研究誌 「アジア新時代と日本」

第230号 2022/8/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

視点 「黄金の三年」、真の改革に向けて

論点 8月は問う―国是か、同盟か

論点 安倍国葬反対の理由

寄稿 朝鮮人元BC級戦犯者の問題をご存知ですか?

案内 伊藤孝司写真展「平壌の人びと」 

詩 ああ八月や




 

編集部より

小川淳


 外国人技能実習制度廃止へ一歩が始まった
 外国人技能実習制度「廃止」への全国キャラバンが繰り広げられている。6月12日、東京上野でのデモをスタートに、これまでに全国43都道府県で講演や街頭行動を行ってきた。主催したのは「移住者と連帯する全国ネットワーク」(移住連)という組織だ。
 外国人技能実習制度とは、「人材育成を通じた開発途上国への技能、技術、知識の移転による国際協力を推進する」ことを目標に93年に作られた制度で、2021年時点で、約35万人が在留している。だが実際には多くの実習生が多額の借金を背負って渡航し、転職も認められず、低賃金や過酷な条件の労働を強いられるケースが多く、「現代の奴隷労働」として国際社会からも強い批判が寄せられてきた悪評高い制度だ。
 最近でも、時給400円、残業200時間超、賃金未払、失踪、暴行、いじめなどなど、信じられないような実態が次々に明るみに出てきている。2021年の労基署による立ち入り調査でも、実習生を受け入れている事業所の7割で労基法違反が確認され、制度発足以降、325の企業が認定を取り消されている。企業からすれば、実習生を日本人と同待遇にするのであれば、そもそも実習制度を利用する意味もなくなるわけで、これほど制度設計(技能移転による国際貢献)と中身(中小企業の人手不足を補う実態)の乖離した制度は他にないのではないか。
 何が問題なのか。横行する実習制度悪用の根底にあるのは労働力不足という需給のギャップだ。建設や製造業、農業などの現場では深刻な非熟練労働者不足が起きていて、外国人労働者を欲しくても技能実習制度に代わる(非熟練)外国人労働者を受け入れるきちんとした「制度」が日本には存在せず、「現実に直面しているのは産業の担い手の問題」(移住連代表鳥井氏)と指摘しているのはそのためだ。
 求められているのは、技能実習制度の「改善」ではなく、労働者として働き、人間として生活できるような、外国人の権利と尊厳が保障された新しい「受け入れ」制度であり、今回のキャラバンで「技能実習制度の廃止」を移住連は強く求めている。
 韓国でも90年代に研修制度が導入され、深刻な人権侵害が起きていたが、2004年「雇用許可制」が導入され、企業は合法的に外国人労働者を雇用することができるようになり、ILOなどからも高い評価をうけているという。
 古川法相は7月29日、技能実習制度見直しに向けて有識者会議を設置することを発表、制度改革の動きがやっと始まった。外国人労働者の権利と尊厳は当然、私たちの権利と尊厳と密接につながっている。新しい日本への大きな一歩となることを期待する。



視点

「黄金の三年」、真の改革に向けて

編集部


■参院選、「黄金の三年」に向けて
 すでに一ヶ月の時間が過ぎたが、あの参院選は、文字通り自民党の圧勝だった。野党が勝てる要素はなかった。
 何よりも、政策で野党は負けていた。与野党皆、「危機」を叫んでいたが、危機に対応した政策を掲げていたのは、自民党だけだった。野党が掲げた政策は、危機に対応し、自民党政策と切り結ぶ、対決点をなしていなかった。物価高騰に対しても、戦争の危機に対しても、自民党の政策と対決する抜本的な解決策をもって選挙に臨んでいたとは到底言えなかった。
 この危機に当たっての対自民対決の路線と政策、スローガンの欠如は致命的だったと思う。これでは、反自民の闘いの流れをつくることはできない。広範な有権者が立ち上がらないだけではない。野党の統一もつくれない。
 一言で言って、選挙が与党、自民党の選挙公約が主導する、「大政翼賛選挙」になってしまったと言われても返す言葉がない。
 この選挙で自民党は、「日本を守る」「未来を創る」をキーワードに、「防衛費倍増」「新しい資本主義」「改憲」など七つの柱と言われる政策を掲げていた。問題は、ここから出発して、参院選後の日本政治が動いていくようになることだ。
 そこで今言われているのが「黄金の三年」だ。向こう三年間、国政選挙なしのこの期間に、自民党の横暴がまかり通ったら、日本の政治は一体どうなるのか。≪参院選は、この『黄金の三年』に向けての準備だった≫。その企図を破綻させることこそが今切実に問われているのではないか。

■描かれている向こう三年の青写真
 「黄金の三年」に向けての青写真、それは何か。参院選は、一体何のための準備だったのか。それについては、参院選での自民党の公約、「防衛費倍増」「新しい資本主義」「改憲」などに明示されていたのではないかと思う。
 この日本のあり方を抜本的に変える政策が「米欧日VS中ロ新冷戦」の最前線を担う「新しい日本」に向けた改革であるのは、容易に推察できるのではないだろうか。
 今日、米覇権により「新冷戦」のため目論まれているのは、基本的に中ロに対する包囲、排除、封鎖、そして米国とその同盟諸国、友好諸国との統合、この二つだ。一言で言って、中ロを弱体化し、米国を強化すること、これが米覇権回復戦略の基本だと言うことができる。
 「黄金の三年」での改革、それは何よりも、中ロに対する包囲、排除や封鎖として、これまでクァッド、インド太平洋戦略やNATOによる包囲戦略など、「民主主義国」による「専制主義国」対する包囲というかたちをとって推し進められてきた。この、今ほころびが目立つようになってきている米外交戦略にあって、日本に期待されているのは、米欧と力を合わせ、米欧を補完して、中ロとの連携を強める非米・脱覇権国家群との活動をよくやり、これら諸国を米欧「民主主義陣営」に引き戻すことだ。
 この米外交戦略に沿い、そこに統合される日本の外交改革とともに、それにも増して重視されているのが軍事や経済など日米統合、一体化の基本であり、その他、地方地域からの統合、教育、社会保障の統合など、そのための改革は全面的だ。
 この統合について、米国側から説明されているのは、一言で言って、中国そしてロシアとの競争に勝つため、同盟国、友好国と米国の戦力、そして技術力を結集するというものだ。すなわち平たく言えば、軍事も経済も、他のすべての分野も皆、力を合わせて「共同指揮」、「共同運営」そしてDX、GXなど先端技術の「共同開発」をするということだ。
 だが、ここで忘れてならないことがある。それは、この統合がどこまでも覇権国家、米国主導の統合であり、日本などその同盟国、友好国は、あくまでその下請け、補完物として利用される統合だと言うことだ。半導体生産での統合で、米国が一番重要な設計と製造を握り、韓国、台湾が製造、そして日本が素材と製造設備生産を役割分担されていることなど、その典型だと思う。
 その上で、この統合でもう一つ重要なことがある。それは、この米国とその同盟諸国、友好諸国の統合がどこまでも「民主主義」イデオロギーによる同盟に基づいており、各国のアイデンティティーがまったく考慮されていないことだ。これは、「国」というものの否定につながっているのではないだろうか。

■どうなるか、ウクライナ戦争、「新冷戦」
 「黄金の三年」の間、ウクライナ戦争、「米欧日VS中ロ新冷戦」はどうなるか。もちろん、簡単に決着はつかないだろう。長期化し、拡大激化する可能性は少なからずある。だが、その行方は、遅かれ早かれ見えてくるのではないかと思う。
 先述したように、米欧日の統合は、「民主主義」イデオロギーに基づく統合だ。そのためには、国益を犠牲にすることが求められている。実際、この戦争と「新冷戦」にあって、日本をはじめ各国には対ロ制裁や対中排除、それにともなう物価高騰など痛みが求められている。
 これに対し、中ロ、および中ロと連携した非米・脱覇権国家群の結合は、自国第一、人民第一の国益を第一とする結合だ。それは、朝鮮やキューバ、ベネズエラなど中南米諸国、ベトナムとASEAN諸国、イラン、シリア、アフガンなど中東諸国、そしてインドやブラジル、南ア、トルコ、サウジ、等々、BRICS,G20など「地域大国」と呼ばれる諸国まで含め、長期に渡る民族解放戦争、それに続く究極の覇権主義、国と民族、ひいては集団そのものまで否定するグローバリズム、新自由主義との闘いを通して鍛えられた結合だ。彼らが米欧日によるプーチン・ロシアに対する非難や制裁の呼びかけに応じなかったのはあまりにも当然の結果だった。
 中ロと連携した非米・脱覇権国家群の国益・脱覇権第一の結合は、米欧日覇権勢力の力の弱まりと反比例するかのように、ますますその広がりと強さを増していく。ここに、ウクライナ戦争と「新冷戦」発展の帰趨を決する重要な要因の一つがあるのではないだろうか。
 だが、それにも増してより決定的な要因があるように思う。それは、米欧日に押し立てられ、「代理戦争」をやらされているウクライナの軍と国民の間に、「愛国」の意思が決定的に弱いことだ。「脱国する自由」「兵役を拒否する自由」を主張するウクライナの若者たち、彼らになぜ自分たちが米欧の「人間の盾」になって戦争をしなければならないのかという疑問が湧いたとしても何の不思議もないと思う。
 米覇権が崩壊する中、その本質において、覇権VS「国」の戦いになっているこの戦争の帰趨がどうなるか。それが誰の目にも明らかになる日はそう遠くないのではないか。

■改革をめぐる闘いとその対決点
 世界の趨勢が見えてくる中、日米統合、そのための改革はどのように展開されていくだろうか。
 「黄金の三年」を前にして、日本の改革はどのようなものとして描かれているか。それは、一言で言って、「DX、GXされ、アメリカ化された新しい日本」だと言えるのではないだろうか。
 それは、今、教育改革にもっとも分かりやすく示されていると思う。今日、教育でもっとも力が入れられている必須中の必須は、一に英語、二にIT技術、三にプレゼンテーション技術だ。これを身につければ、新しい日本で生きていけると言うことだ。もう一つ重要なのは、歴史の基本に「総合」が置かれたことだ。すなわち、日本の歴史を独自の歴史ではなく、世界史の一環として見ると言う見方だ。ここにこれから推進される「改革」の何たるかが端的に示されていると思う。
 この日本国の改革を見る上でさらに重要なのは、この「改革」が「国」というものをどうとらえているかだ。米覇権にとって、「国」とは、一つの「強権」、人々を統制し動かす支配の道具にすぎない。だから、「改革」は、覇権をよりよくできるようにするための手直しに他ならない。
 しかし、国民にとっての「国」はそんなものではない。生きていく上でのかけがえのない拠り所、居場所だ。その「国」の改革を米欧日覇権のため、米欧式民主主義を守るため、国益を犠牲にして行うのに賛成する国民がいるだろうか。アメリカンドリーム華やかなりし一昔前ならいざ知らず、ウクライナ戦争の帰趨も危うい今日、賛成する国民はほとんどいないのではないか。
 「黄金の三年」を前にして、野党に問われているのは、参院選の総括に基づき、自民党「改革」に真っ向から対決する国民のための真の日本国改革への闘いの開始ではないだろうか。



論点

8月は問う?国是か同盟か

吉田寅次


■「核戦争を戦う覚悟」求める日米同盟
 今年も8月が来る。6日、9日は広島、長崎「原爆の日」、そして15日は「終戦(敗戦)記念日」だ。日本人が忘れてはならない、いや決して忘れることのできない日だ。
 「あの8月」の国民的体験から戦後日本は、非戦、非核を国是としてきたはずだったが今、この国是が名実共に放棄される危険な事態が迫っている。
 参院選「自民圧勝」を受けて岸田政権は年末の国家安全保障戦略改訂に動き出す。「反撃(敵基地攻撃)能力保有」「防衛費倍増」で自衛隊は専守防衛を捨て公然と外征戦争武力に転換、非戦の国是放棄の一線を越える。米国の新冷戦戦略を受け同盟国として「対中対決の最前線」を日本が担うためだ。
 他方、いま急速に焦点化されつつあるのが非核の国是の見直しだ。これまで水面下にあった「米軍の中距離(核)ミサイル配備受け入れ」議論がこれから表面化し、少なくとも「非核三原則」のうち、「持ち込ませず」放棄に踏み込む。これに安倍元首相の主張、「米国との核共有」論がプラスされて「有事には米軍の核を搭載する中距離ミサイル発射を自衛隊が担う」というのが自衛隊の遠くない現実となる。
 中距離ミサイル搭載の核は「戦術核」、「使える核兵器」と言われるものだ。あるTV番組で河野克俊前統幕長は「核を使えば相手国の十万、二十万人が死ぬ」その責任と覚悟を日本国民が持つべき時だとまで述べた。それぐらいの覚悟を同盟国として日本が示さないと米国は核の拡大抑止・「核の傘」を提供してくれないというのがその理由だ。小野寺五典・自民党安保調査会会長は5月27日、時事通信に語っている。「『核の傘』に入るということは、『核を使ってでも守ってください』ということだ。その覚悟(核を使う覚悟)が皆、すっと抜けている」と。
 事態は、「核戦争を戦う覚悟」を日本国民が持つ時が来た!などという主張が公共放送で堂々と述べることが許されるところまで来ている。日米同盟維持のため、「米国から拡大核抑止力(核の傘)提供の保証を得るため」に!

■同盟基軸はすでに破綻している
 今まかり通っているのは、日米同盟の前には非戦非核の国是など二の次だという暴論だ。
 こんなおかしな議論になるのは、戦後日本はこと安保防衛問題に関する限り「同盟第一、国是第二」、すなわち「非戦非核の国是では日本は守れない」、だから「日米安保基軸」「核抑止力など圧倒的攻撃能力を持つ米軍が日本を守る」が正論としてまかり通ってきたからだ。
 もしこれが正論だとしたら、圧倒的な核抑止力を持つ米国との同盟なしに国を守れないということだ。たしかにNATOや日米安保は米国との同盟基軸だ。しかしこれは世界の少数派だ。この意味をよく考える必要があると思う。
 世界の圧倒的多数は非同盟、それで自分の国防をやっている。あの大国である中国でさえどことも同盟を結ばず非同盟主義を貫いている。
 NATO、日米安保など同盟基軸をやっているのはかつての帝国主義列強、米欧日であり、先の戦争をまともに総括していない国々だ。独ナチスや日本軍国主義のファシズムは批判弾劾されるが二度の世界大戦の根本要因が帝国主義的覇権戦争、植民地争奪戦にあること、その根本にある自己の植民地主義を総括反省した国は一つもない。
 同盟とは覇権主義者による覇を競うための合従連衡、古い時代の遺物である。
 今度の「ウクライナ戦争」はこの同盟主義が古い時代の遺物であることを具体的に見せてくれた。
 対ロ対決のためNATOという同盟拡大をウクライナに強要した米欧はいま世界から孤立を深め、軍事的にはもちろん経済、政治的な脆弱さをさらした。他方、日米同盟の義務として対中対決の最前線化、「東のウクライナ」化に直面する日本は上記のように「核戦争を戦う覚悟」、非戦非核の国是放棄を迫られる危機的事態に陥っている。
 核を基本とする大国の抑止力に頼る防衛、日米同盟基軸の防衛という「戦後の常識」を今の世界の常識から見直すよい機会にすべきだと思う。
 非同盟、脱覇権が時代の主流であることを確固と見て、非戦非核の国是、憲法9条基軸の防衛政策を明確に打ち出すときが来た。


 
論点

安倍国葬反対の理由

東屋浩


■盛り上がる国葬反対の闘い
 安倍元首相の国葬に反対する闘いが大きく起こっている。吉田元首相の国葬の時に問題になったのに国葬についての規定を作ってこなかったので法的根拠もあいまいだ。しかも、亡くなって一ヶ月も経たない、首相辞任からも2年という短い期間で評価がある程度定まることなく急いで強行しようとする岸田首相に疑問が湧く。
 早速、社民党、れいわ、共産党、および立民の一部議員が反対を表明し、市民団体が訴訟を起こした。世論調査でも反対が賛成を上回っている。「権力犯罪を監視する実行委員会」共同代表の岩田薫さんらは、安倍国葬の差し止め仮処分を申し立てた。申し立て後に行われた記者会見で、国葬実施について、「国民を愚弄した話であり、現憲法に違反する行為だ」と訴えた。
 葬儀をどうするかについて大抵の人は口を挟まないものだ。にもかかわらず反対が多いということは、それだけ安倍国葬をはっきりと否定しているということにほかならないと思う。茂木幹事長が国葬に反対するのは「国民の声とかなりずれている」と言っていたが、国葬にすることこそが国民の声に背くことだ。
 一番、問題なのは、安倍元首相への評価が国民の間ではっきりと分かれていることだ。分かれているというより悪評価が多数だ。周知のように、安倍元首相は集団的自衛権の解釈を変え、自衛隊が米軍と共に戦えるように安保法制を大多数の国民の反対にもかかわらず強行採決した。さらにアベノミクスで勤労者の実質収入をおさえいっそう格差を拡大し、日本経済を停滞させた。森友・加計・桜の会問題などお友達を優遇し、その責任追求を逃れ開き直ってきた。
 だから、「テロに屈せず民主主義を守るため」という国葬の理由を聞かされると、安倍元首相こそが民主主義を蹂躙してきた張本人ではないかと言いたくなる。とくに安倍元首相の人格が疑われるのは、国民を徹底的に無視する姿勢だ。自分が首相だ、だから国民の代表で自分の言うことが国民の声だという思い上がった態度で平然としていた。その反面、米国には徹底してへりくだってきた。「米国の国益が日本の国益だ」と述べたり、米国議会にて日本国会で論議もされていない安保法制の決定を誓ったり、米国の言うがままに高額の戦闘機を爆買いしたり、日本国の尊厳を自ら踏みにじってきた。にもかかわらず、なぜ岸田首相は国葬を強行しようとするか。

■米中新冷戦の八幡神としての安倍元首相
 現在、政治の中心問題は米中新冷戦だ。戦いには先陣に掲げる旗印が必要だ。安倍元首相は首相辞任後も「台湾有事は日本の問題」とし防衛費の増大や核共有論を訴え、保守の重鎮として日本における新冷戦体制づくりの先頭に立ってきた。その中心人物が恨みを買って斃れた。
 だから、安倍国葬というのは、米中新冷戦体制をさらに固め、日本が米国の手先となって新冷戦の最前線に立って戦う旗印として利用できる一大ショーとなる。内外の要人を招いて、「新冷戦の誓い」を固めることもできる。これは、米国支配層の意図にも合致する。岸田首相が強引に国葬にしようというのも米国の意図に基づくものではないだろうか。
 したがって、安倍国葬反対闘争はなによりも対中ロ新冷戦体制反対の闘いとして位置づけされなくてはならないと思う。
 日本を対中ロ新冷戦の最前線とするな! 世界を専制主義国家と民主主義国家に分断するな! 米国に従わず日本は全方位の平和国家に! 安倍葬儀は自民党と統一教会でやれ! 私はこれをスローガンにしたいと思う。



寄稿

朝鮮人元BC級戦犯者の問題をご存知ですか?

姜秀一(カン・スイル)


◇朝鮮人元BC級戦犯の話を知っていますか
 皆さま、初めまして。私は大阪市生野区在住の在日韓国人三世で、姜秀一と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
 このたびは、昨年2021年3月28日に96歳で他界した私の伯父(私の父親の実姉の夫)で、朝鮮人元BC級戦犯者であった李鶴来(イハンネ)の生涯についてお話しさせていただきます。
 唐突ですが、朝鮮人元BC級戦犯の問題についてお聞きになられたことはございますか?
 残念ながら、日韓の間で問題となっている従軍慰安婦や徴用工のことは知っていても、BC級戦犯問題のことは知らない方があまりにも多いのが現実です。以前、あるところでBC級戦犯問題についての講演をさせていただいたことがあるのですが、71名の参加者の中でご存知の方は1名だけでした。この問題についてのマスコミ報道の少なさを考えると致し方のないことかもしれません。また伯父の他界により、存命する元戦犯の当事者はいなくなり、この問題に対する関心の低下が危惧されます。
 この問題は決して風化させてはならず、一人でも多くの方に知っていただきたいとの思いから筆を取らせていただきました。この文章を読まれた方が少しでも関心を持っていただければ幸いです。

◇伯父の人生の歩み
 まずは伯父がどのような人生を歩んできたのか、お話しさせていただきます。
 伯父の李鶴来は、1925年に日本植民地下の朝鮮半島全羅南道宝城で生まれ、1942年、17歳の時に日本軍の軍属として、タイとビルマを結ぶ泰緬鉄道の建設工事に従事させられた連合国軍捕虜収容所(主にオーストラリア兵)の捕虜監視員になりました。
 泰緬鉄道は「死の鉄道(Death Railway)」と呼ばれ、過酷な労働や劣悪な衛生状況による伝染病の蔓延、食料不足による栄養失調等により、多くの捕虜が命を失いました。
 この憎しみは、捕虜監視の命令を下した日本軍の上層部に対してではなく、捕虜と直接対峙した朝鮮半島や台湾出身の捕虜監視員に向けられました。
 終戦後、伯父は21歳の時にオーストラリアの軍事裁判でBC級戦犯として裁かれ、捕虜虐待の罪で「死刑判決」というあまりにも重い責任を負わされたのです。その絶望感は私の想像を絶するところです。
 その後、懲役20年に減刑され一命は取り留めましたが、身柄を東京のスガモプリズンに移送され、出所したときには31歳になっていました。
 朝鮮半島出身のBC級戦犯者148人のうち、23人が死刑執行されたのですが、伯父は「刑死した戦犯仲間の無念を晴らす」という思いを生涯持ち続け、胸ポケットには常に刑死者名簿を入れていたそうです。
 話しは前後しますが、皆さまご存知のとおり、1951年にサンフランシスコ平和条約が締結されます。同条約の締結により、朝鮮半島出身者の日本国籍が喪失することになり、釈放が期待されたのですが、罪を犯した時点では「日本人」であったという理由で免罪されませんでした。一方で軍人軍属に支給される恩給については、日本国籍が無いという理由により、支給の対象外とされました。
 伯父がテレビ番組の取材でも何度も訴えてきましたが、「都合のいいときは日本人、都合の悪いときは朝鮮人」という人間の尊厳を愚弄するような扱いを受けてきたのです。
 スガモプリズンを出所してからも苦難が続きます。日本軍の協力者であると母国からは非難の対象とされたことから、帰るに帰れなかったのです。日本においても身寄りがなく、仕事を得て生活することが困難を極め、戦犯仲間の中には生活苦から自殺をする人も出ました。
 そのため1955年に自助組織「同進会」を立ち上げ、互いに助け合いながら生きてきたのです。
 そして考え抜いた結果、刑務所の中で自動車の運転免許等の資格を取得していたことから、タクシー会社「同進交通」を設立しました。
 設立の準備資金については、朝鮮人BC級戦犯者の存在を知った日本人医師の今井知文氏が「日本人として恥ずかしい」との思いから、自宅を担保に調達した多額の援助がありました。後に今井氏の自画像(油絵)が伯父に贈られるのですが、今も西東京市の伯父の自宅の居間に大切に飾られています。伯父の生前に「この方は大変な恩人だ」と説明を受けたことが思い出されます。

◇国を相手に謝罪と補償を求める訴訟・立法化へ
 このように大変な思いをして日本での生活の基盤を築いてきた朝鮮人元BC級戦犯者は、伯父を含む七名が代表として原告となり、1991年に国を相手に謝罪と補償を求める訴訟を東京地裁に提訴しました。裁判は1999年まで続きましたが、最高裁で棄却という結果となりました。
 裁判の敗訴を受けた後は、国会での立法化に向けての運動に舵を切っていきます。
 伯父は何度も国会に足を運び、あらゆる取り組みを支援者の方々と行なってきましたが、国会で審議されぬまま年月は容赦なく経過し、伯父の存命中に立法化はかないませんでした。
 伯父の他界により、存命する朝鮮人元BC級戦犯者はいなくなりましたが、伯父の遺志を継いで、立法化を求める闘いは続いています。
 これからも東京の支援者の方々との連携をより一層密にし、大阪での支援の輪が広げることができればと思っております。
 皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。

           


☆伊藤孝司写真展「平壌の人びと」 

◇奈良展のお知らせ◇

 


 日時:8月11日(木)〜17日(水)
    10時〜17時
    ・14時〜15時
     伊藤孝司さんによるギャラリートーク
    ・15時半〜16時半
 屯鶴峯(旧日本軍地下壕)見学会あり
 見学会のお申込みは
 Kusumoto0805★gmail.com
*見学会は毎日行われます。当日の申し込みも可。
     場所:奈良朝鮮学園(橿原市法花寺町79)
    近鉄耳成駅下車 徒歩5分
 主催:奈良県日朝親善友好協会
    *写真展・見学会共に無料



ああ八月や

絶対平和主義者・国際吟遊詩人 宮川一樹


八月や嗚呼八月や八月や
昭和は遠くなりにけり
広島や長崎や
原爆忌昭和は遠くなりにけり
敗戦忌8・15終戦忌
玉音に未だ騙されお人よし
戦死者や昭和は遠くなりにけり

ああ八月や昭和は遠くなりにけり
内省の戦後よ永遠(とわ)に
永久(とわ)に続けよ平和の世
朝鮮で中国で東アジアで南アジアで太平洋の島々で
八紘一宇と大東亜共栄圏の幻想を押し付けて
その挙句三百万の同胞が死に
二千万のアジアの人を死に追いやった

吾らの父は殺人者
その子の吾は罪を背負って生きねばならぬ

ああ八月や八月や嗚呼八月や
昭和を背負い生きねばならぬ
如何に昭和が昭和が遠くなろうとも
昭和を背負い歩いて行かん
八月や昭和は遠くなりにけり
嗚呼八月や八月や・・・


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