研究誌 「アジア新時代と日本」

第220号 2021/10/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 大謀略劇、自民党総裁選

議論 非戦の国是を守れない根本理由

議論 米国の駒としての「対中戦略」なのか、日本の利益のための「対中戦略」なのか

闘い 給付金 消費税 奨学金返済・・・ 実は大事な争点を重視しよう

視点 自民党は「変わらないし、変えられない」か?

読者より 「高まる国民意識」を実感した




 

編集部より

小川淳


 アフガニスタン 米軍敗退の教訓
 米軍のアフガニスタン撤退から2カ月。反タリバンを掲げアフガニスタンに侵攻してから20年、米国の「反テロ戦争」がアフガニスタンに残したものは何だったのか、きちんと検証する必要があるのではないか。
 9・11以降の20年間で米国が費やした戦費を、ブラウン大学は2兆2600億ドルと見積もっている。これは20年間、毎日3億ドルを払ってきたことになるという。この数字には800億ドルの戦費とアフガニスタン軍への訓練費850億ドルが含まれているが、およそ日本の国家予算の2.5倍に相当する。そこには米軍6500名と6.5万アフガン兵士、4.5万人の民間人、5万人の反政府軍兵士の「犠牲者の数」は含まれていない。加えて借金で賄われた戦費の利子を米国は2050年までに6.5兆ドルを払っていかねばならないというから驚きだ。これほどの長い年月と戦費、犠牲者を出して繰り広げられたタリバンとの闘いも、米軍撤退後、あっという間にタリバンは全土を掌握した。結局、アフガンでの「反テロ戦争」とは何だったのか、そして戦争で荒廃した国土と人々に何を残したのか。
 この20年間、「反テロ戦争」の破壊と暴力の中、多くの人命が失われてきたアフガンで、地道に人道支援を繰り広げ、多くの命を救い続けて来たNGOがある。中村哲氏のペシャワール会だ。アフガニスタンの人々にとって必要な支援とは何だったのかをペシャワール会は示している。
 1991年にアフガニスタンに診療所を開設。2000年には大干ばつが発生し住民たちが次々と村を捨てる中で井戸を掘り始め、2006年までに掘った井戸は1600か所を超えた。
 2003年には地下水に頼る灌漑の限界を知り、旱魃でも枯れることないクナール川の水を引き込む用水路建設に着手。25,5キロの用水路が引かれ緑の大地へと変わった。その功績を称えて2019年にはアフガニスタン政府から中村氏は名誉市民権を授与されるが、2019年12月に凶弾の犠牲となった。
 「文化を脅かさず、見返りを望まぬ『生きるための支援』だけが、かえって安全保障である。人々の関心は『いかに耕し、いかに生き延びるか』という、平和な農村共同体の回復にある」(中村哲)
 歴史に「もし」は禁物だが、米国が支払った2兆2500億ドルもの資金を、「反テロ戦争」ではなく、ペシャワール会のように、施設や井戸、学校、診療者などに支出したとしたら、アフガニスタンは緑の国土と豊かな農村が復活したのではないか。そこにテロの温床となる貧困や飢え、暴力の連鎖のない緑豊かな国土が築けたのではないか。「反テロ戦争」という言葉にも疑問が残る。タリバンは「テロ集団」と言えるのかどうか。
 戦争や暴力ではアフガンは救えない。米軍敗退の最大の教訓はそこにあるのではないか。



主張

大謀略劇、自民党総裁選

編集部


 立憲民主党の枝野代表は、自民党総裁選の結果を見て、「自民党は変わらない。変われない」と評価した。一方、総裁選での「高市効果」や新しく生まれた岸田政権の人事などから、この政権を「安倍傀儡政権」と評する向きも少なくない。
 今回の総裁選をどう評価するか。それは、目の前に迫っている総選挙のため、そして近未来の日本のため、切実だと思う。

■「メディアジャック」
 自民党総裁選と総選挙、期限が切迫し、隣接するこの二大事業にどう対処するかは菅政権にとって懸案の大問題だった。
 折からのコロナ大感染第5波で支持率が20%台にまで下落した上、横浜市長選での大惨敗と言う痛手を負った菅政権は、「菅では総選挙を戦えない」という党内の声の高まりを受けて、自民党役員人事を先行させ、総裁選は総選挙の後という最後の奇策に打って出た。
 しかしこれは、幹事長に押し立てようとした小泉進次郎氏の拒否や若手議員の反発に遭い、敢え無く破綻。万策尽きた菅首相は、ついに総裁選不出馬を表明した。
 それを受けた候補者四人の総裁選は、異例の盛り上がりを見せた。それぞれが自分の持ち味を活かした、女性二人を含む四人四様の政治主張は、自民党による「メディアジャック」の観を呈した。総選挙を前にこれは、自民党にとって最高のプロパガンダになったのではないだろうか。

■岸田新総裁誕生の舞台裏
 菅首相の不出馬表明に始まり、「メディアジャック」して推し進められた今回の自民党総裁選は、それだけでも十分異例だった。
 しかし、今回の総裁選の異例たる所以は、その舞台裏にあったと言える。当初、河野氏の優勢が伝えられていたのに、なぜそれが岸田氏の圧勝に終わったのか。
 それについて、小泉進次郎氏は、「派閥の壁は高く厚かった」と総括した。派閥の壁を突き崩そうと、国民的に人気のある小泉、石破、河野の三人が提携し「小石河連合」をつくって、派閥に依らない総裁の擁立を目指したが、旧態然とした派閥の前に敗北したと言うことだ。
 だが、この総括には、若干問題がある。それは、今回の総裁選の過程を振り返った時、当初高かった河野氏への国民的支持と共感が時間とともに色あせ、しぼんできたという事実を総括していないからだ。議員や党員の河野氏への票が伸びず、むしろ減退したのは、それを抑えようとする派閥の強力な働きかけがあったからではない。議員や党員の「河野待望熱」が冷めたのは、河野氏への国民的支持や共感が高まらず、これでは総選挙の 「顔」にはならないと彼ら自身が判断したからに他ならないと思う。
 だとするなら、問題はなぜそうなったのかだ。そこで想起すべきは、河野氏が総裁選出馬の承認を得るため、自らの派閥のトップ、麻生氏の下に日参し、原発の否定、女系天皇の容認など、これまで国民的支持と共感を得ていた自らの言辞を翻して、麻生氏から「大分発展した」などと言われるまでになっていたという事実だ。これでは河野氏の主張に光が失せ魅力がなくなってしまうのは余りにも当然だ。
 もう一つは、安倍氏が擁立した高市氏の存在だった。当初疑問にされたのは、これが岸田氏と競合して河野氏にとってかえって有利なのではと思われたことだった。しかし、時間の経過とともに、右とか左とかなど関係なく、自説を隠さず歯切れの良い高市氏の主張は、むしろ河野氏と競合し、自説を隠し曖昧にする河野氏の票を大幅に食うことが判明した。事実、総裁選当日は、一次選挙で三位の高市氏の議員票は、河野氏を30票近くも上回るまでになった。
 以上二つの岸田氏圧勝の要因を見たが、その二つとも、そこに派閥の力は作用していない。作用しているのは、国民的共感を得られないところに勝利はないという時代的趨勢に他ならないと思う。

■何のための謀略か。その目的を問う
 今回の自民党総裁選に作用した要因は、決して自然に生まれたものではない。そこにはこれまで見たように意図的な計略、謀略があり、それを仕掛けた張本人、麻生氏、安倍氏がいる。
 では、麻生氏や安倍氏はなぜ何のためにあのような謀略劇を図ってきたのだろうか。それを考える上で手掛かりになることがある。それは、麻生氏と安倍氏がこの間、日本が「米中新冷戦」のフロントライン(最前線)の役割を果たすよう、その先頭に立って説いて回っているという事実だ。
 麻生氏は、「米中新冷戦」を米ソ冷戦と比較しながら、前者にあっては、日本がその最前線を担うようにすべきであること、それは日本の外交的地位の高まりを意味していることをことある毎に強調している。さらに麻生氏は、「台湾有事は日本の有事」だという観点から、それは「国家存立危機事態」に当たるとし、「対中対決戦体制」すなわち「米中新冷戦体制」の必要まで説いている。
 こうして見た時、今回の大謀略劇、自民党総裁選の目的が見えてくる。それは、「新冷戦体制」の構築にあるのではないか。
 実際、岸田新政権の発足に当たり、岸田総裁が「民主主義の危機」を幾度も強調しているのなどもそのことを示唆している。それは、米大統領バイデンが「米中新冷戦」を「民主主義VS専制主義」だとしながら、現時代を民主主義の危機と言っているのと完全に符合している。
 「新冷戦体制」の構築と言った時、今回の総裁選でもっとも大きな打撃を受けたのが二階氏に代表される非米派だという意味もより明確になる。
 今日、米覇権の崩壊が進行する中、いわゆる「3A」と言われる麻生、安倍、甘利をはじめとする親米派と「2F」と言われる二階氏ら非米派との対立は一層激化している。そうした中、今回の総裁選が親米派を軸とする「新冷戦体制」の構築にあったという事実が見えてくる。
 それは、古い派閥体制の維持、強化ではない。派閥の壁を越えた、親米派を軸とし、非米派を排除した新しい「新冷戦推進の体制」だと言うことができるのではないか。
 ここにこそ、今回の自民党総裁選のもっとも切実な目的があったのではないだろうか。

■対岸田政権、その展望はいかに
 案の定、発足早々、岸田新政権は、10月14日衆院解散、31日投開票という「最短期間」での総選挙の実施を仕掛けてきた。
 「メディアジャック」した総裁選効果が「政権支持率の28%から56%への跳ね上がり」として現れているうちに総選挙をということだ。
 それに先立ち、岸田新首相は、新内閣を「新時代共創内閣」と命名し、コロナ対策最優先の思いを込めたとその理由づけをした。
 言い得て妙である。その本当の心は、新しい「新冷戦」時代を皆で共に創って行こうと言うことか。
 国民の目を欺き、「米中新冷戦体制」をでっち上げて国民に押し付ける一大謀略劇は、第二幕、総選挙へと移ってきている。
 その出し物は既に準備されている。用意周到に総裁選に打って出た岸田氏は、コロナ対策、経済政策、等々、総選挙体制も万端だ。
 これに対し、野党の側はどうだろう。政権交代に向けた準備はできているのか。それがどうも怪しい。まず、全野党共闘体制ができていない。立民、共産、社民、れいわの四党連合はできているようだが、国民民主党、日本維新の会がそれと足並みをそろえていない。そこには共産党との関係など、古い左右の問題があるようだ。これでは、新しい時代の要求、国民の要求に応えることはできない。
 もう一つは、政策の問題だ。コロナ対策、経済政策、この二つが問題だが、野戦病院建設、中央司令塔設置などのコロナ対策、分配と成長の循環など、「新しい資本主義」経済政策を掲げる岸田政権を舐めてかかる訳には行かない。
 そこで提起したいのは、何よりもまず、今回の自民党総裁選の真相を「一大謀略劇」として全国民の前に明らかにし確認することではないか。そこに岸田新政権の本質は、全面的に明らかにされている。
 その上でもう一つは、日本を「対中対決戦」の先兵にする岸田新政権の安保防衛政策と闘うことだ。そのためには、「専守防衛政策」を打ち出すことだが、その論理的根拠としては、「抑止力論」に対する「撃退力論」が問われる。だが、もう誌面が尽きた。それで、本誌「議論」の「『抑止力論』防衛見直しの時―非戦の国是を守れない根本理由」を参照していただければと思う。



議論 −「抑止力論」防衛見直しの時−

非戦の国是を守れない根本理由

吉田寅次


■非戦の国是放棄を迫る「台湾有事の安保協力」
 菅前首相訪米時、約束させられた「台湾有事の安保協力」、それは非戦の国是放棄を日本に迫るものとしてわが国に突きつけられている。
 当時の麻生副総理兼財務相は「台湾で大きな問題が起きたとき、それは(日本の)国家存立危機事態」と発言、「台湾有事は日本の有事」、安保法制の定めるところに従って有事の米日共同の軍事行動、すなわち中国と戦争のできる自衛隊として「安保協力」すべきであるということだ。
 米国は「国家安全保障戦略(NSS)」改訂時に中国を主敵と規定、「米軍の競争力劣化」を補う「同盟国との協力強化」を打ち出した。日本への「協力強化」要求、それは専守防衛の放棄、自衛隊の抑止力化、攻撃武力化への転換だった。
 今日、日本に対する米国の「台湾有事の安保協力」要求は、わが国に非戦国家の国是放棄を迫る次元に至った。この現実は、これまでのわが国の防衛政策を根本から見直すことを迫っている。

■「抑止力論」防衛は非戦の国是と相容れない
 非戦国家・日本の国是は重大な挑戦を受けているが、国是放棄要求を拒むことは不可能だろう。
 その理由は、戦後日本の安保防衛政策が「抑止力論」に基づいているからだ。
 「抑止力論」防衛は、「敵国に報復攻撃を恐れて戦争する意思をなくさせる」防衛であり、報復攻撃武力保有を必須条件とする。それは専守防衛という非戦日本の国是とは相容れないものだ。
 この矛盾は、日米安保条約に基づき核を基本に報復攻撃能力を持つ米軍が"矛"、憲法9条に基づき専守防衛の自衛隊が"盾"との役割分担をすることでとりつくろわれてきた。それは"矛"の米軍が「抑止力」を担う、ゆえに日本防衛の基本は米軍が担う、日米安保基軸の防衛路線として全面的な対米追随を日本に強いるものとなった。
 「自衛隊は一発の銃も撃たず、自衛隊員に死者は出さなかった」と言われる。憲法9条下の自衛隊は攻撃武力を持たず専守防衛の役割だけを担うことで「国是は非戦国家」という表看板は一応守られてきた。その内実は"矛"の米軍が自衛隊に替わって戦争をすることを認め、その出撃拠点として在日米軍基地を提供するなど「戦争荷担国家」という矛盾、ジレンマを内包するものだった。
 非戦の国是という「表看板」がかろうじて守られてきたのは、米軍単独で抑止力機能、"矛"の役割を十分果たせたという大前提があったからだ。
 しかし今やその大前提は崩れた。
 米国自身が「米軍の抑止力の劣化」を認め、それを補うために自衛隊の抑止力化、攻撃武力化を求めるようになったからだ。それは「抑止力論」防衛の見地からすれば、「米軍の競争力(抑止力)の劣化」を補う日本への「安保協力」は理にかなっており、これを拒むことには無理がある。

■非戦の国是を日本の防衛政策にするために
 この厳しい現実を打開し、日本の国是を堅持するために問われているのは「抑止力論」防衛に替わる日本の安保防衛の道を国民の前に明らかにし、議論を尽くし、政策化していくことだと思う。
 基本は「抑止力論」防衛に替わる「報復攻撃をしない」防衛ということを考えることだろう。
 そういう意味で交戦権否認の「9条自衛」をこの観点から再度、検討する必要があると思う。
 「9条自衛」は憲法9条第二項交戦権否認の自衛、撃退自衛に限定した防衛に徹し、自衛隊は撃退力に徹する。自国領土領海領空を越えない自衛、撃退はするが深追いし相手領土に侵攻しない自衛として抑止力、報復攻撃武力を必要としない名実共に自衛の防衛政策に徹する。
 次に「報復攻撃をしない」自衛の原則に準じ「抑止力」基本、日米安保基軸防衛の見直し、在日米軍基地を戦争出撃拠点としない措置がある。
 また「9条自衛」は「敵国」を想定しない自衛ゆえにどの国をも国家としての尊厳を認め、自主権尊重、内政不干渉を原則とする国家関係を築くこと、一言でいえばどの国とも敵対関係にならない外交力を持つことを必須条件とする。こうした「9条自衛」を支える外交が重要となる。
 非戦国家・日本の国是を堅持することがいつにも増して問われる現在、上記のような「抑止力論」防衛に替わる「撃退力論」防衛を具体的に構想し、議論することが急務になってきたと思う。


 
議論

米国の駒としての「対中戦略」なのか、日本の利益のための「対中戦略」なのか

東屋浩


 米国が「国家安全保障戦略」で中国を敵と規定し「対中包囲網を形成する」として以来、包囲網の最重要国と目されている日本には、対中戦略をどう策定するのかが問題となっている。それは、日本が中国との経済的関係が深く、中国なしにサプライチェーン(部品などの供給網)が成り立たないという事情があるからだ。それゆえ、軍事では米国に歩調を合わせ、経済では日米関係を損なわない範囲でできるだけ発展させるという、従来の路線を続けるという考え方がある。
 「日米同盟を損なわない範囲で、日中関係を拡大する道を見いだしていく、というのが日本の戦略として優れている」(神保謙慶応大教授)がその代表例だ。
 しかし、米国の要求は、クアッド(米日豪印枠組み)や「インド太平洋構想」を通じて、経済面でも対中包囲を強化しろと、より強圧的なものになっている。そこで、従来より強硬な対中戦略が日本に求められているというのが現状だ。9月の読売国際経済懇話会を報じた「対中戦略、再点検の時期」というつけた文章がその典型だ。そこでは、興梠一郎神田外語大教授が「経済と安全保障が一体化し、先端技術の流出など、かつては心配する必要がなかったことが問題となる。日中の経済関係も安全保障やイデオロギーとからめて考えなければならない。中国はこれらを分けられると考えているが、日本としては今後の経済交流のあり方を考える時に来ている」と述べている。これらの考え方はいずれも日米同盟を前提=米国の要求を前提にしていると言える。言い換えれば、アメリカのための日本の対中戦略だということだ。
 しかも、対中対決を主なテーマとしている日米同盟を前提にした戦略では、従来のような政治・軍事と経済を分離するという方法は許されず、日本の国益をまったく無視した、ただアメリカの利益のための日本の対中戦略を確定するという話だ。
 岸田政権は経済安全保障推進法を制定するために経済安保相を新設した。まさにアメリカの利益のための対中経済関係を確定するものだ。
 しかし、対中戦略を考えるうえでは、当然、米国の利益のための「対中戦略」ではなく、まず日本の国益のための「対中戦略」を策定しなければならない。その為には、今後、中国がどんな存在となり東アジアがどうなるのか考察しなければならないだろうと思う。
 では、中国の今後は? まず、明確なのは中国が軍事経済大国として米国を圧倒するようになるということだ。かつて自国より立ち遅れた国として見下げていた国に対して、この未来図は認めたくないものかも知れない。しかし実際、中国はすでにGDPで日本を追い抜き、米国を凌駕しつつある。中国は情報通信技術で世界の先端をいき、太陽光電池やEV自動車、ロボットなど多くの先端産業分野で突出している。日中間、米中間の差は拡大する一方だ。しかも、日本は対米輸出18%にたいし対中輸出22%であり、輸入もサプライチェーンを形成し中国に大きく依存している。
 アセアン諸国も急速に成長しながら中国との関係をいっそう深めている。
 ということは、日本が中国との関係を断絶することは、中国に打撃を与えるのではなく、反対に中国とアセアン諸国から日本が孤立し、対中、対アセアンとの輸出入がもっとも大きく占める日本にとってこそ致命的な打撃になるということだ。
 軍事的には、万が一日中間で衝突が起きた場合、各種ミサイルを大量に装備した中国に米軍や自衛隊が大敗することは各種シュミレーションで明らかだ。「台湾有事」を日本の有事として考えるべき(麻生発言)というのは、日本がわざわざ敗けるために他国の戦場に出かけるようなものだ。しかも、中国は日本にたいし敵対しているのではない。そうである以上、中国を敵国と見るのではなく、友好関係を深め発展させることが日本にとっての国益となるのは自明である。
 対中包囲網を作る上で、隣接する日本やインド、ベトナムなどを中国と敵対させて少しでも弱化させようというのが「米中新冷戦」戦略の米国の本音だといえる。つまり、日本は米国の駒にすぎないということだ。
 米国の駒としての「対中戦略」ではなく、日本の国益ための「対中戦略」を真剣に考える政権を今こそ望みたい。



闘い

給付金 消費税 奨学金返済・・・ 実は大事な争点を重視しよう

堺一郎


■あなたの1票が暮らしを左右する
 この月末には総選挙の投票日が来る。実は5千万人の人が投票に行っていない。 そのうちの20%、1千万人が野党に投票すれば、政権交代が実現できてしまう。今の与党や維新が多くの議席を占めたら、生活はどん底のままだ。しかし、立憲・共産・れいわ・社民というがんばる野党に投票すれば政治は変わる。それも私達の暮らしが格段に良くなるのだ。

■給付金は大人にも、そして市民に広く給付を!
 与党の一部には、子どもへの給付でごまかそうとする向きがあるが、ダメである。コロナ禍は子ども・大人関係なく全ての市民を襲っている。税金を払っていないように見える赤ちゃんでも育児の過程で食べ物・飲み物・服からベビーカーに至るまでたくさんの商品を要し、そのために税金を払っている。外国籍住民の皆さんも、日本の土地で暮らす限り、消費税や所得税や事業所税などをたっぷり払っている。だから変な支給制限をかけるのは不当である。日本の領土に暮らす限り、住民台帳に登録されている全住民は給付金を受ける資格がある。またコロナ禍は殆どの人が被害者だ。コロナ脱却給付金は全市民に10万か20万をあまねく支給するのが筋だ。1億2千万に支給しても24兆円だ。コロナ対策の予算がぼう大に残り、またアベノミクスみたいな株価つり上げに何十兆円浪費してしまう額を当てれば十分支給する財源はある。

■給付範囲は広ければ経済効果も大になる
 例えばれいわ新選組や共産党はそれをはっきり主張している。そんなばらまきをして大丈夫なのか?と心配の向きがあるかも知れないが、24兆円の実体的お金配りをすれば、経済効果はそれを上回るだろう。さらに消費税を大幅に下げたり、廃止すれば、これも大きな効果を生む。1万円の買い物に千円の税金を取られるのを廃止すれば、「9千円の購買が1万円にふくらむ」これでほしいものが割増しで買えるのだから物心両面で豊かになれるではないか?! れいわや共産党の公約が私達の財布をあたため、地方財政も国家財政も豊かにしてくれる。立憲は大学学費半額を打ち出したし、前から給付型奨学金拡充を主張している。若者が卒業後すぐに学費ローン地獄に陥る心配を除去し、学費負担を半減させれば、保護者の家計もどれだけ楽になるだろう。社民党も存続危機にあるが奮闘している。

■維新はギャンブル政治だから、支持したらだめ!
 自公の支持が落ちても、それを維新の会が吸収して議席を増やしたら、元も子もない。維新の経済政策の象徴がIRとか万博を装うカジノ推進だ。横浜市民が拒否したカジノは大阪にも要らない。「お父ちゃん、来月の家計がまたマイナスになりそうやねん」と言われたお父ちゃんが「よっしゃ、貯金の50万、わしに預けんかい、競馬かパチンコかカジノで倍にして来たる!」と勇んで行ってどうなるか、はっきりしている。100%に近い確率で50万をスってしまい、翌月の生活費が無くなる事、間違いない。家計も財政も博打でまかなう事など不可能なのにそれを強行しようとするのが維新だ。橋下・松井・吉村がしょっちゅう首相官邸と密談するのは「IR・万博・カジノ」に不足する資金を国から出して、という裏取引だ。そのお金は納税者の払った血税だ。その代償は維新が改憲に協力する事。

■野党への投票で暮らし防衛の大チャンス
 こうして見て来たように自公維新への支持をやめて野党への投票を1千万人単位で促すことで一気に市民のための政権交代ができる。真の意味で賢く考えよう。



視点

自民党は「変わらないし、変えられない」か?

金子恵美子


 新しい内閣が発足し、第100代内閣総理大臣に岸田文雄氏が就任した。
 「新しい資本主義」を標榜し、「分配」に力を入れ、「丁寧な説明」と「車座になって国民と向き合う」という。「聞くこと」が得意、国民の声を書き留めたメモ帳、何だか前総理に比べて人間臭さが伝わってくる。何かが変わるのか?
 そんな思いをサーと消し去ってくれたのが、総裁選で唱えていた「金融所得課税」の先送りと「モリトモ」問題再調査の消極姿勢への転換。こうした岸田氏の姿勢に、すかさず立憲民主党の枝野代表が言ったのが「自民党は変わらないし、変われない」であった。
 枝野代表だけでなく「企業家に寄り添い<新>が<親>になり」「ポスターの顔だけ替えるお家芸」(朝日新聞)という川柳にも大方の国民の思いが表されていると思う。
 まったくその通りだと思ったが、何かが引っかかった。岸田首相の所信表明や公表された自民党の選挙公約を見ると、「コロナ後の新しい社会」「新しい資本主義」という言葉が目につき、その「新しさ」とは何なのか?という疑問が湧く。その新しさをイメージづける一つが、「デジタル社会の実現」だ。
 岸田首相は所信表明で、コロナ禍の中でデジタル化が急速に進んでいることを上げ、「今こそ科学技術の恩恵を取り込み、コロナとの共生を前提とした、新しい社会を築き上げて行く時です」「この変革は地方から起こります」と言っている。そして、「地方を活性化し、世界とつながる<デジタル田園都市国家構想>を打ち出している。いわゆるスーパーシティ構想だ。
 しかし、この「スーパーシティ構想」は既に2011年、東日本大震災時、「友達作戦」として「支援」に関わった米国による「日本復興シナリオ」にその原型がある。シナリオの中で、医療を始めとする重要な個人情報のデジタル化と、それらのデータを共有する「企業主導でのデジタルネットワーク」が提案され、8月には世界最大の米系コンサルティング会社アクセンチュア日本法人が会津若松市に「「地域創生」をかかげたイノベーションセンターを設立。会津若松市をデジタル技術の実証実験地とし、ここで作ったモデルを日本全国に広げていく一歩を踏み出した。「会津若松スマートシティ推進協議会」が立ち上がり、市と大学に様々なアドバイスを提供しながらアクセンチュアリは震災復興プロジェクトの主要メンバーとしてデジタル化を主導。会津若松の次は気仙沼、そして「全国共通自治体デジタルプラットホーム」の提案など、「日本デジタル化計画」は復興支援の名のもとに米国主導で進められてきた。そして今や電気やガス、水道などのエネルギー・インフラを初め、交通や医療、教育、農業など企業主導で丸ごとデジタル化される街「スーパーシティ」へとつながり、米国を筆頭に様々な国内外の企業がデジタルサービスを日本に売るために虎視眈々と狙っているのである。問題はデジタル時代に利益を生み出す宝とされる個人情報だ。GAFAをはじめ世界中の企業やハッカーたちがこれを奪い合っているというのが現状だ。著書「デジタル・ファシズム」で、こうした内容を明かしている国際ジャーナリストの堤未果氏は「今日本が開けようとしているのは、単に技術がもたらす薔薇色の未来へと続く扉ではない」と述べている。日本が誰の餌食になろうとしているかは明らかだろう。
 また、所信表明や自民選挙公約が示すもう一つの「コロナ後の新しい日本」の姿は、「自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値観を守り抜く」覚悟をもって、同盟国との連携を強化し、「自由で開かれたインド太平洋」を力強く推進し、「国際社会の人権問題に取り組み、「ミサイル防衛能力の強化」「経済安全保障の新しい時代の課題に果敢に取り組む」という岸田首相の言葉の中に示されている。唱えられている軍事費の倍増、「自衛」の範疇を越えての「敵基地攻撃能力の保有」、「憲法の改正」。これらは、米国が中国を封じ込めるため、日本に要求してきている内容そのものである。日本政界で絶対的権勢を誇っていた親中派の二階元幹事長がなぜ排除されたのか、単なる派閥争いなどではないことは明白だろう。
 「新しい資本主義」の「新しい日本」の形が見えてくるのではないだろうか。
 「変わらないし、変えられない」ではなく、岸田内閣も自民党政治も一線を越えようとしているし、それによって日本の国の形が大きく「変えられようとしている」のである。
 これが、私が「変わらないし変えられない」という枝野氏の言葉に引っかかった正体だ。
 もうすぐ選挙だ。この選挙はかつてと比べられないほどの重要な意味をもつ。「変わらないし、変えられない」ということを強調して国民に訴えていったのでは、本当の岸田内閣や自民党の姿が見えないし、この選挙の重要性を国民に訴えていけないのではないだろうか。



読者より

「高まる国民意識」を実感した

М・K


「アジア新時代と日本219号」の「主張」と「議論『横浜市長選が示すもの』」を読んだ。その通りだと思った。私の卑近な例を挙げて感想を述べる。
 8月の横浜市長選挙の結果を見て、ビックリした。誰も、立憲民主党推薦・共産党・社民党支援の山中竹春氏が、現職の林文子氏と衆議院議員の小此木氏らに、18万票もの差をつけて当選するとは思っていなかった。私は、「何かが変わってきている」と感じた。一方で「これは、横浜の特殊性なのかな?」とも。
 山中氏は、ホンの2〜3か月前に候補者になった全くのド素人。ただハッキリしていたのは、「IR推進に反対」「コロナ対策の強化」。この二点だけだった。
 横浜市民は、当時の林市長に、「IR推進には市民の意見を聞くように」と、「住民投票条例の制定」を請願した。しかし、市議会を含めてその請願を「否決」した。そして、その流れが、「市民の声を聞く」山中氏の後押しをし、選挙で圧勝した原因となったと考えられる。ある意味、ショックだったが、大きく「希望」を与えられた!というのが本音。というのも、私たちの住む町・大阪府交野市(人口7万8千・市域の半分は山林・ベッドタウン)で、去年・今年と市民の暮らしに大きく関係した問題が起こり、私たち市民の願いに対して、市長と市議会多数派は、選挙で信任をもらっていない項目を、独断で「すでに議会で議決しているから」「受益者は一部の人だから」という理由?で、横浜市と同じように市民の請願を無視し「否決」したのだ。去年は、高齢者や障がい者等の方が、病院・買い物・行事参加のために利用していた「福祉バス」を廃止するという問題。市の財政負担は年約二千万円。今年は、小学校2校を統合し、その後一つの小学校敷地に中学校を併設するという「施設一体型小中一貫校」を設置するという計画。予算額は90億円。当然、保護者の不安が、敷地面積の狭小さや通学安全問題、小学生と中学生の同一場所での授業などに対し、大きく「不安と不満」が噴出した。「福祉バス」の問題では高齢者や障がい者等が、「施設一体型小中一貫校設置」問題では、若い保護者を中心に、市長・議員への署名運動・要請行動そして「住民投票条例制定運動」が行われた。しかし6月の市議会で「賛成者少数で否決」され、小々統合のための仮校舎建設費6億円が可決された。二つの市民の運動は、市長・市議会の「壁」を市民に認識させた。
 その時点で、「市民は負けた」かに見えた。が、運動にかかわった市民は、年齢・職業・立場を超えて、「市民の声を聞こうともしない市長・議員とは何か」と疑問を持ち、議論を重ねる中で「市長を代えよう、議会を変えよう」と考え始めた。そして、「自分たちの中から、市民の声を聞く市長・議員を作ろう」と意識が変わりつつある。この2年の運動は、市民の主権者意識を大きく高めたといえる。当たり前のことだが、「市政の主人公は市民だ」ということを、この運動は市民に教えた。近隣の枚方市と四条畷市も、政治的党派は違っても、「市民の声を聞く」市長が市民運動を背景に当選し、政策が変更されていた。
 今私たちは、来年秋の市長選挙と再来年秋の市議選へ向かって準備をしている。その「準備」に対して、一部の議員やその意を受けた市民により、誹謗中傷・妨害活動を受けている。しかし、着実に、「将来の子供たちの為に、市民が心豊かに過ごせる街づくりのために」、歩みを進めている。


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