研究誌 「アジア新時代と日本」

第217号 2021/7/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 「主体」が問われる日本政治

東京都議選分析 「日本第一、国民第一」こそ民意

議論 徴用工賠償裁判 植民地支配を認めたうえでの日米韓同盟による米中新冷戦は覇権主義

随想 コロナワクチンと差別

ルポ 尼崎市議選

寄稿 「施設一体型小中一貫校設置の賛否を問う住民投票条例制定」直接請求運動の経過と教訓




 

編集部より

小川淳


 リニアは本当に必要なのか
 都議選など重要な選挙が続いている。その中で、私が注目していたのが6月20日に行われた静岡県知事選だった。最大の焦点は、リニア新幹線の南アルプスを貫く全長25キロのトンネル工事を認めるかどうかで、水資源など環境への影響が深刻であるいう理由でこれにストップをかけてきた現職の川勝知事が、何としてもリニア新幹線を前に進めたい自民と財界、JR東海などが推した河井候補に33万票差、95万票を獲得して見事に4選を果たした。
 リニア中央新幹線は品川―名古屋を最短67分で結ぶ超電導方式という世界初の鉄道で、所要時間は「のぞみ」の半部以下、工費7兆円、2027年開通をめざしている。JR東海が工事の主体だがほぼ巨大国策プロジェクトといって良い。2027年開通の最大の壁は知事が許認可を持つ南アルプスのトンネル工事で、川勝知事が認めないかぎりリニアは前に進まない。その意味で今回の静岡知事選には注目が集まった。
 川勝知事が問題にしているのは、南アルプスを貫く巨大なトンネル工事で地下水脈が破壊され、南アルプスを水源とする大井川の水量が枯渇しないかという問題で、工事で出た水は川に戻すというJR東海側との言い分と真っ向から対立したままで妥協点は見えていない。川勝知事が言うように実際にトンネル工事の終わった山梨県側には多くの河川で水枯れが起きている。
 水問題以外にもリニア新幹線は沢山の問題を抱えている。品川―名古屋間をほぼ直線に結ぶリニアはその86%が地下のトンネルを走るいわば品川―名古屋間の「地下鉄」のようなもので、その中で懸念されているのが大深度工法への不信だ。とりわけ都心の住宅密集地の品川―町田までの33Kは買収の必要ない地下40メートル以上の大深度地下工法での工事となるが、昨年には東京外環道で大陥没事故が起きた。加えて南アルプスの下には中央構造線、糸魚川―静岡構造線という日本最大の活断層が走っており、もし時速500キロで走行中に巨大地震が起きればどうなるか。走行中でなくてもトンネル自体が破断され復旧に何年も掛かるだろう。
 リニア新幹線は国策事業である以上、工事の遅れは許されない。リニアを渇望するJR、国、大阪市や名古屋市、巨大資本、メディアの圧力は半端ないだろう。川勝知事は一歩も引かずにいるがなかなかできることではない。それを支えているのは、おそらく南アルプスと水は静岡の宝だという確信と、知事を支持する圧倒的な民意だ。前回46%、今回53%という投票率に川勝支持の民意が伺える。元々東海道新幹線の輸送力がひっ迫するだろうという予測からそのバイパスとして生まれたのがリニア新幹線だった。人口減の日本にリニアは本当必要なのか。いま一度、立ち止まって考える時を迎えているのではないか。



主張

「主体」が問われる日本政治

編集部


 今、日本政治はかつてなかった局面を迎えている。コロナ禍にオリンピック、総選挙が重なり、その上に米国から「米中新冷戦」が突き付けられてきている。
 これだけの重大事が一度に提起され、それぞれが密接に連関し合っている。何を先立て、どう解決し、相互に作用し合わせて事をいかに円滑に運ぶか。様々な利害関係が錯綜し、日本政治は一大混迷の中にあるように見える。

■「新冷戦」に突き動かされる日本政治
 提起された諸重大事にあって、もっとも表面に現れていないものがある。それは、「米中新冷戦」だ。だが、これが他の諸問題にも増して日本政治に及ぼしている影響は大きいのではないか。
 今、自民党はこの問題をめぐって揺れ動いているように見える。「3A(安倍、麻生、甘利)」と呼ばれる人々が集まって、「新しい資本主義」「バッテリー」「半導体」「豪州」などを掲げた派閥横断の議員連盟を次々と立ち上げている。
 一方、それに対抗し、中国派と目される二階派を中心に「自由で開かれたインド太平洋」議連が最高顧問に安倍氏を担いで結成された。
 親米派と親中派、二つに分かれたこの動きが「米中新冷戦」と連動しているのは言うまでもない。
 与党ばかりではない。野党も「新冷戦」と無関係ではないように見える。「人権」や「高圧経済」など米バイデン政権と歩調を合わせる動きやかつてない合従連衡の動きが目立つのは、決して総選挙のためだけではないのではないか。

■求められる日本政治の「主体性」
 政治のこうした動きを前に言論界を中心に強まってきているのが日本政治に「主体性」を求める声だ。
 先日、6月5日付朝日新聞朝刊には、「日米同盟を主体的な関係に」と題してジャーナリスト田原総一朗氏の菅首相への提言が載せられていた。「日本がカネだけを出し、米国の言うことを聞いておけばよい」という時代は終わったということだ。
 そういう声は、他でも起こってきている。今、「米国でも中国でもない。主体的に」という声は珍しくない。大手新聞など各種メディアでも高まってきている。そうした声の多くが行き着く先は「アジア」だ。「アジアを代表して」「アジアのリーダーとして」などの文字が踊っている。
 そこで見ておくべきは、米国もこの日本政治の「主体性」を要求してきているという事実だ。
 米国は、自らの政治軍事的、経済的な覇権力の著しい低下に直面しながら、その建て直しのため「米中新冷戦」を引き起こし、その最前線に日本を押し立ててきている。そこで求められているのが日本政治の「主体性」だ。
 中国を包囲、排除した「デジタル」「グリーン」、宇宙など米主導の世界の下、日本がアジアの盟主としてアジア諸国を「民主主義陣営」に結集し、米国と共同で対中国「新冷戦」をその最前線で担っていくようにするためには、軍事面では改憲、経済面ではデジタル化、グリーン化など、日本の高度な「主体性」が要求されてくる。米国はまさに、それを求めてきているのではないだろうか。

■「主体」とは何か。何が「主体的」なのか
 これまで米国は、自らが転換する度に日本にも転換を求めてきた。 1990年代初、自民党政権から連立政権への政権交代が米クリントン政権の登場とグローバリズム、新自由主義の全面化に対応していたこと、2009年、民主党政権への政権交代がその前年、オバマ政権の誕生と単独主義から国際協調主義への転換と連動していたことは、そのことを示唆していると思う。
 そして今、「米中新冷戦」は、これまでのどの転換にも増して、覇権のあり方そのものを問うより根底的な転換だ。この時点にあって米国は、その最前線に日本を立たせながら、そのために日本政治の「主体性」を求めてきている。
 ここで「主体性」と言った時、その「主体」とは、何よりも「日本主体」であり、それは、個々の政治家や政党主体ではなく、どこまでも「国民主体」だと思う。すなわち、国民主体の政治になった時、はじめて日本政治が真に主体的になったと言うことができるということだ。
 事実、これまでの政権交代が真の意味での自民党政治からの転換にならず、志半ばで、米国の企図に沿ったものに変えられてしまったのは、交代した新政権に、あの鳩山政権がそうであったように、米国の企図に抗し転換を最後まで日本のため、日本主体に貫徹する意思も力もなかったからに他ならないと思う。
 実際、今の日本で、米国の意思と力に抗して勝てるのは、国民の意思と力以外にはあり得ない。
 この真理に基づき、あの時、鳩山政権があくまで沖縄県民、日本国民の意思と力に依拠し闘い抜いていたら、あるいは普天間基地の国外移転を実現することは可能だったかもしれない。

■問われる「新冷戦」をめぐる大論戦
 今日、「米中新冷戦」が突き付けられてきている中、日本政治がそれに抗し、国民主体に自らの道を切り開いていく展望はあるのか。それは、今の状況ではすこぶる暗いと言わざるを得ない。
 その根拠は、「主体的」という声が上がりながら、政治を国民主体に推し進める動きが見られないところにある。それは、何よりも「新冷戦」が国民が見えないところで進められているところに端的に示されている。これでは、「主体的」という言葉が日本のためではなく、米国のためのものにしかならず、コロナやオリンピック、総選挙まですべてが「新冷戦」のため利用されていくようになってしまうのではないだろうか。
 この暗澹とした状況にあって、それを打開する鍵は、やはり押し付けられてきた「新冷戦」自体が持つ弱点を攻め、これとの闘いを国民大衆が広く参加する国民主体の闘いに転換するところにこそあるのではないだろうか。
 「米中新冷戦」の弱点は一つや二つではない。しかし、その中でももっとも本質的なのは、それが圧倒的多数日本国民の利害関係に合わないということにあると思う。
 日中の経済関係は、日米のそれを遥かに上回ってダントツ(昨年度の貿易関係だけを見ても、日中24%に対し日米14%)であり、中国の軍事的威力は、日本の目と鼻の先にあって、最先端軍事科学技術から宇宙空間に至るまで広がっている。その中国と日本がなぜ対立し戦わなければならないのか。財界や自衛隊まで含め、圧倒的多数の日本国民が中国との対決に賛成でないのではないか。「新冷戦」との闘いを国民主体の闘いにするための鍵はまさにこの事実を活かすところにこそあると思う。
 「米中新冷戦」が持つ弱点は、また、そこから生み出される軍事、外交、経済、地方・地域、教育、社会保障など諸政策が、崩壊する米覇権の弱さを反映して矛盾に満ちているところにあるのではないだろうか。
 世界を無理矢理に分断して、それを日本の軍事と外交、経済に押し付けるだけではない。超格差社会の出現しか想定できない彼らのデジタル化、第4次産業革命がどのような社会と経済を生み出すのか。そこにおいて、圧倒的多数の国民大衆は、主権者ではなく単なる消費者、単純労働力でしかあり得ない。まさにここに、政策対決戦に持ち込んだ時、闘いを国民主体の闘いとして勝利的に展開していける可能性の根源があると思う。
 もう一つ、「米中新冷戦」の弱点を挙げるならば、それは、この「新冷戦」が国際的賛同を得られていないという事実があるのではないか。
 実際、アジアの多くの国々、特にASEAN諸国などは、中国と対決する「新冷戦」に賛同しておらず、敵対ではなく対話と協力を要求しており、欧州などでは、中国からの「逆制裁」宣告を受けて、自国政府に「新冷戦」への不参加を要請する動きも出ているところにも現れている。
 こうした世界的な「新冷戦」反対の動きが日本における国民主体の運動の後押しをするのは言うまでもないだろう。
 「米中新冷戦」の弱点を突くこの展望から見えてくるのは、「新冷戦」をめぐる全国、全国民的大論戦を創り出す必要性ではないだろか。
 「新冷戦」をめぐる大論議、日本の進路と政策をめぐっての対決戦から生まれてくるもの、それこそが日本政治の主体的な展開を担う国民主体であるのは言うまでもない。
 コロナとオリンピック、総選挙が同時進行する現局面にあって、米国が仕掛けてきた「米中新冷戦」を奇貨として、その弱点を突く国民主体の闘いこそが、対米従属からの脱却を切り開く現実的な闘いとして、今切実に求められているのではないだろうか。



東京都議選分析

「日本第一、国民第一」こそ民意

永沼 博


 

 「その後の政局を占うバロメーター」とされる都議選。その結果は、自民33、公明23、都民ファ31、立民15、共産19、維新1,生活1。政局を動かすのは民意。そうであれば、この数字の中から民意を探る。それが問われている。

■自民惨敗、だが・・・
 先ず見るべきは自民党の33。前回、小池旋風の下、都民ファースト躍進の前に議席数を23に激減させた自民党。だが今回、小池都知事が「応援」に動かず、公示翌日には「入院」。さらには前回、都民ファと協力した公明との協力復活。誰が見ても「必勝」のパターンに「倍増の46は固い。いや50台半ばまで伸ばせる」の声まで出ていた。それが開けてみれば33議席。この数字に「大敗北だ、言葉も出ない」(一閣僚)、「このままでは総選挙も惨敗」(党幹部)の声も出るほどの惨敗であった。
 次に立憲の15。共産との共闘で8を15議席に伸ばしたが、選挙前の予想では、「20台は固い、20台半ばも行ける」とされる中での15議席。新聞などは菅政権批判の「受け皿にはなれなかった」と分析。党幹部も浮かない表情だ。
 そして、都民ファの31。その「顔」たる小池氏の「応援なし」に、「壊滅、せいぜい一桁台」が囁かれた中での31議席。それは「意外な健闘」であった。

■民意はどこに
 選挙結果に示された民意は何だったのか。今回の都議選で焦点になったのは「コロナ」と「五輪」。世論調査でも「重視した問題」は「コロナへの対応」27%、「オリンピック・パラリンピック」16%だった。
 コロナ禍の下、人々は命の脅威にさらされ、暮らしを破壊されている。今回の都議選でコロナ対応や五輪が焦点にされたのは、この危機的な事態の中で、「命と暮らし」を守って欲しいという切迫した思いからだ。しかし、菅政権は「ウィズコロナ」路線の下、非常事態宣言を繰り返すだけの無策。そして「切り札」としたワクチン接種でのたび重なる不手際。そして五輪。「五輪よりも命」の声が高まる中での開催強行。有観客にこだわり、「1万人の有観客」と「無観客」の間で右往左往。そこに「国民の命と暮らし」を守る、確固とした立場、姿勢を見ることはできない。それが「予想に反しての自民惨敗」をもたらしたのだ。
 民意を見る上で支持政党に縛られない無党派層の動向が大事だ。その彼らが選んだのは都民ファ28%、立憲16%、共産16%など反自民が6割。彼らが如何に「命と暮らし」を守る政治を切望しているかを物語る。
 都民ファの「意外な健闘」も、イデオロギーを超えて「都民の生活第一」という理念への根強い支持と期待があるという事と思う。

■求められる「新しい政治」
  今、総選挙を前に自民党では「菅では戦えない」として、次の顔に河野太郎、岸田文雄、小泉進次郎、野田聖子などが取り沙汰される中、ダークホースとして小池百合子の名もあがっている。
 小池氏には「ジャパン・ハンドラー」の噂がつきまとう。トランプの「アメリカファースト」をもじったかのような「都民ファースト」など、小池氏が米国の動きに敏感なのは事実だ。
 だが今はバイデン政権。その基本戦略は「米中新冷戦」。政界では米中新冷戦で「日本はフロントライン(最前線)に立て」とする麻生、安倍、甘利など「3A」の動き。それに対抗する二階氏らの動き。都議選明けの5日には、二階・小池会談が行われ、都議会運営で「オール東京」ということが合意された。こうした中で囁かれる小池氏の国政復帰、そして首班指名・・・。
 いずれにしても、日本はバイデン政権の要求する「米中新冷戦」の最前線に立つのではなく、それとは一線を画した主体的、自主的な道を進む、即ち「日本第一」が求められていると思う。
 そして、「国民第一」。五輪強行による更なるコロナ猛威が予想される中、「国民の命と暮らし」を守る政治への希求は一層強まる。
 来るべき総選挙で、問われるのは、民主主義か専制主義かなどイデオロギーを優先させた政治か、それとも民意を反映した「日本第一、国民第一」の「新しい政治」か、ではないだろうか。都議選の結果がそれを示している。


 
議論 徴用工賠償裁判

植民地支配を認めたうえでの日米韓同盟による米中新冷戦は覇権主義

東屋 浩


 6月7日、ソウル中央地裁は、日本の植民地支配を不当なものだとしてきた徴用工賠償に対する大法院(最高裁)の判決を覆す判決を下した。日本企業にたいする徴用工賠償を認めると、「国内的には植民地ゆえに強制動員された不当なものだと言えても、国際的には植民地支配が不法となっていないもとでの訴訟権は制限される」とし、日韓関係さらには米韓関係にも影響を与えるとして原告の訴えを退けたのである。
 これまで徴用工賠償の訴えとそれにたいする大法院判決は、植民地支配が非合法で不正義だという見解に立った画期的な訴えと判決であり、世界でもっとも進歩的なものだと注目されていた。その大法院判決を地方裁判所が覆したのだから、とりわけ注目を浴びた。ここで浮き彫りにされたのが、「侵略は合法」という欧米日諸国と「侵略は非合法・悪」という被害国の見解の違いだ。
 日本での報道を見ると、「これまでの自分たちの主張が認められた」、「韓国もグローバル秩序に従うようになった」など、当然のこととしている。かつての植民地支配が問題にされなかったので、穏やかでなかった胸をなでおろした心地だろう。
 この判決の背景には、米国の「米中新冷戦」戦略がある。周知のように「米中新冷戦」を唱える米国は、「日米韓同盟」の強化を求めている。ここでネックとなっているのが徴用工賠償問題。駐日韓国大使に外務大臣が面会拒否し、日韓外相の電話会談もないなど、日韓関係の亀裂に大きく影響を与えていることが問題になっていた。
 その米国の要求に折れたのが韓国側だ。すでに1月に文大統領は日本企業への現金賠償を求めることはしないということを言明した。
 日本政府も菅首相は昨年秋、「対中包囲参加は国益に資さない」と言明したにもかかわらず、いまや米国に屈し、クアッドにも参加し、先のG7会議でも中国包囲網に参加することを明らかにしている。
 日本も韓国も米国の圧力に屈して成立した日米韓同盟。日本は米国により韓国を植民地にした罪を問題視されずにすむことによって一層米国に従属して何も言えなくなり、韓国は米国の意図の前に植民地支配の不当性すら主張できない属国であるという、覇権と従属の関係で成立している非常に脆い「同盟」だ。そこには何の大義も主体のかけらもない。
 しかも、今回の判決が「国際的には植民地支配が不法となっていない」としているように、植民地支配を認めたうえでの同盟であり、その日米韓同盟がいかに覇権主義の上にたっているかを示している。
 今日、植民地主義は過去のものであるだけでなく、国家主権を侵そうとするあらゆる覇権主義を葬り去っていく時代だ。植民地支配を認めたうえで、従属関係で成り立つ日米韓同盟で行おうとする「米中新冷戦」は時代遅れも甚だしいものだ。
 今回の判決により、韓国民はいっそう日本にたいする反感と怒りを増すであろう。韓国民衆はこれからも日韓併合条約が合法、すなわち植民地支配が正当だったとしていくのかと日本に問い続けかけてくると思う。
 また、米国に従い中国を敵対国としていけば、中国からも排撃を受けるようになる。「アジア重視」「アジアの代表」どころか、全アジア諸国から孤立するだけだ。
 そのうえ、欧米諸国からは米国の「手下」としての蔑視を受け、日本の尊厳と誇りが地に墜ちる。
 日本は、「アジアの一員」として独自の道を拓いていくことだと思う。侵略の謝罪と賠償をおこない、米国の米中新冷戦戦略に加担しないことが、日本が非戦平和国家としてアジアの尊敬を受け、その友となる道であり、日本の平和と繁栄を確実に実現し、世界平和に寄与していく唯一の道だと思う。



随想

コロナワクチンと差別

大森彩生


 早くも2021年の上半期が終わり、下半期が始まりました。
 いつもこの時期になると時間に焦る気持ちと、上半期を乗り越えたと安心する時期でもあります。ですが、このコロナワクチン接種問題から、新たな差別が現れている中で、「どの判断が正しいのか?」と、調べたり考えたりしていたら、安心する気持ちになかなかなれません。友人の話ですが「自分はワクチンは打たない」と親に意志を伝えたら、「コロナを家に持ってくるなよ」と言われたそうです。
 若い世代の中では、新型コロナワクチンを打たない派?打つ派?とさまざまな考えがSNSで広がっています。テレビはコロナの恐怖感を煽りながらも、ワクチンのマイナス情報を流さないし、SNSは偏りすぎて、何を信じれば良いのか分からなくなります。
 私自身もこれが正しいと人に言える程の知識はありません。なので、ワクチンを打つのかと知人に聞かれたら、「これまでの日本の水俣、原発問題での対応を見てきて、この国を信頼してないから、、、。未完成とも言われているワクチンを今は私は打たないよ」と答えてます。「打たないでコロナになって亡くなったら、それこそ本末転倒だよ」  「打たないなら会えないね」と言う声も聞きます。ですが、新型コロナワクチン接種は強制ではなく、個人でどうすべきかを選べます。ワクチン接種する人としない人のそれぞれの意見を否定する権利は誰にもないはずです。ですが、同調圧力は会社内と家庭内でもあり、差別はより一層に増えていきます。
 ワクチンを打たない事で会社から差別を受けた知人は「打ったほうが楽になるのかな」と呟いていました。個人の判断で強制ではなく自由であるはずなのに、これは本当に自由なんでしょうか。イジメも虐めている人よりもイジメを受けた人が問題があるかのように言われる。虐める人の方が病んでいる事にいつになっても気がつかない。日本社会の問題を考えていると「狂っているのは社会でも世界でもなくて、私自身なのかな」そう思えてきてしまいます。
 子どもの頃に、父から「差別に負けない強い子に育ってほしい」と聞かされていました。差別に負けないって意味は、虐めに負けない様にっていう意味だと思っていました。でも、この頃は私が誰かに差別されたとしても、私が相手を差別しない事が「差別に負けない強い子に育ってほしい」っていう事だったのかなと思うようになりました。けれど、私の暮らしてる日本はいまだに人権問題を真剣に考えていません。
 日本が「おもてなしの国」ではないと分かる映画。トーマス・アッシュ監督のドキュメンタリー映画『牛久』。USHIKU(ushikufilm.com)が上映されていました。牛久の入管収容所のあまりにもひどい人権侵害を映しています。短い上映期間だったために予告しか私は見ていませんが、予告だけでも痛みと怒りを覚えました。私は日本人である事が恥ずかしいです。他国を救う力があるのに救う事をしないで、苦しい人々をさらに苦しめる。この問題や人権問題について「アジア新時代と日本」から初めて知る事もありました。本当に日々の生活に追われて、見えないふりをしている、自分の無知さに反省しながらいつも学びになっています。世界は良くなるどころか差別も悪化している中で、一人一人が差別を無くす努力がさらに必要になっていると強く思う私です。



ルポ

尼崎市議選

平 和好


 6月6日投開票で、兵庫県尼崎市議選が戦われた。定数42を55人の候補が争う激戦だった。といっても、十数人が落選する激戦は毎回の事である。写真の掲示板参照!

▲どんな街?
   尼崎市はおおむね東西に5キロ、南北に10キロ。山がなく平地だから電動自転車で隅々まで行ける。
 人口は45万人。物価が安く、「庶民」がたくさん暮らす街だ。公明党が強い。冬柴さんという国土交通大臣がいた。長野県の元知事が突如参戦して来て、まさかの落選をした冬柴先生は無念にも直後に亡くなった。さて今回の市議選はある使命を帯びた闘いとなった。大阪維新が進出をかけて大量の候補を出して来るというので、みな戦々恐々となったのだ。じっくり考えた挙句、それを阻むには左派・リベラル・環境派をたくさん立てることが大事と結論付けた。まずはできたての立憲民主党の市議を誕生させようとした。かなりの比例票があるので、それをバックに立候補してくれる人を半年以上の期間、探し、発掘する作業に着手した。ところが成り手がいない。断わった人は15人にも達する。

▲社民党の合流
 立憲に社民党から全国で多くの人が合流した。党員も議員も候補も。尼崎市は昔の社会党の伝統があり、社民党支持が根強い。現職市議会議員が2人もいたが、2021年元旦をもって立憲に合流した。公認候補が自動的に2人も増えたのだからめでたいような、進歩が感じられないような・・・しかしこれでは十数人も候補を立てるつもりの維新に対抗できない。

▲れいわ効果
 そこで今結構評判が高まっているれいわ新選組に声をかけた。誰かお立てになったらどうですか?「検討します」との返事しかしなかなか立つ人を見つけにくいのは同じだ。動きがあったのが市議選告示半月前。落選中の元職がいて、復活の見通しが十分立てられない、それなられいわの旗印で戦われたらいかがですか? 意外とOKの返事が来て、山本太郎さんとのセットポスターなどで「れいわで心機一転勝負をかける」事になった。といっても直前では作戦を十分浸透させられない。しかし、ここで山本太郎さんが果敢に動いた。告示前日の政策宣伝に東京から来てくれたのだ。聴衆を動員してはいけないと言うのが山本さんの方針。だから控えめに主宰者は御知らせを回さざるを得なかったが、それでも市内駅3か所で合計300人もの人が自然に集まった。公営掲示板ポスターにも山本太郎さんが載っている。来尼1回、そして本番だけの取り組みで当選圏に達する自信は到底なかった。しかし、色々な人が言ってくる。「話題を呼んでるよ」「ひょっとしたら行けるかも」「山本太郎さん、凄いな」・・・。

▲驚くべき結果
   前回は1574票。その後4年間の得票活動は余りできていないように見えた。常識的にはそういう場合、500票以上目減りするのだ。すると1000票しかないではないか! そして(しかし)迎えた投開票日、ふたを開けて見ると2145票で当選。つまり、れいわのカラーで戦う事で千票上乗せした可能性もあるのだ。選挙は、やってみなければ分からない。やると決めたらトコトンやってみなければならない(騙されたと思ってでも良いから真剣に)。

▲1票差!
 ところで会派を同じくすることになる候補がいて、今一つ票の伸びがよくなかった。しかし、持ち前の粘り強さで尼のマダムに街頭で親しく話しかける姿を何度も見た。結果、全国的に有名になった1票差で勝利をつかみ取った。
 本当に選挙は悲喜こもごもなのである。なお、維新はやっぱり票も議席も増やした。しかし、こちら側で落ちた2人が通っていれば、下位で通った維新候補を抑え、議席増加を抑制できただろう。
 参政権と言えば投票権だけを考えがちだが、それだけではもったいない。若者・女性には未知数の力が備わっている。被選挙権をあなたも一度お考えになりませんか?!



寄稿

「施設一体型小中一貫校設置の賛否を問う住民投票条例制定」直接請求運動の経過と教訓

「一中校区の施設一体型小中一貫校設置の賛否を問う住民投票を成功させる会」
共同代表 吉坂泰彦


■交野市の計画とは
 交野市は、大阪府の北東部にあり、枚方・寝屋川・奈良の山々に囲まれた、25?の小さな田園都市。人口7万7500人。人口減少の波にもかかわらず、交野の自然に憧れて、大阪市をはじめ近隣市からの移住で人口を保っている町だ。
 交野市の公立学校は、中学校4校・小学校10校がある。児童生徒数は、ピーク時の6割強の3500人。5年ほど前に政府(経産省)は、公共施設の老朽化に対応して、「施設の統廃合をすることが望ましい」と全国の自治体に通知。それに呼応して交野市は、市役所と文化施設の統廃合と小学校と中学校の統廃合を提案した。市役所と文化施設の統廃合は、財政的な面から一時中断中だが、学校の統廃合は推し進めてきた。
 その内容のトップが、交野小学校と長宝寺小学校をまず統合(2022年度)し、交野小敷地(面積22266u)に校舎完成後、第1中学校を同敷地に統合(2025年度)するというもの。児童生 徒の数は1100人が想定されている。

■保護者・市民が反発
 「3つの学校が1つの学校に集約される」という計画が徐々に明らかになるにつれ、教育環境の悪化等の問題点がハッキリとしてきた。一つ目。児童生徒数が1100人となり、超過密になり、運動場での遊びや部活が十分にできないこと。プールもないし、保健室も一つきり。文科省の通達では、「27学級以上は避けよ」というが34学級になる。二つ目。「通学路の安全」が、地域・保護者任せになること。当初から、PTAや保護者・市民が、交通専従員の配置や信号機の設置・安全柵の設置などを求めてきたがすべてゼロ回答。三つ目。新しい学校は9年生。小学校卒業式と中学校入学式がなくなり、子供たちの成長の節目がなくなる。4つ目。交野市の市税収入は、年90億円程度なのに、総建設費が87億円必要と見込まれている。市財政を圧迫することは必至。しかし国の交付金等は約6億円。そして、60億円を借金する。これまで保護者や市民、有志議員は、市や教育委員会に説明を求めてきたが、ゼロ回答か納得のできる回答は得られないまま、今年に入った。

■住民投票条例の制定要求運動へ
 保護者・市民は、このままでは市の意向通りの「施設一体型小中一貫校が建設される」と危機感を抱き、これまで運動をしてきた個人や団体・保護者有志と「一中校区の施設一体型小中一貫校設置の賛否を問う住民投票を成功させる会」(略称・成功させる会)を今年1月に結成。そして約50日の準備期間を経て、3月12から4月12日までの一か月間、「住民投票条例を求める」署名運動を展開。「条例制定」をするか否かの最終決定は市議会での議決。市議会で議案となるのに必要な署名数は、有権者の50分の1(1296筆)以上。一か月間、保護者や市民の間に、「施設一体型小中一貫校設置は子供たちのために良いのか?」「交野市の財政はどうなるのか?」といった議論を起こしながら署名運動は進み、目標の6500筆(有権者の10分の1)を大きく突破する7816筆(有効署名数は7210筆)を獲得した。
 終盤の1週間は、署名を集める「受任者」の熱意と喜びが溢れるものだった。なお、選挙管理委員会の「約600筆の無効判定」には多くの疑問があり、「審査請求をしよう」との意見があったが、日程の都合で断念した。

■「住民投票条例案」が議会で審議
 「今まで議論を続けてきたので、住民投票条例を制定する課題ではない」という市長意見を付けて議案が議会に提出された。
 そして、6月17日に議会本会議で請求代表人の「陳述」(たった30分)を聞き、その後議員と理事者側の質疑があり、常任委員会で慎重審議することなく採決され、5対9で否決された。
 当初より予想された票数だったが、私たちは、「市民の声を聴く議員であってほしい」と言い続け、議員には署名運動中も「陳述」の日まで、メールやFAXで市民の声を届けた。しかし、市民の声は届かなかった。

■「成功させる会」のこれから
 運動はいったん終了する。しかし、これからもこの運動は続く。議会承認が必要な「工事入札」をはじめ、小々統合や小中統合などの山場がある。それと、来年は市長選挙の年で再来年は市議会議員選挙の年。「市長と議員を替えよう」との熱意を持続させ、市民の思いを実現するために頑張る決意でいる。今後は、昨年苦汁を飲まされた高齢者・障がい者と連携して。新しい組織の名称は、「子供の笑顔あふれる学校を!ネットワーク」。


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