研究誌 「アジア新時代と日本」

第50号 2007/8/5



■ ■ 目 次 ■ ■

時代の眼

主張 問われる政権交代と構造改革路線の転換

研究 新自由主義思想批判 新自由主義思想がなぜ人々に受け入れられるのか?

論評 理想の裏には現実?

寄稿T この国の将来は暗い

寄稿U わが家の"参議院選挙"

寄稿V コラム 「KY」って?

世界の動きから

編集後記



 
 

時代の眼


 参院選は、民主党の一人勝ち、自民党の歴史的大敗に終わった。他の政党、団体は、押し並べて、伸び悩み、敗北だったと言える。
 ここで問題だったのは争点だ。選挙は主として生活問題をめぐっての闘いにしぼられた。そこで、「国民の生活が第一」の旗印を鮮明にし、年金、子育て支援、農業補償など分かりやすい政策を掲げた民主党の大勝だった。
 自民党は、当初、争点にすると公言していた「改憲」を降ろした。そのため、「改憲阻止」を掲げていた政党、団体は、「のれんに腕押し」のかたちにされ、共産党、社民党は議席を減らしたし、9条ネットは比例代表の議席獲得のための百万票に遠く及ばなかった。
 問題は、これをどう総括するかだ。改憲を争点からはずした自民党のせいにするのか、また、国の命運を左右する憲法問題の重要性がわからない国民の問題意識の低さのせいにするのか、あるいは、その「低い問題意識」を高めることができなかった自らの改憲阻止活動の弱さに原因を求めるのか。
 こうした中、9条ネットの人々は、原因を自分たちが民意を反映できなかったところに求めたという。すなわち、生活問題の解決を切実に要求する国民に改憲の危険性を説き、改憲反対の一票を投ずるよう訴えたということだ。例えて言えば、水を求める人に饅頭を差し出したようなものだ。
 このような総括はなかなかできないものだ。人間、どうしても自分が正しいと思うことを民意の上に置いてしまう。そして、その正しさに人々の眼を開かせようとする。
 民意を天意として自らの意思の上に置いてこそ、民意を実現する運動を推し進めていくことができる。それ以外の運動など有り得ない。9条ネットの総括に未来を感じるのはそのためである。


 
主張

問われる政権交代と構造改革路線の転換

編集部


 今回の参院選は、安部政権への信任を問う選挙であったことは衆目の一致するところであったし、首相自身「私を選ぶのか小沢さんを選ぶのか」と言っていた。その結果は自民の惨敗。国民は「安倍」にノーを突きつけたのである。
 しかしこの結果に直面するや、安倍首相は、「基本的なことは誤っていなかった」「基本的なところは支持されている」としながら、「結果を出す」と政権にしがみついている。果たして、これでよいのだろうか。

■国民は何を不信任したのか
 参院選の結果は、安倍首相の言う「もっとも基本的なもの」が不信任されたことを示している。
すなわち、自民党の「構造改革路線」そのものが否定されたということである。
 それは第一に、一人区で民主が圧倒したところに如実に現れている。
 一人区29区のうち自民は6区でしか勝利できず他はすべて民主党であった。とりわけ、東北、四国では自民党は全滅した。
 一人区は、これまで自民の牙城とされてきたところである。「投票は昔から自民党だ。政治のことは分からねえけどな」(福島の有権者)という言葉に代表されるように自民党支持は「慣習」ともいえるような地域である。
 このような地域での自民惨敗、その原因は、この間の新自由主義的な「構造改革」によって、地方がどうしようもない深刻な状態に追い込まれているところにある。
 税源を地方に移譲する三位一体改革の下で、補助金の廃止、地方交付税の削減が強行され、税源の乏しい自治体は県や市町村単位で青息吐息であり、それが住民生活を直撃している。生活保護を打ち切られ、孤独死を迎えた福岡の男性の例もある。
 歳出改革の名の下、農業も補助金を削られ、公共事業も減らされ、地方は疲弊の極に達している。それがいっそう惨めに感じるのは、格差の拡大である。例えば06年度に東京都は1兆4000億円の財源余裕が出たが、これは島根、高知など8県の不足額と同じだという。
 世論調査で「地方格差の深刻さ」をあげる人は62%にも上っており、一人区では64%であった。疲弊するだけ疲弊し「自民党政権は俺たちを見捨てるのか」とまで追い詰められた地方の人々の「何とかしてほしい」という切迫した気持ちが、この結果をもたらしたということだ。
 民主党の代表に小沢氏がなったことも、こうした層に安心感を与え「やらせてみてもいいんじゃないか」という気にさせたようだ。小沢代表もここに焦点を定め、ヘリコプターを乗り継いで地方回りに精を出し、田中角栄ばりの、まず山奥からの「川上作戦」も応用。演説の最後を「このままじゃ変わりません。一度我々に任せてみてください」と締めくくったのも効果的だった。
 第二に、民主党が、「生活第一」を掲げ、「年金、子育て支援、農業補償」を打ち出したことが支持されたということだ。
 自民党は、これに対して、財源がないということをもって実現不可能な選挙用の甘言にすぎないと批判した。自分たちは、財政再建のために社会保障削減の「改革」を強行するということだが、選挙結果は、それが支持を得られなかったことを示している。
 今年4、5月の統一地方選挙では大きな動きを見せ注目された20代、30代の2000万人とも言われるロスト・ジェネレーション世代は、今回、それほど顕著な動きを見せなかった。それは、彼らの要求が、雇用拡大、格差是正、賃金値上げであったのに、それに応える政党がなかったからだと言われている。
 安倍首相も、選挙戦では、「小泉大勝」に大きく動いたこの層を意識して、小泉ばりに「改革の継続」を連呼して、彼らの獲得を企図したが、彼らの状況は「改革」を言えば動くというような甘い状況ではなくなっていた。
 今回、この層は大きく動くことはなかったが、それでも民主支持の傾向を強めたし、「小泉大勝」の時のように動かなかったこと自体、彼らが新自由主義的な「構造改革」に反旗を翻し始めたことを示している。
 第三に、民主党に票が集まったこと。
 安倍政治への批判票が、より徹底的な共産党や社民党に流れず、民主党に向かったのは、国民が安倍自民党政治に対して単に不平・不満をいだいているというだけでなく、政権を担える党としてある民主党に票を入れることによって、実際に政権が交代し、安倍政治とは別の政治をやってほしいと要求していることを反映している。
 以上のことは、何を意味しているか。それは、国民の不信任が単に安倍政権一般に止まることなく、その構造改革路線そのものにまで及んでいるということではないだろうか。

■政権交代による構造改革路線の転換を
 「結果を出す」と言う安倍首相は、秋の国会で、改憲や税制改革を持ち出そうとしており、ここで「結果を出す」ということだ。国民の審判に耳を貸そうともせず、その要求を踏みにじる国民無視の政治をこれ以上許すことはできない。  今、自民党は、「人心一新」を掲げながら、そのために党人事、内閣人事の刷新を行うことでお茶を濁そうとしている。だが、問われているのは、そんなことではない。解散総選挙による政権交代とそれによる自民の新自由主義的「構造改革路線」そのものの転換こそが求められている。
 そこでまず解決すべきことは、自民党の「構造改革路線」とは違う新たな真の改革路線を提起することだ。
 今回、民主党によって掲げられた、「生活第一」、そのための「三つの安全」と銘打って打ち出された「年金、子育て支援、農業補償」などは、弱肉強食の新自由主義改革への批判を意識し、「強きを挫き、弱きを助ける」と述べていたことでも分かるように自民の「構造改革路線」とは質的に違うものをもっている。
 年金では、基礎年金部分の税化を主張しているが、これは最低限のところは国家がめんどうを見るということである。農業補償も対外価格との差額については国家が補償金を出すことで農家の生活を安定させようというもの。子育て支援を含め、その大きな方向は、必要に応じて国家が「めんどうを見る」ということである。これは、国家の介入や保護を否定する自民党の新自由主義的な「構造改革」路線とは一線を画したものだ。
 これを単なる選挙用の「公約」に終わらせてはならならない。それだけでなく、税制改革や雇用、格差是正、不安定雇用の賃金引上げ、地域政策なども、必要最低限のところで、あるいは必要に応じて国家がめんどうをみるという方向で政策化、路線化していくべきだろう。
 他の野党も、「生活第一」の立場に立って、自民党の「構造改革」とは違った、新しい真の改革路線を研究し提示すべきであり、それを野党共闘の中で煮詰め、野党連合の「共通政策」「政権構想」として打ち出していくべきだと思う。
 今後の政局は、野党が主導権を握ることができる。すでに、11月に期限の切れる「テロ対策特別法」の延長問題も小沢代表が反対を表明し自民党は頭を悩ましている。安倍首相が国民の審判を無視して居座るなら、野党は躊躇することなく自民党を追い詰め、解散総選挙にもっていくべきである。
 そのような野党主導で政局を切り開いていくためには、野党勢力の結束が重要になる。現実にも今後の国会運営は、野党勢力の協力を不可避としており、各野党もその点は一致している。この協力関係を強化しながら、政策面でも一致点を見出し、野党勢力の共通綱領として打ちだしていけば、その結束はいっそう強化されるだろう。
 政策化、路線化では、生活問題だけでなく、憲法問題でも、改憲ではない一定の一致点をさぐるべきではないだろうか。
 今回の選挙では、改憲問題は焦点にならなかったが、それはこれを出せば票を取れないと判断した自民党が引っ込めたからである。それでも安倍首相などは未練がましく改憲を言ってはいたが、何の反応もなかった。こうしたことは、多くの国民が改憲には賛成ではないことを示している。
 国民の意思と要求に徹底的に基づく憲法問題へのアプローチが切実に求められている。 こうして、外交、憲法問題まで含めた基本政策を野党の共同綱領として完成させ、新しい改革路線として提起すれば国民の絶大な支持を受けることができるだろう。こうして、総選挙に勝って新政権を樹立し、国民の望む新しい「政治」を創造していってもらいたいものである。
 それこそが参院選の結果が示す現実の要求に応えるもっとも正しい道だと思う。


 
研究 新自由主義思想批判

新自由主義思想がなぜ人々に受け入れられるのか?

赤木志郎


 これまで新自由主義改革が一貫してすすめられてきたのは、アメリカの強い要請があり、それを受け止めて経団連をはじめ財界がはやくから新自由主義改革路線を唱え、政府を動かしてきたからである。しかしそれとともに、市場原理主義など新自由主義思想がそれに代わる考え方が考えられないほど絶対的なものとして広範な人々に受け止められてきたのも事実である。
 新自由主義思想がなぜ人々の日常意識となり社会のすみずみまで浸透するようになっているのか。この解明なしに、新自由主義が労働権、生存権などあらゆる社会権を否定し、かつてない露骨な搾取と抑圧をもたらす反動的思想だと、いくら批判しても、人々の心をとらえることはできないと思う。
 新自由主義思想で受け入れられているのは、一言でいえば「市場の公平さ」である。市場がすべてを決定するというのが既得権とか人脈に依拠した社会政治システムにくらべ公平で平等な制度であり、誰でも努力さえすれば成功しうる、その機会は誰も均等にあるシステムだという考え方である。
 自分で選ぶ自由があり、さまざまな閥とは無関係に実力で評価される社会システムというのは、個人の自由を保障した魅力ある制度だということなのだ。それは1980年代に自己決定権への要求が社会全般に広がり、これまで特権、既得権などを得ていた層にたいし不満をもち、自らの自由な活動を望む人々の要求に応えているようにみえる。
 実際、実力主義を支持する人々は多い。機会の均等や上昇できる可能性など幻想だと言われても、それは結果的にそうであっての話で、努力次第で将来少しは自分のやりたいことができるのではと思わせるところに、多くの人々が「市場の公平さ」に惹きつけられる要因がある。それで、低賃金、短期間雇用の厳しい現実のなかにあっても、多くの若者たちがなんとか自力でと努力している。そのような人々は、規制に反対し社会の流動化を望み既得権層にたいし一矢報いたいと思っている。ホリエモンには拍手喝采したくなる。そして、格差がどうのこうのとかあれこれ不満をいう人にたいしては自分で努力しているのかと言いたくなるのも無理からぬことである。
 しかし一方、実力主義がいかに正しくとも現実は非常に厳しい。とくに二〇歳後半から三〇歳前半の「失われた世代」にとってアルバイトを得ていくのも次第に困難になっている。それでなくてもフリーター、派遣などの不安定雇用層はますます増えていく。将来の夢などもてないという若者のほうがはるかに多いし、生存できるかどうかの瀬戸際で我慢の限界に達していると言っている若者もいる。必死に努力しても結婚、年金など考えられず、人間らしい生活ができないでいる。時が経つにつれ、個人の自由と平等が市場原理主義、新自由主義では実現しないことが、ますます明らかになっているのではないだろうか。
 いくら「公平な」市場競争であっても、個人間の競争であるかぎり、誰かが勝者になる一方、他の人が敗者になる。しかも、勝者と敗者の区別は競争のはじまるまえの財産、人脈などによって左右される。競争の自由という「公平さ」の帰結が、生存も難しい大多数の負け組の産出だというシステムがはたして公平だといえるのだろうか。
 新自由主義のいう自由と平等はあくまで市場における売る人と買う人の間での自由と平等であり、競争は資本家にとってより儲けるための競争である一方、労働力商品を売る労働者にとっては競争のなかでより低賃金、不利な労働条件へと向かわせられるようになる。
 自由と平等は元来、何にも拘束されない自由な存在として人間は平等であるということであり、そこにはすべて人々が等しく人間として尊重されるべきという思想が基礎をなしている。これにたいし新自由主義思想は、人間を否応なしに勝者と敗者に峻別し、敗者は人間としての尊厳をじゅうりんされてもよいという人間の尊厳と平等を否定した思想であるといえるのではないだろうか。さらに、新自由主義思想は、詐欺・凶悪犯罪の横行、道徳の頽廃などさまざまな社会悪を生み出している。
 今や新自由主義のいう「市場の公平さ」は地に落ちている。それにもかかわらず、人々が新自由主義思想を受け入れるのはなぜだろうか?
 大多数の若者、人々は社会と政治に目をむける余裕もなく日々の仕事に追われて生活を維持するのに精一杯という現状がある。そのうえ地域、学校、家族、職場などあらゆる集団、共同体が崩壊している現状では、問題にぶちあたっても一人で悩み一人で生きていかざるをえない。人のことを考えたりするのは自分が馬鹿をみるだけである。自分の生活を誰がみてくれるのか? 自分しかいないし、自分で切り開いていかなければ生存することもできない。新自由主義社会は、自分一人にしか頼れないことを痛いほど感じさせる社会である。
 もともと公平は社会的集団のなかで提起される問題である。純粋に一人であるなら他の人々との関係で公平かどうかは問題にもならない。だから社会に格差が拡大し、持てる者と持たざる者との不公平さがいかに大きくなっても、自分にチャレンジする機会が保障され個々人に市場競争に参加する機会の「公平」が担保されさえすれば、「市場の公平」さを認めることになる。
まさしく、新自由主義思想は公平の徹底をかかげて人々をバラバラにし、かつてない貧富の差、差別と人間蔑視をもたらすもっとも不公平な反動思想である。


 
論評

理想の裏には現実?

若林佐喜子


 朝日新聞(07年6月5日)「けいざい一話」欄で、韓国と北朝鮮が軍事境界線の北側で進める開城工業団地を紹介しながら、視点として「理想の裏には現実」の題目の下に、「開城工業団地は市場経済を通じ北朝鮮に『お金の味』を覚えさせ、体制の変化や統一を導くという韓国の遠大な思想を体現する。・・・お金に色がついているわけではなく、考え方によっては体制維持や軍事利用の外貨稼ぎに手を貸しているともいえる。理想の裏面にある現実だ」と解説していた。
 まず指摘しておかなくてはならないのは、朝鮮の統一は南北の異なる制度をそのままにして連邦制の方法で行おうというものである。そのことは2000年の南北首脳会談によって、「南北共同宣言」(6・15宣言)でも合意されたものである。そのために、宣言では統一問題を「わが民族同士」が力を合わせ自主的に解決していくことが明確にされた。
南北が体制や居住地域の違い、思想・理念の違い、階級的利害関係の違いを超えて5千年の歴史をもつ一つの民族として力を合わせていこうということである。
 それ以降、南北関係は、複雑な情勢が提起されても、途切れることなく推し進められ、飛躍的に拡大発展している。開城工業団地開発はその一環である。豆満江流域開発でも南北の共同経営の道が模索されている。南北の鉄道、道路が連結され、人々の南北往来は増加し、南北の交流、協力は目にみえ、実感されている。
 それは、それらは人々の意識の変化をもたらしている。 北の軍事力は南にとって脅威でないと考える人が半数をこえ、民族分断の悲劇も外部勢力のせいであるという認識も高まっている。南の特に30代40代は、反共教育を受け北への敵対心が強かったが、こうした世代が北を平和と共存のパートナーとして受け止めようとしている。これが現在の南北関係の現実である。
 かつて、外部勢力は、「体制の違い」をもって朝鮮の分断と敵対に利用してきた。それが故に、今日、朝鮮民族は「体制の違い」を問題視せずに「わが民族同士」で共助共栄する道を選んだものである。
 それにもかかわらず、金の味を覚えさせて統一だの、その金が現実には軍事や体制維持に使われるかのように描くのは、朝鮮の人々の統一への切実な願いに冷や水を浴びせるものでしかない。
 朝鮮を植民地にし民族分断の原因を作ったのは日本である。だとすれば、その統一の切実さに耳を傾け、その進展に少しでも寄与することを考えるのが本筋ではないだろうか。


 
寄稿T

この国の将来は暗い

つね ひろお


 夕張市の財政破綻、年金問題など日本の将来に不安を抱かせる出来事があった。今回の参院選ではこれらの財政の本質的な問題を掘り下げた主張は少なかったように思う。しかし、夕張市のような地方自治体の破産予備軍はまだまだあるというのが大方の見方だ。では、大本の日本の国の財政状況はどうなのか、財務省のホームページを覗いてみると・・・
 国の家計簿の現状は?
 「国の財政(平成18年度一般会計)は、収入を本来賄うはずの税収が6割弱に過ぎず、約4割は借金(公債)で賄っている状態です。また、支出(歳出)のうち2割以上が借金の返済・利払い(国債費)に充てられます」
 国の借金の状況は?
 連年の借金でわが国の、国債残高は平成18年度末で542兆円。これは、一般会計税収(平成18年度約46兆円)の約12年分に相当。また、赤ちゃんも含めた総人口で単純に割ると国民1人当たり約424万円の借金。他の先進主要国は着実に財政の健全化を進めた結果、横ばい、あるいは減少する傾向にあるが日本は急速に悪化。このように、わが国の財政状況は、主要先進国の中でも最悪の水準。
 ここでは、国民一人当たり424万円の国債による借金を公表している。他に、財務省が2005年発表した長期債務残高は774兆円であり、借金はもっと大きい。
 財政史家森木亮氏によると、財政統計から見た現在の日本の借金は、一般会計1059兆円、特別会計・政府機関会計757兆円、(郵便貯金、簡易保険、公的年金積立金などは将来給付しなければならないので負債扱い、)を合わせると186兆円となる。
 財務省はここのところを、「国の財政状況?」のところで例えとして以下のように書いている。
 「この状況を家計に例えてみると、次のようになります。この家は、月収(税収等)約40万円ありますが、このうち約15万円は借金の返済(国債費)に充てなければなりません。実際に使えるお金は残りの約25万円ですが、この家では家計費(一般歳出)として月々約37万円を必要としており、また、田舎への仕送り(地方交付税)に約12万円必要で、不足分の約24万円は新たに借金することになります。そして、年々借金は増え続け、その残高は約5200万円に達する状況になっているのです」
 このような家計では、この家は破産です。とすると、この国もすでに破産状態ということになるのでしょうが、あまり危機感が感じられない・・・。この後当然のごとく、増税に次ぐ増税、最悪の場合国債の支払い停止など我々の生活に直結している問題にも関わらず・・・。
 歴史的に見るとこのような財政状況は今に始まったことでもないらしい。森木氏によると明治維新後新政府は鉄道建設(新橋ー横浜)のために、英国にて国債の発行を行う。これが、我が国初の国債の発行になる(100万ポンドー年利9%)。後にまた鉄道のために年利7%で外債を発行し、その後内国債1000万円(年利6%)を実施。そして、日清、日露戦費として大量の国債が発行されていく。1914年には約11億円の対外債務を抱えた債務国となった。
 この時、幸か不幸か第一次大戦後の欧州の復興のために日本は好景気を迎え逆に28億円の債務国へと国家破産の危機を脱出する。これで味を占めたのか、次々と建設のための国債を発行。関東大震災(1923)の復興のためにまた大量の国債が発行されていく。そして、軍拡路線を支えるためにさらに国債が乱発され第二次大戦に突入。敗戦を迎え完全に国家破綻する。
 戦後はアメリカの統制の下財政のバランスは保たれた。しかし、独立後、「昭和40年不況」に見舞われ、またもや赤字国債発行へと舵を切り、バブルの時期でさえ国債の発行をやめず、現在へと財政赤字を拡大させてきた。  このように見てみるとわが国はどうも懲りないらしい。この先のことが気になってくる。またぞろと言いたくはないが「歴史は繰り返す」とか。今の日本を冷静に見つめ、もの言う国民が増えなければこの国の将来は暗い。


 
寄稿U

わが家の"参議院選挙"

T.K


 7月29日、午後8時。いつもなら「スカパー」でFOXを見ているはずのわが家。だがその夜は、各局が放映する参議院選挙開票速報に見入っていた。
 今夏の参院選は直前の年金・閣僚不祥事騒動で「与野党逆転」が騒がれた。わが家では、私が知人に誘われてある護憲グループ候補者の選挙を手伝ったこともあって、娘たちも選挙結果には関心があった。
 この護憲グループは、当初より「10人の候補者のうち、最低1人は当選するだろう」と予測し選挙戦に臨んでいた。しかし、29日夜の12時が過ぎても、その護憲グループの名も、最有力候補者名も、テレビ画面に映ることはなかった。私は、「『諸派・無所属』でくくられる数名の当選者の中に入っているのでは…。とにかく朝を待とう」と1時ころ眠りについた。が、なんということか。朝7時の報道で1名の当選者も入っていないのだ。得票数も、2、3桁間違っているのではというほどの惨状。まったくの完敗。
 それでその日の朝食は娘たちの辛らつな批評の場となった。この期間、選挙を口実に家事を怠っていた私への鬱憤晴らしもあったのか、なかったのか。
 娘1:大体ねー、今、庶民は憲法よりも生活が第一なんだよ。
 娘2: 9条なんていってもピンとこないし狭い。
 娘3:それに、どうせ入れるなら死票は出したくない。安倍政権をやめさせたいなら今回は民主党に入れるべきだよ。わたしは民主党に入れた!
 娘1:わたし、比例はお母さんの言う人に入れたけど、選挙区は他の野党に入れた。だけど、死票になっちゃった!がっかり。
 私 : みんなの言うことはもっともだね。だけど、まあ今回は仕方なかった。
 娘2:何が仕方ないの!最初から無理だったのに。
 私:いや、初めは安倍政権が改憲・戦争できる国作りを全面に出したからこれには9条・平和で訴える必要があった。既成政党にアレルギーを持っている無党派層の受け皿になる必要もあった。だけど途中から年金・生活問題に争点が移り、結局、自民VS民主の対決になった。そもそも、スタートが遅すぎた。経験もない、地盤もない、金もない、人もいない…。ないない尽くしの人々が平和憲法を守るという心意気だけで闘った。候補者は偉かったと思うよ。
 娘1:だけど、結局あの投票数。一人も入らないんじゃ、意味無いじゃん!
 私:あんたたちの話を聞くと、全く無駄だったみたいに聞こえるけど、そうじゃないよ。
政見放送のあの凄いパワー見たでしょ。「9条守れ、安倍政権ぶっとばせ!」と力強く訴えたことはみんなの心に響いたと思うよ。民主党勝利に寄与した。これは断言できる!
 娘1、2、3: ・・・。
 家族の意見もさることながら、今回、選挙を通じて、多くのことを考えさせられた。選挙に読みの甘さは禁物。地元に入り的確に民意をつかむこと。流れを作り乗ること・・・。まだまだある。今後とも学んでいきたいと思う。


 
寄稿V

コラム 「KY」って?

EMI


 若者言葉で「KY」って、何だか分かりますか?
 ヒントを出します。その「標本」みたいな人は、今回選挙歴史的大敗をしたにも拘わらず続投を表明した安倍晋三さんのような人のことです。
 さて、何でしょう?
 応えは「空気(K)を読めない(Y)]です。
 アメリカが対北朝鮮政策で大きな舵取りをしたにもかかわらず、相変わらずアメリカあっての方策だった「強行策」一辺倒。日本国民があれだけ「アンタには任せられん」と意思表示したにもかかわらず、「基本政策はご理解いただけている」と話す一方通行ぶり。まさに「KY」の典型です。
 続投で更なる墓穴を掘らなければと祈るばかりです。


 
 

世界の動きから

 


◆韓国与党圏、10月中旬に大統領選候補者選出
 与党圏の大統領選有力候補者たちが参与する国民競選推進協議会が9月15日から大統領選候補競選に突入、10月中旬には統一候補選出で合意。
 今回の合意には、ヂョン・ハッキュ前京畿道知事とヂョン・ドンヨン開かれたウリ党前議長、リ・ヘチャン、ハン・ミョンスクら前首相、キム・ヒョンギュ、チョン・ヂョンペ議員とキム・ドゥクワン前長官が参与。しかし国民競選推進協議会は各候補者陣営間の意見が分かれる予備選挙方式など細部事項は、7月5日創建をめざす大統合新党創党準備委員会で論議、最終確定とするとした。 (韓国CBS放送)

◆ハン・ミョンスクがパク・クネの5・16クーデター美化発言を批判
 与党圏大統領選候補の一人であるハン・ミョンスク前首相(女性)は7月19日、パク・クネ前代表(パク・チョンヒ元大統領の長女)がハンナラ党大統領選候補検証聴聞会で5・16クーデター(1960年、リ・スンマン親米独裁政権を倒した4月民主化革命を当時国軍少佐だったパク・チョンヒが弾圧、その後大統領になった事件)を「救国の革命」と規定したことについて妄言であると強く批判した。
 彼女はパク候補の発言は、政治的中立を守り国土防衛に専念している70万国軍将兵に対する冒涜であり軍事独裁に抗して闘い犠牲となった民主英霊たちを二度殺すことだと主張した。
 彼女はまたパク・チョンヒのクーデター政権に拷問され殺害された方たちの遺家族がいまだに悲しみと恨みを抱いて生きているのだとし、再び独裁の遺伝子が首をもたげたのかと問いただした。 (韓国CBS放送)

◆ロシアで11年制義務教育を実施
 ロシアで11年生義務教育が実施された。ロシア大統領ウラジミール・プーチンが連邦法「一般教育の義務化体系樹立と関連し個別ロシア連邦法を修正することについて」に書名したと国家首班公報局が報じた。
 国家会議では、2007年7月6日に、連邦評議会では7月11日、この法律が採択された。
 この法律では将来、教育を無料教育とすることを予見しており、30歳以下の囚人を含めすべての人が教育を受けるべきであると規定している。一般学生は18歳まで完全な中等教育を受けるとしており、囚人の教育については教化所当局が責任を負わねばならないとしている。 (ロシアNTV)

◆美女から交通信号灯に変わった!
 7月16日以来、ピョンヤンの運転手たちはふだん見慣れない光景に直面した。驚いたことに都市の主要交差点でこの首都の象徴の一つである女性交通安全員が姿を消してしまったのだ。
 運転手は雪のように白い制服姿で完璧ともいえる洗練された動作の美女たちの信号によってではなく、交通信号灯に従わざるをえなくなったのだ。
 一部には戸惑う運転手も。青信号が待てず渡るかと思えば、道路中心部の白円内に「交通女王」の現れるのを待つ運転手も出るといった具合だ。
 しかし、夏季に梅雨と猛暑に悩まされる女性交通安全員を苦役から開放するこの措置を喜ぶべきだろう。 (イタル・タス通信)


 
 

編集後記

魚本公博


 護憲活動家として活躍された小田実さんが亡くなりました。われわれとも縁の深い人でした。
 小田さんとの付き合いで記憶に残る言葉の一つ。戦時中のスローガン「欲しがりません勝つまでは」も大阪では「欲しがりまっせ勝ちまっせ」だったというもの。現実生活派、小田さんらしい言葉として印象に残っています。
 今回の選挙は、「生活第一」を掲げた民主党が勝利。共産、社民、「9条ネット」など改憲反対を訴えた諸党は良い結果を得ませんでした。国民の切実な生活問題に応えてこそ勝利できるという貴重な教訓。次の選挙では「欲しがりまっせ勝ちまっせ」で行きましょう。


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