提としている新古典派経済学=新自由主義経済学を鋭く批判しています。他者の存在に関心を持ち、他者との相互関係を自己の価値観に反映させて行動する、そのような個人を前提とすべきだというのがセンの考え方で、それによって経済学も温かい心を取り戻すことができるとしています。彼の代表作の一つ「貧困の克服」(集英社新書)は新自由主義経済とは違うもう一つの経済の姿を提示していて良い勉強になりました。


 
主張 ―アメリカ帝国支配の破滅を予告する―

サブプライムローン問題とドル危機

編集部


 昨年夏頃からその深刻さが取り沙汰されるようになったサブプライムローン問題は、新年になってからも沈静化するどころか、一層その底の見えない危機の実態をさらけ出してきている。一方、この問題とも連関しながら深まるドル安、ドル危機もいよいよ深刻の度を増している。
 サブプライムローン問題とドル危機、これをどうとらえるかは、新自由主義経済、グローバル経済の今後、ひいては、それを土台とするアメリカ一極支配、帝国支配の行方を読みとっていく上できわめて重要だろう。

■サブプライムローン問題、事の重大性
 世界的範囲で好調を続けてきた新自由主義経済、グローバル経済の調子がこのところ少なからず狂ってきている。世界経済の原動力的役割を演じてきたアメリカ景気の後退、株価の低落と乱高下、そして基軸通貨であるドル価値の連続的な下落、等々。サブプライムローン問題は、これらすべてと関わっている。
 アメリカの信用力の低い個人向け住宅融資であるサブプライムローンが住宅バブルの崩壊とともに焦げ付きを続出させてきたとき、その影響の大きさを言い当てた人は少なかった。そこから生まれる金融的損失の大きさにしても、当初はまだ500億ドル程度のものだったし、FRB(米連邦準備理事会)のバーナンキ議長の予測も1500億ドルというものだった。
 しかし、新年に入って、損失の規模は5000億ドルを超えると予測されるに至っており、サブプライムローン関連商品(ローン債権を担保とした証券化商品)の広がりは推測不能とまで言われている。
 世界最大の金融グループの一つであるシティグループの場合を取ってみても、その損失は当初の80億ドルから180億ドルに増え、それもこれから明らかになるだろう全損失の3割程度に過ぎないのではないかと言われる。そうした中、シティでは、4200人の大量人員削減、リストラが発表された。
 事の重大性は、それにとどまらない。ローン債権を担保とした証券市場の冷え込みは、住宅・不動産から自動車やカードなどの他のローン関連にまで広がり、信用収縮など金融経済全般に深い陰を落としてきており、個人消費の減退など実体経済にも大きな影響を及ぼしてきている。
 こうした一連の事態がいかに深刻であるかは、昨年末12月、FRBなど米欧5中央銀行が協調して短期金融市場に数百億ドル規模の資金提供の声明を出すというかつてない異例の行動に打って出たところにもよく現れている。サブプライムローン問題から来る金融機関同士の疑心暗鬼により資金繰りに行き詰まる金融機関が相次ぐ恐れがあるためだ。
 一方、中東の政府系ファンドなど世界各国の大手金融機関が数十億ドル規模の出資をシティやメリルリンチ、バンク・オブ・アメリカなど膨大な欠損を出した米系大手金融機関に対して行い、支援策を講じている。ここにも世界的な金融体系の崩れと混乱を恐れ、危機を回避しようとする彼らの切迫した要求の一端が顔を覗かせている。
 こうした一連のサブプライムローン問題に対する応急策の根底には、このところ深まるばかりのドル危機に対する憂慮がある。アメリカの証券化商品の劣悪さは、即、アメリカの信用の低下であり、それは、ドルへの信用、ドル価値の低下と直結している。世界の基軸通貨であるドルの価値低落が新自由主義経済、グローバル経済それ自体に何をもたらすかは論を待たないだろう。

■新自由主義の必然的帰結
 サブプライムローン問題は決して偶然の所産ではない。それが新自由主義の必然的帰結であるところに事の重大さの本質がある。
 周知のように新自由主義は、弱肉強食の市場にすべてを委ね、資源配合や所得再分配など国家による経済への介入に反対する。新自由主義は、また、有効需要の創出ではなくサプライサイドである企業の強化に経済活性化の源を求める。そのための基本政策が規制緩和、民営化であり、企業や富裕層優遇の税制改革、社会保障改革だ。
 1980年以降のこの新自由主義改革によって何が生み出されたか。それは、富を独占する一握りの大企業、富裕層と圧倒的多数の貧困層への社会の二極化、格差の拡大である。
 新自由主義の本場、アメリカはその典型だ。1970年代、アメリカ総世帯の60〜70%を占めた中産階級は二分化し、社会は全米の富の60%を集中する5%の上層と残りの下層に二極化した。また、日本にあっても、「いざなぎ超え」と言われたこの5年間、「太る企業、痩せる家計」の名の通り、企業の経常利益が65%増だったのに対し家計は2・4%減だった。
 では、経済活性化の方はどうだったのか。もちろん、集中された富の一部が国内設備投資に回されたのは事実だ。しかし、日本の大手企業の海外生産比率が90年の17・0%から03年の43・5%に増大したように、それに倍する富が海外設備投資に回され、さらに、「投資立国」という言葉が生まれているように、それに倍する富が証券投資など投機に回された。これは、日本だけの現象ではない。なによりもアメリカをはじめ先進資本主義国共通の世界的趨勢だ。それは、21世紀に入って6年間の世界経済の年平均実質成長率(実体経済)3・5%、世界貿易の年平均実質伸び率(物流経済)7%、世界株式市場時価総額年平均伸び率(金融経済)14%という数字が雄弁に物語っているのではないだろうか。「いざなぎ超え」期間、日本のGDP増がわずか1・04倍だったのもその一つの証左と言えるだろう。
 ここで重要なのは、社会の二極化が金融経済の膨張、経済の金融化、投機化を生み出しているということだ。すなわち、圧倒的多数の貧困層の形成は消費の停滞を生み、消費の停滞は大手企業や富裕層に集中した富が生産ではなく投機に投下されるという現象を生み出すということだ。
 サブプライムローン問題は、まさにこの社会の二極化、アメリカ社会の二極分解の産物であり、その全面的反映だと言える。
 周知のようにこの問題は、住宅価格が高騰する住宅バブルの最中、アメリカの圧倒的多数を成す下層を対象に、最初は低利で貸し付け、その後金利を上昇させる住宅ローン(=サブプライムローン)が、住宅バブルの崩壊、住宅価格の低落とともに、住宅の買い換えとローンの借り換えができなくなり、焦げ付きが多発するようになったところに端を発した。しかし、新自由主義経済にとって深刻なのはこれからだ。問題は、このローン債権を担保に証券が発行され、この証券化商品を担保にさらなる証券が発行される式に幾重にも組まれた証券化商品に、だぶついた金の投資先を求める上層、金融機関が殺到したところにある。それによって生じた証券バブルがローン焦げ付きの急増とともにはじけたのだ。絵に描いたような二極化の産物、新自由主義の必然的帰結だと言えるのではないだろうか。

■ドル危機も不可避
 今日、サブプライムローン問題とともに世界の耳目を集めるもう一つの経済問題はドル危機だ。ドル安の進行とともに、ドル基軸通貨制が大きく揺らいでいる。一言でいって、安くなるドルを持っていれば損をするということだ。そのため、世界各国で基軸通貨のユーロへのシフトや、自国通貨のドルペッグを外す構想、基軸通貨を複数化する「多極化案」などが進められている。
 ここで問題は、このドル危機も偶然ではなく、新自由主義、グローバリズムの必然的帰結だということだ。これについて、いま全面的に展開する紙面は残されていない。ただ重要なことは、ドル価値の低落がアメリカの地位の低下と一体であり、その地位の低下がイラク・アフガン反テロ戦争の失敗など政治・軍事的権威の失墜とともに、アメリカの財政・経常両収支赤字の歯止め無き膨張や世界の多極化にともなう地域共同体・域内貿易量の拡大、地域通貨創設への動きなど、アメリカ経済力の相対的かつ絶対的な低下に基づいており、それらがすべて、消費停滞と景気の後退、富裕層減税やアメリカの大量輸入を大動脈とするグローバル経済の循環など、多かれ少なかれ、新自由主義経済、グローバル経済それ自体に起因しているという事実だ。
 今日、世界の政界、経済界を揺るがすサブプライムローン問題とドル危機は、不可避であり、投機の対象が住宅から原油、食糧、金などに移りながら、第二、第三の「サブプライムローン問題」やドル危機の深化が生じないという保証はどこにもない。


 
研究 ―米単独主義破綻で再浮上―

小沢「国連中心主義」

若林盛亮


■テロ特措法反対
 昨年、「世界」11月号に民主党小沢代表が公開書簡「今こそ国際安全保障の原則確立を」を発表し、持論の「国連中心主義」を再浮上させた。この論文は、昨年末で期限切れになったテロ対策特別措置法(テロ特措法)の延長を図った自民党政府に反対する民主党の論理を打ち出したものだ。
 民主党代表・小沢氏がテロ特措法に反対する論理は何か。それは、テロ特措法が9・11テロ攻撃に対する制裁・報復のための米国の「自衛戦争」を同盟国として支援する派兵、すなわち集団的自衛権行使のためのものであり、それは違憲であるという論理だ。
 周知のように憲法九条は、日本の個別的自衛権行使を認めてはいるが、同盟国への攻撃を自国への攻撃とみなし実力をもって排除するという集団的自衛権の行使までは認めていない、というのが日本政府の公式見解である。
 テロ特措法は小泉政権時、9・11テロを契機とする米ブッシュ政権の単独主義的なアフガニスタン「反テロ戦争」を支援協力する法律としてつくられた。9・11翌日、国連安保理は「テロ非難決議」を採択、これを受け米国は個別的自衛権の発動としてアフガンのアルカイダ、タリバンへの「自衛戦争」に突入、NATOは米国へのテロを自身への攻撃でもあるとして集団的自衛権を発動、参戦した。これはPKOやPKFといった国連活動ではなく、米軍主導の「有志連合」による戦争であった。
 テロ特措法に基づく海上自衛隊の給油活動は、アフガン「反テロ戦争」を行う米軍主導の有志連合への軍事協力であり、事実上の集団的自衛権の行使である。にもかかわらず自民党政府は、テロ非難の国連諸決議を盾にとってアフガン「反テロ戦争」への協力も「国連憲章の目的に寄与する」ものであって日米安保協力に基づく派兵ではないこと、また後方支援は武力行使に当たらないとして集団的自衛権行使による派兵ではない、合憲であると強弁してきた。今回の小沢氏の「国連中心主義」は、テロ特措法の持つこの矛盾点を突き、それを克服する国際貢献原則として提起されたものだ。

■対米追随批判としての「国連中心主義」
 小沢氏は、自民党政府のテロ特措法を対米追随姿勢によるものと批判、対米追随に代わるものとして国連中心主義を打ち出した。
 テロ特措法による派兵の対案として打ち出したISAF(国際治安支援部隊)への参加は、その具体的表現である。
 小沢氏は今回の論文で持論である「国連中心主義は合憲」との解釈に基づき、アフガンにおける国連活動であるISAFへの自衛隊の参加を(武力行使も含め)提起した。このISAF参加は、テロ特措法による米軍主導の米国の「自衛戦争」、対テロ掃討作戦に(集団的自衛権行使の)協力をするものではなく、タリバン政権崩壊後の和平合意に基づき国連が決議、創設した国連治安活動への協力である。
それは米軍主導下の戦争への参加ではなく、国連主導の治安作戦への参加だから(国連中心主義によれば)集団的自衛権行使に当たらず合憲であるというのが、小沢氏の主張だ。
 今回の小沢「国連中心主義」の特徴は、対米追随姿勢を改め国連を基準にすべきだと、対米追随批判を前面に押しだした点にある。事実、テロ特措法延長を求める駐日米大使の前でも反対姿勢を貫いたことへの賛辞や、今回の論文にも「日米安保に根源的な問いを突きつけた」(元毎日新聞記者・西山太吉)と評価の声もあがっている。

■小沢「国連中心主義−合憲」論
 小沢氏は、冷戦終結後の1993年に出版した「日本改造計画」で初めて「国連中心主義−合憲」論を唱えた。
 小沢氏はこう述べている。「私は現在の憲法でも、自衛隊を国連待機軍として国連に提供し、海外の現地で活動させることができると考えている。その活動はすべて国連の方針に基づき、国連の指揮下で行われるのであり、国権の発動ではないからだ」
 合憲との根拠は次の二つである。
 その一つは、憲法前文の国際社会で「名誉ある地位を占めたい」の理念であり、九条冒頭の「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」という文言である。ゆえに国連中心こそ合憲とする。
 その二つは、九条第一項の「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は・・・永久にこれを放棄する」の「国権の発動」に当たらないから、というものだ。「世界」論文では「国連の平和活動は国家の主権である自衛権を超えたものです」として憲法に抵触しないとする。
 この違憲性については、多くの人々が指摘しておりここでは触れない。しかしながら今回、対米追随批判として「国連中心主義」を掲げた小沢氏の対米姿勢には注目しておくべきだと思う。
 「日本改造計画」ではこう述べている。
 「アメリカは・・・冷戦後の国際社会の実状を踏まえて『国連重視の平和戦略』ともいうべき歴史的な転換を図るのではないかと私は思う」
 「アメリカは・・・国連の集団安全保障機能の強化、すなわち国連主導の新世界システムの構築を考えていることは間違いない」
 当時は、クリントン政権発足時、まさにグローバリズム勃興期、「国連を世界政府に」という国連重視の時代だ。国連には「予防展開」「平和強制」という新しい軍事活動が加わった。しかしソマリアでの「平和強制部隊」活動で国連は無力さをさらけだした。特に傘下の米兵が現地住民になぶり殺される映像は米国民にショックを与え撤収につながった。これがブッシュ政権の国連無視、単独主義の遠因ともなったのは周知の事実である。
 それはともかく当時の小沢「国連中心主義」は、まさに対米追随そのものである。ならば対米追随批判として登場した今回の小沢「国連中心主義」はなんなのか?

■今日の最たる対米追随−「国連中心主義」
 今、米ブッシュ政権自身が単独主義の破綻から国際協調路線への転換を図っている。昨年の朝米対話への転換、六者協議の再開はその象徴である。
 日本に対しても、単独主義−日米有志連合による派兵、九条改憲−集団的自衛権行使容認の強要から、国際協調路線に沿った「反テロ戦争」参戦国家化を促すものになっていくだろう。この視点から今回の「対米追随に代わる原則」として再浮上した小沢「国連中心主義」を検討する必要があると思う。
 2006年に「プリンストン計画」と呼ばれる「法治下での自由世界建設と21世紀の米国家安全」という報告が米国で出された。報告ではすでにブッシュ単独主義の破綻を指摘しながら、「多務的制度を通じた米国の目標実現」、すなわち国際協調路線への転換を提起している。
 ここで重要に提起されているのが「改革された国連」による「国連中心主義」である。
 その一つは、国連に対する「米国式改革」として、「法治下での自由世界を建設するためには武力の支持が必要」ということを国連改革論議の重点に置き明確にすべきだとしている。
 二つには、「国連安保常任理事国の一票否決制の取り消し」、すなわち常任理事国五大国の一国でも拒否権を行使すれば決議できないという現行の制度を改革すべきことを主張している。ロシアや中国などの反対で米国の主張が通らない事態を避けるということだ。
 これは国連を米国の「反テロ戦争」軍事行動への支持、協力を権威づける国際機構に「改革」し、国連を中心とする集団的安全保障機構を米主導下に置くことを企図したものだ。この「プリンストン計画」が、次期米政権にどの程度、採用されるかは未知数であるが、国際協調に転じた「反テロ戦争」路線の典型として注視すべきだろう。
 今回、再浮上した小沢「国連中心主義」も、再び国際協調主義に転じた米「反テロ戦争」路線に合致するものだ。
 小沢氏が自著「日本改造計画」で初めて「国連中心主義」を提唱した当時、「国連改革」を唱えその第一に「安全保障理事会の拒否権つき常任理事国制度の見直し」をあげていたが、上記「プリンストン計画」の米国式国連改革そのものである。
 対米追随批判に看板を替え再浮上した小沢「国連中心主義」、それはある意味では米単独主義の意を受けた安倍政権がなしえなかった改憲−集団的自衛権行使容認を、国際協調路線下での「国連中心主義−合憲」論で実現するものだとも言える。
 小沢氏の主張するアフガニスタンでの国連活動、ISAFへの日本の参加もこの視点で見ると実に危険なものだ。有志連合が次々と脱落したイラクとは異なり、米軍とNATO軍など国際協調「反テロ戦争」のモデル地域がアフガニスタンだ。ブット前首相暗殺で混迷加速化の隣国パキスタンへの国連介入という事態もありえないことではない。今日の「国連中心主義−合憲」論にはきな臭さが漂っている。


 
論評

改革の歪みは深い

つね ひろお


 日々の労働の結果としてある実態経済よりも遥かに大きな金融経済が主流になった現在、我々の生活にも否応なしにその影響が感じられる。一連の構造改革がその総仕上げとばかりにその在りようを表立たせた感がある。各金融機関に現れた金融商品の数々と外資の結びつきは改めて構造改革(規制緩和)の意味するところが白日のものとなったようだ。
 日本の金融資産1500兆をめぐる攻防は、まさに魚の目鷹の目のごとくだ。特に近年の投資にまつわる脱税の記事などは国民の多くが投資の経験を有するようになったすそ野の拡大の現れかと思われる。国が国策として低金利に誘導し、なおかつ優遇税制を設けることで金融市場へと国民を誘う手法は、外資と一体となった日本丸投げの無責任極まりない犯罪的行為といっても過言ではないと私的には思う。これから、団塊世代の退職金などその資産を狙う攻防が益々激しくなるとの巷の噂宜しく、そのあたりを調べてみた。
 国内株式、新興国株式、国内不動産ファンド、外国ファンド(株、不動産)、外債、商品先物、外貨預金、外国為替、等々。庶民にはほど遠いと思われていた金融商品が当たり前のごとく日常化したのだという。
 新聞の外国為替取引に絡む脱税の記事の多さは記憶に新しいところだ。そもそもこの取引、近年の静かなブームなのだそうで、取引会社も200社を越えるようで、取引額は株式などには遠く及ばないものの年々その規模をふくらませているという。1998年の自由化によって個人にも解放された分野だそうだ。チケットショップや量販店などでも両替えサービスが在るようなのでいずれ大衆的認知ということなのかもしれない。投資そのものは為替取引会社との相対取引が主流のようなので会社撰びもまた投資の一部のようだ。海外旅行の時の両替ならいざしらず、個人が外国通貨の売買をするというのはなかなか理解できない側面はあるものの、調べてみれば垣根は低い。勝てるかどうかはその次のこととして投資家を引きつける商品としての魅力は大きいということだ。海外では早くから個人取引が可能だったということで日本も遅ればせながらということのようだ。欧州通貨などに対しドルの下落が顕著になり、ドルの基軸通貨としての地位が取りざたされた時期、日本の景気が比較的良いにも関わらず低金利の下、円高にならずドル・円が強い状況は不思議なこととしてあったようだ。事実上のドルペックという見方もあるが、一方で、個人投資家の円売りドル買いが大きな要因だとも云われた。キャリートレードという言葉も多く耳にした。機関投資家の常識を越えた個人投資家の取引は、「東京マダム」とか「団塊マネー」という表現が生まれるほどに海外の注目を集めたという。業界の未成熟さや日本の低金利と海外の金利高との差を利用した取引で素人投資家でも一時は利益が出せたのが脱税の一因のようだが、先般のサブプライムローンショックで倒産した会社や大きく損をした投資家なども多くあるようで厳しい現実がそこにある。やはりリスキーな自己責任なのだ。
 金融資本主義の最たる為替取引に限らず、商品先物取引でも資源価格の高騰の背景に投資・投棄マネーの影響があるとささやかれることを考えると、新自由主義経済の下の構造改革のしわ寄せは、国富の外資への移転、格差の拡大だけにとどまらず、巡りめぐって少資源国日本の私たちの生活を直撃し、社会の安定を根底から揺さぶることとして返ってきている。テロとの戦いを名目とした世界秩序の混乱よりももっと多くの困難をわれわれは抱え込んでしまったのかもしれない。
 とすれば、この社会にたいする変革の要望はもっと大きな声となって発せられるようになるに違いない。


 
 

ブックレット発売中

 


 アジア新時代研究会ブックレットNo.5

 ―税財政改革の今日的本質を問う― 税財政改革と国のかたち (小西隆裕)

 (ご注文は私書箱へお願いします)


 
論評

海洋生物が教える酸性環境へのシグナルU

林功夫


 さて、前回(昨年10月)にお話した沿岸生物イシガニの飼育環境での体表変化はどうなっただろうか。直接汲み上げた天然海水とアルカリイオン水で溶かした人工海水パウダーで作った人工海水を混ぜて飼育して3ヶ月が経った現在・・・。カニの甲羅と鋏足ともに、茶色い変色も月面クレーターのように穴があく現象も全く見られない。勿論、2月に近いこの雪がちらつく真冬に元気にエサも捕食している。この事により、弱アルカリ性環境に生息する生物にとって、いかに酸性状況が体に悪いかという一つの実証ができたと思われる。ところで実を言うと、3ヶ月の期間ずっと飼っているのは3匹のイシガニのうち、一匹だけなのだ。昨年10月末に捕らえた中型〜大型のイシガニたちは、このアルカリ環境がよほど気に入ったのか次々と脱皮してしまい、合計5匹を再び海に帰す結果となった。脱皮後から殻が硬いままでは最低一カ月は要するため、今回の観察には不向きと判断し、海に戻したのだ。
 その中でこの一匹だけがたまたま脱皮しなかったので、今回の実験に付き合ってくれたのだが、ひとつだけ気になることがある。それははさみ足の可動指の色だけがどうしても変色するのである。海にいる個体を見ても、持ち帰ってすぐの個体を見ても、この可動指(可動指とはハサミの動く部分)は真っ黒であり、このカニの色彩全体を際立たせるコントラストになっている。それが早い個体では4〜5日、遅いものでも10日ほどで黒色が落ち薄緑色に変ってしまうのだ。この理由だけは分らない。機会があれば甲殻類の専門家に聞いてみたいと思う。ところで、昨年11月下旬、いつもの海岸でマイナス35センチという珍しい大干潮の日に海水と海藻を採取に行った折、普段は行けない深さの所で小型のタイワンガザミを捕獲できた。黒と青の色合いの美しいこのカニはイシガニと違い本物のワタリガニである。
 このタイワンガザミも11月末に脱皮し、昨年末頃よりエサも食べ始めた。そして気づいたのだが、稼働指の変色もまったく見られないのだ。真冬の今は越冬期でいつも砂に潜っているが、時折エサを入れると姿を現す。捕獲後、脱皮を経て2カ月になるが、ハサミの可動指も黒いままである。つまり、可動指の変色はイシガニ独特の現象ともとれる。飼育水の環境とは特に因果関係はないのかもしれない。
 弱アルカリ性環境に生きる生物にとって体に異変をもたらす酸性化原因とは何なのか?
 イシガニのような小さな個体ほど体液循環が早く変化が出やすいのである。昨年の夏までの人工海水は中性の水道水を使用したため、カニの体は錆びた。理由は飼育水槽内にアルカリ化を促す要素が全くなかったためである。蛇口より出る水道水は中性であり、PH(ペーハー)値は7とされる。PHとはドイツ語の化学用語で、溶液中の水素イオン濃度を示す指数であり、中性の7を基準とし、7、1〜8、9が弱アルカリ、9〜9、9が強アルカリである。逆に6〜6、9は弱酸性となる。つまり、水道水で作りたての人工海水はその時点で弱アルカリであっても、室内の二酸化炭素は毎日溶け込み、エアーでイシガニは酸素を吸っても同時に二酸化炭素を放出。更にエサは酸性の魚肉、貝肉を与える。四方八方から酸性ずくめの要素ばかりで弱アルカリ環境も弱酸性になるのは時間の問題だったようだ。これに対して自然の海では日中は太陽光をふんだんに浴びた海藻や海草、そして海水に無数に存在する植物性プランクトンなどが一斉に光合成をし、膨大な酸素とアルカリ酵素を放出する。負の要素である魚介類の死骸は最終的に動物性プランクトンが見事に分解していく。この壮大な役割分担がバランスよく機能するからこそ、海洋水が弱アルカリを保てるのだろう。
 ところで海水の中で呼吸する生物にとっての海水は我々人間にとっての大気と同じである。我々人間がCO2の多い大気圏を改善し注意するだけでなく、食生活にも酸性食品の摂取過多を警告するなら、雑食性のカニと違い、純粋な肉食性のイシガニは自然の食生活ではどんな点に気をつけている(?)のだろうか。これはイシガニにとどまらず、陸上動物の肉植獣や猛禽類、そして肉食性昆虫にも一部共通する方法でそれを捕って補っているのだそうだ。次回も機会あれば私の経験を含めてこれらとともに人間の食生活も見ていきたいと考えている。


 
 

世界の動きから

 


■米大統領選挙で注目される若い有権者の動向
 今年の大統領選挙を前に18歳から29歳までの若い有権者が注目を浴びている。その第一の理由は数の多さ。その数は4300万人で有権者の20%を占める。第二の理由は、Y世代と呼ばれるこの世代の選挙への高い関心である。ニューハンプシャーでは、この世代の投票が全体の43%にものぼった。しかも彼らはインターネットで互いに連絡しあい影響力も大きい。
 彼らは、現状に非常な不満を持っており、連邦政府運営体系自体を大々的に改革する必要があると見ている。2000年代に入ってITバブル崩壊やイラク戦争、サブプライムローン問題などが起き、この世代は親の世代が当然だと考えてきたことに疑問を持つようになっている。大学費は値上がりし続けているのに卒業してもよい職場を得られず、健康保険は有名無実化し、住宅も持てないのだ。
 彼らの40%は無党派である。それゆえ専門家は、「私を支持してくれれば変化を起こすであろう」式の接近法は古く、それよりも「私と一緒に米国と世界を変革するために立ちあがろう」式の方が効果的だと見ている。

(VOA)

■エネルギー争奪戦の焦点・中央アジアで
 古代「絹の道」の都市であったカザフスタン・ブハラの南方無人地帯にバスケット場くらいのコンクリートのガスタンクが立ち並んでいる。この地域のガスは自然湧出するのでポンプも必要ない。
 問題は、このガスがどこに行くかだ。ソ連崩壊後、西欧諸国はロシアを迂回した送油管を建設するなど優勢だったが、最近では遅れをとっている。
 07年11月に、ロシア石油会社ルコイルの経営者とモスクワ官僚が参加したカザフ・ガス田竣工式の式典で、ロシア第一副首相は「われわれは有利な出発をしたし、それを最大限活用する」と述べた。このガス田の埋蔵量は4000億?で32年間はロシアに優先的に売られる。カザフスタンでもウズベキスタンでも親欧米派が退潮。唯一トルキスタンで親ロ派大統領が死亡して可能性がでてきたが…。

(ヘラルド・トリビューン)

■「米国世紀」の終末
 メキシコの国境都市ティファナから南アメリカ大陸最南端のフェゴ島まで米国の「裏庭」ラテンアメリカに競争者が急速に進出している。ロシア、中国、イランが新しく市場を開拓し外交関係を深め、米国が中近東に気をとられている間に北朝鮮までがグァテマラ、ドミニカと国交関係を結んだ。
 米国は20世紀初、親米独裁政権を支援し、米系企業を保護するためしばしば海兵隊を派遣し、冷戦時期にはラテンアメリカの共産主義者との戦いに米州機構を利用してきた。しかし、今やラテンアメリカは自由に友を選べる。ベネズエラのチャベスは米国の権威を落とすために多角的な勢力均衡を創設しようとし、チリは中国、日本、EUとFTA協定を結んだし、最大の競争者である中国は、すでに貿易額で04年に日本を抜いて、米国、EUに次ぐ。

(ニューズ・ウィーク)

■08年世界情勢展望=加速する世界の多極化
 冷戦後、多くの人が未来世界は多極化に進むだろうと予測した。だが同時に米国が唯一の超大国であり、その覇権は少なくとも50年は続き、多極化は緩慢に進むだろうと見ていた。しかし、多極化は緩慢ではなく加速的に進んでいる。
 政治を除外して、経済的な力量対比だけを見てもそれは明らかだ。21世紀初頭に中国やインドなどの国が人々を驚かす発展をすると誰が想像し、ロシアがこんなに早く大国の地位を回復すると誰が想像できただろうか。BRICsの急激な発展に続きVISTA(ベトナム、インドネシア、南アフリカ、トルコ、アルゼンチン)が出現した。
 権威ある統計資料によると現在、新興国の外貨貯蓄量は世界外貨の4分の3を占めている。新興国経済が世界経済に占める比重は90年代の39・7%から06年には48%に増加した。
 世界経済は産業革命以来の大きな形態転換期にあり、経済中心は発展した国からアジアと東欧、中東、ラテンアメリカなど新興市場に移っている。

(新華社)


ホーム      ▲ページトップ


Copyright © 2003-2011 Research Association for Asia New Epoch. All rights reserved.