研究誌 「アジア新時代と日本」

第234号 2022/12/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

視点 中国共産党20回大会を考える

論点 「揺れる政局は陰謀」から考える政界再編

論点 「国がなくなるとは」

闘いの現場から 尼崎は維新市長を拒絶した

寄稿 交野市長選、その後の闘い

未来アジア学習会報告 もう一つの視点、もう一つの世界を知る学習会




 

編集部より

小川淳


 防衛費増大では命と暮らしは守れない
 27年度中に防衛費増税1兆円という何とも唐突で馬鹿げた防衛費倍増に躍起となっている岸田政権だが、「国民の命を守る」というなら、もう一つの「安全保障」にも目を向けるべきではないか。今ウクライナ戦争で農業飼料の高騰が続いていて、92%の酪農家が経営難に直面し、半分の酪農家が離農を検討しているという。まさに日本の「食糧安保」は存亡の危機にある。食料自給率38%という国が、どう「国の安全と国民の命」を守るというのか。
 農業は、土地という資源に左右される要素が非常に大きく、一般に広い農地があれば規模拡大ができ競争力が増す。一人当たりの農地で見ると、米国は1.24Ha、豪州は14.4Ha、規模の小さいスイスでも0.18Haあり、日本はわずか0.03Haだ。終戦時食糧難に直面した日本は、コメのみ自給をめざし、小麦やトウモロコシは安く大量に確保できる米国産に頼った。1961年の農業基本法でも輸入品と競合する作物は「選択的拡大」とした。しかし68年にはコメ余りが始まり、減反が開始されたが、代替の小麦やトウモロコシの栽培は拡大しなかった。その結果、主要な飼料作物は自給が進まず、ほぼ米国からの輸入に全面依存したままだ。
 一方、欧州各国は自給率を確保している。日本と同じ農地面積が狭いスイスは戦後大きく農業の保護に舵を切り穀物の自給率を138%、飼料は77%までに引き上げた。EUは2013年CAP(共通農業政策)で食糧安保を第一義に据えていて、EU諸国は自給率を大きく回復しつつある。
 EUと日本の違いは何か。日本の国土は狭いが、減反や高齢化で耕作放棄地がどんどん増え続けている。国土全体のグランドデザインを描く視点さえあれば、余った水田を飼料作物に転換し、放牧によって農地として保全する等できたはずだがしなかった。アメリカの余剰穀物を拒否できず、日本の農業を育成するビジョンが育たなかった。それは強い主権意識がないと難しい。安保といえばミサイルや戦闘機しか頭に浮かばず、食糧安保という視点がまったく日本には欠けたままだ。
 日本農業に希望がないわけではない。飼料に依存しない「山地酪農」という自立的な酪農の取り組みもある。山間部に牛を自然放牧させ、下草や牧草を食べさせ牛舎も配合飼料も一切使わない。牧草だけで牛は十分に育ち、その排泄物は土地を肥やし、牛は山で子を産む。配合飼料を与えないため乳も肉も市場価格は低いが、コストがかからず牧草で育つのが牛本来の姿でもある。山が多く、耕地が少ない日本に適った牧畜方法の一つだろう。
 いま日本の「安全保障」は様々に提起されている。その解決の道が、米国の「対中新冷戦」戦略に歩を合わせた、軍備増強、その為の増税の道でない事だけは確かだ。日本国民の命と暮らしの最大の脅威となる岸田政権のこの従米・軍事拡張路線には断固反対したい。



視点

中国共産党20回大会を考える

編集部


 去る10月16日から22日まで、中国共産党の第20回大会が開かれた。米国が仕掛けた「米中新冷戦」の真っ只中、5年に一度のこの大会は、いろいろな意味で注目された。

■右も左も同じだった「大会」への評価
 通例、68歳以上の執権が禁じられた中国にあって、習近平政権の存続はあり得ない。しかし、今回の大会にあって、同政権の3期続行は誰もが疑わないものになっていた。
 もう一つの注目点は、このところ著しくなっていた社会主義への傾斜の行方。これも、大方の予想はその継続だった。
 結果は、二つともその通りになった。そして、それへの評価もやはり予想通りだった。日本においてもそれは、一言で言って、「右も左も同じ」と言えるものだった。大手新聞も、右寄りの雑誌も、左翼の出版物も、皆そろって、「結果」を批判的に評価した。習政権の3期続行は、「独裁・専制の強化」だったし、社会主義への傾斜は、「中国経済成長発展の頓挫、停滞」だった。
 右も左も同じ「大会」への評価。なぜそうなるのか。そこに「大会」自体が持つこれまでの「政治の常識」とは異なる本質が隠されているのではないだろうか。

■中心に置かれたのは「国」だった
 「米中新冷戦」との関係でこの「大会」を見た時、一つ気付くことがある。それは、「大会」で行われた習近平報告で「同盟」についての言及が一つもなかったことだ。
 米ソ冷戦時、ソ連では、NATOに対抗するワルシャワ条約機構、そして西側資本主義経済に対する東側社会主義経済共同体(コメコン)が軍事、経済の「同盟」として大きな地位を占めていた。
 しかし、今回の中国共産党20回大会では、そもそも「米中新冷戦」自体が問題にされることがなく、したがって、バイデンが言う「民主主義陣営」、すなわち「米欧側陣営」に対抗するための「中ロ側陣営」やその「同盟」についても、一切言及されることがなかった。
 「大会」で目標にされたのは、中国式現代化による中華民族の復興であり、そのための闘いで中心に置かれたのは、「同盟」ではなく、「国」だった。すなわち、「大会」が掲げた目標達成のための闘いで、その中心課題には、社会主義現代化国家の建設のみが掲げられ、「同盟」の形成が掲げられることは全くなかった。
 そして、世界が注視する多分に資本主義化された中国独特の社会主義経済、いわゆる「社会主義市場経済」の運営も、そこでの「国」の役割の大きさのみが強調された。
 「国」は、「公有制経済」の発展をいささかも動揺させてはならず、「非公有制経済」の発展も、それに対する奨励、支持、指導をよくやって、いささかも動揺させてはならない。すなわち、社会主義現代化国家が主導して、国営企業など社会主義的要素の強い経済も、IT大手、BATHなどの経営活動に代表される資本主義的要素の強い経済も、どちらか一方に偏ることなく、ともに発展させていくということだ。

■社会主義現代化国家建設の課題と経済の発展
 社会主義現代化国家による「社会主義市場経済」の運営、それが資本主義的要素の強い経済に打撃を与え、その撲滅を図るのではなく、逆に社会主義的要素の強い経済とともに資本主義的要素の強い経済をも保護し発展させていくものだとされているのは重要だ。
 しかし、それが国営企業を強化するなど、社会主義的要素の強い経済の中国経済全体に占める地位と役割を高めていくものになるのは間違いないのではないか。そのような経済をどうやって活性化し発展させていくというのか。これまで、ソ連経済をはじめ、社会主義経済で成功した例はない。当の中国でも、この間の経済の発展は、多分に資本主義経済の導入に拠っていたのではないのか。その上、折からの「米中新冷戦」、中国経済への包囲と封鎖、排除の一層の強まりの中、経済の発展は可能なのか。さらにそれに加えて、コロナによる支障まで折り重なってくる。
 前途多難を思わす暗雲を前に、問題は、「大会」がその難関克服の道をどこに求めたのかだ。それについての分析が右の評価も左の評価もともに決定的に弱いように思える。頭からできないと決めてかかっているのではないだろうか。
 だが、「大会」で決められた社会主義現代化国家建設の課題には多分に難関克服の道が示されているように見える。
 何よりもまず、現代化の新時代にあって、科学技術を第一の生産力、人材を第一の資源、革新を第一の動力とし、教育の優先的な発展、科学技術に依拠した自立自強の推進、人材の牽引的な役割の向上を堅持して、教育強国、科学技術強国、人材強国を築き、それを通して、人材養成水準を全面的に高め、飛び抜けた革新型人材を積極的に育成すること。
 第二に、人民大衆の政治的覚醒が高まっている今日、人民が国の主人としての権利を行使できる人民民主主義の制度、体制を完備し、人民の政治への参与を拡大することによって、国の主人としての人民大衆の積極性と主動性、創造性を一段と高めて、生気溌剌とし、団結した真に民主的な政治局面を醸成し、それによって、国の経済を発展させていくこと。
 第三に、人民の生活と福利を増進し、人民の生の質を高めることが社会主義現代化国家建設のもっとも切実な本質的要求としてとらえられ、賃金による一次分配、税や社会保障、財政政策による二次分配、寄付や慈善事業による三次分配を強力に推進して「共同富裕」を実現することなど、人民が心配し、隘路を感じ、憂慮し、望む問題を積極的に解決することを通して、「米中新冷戦」による対中包囲、封鎖が強まる中、それを克服するため、内需の拡充が図られるようになること。
 第四に、グリーン化を推進し、人間と自然の調和のとれた共生を促進することが社会主義現代化国家建設のもう一つの重要な要求としてとらえられ、山や河川、農耕地、湖水、草原、砂漠など自然に対する保護や管理を堅持し、産業構造の調整と転換、生態保護、気候変動対策などが統一的に計画され、二酸化炭素排出量削減、汚染物質放出減少などが経済のこれまでになかった新しい発展と結びつけて提起されたこと。
 等々、社会主義現代化国家建設の課題は、「社会主義市場経済」発展の道をはっきりと示しているのではないだろうか。それは、人の力、人民の力を発動し、人の要求、人民の要求に応える道に他ならない。問題は、それを実現する鍵をどこに求めるかだと思う。

■二つのキーワード
 科学技術の優れた人材を育成し、人民民主主義により人民大衆を国の主人に押し立てて、人の力、人民の力を発動する事業、そして「共同富裕」を実現し、グリーン化を推し進めて人の要求、人民の要求に応える事業、この二大事業を成功裏に推進し、「社会主義市場経済」を引き続き新しく発展させていくのは容易なことではない。中国は、そのための鍵をどこに求めたか。
 「大会」は、社会主義現代化国家を全面的に建設し、中華民族の復興を実現する上で基本は党であり、党を強化できるか否かにすべてはかかっているとしながら、そのために決定的なのは、党中央の中央集権的で統一的な領導を堅持し強化することにあるとした。
 日本におけるこれに対する評価が左右ともに「否」であったのは、本稿の最初に述べた通りだ。党の強化は、「習近平独裁・専制体制の強化」であり、社会主義現代化国家の建設は、「中国経済発展の頓挫、停滞」だった。
 これが正しい評価になるか否かは、これから展開される現実のみが判定の基準になる。だが、現実の政治は、それを待っていてはくれない。「米中新冷戦」が進行する中、「大会」を終えた中国に日本がどう対するかが問われている。
 そこで一つキーワードとして提起したいのは「国」だ。中国は、今回の「大会」で「同盟」ではなく、「国」を中心に置いた。そして、世界に対し、「分断」ではなく、「人類運命共同体」を掲げ、すべての国がその成員となる「共同体」を提起した。そこに中国の「覇権志向」ならぬ「脱覇権志向」を見るのは誤りだろうか。
 そしてもう一つのキーワード。それは「人間」だ。「大会」で明らかにされた中国共産党の方針、それは、「人間」「人民」に対する信頼と尊重なしには成り立たないものだ。だからこそ、習近平体制の真価を問う審判も、その基準が満たされているか否か、より分かりやすくなっているのではないだろうか。



論点

「揺れる政局は陰謀」から考える政界再編

吉田寅次


■「岸田政権の危機」を裏読みする
 安倍元首相銃撃殺害以降、日本の政局は大揺れに揺れ動いている。安倍国葬反対、統一教会問題の世論は、岸田政権と自民党を危機に追い込んだ。
 これは日本国民にとってよいことなのだろうか? 岸田・自民党政権を危機に追い込むことは一見、いいことのように思える。しかしこれを素直にそうだとは言えないものがある。
 それはこの間の政局が少し異常だという直感から来るものだ。かつて田中角栄首相が「ロッキード事件」で、金丸信(自民党)幹事長が「クロネコヤマト事件」で政治生命を断たれた。「アジア自主外交」に乗り出した田中首相、「日朝国交正常化」に動いた金丸幹事長をよく思わなかった米国による陰謀政局というのが通説だ。
 この間の政局をこの種の米国の陰謀から考えると、この政局がどこに向かおうとしているのかが見えてくる。

■突然の統一教会問題、立憲と維新共闘に疑問
 現政局の発端となった安倍元首相銃撃殺害事件、ここからどうもおかしい。私が異常だと思うのは、銃撃犯人である山上青年の取り調べ状況が「精神鑑定中」という事で全く明らかにならないことだ。元首相暗殺という政治的大事件でありながら山上青年の個人的動機の概要以外に捜査当局が明らかにしたものはない。事件の闇はまだ深い。
 マスコミが騒いだのは当初の山上青年の犯行動機、統一教会問題だけというのも異常だ。
 犯行の動機が統一教会がらみの家庭崩壊の不幸にあること、これを「文春砲」など全マスコミが大々的に報道し「統一協会=悪」が国民世論化され、これが統一教会と政界の結びつき暴露に発展、これを野党が自民党追及の国会政争に発展させることによって岸田政権崩壊の危機という政局をつくりだした。そもそも統一教会問題は以前から問題視されてきたもの、それ自体は問題ではあるがいまこれほど大騒ぎすべきことなのか?
 年末には安保3文書改訂で反撃能力保有が明記される。これこそいま野党が国会で追及すべき大問題ではないのか?
 またいま立憲と維新が選挙協力など「共闘」を打ち出し、統一教会問題で自民党追及の「共闘実績」を積み上げている。維新は新自由主義を政治理念とする、他方、立憲は新自由主義反対の党、いわば水と油の関係にある。それが急に「反自民」で密接な関係になった。これも何か変だ。

■日米「統合」時代の政界再編
 ではなぜ岸田政権や自民党が米国から攻撃を受けるのか? この解明が重要なポイントになる。
 そのキーワードは日米「統合」だ。米国は弱体化した米国の覇権建て直しのため、具体的には中国を敵視する米中新冷戦のために、同盟国、特に日本との軍事、経済、政治、文化の「統合」を不可欠としている。それは日本が完全に米国に融合、溶解させられる危険を意味する。これを日本の政財界が両手をあげて歓迎するとは思われない。
 日本の政財界は表向き唯々諾々と米国の言うことを聞くが、面従腹背的な体質を持っている。菅政権は政権発足直後、「対中包囲網に参加することは国益に資さない」と断言したが、これはそのことを示していると思う。
 自民党はある意味、日本の土着政党、中央や地方の財界の意向を最も代表する政党だ。土着勢力は日米「統合」の抵抗勢力だとも言える存在だ。土着政党的体質の自民党を解体し、日米「統合」時代にふさわしい政界再編、自民、立憲内の一部に維新を加えた日米「統合」政党創設を画策する米国の陰謀説は十分、説得力を持つ。

■禍転じて福と為す
 「月刊日本」10月号で自民党の古川禎久氏(元法務大臣)は、与野党を解体し、米国一辺倒か自主自立かを鮮明にする政界再編の時が来ていると説いていた。米国からの日米「統合」政党創設のための政界再編攻勢を逆手にとって、自民内部の土着勢力、野党内の日米同盟基軸見直し、自主自立の政治勢力等々を結集した政党を創設する絶好の機会が来たのだとも言える。
 ウクライナ事態で米国の覇権力の衰退を日本の政財界、支配層も見ているはずだ。
 米国による日本政界再編劇の禍を福に転じるチャンス、これを福と為す主体的立場が問われると思う。


 
論点

「国がなくなるとは」

東屋 浩


 「米国による統合化により日本という国がなくなる」と言ったとき、「国がなくなるとはどういうことか?」という疑問が呈された。それで「国がなくなる」ということについて考えてみたい。
 故郷があり、同胞がおり、祖先が築いてきたこの国にたいし、誰もが少なからず愛着をもっている。だから、国がなくなると言われれば、理解に苦しみ反発することもありえる。
 しかし、今、問題なのは日本が米国に統合されていくことによって、主権国家日本としての「国」がなくなりつつあるということだ。現在、軍事、経済、教育文化などすべての分野での日米統合化により、日本が米国と一体化し、「国」が全面的になくなるという亡国の危機に直面している。

■もっとも統合がすすんでいるのは軍事だ
 自国を防衛する軍事力なしに「国」は存在しえない。軍事力は主権を確固と保障する最低条件だ。
 現在、日本は自衛隊という軍隊をもっている。しかし、有事の際には米軍に指揮権があるという密約が既にあり、共同指揮所が米軍横田基地内にある。1986年以降日米共同統合軍事演習キーンソードが実施され強化されているように自衛隊は完全に米軍の指揮下にある。こうした自衛隊を日本の軍隊という事はできないだろう。
 かつてと異なるのは、日本の役割が変わったことだ。かつて自衛隊は「専守防衛」、その後には「米軍の後方支援」と役割が変わったが、米軍の力が弱化している今日、中ロとの新冷戦を闘うためには日本をはじめ豪、加、英、さらには独まで動員しての「同盟軍」なしには米軍が成り立たず、その先頭に立たされているのが米軍と密接に一体化し「矛」化された日本の自衛隊だ。
 自衛隊は後方支援から「米軍の突撃隊」として前面に立たされ、「統合抑止力」の前哨を担っている。ここに今日の新冷戦下の統合の意味がある。自衛隊はあっても日本の主権を守る軍隊はない。

■経済における米国との全面的な統合化
 経済は国を単位としてあり、その国民経済は国と国民を豊かにする物質的保障だ。しかし、統合化によりその国民経済が崩壊させられている。その典型が産業のコメといわれる半導体生産だ。米国が設計、生産は米国と台湾、韓国、日本は半導体製造装置と原材料を担当するという。半導体生産の「日本連合」が作られようとしているが、それも米国のもとにある。企業丸ごと買収され、大企業が米国の「ものを言う株主」に左右されたりしている。経済安保の名目で、米国の統制下でしか経済活動を行うことができなくなっている。
 米国への経済における融合と統合、それは弱化した米経済への日本経済の下請け化、取り込みであり、経済が国の発展と国民の生活のためにあるのでなく、米国のために存在するようになる。

■もっとも決定的な問題は、人々から日本人としての魂が抜きさられていっていることだ
 人々に日本人としての誇りがあれば、たとえ軍事や経済面で不足があっても、「国」は存在し発展飛躍していける。「国」とはすなわち日本国民だ。
 現在、学校教育では「英語、IT、プレゼンテーション能力」に特化した人材育成に目的をおき、教育内容で日本歴史を欧米史に溶解させる「歴史総合」科目の置き換えが進行している。自国の歴史を知る事は自分を知る事であり、日本人としての自覚の基礎となる。にも拘わらず、「英語、IT」能力の長けた人材育成を目的とした教育が中心に置かれるとしたら、日本人としての魂を自ら去勢してしまうようなものだ。次世代が日本人としての意識がない人間になってしまえば、「国」が完全に滅びてしまうといって言い過ぎではないと思う。
 現在、覇権力が弱化した米国は中ロにたいする新冷戦を宣言し、包囲しそれを弱化させ、同盟国にたいしては統合することにより、その「国」自体をなくしていっている。その「模範国」として米国の言うがままの日本が位置づけられている。
 米国による日本の統合は、米国への日本の融合であり、一体化だ。融合と一体化は日本が「国」としての内実を失ってしまうことを意味している。
 それは植民地国の亡国の民になる事ではないが、主権国家としての軍隊、経済もなく日本人としての意識も自負心もなければ、自らが依拠する共同体、精神・心の依りどころを失った「亡国の民」と同じではないだろうか。
 それが米国との統合により「国がなくなる」という意味だと思うがどうだろうか。



闘いの現場から

尼崎は維新市長を拒絶した

平 和好


■維新による兵庫侵出計画
 橋下徹氏が絶頂の勢いだった9年前、維新は兵庫も取ろうとして宝塚市にまず襲い掛かった。当時の中川市長に若くて「自称・ハンサム」な候補をぶつけて来た。橋下氏が現れると街頭は見物の聴衆であふれ、総動員された近畿各地の維新議員たちが全駅前を占拠し堅実な中川智子市長をデマ宣伝で攻撃しまくった。危ないところだったが危機意識に燃えた市民が保守系リベラルから共産党まで一丸となって闘い、維新市長誕生を阻止した。
 常識的分析では人気絶頂の維新が勝ちそうなものだが。その後、大阪市廃止住民投票でも堺市長選挙でも圧勝の予想を覆して維新が敗北し、橋下氏が「引退」した。
 害虫のようにしぶとい維新は兵庫進出を狙い続けたが、伊丹・川西・西宮・芦屋などでもその野望は選挙民に通用せず4連敗。そこで目を付けたのが準大阪圏45万都市の尼崎。
 2代続けてリベラル系女性市長が就任した市であるがその稲村和美市長が引退を表明して情勢一変。地盤が強く「ハンサム」な光本けいすけ市議が出ようとした。ところが同氏は10人もいた維新市議に支給される政務活動費を250万円も勝手に引き出し偽領収書を出して窃盗した(市議団トップの幹事長だからできた「党の犯罪」)事件で出られなくなった。こんな事をしても議員辞職もせず、維新除名だけで生き延び、逮捕もなしだ。
 維新はそこでまあまあ大きい病院の息子を担ぎ出した。この人物は身を切る改革を叫ぶが、市民の身を切る「怪革」しかできないのだから信用されない。そこで打ち出したのが尼崎の交通の充実で、その最大のプランが、尼崎から此花の関西万博までロープウェイを通して、大阪と連携した発展を!というものだった。すぐ正体が分かる。海の上を通すので用地買収も不要と思ったのだろうが、構想認可・手続き・資金計画・採算見通しまで、運転開始まで十年以上かかるのが明らかだ。万博は2025年だから7年も後になる。その時にあるのはカジノ・賭博場だけだ。何百億以上の血税を使って、市民をバクチ場に送り込む構想を掲げる市長候補に、皆呆れてしまった。

11月20日の開票を見守り、稲村市長と松本眞候補を囲んで歓喜の市民戦隊

■「激闘しかし劣勢」の時に現れた「市民戦隊」
 現市政で財政が大きく改善したのに、こんなおバカな事に巨額の財源を使われてしまうと子育ても介護福祉も医療支援もコロナ対策も出来ず無茶苦茶にされてしまう。広範な市民が反維新統一候補松本眞さん支援に立ち上がった。保守系、リベラル系、共産党、れいわなどの政党や社民党・社会党・みどり等は一歩下がって勝手連的に、しっかりと支える行動を分担して行った。しかしそれだけでは4万の固定票を持つ維新に勝てないのは明らかで、さらに燃えたのが市民寄合部隊、市民選対というよりパルチザンに近い「市民戦隊」だ。候補がいない時でもプラカードをめいめい持ち、政策ビラを配布したり、ネットワークを活用して口コミ、ささやきで無数の市民に直接接する作戦に出た。そういう作戦が取れないまま、保守系選挙になって(しかも保守の半分が維新候補に内通して)負けてしまった一昨年の兵庫県知事選の教訓を繰り返さない為にも「戦隊」はフルに動いた。
  11月20日の開票を見守り、稲村市長と松本眞候補を囲んで歓喜の市民戦隊  もちろん公明党の動きもいつもながら、であった。自主投票を公式には言っていた(出陣式も両方に議員を派遣)が聞いてみたら女性達は維新に入れ無さそうであった。そこで優勢情勢を作りだし最終盤で「勝つ方に付く」特性を発揮してもらった。告示までは維新優勢、頑張って僅差で勝利の見通しだったので、投票締め切り直後に当確報道が出たのはそれ以外に考えられない。もちろんインチキ維新に騙されない市民の良識はあったが。
 稲村和美市長の早すぎる引退は、前川喜平さんの部下らしい文科省元職員松本眞氏に引き継がれた。いつもこう上手く行くとは限らないが、貴重な「維新撃滅」の市民劇場だった。



寄稿

交野市長選,その後の闘い

「チーム★みんなの交野」 吉坂泰彦


 2022年9月4日、市長選投開票日。私達交野市民は、自民・公明・立憲・国民・維新・連合推薦の候補に勝った。私達とは、「市民の声を聞く市政を!」と訴える2人の元市議が中心となった市民運動団体と、それに賛同し自主支援をした共産党系の「民主市政をつくる会」だ。バックには、高齢者団体と障がい者団体と保護者有志の方たちがいる。921票という僅差での勝利であった。
 私たちは、選挙戦に入る前から、激戦を覚悟しつつも、勝利を確信していた。何故か? 交野市は、30年前には「財政再建団体」に転落すると言われていた。それがここ10数年の市政運営で、何とか持ち堪えているような状態だった。前市長は、2期目の市長選では何も言わずに、2年目に財政的にはあまり大きな負担でもなかった「福祉バス」を廃止する方針を出した。理由は、既存の民間バス会社の経営を圧迫するからというもの。当然、利用していた高齢者・障がい者の反発にあったが強行した。3年目には、2小学校を統合し、その後中学校も統合するという「施設一体型小中一貫校建設」を打ち出した。これに当該校区の子育て世代は、不安と反発が充満した。「福祉バス問題」の時は、市民の署名1万名の請願だったが、市長は会うことすらしなかった。学校の問題では単なる署名運動を越えて、「住民投票条例の制定要求」署名にまで進んだ。本人署名と有権者確認と押印の正確さを確認されるとい厳しいものだったが、有効署名は7210人と法定数の約6倍に及んだ。しかし、市長は反対意見を付けて議会に提案し、市議会は9対5で否決した。市長選挙は市民にとって「必須」のものとなった。
 1月から戦いは始まった。市民集会・戸別訪問・全戸ビラ配布(3万戸)6回・市役所前やスーパー前での宣伝活動が、党派を超えて作られた組織「住民投票を成功させる会」(現「子どもの笑顔あふれる学校を!交野ネットワーク」)で行われた。山本候補も前面に出て活動した。その流れで、選挙戦に突入。前市長派は組織固め、私たちは「組織の切り崩し」と「落穂拾い」の闘い。
 そして、勝った。しかし、前途多難であることは当然分かっていた。「公約」を実現するためにどうするか? 市議会定数14(市長は市議だったので1減)のうち10は、自公立国維の議席。残りは共産党の3と無所属1の計4。この構図は、来年9月の市議選まで変わらない。それを放置すれば、前市長と議会が契約した事業がそのまま続行されることになる。確かに、山本市長の誕生で、「民意」を汲み取る必要を感じている議員もいるが、全体的にはそうはなっていない。自民公明のように「選挙の恨み」をぶつけたいと考えている方が多い。
 公約でもあったので、山本新市長は10月の議会に、「小中学校の3学期の給食費の無償化」を提案した。すると、9対4で否決。私たちは直ちに、この事実を街頭で宣伝した。これがマスコミに報道され、政界に波紋を呼んだ。公明は、「給食費無償化の流れは我が党10年の要望」なのに、何故交野の公明市議は反対するのか、維新は「松井一郎市長は給食費無償化を続行する」のに、何故交野の維新市議は反対するのかと、市民が議員に問う事態となった。直後、維新は「財政のめどがつけば12月議会で賛成する」と言い、3日後には自公立国は「来年度から給食費の無償化を」という要望書を市長に届けるという始末。要するに、民意に基づく施策は、誰も拒否できないということを明らかにした。
 どんな問題にしても、市議会の議決が必要となってくる。市長が代わっても、市議会で多数派にならなければ、「市民の思いは実現できない」ことを市民は知ることになった。同時に、市役所職員も味方につけなければならない。実際、仕事をするのは職員だし、職員の協力なしには市政は運営できない。市長が人事権を発動しても、それが職員が納得できるものでなければならない。
 だからこれまで行動してきた市民は、「来年9月の市議選で勝負しよう」となっている。「みんなでつくる・みんなの交野」をスローガンに。
 このことを契機に私たちは、これを大阪の交野というローカルな問題にせずに、地域政党として立ち上げ、同じ問題を抱える人達と連携することを模索し始めている。
 本当の戦いはこれからかもしれない。



未来アジア学習会報告

もう一つの視点、もう一つの世界を知る学習会

金子恵美子


 12月10日、第4回「未来アジア学習会」が開かれた。2月「ウクライナ・オンザ・ファイヤー」の上映会を準備回として、第一回の「独ソ戦」、第二回「日中国交正常化50周年記念学習会」、第三回「朝鮮半島情勢」と回を重ね、今年最後の学習会となった。今回はその総集編として「最新中国の現状と展望」のミニ講演(日中友好ネット)、詩の朗読(リブインピース)、朝鮮の最新音楽と訪朝ビデオ上映(アジア新時代研究会)、中南米・ブラジル情勢の報告(思想運動)など、盛りだくさんの内容であったが、一つ一つが中身の濃い、締めくくりに相応しい学習会となった。
 中国情勢では、今月8日の中国習近平主席のサウジアラビア訪問と7月の米バイデン大統領のサウジアラビア訪問を比較し、宮殿にて握手で厚く歓待された習近平主席とグータッチで質素な接遇に終始されたバイデン大統領、総額4兆円の投資と経済連携の強化を確認した中国と石油増産の要請に対して減産で応えられた米国の例を示し、この現実を直視しれば、長年武器と石油で依存関係を築いてきた米とサウジアラビア両国の蜜月関係が過去のものとなったことが分かる。習主席は「サウジが引き続き自国の国情にあった発展の道を進むことを支持する」と、サウジの国内事情に干渉しない姿勢を鮮明にしている。中国が打ち出している「人類運命共同体」理念の実践。中近東の大国であるサウジアラビアのこうした変化と中国との関係がこの地域の他の国々に与える影響は推して知るべしだろうと話された。また、いわゆる「香港問題」「台湾問題」についても、単純な「民主主義と自由」vs「専制主義」の闘いではないということを、台湾の長い歴史的な経緯から紐解き話された。「親日」以外の台湾の姿を知る事ができた。
 朝鮮問題では新しい住宅建設に沸く首都ピョンヤンの人々と新時代に現れた斬新なスタイルの新人歌手の歌に熱く呼応する市民の姿などを通して、「ミサイル」や「人権問題」でしか報道されない朝鮮のもう一つの姿を垣間見ることができた。
 さらに、中南米情勢では、かつての親米国家コロンビアでの左派の躍進をはじめ、ブラジルのルラ大統領の復活など、極一部の国を除くほとんどの国が左派政権か大統領選で左派候補が優勢の国になっていること、その背景としての米国の裏庭政策とその破綻、今やブラジル・ロシア・インド・中国からなるBRICsが世界人口の4割を占め、ロシアへの制裁反対国はBRICs拡大会議参加国、拡大会議参加国以外の反対国を合わせると世界人口の8割以上になり、ロシアへの制裁を主導する日米をはじめとするG7の影響力は極めて小さいものになっているなどの報告がなされた。
 これまで様々な場で独自に活動をしていた運動体が合同で取り組んだ「未来アジア学習会」。4回の学習会を終えて振り返ってみれば、知らなかったことや別な視点からの世界や物ごとの見方など大変勉強になった。また、これまで面識のなかった各団体や個人の交流の場になり、次のステップにつながる貴重な足場を築けたと言える。そして何よりも、この学習会が、日本の中にいてはなかなか見えてこない新しい時代、アジアの時代、第三世界の時代の到来を感じ学ぶ場となっていること、そこに小さな学習会ではあるが今この日本の中で、大きな意義があることを確認し、これをもっと広く発信していく場にしていこうという思いを共有できたことが何よりの成果だと言える。
 12月10日付けの毎日新聞に「防衛省がAI技術を駆使して、国内世論を誘導する研究に着手」という記事が載っていた。ロシアや中国の「情報戦」に対抗するためと言っているが、ロシアと中国を出せば何でも通ってしまう雰囲気自体がすでに世論操作の結果だと言える。古い勢力となりつつある欧米視点でない、もう一つの視点、もう一つの世界の実相を発信することを基本方向と考える「未来アジア学習会」の意義や役割がますます問われていると思う。


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