研究誌 「アジア新時代と日本」

第23号 2005/5/5



■ ■ 目 次 ■ ■

時代の眼

主張 東アジア諸国の反日デモから何を汲み取るか

研究 −アジアの反日にどう答えるのか− 脱亜入欧の歴史の再検証を!

寄稿 「歴史の事実を認めて」

朝鮮あれこれ 親密化する朝中露関係

編集後記



 
 

時代の眼


 「憲法9条改正多数」「憲法改正大きな節目 」。4月15日付け日経夕刊には、1、2面にわたり、大きな活字が躍っていました。衆院憲法調査会が5年間の論議をまとめ、最終報告書を議決したとのことです。このように国会が改憲の方向を示したのは1947年の現憲法施 行後初めてのことだといいます。
 これまで戦後数十年、「改憲論議」は、世論の動向を見ながら、ときには他の法案を通すためのおとりに使われたりもしながら、出したり引っ込めたりされ続けてきました。その改憲が、ついに政治日程に上らされてきたかとの感を深くせざるを得ません。
 しかし、それにしても許し難いことです。今、憲法、それも9条を護ることがいつにも増して問われているこのときに、改憲とは何ごとかということです。
 時あたかも、米陸軍第一軍団司令部が座間に置かれようとしています。前米国務次官アーミテイジは、「日本はグラウンドに下りてくるべきだ」と言いました。これらが何を意味しているか、彼らは百も承知だと思います。周辺事態法、有事立法、イラク特措法など一連の戦争法規の制定に続き、今や自衛隊がアメリカの反テロ戦争戦略の傭兵として使われようとしています。このようなときに、9条こそがそれを阻止する最大の武器になるのではないでしょうか。
 彼らは、改憲論の大きな動機として「憲法と現実の乖離」「憲法制定後の状況の変化」を挙げています。マッチポンプとはよく言ったものです。自分で自衛隊を増強し、海外派兵までして憲法に合わない現実をつくっておきながら、「憲法と現実の乖離が動機」はないでしょう。
 その上で重要なことは、憲法と現実が乖離している、だから憲法を変えるべしとどうしてなるのかということです。なぜ、憲法に合わせて、現実を変えるとはならないのでしょうか。
 今こそ、憲法9条を真に実現する日本、徹底した9条自衛、専守防衛の日本へと、日本の現実そのものを憲法に即して変えていくことがいつにも増して切実に求められているのではないでしょうか。それがアメリカの傭兵、反テロ戦争の先兵になるのを拒否し、日本とアジア、そして世界の平和に貢献するもっとも正しい道だと思います。


 
主張

東アジア諸国の反日デモから何を汲み取るか

編集部


■この大きな隔たり
 この4月、竹島問題をめぐり韓国で激しい反日デモが起きたのに続き、中国で3週間にわたって各地で反日デモが起きました。そのきっかけは、歴史教科書検定問題でした。それゆえ、中国政府 は、この反日デモは日本政府 が歴史の反省をよく行わないことに原因があるとして真摯な対応を求めたのに対し、日本政府 は、在外公館がデモ隊の攻撃を受け建物に被害が出たことに対して謝罪と賠償を求めるに終始し、歴史の反省については一切言及すらしませんでした。
 歴史の反省問題で、その象徴になっているのが小泉首相の靖国神社参拝問題です。就任以来、度重なる近隣諸国の抗議を受けながらも靖国参拝を続けてきた小泉首相は、今年1月にも靖国参拝を行い、中国政府 は、今年は反日戦争勝利60周年という節目の年にあたり、中国人民を刺激するようなことは止めるべきであると批判しましたが、ついにこういう事態となりました。そして、この騒動の最中に日本の政府 閣僚、国会議員80名が靖国神社に参拝したとあっては、これはもう挑発と言えるものでした。

■隔たりはどこからくるのか
 中国は、日本によるかつての侵略と戦争への反省を迫り、日本は在外公館の被害への謝罪を要求する。この隔たりとすれ違いは、どこから来るのでしょうか。それは、60年前の敗戦をどう捉えるかに大きく起因していると思います。
 日本では、米国に負けたという捉え方が強いと思います。しかし、あの戦争はアジアを侵略して、アジア諸国人民の激しい反撃を受け、ついには敗北したということも事実ではないでしょうか。
 それにアジアから見れば、日本の侵略に多大な犠牲を払って打ち勝ったという以外にないものです。とすれば、日本はアジアに対しては、アジアの民族解放闘争に敗北したというところから出発しなければならないと思います。
 アジアに負けたのだと見れば、その反省は、アジアを見下し、自分の支配下に置こうと侵略したことは間違っていたとなり、その教訓として、二度とアジアを侵略するようなことをしてはならない、他国を侵略すれば必ず失敗するのだというものになり、これからは、アジア諸国に対して謙虚な気持ちで接 し、彼らを尊重し友好を深めていこうとなります。
 確かに米国に負けたというのも事実ですが、それは、アジアの支配権をめぐる戦いで日本が負けたというにすぎません。それにもかかわらず米国に負けたということをもって戦争の反省にすれば、米国のような物量を誇り高い技術力をもった国と戦争するなどバカなことであり、二度と米国には歯向かわないということになるだけでなく、これからは米国に付いて、アジアとの関係もうまく立ち回ろうということになるということです。
 まさに、それが戦後日本の対米従属アジア敵視の路線だったし、今回の東アジアにおける反日デモに対して、歴史の反省など眼中にない高圧的な態度にも現れています。
 もう二度と侵略の誤りを繰り返さないという反省がなければ、日本はアジアから相手にされなくなります。そうなれば米国を後ろ盾にしてアジアを屈服させようと、反テロ戦争に加担し、また同じ誤りを繰り返してしまうでしょう。
 だからこそ、アジア諸国は、侵略戦争の真摯な反省を求めているのです。

■隔たりのない主体的な真の友好を
 本来、日本はアジアの一国であり、アジアと共に生きていくというのは、悪い意味ではなく日本の運命です。とくに今日、日本の貿易総額の45%が対アジアとなっているなど中国や東アジア諸国との経済的結びつきが深まり、また、世界が多極化しアジアが力をつけアジアの時代と言われるようになっている中にあって、東アジアの一員として生きていくことは、一層切実なものになっています。
 そのためには日本は、アジアと隔たりをなくさなければなりません。日本は、過去の侵略と戦争の反省を求めるアジアの意思と要求がどういうものであるかを知り、それに応えなければなりません。それは、決して主体性をなくすものではなく、アジアの一員として真に主体的になるということです。
 ではアジアの意思とは、どういうものでしょうか。
 4月23日、バンドン会議50周年を記念して開かれたアジア・アフリカ首脳会議で「新アジア・アフリカ戦略的パートナーシップ宣言」が発表されました。
 その第一項には、「連帯や友好、協力をうたったバンドン精神が今もアジア・アフリカの関係強化に資することを確信する」とあります。
 バンドン精神の「連帯や友好、協力」とは、各国の自主権を尊重しながら互いに対等の関係で連帯し協力するということです。
 欧米の植民地として虐げられる中で民族解放闘争を戦い、独立を勝ち取ったアジア諸国は自主権擁護を何よりも大事なものと考え、共に手を携えて連携を深めながら、東西冷戦の中で、いかなる軍事ブロックにも属さない非同盟運動を開始していきました。
 この流れは紆余曲折を経ながら今、東アジア共同体構想を実現する方向で発展しています。それは、この動きの中心のひとつであるASEAN諸国が参加表明国にバンドン精神を引き継ぐ東南アジア友好協力条約の締結を課していることに見ることができます。
 まさにアジアの意思とは、各国が自主権を擁護し互いに尊重しながら対等の立場で、連帯と友好、協力を促進していく、そういう自主と共同の精神だということができます。
 日本がこの精神を受け入れていくことは、アジア諸国が日本に要求している過去の反省を主体的に行うことになります。  過去の反省を中国をはじめ東アジア諸国が執拗に求めるのは、日本が米国の軍事戦略に従って、その手先のようなって動くことが、過去の侵略に対する反省のなさの現れだからです。だから日本の対米従属アジア敵視をやめなければ、東アジア諸国の反省要求はいつまでも続きます。それは、日本から見れば、内政干渉のようにさえ見えることになり、出口のない応酬が続くようになります。
 それは米国の思うつぼ でしょう。だからこそ、日本はより主体的になるべきであり、東アジアの意思と要求を自分のものにし、それを率先垂範していくべきなのです。
 こうしてこそ日本は東アジア諸国と隔たりのない真の友好関係を築き、東アジア共同体構想にも責任ある頼もしい成員として参加できます。

■逆行する日本
 自主と共同の大きな流れ、それは米国が世界帝国かのように振る舞い、他国を属国かのように扱う米一極支配とは対極の真に新しい道であり、アジアだけでなく、アフリカ、中南米などでも起きている時代の流れです。
 しかし今、日本は、こうしたアジア諸国の要求に背を向け、時代の流れに逆行しようとしています。
 それを規定しているのは、新安保宣言によって日本が米国の軍事戦略に従ってアジア全域で動くことを決めたことです。  これに従って日本は、アジア全域ににらみをきかせる米陸軍第一軍団司令部を座間に置くことを認め、その戦略に自衛隊を傭兵のように差し出す体制を整えながら、戦争をできる国にするための改憲を急いでいます。
 それは、もはや日本が東アジア諸国に敵対する態度を明らかにしてきたということです。
 こうして日本は、東アジア共同体構想についても、反対の立場を明らかにしつつあります。
 「日本外交は、米国との同盟である。共同体構想が日米関係と矛盾すれば再考しなければならない」(外務省・谷内事務次官)というような主張が外務省 町村−谷内ラインによってなされ、東アジア共同体への第一歩と言われる、今年12月に予定されている「アジア・サミット」でも米国のオブザーバー参加を執拗に追求し、「米国が参加しないなら日本 も参加すべきではない」などと言うようになっています。
 谷内次官は、中国に対しても、「謝罪外交」を正すとして「凛とした志のある外交を目 ざしたい」と言っており、こうした考え方が、今回の中国反日デモで過去の反省には触れず、公館攻撃に対して謝罪し賠償せよという強硬姿勢にもつながっているわけでしょうが、そんなことをして中国だけでなく東アジア諸国にも反感と憤りをいだかせるように仕向け、自分は米国を後ろ盾にして、それを押さえ込むかのような外交のどこが凛とした外交なのでしょうか。
 日本は米国に自主権を売り渡しながら、アジア諸国の自主権を踏みにじるような二重の意味での自主なき生き方ではなく、アジアと世界が求める自主の道を進むべきなのであり、そのためにも過去の反省をよくやり、アジアの自主権擁護の思想を自身のものとしていくべきです。


 
研究 −アジアの反日にどう答えるのか−

脱亜入欧の歴史の再検証を!

若林盛亮


◆反日デモをどう受けとめるのか
 昨今の中国での反日デモでは、日本国内ではとまどいと驚きといった反応が多かった。島根県の「竹島の日」条例制定で、なぜ韓国の強い反発を招くのか、「韓流ブーム」に湧くおおかたの日本 人には理解を越える不安を与えるものだった。  財界は財界で、中国市場なしの日本経済はないと首相の靖国参拝を控えるよう提言したが、右翼陣営から「金儲けのために頭を下げるのか」と非難を受けて、返す言葉を持たない。
 「過去歴史への国民感情とともに、アジアで米国の側に立っている日本 が嫌われている」−今回の中国での反日デモにかんして述べたキューバのカストロ首相の言葉である。
 いま、東アジア共同体構想が実現段階に入るや、日本政府 は、米国抜きの構想に反対の意向を示し、これにブレーキをかけている。米ブッシュ政権が「反日デモがいつ反米に変わるかわからない」と憂慮を示したのは、その辺の事情を物語っている。
 アジアの声は、崇米、恐米そして依然、アジア蔑視の今日の日本を非難するものであり、それが歴史認識問題と連動していることを問うものだ。

◆アジアと共通と異質の近代史
 アジアの近代史は、欧米列強の植民地化への脅威という共通の体験から始まっている。日本の「黒船の衝撃」に始まる近代史も同様である。
 幕末の心ある日本人は、清国でのアヘン戦争などに欧米列強のアジア支配、覇権の野望を見、これからわが国をどう守るかに心を砕いた。明治維新によって、弱体化した徳川幕藩体制を倒し、明治新政府 の樹立とブルジョア改革によって近代国家を建設し、富国強兵を掲げ、欧米列強の植民地化の脅威から独立国家としての面貌を保とうとした。しかし同時にそれは、「脱亜入欧」を掲げ、アジアと異質の道、覇権、侵略の歴史であった。
 他方、他のアジア諸国は、古い封建国家から近代国家への転換を未達成のまま、ほとんどが植民地、半植民地国家としての近代史を歩み、植民地支配からの解放闘争という民族史を歩んだ。
 中国では、長年にわたる大清帝国という弱体化した封建王朝を倒し、富強な近代国家中国を建設しようとする孫文の辛亥革命成功はあったものの列強の干渉、内戦を経て、日本軍国主義による満州から中国本土への侵略を受けた。
 朝鮮では、李王朝支配を転覆して清国からの独立と旧態然とした封建国家から列強に対抗しうる富強な近代国家への変革をめざした金玉均はじめ改革派の革命が失敗。大国依存の事大主義に染まった無能な李王朝によって、朝鮮は清国とロシア、そして日本の覇権の餌食となり、結局は日本 の植民地となった。
 他のアジア諸国は、欧米の植民地となり、第二次大戦では日本軍国主義の覇権にさらされた。
 戦後、アジアは様々な形態での民族解放闘争、独立闘争を基盤として、新興独立国家として新たな歴史を歩むようになった。
 日本とアジアは近代の出発は同じであったが、それぞれ異なる歴史を歩んできた。

◆「脱亜入欧」の歴史の再検証を
   日本がアジアと異質の歴史、共有できない歴史を持つようになった分岐点は、言うまでもなく「脱亜入欧」を選択したことにある。
 金玉均を支援した日本人に福沢諭吉がいる。福沢はこの朝鮮改革派と組んで欧米列強に対抗していく企図を持った。幕末から明治にかけて吉田松蔭から西郷に至る維新の先人たちは、多かれ少なかれ、アジアと同盟して欧米の脅威に対抗する構想を持った。アジアと共に日本の運命を考えた。それがどうして異質の道を歩むようになったのか?
 福沢は、金玉均ら改革派の朝鮮での失敗を見た後、アジアの「愚かな隣人」を見限り「脱亜入欧」を唱えたとされる。
 「吾国は燐国の開明を持って共にアジアを興すの猶予あるべからず。むしろその伍を脱して西洋の文明国と進退を共にし、・・・正に西洋人がこれに接 するの風に従って処分すべきのみ」と「脱亜入欧」を宣言し、そして「悪友を親しむ者は共に悪名を免るべからず。われは心においてアジア東方の悪友を謝絶するものなり」と言いきった。
 「西洋人がこれ(アジア)に接 する風に従って処分」した結果、日本は欧米列強と共に覇権の道に突き進み、朝鮮併合から満州国樹立、日中15年戦争、そして太平洋戦争から敗戦の歴史を歩んだ。
 金玉均や孫文など朝鮮、中国はじめアジアの独立派、改革派にとって、日本の明治維新は一時期、アジアの輝けるモデルでもあった。孫文は「日本は王道から覇道になった」と日本 を批判した。

◆日本 とアジア、異質のナショナリズム
 「偏狭なナショナリズムを排せ」と日中双方のナショナリズムを警戒する論調がある。このように日本とアジアが歴史的に体験したナショナリズムを同列に論ずること自体がまちがいなのだ。
 近代史を通じて日本の体験したナショナリズムは、どのようなものだったか。
 「大東亜戦争肯定論」で林房雄は、「明治中期以後の日本は福沢の立言(脱亜入欧)の方向に従った」としながら語っている。「どの国のナショナリズムもこの非常の一面を持つ。民族的エゴイズムとナショナル・インタレスト(国家的利益)をぬいてはナショナリズムは成立しない。その故にナショナリズムはまず自国の富強と自主を望み、やがて膨張主義となる」と。
 覇権、侵略はナショナリズム固有の現象という総括だ。ブルジョア革命による国民国家建設、そして帝国主義へという「西洋人の接 する風に従って」、弱小民族への覇権、侵略もよし、また列強間の植民地争奪戦もよしとするナショナリズムだ。  一方、植民地国の苦痛を体験し、覇権、侵略と闘った歴史から獲得したアジアのナショナリズムはどうか。
 「アジア東方の悪友」は、欧米につづく日本の植民地化に対する闘いの民族史から、民族の自主権、主権国家の貴重さを心臓に刻んだ新しいナショナリズムを獲得した。民族自主権、主権国家尊重がアジアのナショナリズムだ。
 日本はアジアと異質のナショナリズムを体験し、アジアの獲得したナショナリズムに敗れたのだという歴史認識を持つことがまず重要だと思う。
 ところがわが国は、第二次大戦をアジアのナショナリズムに敗北したのではなく、アメリカに敗戦したと総括した。物量的、技術的優位の「強者」に刃向かったのが失敗だという総括から、戦後、恐米・崇米、そしてアジア蔑視という「脱亜入欧」路線をより徹底化、今日、民族自体を否定する米国式グローバリズム、米一極支配の手先国家としてますますアジアの異端児になっている。
 反日デモは、「脱亜入欧」の日本近代史を正しく総括し、共にアジア新時代を開こうという「アジアの良友」の声だと考えるべきだと思う。


 
寄稿

「歴史の事実を認めて」

吉岡孝男


 最近、ニュースや新聞では連日のように中国での「反日デモ」が報じられ、日本中がその話題でもちきりである。
 国際専門学校生である私の周りには中国からの留学生がたくさんいて、彼らに、「反日デモ」についての考えを聞いてみた。
 その中でも上海から来た女性の話はとても印象的だった。
 「私は日本に対して過去の歴史問題について謝罪して欲しいとは思っているわけではない。しかし、歴史の事実だけは認めてほしい。今回のデモはマスコミが反日デモの悪い面だけを意図的に大きく報じているような気がする。このマスコミの騒ぎ方は中日友好関係を壊そうとしているようにしか思えない」。
 彼女は、そう言いながら昨年、日本語学校在学中に、ある高校にインタビューしに行った時の話をしてくれた。日本が中国に侵略したときに起きた南京事件と呼ばれる日本軍による中国人大虐殺について尋ねたところ、そこの高校生は、そのようなことはあり得ないと言って「中国人は日本人のことが嫌いですか?」と問い返えされたと言うのだ。
 中国では誰もが知っている南京事件を日本の青年が知らないというのは、歴史の教育をちゃんと行っていないせいだと思ったという。
 今、過去の侵略の歴史について教育をちゃんとせずにいる公教育と、中国の現象を表面的に報じるマスコミの一方的な報道により、若い人たちの間では「中国人は理解できない」、「水準が低い」、「昔のことを今も言い続けて心の小さい者たちだ」などと言い放つ人も少なくない。若者だけでなく今や政府 高官までもが、一方的に中国側に謝罪を求めている。
 このような現状を見ていると日本の未来について真剣に考えざるを得ない。日本の政府 が歴史の過ちを認め、過去を清算しない限り、日本は益々アジアの国々から遠ざけられてしまうのでは、という危機感を覚える。


 
朝鮮あれこれ

親密化する朝中露関係

小川 淳


「4月の春、音楽・芸術祭典」
中国抗州歌舞団

 今年のピョンヤンの春は例年になく遅かった。4・15(太陽節)を迎えても、杏はまだ固い蕾をつけたままだ。しかし、この日を境に、ピョンヤン市街は冬のモノトーンら一転して華やいだ気分に包まれる。
 太陽節(金日成主席の誕生日)を迎えて、ピョンヤンでは、「4月の春、音楽・芸術祭典」が行われる。世界には数多くの「音楽祭」があるが、今年23回目 を数えるこの「春の祭典」は、金日成主席の生誕日を祝うという独特のもので、従ってその招待者も反米自主や朝鮮半島の平和的統一を支持する人とか、主席を熱烈に慕う人たちがほとんどだ。とりわけ今年は、金日成主席が65年にインドネシアを訪問し、故スカルノ大統領からキム・イルソン花を贈呈された40周年ということで、スカルノ大統領のデビ夫人、娘のメガワテイ前大統領も招待されて、一段と華やいだ雰囲気に包まれたものとなった。
 もう一つ特徴を挙げれば、格式ばらないきわめて素朴で庶民的な「音楽祭」であることだ。招待者も、サーカスや手品師、ポピュラーからクラッシック、民族舞踊から現代舞踊まできわめて多様で、幅が広く、何でもありと言ってよい。これらの舞台が市内の劇場で一斉に始る。ピョンヤンで海外の歌や踊りを直接目にすることのできるこの「音楽祭」はピョンヤン市民にとって、かけがえのない楽しみの一つなのだが、とてもすべての舞台を見ることは不可能に近い。私も総合講演を一回見ただけで、後はもっぱら毎日のように放映されるテレビで楽しんだ。
 今回、ピョンヤン市民に好評だったのは、中国抗州歌舞団とロシア歌舞団の公演だった。とりわけ抗州歌舞団は、華麗なショーを見るようで、その技量も水準も他を圧倒していた。日本でも人気がある「女子十二楽坊」のように、古典と現代音楽を現代人の感覚に合うように見事に融合させて、アジアで台頭著しい中国の経済力、文化の厚みを実感させた舞台となった。モスクワ国立音大音楽団、国立アカデミア合唱団、ロシアコサック舞踊団などのロシア芸術団の公演もクラシカルなものだったが水準が高く、充実した舞台を見せてくれた。
 このような中朝の親密化は経済がくっきりと示している。日用品輸出やレストランなど中国企業の北朝鮮進出が相次ぎ、大手鉄鋼メーカー武漢鉄鋼が北朝鮮での鉱山開発を検討するなどの大型プロジェクトも進む。日朝貿易は4割縮小、その一方で、共和国の対外貿易38%を中国が占めるようになった。
 ブッシュ政権による共和国に対する経済封鎖・孤立策動が一貫して続く中で、ロシアと中国との親善、友好関係は、むしろ強まっている。そのことを実感させた祭典となった。


 
 

編集後記

魚本公博


 この4月、空前の犠牲者を出したJR福知山線の列車脱線事故が起きました。
 民営化による、効率第一主義、成果主義の導入は、ダイヤを極限まで過密化させ、労働者の負担を極度に高めました。JR西日本の場合、運転の遅れを1秒単位で報告させるなど厳しい管理体制を敷き、訓告、減俸、ボーナスカットなどの処分を頻繁に行い、会社の運営管理の問題は不問にして自己責任による徹底した自己反省を迫る再教育などを行っています。
 乗客の安全性を無視した、こうした会社経営の現実は、過疎地域住民への配慮が大きく欠けている郵政民営化などともあわせて、小泉民営化路線の非人間性を白日の下に暴き出してくれているのではないでしょうか。


ホーム      ▲ページトップ


Copyright © 2003-2011 Research Association for Asia New Epoch. All rights reserved.