研究誌 「アジア新時代と日本」

第221号 2021/11/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 生まれなかった政権交代への流れ

議論 「地方からのデジタル化」、その狙いと戦い

議論 「普遍的価値観」を掲げた新冷戦体制の外交

闘い 大石あきこ奮戦記

読者より 「わたしのエンパシー」を読んで




 

編集部より

小川淳


なぜ日本だけが成長できず一人負けなのか
 自公・維新の圧勝で終わった総選挙、立憲を中心にした野党共闘はなぜ敗北したのか。その理由の一つは、政権交代への対決軸を作り出せなかったことにある。もし野党共闘が政権交代を掲げるのであれば、一つの対決軸は経済政策であったはずだが、それが見えなかった。
 日本経済はバブル崩壊後、30年に渡って成長できない状況が続いている。成長できなくなった理由の一つは日本の製造業が国際競争力を失ったことにあるが、国際競争力を失くしても豊かな国内市場があり、内需で成長を維持できているケースが多い。実際、アメリカや英国は国内製造業が衰退しても内需を原動力に成長を続けている。OECDの平均賃金の調査では、トップのアメリカは763万円、日本の424万円と319万円の差があり、2015年には韓国にも追い抜かれ38万円も差がついた。一人当たりGDPでも世界2位から26位へとOECDの中で日本だけが長期低迷を続けている。
 なぜ日本だけが成長できず、一人負けしているのか。産業構造の変化や少子高齢化という要因は他の先進国でも共通していて、そこからは説明できない。世界でこれほど長期のデフレに苦しんでいるのは日本だけという。よほど間違った経済政策を長期にわたって続けない限りこんな状態は生れないはずで、8年に渡るアベノミクスとは何であったのか。先進国の中で世界最低の成長も賃金も、最低レベルの経済政策を続けてきた結果と言うことになる。
 なぜデフレは起きるのか。需要よりも供給が多い状態、つまり物を買わない、消費よりも貯蓄、企業も投資より内部保留にカネを回すからだ。市場が冷え込み、物が売れないため企業業績は落ち込み、賃金も増えない。賃金は増えないからますます物は売れず、企業も投資を控えてしまう。このデフレスパイラルに陥ったのが2000年以降の日本経済だった。一言でいえば「明るい未来が見えない」からデフレマインドになる。
 解決策は市場任せにせず需要を喚起するしかないが、それができるのは国の大胆な財政政策しかない。日本は2000年以降、正しい財政政策をとってこなかった、というより消費税増税を含めた緊縮財政という真逆の経済政策をとってしまったことが経済低迷の原因だったということになる。今回の選挙公約を見ると、真っ当なのはれいわ新選組だけである。消費税の廃止、教育費タダ、奨学金チャラ、最賃1500円、社会保険料軽減などなど。選挙のための野党共闘から本物の政権交代へ繋げる野党共闘を作りだしていくためにも、きちんとした経済ビジョンを提示できるかが鍵となる。次の参議院選挙まで政権交代の大きなうねりを巻き起こしていきたいものである。



主張

生まれなかった政権交代への流れ

編集部


 自民圧勝、野党共闘惨敗。今回の総選挙は、大方の予想を超えていた。やはりこの国の民はだめなのか。それとも、野党の闘い方に問題があったのか。諸説紛々する中、分析が問われていると思う。

■「大謀略劇」の延長としての総選挙
 本誌前号の「主張」で、先の自民党総裁選を「新冷戦体制」づくりに向けた「大謀略劇」だったと断じた。そこから見た時、今回の総選挙はどうとらえられるのか。
 岸田新総裁選出が9月29日。10月4日、岸田内閣発足。10月8日、岸田首相の所信表明演説があったと思ったら、10月14日、衆議院解散。10月31日、総選挙投開票。あっと言う間、戦後最短の日程だった。これが自民党総裁選前から目論まれていたのは当然だ。野党に岸田新政権の政策への対応戦略を練るなど、準備時間を最大限与えず、総選挙を自民党有利に運ぶ作戦だった。
 一方、メディアジャックして自民党に国民的関心を引きつけ、菅政権の下、落ちるところまで落ちた自民党政権への支持率を50%台以上に引き上げ、それが落ちぬ間にという計算も、当然、働いていただろう。
 一言で言って、総選挙は「大謀略劇」、自民党総裁選の延長だったと言うことだ。

■自民党「圧勝」の意味を問う
 総選挙圧勝。だが、当選者の名の上に赤いバラを付けていく岸田首相の笑顔は、もう一つ底抜けのものではなかった。それについて、いろいろ取り沙汰された。その中の一つに、これからの重圧を思ってのことではないかというのがあった。
 岸田氏がどれだけ物事の先の先を読んで行動する人なのかは知らないが、彼の前に提起されている問題が簡単でないのは事実だと思う。 それは、一言で言って、「新冷戦体制」づくりだ。
 麻生氏が言うように、日本には「米中新冷戦」の最前線を担うことが求められている。米ソ冷戦の時は、反共の「防波堤」。今度は、対中対決戦を米国と共に戦う「最前線」だ。
 そのために米国が要求してきているのが日米一体化だ。政治、経済、軍事、外交、地方地域、教育、社会保障などあらゆる領域にわたる全面的な日米の一体化、言い換えれば、日本の米国化、米国への日本の組み込みが求められている。
 それは、すでに国民の見えないところで、国会での承認もなく、日米共同戦争をするための自衛隊の攻撃部隊化、GAFA支配下の日本のデジタル化に向けたデータ主権のGAFAへの売り渡しなどとして進行している。
 この「新冷戦体制」づくり全面化に向けての出発点、それが自民党「圧勝」だった。

■野党共闘失敗の要因はどこに
 「新冷戦体制」づくりに向け、動きを強める麻生氏や安倍氏、その背後にいる米国が仕掛けた総選挙、それを受けて立った野党側の闘いはどうだったか。それが、「政権交代」を掲げながらも、そのためのものになっていなかったのは、闘いの結果が示している。
 菅政権のコロナ対策の失敗とそれにともなう政権支持率大暴落、その反映としての横浜市長選での自民大敗北、情況は、野党共闘、政権交代への背を押していた。しかし、政権交代のため求められる「流れ」は生まれなかった。
 今回の総選挙は、「静かな選挙」「無風選挙」だったと言われる。選挙演説を聴いている人は聴いているのだが、通り過ぎる人は全く関心を示さず通り過ぎていく。今回の選挙のこうした特徴に、政権交代への流れの不在が端的に示されていた。
 何事にせよ、事を成すにはそれへの流れをつくり出さなければならない。 政権交代のためには、野党、国民の総結集が何より重要だ。そこに政権打倒への勢いが生まれ流れが生じる。
 しかし今回、それがよくできなかった。野党4党による共闘が生まれたが、そこには国民民主党の名がなかった。さらには、労働団体、連合が立憲民主党、共産党の連携に反対して出てきた。
 団結は数だけではない。流れをつくるためには、その質が問われる。東京8区での山本太郎候補の出馬問題がこじれた。あそこでは最大野党の立憲民主党が共闘に結集した諸勢力間の相互信頼と闘いの気勢高揚のため、その役割を果たすことが問われた。だが、結果はその逆になってしまった。政権交代に向けた勢いを少なからず殺いでしまったのではないか。
 しかし、今回、政権交代への流れをつくり出せなかったのは、団結がよくできなかっただけではない。それ以上に大きな問題があったと思う。
 それは、政権交代の目的を明確にすることができなかったところにあるのではないか。
 今回、立憲民主党と共産党が手を握り、それにれいわ新選組と社民党が加わり、4党による野党共闘がつくられた。
 ところが、この野党共闘、何のための共闘、立候補の一本化なのか、その目的が「政権交代」というだけで、中身が見えてこなかった。だから、「自由主義」と「共産主義」というだけでなく、「憲法問題」や「安保問題」など、基本的な政策で水と油の立憲民主党と共産党がどうやって一緒になれるのか、「野合」だという誹謗中傷を排撃し、「政権交代」への勢い、流れをつくり出すことができなかったのではないだろうか。
 歴史的に見ても共産主義と自由主義など、理念や主義主張の相異なる者同士、手を携えて闘い勝利した例はいくらでもある。ただその場合、共通の目的がはっきりしていた。日本帝国主義やファシズム、ナチスと闘った中国の「国共合作」しかり、イタリアやフランスの反ファッショ統一戦線しかりだ。

■求められる「新しい時代」をめぐる闘い
 今日、日本で焦眉の問題は、コロナ問題であり、それとの連関で、経済問題だ。だから、野党共闘が掲げた政権交代がこの二つの問題解決のためのものになるのは当然だったと言える。
 だがそれが、菅首相の出馬断念など、自民党総裁選における「謀略」によって、争点として焦点化されず、給付金の「バラマキ合戦」などと、有権者が誰を選んだらよいのか分からない情況がつくり出されてしまったのは、作戦負けと言えばそう言えるものだったのではないか。
 総選挙の争点として、コロナ、経済問題とともに、自民党が公約として掲げたGDPの2%以上という防衛費拡大を取り上げるべきだと誰かが言っていたが、全くその通りだったと思う。さらには、台湾有事を日本の有事だとする麻生氏などが言う「米中新冷戦」の最前線に日本が立たされている問題などを明らかにし、それをより大きな問題として焦点化することも問われていたのではないかと思われる。
 総括はどこまでも新しい闘いのためにある。総括を教訓化した上で、今、野党側に提起されていることは何か。それは、「改憲」をはじめ「新冷戦体制」づくりと対決し、それを破綻させることを離れてないと思う。
 これから、米国の後押しを受けて、岸田政権による「新冷戦体制」づくりがいよいよ全面化してくる。それは、今年12月に予定されている米国主導の「民主主義サミット」などを経て一段と本格的なものになってくるだろう。
 そこでのキーワードは、岸田首相がよく口にする「新しい時代」ではないだろうか。戦後体制から「新冷戦体制」への時代的転換と言うことだ。
 ここで問われるのは、この時代的転換をどうとらえるかだ。すなわち、これまで米国に助けてもらってばかりいた日本から、米国を助け米国と一体となって中国など「専制主義国家」と敵対し米国による覇権を守り建て直す日本への転換ととらえるのか、それとも、米国言いなりに対米追随、長期停滞してきた日本から、自分の頭、自分の力で、アジアの国々、世界のすべての国々とともに新しい未来を切り開いて進む脱米日本への転換ととらえるのかの問題ではないだろうか。
 その上で忘れてならないのは、前者で言う「日米一体化」が決して対等な一体化ではなく、米国に日本が吸収され、その一部として組み込まれる一体化になると言うことだ。
 今切実に、岸田政権による「改憲」をはじめとする「新冷戦体制」づくりに断固反対する闘いが求められている。
 そこで、この闘いを国会の中だけの単なる野党共闘にしないことが重要だ。先の横浜市長選に見られたような国民意識の広範な高まりの中、国民大衆に確固と依拠した運動として繰り広げること。そうしてこそ、野党共闘は明確な目的を持った政権交代のための闘いになると思う。



議論

「地方からのデジタル化」、その狙いと戦い

永沼博


 岸田首相が成長戦略の一つの柱とする「デジタル田園都市国家構想」。その「実現会議」が設置され11日には初会合が開かれる。すでに進行中の「スーパーシティ構想」など「地方からのデジタル化」が本格的に進められようとしている。「その狙いは何か。その問題点。それとの戦い」について考えてみたい。

■狙いは日米融合一体化の完成
 米国の次期駐日大使に指名されたラーム・エマニュエル氏が指名承認の公聴会で中国との対決のために、「経済規模で世界首位の米国と3位の日本との経済統合を強める好機であり、この統合が緊密化できれば極めて大きな力になる」と述べている。日米経済の統合、すなわち米国経済への日本経済の組み込み、日米融合一体化を米中新冷戦を好機として深化・完成させるということだ。
 それを地方からやる。岸田首相は「デジタル化は地方から起こります」と言い、地方には、そのニーズがあるとして「高齢化や過疎化」をあげる。
 しかし「地方の疲弊」は、自民党政権が行ってきた新自由主義改革の結果ではないのか。効率第一の地方政策で地方の格差は拡大し多くの地方が疲弊した。それを逆手にとり日米融合一体化を一挙に深化・完成させる。「地方からのデジタル化」の狙いは、そこにあるだろう。

■その最大の問題点、データ主権の放棄
 この最大の問題点は、「データ主権なきデジタル化」というところにある。
 今日、デジタル化なくして社会の発展はありえない。そのデジタル化において決定的なのが「データ」である。第4次産業革命が言われる中、量子コンピューターなどの量子技術、AIやロボット、モノづくりやバイオでもデータが決定する。
 それ故、各国はデータ主権を強調し、自国のデータを保護し介入を許さない体制の構築を重要視している。しかし日本はTPP交渉の過程で「国境をまたぐデータの自由な流通の確保、国内でのデータ保存要求の禁止という原則」を米国に約束し、2020年1月には、それを「日米デジタル貿易協定」として締結している。
 実際、9月1日に発足したデジタル庁は、システムの標準化、統合において、その基盤をアマゾンのプラットフォームである「アマゾン・ウェブ・サービス」(AWS)にしている。さらには、これを使って米国のコンサルティング会社「センチュアル」の日本法人が会津若松市でスーパーシティ化の実験を始めており、これを「全国共通自治体プラットフォーム」にしようとしている。
 こうなれば、地方・地域のデータ、住民のデータはアマゾンなど米巨大IT企業に握られ、自治や住民主権は消し飛び、地方・地域や住民はその隷属物にされる。スーパーシティ構想のスローガンは「まるごと未来都市」だが、これでは地方をまるごと米国(アマゾン)に差し出すということになる。そして、日本という国そのものが米国に統合される。

■闘い、国民的な議論を
 決定的なことはデータ主権、デジタル主権を確立すること。しかし、今のような対米追随政権では、それは不可能であり、日本と日本国民のための政権樹立が不可欠だ。そのためには、先ず、データ主権の重要性、デジタル主権なき「デジタル化」、「地方からのデジタル化」について国民的な議論を起こしていかねばならないと思う。
 「ショック・ドクトリン」。戦争や災害のような混乱に便乗して一気に「変革」する新自由主義の手法。ナオミ・クラインの唱える、この手法が「地方からのデジタル化」でも応用されている。コロナ禍や多発する自然災害。地方の疲弊などに便乗する手法。さらには都合の悪いことは隠し隠密裏に事を運ぼうとする手法。「日米デジタル貿易協定」など議論もされなかったし、デジタル庁がアマゾンのプラットフォームを使うことなどが誰も知らないうちに勝手に決められている。
 これらを一つ一つ明らかにして、国民的な議論を起こす。こうして日本と日本国民のための政権樹立の気運を高めていく。
 カナダのトロント市では、グーグルによるスーパーシティ化に対し、多くの市民が反対の声を上げ、グーグルは撤退した。こうしたことを日本でも起こさなければならないと思う。


 
議論

「普遍的価値観」を掲げた冷戦体制の外交

東屋浩


 岸田首相は首相就任の所信表明演説で、三つの覚悟をもって「毅然たる外交」をおこなうとして、第一に「自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値を守り抜く覚悟」を掲げた。岸田首相はつづけて、「米、豪、印、ASEAN、欧州などの同盟国・同志国と連携し、クアッドを活用しながら自由で開かれたインド太平洋を推進していく」と強い調子で述べた。これは、「米豪印をはじめとする同盟国・同志国とともに普遍的価値を守り抜く」と言うように、「専制主義国家」VS「民主主義国家」の戦いの先頭に立つという意味がこめられているといえる。
 つまり外交政策が、米中新冷戦体制に即して大きく変わることを意味している。

■「米中新冷戦」という言葉を使わないが・・・
 岸田首相の所信表明で「米中新冷戦」という言葉は一度も使われていない。しかし、そこに貫かれているバックボーンは「米中新冷戦」戦略に対応した「新冷戦体制」の構築である。
 そのキーワードが「普遍的価値観」だ。「自由と民主主義、人権、法の支配」という「普遍的価値観」は欧米の価値観であり、第二次大戦中、米英の「太西洋憲章」で掲げられ、米国が世界を支配していく覇権の理念となったものだ。国の上に置かれた「普遍的価値観」は、国とそれを対立させ国を否定する覇権の道具となると思う。数世紀前にはポルトガル、スペインがキリスト教を掲げて中南米などを侵略していった。
 第二次大戦後、米国は、「自由と民主主義、人権、法の支配」の「普遍的価値観」を掲げ、社会主義国と民族解放闘争を敵視し、世界到るところで国の主権を否定し、侵略戦争と武力干渉をおこなってきた。それゆえ、国の上に置く「普遍的価値観」は米国の覇権を正当化する手段、理念だったといえる。しかし、国家主権を守る各国人民の闘いによって米国の覇権策動は敗退と失敗を免れることができず、アフガニスタンからの撤退が象徴的なように米国自身の力の弱化を招いただけだった。とくに自国第一主義が世界的な潮流になったことは、「普遍的価値観」を掲げて国を否定し覇権を実現することが、完全に破綻したことを意味しているのではないだろうか。
 そこで、覇権回復のための戦略として持ち出したのが「米中新冷戦」戦略であり、それを正当化するための「普遍的価値観」だといえる。すなわち、「普遍的価値観」を共有する同盟国を糾合し、中国などを「専制主義国家」として敵視し、世界を分断することによって、なんとか覇権を維持し、建て直そうという目論見だ。
 国を否定し世界を支配する手段としての「普遍的価値観」から、同じく覇権を正当化する手段でありながら、「米中対立」という世界の分断を正当化するための「普遍的価値観」に変化したところに、今日の「普遍的価値観」の意味があると思うが、それは果たして通用するものだろうか。

■使い古された「普遍的価値観」による米中新冷戦戦略は破綻を免れない
 元来、「普遍的価値」と国益は対立するものではないはずだ。自由と民主主義、人権、法の支配はどの国でも不可欠なものだ。それは各国ごとそれぞれの国の実情に即してさまざまな制度として確立されている。それを「普遍的価値観」を掲げ世界を「専制主義国家」と「民主主義国家」に分断しようとすること自体、滑稽な茶番であり、実現するはずがない。ロシアにはロシア式民主主義があり、中国には中国式民主主義があり、世界の大多数の国は、各国の歴史と実情に即して自国式民主主義を採り入れている。
 だから、「専制主義対民主主義」の構図を押しつけられてもどの国もピンとこない。欧米式民主主義を拒否し、各国ごと、自国式民主主義を実践しているからだ。とくにグローバリズムが破綻し自国第一主義が世界のすう勢となっている現在、「普遍的価値観」はすでに力を失っている。
 シンガポール大学キショール・マブマニ教授は「欧米式価値観押しつけはアジアで通用しない」と述べており、米国の対中包囲網である「インド太平洋構想」にたいし、ASEANは「対抗ではなく対話と協力の地域だ」と拒否した。
 「普遍的価値観」を掲げ世界を分断することは、時代のすう勢に反し、必ず破綻するだろうし、そのお先棒を担ごうとする岸田外交も破綻を免れえないだろう。



闘い

大石あきこ奮戦記 (敬称略)

平 和好


■悲惨な中に一筋の希望
       大阪・兵庫は維新の躍進が目立った。自民も立憲もその中で大きく議席を減らしてしまった。  あの辻元清美が選挙区で敗れるばかりか比例復活もできず、国会を去らざるを得なかったのは誰も予測できなかった。しかし、その中でれいわ新選組が比例区とは言え、議席を獲得した。そのルポをお送りしたい。

■その名は「大石あきこ」
 話は10年前にさかのぼる。当選して大得意の橋下徹府知事が若手職員を集めた朝礼で「自分の言う事を聞け(聞けない職員は不要)」とぶち上げたのだった。そんな事を言われて、大多数の職員は首や降格が怖くて逆らえない、と想像できる。その時に挙手して「知事は現場を知らない。どれだけのサービス残業がまかり通っているかわかっているんですか」とキッパリ発言した女性職員が「大石あきこ」だった。あんのじょう、色々な人から猛攻撃が来た。電話・メール・投稿など総計数千件かもしれない。しかし、大石はくじけなかった。

■一見無謀だが
   そして7年間耐えたのち、世論に信を問うために府議会議員選挙に出た。私は「票数が少なくて通る市議選のほうが良いのでは?」と言ってみたが「橋下・維新と対決する府議選が良いです」との事だった。不屈の信念の人なのだ。府議会議員は1万票取らないと当落線に達しない。半年の準備で臨んだ選挙戦は、勝利の確信が最後まで持てないものだった。それでも必死に取り組んで1万3千票獲得した。あと3千あれば公明党を落として逆転勝利出来るほどだった。しかし、小差でも負けは負け。気持ちと体勢を立て直し、「れいわ新選組で総選挙に挑戦」することにした。ハードルはさらに上がる。10万取らないと選挙区で通れない。2万以上は取らないと供託金没収の憂き目に会う。組織と資金と票田に乏しい大石と陣営にとって苦難の船出だった。「ほんまにやるの?」の声が中心的支援者からも出ていた。
 さて2020年11月1日の「大阪市廃止住民投票」では倍数の劣勢をものともせず、ひっくり返す原動力の一人が大石だった。「あまり応援に来れない」と言っていた山本太郎を説き伏せ、殆ど大阪にいさせて市民演説会を各地でしてもらった。これが無党派層を動かし、僅差での廃止反対に結実したのは大石の功績と言って良い。維新の議員が「山本太郎に5千票以上、動かされた」と悔しがったのも無理はない。

■ボランティアの底力
 ボランティア力も凄かった。応援に駆けつける青年・女性が相次ぎ、事務所は連日大賑わい。街宣車を出して駅・スーパー・繁華街で街宣行動をすると定刻にボランティアが5〜10人自力で集まって来る。終わるとその足でビラ配布に自主的に行く。政策チラシの配布も万〜十万だが、人が集まって来て連日ポスティングを引き受けてくれる人が続出、企業や保守系政党なら何十万円もの出費だろう。集まって来る人の大半は私も初対面だ。色々な人や団体から集まって来る名簿でかける電話作戦。ぼう大な量で、心配になった。ところが電話センター(支援者が貸してくれたマンションの一室)にある10台近くの電話が埋まるほど次々老若男女が集まって延々と電話をかけ、4行政区の隅々に「大石」の名前が浸透して行った。1週間のうちの半分位の無理ない日数での街宣車運航も相いまって、また大石の炎の演説でファンが増え続けて行った。相当の方が支持してくれるのでは?とやっと思えたのは選挙戦本番に入ってからだった。(普通はこれでは遅い) 各地に貼られるポスターの増加も驚異的であった。社会党全盛の時代でもこんな増え方は無かったと、40年選手の私が証言できる。これも専従職員などいない中でのボランティアの奮戦なのだ。これほど多方面展開しても不安はぬぐえず、「相談役」的一支援者の私も、大石本人も「供託金没収」の惨敗の悪夢にうなされた。

■見えてきた光
   運動の広がりと集票の深化で選挙区での一定の得票の見通しが持てた頃、序盤マスコミ調査の数字がもたらされた。選挙区で14%位は取りそうとの出口調査だった。もちろん確定ではなく「見込み」だ。次いで、近畿比例区で30万票以上取れば1議席に届くが、それは「瀬戸際」との新聞調査も出た。全て前向きに受け止めて、総力を投票日まで注ぎ込むしかない。また「天祐」ともいえる事態が・・・立憲の現職代議士が突如引退したのだ。大英断とたたえたい。共産党との調整、と名目がついて、共産党のポスターには「立憲民主党と一本化」のシールが貼られた。しかし、消費税廃止をめぐってその代議士との意見の違いはあるが、リベラル層の半分は自然に「大石」だろう。それを有権者に信頼するしかない。実際には立憲代議士の1議席は共産党と大石の2議席になった! 実際、代議士を応援して来た人複数が大石陣営にはせ参じている。今回、れいわを応援する私も実は立憲党員。ふと活動中に見渡せば、何人もの立憲党員・支持者がれいわ・大石の運動に参画していた! 

■感動と笑顔と涙の選挙戦
   投開票日、早々と公明党現職の当確がテレビに出た。やはり10万取るのだ、強い! 次は共産党元職4万8千、やはり貫禄だ。次は大石・・・え?3万4千? 籠池淳子が1万1千も取り、女性票をだいぶ削られたはずだが、戦力で公明・共産にはるか及ばず、籠池に有名人票を取られたのに「大石大健闘」ではないか?供託金没収の悪夢が雲散霧消した。近畿はもちろん各地のれいわの候補の中でもちろんダントツだと思った。次は1議席に達する票を近畿の皆さんが入れてくれているかだが、これは我々の力の及ぶところではない。しかし、山本太郎のテレビ出演を見てから今回はじめてれいわに入れたわが連れ合いとそのお母さまや、世間の評価を見るとかすかな自信はあった。あんのじょう決着は明け方までもつれ込んだ。近畿比例区28の最終議席(全国の最終)にれいわが逆転滑り込み(直前まで負けていた)したのは午前5時過ぎ。もうだめかと、多くの人が疲労困憊で眠りについたようだが、眼が覚めると「大石に花マーク」がついていた! 劇的と言うほかない。
 ダメかな、でもよく頑張った、と泣き寝入りしたのに、目覚めて逆転勝利の速報を5回も見直して確認して、涙を流して喜んだ。府会議員選挙から3年の苦労が報われたのだ。大阪・兵庫の結果は悲惨だが、れいわを支持する市民が大石あきこ・山本太郎・たがや亮の3人を衆議院に送り込んだ意義はとてつもなく大きい。

■足場は作れた
 この民衆の議席を大切にし、来年7月の参議院選挙、再来年4月の統一自治体選挙、そして「ひょっとしたら2023年」の総選挙と、打ち続く政治決戦に立ち向かう足場が出来た。まずは「給付金は大人にも一律支給」「消費税5%、続いて廃止へ」「奨学金返済免除」「守ろう公営住宅」のたたかいに勝たねばならない。



読者より

「私のエンパシー」を読んで

 


★「エンパシー」という言葉が存在していることを知ったのは、大森さんの文章(本紙9月号)からだ。「エンパシー」というのは、相手が体感していることを自分の身を以て体感できる能力のことだそうだ。大森さんの文章を読んでまず想い出したことは、スリランカ女性ウィシュマ・サンダマリさんの死亡事件で、事件の真相を追及している伊奈東子さんのことだった。
 周知のように3月ウィシュマさんが亡くなり、国会で録画の公開を求められても入管側は拒否し、8月に入って入管側の報告書が提出されたが、なぜ死亡したのか明らかにされず、遺族の方のみに見せられた録画もたった2時間に短縮されたものであり、文書はほとんど黒塗りだった。
 伊奈さんが5万筆の署名簿を提出しながら、「もうこれ以上、隠すな!」と抗議している姿をTVの特集番組で見た時、私はごく平凡な細く小柄な彼女からどうしてこのような鋭い怒りの言葉がでてくるのか、驚いた。
 後日、伊奈さんが新聞に投書した記事を目にすることができた。「不誠実を貫き、人間を人間として扱わず、反省の色がない『入管』への怒り」のため、手の震えが止まらなかったと書いてあった。伊奈さんはウィシュマさんの怒りを自分の体感としてとらえたからこそ、震えが止まらなかったのだと思う。伊奈さんの抗議はそのままウィシュマさんの怒りの声だった。
 大森さんの文章を読んで、このようなことを「エンパシー」というのだと思った次第だ。もちろん、私の理解はまだたりないだろう。何よりもまず自分自身の「エンパシーは?」と問われると答えられないからだ。

(S・A)

★いろいろほうーっと思うところがありました。イギリスの中学で「シティズンシップ」というカリキュラムがあることや(因みに「気候変動」というカリキュラムがあるところもあるらしい)、そして「エンパシー」ということば。「エンパシー」ということばは今まで知りませんでしたが、ネイティブアメリカンの"他者の靴を履いてみる"という他者理解のやり方を、実は若い時にやってみたことがありました。その時は父の靴でした。(家父長的な父が苦手で大嫌いでした。)結果は、仕事をする父の大変さは少し感じ取ることができましたが、価値観の違いはどうすることもできませんでした。私はまた自分の靴を履きました。  さまざまなことを投げかけてくれる文章でした。

(I・I)

*資料 伊奈東子さんが小学5年生の時に書いた「神奈川新聞作文コンクール」に入選した文章を見つけることができました。彼女のエンパシーの片鱗が窺えます。

(金子)

「見知らぬなかまにこんにちは」(要約)
 ・・・わたしは毎日、朝刊の四コママンガを父に読んでもらいます。幼稚園時代からの習慣で、字が読めるようになった今でも続いています。忙しい朝、一緒にマンガを読めるのはほんの二、三分ですが、帰宅は毎晩深夜になる父との大切な時間です。
 母は早起きして、時間をかけて新聞を読んでいます。朝食の時、わたしや中学生の兄に「この記事、読んでごらん」とすすめたり、短い記事を読んで聞かせてくれることもあります。新聞をとらない人は「知りたいことはネットで調べられる。」というようですが、母は、「新聞のよさは知りたいと思っていなかったことに出会えること。」と言います。・・・
 いつも読んでいる新聞を書く立場になれたら。世界中の子どもたちの生活を紹介する記事を書きたいです。どんな家に住んで、どんな服を着て、どんなおやつを食べているのか。はやっている遊びは何で、今欲しいものは何か。世界中を旅して、同じ年の人に質問のできる子どもはたぶんほとんどいないでしょう。だから、私がみんなの知りたいことをかわりに質問して、写真をとってきます。「いっしょだね!」と嬉しくなること。びっくりするほど違うこと。同じでも違っても、相手のことを知ったら、きっとその子の住む国も身近に感じられると思います。・・・ 直接会う機会のない子ども同士が、相手の暮らしや考えを知ることのできる記事。そんな記事が書けたら、紙面に小さな「どこでもドア」を作ったことになるのではないでしょうか。そう考えると、わくわくします。新聞記者になったわたしの記事が読みたいです。


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