研究誌 「アジア新時代と日本」

第226号 2022/4/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

視点 「ウクライナ」から何を学ぶか

論点 「専守防衛」「非核三原則」を議論する時!

論点 覇権のための経済秩序か、主権尊重の経済秩序か

読者より 私はこうみるウクライナ問題

資料 キッシンジャー、ケナンら米国の大御所の視点で見るウクライナ問題

時評 第20代韓国大統領選挙

沖縄からの便り




 

編集部より

小川淳


世界は反ロシア一色ではない
 連日のニュースで流れる悲惨なウクライナの破壊された市街や何もかも失った人々の生々しい映像には衝撃を受けている。国内外のニュースは反プーチン一色になり、世界では反戦、反ロシアの世論が沸騰している。それでもその急先鋒に立つバイデンやNATO諸国首脳の映像を見ていると、「プーチン=悪」「ゼレンスキー=善」の構図に、強い「違和感」を感じるのはなぜだろうか。
 確かに現実に目の前で繰り広げられる悲惨な光景は、直接的にはロシアの侵攻によるものである。しかし、同じような悲劇は過去に何度も繰り広げられてきた。イラク戦争やシリア内戦、アフガニスタンでの反テロ戦争などなど、パレスチナでは今も悲惨な状況は続いている。にもかかわらず今日のロシアに対するような厳しい「糾弾」や「制裁」がアメリカやイスラエルに対して取られたことがあっただろうか?アメリカの主導した戦争の犠牲者や難民に対して、ウクライナ紛争の犠牲者に対するような暖かい支援が、例えばイラクやアフガニスタン、パレスチナの難民に対してあったのだろうか?
 敵と味方がある以上、戦争には情報戦と呼ばれるプロパガンダがつきものだ。そこに公正な情報を望むべくもなく、必ず意図的な情報、つまり味方に有利、敵に不利益な情報が流されることは常識に近い。今日であれば、「プーチン=悪」、「ゼレンスキー=善」という構図だ。そのような反ロシア一色の中で、少しずつだが冷静な分析を行った情報も出てきている。本誌掲載した、孫崎氏の文章などはその一例である。
 多くの人が理解に苦しむのは、プーチン大統領はなぜウクライナに侵攻したのかであるだろう。メディアでもウクライナ紛争のもう一つの当事者である「アメリカとNATO」に対してはまったく言及されていないからだ。
 アメリカやNATO首脳がソ連解体時に、「東方拡大はしない」と約束したことには多くの証言がある。しかしアメリカもNATOもこの約束を守らなかった。ワルシャワ条約機構の解体と同時に解体されるべきNATOは「勝者」として残り、次々と東方へ拡大した。プーチン大統領の警告を無視し、アメリカはゼレンスキー大統領を唆しウクライナのNATO加盟に向かった。それがウクライナ紛争の要因となった。冷戦は崩壊したと言われるが、今回のウクライナ紛争はNATOという冷戦構造の遺物が今なお執拗な活動を続けていることをはっきりと示している。
 世界は反ロシア一色ではない。ロシアに対する国連の非難決議に35か国が「棄権」を表明した。そこには新興大国の中国、インド、南アが含まれる。世界にはアメリカやNATOとは違った見方や視点があることを忘れてはならないと思う。



視点

「ウクライナ」から何を学ぶか

編集部


 今起きているウクライナ問題は、日本にとって決して対岸の火事でも、他人事でもない。
 なぜこの問題が切実な自分の問題だと言えるのか、それについて考えながら、ウクライナの事態発展から日本は何を学ぶべきか若干の問題提起を行いたい。

■「ウクライナ」は他山の石になっているか
 ウクライナへのロシア軍の突然の軍事介入という予測を超えた衝撃を受けて、政界や言論界などからも、日本でも起こり得るこうした事態にいかに対するか、議論が生まれている。曰く「軍事力、抑止力の強化」、曰く「日米同盟の強化」、等々。そこには、安倍元首相などによる、(米国との)核の「共有」なる「極論」まで混じっている。
 これらの反応を見ながら思うのは、ウクライナにおける事態発展が他山の石になっていないのではないかということだ。
 周知のように、他山の石になるとは、他国、他郷、よその出来事が自分を振り返り、自分を磨くために役立つということだ。
 よそのことをもって、自身を振り返り、自身を磨くために、何より問われるのは、そのよそのことがどういうことなのか分かっていることではないだろうか。見当違いな理解からは、見当違いな答えしか生まれてこない。
 さらに、よそのことが他山の石になるために決定的なことがもう一つある。それは他でもない。自分自身を分かっていることだ。自分自身が何者か分かっていない者に、よそのことをもって、自らを正すことなどできる訳がない。

■どこから生まれたのか、ウクライナの惨劇
 今回の事態は、巷で言われるように「プーチンの狂気」から生まれたものでは決してない。それは、軍事介入に当たってプーチンが掲げた要求、ウクライナの非武装化、中立化、そして非ナチス化を見ても明らかだ。そこには、事実に基づく現実的で歴史的な根拠がある。
 冷戦の終結時、米ソ両首脳の間で、NATOの東方拡大はやらないとの約束が交わされた。だが、その約束はどこまでも口頭でのものに過ぎなかった。舌の根も乾かない中に、東欧旧社会主義諸国に対するNATO加盟への誘いが始まった。
 この動きを見ながら、米国の著名な戦略家、ケナンやキッシンジャーなどから、深い憂慮の念が表明された。それがソ連から非社会主義に転換したロシアと米国との間の戦略的協調を大きく阻害するものになるということだった。
 しかし、戦略家たちの忠告が考慮されることはなかった。冷戦終結以来30年余り、NATOの東方拡大は進み、今や未加盟国は、旧ソ連邦であったウクライナやベラルーシなど数カ国を残すのみになっている。
 そうした中、グローバリズム、新自由主義で隆盛を誇った米一極世界支配は長く続かなかった。イラク、アフガン戦争の泥沼化、リーマン・ショックと長期経済停滞、それらによる数千万難民の大群と世界を席巻する新しい政治、自国第一主義の嵐の広がり。米国式自由と民主主義、普遍的価値観の輝きは急速に色あせ、もう一つの超大国、中国の勃興も相まって、米覇権の崩壊は目に見えて進行してきている。
 そこで出されてきたのが米覇権崩壊の危機脱却を図る覇権回復戦略、「米中新冷戦」だ。力による現状変更を図る「修正主義国家」として中ロを名指しした上で、その中、中国だけを「唯一の戦略的競争相手」としたこの戦略で、ロシアは、中ロとの二正面作戦を避けて対象外にされた。だが、東での「アジア版NATO」、「クアッド」の形成、「クリーンネットワーク計画」などと時を同じくして、西でのウクライナのNATO加盟と対ロシア米国式軍事国家化、東部のロシア系住民を弾圧するナチス国家化など、東西並行して、包囲と封じ込め、排除の「新冷戦」が中ロを対象に隠然と進行してきていた。
 こうした状況にあって、ウクライナの非武装化、中立化、非ナチス化を掲げ敢行された今回の軍事介入をどうとらえるか。それは、よく言われるロシアによるウクライナの属国化でも、プーチンが米欧に引っかけられ乗せられて犯した「誤り」でも、まして「プーチンの狂気」でもない。では何か。もちろん、これからの戦況推移の如何を見て確認していく必要があるが、米国を中ロとの二正面作戦に誘い出して討ち滅ぼす、「対中ロ新冷戦」を向こうに回した、優れて進攻的な一大攻撃戦だったのではないだろうか。

■日本の立ち位置、今どこに
 今回のウクライナ問題を他山の石とするためには、われわれ自身、日本の立ち位置がどこにあるか自覚していなければならない。
 これについては、この間、「西のウクライナ」に対し、「東の日本」という見立てがなされ、盛んに言われている。言い換えれば、西のロシア、東の中国という同じ「専制主義」超大国の脅威を受けているウクライナと日本ということだ。
 ここから導き出される今回のウクライナ事態の教訓はどうなるか。それこそが、「軍事力、抑止力の強化」「日米同盟の強化」、はたまた核の日米「共有」などといったものになっているのではないだろうか。そうしなければ、日本もウクライナのような運命を免れないということだ。
 しかし、同じ「西のウクライナ、東の日本」でも全く異なるとらえ方もある。それは、米国による中ロとの対決戦、「米対中ロ新冷戦」の西の最前線、ウクライナに対して東の最前線、日本というとらえ方だ。
 このとらえ方は、つい先日、米国防総省が発表した戦略文書、「国家防衛戦略概要」によってより鮮明になった。「概要」では、これまで中国を「唯一の」戦略的競争相手としていたのを「最重要の」に改め、新たにロシアを「深刻な脅威」と位置付けて付け加え、「二正面作戦」を公然化した。一方「概要」は、同盟国、友好国に対しては、連携による「統合的抑止」を強調しながら、戦力、技術力を結集、統合する戦略を表明した。
 これは、新任のエマニュエル米駐日大使がその就任に当たって、日米経済の統合を自らの使命として挙げていたのに符合している。すなわち、日本の米国との一体化、アメリカ化だ。
 これが、ロシア軍による軍事介入前、ウクライナで進行していた政治、経済、軍事など全面的なアメリカ化と軌を一にしているのが重要だと思う。

■転換する時代、教訓をどう生かすか
 今、ウクライナ情勢がいかに展開するか、戦争の行方はどうなるか、その帰趨に世界の関心が集まっている。ウクライナ問題から日本がどう学ぶかも、それ次第で大きく変わってくると思う。
今、米欧側が期待を寄せているのは、経済制裁の効果が現れ、ロシア経済とともにプーチン政権が崩壊することにあるだろう。
 だが、この経済制裁は諸刃の刃だ。ロシア経済とともに米欧側の経済にも大きな打撃となる。と言うより、ロシア経済が中国やアジア、中東、アフリカ、中南米など、非米主権諸国に依拠する方向へそのあり方自体の転換を図るのに対し、米欧の側は、従来、ロシアに少なからず依存していた原油、ガスなどエネルギー、穀物など食糧、それに各種原料の供給源が断たれるだけではない。国際決済秩序、SWIFTからロシアを閉め出すことにより、中国、非米主権国家系の決済秩序との間の力関係に大きな転換が生まれることになる。これらが、コロナなどで弱った米欧の経済に少なからぬ打撃を及ぼす深刻な禍根になるのではないだろうか。すでに顕在化している世界的な物価の高騰は、その予兆だと言えるのではないか。
 経済制裁の逆効果だけではない。それにも増して大きいのは、覇権国家としての米国の威信の大失墜にあるのではないか。
 米大統領バイデンは、ロシアの軍事介入に直面したその最初から、米軍の不介入を宣言し、その後も介入の意思さえ見せていない。米軍のこの動きを見て、NATOの他の軍隊も当然動かない。結局、米欧は、後ろから軍需物資を補給し、情報宣伝戦の前面に立ちながら、ウクライナの軍を動かし、国民を犠牲にして戦争している。
 この戦争がロシアとウクライナの戦争ではなく、その本質において、ロシアと米国の戦争であることは、ウクライナの人なら誰もがうすうす気がついている。その米国のこうした態度を見て、祖国を守るためにと彼らがどれだけ戦えるかだ。ゼレンスキー大統領は、決して「祖国防衛」の先頭には立てていないと思う。
 もちろん、戦争の決着はいまだついていない。しかし、米国の覇権国家としての威信が地に落ちたのは覆いようもない事実ではないか。
 「東の日本」としては、この事実をこそ他山の石にしなければならないと思う。



論点

「専守防衛」「非核三原則」を議論する時!

吉田寅次


 文藝春秋四月号は「『専守防衛』『非核三原則』を議論せよ」(折原良一・元統合幕僚長)論文を掲載した。これは本質上、国是か同盟かの議論であるという視点に立って考えてみたい。

■今、国是か同盟かが問われている
 非戦・非核は日本の国是と政府も自認するものだ。それは専守防衛、非核三原則(つくらず、持たず、持ち込ませず)の堅持で一応守られてきた。
 しかし自衛隊の抑止力化(攻撃武力化)という米国の要求によって敵基地攻撃能力保有など「専守防衛の見直し」に岸田政権は踏み込んだ。今度はウクライナ事態を受けた安倍元首相の「核共有論」など「非核三原則の見直し」論が出てきた。
 そのいずれもが対中対決、日米同盟重視の立場からのものだ。いま問題は、国是か同盟か! このように提起されていると思う。

■「非核三原則の見直しを議論せよ」の登場
 岸田政権は国家安全保障戦略(NSS)改訂を今年度中に行うと公約したが、文藝春秋論文の折原氏はこのための政策提言をまとめた人物であり、専守防衛のみならず非核三原則の見直しが国家安全保障戦略改訂に新たに加わったのだと言える。
 これは一体、どこから来るものなのか?
 事は昨年にまでさかのぼる。2021年7月8日の朝日新聞は「米軍、対中ミサイル網計画」と題する記事の中で、日本列島から沖縄、台湾、フィリッピンを結ぶいわゆる「第一列島線」に中距離ミサイルを配備、その予算として米インド太平洋軍が「5年間で29億ドルを計上」と公表した。
 米軍はこれを中国の「空母キラー」と呼ばれる極超音速ミサイルやグアム基地を射程に収める中距離弾道弾に対抗するためとしている。
 文藝春秋論文で折原氏は1980年代にソ連の中距離弾道ミサイルに対抗して米国が「対ソ最前線」の西ドイツに配備を決めたパーシングUミサイルを例にあげ、「対中最前線」となった日本にこれと同様の中距離ミサイル配備の受け入れを説いている。その主旨は米軍の核積載の中距離弾道ミサイル配備を可能にする「核持ち込み容認」=「非核三原則の見直し」を議論せよということだ。
 これは日本列島が中国や朝鮮を狙う米軍の中距離核ミサイル基地になるということだ。今日の新冷戦、対ロ「西の最前線」ウクライナの事態は明日の日本を暗示している。ゼレンスキー大統領が米国の後押しを受けてNATO加盟に固執、それはロシアにとってはロシア敵視の核ミサイル基地が国境を接する国にできることを意味した。これが招いた結果は周知の通りだ。米国に踊らされロシアにケンカを売ったゼレンスキーの愚を新冷戦「東の最前線」日本は繰り返してはならない。

■鍵は「抑止力防衛論」の是非にある
 一般的にどの国も国是は基本だが戦後日本では同盟基軸が基本だ。特に安保防衛問題でこれは揺るがない「常識」になっている。なぜわが国では国是よりも同盟基軸になるのか?
 回答は「抑止力防衛論」に依っているからだ。
 「抑止力防衛論」の基本は「相手が報復攻撃を恐れて戦争を思いとどまるようにする」こと、そのためには抑止力として相手を恐怖させるだけの報復攻撃能力を保有することが不可欠となる。
 ここから国是は非戦の憲法九条だが専守防衛は報復攻撃能力を持たず、これは抑止力にならない、よって日米安保による米軍の抑止力に日本の防衛を委ねる。だから国是より同盟基軸、これが安保防衛政策となって今日に至っている。
 この論理で行けば、「抑止力の劣化」を認める米軍がその「劣化を補う」ために自衛隊の抑止力化と核持ち込み容認を要求すること、安倍元首相や折原氏の言う「専守防衛と非核三原則」の見直し、国是の放棄は理にかなったものになる。
 抑止力防衛、同盟重視のために国是を放棄するのか否か? これに回答を与えることがわが国に突きつけられている焦眉の課題だ。
 国是とは日本国民の意思、要求の集大成であり、国の有り様、カタチそのものだ。非戦・非核は国民の要求する日本の安全保障の原則とも言える。
 ならば戦後日本が抑止力防衛、日米同盟基軸下でないがしろにされてきた国是に基づく安保防衛政策をいまこそ真剣に構想すべきであろう。
 それは9条自衛構想であり、撃退力自衛、敵対国をつくらない強い外交力、日米安保基軸から東アジア安保、多角的安保への転換を政策化すること、その時が来たと思う。


 
論点

覇権のための経済秩序か、主権尊重の経済秩序か

東屋浩


 現在、ロシアのウクライナへの軍事行動により、世界秩序の大きな転換が起こっている。その一つが、米国主導の経済制裁がもたらしている国際経済秩序の転換だ。
 周知のように、ウクライナ問題をめぐってロシアにたいする全面的な制裁が欧米諸国からかけられている。資産凍結、航空機乗り入れ禁止、金融決済からの排除、多くの物品の輸出入禁止、それに伴う進出企業の撤退など全面的だ。それは、ロシアのみならず世界経済に深刻な影響を及ぼしている。
 制裁そのものはロシアに打撃を与えることになるが、その方法は相手国の息の根を止めようとする兵糧攻めという戦争行為だ。さらに、米国は中国が制裁逃れの抜け道になる可能性があるとして、中国にたいしロシアを支援すれば同じように制裁を加えると脅している。これにたいし、中国側は「制裁は庶民を苦しめるだけ」と制裁そのものに反対した。実際、そうである。制裁は経済の混乱と停滞、物価高など庶民の暮らしに直接、打撃を与える。
 今回、経済制裁がロシアに一定の経済的打撃を与えているだけでなく、米国などの覇権経済をも破壊的な影響を与えていることが特徴となっている。
 ロシアがガス代金支払いをルーブルでという義務を課し金融制裁を揺るがし、原油・天然ガスの輸入制限と小麦、鉱石などの輸入縮小で、欧米日諸国における経済的混乱と物価高、とくにロシア・ウクライナに小麦粉輸入を依存する中東諸国などが大きな打撃を受けている。欧米による制裁がこれまでの世界的な経済秩序そのものを破壊しているのが現状だ。
 また、制裁を受けた場合、大抵はそれで参ってしまうのではなく、いっそう戦意を高め制裁に耐える経済をつくろうとする。その典型が、今日、世界でもっとも制裁を受けている朝鮮だ。ミサイルと人工衛星を打ち上げただけで制裁を受ける不当なものだが、日本もこの制裁に加わっており、すべての生産物の輸出入禁止、在日朝鮮人往来の制限など課している。すなわち、米国と日本は朝鮮にとっては自国を窒息させようとする敵対国だ。これにたいし、朝鮮は自力更生の道を選び奮闘し、かえって社会主義建設を軌道に乗せてきた。
 ロシアが自らの道を進めていくためには、軽工業部門の発展に力をいれ自力更生の道を選択する一方、友好国との関係を強め、欧米の国際秩序と異なる、主権を尊重したうえで友好・協力関係を深める別の国際秩序を作っていくことになろう。すでに中国は天然ガスなどの購入を決め、協力関係を強化し、ユーラシア同盟、上海機構、中国との一帯一路があり、欧米以外のインド、ブラジル、ミャンマーなど個別的にロシアと密接な関係があり、いわゆる発展途上国の大多数がロシア制裁に加わっていないことが、その可能性を示している。
 欧米の制裁はロシアに一定の打撃を与えるが、それでロシアが屈服することなく、かえって自国式の経済社会を発展させ、結局は、欧米の覇権のための経済秩序と異なるまったく新しい反覇権の経済秩序を生み出すという結果にいたるだろう。



読者より

私はこうみるウクライナ問題

Y・S


 「視点」読ませて頂きました。
 自分達は正義の味方であるとしてプーチンを「人殺しの犯罪者」と罵っている米国も数々の無法な戦争の歴史があります。
 2014年に「ノルマンディー上陸作戦70周年記念式典」がパリで行われました。その式典で「原爆により戦争を早期に終了させることができた」というナレーションとともに広島への原爆投下の場面がスクリーンに映し出され、G7を中心とした各国首脳陣や参加した旧軍人から拍手が湧き起こりました。米国大統領のオバマも笑顔で拍手をしており、私はその映像を見て「日頃綺麗事を言っているオバマも本心はやはりそうなのか」と暗澹たる思いがしました。
 また、2003年からのイラク戦争で、米国ブッシュ大統領は「イラクは大量破壊兵器を所有している」と難癖を付けてイラクを攻撃しました。しかし、その後に大量破壊兵器所有が間違いであったことが判明しましたが、米国から何ら国際的な責任をとっていません。さらに遡るならばベトナム戦争はどうだったのか。
 日本のほとんどのマスコミは「ロシアは悪、ウクライナは善」「米国、NATO、日本が支援しているのが善であるウクライナである」として連日報道していますが、私はそのように単純には考えていません。ただ喧嘩にはお互い言い分があります。何らかの理由を付けて戦争するのが人間の常。皆表向きは平和を求めて努力していると言うが、その過程で必ず国と国との争いが生じる。戦争という形を取らないまでも争いは避けられない。これは未来永劫続くことでしょう。
 様々な考え方を持つ多数の人々の集合体で国家は形成されており、私は以前から「100%悪である国家は存在しないと同様に100%正しい国家も存在しない」と考えていました。原爆を投下した米国は極悪非道かも知れないが、あの軍国主義国家であった日本が世界に先駆けて原爆を所有していたなら、どんなに酷いことをやったかと想像することも我々日本人には必要であると思います。被害者であっても立場、状況が変われば容易に加害者になりうると言うことです。私の考えは中途半端で方向が定まらないものであり、喧嘩両成敗では何の進展もないと言うかも知れませんが、ウクライナの状況についてはこれ以上の判断がつきません。ただはっきりしたのは、世界の中でいかに日本の存在感がないか、さらに安倍外交がいかに空虚なものであったかがはっきしたと言うことです。



資料

キッシンジャー、ケナンら米国の大御所の視点で見るウクライナ問題

孫崎享 日本外交と政治の正体 日刊ゲンダイ


 ウクライナに侵攻したロシア軍の攻撃が激しさを増している。日本国内でも「非難」と「報復」の声が上がり、1億総「反ロシア」「反プーチン」の様相を呈してきた。だが、世界の世論は「非難」ばかりではない。
 英ガーディアン紙は、<多くがNATO拡大は戦争に至ると警告したが、この警告は無視された>と題する論評を掲げ、<最近の侵攻についてはプーチンが主たる責任を負うが、同時に過去約25年に及ぶNATOのロシアに対する傲慢な政策も大きな部分を占める>と報道。さらに<指導的専門家はNATOの拡大は紛争に導くと警告。なぜ、誰も耳を傾けなかったのか>と論評している。
 これらの記事では、米国の外交官で政治学者だったケナンや、元米国務長官のキッシンジャーら大御所の見解が紹介されている。
 ケナンは米国の冷戦外交の基本方針である「封じ込め」政策の提言者として知られており、キッシンジャーは戦後の米国外交で最も重要な役割を展開した人物である。
 ケナンは1990年代のNATOの中欧への拡張は「冷戦後の時代全体におけるアメリカの政策の最も致命的な誤り」で、「NATOの拡大は米ロ関係を深く傷つけ、ロシアがパートナーになることはなく、敵であり続けるだろう」と警告した。また、キッシンジャーは「ウクライナはNATOに加盟すべきではない」「ウクライナを東西対立の一部として扱うことは、ロシアと西側、特にロシアと欧州を協力的な国際システムに引き込むための見通しを何十年も頓挫させるだろう」と主張してきた。
 米国の主要な外交関係者が「NATOが東方拡大を行い、ロシアの隣接まで拡大することは、ロシアは到底容認できない」と主張してきたのである。 今回、ロシアが軍事行動を起こさなければ、ウクライナがNATOに加盟する可能性は高かった。では、ロシアを敵として厳しく対抗していくことの何が問題なのか。キッシンジャーらはなぜ、ロシアとの協調を求めていたか。
 それは@ロシアが核保有国であることA戦略的合意ができなければ、ロシアの核攻撃により米国が破壊される状況が常に残ることBロシアを敵として域外に出せば脅威は残るが、共通の土俵を持てば危険を管理できること、だ。ロシアは危険な国であるからこそ、協力する枠組みをつくったのであり、その枠組みを外せば今のような事態になることも予想されていたのである。結果として枠組みが外れた今、果たしていつまで身の危険を感じながら生きることになるのだろうか。



時評

第20代韓国大統領選挙

平 和好


■あ〜!・・・
 3月9日、夜中じゅう中継と速報にかじりつき、一喜一憂してしまった。他国の選挙であっても、いても立ってもいられなかったのだ。僅差とはいえ、負けは負けである。本当にがっかりした。しかしこれは予測された敗北である。
 キャンドル革命勢力の大きな力で大統領になった文在寅氏が多くの前進的政策と南北対話の画期的進展で成果を挙げたことは間違いない。ただ、2022年4月以降も良い政治が続くためには、李在明氏を勝たせなければならないことぐらい、誰でもわかる。そのために自分のなすべき事を真剣に検討し、具体的に立案し、実践したかというとあまりに無策と不作為が肝心な直近の一年に多かった。内政と経済政策においてキャンドル革命勢力の提言をしっかり取り入れて実践したのだろうか?

■冤罪犠牲の野党元議員と朴槿恵氏の扱いの差
   公安政局・検察政治を作り出すために罪をでっち上げられ、長年獄中に叩き込まれたままの李石基前議員がようやく釈放されたのは9年の刑期満了近くの2021年12月だった。あまりに遅い。一方の朴槿恵は刑期を何十年以上も残したままの、理由不詳の早期恩赦であり、市民の大きな失望につながったことは十分に考えられる。これがなければ1%以下の接戦を覆して勝利できたのは明らかといえよう。

■平和努力皆無、戦争準備加担の1年
 また南北対話で任期前半に特大の前進をしたのに、それを帳消しにする失態の最大のものが米韓合同軍事演習であった。コンピューター上の演習などという子どもだましの言い訳は通用しない。現代の戦争はまさにコンピューター上なくしては成立しない。侵攻・ピョンヤン占領を狙うと受け取られても仕方のない軍事演習を漫然と国防部に行わせた罪は特大と言って良い。朝鮮民主主義人民共和国側は、そうとう忍耐強く、耐え続け「文政権にチャンスを与える」猶予を何度も見せてきた。なのに任期残りわずかの肝心な時期にこれをやってしまったのは自滅行為である。
 また、南北対話を任期後半にほとんど無為無策ですごした挙句、今年3月段階で「南北関係前進は次期政権で」などと無責任な談話を発表する事に、平和な朝鮮半島を希望する人がどうして失望しないだろうか!?最後に大きなもう一歩の前進を実践した上で「李在明さん、あとはよろしくお願いします」と言うならともかく、世論調査で勝っていた「反共・滅共・好戦」「先制攻撃辞さず」の検察トップ・尹錫悦氏が大統領になったらひどい事になるのは明らかではないか。

■文大統領の行いから予測できた敗戦
同志とも言うべき前ソウル市長が悲痛にも自死してしまったショックは想像にあまりあるが、だからこそ、その遺志を引き継いで、この4月以降の事を真剣に考え行動しなければならなかったはずである。
 国会で多数を握る「ともに民主党」を背景に一致団結してこの危機に立ち向かわなければならない時に、ユンミヒャン議員への除名策動への加担をやめさせなかった事など、失点も多い。当初のボロ負け予想を超僅差まで押し返した李候補の健闘があっても、前任者のバックアップがないどころかこれらの失点による足引っ張りによって、負け選挙にされてしまったと厳しく言わざるを得ない。文在寅大統領に大きな期待と尊敬の念を抱いていただけに、特大の失望と残念感を禁じえない。
 好戦大統領のもとで、朝鮮での戦争機運が人為的に増進されない事を切に願いたい。



 

沖縄からの便り

釜日労・三浦俊一


3月30日(水)
 辺野古は霧雨です。静かです。朝早く出て、いろいろあって辺野古到着は夕方でした。やはり現場は好きです。明日から頑張ります。

3月31日(木)
 朝から雨でした。資材の搬入は2回でした。台数も少なくて何が進行しているのかさっぱり分かりません!でも2回とも頑張ってやっています。  駄目ですねー、機動隊が強引にやってくるとつい身体が反応してしまいます。明るく楽しく、必死です。

4月1日(金)
 今日も搬入は2回でした。しかも、台数も少なく嬉しくなります。少し寒いですね。参加は10数名でした。明日は工事もなくて何をしようか?と悩んでいます。

4月4日(月)
 久しぶりに晴れました。気持ちいい風が吹いてます。今日も搬入は2回でした。それに換わって第三ゲートが慌ただしくなっています。防衛局はやりたい放題です。人手が足りません! やれる人数でやるだけです!

4月6日(水)
 昨日は辺野古の全ての闘いの現場に参加して来ました。辺野古ブルーの優しい仲間、ゲート前、第四ゲート、そして阿波桟橋です。
 宿泊所では素敵な三線と沖縄の歌をスキトールような声で歌う若い方、話し方に落ち着きも、気負いもなく素敵なオーラ満載の闘う女性、こうした方との出会いが大切ですね。当然ですが、辺野古の森、海の青さ、何よりも空気が好きです。
 今朝早くに那覇までいくバス停まで送ってくれた仲間にも本当に感謝です。こうして、多くの人たちとお話が出来ました。長い闘いへの小さな本音も聞かせてくれます。威勢の良いことよりも疲れた時、迷った時、でも諦めない言葉は今回の沖縄の最高のお土産です。
 どのような理由があったのか知りませんが、闘いを離れた人たちの現状も風の噂のように耳に飛び込んできます。残念ですが、仕方のない事です。健康で幸せに生きて欲しいと願うしかありませんね。
 現場に参加する人は確実に減少していました。その光景に何かしらの気落ちをするよりも、自分はなぜ今ここにいるのかを問い直し、問い直して、いつの日かまた皆で闘う日が来ることを信じたいですね。

    

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