研究誌 「アジア新時代と日本」

第21号 2005/3/5



■ ■ 目 次 ■ ■

時代の眼

主張 −日本の属国傭兵化と新安保・改憲策動− 今こそ日本の自主と平和を守る安保・憲法大論議を!

研究 −東アジア経済共同体について− 自主と共同の「経済共同体」として

文化 Jupiter−最高神

朝鮮あれこれ 170名の孤児を育てたオモニ

編集後記



 
 

時代の眼


 今、日本の進路、日本のあり方が問われています。そうしたなか今年1月、日本経団連が、国の枠組みを再検討するとして、報告書「わが国の基本問題を考える」を発表しました。
 内容は、当然のことながら、どこまでも財界、経済界の視点に立ったものです。が、傾聴すべき点も少なくありませんでした。
 まず、目指すべき国家像を「国際社会から信頼・尊敬される国家」、「経済社会の繁栄と精神の豊かさを実現する国家」、「公正・公平で安心・安全な国家」としたことです。これはまさに今、その反対の方向に進むのが憂慮されている日本の現状にあって、うなずけるものです。
 さらに、この目標を実現するための課題として、外交強化を第一に取り上げ、その両輪として日米関係と東アジア諸国との連携強化を挙げています。ここで重要なのは、自主自立を基本として、国際社会が抱える問題に主体的に取り組んでいくことを重視し強調していることです。これは、日本外交の強化をはかる上で大きな転換的意義を持っています。対米融合、アメリカ化へと進む日本の対米従属の深まり、自主権尊重のバンドン精神を掲げるアジア諸国と日本との摩擦の高まりなど、現状は、これとは反対の方向に進んでいると言っても過言ではないからです。
 ところで、日米関係の強化で、自主自立を基本に、主体的にといったとき、まず、日米安保の従属的性格を正すことが問われてきます。だが報告書には、ただ「日米安全保障体制は維持・強化し」とあるだけです。さらに言えば、日本に米陸軍第一軍団司令部を置き、自衛隊をそのもとに動員する「新安保宣言」については、何もふれられていません。
 にもかかわらず報告書は、一方、憲法9条2項の改定を国の枠組み検討の最大の課題として掲げ、自衛隊の保持の明確化と集団的自衛権の行使の明記を今日本にとってもっとも重要だとしています。
 これは、非常に危険なことです。日米関係がアメリカ言いなりの関係になっており、日米安保の従属的な性格がさらに強められ、自衛隊がアメリカの傭兵として動員されようとしている今日、9条2項の改定がいかに危険な意味を持っているかは言うまでもありません。
 報告書で掲げられた目指すべき国家像を実現するため、まず問われているのは、日米関係を自主自立を基本とした主体的なものにすることです。改憲をすることでは断じてありません。対米従属のもとでの9条2項の改定は最悪です。それが「安心・安全な国家」「国際社会で信頼・尊敬される国家」とは正反対の日本を生み出すのは目に見えているのではないでしょうか。


 
主張 日本の属国傭兵化と新安保・改憲策動

今こそ日本の自主と平和を守る安保・憲法大論議を!

編集部


■ブッシュ新戦略の本質は何か
 反テロ戦争を掲げ、先制攻撃論や単独行動主義という手前勝手な戦争を敢行してきたブッシュ政権の二期目が始まった。その就任演説で「自由」という言葉を42回も使ったブッシュは、一般教書演説でも「圧制とテロを阻止できるのは、人間の自由の力だけだ」と「自由」を強調し、「自由と民主主義を世界に広める」という新路線を提示した。その後、彼は欧州歴訪の最初の訪問地ベルギーのブリュッセルで「欧州との同盟強化」と「自由と対立する圧制との戦い」を内容とする「外交演説」(2月21日)を行っている。
 ブッシュは、先制攻撃論や単独主義は引っ込めた。しかし、その本質は決して変わってはいない。
 昨年の米国務省のテロに関する年次報告には「テロの定義について、世界的に受け入れられたものは一つもない」とある。反テロ戦争とは、この不確かなものを相手にすることによって、米国が恣意的に敵を決め勝手に侵攻できるようにしたのであり、先制攻撃論と単独主義の本質もそこにある。そして、新戦略で使われる「圧制」という言葉も、そうした不確かで恣意的なものの最たるものではないだろうか。
 先制攻撃論と単独主義に基づいたアフガンとイラクへの侵攻は失敗であった。だから、先制攻撃という言葉を使わないようにする一方、欧州との同盟関係の回復を言うようになったにしても、恣意的に他国を敵視しそれを転覆させるという米国の姿勢は何も変わってはいないのだ。いや、反テロ戦争で展開した軍事力をそのままにして、新たに「圧制」転覆路線を打ち出し欧州を引き入れようとするのであれば、それはかえって危険なものであると言わざるをえない。

■ブッシュ新戦略を保障する「新安保宣言」
 こうした中、2月19日に、日米の外務、防衛担当閣僚による日米安全保障協議会(いわゆる2+2)がワシントンで行われ、共同発表が行われた。
 その内容をブッシュ新戦略との関係でみれば「世界の戦略目標」(第4項)で「基本的人権、民主主義、法の支配といった基本的な価値を推進し、国際平和協力活動や開発支援での日米パートナーシップをさらに強化する」となっている。
 元来、この会議の目的は、米軍変革(当初「米軍再編」と訳され、最近ではトランスフォーメーションという訳に忠実に「変革」を使うようになっている)に基づく在日米軍変革を円滑に行うためだとされてきた。
 すなわち、中東までの全アジアを対象にした米陸軍第一軍団司令部を日本に置くということは、日米安保条約で在日米軍の行動範囲を極東に限定した「極東条項」を逸脱することになるとして問題になり、基地移転で当該自治体が反発するという問題が生じたため、まず「戦略目標」を明らかにすることによって、これらの問題をクリアしようというものであった。
 これについては、「世界の課題への共同の取り組み」(第1項)で「日米同盟が・・・地域と世界の平和と安定を高める上で死活的に重要な役割を果たし続けることを認識し、協力関係を拡大する」として、日米安保を基軸にしたグローバルな国際協力をうたうことで「極東条項」問題を克服し、「安保防衛協力の強化」(第5項)で「沖縄を含む地元の負担を軽減」するとして、自治体の反発を弱めようとしている。
 共同発表は、さらに「共通の戦略目標」(第2項)で「国際テロや大量破壊兵器の拡散など新たな脅威」は、「アジア太平洋でも発生しつつあることに留意」するとし、「地域の戦略目標」(第3項)で「北朝鮮に関連する諸懸案の平和的解決を追求」し「台湾海峡を巡る問題の対話を通じた平和的解決をうながす」などをあげ、「安保防衛協力の強化」(第5項)で「自衛隊と米軍が多様な課題に対処するため役割、任務、能力について検討を継続。相互運用性を向上させる」としている。
 以上俯瞰して見えてくるのは、全アジアを対象にした米軍事戦略の下で日米の軍事一体化が進められようとしているということである。
 「自衛隊と米軍の役割、任務、能力」を見直し「相互運用性を向上させる」という内容は、今後、日米の基地の共同使用、共同演習、ミサイル防衛MDでの情報共有化など米国の要望通りに進んでいくだろう。
 今後、この内容を「新安保宣言」として発表するなどと取りざたされているが、実質すでに新安保宣言はなされたと見るべきである。

■自衛隊の傭兵化、日本の属国化と改憲
 中国外務省は会議に先立ち「米日が台湾に関する共同文書を発表することで中国の内政に干渉、主権を損ねることに断固反対する」という声明を発表している。
 自主権侵害、内政干渉への反対、それはインド洋大津波で米軍が大挙出動しその下で自衛隊やオーストラリア軍が活動したことに対してインドネシア政府が早期撤収を要求したこと、マラッカ海峡での海賊取り締まりについてシンガポール政府が「安全確保は沿岸諸国が一義的に責任をもつべきことだ」とクギをさしたことにも表れている。
 すなわち、アジア諸国が自国主権を大事に考え、それを侵害する行為に反対する立場であるのに対して、日米は共通の戦略を定め、軍事一体化を進め、これに対するようになるということである。
 実に「新安保宣言」は、アジア諸国の自主権を踏みにじる、米国の対アジア戦略に日本が米国と一体になってあたるというものである。
 そして、それは日本自身が自らの主権を米国に譲渡していくものになる。
 米第一軍団司令部を日本に置くなどというのは、日本を米国の一部と見る発想からしか出てこない。元々、在日米軍は日本占領軍の延長であったように、従属国日本が反抗しないようにするための押さえであった。しかし、もはや日本の反抗・反乱などありえない、日本は米国の属国であるという判断なくして行い得ないものである。
 しかも、司令部を日本に置くということは、この司令部が極東にある米軍と共に自衛隊を指揮するものになっていくということである。まさに日米の軍事一体化とは、自衛隊が米国の傭兵になるということである。
 軍事の傭兵化は、日本の属国化を象徴し、それを促進する。
 今回の2+2会議が典型的にそれを示しているように、まず米戦略があり、そのために日本側がすり合わせるというような政治の対米従属性は、さらに強まるであろう。
 そればかりではない。属国化政治の下で経済の融合も進む。この2月にも、「『日本買い』は、過去最高」になり、昨年の対日証券投資額が15兆2600億円の買い越しになったという(うち株式は10兆4600億円)。
 この投資は米系ファンドが主役である。株式公開、転売、他の事業会社との合併という三つの手口で暴利をむさぼる彼らは、日本を新たな「フロンティア」と呼び、「東京ゴールドラッシュ」(ベン・メズリックの著書)に酔いしれている。
 経済がそうなれば、社会的仕組みや価値観、社会風潮も一層、対米属国的なものになっていく。
 そして、属国日本に合う憲法としての改憲が進もうとしている。その根本的な考え方は、民主党の憲法調査会長仙石由人氏などが言う「主権の譲歩」にある。その考え方に基づき、主権を守るための自衛隊を米国のための武力にする、集団的自衛権行使の容認、傭兵自衛隊の認知である。
 米国の属国になり軍事を傭兵化して、アジアと敵対する、この策動の果てに待ち受けているものはアジアを舞台にした新たな反テロ戦争である。

■日本の進路をめぐり一大憲法論議を
 これは日本の運命を決する決定的な問題である。にもかかわらず親米二大政党制の下で、「新安保宣言」に関して、国会質問すらまともに行われていない。
 そして改憲。今国会で上程される予定の「改憲国民投票法案」によって、衆参両院の同時選挙時に賛否を問い、投票数の過半数の賛成で改憲が成立する方式が採用されれば可能性は高い。
 何としても憲法、安保論議を引き起こさなくてはならない。
 この論議は、9条を守って日本が戦争に巻き込まれないようにするなどといった次元のものであってはならない。新安保、新憲法が米国の対アジア戦略の一環として位置付けられている中で、アジア新時代の日本の進路はどうあるべきかというアジアの動きを考慮に入れた思考が重要になってくる。
 各国の自主権を尊重して経済共同体だけでなく安保共同体を作ろうとする東アジア共同体構想。その流れに合流するのか敵対するのか。新安保宣言や改憲をして合流することが許されるのか、などなど。こうした論議が新安保、新憲法の問題点を浮き彫りにするはずである。


 
研究 −東アジア経済共同体について−

自主と共同の「経済共同体」として

魚本公博


 東アジア経済圏構想が進んでいるが、日本は腰が定まっていない。それはなぜか。日本はどうすべきなのか、それを考えてみたい。

●経済共同体についての二つの考え方
 地域の経済共同体については二つの考え方がある。第一は米国が推進するもので、一般的に「自由貿易圏」と呼称される。
 すなわち、自国の産業を守るため関税をかけ、他国の金融、企業活動を制限するなどといった経済的な主権の行使を否定して、各国の経済関係を市場原理にまかせて「自由」なものにしようというものである。
 こうして、自由貿易圏とは「ヘビー級とフライ級が同じリングで闘うようなもの」となる。そればかりではない。このリングで米国は金融をもって利潤をあげる方式を採用する。このため、資金がまともな「ものづくり」に向かわず、投機による経済破壊が起きる。その代表例が97年のアジア通貨危機である。最近の日本での米国ファンドの暗躍もその一例となる。
 「自由貿易圏」は、各国の経済主権を無視・否定するところに本質的な問題がある。
 これに対して各国の経済主権を尊重する原則で行われる地域経済共同体構想がある。この場合、一般的に「共同体」という言葉が使われる。
 東アジア共同体の場合は、後者である。この構想の主役であるASEAN諸国が参加表明国に主権尊重の東アジア友好協力条約の締結を要求しているのもそのためである。参加を表明している中国やインドも同じ立場である。
 今日世界では、主権否定の市場原理主義に基づく「自由貿易圏」構想と地域内の各国が主権を擁護尊重しながら互いに助け合っていく「共同体」という二つの考え方が争っている。
 その代表例は南米の動きである。すでに北米自由貿易圏(NAFTA)を形成している米国は、これを南米、カリブ海地域にも拡大した米州自由貿易圏(FTAA)を作ろうとしているが、これにブラジルを筆頭とする南米諸国が反対してきた。
 一昨年、その交渉の席で「ブラジルがFTAAを嫌がるなら彼らは南極に物を売るしかない」(当時の米通商代表部代表ゼーリック)「下の下っ端と話すまでもない。ブッシュと直接会って、わが国も米国の保護主義を見習うと伝えてやる」(ブラジル、ルラ大統領)と激しい応酬があった。
 そして、昨年末(12月9日)、南米共同市場4カ国とアンデス共同体の5カ国、チリ、スリナム、ガイアナの12カ国によって「南米諸国共同体」の結成が確認された。反米的なベネズエラのチャベス大統領は「FTAAはすでに死んでいる」と宣告し、キューバを訪問した際、FTAA構想に対して「米州のためのボリバル式代案」を提唱し自由貿易ではなく連帯、互恵、相違の尊重を主要原則とすることを明言した。(この2月、キューバは南米共同市場への加盟を要請した)
 すなわち、それは各国の主権尊重に基づいて各国が連帯、互恵、相違の尊重をもって互いに発展し栄えるというものである。

●小ざかしい日本政府の動き
 時代は、米国主導の「自由貿易圏」ではなく、各国の主権尊重に基づく「経済共同体」結成の方向に進みつつあり、東アジア経済圏構想もこの方向を指向している。
 これに対し、昨年、8月13日、朝日新聞の質問に当時のパウエル米国務長官は「こうした枠組みの必要性について、まだ納得していない」「米国とこの地域の友人たちとの二国間関係が損なわれないなら参加は自由だ」と答えている。
 日本は今、アジア経済共同体が主権擁護の経済共同体ではなく、米国が望む「自由貿易圏」になるように策動しているように見える。
 まず、日本は、「各国の主権を尊重する」という原則的立場にあいまいな態度をとり続けている。一昨年、ASEAN諸国が東アジア共同体への参加の条件として主権尊重を基本内容とする東南アジア友好協力条約(TAC)締結を要求してきた時、「TACって何だ」とこの存在自体知らなかったという日本外務省は「日米安保体制に悪影響を及ぼしかねない。米国抜きの政治的枠組みへの加盟は不適当」「内政不干渉に縛られ言いたいことが言えなくなる」という立場でこの締結を渋った経緯がある。
 次に日本は、ここにニュージーランド、オーストラリアなどオセアニア諸国を入れようとする。一昨年、小泉首相は「東アジア・コミュニティー構想」を発表したが、これにはオセアニア諸国を含めている。またメキシコとFTAを締結したのに続き、米国とのFTA締結も考えている。
 こうなれば、日本を介してアジアではなくアジア太平洋共同体になりかねず、それは米国が狙う地域の自由貿易圏構想に通じる。
 そして、中国敵視。最近の政冷経熱と言われる状況は、明らかに政治的に意図されて行われており、その背後には米国がいる。今回の「新安保宣言」に中国敵視の条項を盛り込んだことでも、それを推察することができる。
 日本は、中国敵視に追いやられることによって、東アジア共同体構想を妨害し、結局、これに参加することもできなくなり、東アジア共同体と敵対することにもなるだろう。これも米国の遠謀術策であることは間違いない。

●日本にとって、どちらがいいのか
 日本は米国式「自由貿易圏」ではなく、自主と共同の「東アジア共同体」をめざさなければならない。それが日本にとって良い道である。
 「自由貿易圏」構想の場合は、ドルを基軸通貨にして、米国金融がアジアを舞台に投機的な手法で利潤を巻き上げるという方式が横行する。
 ASEAN諸国が「東アジア経済共同体」構想を進めるのは、再び「アジア通貨危機」を起こしてはならないということであり東アジア諸国はそのためにドル依存体質からの脱却を目指している。
 02年に合意されたチェンマイ・イニシャチブで、通貨の二国間交換協定「スワップ」が始められ、タイの発起による「アジア債権ファンド」も(一次の10億ドルに続いて、二次の20億ドル分の創設が昨年発表された)動き始めた。
 この流れを育てれば、アジア通貨基金、アジア共通通貨体制の実現も決して夢ではない。
 日本の不況と経済波乱の原因は、ドル依存体質にある。低金利政策や大量のドル買いによって日本は米国を支えているが、経常収支6000億ドルもの赤字を出す米国のドル信用が崩壊すれば、そのカネは紙くずに化す。それよりも、日本が東アジアで始まっている、こうした動きに積極的に参加して、アジア通貨形成を進めれば、ドル依存体質を脱却できる。
 その他、技術、食料、石油、資源の対米依存なども東アジア経済圏を自主と共同の「経済共同体」として発展させれば、十分に解決できる。
 東アジア経済圏を「経済共同体」として発展させていかなければ日本の未来はない。


 
文化

Jupiter−最高神

若林盛亮


 Everyday I listen to my heart・・・
 重々しい響きの低音で始まるイントロ−全身が神々しい光に包まれる予感にゾクッとくる曲づくり。以来、平原綾香の歌う[Jupiter]にハマっている。繰り返し聞きても飽きない名曲だ。
 実は、このCD、昨年暮れに初めて聴いた。音楽番組も最近、見てないからこの曲が紅白に出るほど流行ったのも知らなかった。CDをくれた若者は、「中越地震で皆がこの歌を歌って元気をもらったんだよ」と言った。
 その話を聞いて、心にひっかかった歌詞がある。
 「夢を失うよりも悲しいことは、自分を信じてあげられないこと」
 夢を失うより悲しいことがある!?破壊尽くされた村、農業再会のメドは立たず、故郷を離れるしかない苛酷な現実。−「私の両手で何が出来るの?」−夢を失いそうになる人々。繰り返されるフレーズ−「(私たちは誰も)一人じゃない」!
 人は皆「深い胸の奥でつながっている」−夢を失い挫けそうになる私。私は無力、でも一人じゃない。村の復興を願う皆と深い胸の奥でつながっている、そんな自分を信じてあげようと自分を見つめ返し励ます。
 「愛を学ぶために孤独があるのなら/意味のないことなど 起こりはしない」−人にとって、この世のすべては意味がある。いや意味あるものにする力を人は持っている。人は孤独から愛の貴重さを学ぶように、夢を失うほどの深い絶望から、「一人じゃない」自分、「自分を信じてあげること」の大切さを学ぶのだ。だから「果てしなき時を超えて 輝く星が出会えた奇跡」も可能なのだ。
 歌詞の核心部分、「自分を信じてあげること」という自分を客観視した物言いにも意味があると思う。「自分を信じる」というのは、ともすれば自分の才覚を信じる主観的な自信になるが、「自分を信じてあげること」には、人間、自分を無条件信じるべきだという絶対的な響きがある。普遍的な人間の運命開拓の真理、人間の運命を開くのは、個々の小才じゃないんだよ、一人じゃない自分、皆と胸の奥でつながっている自分を信じてあげて、運命に立ち向かっていくことが何より大切なんだよ、という強いメッセージを感じる。
 [Jupiter]-一般には木星の英訳だが、辞書には、ローマ神話の天空神、最高神とある。この歌は私には最高神のメッセージとして聞こえる。一言でいって人間、自分の運命の最高神は、他でもなく人間、自分自身なのだという力強いご託宣なのだ。
 [Jupiter]のこのメッセージに、山古志村など被災地域の人々が、皆で必ずまた村に戻ろうと元気をもらったのだと私は思う。この歌がじわじわと若い人の心をとらえたのもわかる気がする。
 「自分を信じてあげること」を放棄し、「アメリカに従うことが国益」という人々、アジアで嫌われた孤独の歴史から愛を学ぼうとしない人々に、この名曲[Jupiter]をよく味わってほしい。


 
朝鮮あれこれ

170名の孤児を育てたオモニ

小川 淳


 豆満江に面する朝鮮最北端の地、オンソン郡プンソ村。94年、最北端の部隊で軍務に励んできた息子キョンホが訓練途上の突発的事故で致命傷を負い、リ・ヒスンさんは最愛の息子を失った。祖国のために一身を捧げた息子の前で彼女は、「オモニも祖国が記憶する愛国者になり、お前のように生きよう」と誓った。
 9年前の正月、軍人たちに送る支援物資を持ってピョンヤンに向った夫を見送った彼女が、オンソン駅を出ようとする時、父母を亡くし遠くの親戚の家を訪ねていく10歳の少女を偶然目にした。酷寒に震える寄る辺ない少女をおいて離れることができなかった彼女は、駅の売店に行き、菓子袋を買ってあげたが、心は少しも晴れなかった。
 「誰のためにこの子が父母を亡くしたのか。われわれを窒息させようとするアメリカのためにどれだけ多くの子供たちが苦痛を受けているか。私がこの子を育てられないだろうか」。彼女の脳裏にこのような思いがよぎったが、簡単に決心できることではなかった。このとき、躊躇した彼女の背中を押したのは、息子の最期の姿だった。
 「うちへ行こう。オモニと一緒に住もう」。プンソ村に帰った彼女は、夫の理解と励ましを受け、この年の末までに、30余名の孤児を引取った。
 こうして孤児は年毎に増えた。食事、洗濯、掃除と寝る時間もない。一回の食事に必要な食料は約30キロ、一年間のキムチ用野菜だけで30トン。14カ所のかまどにくべる燃料だけでも膨大になる。子供たちの学用品、靴や石鹸、肌着や服、それを賄うだけの出費が夫婦の両腕にかかる。
 空いた土地を探しては農耕し、豚や山羊を一匹でも多く飼って現金を稼ぎ、山に入っては食料の足しにと山菜を集めた。村や郡、道の人たちも夫婦を訪ねては誠心誠意助けてくれた。不便がないようにと大きな家を建て、テレビや生活必需品も送ってくれた。
 こうして二人の力で170名の孤児を育て、軍隊や共同農場へと送りだし、今も数十名の学生の面倒を見ているという。
 彼女をこれほどの「献身」に駆りたてたものは何か。私が感じるのは、外勢との戦いで人々の胸に刻まれた一つの感情だ。朝鮮戦争後50年にわたる厳しい対立の中で刻まれ続けている米国やその同盟国日本に対する恨(ハン)。息子の死も、170名の孤児も、いわばこの戦いの中で生れている。ヒスンさんの家に飾られた33枚の「息子」、「娘」たちの人民軍入隊写真はそのことを象徴している。
 ブッシュは、自由こそが最高の価値と言ったが、ここにはまったく次元の違う精神世界がある。


 
 

編集後記

魚本公博


 ノーベル平和賞受賞のケニアの環境活動家ワンガリ・マータイさんが訪日して小泉首相に会ったおり、日本語の「もったいない」を世界に広めたいと語ったそうだ。
 「もったいなき」というのは「もったいなきお言葉」みたいに、相手を上に見てへりくだる言葉であり、「もったいない」というのも単におしいというより、無駄になったり捨てられたりする物を苦労の末につくった人を尊重し自分がへりくだるという意味がこもっているように思う。
 グローバリズム、市場原理主義に対抗してイタリアから「スローフード」運動が起きたけど、環境問題で日本発の「もったいない」運動が起れば素晴らしい。


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