研究誌 「アジア新時代と日本」

第29号 2005/11/5



■ ■ 目 次 ■ ■

時代の眼

主張 −小泉改革の本丸、改憲が意味するもの− 属国化の新憲策動を打ち砕く論陣を!

研究 −今、脱亜入米に走る愚− 台頭する「アジア悪友」論の克服を

寄稿 「国家的利己心」を全面に押し出した改憲草案

HP掲示板から

朝鮮あれこれ ピョンヤン秋季国際商品展示会

編集後記



 
 

時代の眼


 「私の任期中には増税しない」。これは、選挙期間中、小泉さんが口癖のように言っていたもっとも重要な公約の一つだったはずです。それが、案の定と言うか、当然のことと言うか、大分怪しくなってきています。
 当のご本人が「増税に関する審議をあれこれやっていれば、政治過程上、来年九月の私の任期終了までに増税が実施されることは有り得ないと言っているのです」などと詭弁にもならない公約違反を口にしてきているのです。
 ところで、ここで一つ問題にしたいことがあります。それは、この増税の理念についてです。
 所得税中心主義から消費税中心主義への転換や、それにともなう消費税大幅引き上げなどを基本内容とする小泉税制改革の理念は、一言でいって、「税金とは、国民皆が公平に分かち合うもの」「幅広く薄く皆で公平に負担しよう」などという「税負担公平論」だと言われています。
 この一見もっともな「論理」には、ちょっと考えると、どうにも納得のいかないところが出てきます。それは、この「負担の分かち合い」が「収益の分かち合い」と一体でないということです。元来、「分かち合う」というのは、「負担」と同時に「収益」に対してです。「収益」の「分かち合い」のない「負担」だけの「分かち合い」は、「分かち合い」ではありません。それは、単なる「負担」の「押しつけ」でしかありません。
 「負担のみを皆平等に分かち合い、収益は能力に応じて」という小泉税制改革が、「負担は能力に応じて」という「応能負担の原則」を掲げた戦後の税制改革、シャウプ税制勧告からの大きな後退であるのは明白です。
 今日、小泉改革により、競争原理が全面的に導入され、収益の「分かち合い」ならぬ「力による奪い合い」が全面化している日本社会にあって、税負担の「分かち合い」などやったらどうなるでしょうか。力のある者とない者への社会の二極化と貧富の差の拡大は決定的なものとなるでしょう。
 「活力ある日本のため」、これが小泉税制改革のお題目です。しかし、重い税負担に打ちひしがれ、圧倒的多数が這い上がり不可能な貧困に陥っていく社会に展望性のある持続的活力など期待できるでしょうか。
 収益が力による奪い合いになっているときには、負担も徹底的に能力に応じたものにされるべきです。戦後、日本の高度経済成長の背景には、曲がりなりにも「応能負担」の税制がありました。まして、かつてない二極化が進行する今日、こうした方向への税制改革が一層切実に求められているのではないかと思います。それを通してのみ、「収益」も「負担」もともに分かち合う、皆が一体になった真に活力ある社会への道も開けてくるのではないでしょうか。


 
主張 −小泉改革の本丸、改憲が意味するもの−

属国化の新憲策動を打ち砕く論陣を!

編集部


 小泉自民党圧勝を受けた特別国会で最初に決まった法律は、憲法調査特別委員会の設置であった。選挙戦で、郵政民営化こそ改革の本丸とした小泉内閣は、その総仕上げとして改憲に踏み込んできた。まさに改憲こそが小泉改革の本当の本丸ではないのか。日本の国のあり方を変える構造改革の決定版は改憲にある。

■浮かびあがった改憲
 小泉自民党大勝後の特別国会。抵抗派への「除名」「離党勧告」が発動されるなか、郵政民営化法案が圧倒的多数で可決された。そして、テロ対策特措法やイラク特措法が延長された。「組織犯罪処罰法改正」(団体が「犯罪」を犯したとされると、話を聞いただけで共謀罪を適用するもの)や人権保護法、増税や消費税値上げなども論議された。そして靖国神社参拝…。
 その中で、浮上してきたのが改憲である。
 10月28日、自民党が新憲法草案を決定。その条文を見れば、12条の「国民の責務」で、「自由及び権利には責任及び義務が伴う」という文言を加えたり、72条の「内閣総理大臣の職務」で、総理大臣が直接「行政各部を指揮監督」するなど、全体的に「強権的、抑制的」なものにはなっているが、「それほどひどいものではない」と言われるものになっている。
 だが、決定的なのは9条である。
 そこでは、「自衛軍保持」を明記し、その任務として「国際的に協調して行われる活動」を行うことができるとしている。
 「平和憲法」を持ち「永久に戦争を放棄する」とした日本が、米国の強い要請に従って、イラクという戦場に自衛隊を送る現状の中で、解釈改憲も完全に限界に逢着していた。そうしたなか、何の制約も受けることなく本格的に海外派兵して「戦争できる国」にという目的をもって打ち出されてきたものが今回の自民党新憲法草案であるのは容易に推察されるところである。

■時を同じくして
 自民党新憲法草案が発表された翌29日、米国ワシントンにおいて在日米軍再編に関する中間報告が発表された。
 その内容を見ると、概略的には、「新たに発生した脅威」(テロ、大量破壊兵器、ゲリラ・特殊部隊の侵略など)と「アジア太平洋地域における不透明や不確実性が生み出す課題」に対して「共通の戦略目標を追及するために緊密に協力する」というものである。
 そのために「統合運用」「相互運用性」「共同使用」「連携向上」などという表現が使われている。具体的には、在日米陸軍司令部(第一軍団司令部が改編移転してくる)と自衛隊の将来の中枢部隊である中央即応集団の司令部を座間に併置する共同司令部構想、横田基地に米第五空軍司令部と航空自衛隊航空総体司令部を併置、港湾・空港・道路・水域・空域・周波数帯の共同利用、ミサイル防衛の相互運用、情報共有と協力などをあげている。
 ここで留意すべきは、日米の司令部を併置して「統合運用」するとしていることである。
 この場合、どちらが指導権を握るかは明白であろう。中央即応集団司令部を座間に置くことには自衛隊内部でも反対があったと聞くが、こうなれば、米軍が自衛隊を好き勝手に動かすようになる。それだけではない、日本の国土全域を米軍がその作戦に利用するようになる。
 すなわち、在日米軍再編は、米軍主導の下に自衛隊を傭兵化し日本全土を前線基地化するものであり、その対象を全アジアに広げ、「不透明性や不確実性からくる課題」をも予想(期待)して、アジアに対する軍事行動に日本を全面的に引き込もうという目的で行われるものだ。
 これこそが、まさに9条改憲による「国際協力」の内容であり、その目的であろうことは言うまでもない。
 そして、これとの関係で前文を見れば、「…国際平和を誠実に願い、他国とともにその実現のため協力し合う。…圧制や人権侵害を根絶するために…」という文言が不気味に響いてくる。

■属国化改革の本丸、新憲策動
 小泉改革は、90年代から米国が要求してきた「日本構造改革」を執行するものであり米国の世界戦略の中に位置付けられている。
 この米国の世界戦略を支える理念として、新保守主義と新自由主義がある。
 新保守主義とは、圧倒的な軍事力に基礎した米国の軍事覇権の下に同盟国の軍事力を統制して世界を一極支配するというものであり、新自由主義とは、市場原理の下、他国の経済的な規制を取り払い米国の圧倒的な金融支配力をもって、世界を収奪するというものだ。
 それは、「核とドル」をもって世界に君臨してきた米国が、この二つをあくまでも堅持して自身の優位性を維持しながら、「アメリカ帝国」として生きていこうとする理念だということだ。
 こうした米国の戦略の下で行われている小泉改革。新自由主義改革の側面では、郵政民営化によって郵貯・簡保の340兆円ものカネを米国に還流・利用させる道筋をつけ、自民党内抵抗派を追い出した。
 そして新保守主義。日本のそれは、アメリカ帝国の属国・属州のそれでしかない。そのことは、新安保や在日米軍再編などが国民の目から遠いワシントンで協議され発表されるという構図にも表われているし、その理念が「従属愛国」「従属国益」というような情けない表現になってしまうことにも表われている。今回の新憲法案で、それ以前の草案にあった「自主」や「愛国」が削られたことも、その表れだと見ることができるかもしれない。
 いずれにしても、自民党の改憲案が改憲ではなく、新憲法草案として発表されたことは、この改憲策動が単なる改憲ではなく、日本の国の「かたち」「生き方」を根本的に変えるという意図が込められている。
 それは、アメリカ帝国の属州・属国としての日本の生き方だと断定しても決して過言ではないだろう。

■護憲のための陣形と論陣を
 自民党の新憲法案に対して、民主党も自衛権を明記し自衛武力の保持を認める案を出した。それは、党内の旧社会党出身議員の護憲姿勢を意識して「制限された自衛」としているが、自民党の9条改憲案と大差はない。新代表、前原氏は改憲論者であり、政界ではいっそのこと旧社会党系を切り捨て、自民との「大連立」を考えてはどうかという話が出回っているという。
 属国・傭兵化の新憲策動に対する闘いは全国民的なものになる必要がある。社民、共産だけでなく、民主党内の護憲派、あるいは自民党内の親アジア、対米抵抗派、平和派、あるいは公明党も入れた大きな勢力を「護憲派」として結集する手立てが求められている。
 そのためには、ただ護憲を唱えるだけのものから、多くの勢力を結集できるために多岐にわたって論理を整理し、総合的な論陣を構える必要があると思う。
 以下、考えられるものを列挙すると。
 9条を自衛の名で他国を侵略できないようにした撃退自衛の条項として理解を深めることが重要だろう。
 これは、世論調査で国民の多くが自衛のための武力をもつことを肯定(73%)しながらも、9条改憲に反対が6割に達するという一見矛盾する結果が出ている中で、9条改憲に反対しながら、自衛武力保持を肯定する広範な国民大衆を護憲の側に結集するための重要な問題である。
 改憲ではなく新憲法案とすることも問題視しなければならないだろう。これと関連して、果たして憲法制定主体が変わったのかという問題なども提起して論理を深めなければならない。
 また、新安保との関係でも考察しなければならず、そこでは、日本はアジアと敵対して生きていくのかという問題など、アジアとの関係問題も考察して論理が深められなければならないだろう。
 そして、大きな問題として、属国・傭兵化新憲策動と闘うために、護憲の側こそ「愛国」を打ち出すべきではないかという問題も考えなければならないと思う。
 これまで、自民党案などで「愛国」が言われると、即、軍国主義の復活、戦前回帰として「愛国」反対を焦点にする傾向があったが、果たしてそれでいいのか。
 今後、我々もさまざまな側面で考察を深め、護憲勢力の論陣形成に少しでも寄与できればと思っている。


 
研究 −今、脱亜入米に走る愚−

台頭する「アジア悪友」論の克服を

若林盛亮


■「凛とした外交」−入亜にブレーキ
 「凛とした志のある外交」、これが町村外相−谷内事務次官体制となった外務省の外交方針だと言われる。これまでの米国基軸としつつも中国などアジアの顔色もうかがうといった「曖昧さ」を脱する外交だとされる。
 この「曖昧さを脱する外交」は、対中外交にとどまらず、対アジア外交全般にわたるものだ。靖国問題や竹島問題などアジアとの摩擦あつれきをものともしない最近の政府の姿勢はその現れだと言える。
 「凛とした外交」、その矛先は、東アジア共同体に向けられている。昨年まであれほど脚光を浴び論議が沸騰した「東アジア共同体構想」への熱気は今年に入り(米ブッシュ第二期政権発足以来)一転して「『東アジア共同体』構想には大きなブレーキがかかった」(選択・五月号)といった論調がとみに目立つ。前号で取り上げた「東アジア共同体は幻想」論もこの流れにある。政府関係者も「日本外交は米国との問題である。(東アジア)共同体構想が日米関係と矛盾すれば再考しなければならない」(谷内外務事務次官)と米国抜きの共同体構想には反対する意向を明確にしている。
 「入亜」から「入米」への揺り戻しが始まった。かつて「アジアの盟友と欧米列強に対抗」という維新の志士の志向から一転し、福沢諭吉が「アジアの開明を待つことはできない」とアジアを悪友視し脱亜入欧を説いたように、今日、新たな「アジア悪友」論に基づく脱亜入米が唱えられ始めた。

■台頭する「アジア悪友」論
 日本にとってアジアは悪友という論拠の筆頭には、アジアの反日があげられている。
 「三月以来、日本と韓国(竹島問題)、次いで中国(靖国、国連常任理事国入り問題)との間に繰り広げられた『歴史認識』を基軸に据えた対立は、三国間の政治的対立が経済という一次方程式(経済共同体)ではとうてい解決のできないことを証明した」「最初からデモの原因を日本の歴史認識のせいにして謝罪の気配も示さなかった中国という事実だけは、日本国民の心ある人々の心に鮮明に残った。東アジア共同体構想に対する国民的な支援の熱は急速に冷めたといっていい」(選択・五月号)。
 戦後六〇年という節目の年にあって、日本政府がなぜアジアの感情を逆なでする行為をあえてやるのか。アジアの反日感情を刺激して、これを日本の反「反日」感情に転化して、沸騰する入亜の熱を冷まし、さらには再び「アジアの悪友」論へと誘導する邪悪な企図がその底にあると見るのは、はたして邪推だと言えるだろうか。
 今、反「反日」の論理の台頭が著しい。
 いわく「共産党一党独裁政権」の正当性を「抗日闘争の伝統」という「反日愛国主義教育」でしか正当化できないからだとか、増大する貧富の格差からくる国民の不満をそらすため反日デモを組織したのだと中国を批判し、また反日という排外主義感情を煽って政権の求心力にしていると韓国を非難する反「反日」の論理。
 これがさらに中国や韓国は、反日ナショナリズムを政権維持の手段にしているゆえ、靖国参拝をやめても領土問題なり他の「反日」難題を出してくる、だから日本の「謝罪」には際限がなく、このアジアの「終わりなき反日と戦う」ことが「新しい戦後の始まり」(諸君・七月号)と極論される。
 アジアの反日と戦うこと、これが「凛とした外交」なのか。戦後六〇年にして、再び日本は「アジアの悪友を去る」道、脱亜に大きく舵を切った。
 「アジアの悪友」の論拠の第二は、「自由と民主主義という価値観の共有がない」というイデオロギーによるアジア異質論だ。
 「この東アジア地域および隣接地域の最大の課題の一つは、自由と民主主義、基本的人権の尊重、法の支配など、今や普遍的となったと思われる価値観を共有していない国々が、いくつか見られることだ」。これは必然的に次の結論に落ち着く。「だとすれば、この価値観の最大の信奉者であり伝道者を自任しているであろう米国が、価値観を共有しているこの地域の国々などに呼びかけ『同盟』(アジア太平洋民主主義同盟)の結成を試みてはどうか」(中央公論九月号、「東アジア共同体の幻想を捨てよ」畠山襄・国際経済交流財団会長)。
 反日の「アジアの悪友」を去り、「自由と民主主義」価値観を共有する「米の良友」とともに進む、新「脱亜入米のすすめ」だ。

■今「アジア悪友、米良友」観脱却のとき
 脱亜入米に日本の未来はあるのか。
 朝鮮半島非核化をめぐる八月の六カ国協議はどう評価されたか。「米国は誰の目にも譲歩し過ぎている」「信じられない譲歩」。その結論は「ブッシュ政権失速と断ずるのは早とちりになろうが、その兆しが現れていることは間違いない」(選択・十月号)と分析されている。この協議で南北朝鮮、中国、ロシアが存在感を見せているのに、他方「凛とした外交」の日本は、そこにいたの?という存在感のなさだ。これは入米の未来を暗示している。
 福沢諭吉が「アジアの開明を待つことはできない」とした当時と今日ではアジアの様相は一変している。六者協議過程は、米国の先制攻撃論や圧制の拠点抹殺論でアジアに反テロの戦火の及ぶことを防止し、安保も地域で築く力をアジアがつけ始めたことを示したとも言える。この力を基礎にした東アジア共同体はけっして幻想ではない。
 十二月には共同体実現に向けた第一回東アジアサミットがクアラルンプールで開催される。四月のASEAN外相会議では、域内の内政不干渉、領土保全、武力不行使を定めた東南アジア友好協力条約加盟国を東アジアサミット参加の条件と定めた。米式自由と民主主義というイデオロギーではなく、主権尊重がアジアの共有する価値観なのだ。ここに経済はむろんアジアの平和と安全も域内で解決する力の源泉があるのだというアジア、このアジアを良友と見るのか否か、われわれ日本人の時代を読む眼力が問われている。


 
寄稿

「国家的利己心」を全面に押し出した改憲草案

田中大也 22歳 ライター


 先日、自民党により、改憲草案が発表されました。新保守・新自由主義に擦り寄った今回の改憲草案の中には、かなり多くの問題が含まれています。
 まず第一に、「自衛軍の保持」と「集団的自衛権の行使」、そして「国際貢献」の明記です。昨今の対米追従姿勢から考えてこの「国際貢献」とは、アメリカが利する形の「貢献」であり、集団自衛権の行使によって、容易に戦場へ派兵することを可能にしたものです。周辺アジア諸国との溝が更に深まることが懸念されます。
 もう一つが、「国民の責務」の条文から垣間見える、新自由主義的・新保守主義的な性向です。この条文は、「国家への国民の忠誠」を強く要請しているように取れる文面で書かれていますが、翻って、日本政府はどれだけ国民に奉仕しているのでしょうか。「自由」や「成果主義」を喧伝し、公共設備を次々に民営化し、大企業への制約を軽減した結果、国民へのサービスの質は低下し、二極分化が進み、多くの人々の生活は苦しさを増していっています。その不満を逸らすために重刑化を進め、国家への忠誠を強要するのが、アメリカ式の「新自由主義」の真骨頂ですが、「国民の責務」についての条文は、日本における「新自由主義化」を一層推し進める策動として考える必要があろうかと思います。(この草案が統制的であることについては、憲法に「公益」や「公の秩序」を盛り込んだことからも明らかです)
 国家主義的な国家を建設するのであれば、国民への統制の代価として相応のサービスを、自由主義を目指すのであれば、一定の自由競争を認めた上で国民の精神的側面を解放するのが筋というものですが、昨今の新自由主義は、競争主義を徹底化し「自由」を喧伝しつつ国民を統制する、最も国にとって都合のいいシステム作りを推し進めるという利己的な姿をあからさまにしています。
 今回の改憲草案は、新自由主義を利するものです。新自由主義的社会によって苦しむであろう、私自身を含む大多数の人々のことを考えると、とても是認することはできません。


 
 

HP掲示板から

 


 「他国(他人)が自国(自分)のことをどう思っているのか」、という視点は、いついかなる場合でも重要な視点だと思います。とりわけ、自分(や所属する国家、共同体)が周囲と比べて強力である場合は特に注視するべき考え方なのではないか、と思います。
 昨今のアメリカや日本が、しばしば独善的な外交政策を打ち立て、周囲の国々に混乱と戦乱、そして不安をもらたしているという現状は、彼らの行動に「他者の目」が欠落しているところに根本があるのではないかと思います。


 
朝鮮あれこれ

ピョンヤン秋季国際商品展示会

若林佐喜子


 春に開かれる商品展示会はこれまで何回もおこなわれてきたが、秋季開催は初めてである。10の国及び地域からの参加、会社数は外国からが79、国内からが14ということで、10月25日から27日まで開催された。
 外国からはやはり中国からが多く、ワンフロアを占めていた。その他、スイス、ルーマニア、ニュージランド、スウエーデンなどが参加していた。
 共和国の出展物は新しい方法での精油、機械類、家具など、その中で特に興味をひいたのは健康宝石、健康食品だった。日本でも健康商品が流行っているが、最近は共和国でも健康水、健康石がちょっとしたブームで、還元水の製造機械も最近は売り出されている。健康宝石は石に太陽の光が当たると効果があるというもので、いろいろなデザインの指輪やブレスレット、ペンダントなどが数多く展示されていた。さっそく購入してはめているが、半信半疑で購入したある知人は、意外と効果があったと太鼓判を押していた。
 朝鮮と言えば昔から高麗人参が有名だが、人参エキスを原料にした薬も多種多様に展示されていた。最近はパッケージ、容器にも工夫があり、また薬も飲みやすく加工してある。
 開催日2日目だったが、貿易関係者以外にも一般の人、また若い人の姿が多かったのが印象的だった。
 経済でも活気づきはじめている共和国です。


 
 

編集後記

魚本公博


 在日米軍再編の全体像が発表されましたが、その内容はアジアを対象にした軍事戦略の下で自衛隊との共同司令部を作るなど日米軍事の一体化を進めるというものです。
 こんな決定的なことを国民の前に提示もせずに、遠く離れたワシントンで協議して決めるやり方は国民不在もいいとこです。
 沖縄の普天間基地移転問題で、米国は日本案にゴネながら、F15戦闘機の訓練の一部を本土移転させるとか、空中給油機を鹿屋基地に移すとか打診してきたそうですが、合意案にはそれがちゃんと盛り込まれています。そして、沖縄や基地のある自治体にその旨説得に行くという。
 順序が逆でしょう。その逆立ちした考え方の最たるものが改憲ではないでしょうか。
 米国第一でやっておればよいという自主性のかけらもない無定見ぶりで日本はいったいどうなるのか。
 平和派、親アジア派、対米抵抗派も地域も市民も日本のために、護憲をもって大同団結する、そうした思考が切実に問われているように思います。


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