研究誌 「アジア新時代と日本」

第229号 2022/7/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

視点 「新しい資本主義」、その本質を探る

論点 問われるアジアの一員としてのアイデンティティ

論点 米国の分断によって生まれる新しい世界秩序

時評 アベシンゾーさん、逝ってはなりませぬ

随想 安倍(元総理)の死と民主主義

寄稿 選挙活動日記




 

編集部より

小川淳


「普遍的価値」イデオロギーとの闘い
 安部元首相殺害という衝撃的な事件とともに、自民の圧勝に終わった今回の参院選だが、これからの日本の針路にとって大きな分岐点の一つになるかもしれないという印象を持った。この参院選の具体的な分析については次号で行いたい。
 メディアでも取り上げられているように、自民圧勝の要因の一つは、「争点なき選挙」に終わったことにあるのではないかと思う。「朝日新聞」は、立民はじめ野党が自民に対して「対抗軸」を示せなかったことを敗因の一つに挙げていた。対抗軸にもいろいろあるだろうが、ここで取り上げたいのは「安保・外交」をめぐっての「対抗軸」だ。対米基軸、防衛力強化など、一部の野党を除けば、ほぼ同じスタンスである。
 自民はもともと民主主義、基本的人権、法の支配など、人類の普遍的な価値を自らが実現すべき外交・安保理念として掲げている。ウクライナ紛争以降は、反ロシア、NATO諸国を中心に、とりわけこの理念が強調されてきたが、これは日米同盟の基本理念ともなっている。ウクライナ紛争は、この普遍的価値観を共有する国と、そうでない国と、世界を二分する格好の舞台となった。
 民主主義や基本的人権などをもって(国家を超えた)普遍的価値と言われれば確かにその通りで、民主主義や基本的人権の理念そのものに反対することは難しい。問題なのは、これが「イデオロギー化」されてしまうと非常に危険な理念へと転化することで、アメリカはしばしばこの理念を戦争の理念として掲げてきた歴史を持つ。冷戦期は反共の理念として、イラクやアフガンでは反スラム理念としてアメリカの侵略を正当化する理念となった。この理念の怖さはそこにある。
 信念や態度、意見などの体系を一般にイデオロギーと呼んでいるが、一般的な意見や考え方とイデオロギーとが根本的に違うのは、それがイデオロギー化された時、それに異なる信念や意見、考え方を一切認めない、あるいは攻撃的になる点にある。自民党は、ウクライナ情勢を踏まえ、「毅然とした外交」を前面に打ち出し、普遍的価値に基づく国際秩序の維持・発展に主導的役割を果たすとしている。
 東アジアにおいてとりわけ危険なのが台湾問題で、米中新冷戦の最大の対立点となるのが、台湾の民主主義や基本的人権など普遍的価値の問題だ。バイデン政権は台湾への中国の「侵攻」があれば、それを理由にアメリカが武力介入する可能性を否定していない。日本にとって大きな岐路となるだろう。
 その最悪の事態を想定した時、この中国、あるいはロシア、朝鮮民主主義人民共和国を敵視する戦争のイデオロギーといかに闘うのか。日本の針路を巡って重要な論点の一つとなるのは間違いない。



視点

「新しい資本主義」、その本質を探る

編集部


 昨年9月、自民党総裁選に岸田氏がその目玉政策として掲げ出てきた「新しい資本主義」が、ようやく今年6月、「『新しい資本主義』のグランドデザイン(全体構想)および実行計画」としてその全容を現し、閣議決定された。
 だが、その姿は当初言われたものとは似ても似つかないものだった。

■「新しい資本主義」の変質、変容
 大手新聞各社でさえ、多かれ少なかれ、その「変質」を問題にしない訳にはいかなかった「新しい資本主義」の変容ぶりは、何よりも「分配」の二文字が姿を消したところに示されていた。
 発表当初、「新しい資本主義」最大の売りは、「分配と成長の好循環」にあった。ここにこそ、新自由主義経済、アベノミクスの長期停滞、「失われた30年」からの脱却の鍵があったからだ。
 そのための具体的政策が「金融資産への課税」「賃上げ企業への税的優遇措置」程度しかなかったにせよ、そこにはかすかながらも期待を抱かせるものがあった。だが、今度閣議決定されたそれには、「分配」という文字自体、見当たらなかった。これでは、広範に深まる貧困と格差、富の富裕層や大企業、大都市などへの一極集中、この経済の極度の不均衡からくる経済循環の停滞は打開されるべくもない。
 「新しい資本主義」の変容ぶりは、もう一つ、株主資本主義から公益資本主義、ステイクホルダー、皆のための資本主義への転換という資本主義のあり方自体の新自由主義からの転換という重要な内容が抜け落ちてしまったところにある。
 事実、今回打ち出された「新しい資本主義」は、徹頭徹尾、外資、大企業の投資拡大に期待し、国民の投資熱を煽りながら、超低金利、国債乱発のアベノミクスの延長に経済復興の第一の財源を求めるものになっている。
 その結果、「新しい資本主義」はどうなったか。「成長」「株主」が従来以上に前面に押し出され、強調されたもの、すなわち、岸田氏が敢えて否定して見せ、そこからの脱却を唱えていた新自由主義に一層深く全面的にはまりこんだ資本主義、それがこの度閣議決定された「新しい資本主義」に他ならないということだ。

■何が「新しい」のか?
 「成長第一」「株主第一」の古い新自由主義から脱却できなかったばかりか、むしろより徹底的にその虜になった資本主義、この「新しい資本主義」のどこが「新しい」と言えるのか。
 今回閣議決定された「新しい資本主義」は、その「新しさ」の根拠として「4つの課題」を掲げた。第一に、「人への投資」、第二に、「科学技術、イノベーション」、第三に、「スタートアップ、新興企業」、第四に、「脱炭素、デジタル」だ。
 確かにこれらはすべて、これまで日本で疎かにされてきたことだ。最先端科学技術分野での革新の停滞、それが日本経済の大きな立ち後れと長期停滞のもう一つの決定的要因になってきたのは周知の事実だ。だから、経済成長のため、上記4つの課題を掲げたこと自体は、「新しい資本主義」を唱える一つの根拠にはなる。
 だが、その上で、今度出された「新しい資本主義」で、もう一つ新しく強調されたことがある。それは、「経済安全保障」問題だ。
 レアアースや半導体、電池、医薬品など特定重要物資の安定供給、そして、量子技術や人工知能、バイオテクノロジーやナノテクノロジーなど最先端技術の共同開発や海外流出の防止、等々、厳しくなった国際環境にあって、「新しい資本主義」は、この問題を抜きには語れないということだ。
 ここで問題にすべきは、この国際環境の厳しさが何を意味するかということだ。それが「米中新冷戦」にあるのは言うまでもない。米覇権が困難になっていること、その維持と回復が簡単でないこと、そこに厳しさの所以があるということだ。
 中国を包囲、封鎖し、これ以上の発展を抑え込みながら、米覇権を強化するため、米欧日が軍事だけでなく、経済分野でも力を合わせていくこと、そのための「経済安全保障」だ。
 米欧日覇権勢力が一体になり、日本がその最前線に立っての「米中新冷戦」、さらに今焦眉のウクライナ戦争まで考慮して、「対中ロ新冷戦」、この米欧日覇権勢力VS中ロと結びついた脱覇権、反覇権勢力の戦いにあって、今、米国が覇権をめぐる同盟諸国に向け、盛んに使ってきているキーワード、それが「統合」だ。軍事と経済、その指揮も技術開発もすべて力を合わせ、「統合」していこうということだ。先頃新任したエマニュエル米駐日大使が自らの使命として、日米経済の統合を挙げていたのはそのことだ。
 この「統合」から見た時、先に挙げた「4つの課題」と「経済安全保障」の重要性は明確だ。これらがあってこそ、覇権同盟諸国の力を米国の下に統合し、中ロと結びついた脱覇権勢力を封鎖、排除、圧倒していくことができるということだ。
 「新しい資本主義」の「新しさ」はどこにあるのか。その疑問は解けた。それは、米国経済に組み込まれた日本経済の「革新」が余すところなく米国経済に吸い取られる「日米統合経済」の「新しさ」にあるのではないだろうか。

■「新しい資本主義」に未来はない
 自民党は、今回の参院選の公約に「日本を守る」とともに「未来を創る」をキーワードとして掲げた。そこに表現される基本政策が「新しい資本主義」にあるのは明らかだ。
 そこで問われるのは、「新しい資本主義」のどこに未来があるのかということだ。何よりも、この「資本主義」の基礎にあるのは、先にも見たように、どこまでも新自由主義だ。1980年代からかれこれ40年以上、世界的範囲で経済停滞の元凶になってきた新自由主義のどこに「未来」があるというのか。経済の不均衡と革新の抑制、それによる経済循環の泥沼の停滞を生み出してきた新自由主義を根こそぎにする政治なしに、「未来を創る」は何の力もない空砲に過ぎないと思う。
 その上で、もう一つ、「新しい資本主義」は、その本質において、米覇権経済に組み込まれた「日米統合経済」に他ならない。そこで問題は、米覇権そのものの決定的弱体化、衰退にある。軍事と経済、「複合大戦」の観を呈しているウクライナ戦争は、米覇権の強さではなく、逆に弱さを露呈しているのではないだろうか。ロシア軍に押されて押し返せないウクライナ軍、その背後から武器を供与しながら、傍観するだけの米欧覇権勢力。さらには、制裁により、ロシア経済を破綻させることができず、逆に米欧覇権の力のなさを露呈した経済制裁。
 未来を切り開く意思も力も喪失した米欧覇権勢力に与した「新しい資本主義」に未来がないのは、あまりにも自明のことではないだろうか。

■真に「未来を創る」ために
 「新しい資本主義」が真に「新しい」ものになる上で決定的なのは、それを執行実現する政権の思想信条と力だ。初め、新自由主義からの転換を唱えていながら、簡単にそれを覆した岸田政権の経験と教訓は、それを雄弁に物語っている。
 その上で、経験は、新自由主義に反対するだけではなく、米覇権の「新冷戦」戦略に巻き込まれることなく、どこまでも日本の国益を第一に、真に日本の未来を創る政権への交代が問われているのを示している。
 問題は、思想信条だけではない。米欧覇権の圧力を跳ねのける力の必要を教えている。
 その力を中国やロシア、世界的な脱覇権勢力の力に求めてはならないと思う。それは多分に、それに反発する日本国民の力を米欧覇権勢力の側に押しやることになる。
 米欧覇権勢力に抗する力は、ただひとえに、日本国民にしかない。真に新しく、未来を創る「新しい資本主義」を実現しようとすれば、その唯一の道は、それが日本国民の意思と要求に忠実にそれを全面的に実現する道になるようにすることだ。
 分配と成長の好循環は、非正規雇用問題や社会保障問題、税制改革問題など、分配、再分配への国民の切実な要求をそのまま実現するところにのみあり、公益資本主義も、株主ばかりでなく、企業経営に関わる従業員も地域住民も皆がそれぞれの立場で尊重される資本主義のあり方を実現してこそのものとなる。
 最先端科学技術の革新が「日米統合経済」により、極少数エリートによる米国覇権経済発展のためのものになるのではなく、もっとも広範な科学技術人材による日本と世界の経済発展に資するものになる道も、広範な国民的意思と力を集めてこそのものとなる。そうなった時、中ロなど世界の脱覇権勢力と力を合わせる道も独りでに開けていくのではないだろうか。



論点

問われるアジアの一員としてのアイデンティティ

永沼博


■日本のアイデンティティ危機
 BUSINES INSIDER誌に興味深い記事があった。筆者は共同通信客員論説委員・岡田充氏。その要旨は、日本は米国が提起する対中国包囲網にインド、ASEAN諸国を引き入れる橋頭堡の役割を遂行してきたが、アジア諸国との溝は埋まらなかった。それは日本のアジアにおける「アイデンティティの危機」を浮き彫りにした。その原因は、岸田首相が「アジアで唯一のG7メンバー」と言うような名誉白人的なものを自己のアイデンティティとしてきたことにあるが、それでは、成長著しいアジアの中での日本再生というチャンスを失う、というものだ。
 アイデンティティとは自己同一性と訳されるが、米国の心理学者E・H・エリクソンがこれを心理学に応用して以来、それは、自己と共同体との同一性として理解される。すなわち、アジアとの関係では、日本はアジア共同体に自己との同一性・アイデンティティを見ているのかどうかという問題となる。しかし、日本はこれまで、欧米の一員ということを自己のアイデンティティとしてきた。明治以降の脱亜入欧とはまさに、アジアを脱して欧米の一員として生きるということに他ならない。そして、アジアの上に立つ大東亜共栄圏を唱えるまでに至り破滅した。戦後も、米国覇権に従うイエロー・ヤンキーとし揶揄されてきた。
 そして今。米国の対中新冷戦に従い、対中対決の最前線に立つとして軍事費倍増、敵基地攻撃能力(反撃能力)保持、核武装(共有)を云々するまでになっており、ここにアジア諸国を引き入れアジア版NATOを形成する「橋渡し」の役割を果たそうとしている。
 しかし、アジア諸国は、これに強い反対を表明している。「民主主義対権威主義で分断するのは得策ではない。アジアが二つの陣営に分裂されれば、良い結果を招かない」(シンガポール、リー・シュンロン首相)。「ASEANは自分たちの進む道を自分たちで決める」(マレーシア、ヒシャブ国防相)などなど。

■アジアの一員としてのアイデンティティ
 アイデンティティは自己が属する共同体の固有の価値観を自覚し、そこから提起される様々な役割を受け入れることで共同体に評価されるという相互の関係の中で確立(自己確立)されていく。
 そのためには、先ず、アジアが持つ固有な価値観を知らなければならない。では、それはどういうものだろうか。
 この間のアジア安全保障会議でインドネシア国防相が「抑圧され搾取された経験は私たちの潜在意識の中に常にある」と述べているが、アジアの全ての国は戦前、欧米の植民地・半植民地であった。そうした彼らは、大国の支配と干渉に反対して、1955年、インドネシアのバンドンでアジア・アフリカ会議を開き、主権尊重、域外からの干渉排除、内政不干渉、紛争の話し合い解決などを原則とし、アジアが各国の主権を尊重しながら共に協力して地域の平和と繁栄を追求することを宣言した。
 ASEAN諸国は、このバンドン宣言を踏襲するTA C(東南アジア友好協力条約)を外交の原則にしている。この会議を主導した、中国、インドも同様である。それは一言でいえば、「自主と共同」の理念であり、日本がアジアの一員であることを自身のアイデンティティにするためには、この「自主と共同」の理念が自身のためにも必要だと自覚しなければならない。それだけでなく、そこから要求される役割を果たさなければならない。こうしてアジア諸国から、「日本はよくやっている、我々の仲間だ」という評価を受けることができるようになってこそ、アジアは日本のアイデンティティになる。
 これまで欧米の一員であることをアイデンティティにしてきた日本がアジアの一員というアイデンティティを確立するのは簡単なことではない。しかし、現実は、そうならなければ日本はやっていけないものとして、これを後押しする。アジア諸国が対中対決に公然と反対する現実。そして、それだけの経済力を持つようになった現実。こうした現実を見据えながら、日本が「欧米の一員」ではなく「アジアの一員」としてのアイデンティティをうち立てること、それが今、切実に問われていると思う。


 
論点

米国の分断によって生まれる新しい世界秩序

東屋浩


 「ウクライナ戦争」の勃発を契機に、世界秩序に大きな変動が起こっている。国連がロシアの拒否権により機能マヒに陥っており、日本政府は「国連の民主化」や日本の「常任理事国入り」を云々している。少なからぬ識者がこれにたいし、多極化した状況に合わせた新しい世界秩序を主張している。例えば小和田恒・元外交官、元国際司法裁判所所長は、オランダのライデン大学での講演で、各国の力のぶつかり合いやルールによって一国のように世界がまとまるのでもなく、「国際法や地政学、歴史、人々の感情を含む文化といった多角的な分析の融合を提案する」と述べている。
 米国一極支配、多極間のバランスによる国際秩序が確立されていない現状を踏まえての発言だ。
 しかし、これまでの米一極支配、欧米中心の世界秩序がなぜ崩壊しているのか、その要因にふれていない。

■米国中心の世界秩序崩壊の要因
 これまでの米国一極支配、欧米中心の世界秩序は、一言で各国を米国の下に隷属させる覇権の秩序であり、それが反覇権・脱覇権の国家主権擁護勢力に押し返されてきているところに、その崩壊の根本要因があるのではないだろうか。
 今日の世界の動きの根底には、かつての民族解放闘争から始まり、新興独立国の非同盟運動、そして国家主権を擁護する戦い、自国第一主義の勃興という反覇権・脱覇権の力強い潮流がある。
 人々の運命共同体とも言える「国家」を否定するのか、それとも「国家」を守るのかの闘いが世界秩序の変化を規定してきたと言える。
 とくに今日、「ウクライナ戦争」を契機としてその動きが劇的に促進されている。
 「ウクライナ戦争」は、米国・NATOの覇権主義に根本原因があり、ロシアは自国へのNATOの脅威を打破するために先制攻撃したといえる。
 これに対するロシアへの全面的な制裁の実施によって、世界の金融、物流に大混乱がもたらされ、石油・ガス、食糧、肥料や各種鉱石の不足と高騰に各国が苦しむようになっている。その原因は、マスコミが言うロシアによる軍事行動ではなく、欧米諸国のロシア制裁によりロシア産物資が西側物量に流れなくなったことにより起こったものだ。
 また、米国が金融制裁を加えることによって、ロシア産の石油、ガスがルーブルや元による決済にとってかわり、貿易もロシア・中国間、ロシア・インド間で急激に増加している。すなわち欧米と無関係な新しい経済圏が誕生している。
 ロシア制裁に加わっている国は30数カ国にすぎず、大半の国々がロシア、中国との経済関係を深めていっている。むしろ孤立していっているのは欧米経済圏、ドル経済圏だとさえ言える。
 世界各国は分断と排除を求めておらず、正常な貿易関係と平和を求めている。米国の分断と排除という戦略は、かえって自らの孤立を招いている。
 すでに米国の力の弱化は、ASEAN諸国における孤立にも表れており、米州首脳会議での8カ国の不参加と15カ国の宣言署名拒否、コロンビア左派政権の登場、南太平洋諸国での中国の影響力増大、中東諸国やアフリカ諸国での米国の威信低下など、世界各国での一般的な現象になっている。さらに6月末BRICS首脳会議(中ロ印ブラジル南ア)にインドネシア、トルコなど13カ国を加えた拡大会議が開催され、制裁反対で一致した。非米G18の登場だ。
 世界が欧米中心だった時代は今や過去になりつつある。新しい世界秩序は現実に進行し、現実によって求められているのだ。

■反覇権の新しい世界秩序を!
 打ち立てるべき新しい世界秩序は現実が示している。即ち覇権の秩序ではなく、各国の主権を守り尊重することで一貫される反覇権、脱覇権の世界秩序だ。戦争の原因は覇権主義、すなわち武力で各国の主権を侵害するところにある。NATO、日米安保など覇権の機構を見直し、覇権主義を根本的に否定し、除去すること、そのことにより世界の平和と各国間の友好関係の実現、ここに新しい世界秩序の要諦がある。その新しい時代はすでに始まっている。
 しかし、日本は時代の流れに逆行し、ロシア制裁に加わり、対中包囲網の前線基地として日米同盟強化し、軍備拡張し、ASEAN諸国を取り込もうとしている。世界を欧米中心にではなく反覇権の非米諸国を基軸にすえて見ることが何より求められている。



時評

アベシンゾーさん逝ってはなりませぬ

平 和好


 全く予想外の事が起きてしまった。あっけない最期に言葉を失う。

☆功罪
   人間は、特に政治家は功罪相半ばと言われる。「安倍政治を許さない!」を一貫して掲げてきた私も、この事態はショックである。しかし、アジア諸国と野党を敵視し、身内は血税を使って最大限優遇し、アメリカにだけは一貫して付き従う事に元総理は極めて熱心であった。またアジアの平和に背を向け続けた 「信念」は第一級であろう。アベノミクスの功績だって?! 血税や年金原資をはたいて株価つり上げに使いまくって失敗し、そのつけが円安ドル高となって市民生活を直撃し、もうかって喜んだのは「大手の投資家」と大企業ではないか?

☆栄耀栄華は永遠ならず
   大昔、「望月の欠けたる事もなしと思えば」と我が世の春を謳歌した大貴族藤原某氏は、金にまかせた美食と楽チン生活がたたって、望月も大切な家族の愛しい顔も「よく見えぬ」と嘆く程の病状のすえ、此の世を去った。韓国で軍事独裁を18年以上欲しいままにして、あまたの人々を死に追いやった朴正熙大統領は暗殺事件で陸英修夫人を身代わりに失い(1974年)、その5年後には「このまま軍事独裁が続けば民主化闘争が勝利しかねない」との危機感を持ったKCIAの金戴圭部長(つまり腹心)にうるわしい芸能人をはべらせた宴会で突然射殺された。

☆権力の裏表
   射殺寸前の元総理の得意満面の笑顔が今も印象的だ。政治の内容はあまりにひどくても、第一期の時の参議院敗北を除けば金力権力を駆使して選挙を6回も勝利させた。数々の疑惑や訴追事象も全て逃げ切った。アジアへのひどい姿勢も、与野党貫くアジア蔑視に躍らされる「国民性」に支えられて、問題になることは無かった。モリ加計さくら 、アベノマスクなどで血税を私的浪費してしまったのも後継首相に言い含めたと見えて追及をかわした。「手練手管=てれんてくだ」にかけては一流だったのだ。「人気の応援弁士」とテレビが連日ほめたたえるのが分からなくもない。

☆イ・サン
 このたび77話で放送終了した韓国歴史ドラマ「イ・サン」。最終回が元総理の命日になってしまった。主人公イ・サンが権力闘争に明けくれる政敵グループの総大将に「そんなものにこだわって何になるのか。民の心こそ大事では?」と諭す場面があった。
 元総理の功績を挙げるのは困難だ。しかし、危篤の報道を聞きながら願わずにはいられなかった。何とか生き延びて「やり直してほしい」と。中国・朝鮮には関係改善の特使として飛び「遅くなって申し訳ないけれど努力したい」と伝えて友好関係を実現し、盟友プーチンには軍事費増大分5兆円をモスクワに持参してファーストネームで呼び合いながら即時停戦を説得し、国内での悪行は「今後の戒めとして謝罪と贖罪を自ら提起 」して名実ともの「名宰相」となってほしかった!韓ドラで、死を大変惜しむ時の決め台詞を言わせてもらいたい。 「逝ってはなりませぬ!」(やり直す前に!)。



随想

安倍(元総理)の死と民主主義

金子恵美子


 フェイスブックに次のような文章が載った。
 《安倍の死に対する評論はどうでもいい事です。マスコミ、野党、リベラルと言われた勢力、人たちが「民主主義への挑戦だ」と声を挙げています。一人ぐらい、安倍の末路は自分で呼び込んだ政治にある、という人はいないのでしょうか。
 暴力はいけない、政治的テロだ、民主主義を守れ!が、この国に民主主義はあったのでしょうか? 私は疑問に思っています。
 今回の安倍への襲撃の社会的な根拠を考えていくと、そこには数千数万の襲撃予備軍が存在しているではありませんか。貧困に差別、戦争に反対した人々が、突然安倍の死に対して、"民主主義"を叫ぶ姿に呆れました。
 政治家が政治的信念で命を失くしたからと言って、その信念を検証することもなく、死だけをもって賛美するのはいかがなものでしょうか。
 私ははっきりしています。安倍は自分でその最後の道を歩いたんです。民主主義とは全く関係ありません。≫。
 これに対して二日で93人の「いいね!」、10数個のコメントが寄せられた。いつもより皆の反応が早く、数も多いように感じられた。
 「≪功績もある良い人≫になっていくのでしょうね。赤木雅子さんがどんな思いでおられるのか、と。」「何ら罪を償うことなく逝った。それを許してしまったことが悔しくてならないです。で、自民党は圧勝するでしょう」「ひろゆき談≪社会に阻害されたと感じる日本人の多くは自殺を選んできたけれど、他殺を選ぶ人が増えるという悪い予想が当たってしまっている昨今。そろそろ蔑ろにされた人々に向き合うべきかと》」「全ての政党、リベラルの少なからず民主主義の破壊、許せないテロと言っている。もう議会制民主主義なんかやめてしまえ」「日本国は法治国家とされてきた。現実はどうだったのか?それはさておき、その《法治国家》をことごとく破壊し、汚職、改ざん、お友だち優遇政治をしてきたのは誰だったのか? いらなくなった操り人形を壊して捨ててしまったのは誰なのか? 法廷に引きずりだし処罰できなければこのような行動に出る者も増えるだろう。腐りきった検察を始めとする司法制度、政治の当然の帰結だ!」(このコメントに一番多い13いいね!がついていました)「私自身は死に様は生き様からくると思いますよ。そして司法が機能しなかったことの帰結です。ただ、そうは思うけれど当然だとは言えないです。自民党は弔い合戦で圧勝するのだと暗澹たる思いです」(コメントより)。
 私はフェイスブック初心者で、これまでは閲覧するだけで終えていたのだが、今回はコメントしようと気持ちがうごいた。テレビや新聞が「民主主義への挑戦」「民主主義の破壊」「民主主義の世で許されない」「テロ・暴力に屈しない」などなど勇ましく言い立て書き立てていることへのモヤモヤした気持ちを誰かと共有したくなったのだ。
 「私も《民主主義》の洪水に違和感を覚えました。沖縄の民意を暴力と金で無視し続けてきた政権や政治家の口から平然とだされる《民主主義》。どの口が民主主義いうとんねん!と白々した気持ちにさせられました。また、安倍さんが《モリカケ・サクラの疑惑の政治家》から《凶弾に倒れた信念の政治家》に置き換えられていっているのを見て何とも言えない気持ちです。赤木雅子さんのお気持ちはいかばかりか。今回の事態は安倍さん自身と日本の政治、政治勢力(この中には自分も入ります)によってもたらされたものだと思います」と投稿した。(4人の方が「いいね!」をつけてくれていました)。
 「民主主義」は今、アメリカが中国・ロシアにしかけている新冷戦の「民主主義VS専制主義」の旗印ともなっているものだ。今回の事件を「民主主義への挑戦」のような大きな物語にしてはならず、「民主主義」を宣伝する材料にしてもならないと思う。この国に「挑戦」を受けるような「民主主義」はあるのか、破壊されるような確固とした「民主主義は」はあるのか。形骸化され、歪められた「民主主義」しか残っていない現実を見据え、その再生・実現こそが問われているのではないだろうか。
 最後に心に残ったコメントを一つ。
「参議院選挙活動は今日が最終日。明日は投票日。感情に流されないで思い出して欲しい。今までどれだけ安倍・菅、そして岸田政権に生活を苦しめられ、行政がゆがめられ、民主主義が破壊されたか。それにより、自死する人もいた。暴力によって解決しようとする社会を作ってきた人たちだったこと忘れてはならない」。
 さあ、今から投票だ。



寄稿

選挙活動日記

写真・文 大森彩生


選挙活動中のやはた愛さん  今日は朝から雨だったのに、選挙撮影の時間だけ雨が止んでくれた。それだけで嬉しくなる私は単純だなと思う。
 ふっと私が初めて自分から選挙活動した日のことを考えていたら、「どうして君は選挙活動をするの?」と聞かれたことを思い出した。18歳の時である。18歳の私は「応援したい人がいるから」と答えていた。  32歳になった今の私に同じ質問をされたら「応援したい人たちがいるから」と、同じように答えると思う。
マイクを持つ山本太郎氏 だけど、私が写真を撮るのは候補者や誰かの為とかよりも、自分の為に撮っている。
 自分が応援したい人がいるから、自分がこれから生きていくために必要なことだから。
 だけど、自分の為にしているその先に「子どもたちが大人になる事に不安を抱かない社会」、そんな社会が実現できたらと願ってる私がいる。
 人を傷つける武器にもなるカメラだけれど、人を傷つけない写真には力がある。一枚の写真が誰かの心を動かす事ができるから、エールをこめて最後までこの選挙を同じ思いのある人たちと一緒に闘いたい。
手を挙げる聴衆  選挙=選択をする日がもうそこまで来ている。
 大人たち、18歳になった子どもたち、しっかりと自分の意思で選択してください。私たちには選ぶ自由があるから、投票用紙の紙切れに小さな勇気を託したい。
 もし、ダメでも絶望しないで欲しい。人生は失敗や辛い事が多いだけなんだ、少なくてもちゃんと幸せはある。
 不安なんて抱かず、安心して子ども時代の人生を楽しんで大人になれる、そんな社会に変えることができる。
 うちはそう信じてる。明日も頑張ろう。


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