研究誌 「アジア新時代と日本」

第46号 2007/4/5



■ ■ 目 次 ■ ■

時代の眼

主張 三角合併、日本の生き方が問われてくる

研究 新自由主義を思想としてとらえ闘うべき

論評 第二の独立

時評 なぜ今アメリカから「従軍慰安婦決議」か?日本イジメか救いの手か?

世界の動きから

編集後記



 
 

時代の眼


 「対話と圧力」、この二つをうまく組み合わせて目的を達成するというのが日本の対北朝鮮外交の基本方針だ。だが、現実はどうか。圧力一辺倒になっているというのが実情ではないだろうか。そのため、対話自体も成り立たなくなっている。
 先日あったハノイでの日朝作業部会もそうだった。「拉致問題の解決なしに国交正常化なし」一点張りでは、せっかくの対話も圧力にしかならない。
 このやり方の裏には、「圧力をかけ続ければ、必ず相手は音をあげる」という考えがある。「相手は経済的に困っているのだから・・・」という安倍首相の言葉がそれを物語っている。
 だが、はたしてそうだろうか。圧力一辺倒は、これまで何を産み出してきたか。それは、相手の屈服ではなく、さらなる反発だった。アメリカ・ブッシュの脅しと強圧の路線が朝鮮の「核保有国宣言」を産み出した現実も他山の石とされねばならないだろう。
 重要なことは、もはや圧力外交が通用する時代ではないということだ。弱小国に圧力を加えれば屈服させることができた時代は過ぎ去った。イラクやアフガニスタンでも不屈の抵抗闘争が続いている。経済封鎖の有効性も同じことだ。かつてアメリカなしの経済は考えられないとされてきた南米も、アンデス共同体の形成など、アメリカによる経済封鎖の脅しを恐れない力を備えてきている。
 時代は、相手の意思と要求を尊重しながら、その中でこちらの要求を実現する相互尊重の外交を要求している。時代の要求に合わない外交が国の孤立を招くのは歴史の必然だ。六者協議において、日本がそれを促進するどころか、その足を引っ張り、孤立するようになっているのはその現れだということができるだろう。時代の要求に応える高い次元での外交が今切実に問われていると思う。


 
主張

三角合併、日本の生き方が問われてくる

編集部


■三角合併解禁
 いよいよ、三角合併が5月から解禁される。
 この三角合併は、昨年5月に成立した「新会社法」で認められるようになったもので、外国企業が日本企業を買収する場合、自社の株式、それも時価評価額で買収できるようなる。これをそのまま許せば、買い漁られるというので、EUなどは、時価評価による株で買収できるのは域内企業に限っている。ところが、日本の場合は、外国企業が日本に子会社を作り、その子会社との合併という形にすれば構わないとした。
 これは、もう頭から買収合併を奨励するものである。それもそのはず、この三角合併は米国の要望に日本政府が従ったものだ。
米国が自国の利益のために、日本の様々な分野で「改革」を要求する「年次改革要望書」の02年版には、「三角合併を04年までに法制化すること」とある。そして、昨年5月、新会社法が成立したことに対して、米国は、「2006年日米投資イニシャティブ報告書」(昨年6月)の中で、「(会社法)改正は合併・買収手法への在日外国企業のアクセスを拡大する」とこれを評価し手放しの喜びようである。
 新会社法は、防衛策を立てる期間が欲しいという財界の要望を入れて施行を1年延期した。この間、日本企業は企業防衛策を立てたという。しかし、日本政府が米国の要望に応じて、日本企業を買収しやすくしたものである以上、そうした防衛策は、対症療法的なものにすぎず、5月解禁以降、米系企業による日本企業の買収がすすむことは不可避である。
 実際、米国金融の最大手であるシティ・グループが日興コーディアルを買収するなど本格的な動きが始まっている。

■「おそれるな」の大合唱
 こうした事態を前に、日本の企業は、「黒船襲来」と戦々恐々の態であるが、マスコミはおおむね、「おそれるな」という論陣を張っている。
日経新聞は、1月3日の社説でこの問題を取り上げ、外からのM&Aは「強引なリストラで利益をひねり出すだけ」という見方も多いが、実態は違うとして、「外資と日本企業が異質な強みをもちより、より大きな相乗効果が生まれる」(一橋大 深尾教授)という言葉を紹介しながら、怖がるばかりが能ではない、したたかさが必要と結んでいる。
 こうした主張について、思うことは、個別企業の活動にとって、それが良いのか悪いのかと論議することですむのだろうかということである。
 確かに、個別の企業で見れば、M&Aによって、経営が活性化したという面もあるだろう。とくに、日本の場合、これまで外資によるM&Aは、米系ファンド、その中でもアクティビストといわれるファンドが株主になって経営に注文をつけて、不採算部門を売り払ったり、非情なリストラを強行して、業績を上げて株価を上げて高値で売り払うような「短期転売型」手法が主であった。
 それゆえに、「ハゲタカ・ファンド」と揶揄されても、ぬるま湯的経営を行ってきた経営陣が退き、経営が活性化する面があったのも事実である。
 しかし、三角合併解禁後は、こうしたファンドによる短期転売型という手法は基本でなくなるといわれている。三角合併が解禁されれば、米大企業や米金融グループが直接、日本の基幹企業、有力企業を買収するようになる。そうであれば、個別の企業が活性化されるかどうかという次元で論じてもはじまらない。
 三角合併の問題は、個別企業の経営が活性化するかどうかという問題ではなく、それによって日本がどうなるかという問題だ。三角合併によって日本の経済がどうなり政治、外交・軍事がどのようになっていくかという問題として考えなければならないということだ。

■進む融合、日本はどうなるのか
 ここで、まず見ておかなければならないのは、世界的なM&Aは、米国が世界経済を握る有力な手段になっているということである。
久しい以前から製造業を空洞化させてきた米国は、金融で儲ける方式を発展させてきた。そこでは様々な金融商品や手法が「発明」され(買収を株式の時価評価額で行えるというのもその一つ)、その手腕では他を寄せ付けない。その圧倒的優位は、実は米一極支配構造そのものにある。例えば、イラク戦争によって、石油関連やイラク復興に携わる建設企業の株価があがったが、米国の金融企業(ファンドなども)は、それを分かって動く。まさにインサイダー取引だが、これだけ大規模な国家戦略の中でそれが行われれば、見えなくなるし問題にもされない。
 米系企業の株の時価評価の高さも、こうして恣意的に高められたものだ。米国は、こうした公正とは無縁のところで大儲けし、その資金を使って、世界的にめぼしい企業を買収することで世界経済を握り、世界中の富を吸い上げようとしている。
 三角合併は、こうした米国の世界経済を支配しようとする戦略的企図の下で日本に強要されたものであることを見ておかねばならない。
 経団連は、昨年12月「M&A法制の一層の整備を求める」として「とりわけ製造業においては、長年にわたり培われた技術力、研究開発能力の海外流出によって、わが国全体の国際競争力が失われ、ひいては国益を損なう事態になりかねない」と憂慮を示している。
 まったくその通りである。しかし、そうしたことを含め、事態をもっと深刻に捉える必要がありそうだ。
 今後、米大企業が、その高株価をもって、直接日本の優良企業を傘下に収めるというような買収も起きるだろうが、そうしたやり方は極力避けるだろうと言われる。そういう方法では、日本の反発が強くなるし、たとえ傘下に収めたにしても、経営は日本側がやった方が旨くいくからである。
 米国もこの辺りはかなり慎重であり、ライブドアや村上ファンドによる、フジテレビや阪神の買収騒動では、その背後で米系ファンドが動いたが、こうした買収に日本人がどういう反応を示すのかを見るのが目的だったとも言われている。
 金融的には買収し経営権を握るが、会社名はそのままにし、経営陣もそのまま日本人が行う。今日、世界的に行われているM&Aを見ても、そうした形が基本になるだろう。
 こうした形のM&Aを一言でいえば、「融合」ということになるだろうか。外から見れば米国の企業とは見えない日米融合の企業体。
 しかし、そこで支配権を握るのは米国企業である。この米国企業が日本企業のように日本や日本経済に利害関係をもたないのは明白である。彼らは本質的に、日本や日本国民の利益など眼中にはない。儲けのためには、誰よりも過酷なリストラを行い、危機がくれば、誰よりも早く逃げ出す「バブル崩壊」のときのような状況も生まれるだろう。
 融合は、また日本が米国なしには生きていけない状況をいっそう促進する。それは表面的には一種の利益共同体のようなものになる。こうして米国にくっついていくのが利益になるという考え方は企業のあり方からも強まっていく。 企業が融合すれば、経済全体が融合し、経済が融合すれば、政治、軍事もいっそう融合する。融合が進めば、利害はさらに一致し、日本はますます米一極支配の下での生き方を余儀なくされ、それ自体が「国益」かのようにさえ思う状態になってしまう。
 実に「おそれる」べきは、ここにあるのではないだろうか。

■問われる、日本の生き方
 外国企業によるM&Aに対する態度、それは結局、日本の生き方をどうするかという問題だ。
 米国企業と融合し、米国と融合して、米一極支配の下、それを支えて生きていくのか、それとも米国企業の言いなりになることなく、その専横に制限を加え、連携しながらも融合することなく、自分の頭、自分の力で、自分の利益を追求していくのかだ。とくに今日、世界は多極化の時代に入ってきている。世界の基本趨勢は多極化であり一極化にはない。
 米国の一極支配策動は、イラクの事態が見せているように破綻している。欧州でも、中南米でも、アジアでも米一極支配に対抗するための地域共同体結成の動きが力を増している。それにもかかわらず、頭から米国は強大であり、これと組めば安心だとばかりに、融合だろうと何だろうと受け入れるというのはあまりに安易ではないだろうか。
 日本企業の対米融合が三角合併によって新しい段階に入った今日、問われているのは企業防衛のさらなる強化であり、米国企業の専横を許さないだけでなく、三角合併そのものを見直すことも含めた抜本的な対応ではないだろうか。


 
研究

新自由主義を思想としてとらえ闘うべき

赤木志郎


 新自由主義は小さな政府で国家の管理や裁量的政策を排し、規制緩和、民営化、貿易自由化をおこない、個人の自由と責任にもとづく市場原理を重視する経済理念とされている。それゆえ、新自由主義を批判するほとんどの人は、新自由主義を経済理念としてとらえ、いかに過酷な搾取と収奪をおこない貧困化をもたらしているのかを客観的データーを駆使し分析、暴露している。新自由主義を思想としてとらえ批判しようという人は稀である。
 しかし、市場原理主義とも言うべき新自由主義の根底には、「個人の自由」を核とする強固な思想がある。誰も自由を否定しないし自由でありたいと考えている。今日、人々の意識は主人としての意識にまで高まっている。この人々の意識に合わせて、今や、国や集団に頼らず個人で自由に好きなように自分で決めて、そのかわり自分で責任をとって生きなさいといわれている。
 今まで学閥や会社内の派閥などいろいろ縛られてきたが、それがとり払われ、努力すれば、自分の努力が報われる社会になるかもと、人々が思うのは当然であり、「会社人間になるな」「自分の好きなことをやれ」「集団にとらわれるな」などとする新自由主義思想が広く受け入れられていった。
 この思想に支えられて国家・自治体の保護・規制や企業の終身雇用が否定され、実力主義・能力主義、自助努力が謳われ、国家や企業など集団に頼らないことが奨励されながら、あらゆる集団が否定され崩壊させられていった。そして、労働権が奪われ医療福祉が切り捨てられ格差が拡大し膨大な貧困層が作り出されていっても、それは自己責任として本人のせいにされてきた。
 「格差社会と言いますけれど、格差なんて当然出てきます。能力には差があるのだから」(奥谷禮子派遣会社社長)。正社員になれないのも、過労死になるのも「おまえの能力がないからだ」「やる気がないからだ」「休みたいと言わないからだ」と言われ、家族ももてず孤独な死にいたっても当然かのようにされている。
「自己決定、自己責任」の前で若者たちは口を閉じさせられ、怒りすら抑えられてしまっている。
 なぜ「自由」が「自己責任」にすり替えられるのか? この問題を解決することなしに非人間的な搾取と収奪にたいし怒りと憎悪が生まれず、闘争は起こらない。
 事故や犯罪が増大し社会そのものがいたるところで崩壊していく日本社会の現状や、格差で底辺に落ち込んでいく勤労人民の境遇を考えれば、勝ち組と負け組を峻別する競争原理の社会をなんとかしなければならないと思う。しかし、自分自身の生活上では、とくに若者の場合、多くは新自由主義社会のなかで落ちこぼれまいと力をつけるため必死に頑張っていかざるをえず、新自由主義が悪いという考えが生活の中から出てこないのである。そんなことを考えていれば、頑張ることも生活していくこともできないからである。
 こうして、支配階級は人々が個々バラバラに生きるようにすることによって、市場原理を全面化する新自由主義の社会システムを人々に受け入れさせ、「自己責任」で自分の首を自分で絞めるようにし、かつてない過酷な搾取と収奪を好き放題におこなっているのである。ここに自由と「自己責任」すり替えの秘密があるのではないだろうか?
 それゆえ、新自由主義改革に反対していこうとすれば、なによりもその根底にある集団否定の新自由主義思想を正面からとらえ、全面的に対決し徹底的に批判し、個人バラバラになるのではなくより高い次元で団結し人々の自由を実現していく新しい集団主義思想を確立していかなければならない。
 経済・社会システムとしての新自由主義に代わる新しい社会制度も、新自由主義思想を根本的に批判し新しい理念を確立してはじめて見いだすことができるであろう。
 もちろんこの作業は簡単ではない。かつては階級集団が目に見えており、階級解放の思想が労働者階級をはじめ多くの人々の心をとらえたが、今は集団が崩壊し、人々が個々バラバラにされ不信が満ちている。こうしたなかで新しい集団主義思想を確立していくことが問われている。
そのために切実なことは、個々バラバラにされた人々がこれまでと異なるまったく新しい人間的集団を築いていくようにすることであり、新自由主義批判の闘いもその集団をつくる活動と結びつけてこそおしすすめることができるだろう。  そうした芽は出ている。例えば、大阪・長居公園の野宿者テント強制撤去の抗議にかけつけた市川さん(23歳)は、大学を出て仕事をしてきたが、「しんどいのは自分の責任だ」「自分を磨くしかない」と思ってきたことがますます自分を追いつめることになり、今は週3日程度のヘルパーとして働くという不安定な派遣の仕事のなかで、「テント生活は他人事ではない」「抱えるしんどさを社会に問わなければ何も変わらない」と思うようになったという(「人民新聞」1268号)。
このことは、自分の運命を同じ境遇の人々のそれと結びつけ、政府・財界が吹聴する新自由主義の考え方を変えてみることで、闘いの道を自覚することができることを示している  今日は正社員であっても、明日は派遣、アルバイトに、さらにホームレスになりえるこの世の中で、人々が連帯しながら、新自由主義思想と対決していく時が来ていると思う。


 
論評

第二の独立?

魚本公博


 朝日新聞の「人・脈・記」欄のGに、「『第二の独立』へ執念」という記事があった。
 それによると、元防衛庁長官の石破茂氏(50歳)が、今の安保条約は片務的に米国に日本の防衛を頼むものになっているために、日本が独立国として、言いたいこともいえない状況になっているとしながら、「日本の領土を勝手に使わせる。これで独立国家なんですか」「集団的自衛権を認めて対等になれば、在日米軍基地を減らせと米国に言えるんです」などと発言をしているのを紹介している。
 そして、こうした動きについて「根底には第二の独立を果たせというナショナリズムがある」と解説している。
何という詭弁だろうか。石破氏は、「集団的自衛権を認めれば対等になる」などと本当に思っているのだろうか。集団的自衛権の問題は、今、米軍にしたがって「戦争できる国」にするためのものとして焦点化してきているものだ。
元米国務副長官だったアーミテージが2月16日にアーミテージ・レポート第二弾として発表し、「米日同盟―2020年までアジアをいかに正しい方向に導くか」(米有識者のアジア戦略に対する提言)は、その題名をみても分かるように、中国、インドなど台頭するアジアに対して、これをいかに抑えつけ、米国の下に組み込むかという米国の戦略を示したものである。
 レポートによれば、そのために「日米同盟を米英同盟と同レベルに強化する」としながら、「日本に集団的自衛権を認める」としている。すなわち、アジアを押さえ込むために、日本の軍事力を本格的に利用していくということである。 それにしても、「日本に集団的自衛権を認める」という言い方は注目される。
 すなわち、これまで日本が集団的自衛権を行使することを認めないというのは、米国の意思だったということであり、これから、それを認めてやろうということだ。
 元々、日米安保条約が片務的であったのも、日本を従属国として、米国に歯向かわないようにするためであった。しかし、もう日本は米国に歯向かうことはないだろう。そうであれば、日本を戦争できる国にして、日本の国土、経済力、武力を全面的に利用するのが得策だということで、持ち出してきたのが「集団的自衛権の容認」なのだ。
 集団的自衛権の容認は、「第二の独立」どころか、「第二の占領」に他ならない。


 
時評

なぜ今アメリカから「従軍慰安婦決議」か?日本イジメか救いの手か?

金子恵美子


 「従軍慰安婦問題」と言えば、自国の負の歴史とどう向き合うのかという問題だと思う。
 これについて、一応の前進を見たのが、1993年の「河野談話」である。軍=政府の関与を認め反省と謝罪を行った。以降、歴代首相は、この「河野談話」を継承するという立場をとってきた。
 ところが、この3月1日、首相官邸での記者会見で、安倍首相は「当初定義されていた強制性を裏付ける証拠がなかったのは事実である」として旧日本軍が従軍慰安婦を強制的に集めて管理した証拠はないとの認識を示した。
これに対して中国や韓国が反発するのは自然の成り行きであるが、今回最も敏感に反応しているのが米国なのである。シーファー駐日大使は「日本の一部のグループがホンダ決議案を過少評価しようとしても、米国内では大きな問題になりうる。・・・河野談話から後退したと米国民が受けとめることには破壊的な影響がある」(3月8日)と強い反発を示しニューヨーク・タイムズ紙をはじめワシントン・ポスト、ロサンゼルス・タイムズ紙などリベラル系メディアを中心に対日批判がエスカレートしている。
 「首相は一握りの日本人の拉致の清算を北朝鮮に求める一方、何百、何千といわれる性的奴隷(従軍慰安婦)に対する自国の責任に疑問を投げかけているように見える」、「安倍首相が一切の譲歩を拒否すれば、日朝間の離反が続き、北朝鮮への積極的対応に転じた同盟国・米国との歩調に乱れが生じる」(米タイム誌3月8日)。
 「強制性を否定していることで、北朝鮮を非難している日本人拉致問題での日本政府の立場を支持する人たちを困惑させている」(ロサンゼルス・タイムズ3月18日)。
 「拉致に熱心な安倍首相が従軍慰安婦問題には目をつぶっている。拉致問題で国際的支援を求めるなら、彼は日本の犯した罪の責任を率直に求め、彼が名誉を傷つけた被害者に謝罪すべきだ」、「(拉致問題を最重要課題にする)この一本調子の政策は、国内で落ち込む支持の回復のため拉致被害者を利用する安倍首相によって、高い道義性を持つ問題として描かれている」(「安倍首相は二枚舌」とするワシントン・ポスト紙3月25日)。
この流れは今世界に飛び火する勢いを見せている。
 英国版エコノミストは3月8に、この問題をテーマにした記事を二本掲載(同じテーマで二本も掲載されるということは極めてまれ)。カナダでも30日に、従軍慰安婦問題をめぐり、日本政府に謝罪を求めるべきとする決議が下院で採択された。
 31日に韓国・済州島で開かれた日韓外相会議では、「日本国内で慰安婦問題をめぐって誤った発言がみられる。歴史を直視する必要がある」(宋外交通商相)との発言があったが、「今は国際社会対日本という構図だから、韓国は静かにしていた方がよい」という声も聞かれたという。
 先の米タイム誌も、慰安婦問題が六カ国協議での日本の立場にも影響を与える(=日本の孤立)と警告したが、総じて、今回の安倍首相の発言への非難の構図は、従軍慰安婦問題と拉致問題を並べて語り、対応を比較し、非難するものになっている。それが、米国主導でなされているということにひっかかるものがある。
 そもそも何故このような事態展開になっているのか。
 昨年10月に安倍内閣が発足。発足直後の国会での答弁で、安倍首相は、「河野談話を継承」の立場を表明。同じ頃、米下院で従軍慰安婦問題に関しする日本政府に謝罪を求める決議案提出。下院外交委員会で可決されるが、その後廃案に。しかしながら民主党の勝利により本会での採決の公算が大になる。
 これに危機感を募らせ「河野談話」見直しの検討を進めてきた「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(現会長は中山元文部科学相=中山恭子拉致問題首相補佐官の夫。97年に結成され初代会長は中川昭一自民党政調会長、幹事長は復党で話題になった江藤晟一、事務局長が安倍首相)が「数々の慰安婦問題に関する誤った認識は、河野談話が根拠になっている」として、「河野談話の見直し=修正を盛り込んだ提言をまとめ、政府に提出する動きを活発化。 
   1月31日、米下院議員(民主党)マイケル・ホンダ氏らにより「従軍慰安婦謝罪決議案」が提出されたことに関連しての「当初定義されていた強制性を裏付けるける資料はなかった」とする安倍首相発言が内外に大きな波紋を呼ぶことにより、修正案要求は見送られた。余談だが、「若手議員の会」の事務局長当時の安倍首相の発言として「横田めぐみさんみたいに拉致されたなら、そのことをなぜ誰もが一言も口にしなかったのか」「韓国にはキーセンハウスがあって、そういうことを日常的にどんどんやっているわけですね」というものがある。この人の歴史認識と人権感覚がよくわかる発言だ。
 これも余談だが、現安倍政権には、この「若手議員の会」の顔ぶれがズラリとならんでいる。副代表の松岡利勝は農水相、事務局次長の下村博文氏は副官房長官、委員の高市早苗は幹事長代理、長勢甚遠、菅義偉、渡辺喜美らは閣僚、根元匠は首相補佐官、オブザーバー名簿の塩崎恭久は官房長官。安倍内閣が「お友達内閣」と揶揄されている意味がわかるというものである。
 事態の経緯は、概ね以上のようなものであるが、この問題でクローズアップされている、マイケル・ホンダ氏は、実は今回始めて「従軍慰安婦謝罪要求決議案」を提出しているのではない。01年、03年、06年、07年と連続して同決議案を提出してきているのだ。
 それが、今回何故このように大きく取り上げられ、当初7名だった共同提案者が49名と広がりをみせ、米国あげての安倍内閣非難となっているかである。
 その回答は、米ニューズ・ウィーク一面トップに載った「安倍は全くの期待はずれの首相」という題目に如実にあらわされているのではないだろうか。
 ここからは、筆者の推測になるが、この事態を招いている基本要因は、「米国の対北朝鮮の政策転換」に あると思う。米国にとって焦眉の根本問題は、拉致でもなんでもなく核問題である。これ以上世界に核が拡散しては、それによる世界支配を維持しようとしている米国にとって死活的問題になる。そして民主党の圧倒的勝利。こうした中、圧力から対話に180度方向転換したブッシュ政権にとって、拉致問題をもっていつまでも北朝鮮に圧力一辺倒の対応をする安倍政権は障害物となっているということではないだろうか。
 なんとかこの姿勢をかえさせないことには、六カ国協議もままならない。そこで、マイケル・ホンダ氏の「従軍慰安婦謝罪決議案」に目をつけ、これを利用する作戦がたてられ、従軍慰安婦問題と拉致問題を抱き合わせての安倍内閣非難を繰り広げ、拉致問題へのトーンを落とさせ、「北朝鮮」も軟化させて、自国の利益を図ろうとしているのではないだろうか。
 考えれば考えるほど、米国の狡猾さ、身勝手さには腹が立つし、それによって振り回されている日本は情けないし、バカみたいである。
 安倍政権に対してはこの従軍慰安婦発言にせよ、沖縄の集団自決に対する教科書書き換え問題にせよ、ますます深い危惧を感じるが、ついこの間まで、「拉致問題」に「理解」を示し、被害者家族にブッシュ自ら会ったり、破格の扱いをしていたのが、手の平を返したように、従軍慰安婦問題で、そんな発言をする者には拉致問題を語る資格はない、六カ国協議での日本の立場はなくなるだろうという圧力。とにかく分かりやすい位、自国の利益第一主義の国なのである。(こんな国を信じてついていったら利用されるだけ利用されてポイとすてられるのが落ちではないのか)。
 今回の安倍首相の従軍慰安婦問題発言をめぐっての一連の事態は、政策転換した米国の言うことを聞かない安倍政権への圧力とみたが、もしかしたら「拉致問題」で身動きが取れなくなっているこの政権への救いの手なのかも知れない。
 いずれにしても、たまらないのは拉致被害者の家族や元従軍慰安婦の方たちであると思う。どこまで「国家」は、この人たちを犠牲にし利用するのだろうか。先頃、拉致被害者の「家族会」代表の横田滋さんが高齢と10年を区切りにということで、会長を辞任することを表明されたが、この間の米国の動きと無関係ではないと思う。最後の期待をかけた安倍内閣と米国に裏切られた思いは強いのではないだろうか。


 
 

世界の動きから

若林盛亮


◆日豪安保共同宣言調印の意図
 日本の安倍首相とオーストラリアのハワード首相が3月13日、東京で日豪間の安全保障に関する共同宣言に調印。消息筋は、両国がこの宣言に調印した意図は、安全保障分野における協力、すなわち二国間の軍事的関係を強化し、米・日・豪三角軍事同盟を形成し、今後、日本の自衛隊が海外により積極的に多く進出できる道を開こうというところにあるとしている。
 宣言の主要内容は、日豪が両国の軍部間の国際的協力に関する行動計画を作成、両国外相と国防相間での戦略的対話を強化し、両国外相と国防相が参加する「2プラス2」安全保障協議を定期的に行うことである。
 日本とオーストラリアは、アジア太平洋地域で米国の「確固たる同盟者」である。イラク戦争で両国は米国の戦争開始を支持、イラク戦後復興支援部隊を派遣している。しかし日本とオーストラリア間には軍事的同盟関係が樹立されていなかった。消息筋は、米国が日、豪との軍事的協力関係を強化し強力な三角軍事同盟を形成することを強く望んでいると見ている。
 1996年4月、日本と米国は日米間の安全保障に関する共同宣言に調印、同盟関係を一段階高め、二国間の軍事的協力の重点を「日本有事」から「極東有事」に転換、防衛協力範囲を日本から全アジア太平洋地域に拡大した。
 オーストラリアは、日本とこれに類似した宣言に調印した二番目の国である。(新華社通信)

◆中南米をなだめられなかったブッシュ大統領
 ブッシュ米大統領は、中南米五カ国歴訪に一週間を費やしたが、現地世論は反米にまわった中南米をなだめるには不足であったという反応だ。
 ブラジルでエタノール生産拡大合意、ウルグアイで通商拡大方案協議、コロンビアで左翼反乱軍掃討のための財政支援拡大などがあったにもかかわらず現地世論の評価は否定的だ。実質のない「言葉の宴会」と評され、歴訪国で強調した経済支援も15億ドルという昨年の水準に終わった。
 反面、ブッシュ米大統領の中南米歴訪に対抗してアルゼンチンなど五カ国を訪問したチャベス、ベネズエラ大統領は、訪問先々で反米スローガンを叫び、実質的財政支援と投資拡大を約束した。
 アルゼンチンでは30億ドルの債務を燃料と農産物で支払うこととし、ボリビアではエネルギー産業に毎年1億ドルづつの投資を、ウルグアイでは1700万ドルの建設投資を約束した。
 チャベス大統領は3月15日、毎年、中南米に支援する金額が16億ドルと、米国を上回ったと語った。(韓国KBS)

◆ハンナラ党が対北政策の基調を転換した理由
 最近、韓(朝鮮)半島の和解雰囲気が醸される中、ハンナラ党の対北政策基調転換(所属議員の集団訪北許容など)が伝えられている。ハンナラ党がこうした考え方をするようになったのは、最近の韓半島の雰囲気がハンナラ党を緊張させているからだ。こうした(和解)雰囲気が広がれば、守旧政党という絡印を押されるのではないかという憂慮が大きいからだが、この間、南北会談を政略的に利用するなと主張してきたハンナラ党の立場に、なにか電撃的な態度変化が必要ではないかという声が党内外から上がっている。(KBS)


 
 

編集後記

魚本公博


 新自由主義改革を舌鋒鋭く批判してきた経済評論家の内橋克人氏が「(日米の)軍事一体化」という用語について、一体化ではなく部分化だと断じたことがあります。すなわち、一体化と言っても、その実、米軍の指図の下で動く部分にすぎないということでしょう。
 経済でも、軍事でも融合一体化が進んでいますが、結局主導権を取るのは米国です。米国に利用されて、カネも差し出し、傭兵も差し出すようなことをしながら、対等だ、独立だ、自主外交だなどと言っていては、日本の未来はありません。
 今回の統一地方選挙では、若い人の関心が高まり、立候補する人も多いそうです。未来は若者のもの、若者の新たな志向に期待すること大です。


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