研究誌 「アジア新時代と日本」

第30号 2005/12/5



■ ■ 目 次 ■ ■

時代の眼

主張 「改憲、新安保、基地再編」反対の三位一体の闘いが問われている

寄稿T 改憲で「外交」にも悪影響が

寄稿U 話し合い共に考える中で

朝鮮あれこれ 最近のコンピューター事情

「アジア新時代研究会」事務所開きと読者交流の集い

編集後記



 
 

時代の眼


 去る10月末から約一か月間、フランスで暴動が起こりました。アラブ、アフリカ系の移民の若者たちが車や商店などを破壊し、焼き討ちしたのです。パリ郊外から始まった暴動は、瞬く間にフランス全土に燃え広がりました。
 これを見て真っ先に思ったのは、今、日本でも増加の一途をたどる外国人青年労働者たちのことでした。フランスでの出来事が日本に重なりました。
 フランスの暴動は、やはり移民たちの失業など、差別的な状況に起因していました。彼らの25才から29才までの失業率は、21%に上ると言います。移民以外のそれの9・4%と比べて二倍以上になります。これまで、社会の下層で3K労働を押しつけられてきた彼らが、高失業率の今日、真っ先に仕事から閉め出され、邪魔もの扱いされるようになっています。「都合よく利用されるだけだ」という不満が爆発したのは当然だと言えます。
 ヨーロッパでは、移民政策に二つあると言います。フランス型の「同化」政策とイギリス型の「共存」政策です。前者は移民のフランス人化を促すものであり、後者は文化、宗教が異なる移民が各々自分たちの共同体をつくりイギリス人社会と共存するよう促すものです。今回の暴動と先のサミットでのロンドン・同時多発テロは、この双方の限界を露呈しました。
 フランス・ドビルパン首相は、移民政策での教育、雇用、住宅、三分野の強化を打ち出しました。しかし、それで問題が解決されるとは到底思えません。問題は、はるかに根深く、根本的なところにあると思います。
自由化、グローバル化による世界の二極化、社会の二極化と自らの国を失い、アイデンティティーを失い、他国の最下層を形成する人々の群の出現、このような世界が長く続くはずがありません。そうした中、今、日本では、その自由化、グローバル化が「改革」の名で強引に推し進められています。人々の願う改革はこんなものではないはずです。自由化、グローバル化ではない、まったく新しい国のあり方、世界のあり方をめざす改革こそが今切実に求められているのではないでしょうか。
 それは、外国人労働者を受け入れ、彼らに自国労働者と変わらない労働条件を保障すると同時に、より根本的に、彼らが異郷の最下層で3K労働と失業の絶望の日々を過ごすことなく、愛する豊かな祖国で、希望に満ちた生きがいのある日々を送ることができるよう、世界との自主共存、自立共栄を追求する改革でなければならないでしょう。


 
主張

「改憲、新安保、基地再編」反対の三位一体の闘いが問われている

編集部


■「世界の中の日米同盟」=「日米同盟でアジアに関与」
 前号で、改憲は小泉改革の本当の本丸であり、それは、日本をアジアに敵対して「戦争できる国」にしながら、あらゆる面で対米融合した属国にするためのものだと指摘しましたが、その方向はますます明確になってきていると思います。
 11月15日、APEC釜山会議を前に京都で行われた日米首脳会談で、小泉首相が「世界の中の日米同盟」をぶち上げるや、ブッシュは「日米同盟は死活的で強固な関係」であり、「日米同盟を基軸にしてアジアに関与」すると応じました。
 日米同盟とは、日米安保軍事同盟であり、それは在日米軍再編を先行させた新安保路線として進められています。米陸軍第一軍団司令部を改編したアジア有事の緊急展開軍司令部と自衛隊の緊急即応集団の司令部を座間に、米第5空軍司令部と空自航空総体司令部を横田に置いて日米共同作戦司令部を形成し、岩国や鹿屋の自衛隊基地を米軍と共同使用するなど、日米の軍事を一体化し、日本を対アジア軍事戦略の前線基地に自衛隊を傭兵として動員する新安保路線。
 一方今、世界では、米一極支配に反対する多極化の動きが益々勢いを強めています。この11月にも米国が企図する全米自由貿易圏構想(FTAA)のための米州サミットが失敗に終わりました。また12月には、東アジア共同体構想実現に向けた大きな一歩となる東アジアサミットが開催されます。アジアでは、ロシア、中国、南北朝鮮などが連携するユーラシア経済圏構想も進んでいます。
 多極化が進めば米国は、帝国(一極支配)として生きていけません。「21世紀はアジアの時代」と言われるアジアが多極化の方向に進むことは、何としても押しとどめなくてはなりません。それゆえ、「日米同盟は死活的」であり、「日米同盟をもってアジアに軍事関与」していくということなのでしょう。まさに、そのための新安保です。

■そのための改憲、9条が焦点
 改憲もそのためのもの。今回、自民党は党創建50周年に新憲法草案を確定しましたが、その草案について、日本をどういう国にしたいのかがよく見えないとか、理念が感じられないとかいう批評が出ています。また、これまでの自民党の改憲に対する見解などから強権的な国家主義的内容を心配していた人々の中では、あまりひどいものではなかったというような意見が。逆に、愛国や自主などを期待した人々の中では、がっかりしたという意見もあります。
 しかし、条文を完全に変え、その意図が明確に打ち出されているところもあります。それは9条です。9条、2項に、自衛軍を持つと明記し、その任務として「国際協力」を入れること。こうしておけば、日本は、新安保路線の下で、米国のアジア戦略に追随し、軍事関与し「戦争できる国」になります。
 これまで改憲論議では、戦後60年も経って憲法が時代に合わないなどとしながら、環境権やプライバシー権を入れるなどという案が出され、そうしたことから、憲法を時代に合った新しいものに変えようという雰囲気も高まってきました。こうして世論調査でも改憲賛成が6割を超えるようになりました。
 しかし、今回の自民党の新憲法案を見れば、その他のことはどうでもよく、とにかく9条を変えて、米国が行う軍事関与や戦争に参加できるようにすればよいというのが露骨に現れています。
 この巧妙さは、条文だけ見れば、それほどひどいものと見えないようになっていることです。1項の戦争放棄はそのまま維持しており、自衛軍もまず、我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するためとまともなことを言っています。
 しかし、新安保との関係でみれば、自衛軍の任務として「国際協力」を入れておくだけで、米軍に協力して無制限に本格的に、米軍主導の軍事行動、戦争に参加できることになります。そして、その相手は、アジアだということです。

■時代は進む、アジアは進む
 小泉首相の「世界の中の日米同盟」とかブッシュの「日米同盟を基軸にアジアに関与」発言。しかし、日米の外を見れば、そんなことが通用する時代ではありません。
 市場原理主義による世界的な自由貿易圏を作ろうとする米国の企図は、トロント、カンクンと発展途上国の反対にあって挫折し、それならば米国の裏庭と言われた南米を自由貿易圏に入れて南北アメリカ大陸に自由貿易圏を作ろうとする米州自由貿易圏構想も、ブラジルやアルゼンチンなどの反対で進展せず、一昨年には米国通商代表がブラジルのルラ大統領に「FTAAに反対するならブラジルは南極に物を売るしかなくなるだろう」と脅しをかけたりしましたが、2年後にようやく開いた米州サミットも失敗しました。
 そして、南米諸国では反米政権が続々と誕生し、これら諸国はアジアとの関係強化を模索しています。とくに中国がこれらの国々との関係を強め、米州サミットで「ここがFTAAの墓場だ」と言い放ったベネズエラのチャベス大統領は、「わが国の石油は中国に売る」と述べるなど、米国は後手後手に回っています。
 今回、ブッシュは、アジア歴訪でお題目のように「自由」を唱え、「21世紀のアジアの価値観は自由である」と述べました。しかし、アジアの価値観はそれよりも自主です。長い間の欧米の植民地支配に呻吟し独立を勝ち取ったアジアは、戦後も各国の自主権の擁護尊重を基本とするバンドン精神を打ち出し、それに基づく国づくりをしてきたし、東アジア共同体構想もバンドン精神を受け継いだ東南アジア友好協力条約(TAC)の締結を参加の条件にしています。
 ブッシュの言う自由とは、市場原理主義=新自由主義の自由であり、各国の門戸を開放させ、その主権を踏みにじるものです。まさにそれゆえ、それは世界でひんしゅくを買い反撃に遭っているのではないでしょうか。
 今回、釜山APEC会議に、「米国は太平洋国家である」としてメキシコやチリの代表を引き連れて乗り込んできたブッシュですが、新聞なども「中国が主役」と報じ、米国が望んだ関税引き下げもお茶をにごしたような表現にとどまり何も決まらず、太平洋国家の面々も何か敗残兵のような印象を受けました。
 明らかに世界は多極化し自主と共同の方向に進んでいます。それは歴史の発展であり、アジアや世界の趨勢であって、それに逆らい、それを武力で抑えこもうとしても不可能です。

■「改憲―新安保―基地再編」反対の三位一体の闘いを
 上で見たように、改憲、新安保、基地再編は互いに連関し合っています。
 改憲は新安保路線を実現するためのものであり、新安保路線は、基地再編でそれを具体化しつつ、改憲を要求するものになっています。
 このことは、三者を一体に見てこそ、その危険性と悪辣さを深く捉えることができるということを示しています。
 9条改憲も、先に述べたように、その条文だけ見れば、それほどひどいものには見えません。しかし新安保との関係で見れば、アジアに敵対しアジアを舞台にした米国の軍事行動に無制限に参加するためのものということが浮き上がります。
 また、一国の最高法規である憲法が何ゆえ他国の都合によって規定されなければならないのかという問題も提起されてきます。
 新安保、そのための在日米軍再編。それだけ見れば、米国の都合でやっていると見ることもできるでしょう。しかし、それが、基地を再編し平和憲法を変えるというのであれば、それですまされる問題ではなくなります。
 基地再編でいえば、ワシントンで決めた内容をもって、「説得し理解を求める」というのは、あまりに住民無視であり、本末転倒です。
 また、沖縄や神奈川など基地がある地域では、米兵の犯罪、騒音、事故などなど多くの被害を受けてきましたが、それも、これまでは「日本の防衛のため」だからと我慢することもできました。しかし、これからはアジアに敵対する軍事です。どうして、そんなことのために我慢をしなければならないのでしょうか。
 それゆえ、闘いも三位一体的におしすすめる必要がありますし、そうしてこそ、よりよく闘っていけると思います。
 護憲・改憲阻止の闘いも、国内的視野からのみ受身的に平和を守るというのではなく、世界の多極化趨勢、アジアの自主化の動きを見ながら、この動きと連帯しつつことを進め、新安保との関係でなぜ日本が米国の利益のために傭兵を差し出しその軍事行動を助けなければならないのかと問題を立て、また、下からの反基地の力強い「闘争力」と結びついて進めていくことが重要だと思います。
 まさに「護憲―新安保反対―反基地」の三位一体の闘争、これが今、求められていると思います。


 
寄稿T

改憲で「外交」にも悪影響が

田中大也 22歳 ライター


 先月号で、改憲案が国家的な利己心を剥き出しにしていると指摘しましたが、外交上の問題もあります。「自衛権の拡大」を全面に押し出しているのですが、これはアメリカの軍事的な圧力にさらされ続けているアジア諸国や反覇権主義国家にとって、新しい「傭兵」の出現を意味しています。それはイラクにおける自衛隊の活動を見れば、自明のことです。
 よって改憲は、アジア諸国との緊張を招きます。友好を求めるアジアからの要請に応えることなく、対米従属性を強める日本に対し、失望と不満の声が集中することが予想されます。またメディアはそれを逆手にとって、排外的なナショナリズムの醸成に努めていくことでしょう。
 一方、改憲によって利益を得るのはアメリカです。「国際貢献」の名のもとに自衛隊を世界支配の尖兵とし、日本に戦費を担保させることで、さらなる侵略が可能となるのです。
 改憲を主張する人々は、「アメリカから押しつけられた憲法を適正化するのだ」という唱えることがありますが、先日発表された在日米軍再編中間報告のように、自衛隊と米軍の一体化を推し進め、日本をさらなる従属国家化する思惑が改憲案にはあると警戒する必要があります。
 前述したように、外交や軍事から見ても、改憲案にはリスクが多すぎるといえます。おそらく、今回の「改正」案が通ってしまったならば、日本はアメリカの言うところの「普通の国」化がますます加速していくでしょう。そして「植民地」の宿命として、侵略の走狗と化し、産業は搾取され、人々は不幸な生活を強いられることになります。さらには、アジア敵視政策によって、多くの国々が希求してやまない共同体構想も流れてしまうかもしれません。アメリカ帝国の繁栄のツケが日本に丸投げされることになるのです。
 逆に、今回の改憲がなされなければ、日本の従属化を食い止めることができます。
 事実、改憲のロードマップが解消され、共同体構想に加盟するだけでも、日本の方向性は大きく変わります。「思いやり予算」は削減され、米軍の駐留も難しくなり、日本は永木にわたる呪縛から逃れるという可能性もあります。
 この改憲案は、時期的に言っても、内容から言っても、今後の日本を占う分水嶺となるものです。
 アジアに愛される日本を目指すために、今こそ護憲が求められているのではないでしょうか。


 
寄稿U

話し合い共に考える中で

奥中来人 31歳、農業

(奥中さんは、大卒後、過疎の農村に入り農業を営んでいる方です−編集部)


 先の衆院選。予想を遥かに上回る自民党の大勝利。TVには得意げな小泉総理や、ほくそ笑む武部幹事長の姿がひっきりなしに流れている…。郵政民営化、年金や経済も先送りされ、貧富の差は拡大する一方。挙句の果てには憲法改正をしてアメリカの属国になるのでは?TVをみながらそう危惧された方は少なくないだろう。しかし私はそれとは別の視点で空恐ろしさを感じた。田舎の人の政治意識である。
 今回の選挙、争点が郵政民営化ということもあって私の住む山の中でも随分と話題に上がった。ましてやここは造反議員のお膝元である。
 「小泉さんは滅茶苦茶じゃね」「あん人は都会の人だけえ、わしらのことなど考えとらん」あちこちで交わされるこうした会話を耳にするたびに私は小泉政権崩壊の感を強めていった。しかし、選挙も近い主ある日、近所のばあ様らが町の実力者に誰に投票すればいいのかと聞きに行ったというのだ。さらに農業新聞においては、小泉首相批判の記事を載せていたにもかかわらず、推薦議員のほとんどが自民党、公明党。農政会議(農業者の政治団体)でも、自民党を応援せよと通達があった。とどのつまりは・・・と結果が示すとおりである。
 この矛盾は一体何だろう。風土とか伝統で片付けてしまえば簡単であるが、この矛盾を解決しないと決して日本は良くならないだろう。
 田舎のじいちゃんやばあちゃんは本当にやさしくて"いい人達"である。しかし、この"いい人達"が曲者なのではないか?
 かつて日本が起こした戦争も、純粋ないい人達が時の権力者達に流された結果という側面も私はあると思う。
 田舎では物事を疑う事、自己主張する事、皆の意見に反対する事は美徳とされなかった。それ故に強固な絆を結び助け合って生きてきたのである。社会状況が好転している時期はそれでいい。古きよき日本の伝統である。しかし、指導者が一旦誤った道に進んだ場合、彼らは知らず知らずのうちに煽る立場に居る事が多い。そうすれば取り返しのつかないことになりかねない。
 それでは、今後どうすればよいのか? 私個人の力というものはたかが知れている。影響力もないし金もない。だから世代を超えて一人一人コミュニケーションを取っていくことだ。「これはおかしい」「あれはどう思うか」などと話したり考えたりすることで、じいちゃんばあちゃん達にも傍観者ではなく世の中を動かす一人の人間という自覚を持ってもらうことだ。まさに明治大正期に社会主義を世に広めていった先達の手法を真似るということだ。
 私は都会からやってきた人間で、最近ようやく周囲の人達からも信頼されるようになってきた。その利点を活かして積極的に発言していくことである。ただし謙虚さを失わずに。
 社会情勢というのは刻一刻変化していく。"しまった"と後悔する時はもう遅い。これ以上日本を悪くしてはいけない。


 
朝鮮あれこれ

最近のコンピューター事情

 


 10月の末、岐阜県で行われた「世界コンピューター囲碁大会」で、共和国の「KCC囲碁」が優勝した。これで共和国のプログラムチームは世界囲碁選手権で三連覇(通算5回優勝)を果したことになる。米国、日本、中国、オランダからの17のプログラムチームと国際共同開発チームが参加した今大会は、今までなく熾烈な戦いがくり広げられたと新聞は伝えている。高度かつ特殊な演算技術が要求される囲碁プログラム分野で、しかもその世界のトップが集る大会で、第一人者の地位を獲得するには、プログラマーの力量と人材の豊富さ、裾野の広さなど、その国のコンピューター水準がそのまま反映されると言われる。共和国のコンピューター水準が先進国にも劣らぬ水準にあることを実証したものとなった。
 高度な知識や技術が花開く情報産業時代、そこで経済建設の鍵となるのはコンピューター技術だ。最新の工場はどこでもコンピューター化されてきている。それにつれて国内のコンピューターの専門家もどんどん増えているようだ。
 今、朝鮮ではコンピューターネットが急速に増えていて、私たちも日本との連絡に電子メールを使うようになったが、それに伴ってコンピューターウイルスもしばしば紛れ込むようになった。つい最近も、ウイルスに感染し日本との連絡ができなくなった。日本のウイルス対策ソフトを取り寄せたが効果がなく、共和国の技術者に来てもらったのだが、その技術者がウイルスの正体をつきとめるために、国内のネットを利用してメールで呼びかけると即時に数十の情報が集まった。ウイルスの正体をつきとめた後のウイルス対策も万全で、これで心配なく日本とのメール交換ができるようになった。
 もう一つ例を挙げるなら、電話や郵便物の清算も今はメールで出来るようになっている。ところが私たちの場合、日本語モデムなのでメールを使用してない。通信費の清算に通信局に出向くと、担当者から、なぜモデムを付けないのかと催促される始末だ。理由を説明すると納得してもらったが、それほどいまや国内でのネットが急速に広まっていることを実感した。
 知人のお嬢さんの結婚式があり、そのビデオを見せていただいたが、コンピューター・グラフィックを駆使した、専門家が作ったとしか思えない出来だった。普通の人の結婚式でもパソコンを使ったビデオ作成が珍しくなくなってきている。朝鮮もそのような時代を迎えつつある。
 時代の変化は凄まじい速度で進む。昔のように一歩ずつ階段を登るような時代ではない。朝鮮が現在の苦境を脱し、近い将来、経済分野で決定的な転換を果す上で、この高度なコンピューター技術が決定的な「追い風」となるのは、間違いない。


 
 

「アジア新時代研究会」事務所開きと読者交流の集い

 


 去る11月27日、「アジア新時代と日本」読者交流会がアジア新時代研究会の事務所開きと兼ねて大阪で行われました。  「アジア新時代と日本」も既に30号を数えるようになっていますが、ようやく第一回目の読者交流会を開くことができました。今年は「かりの会」代表であった田宮高麿が亡くなって十年目となる年です。その命日である30日を前に、アジア新時代研究会の事務所開きと読者交流会が持てたことは何よりの喜びです。
 午後から始まった交流会では、現在、世界の多極化が進行していること、しかし、日本はその流れとは逆の道、すなわち、対米一体化を加速させていること、そのよう中で、アメリカとの関係正常化、東アジア共同体志向がかつてなく高まっており、「アジア新時代と日本」も、この流れに合流し、より良く寄与していくことが問われている、そのために、今後、国内でのアジア新時代研究会活動を活発化させてくことが確認されました。続いて、参加者の近況報告があり、ヘルパー、看護士、医療事務、テレアポ、タクシードライバー、警備員等々の各職場での現状が生々しく語られました。それは、今回の交流会の基本テキストである「日本のための真の改革を考える」(アジア新時代研究会ブックレット・小西隆裕著)で展開されている、小泉改革の一つの柱でもある「新自由主義改革」(規制緩和、市場主義、競争主義)の実証例報告のようでもありました。
 続いて、前述の「日本のための真の改革を考える」について、全体の構成やポイント、著者からの解説が報告され、これに基づいて若干の討論がなされました。今年10月8日に発行されたこのブックレットは、一言では小泉改革批判であり、大きく、小泉改革の本質と日本のための真の改革の理念という内容で構成されています。限られた発行部数なので多くの方々からのご意見を集められた訳ではないのですが、賞賛の意見にせよ、ご批判の意見にせよ、反響が多く寄せられているという点で、これまでになく注目を集めています。
 一部を紹介すれば、「分析にブレがないこと、明晰であること、日本についてよく研究していることが分かる力作、佳作である、自分としては目からウロコであった」などの賞賛から、「おもしろくない、当たり前の内容、新鮮味がない、統一戦線対象としては30点」など、さまざまですが、どれも貴重な意見として受け入れ、今後の発展に役立てていければと思います。交流会での討論でも、「もっと、現場の様々な声を聞く必要がある」「じゃ、どうするのだという部分、具体的な政策、行動の部分は物足りないし、不足。ここは国内でやっていくしかない」などの意見が交わされました。
 時間の都合上、今後の運営などについては次回にまわされました。休憩時間には、今年、共和国で行われた「アリラン祭」のビデオ鑑賞と参加者同士の話に花が咲きました。
 二部は事務所開き祝いの鍋料理。解禁になったばかりのボジョレー・ヌーボで乾杯。人数分の椅子や机を揃えるのに苦労しましたが、7・5畳の洋間は話しに花が咲き和やかな明るい光に包まれていました。慌しくも、ささやかな「アジア新時代研究会」の事務所開き兼、初「アジア新時代と日本」読者交流会でしたが、今後、さらに多くの読者が加わり、活発な論議が交わされ、実り大きなものになっていくことを願い、そのために努力していきたいと思います。


 
 

編集後記

魚本公博


 「『改憲反対、日米軍事一体化の新安保反対、基地再編反対』の三位一体の闘争を!」という問題提起いかがだったでしょうか。
 この改憲策動、アジアへの軍事関与に傭兵を差し出し日本を属国にするためであるということでは、増税や年金、医療などの福祉削減、地方の疲弊、不安定雇用、さらには米国産牛肉輸入再開の問題などとも関連してきます。
 とにかく、米国の言うがままというのが一番の問題。改憲反対の運動は、そういう自主性のなさを是正するものになることが問われているのではないでしょうか。


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