研究誌 「アジア新時代と日本」

第208号 2020/10/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 今、闘いの環はどこに

議論 米中新冷戦の切り札「アジア版NATO」

議論 菅「改革」は日米一体化か、日本覇権の強化か

闘いの現場から 大阪都構想粉砕

寄稿 自民党の補完勢力としての維新

随想 たかがマスク、されどマスク、すごいなマスク

存在




 

編集部より

小川淳


 一歩の譲歩も許されない歴史の教訓
 菅政権が日本学術会議の推薦した委員の任命を拒否した。安倍政権下でのモリ、カケ、サクラなどの不祥事以上に、大きな政治問題に発展していくのではないか。いったい何が起きているのか。
 報道によると菅首相が任命を拒否したのは、松宮孝明氏(立命館大教授、刑事法学)、小沢隆一氏(東京慈恵医大教授、憲法学)、岡田正則氏(早稲田大教授、行政法学)、宇野重規氏(東京大教授、政治学)、加藤陽子氏(東京大教授、歴史学)、芦名定道氏(京都大教授、キリスト教学)の6名。松宮氏や小沢氏は、安倍内閣下の国会が創設した「共謀罪」の趣旨を含む組織犯罪処罰法や「安法法制」に対して国会で反対意見を述べた。宇野氏、岡田氏、芦名氏は「安保法制」に反対する立場を示した。加藤氏は安倍内閣下の国会が制定した「特定秘密保護法」や憲法改正に反対していた。こうした事実関係から、今回の任命拒否が菅首相による恣意的な人事介入で、憲法が保障する学問の自由を侵害するものとの批判が強まっている。
 今回の問題がモリ、カケ、サクラ問題以上に大きな政治問題に発展する可能性があるというのは、憲法23条に保障する学問の自由への露骨な政治介入であるからだ。
 「本来、内閣から独立している人事院を掌握し、<憲法の番人>と言われる内閣法制局も人事で思い通りにした。成功体験を積み重ねてきた。それで検察の人事にも手を出したが、これは失敗。そして今回、支配の手を学問の自由にも及ぼそうとしている。今回も官僚や審議会の人事に手をつっこむような感じでやろうとした。しかし、致命的なのは、日本学術会議が科学者の独立した機関だという理解がなかった点です」(前川喜平)。
 菅政権が日本学術会議の推薦を拒否し、任命しないというのであれば、日本学術会議が推薦した以上の理由をもって拒否の理由を政権は説明しないといけない。「自分たちの意に沿わないから」では理由にならない。
 日本学術会議はどのような団体なのか。49年設立。50年に「戦争を目的とする科学研究には絶対従わない」声明を、54年に原子力研究で「公開、民主、自主」の原則を求める声明を、67年には「軍事目的のための科学研究を行わない」声明を、2017年には「軍事目的の研究を行わないとした声明を継承する」声明を出している。
 このような学術会議のあり方がアメリカとの軍事一体化をめざす菅政権にとっては障害となる。今回の任命拒否は単なる人事権の行使ではなく、日本学術会議の「御用機関化」に向けた第一歩であることは明らかだ。
 日本には美濃部達吉の「天皇機関説」を不敬として断罪した戦前の天皇制ファッシズムのように、科学を否定することで、戦争へと突き進んだ苦い歴史の教訓がある。学問の自由は一歩の譲歩もしてはいけない。それが歴史の教訓だ。



主張

今、闘いの環はどこに

編集部


 菅新政権の滑り出しは比較的順調に見える。携帯料金値下げ、不妊治療保険適用、等々、国民が喜ぶ指示を矢継ぎ早に出し、「仕事師内閣」としての「スピード感」を印象づけている。政権発足当初の支持率が74%(「読売」調査)と歴代3位を記録したのもそのためでもあるだろう。
 しかし、米大統領選も終わっていない今、菅新政権の評価を云々するのはまだ早いのではないか。トランプとバイデン、どちらが当選しようが間違いなく突き付けられてくる「米中新冷戦」、これにどう対するかが問われていると思う。

■「米中新冷戦」は、日本にとって何なのか?
 「米中新冷戦」は、すでに始まっている。昨年5月、スイスのビルダーバーグに欧州の「超エリート」を集めて行われた「オフレコ会議」で米国務長官ポンペオは「米中百年冷戦」を宣言した。それ以来「冷戦」は、「貿易戦争」「ハイテク戦争」「外交戦争」と、米国によって次々と実践に移され、エスカレートされてきている。
 そこで問題は、米国が自分一人中国と対立するのではなく、全世界をそこに巻き込もうとしていることだ。
 七十数年前もそうだった。あの時米国は、ソ連との冷戦でも、世界を自分に付く「西側」とソ連に付く「東側」とに分断し、「西側」における自らの支配を強化する一方、「東側」に対しては、徹底した封鎖と制裁、瓦解を図った。
 今回も同じことだ。「米中新冷戦」を引き起こし、米国と中国どちらに付くのかを世界に迫りながら、台頭する中国のこれ以上の発展を抑える一方、世界の分断支配、G2覇権体制の構築を狙っているのではないか。
 衰退する米国覇権、台頭するもう一つの超大国、中国、その中で米国がつくり出そうとしているG2覇権体制は、日本にとって一体何を意味しているだろうか。

■菅政権と「米中新冷戦」
 「米中新冷戦」において、米国によって求められてくる日本の役回りは、これまでにないものになるのではないか。かつての米国ではなくなった米覇権、その対中国最前線にあって、日本は、これまでの日本であることを許されない。菅新政権は、この突き付けられた難問にどう向き合うのか。先の自民党総裁選は、その一端を垣間見せてくれたのではないだろうか。今回の総裁選の特徴は、前号の「主張」でも述べたように、徹底した「石破落とし」にあった。その根底に「米中新冷戦」への対応で石破氏に対する懸念が自民党各派閥にあったことについてもふれた。
 実際、それを裏付けるようなことが総裁戦直後にもあった。菅政権誕生の後ろ盾になった二階幹事長が石破派のパーティーに招かれての講演で、「日中関係は、誰が考えても、今、春だ」と言いながら、殊更「世界の平和と繁栄を日本と中国が中心となって共に成し遂げる『共創』という決意」についてまで言及したのだ。これなどは、かなり明確に「米中新冷戦」に対する新政権のスタンスの一端を示唆しているのではないだろうか。
 その一方、今、菅新政権について盛んに言われているのは、「弱肉強食」だ。菅首相自身、庶民の中からのし上がった首相だからか、「自助」を強調し、「(新自由主義)改革」を第一の政権課題として掲げている。これがアベノミクスの三本の矢の三本目として、日米一体化で大きな意味を持っているのは明らかだ。事実、「中小企業統合」や「地銀統合」と米系外資導入の地ならしが菅政権にあって先行的に進められている。
 日米一体化のもう一つの環は、もちろん軍事だ。それが、自衛隊が米軍の指揮の下、日米共同戦争できるようにする日米安保の双務化であり、そのための敵基地攻撃能力の保有であるのは、本誌でも幾度も述べてきた。それに加えてこの間提起されてきているのがアジア版NATO,クアッド構想への加入問題だ。この米、日、印、豪でつくる集団安保構想が中国を敵と想定した「新冷戦」の目玉の一つであるのは言うまでもない。
 突き付けられた「米中新冷戦」にどう対するか。今、菅新政権のスタンスが問われている。そこで見えてくるのは、米中両覇権主義に付かず離れず、どちらか一方に付くことなくアジアに覇権しようとする姿ではないだろうか。

■今、闘いの環は「新冷戦」との闘いにある
「米中新冷戦」が突き付けられてきている今日、何より心しなければならないのは、米国に言われるまま、米国に付いて中国に敵対するという愚を犯してはならないということだと思う。そんなことをすれば、米覇権にいいように利用され、中国との抗争を通して、日本という国を滅ぼしてしまうことにもなりかねない。では逆に、中国に付いて米国に敵対するという道はどうか。そんなことはまずあり得ないだろう。米国は当然のこと、第一、日本国民自身が許さないのではないか。
 そうした中、菅政権がとろうとしていると思われる道はどうか。米国にも中国にも付かないというのは良い。しかし問題は、経済と軍事の改革に基づいて、自分がアジアのリーダーになって覇権することではないか。これでは、アジアから排撃され、米中からも攻撃されて敗滅するしかないのではないか。かつての日本がたどった道だ。
 今一番正しいと思うのは、やはり米国にも中国にも付かず、アジアとともに進む道だ。もちろんこの時、中国がアジアとともに進むというなら、一緒に進むことができるようになるのは当然だ。
 いろいろ長々と書いたが、言えるのは、もはや覇権の時代は終わったと言うことだ。だから、「米ソ冷戦」の夢よもう一度と持ち出された「米中新冷戦」の時代錯誤を突き、ここに闘いの火力を集中するのが正しいのではないかと思う。もちろん、菅政権の新自由主義改革や軍事改革が単に「新冷戦」の為のものであるだけでなく、それ自体、格差と貧困、戦争の要因になるのは言うまでもない。
 しかし、この政権が米国の延命を懸けた新覇権戦略、「米中新冷戦」をそのまま受け容れる政権ではなく、中国・アジアとともに進む志向を持っている政権である限り、闘いの環はどこまでも「新冷戦」との闘いに置き、菅政権との闘いはそれに従わせるのが良いのではないだろうか。
 そうしてこそ、「米中新冷戦」との闘いを環とする闘いを、政府自民党内部の派閥争いまで利用し、アジア派、守旧派などを結集して、より幅広く強力に推し進めていくことができるのではないかと思う。

≪もう一言≫

菅政権と共闘するのか?

 政治闘争といった時、普通、その基本対象は、時の政権になり、闘争の環は、その政権がその時々に敢行する重要政策に反対して置かれるようになります。しかし、今回の主張では、敢えて闘争の基本対象を米国に定め、その闘いの環も、米国が敢行してきている「米中新冷戦」との闘いに置くよう提起しました。
 なぜそうしたのか。それは、主張本文を見ていただければ明らかなように、菅政権の立ち位置が必ずしも米国と一致していないように見えるからです。このかつてなかった異例の事態がなぜ起こっているのか。それは一言で言って、時代の転換の故だと思います。 米覇権の衰退、中国の台頭、そして世界に広がる自国第一、脱覇権自主の趨勢です。この時代的転換の中で、菅政権が「米国の言いなりになって、中国に敵対したらだめだ。何とかしのいでいれば、『冷戦』自体が破綻する」と打算したとしても何もおかしくありません。
 先の自民党総裁選が「(親米)石破落とし」「菅圧勝」の方向に大きく動いた要因の一つがこの辺にあったのではないかと思います。
 しかし、だからと言って、「新冷戦」反対で菅政権と共闘という具合に単純になるわけではないと思います。なぜなら、菅政権の立ち位置はどこまでも米中両覇権主義の間で自らのアジア覇権を狙っているのではないかと思われるからです。
 今問われているのは、覇権自体が崩壊する時代に入っているという認識ではないかと思います。この認識が弱い菅政権が「米中新冷戦」との闘いを強力に推進することができるはずがありません。
 だからと言って、残念ながら今の野党にこの闘いを主導する力があるとは言えません。闘いの成否は新しい政治を担う国民主体にかかっていると思います。 
 日本の国益を第一とし、脱覇権のアジアとともに進む国民主体が、自民党や野党内の「新冷戦」反対派まで幅広く網羅するもっとも広範な統一戦線を形成して、日本の政治を動かす時が来ているのではないでしょうか。



議論

米中新冷戦の切り札「アジア版NATO」

吉田寅次


■日本に突きつけられる「アジア版NATO」
   ポンペオ米国務長官が10月6日に東京で、2回目となる日米豪印(通称クアッド)外相会談に出席する。韓国のハンギョレ新聞は、これを米国の「アジア版NATO」・クアッド(Quad)画策だとして警戒を説いている。それが米中新冷戦参加を迫る米国の切り札となりうるからだ。元来、「4カ国の安保対話」を意味する「Quad(クアッド)」は、2007年第一次政権時の安倍首相の主導で始まった。米国、日本、オーストラリア、インドが手を握り、インド太平洋地域において中国に対抗するための非公式安保フォーラムだった。ところが2019年6月米国防総省は「インド太平洋戦略報告書」を発表、中国の「一帯一路」に対抗し米国がこの地域での覇権回復をめざす「自由で開かれたインド太平洋」戦略構想に踏み切った。
 いま米中新冷戦構図を作り出すことに躍起の米国は、この構想を米日印豪4カ国が核となり、韓国などそれ以外の国を下位パートナーとして引き入れて中国に対抗する多国間安保機構へと拡大、「Quadプラス」へと発展させることに必死だ。旧冷戦時代にNATO(北大西洋条約機構)がソ連に軍事的に対抗したその今日版、夢よ再びの「アジア版NATO」に新冷戦の命運を賭けている。
 この「アジア版NATO」は、その核を担うべき日本に対し米中新冷戦への参加いかん、その態度決定を鋭く迫るものとなるだろう。

■その露払いとなる「敵基地攻撃能力保有」
 この夏、安倍政権は「敵基地攻撃能力保有」を盛り込む国家安全保障戦略(NSS)改定を提起したが、これは米国の「アジア版NATO」・クアッド構想参加への露払いとなる性格のものだ。
 「敵基地攻撃能力保有」は従来の日米安保条約に基づく日米の役割分担を見直すことに直結する。
いま「敵基地攻撃能力保有」と関連して、戦後日本の常識、「憲法9条の自衛隊は盾(攻撃能力不保持)、米軍は矛」という日米の役割分担を根本から見直す時だという声が上がっている。
 「いつまでも米軍に(矛の役割を)任せたままでいいのか」「自衛隊がもっと(米国の矛の)肩代わりをすべき」(中谷元防衛相)等々。
 これは実質上、日米安保条約改定そのものだ。片務協定の集団安保と言われる従来の日米安保では「盾の自衛隊は米国防衛の戦争に参加できない」、米軍が一方的に「日本防衛のための戦争を担う」とされてきた。これを双務協定、すなわち「自衛隊も矛を持ち米国のための戦争をする」、日米安保を片務から双務へ、攻守同盟に変えるものだ。
 「アジア版NATO」の見地から見れば、日本の自衛隊が「NATO」型の反中包囲攻守同盟への参加を可能にする鍵、それが「敵基地攻撃能力保有」だ。まさに「敵基地攻撃能力保有」は「アジア版NATO」参加の露払いの役割を果たす。

■米・抑止力破綻の産物
 米国が「アジア版NATO」構築を急ぐのは別の見方をすれば、米・抑止力の破綻を示すものだ。
 その典型が米・核抑止力の無力化だ。周知のようにトランプが米朝対話に踏み切ったのは、朝鮮が米全土を射程に入れる大陸間核弾道ミサイルを開発、戦争をも辞さないその強硬姿勢によって米・核抑止力が無力化されたからだった。
 また強大な抑止力・報復攻撃力の象徴である米・空母機動部隊も無力化の危機に瀕している。中国、ロシア、朝鮮の内臓コンピューター制御による巡航ミサイルの最新機種、地形に応じて高度を変える極超音速ミサイル(中ロ)や変則軌道を描くミサイル(朝鮮)の前には巨大な空母は格好の餌食、無用の長物化し、F35B垂直着陸機搭載のいずも型護衛艦を改修した日本の小型空母をモデルとする艦隊構想をエスパー米国防長官が示すなど混乱に陥っている。また高度や軌道の変わるミサイルを発射地点から連続追尾監視する低空軌道衛星一千個もの打ち上げを要する窮地にも追い込まれている。「米国だけでは巡航ミサイル防衛システム構築は難しい。同盟国の協力を求める」(米軍関係者)。まさに「Quadプラス」は米・抑止力破綻の窮余の産物でもあるのだ。「アジア版NATO」参加、それは米中新冷戦の先鋒を日本が担うことの宣言に等しい。しかもそれが破綻した米・抑止力を繕う窮余の策だとしたら、破滅の道、敗戦の愚を二度繰り返すことだ。「反中包囲網」には消極的な菅政権だが、果たして米国に「NO」と言えるのか。


 
議論

菅「改革」は日米一体化か日本覇権の強化か

東屋浩


■新自由主義改革による格差拡大
 発足した菅政権がもっとも強調しているのは、周知のように行政改革だ。アベノミクスの第三の矢である改革をすすめるということだ。デジタル庁に平井卓也大臣、行革担当に河野太郎大臣を担当させ、「仕事師内閣」として強引にすすめていこうとしている。デジタル化は日本がデジタル後進国として立ち遅れ、行革では縦割り、既得権益、前例主義などが改革の対象だという。
 デジタル化では、警察庁、総務省など7つ以上の省庁に管轄が分かれている運転免許証、健康保険証、オンライン教育などを一つに統合し、システムの一元化をはかり、マイナンバーカードの普及とオンライン化をすすめるという。韓国では10年以上かけて実現したもので、日本でも軌道に乗せるのには8年以上はかかるといわれている事業だ。菅首相の改革はそれだけではない。麻生財務相に地銀の再編を指示した。また昨年、「体力のない中小企業は合併整理を」と言及したこともある。
 菅首相の姿勢は、地方の中小・零細企業を整理し、大企業中心に経済を運営させていこうとするものだ。これらから浮かびあがるのは、菅「改革」は徹底した新自由主義改革だということだ。
 国家のあり方として「自助、共助、公助」を掲げているが、菅首相の言わんとするところは、「自分でできることはまず自分でやる。・・・そのうえで政府が対応する」と述べたように、徹底した自己責任論だ。コロナ禍は自己責任では人々を破綻に追い込むだけで、国の役割が決定的だということを示している。にもかかわらず自己責任を強いれば、格差がいっそう拡大し、被雇用者の4割を占める非正規労働者をはじめ貧困層、自営業者・中小企業家が惨めな境遇に陥るようになる。
 菅「改革」は、大企業を繁栄させる一方、日本社会を内部から荒廃させるだけだと思う。
 日本経済の新自由主義改革は、日米一体化を深めるものになる場合と日本の覇権を強化するものになる場合がある。

■日米一体化の深化か日本覇権の強化か
 菅「改革」で規制緩和とともに大きな柱となっているのは、外資企業の導入だ。企業買収だけでなく、経済の要である金融に外資を積極的に受け入れようとしている。また、外資系金融機関や外国人金融人材の受け入れの環境を整備(税負担の軽減と英語による手続き)の指示をだした。それは日本をアジアにおける金融センターとして強化するためだ。とくに東京だけでなく福岡も金融センターとして強化するということはアジア向けの金融センターを意味している。
 このことは外資に日本を売り渡すのか、それとも日本が外資を含めた金融センターとして力を強化していくのかの二つの道があるといえる。
 金融とともに重要なのは先端産業であり、デジタル化だ。菅政権はデジタル化にもっとも力を入れようとしている。
 ここでも鍵は日本のIT産業の育成か、IT産業がないままで米国のGAFA+Mの傘下に一層入るのかということだ。これまで日本のIT産業は一貫して米国に抑えられたため、完全に立ち後れてきた。最近は、コロナ対策のため感染者の接近を警告するアプリを内閣主導で開発したところ、クラウドを運営する米IT会社が認めず、マイクロソフトの管轄下で厚労省がおこなうという条件を押しつけられたという経緯がある。このことは日本独自のIT産業なしには日本のデジタル化を実現し得ないことを示している。
 かつて米国の圧力でNTTが分割されたが、今、再び携帯電話のドコモと合併することになった。5G世代で遅れをとったのを6G世代で取り戻すためだという。日本独自のIT産業の育成、行革でのシステム統一を日本独自にできるのかが日本のデジタル化実現の鍵となるだろう。
 菅政権は「米中の覇権争いでどちらにも組みしない」としているが、経済においても日米一体化の深化か、日本の覇権の強化かのぎりぎりのところを進めている。いずれも覇権の道だ。
 コロナ禍は均衡のとれた内需基本の国民経済の発展が不可欠だということを示している。新自由主義経済ではなく、国民に依拠した国民のための経済を発展させてこそ、真に日本独自の道を拓くことができるのではないだろうか。



闘いの現場から

大阪都構想粉砕!

堺 一郎


■百害あって一利なしの都構想
 法的に「都」になれず、大阪府にしかならないのが都構想である。またすでに5年前に否決されたものを今度は4区に分ける事で再提案すると言うでたらめなもの。これを住民投票にかけたい維新の会が始める住民投票なるものは10月13日から期日前投票が可能になる。大阪市をつぶし、その財源を府知事のもとに吸い上げる暴政の極みの都構想は今回も否決し、終わりにしなければならない。
 まず、その無謀な計画は、IR=統合型リゾートと称するカジノの「あがり」しか当てにできるものがない。来日する中韓の富裕層はわざわざ大阪の沖に作るカジノへ行かなくても、行きたければマカオやウォーカーヒルやシンガポールあたりへ行く。しかしそれらの地域はすでに青息吐息なのだ。博打に熱狂したりしないから「富裕」なのだ。結局、博打好きな日本人を当てにするしかないが、数千円の入場料を払ってさらにギャンブル遊興できる層がそんなにいない。断言していい、カジノは破たんする。本当に儲かるなら市民経済が破たんする。

■本当の「当て」は国費投入
   維新と官邸は密議を繰り返しているが、底の浅い松井一郎が正直に暴露している。「国からお金がもらえるから、事業は大丈夫でっせ!」〜破たん確実な事業の資金を国が出してくれるという甘すぎる話に騙されてはいけない。ぼう大な損失を補填する国費は菅首相や維新のお金でなく我々の払う税金からではないか! 交換条件は、憲法改悪に維新が協力する事だというから呆れてしまう。こんな見え透いた詐欺政治に騙されない大阪市民が多数であることを祈りたい。

■あらゆる手段で否決の努力を!
 世論調査では都構想賛成が多数である。しかし最新の調査では反対が増えてきた。都構想のでたらめさが理解され出したのだ。たとえば淀川区には港区まで含まれる。港区に住んだことがあるが、区役所のある十三へ行くのは移動手段を持たない人にとって苦難の業でしかない。そもそも港区に「淀川」は関係ない。堺市に接する住之江や住吉がなんで中央区なのか。矛盾点を上げれば3桁になるのではないかと思うくらいだ。

■幅広い共闘で具体行動を一人一人がする時
 まず、期日前投票が始まっているので、現在の区役所前や繁華街での「反対に投票」を呼びかける行動に、空いた時間を使って参加しよう。場合によると少数でスタンディングも可能だ。ただ、維新は極右・ヘイトスピーチ勢力とも重なっていて、荒っぽい人物が襲い掛かって来る実例もあり、「必ず複数」が安全だ。また、いろいろな街宣車が走っているので、運転手・マイク係・手振り役などとして積極参加しよう。周辺自治体も大阪市と人的経済的生活的つながりが強い。大阪市が廃止され、落ち込んだ時、大きな被害を受ける。従って大阪市民以外も「反対投票」を呼びかける運動に、少しの時間でも参加してほしい。
 「そのうち時期を見て」はダメ。大阪市つぶしの都構想が通ってしまえば、将来失敗しても元に戻せないように、法律上なっている。立ち上がるのは今しかない。
 自民党・共産党・立憲民主党・れいわ新選組・市民運動・平松邦夫前市長系など様々な窓口があるので自分に合ったところに今すぐ参加しよう、暮らしと平和と民主主義のために!



寄稿

自民党の補完勢力としての維新

Y・S


 私は大阪府、大阪市の状況には疎いので、大阪都構想についてはあまり詳しい知識がありません。ただ、維新の政治家の考え方、その動きについては以前から信用できないという思いをいだいています。橋下、吉村、松井などの主要メンバーに共通していることは、ぺらぺらしゃべりまくり、その主張は一見理にかなっているように聞こえるけれど、その内容は薄い。「制度を変える、法律を変える」と派手な言動はあるが、ではどうやって日本を立て直すかの思想が感じられないということです。
 コロナ感染症についても吉村知事が自治体の首長として傑出した手腕を示したと評価されていましたが、今回感染が再燃したとき、決して大阪府が万全の体制を取れているのではないことが明らかになりました。和歌山県仁坂知事の地味ではあるが着実な対応に比して明らかに差があります。橋下氏はコロナ感染症の対策について「専門家の意見は尊重するが、最後に決めるのは政治だ」と口癖のように述べています。システム的にはその通りではあるかもしれませんが、彼の言動からは「住民を統治の対象とする」「人を支配する」という意識が非常に強く感じられ、実際に権力を握った時は自民党よりも強権的な政治が行われるのではないかと思います。
 この度の安倍辞任、菅首相就任の過程でますます明確になってきたのは、自民党の補完勢力としての維新の姿です。関西の地域政党から全国制覇をめざしましたが、その始めの一歩である大阪都構想の否決により一時頓挫し、橋下氏も抜けました。しかし今回の政変により再度勢力を拡大するチャンスが到来したと見て、いよいよ真の姿を露骨に見せ始めています。
 まずは臆面もない安倍政治の評価ならびに擁護です。「誰がやっても100%正しい政治ができるわけがない。悪い所ばかり見つけて批判するのではなく、良い所も認めましょう」と安倍政治をまず評価して擦り寄り、そして「公文書改竄や廃棄だけは良くなかった」と少しだけ批判する。「あのことだけは良くなかった」などというのは単なる感想に過ぎない。本当に批判するならば、「公文書改竄や廃棄について再度調査し、犯罪として立件すべきである」と述べるべきです。橋下氏は法律の専門家としての誇りを持っており、法律論を振り翳しての論争を得意としていますが、公文書改竄という国家的犯罪については明らかに追求が甘い。是々非々と言いつつ、結局批判は形だけであって総体的には安倍政治を擁護することになっています。
 そして、菅新首相は安倍首相よりもさらに維新に近く、その政策や手法に共通点が多いと思われます。「最後は政治家が決める」「政権が決めたことに反対する官僚は左遷する」「国や行政に頼る前にまず自分で努力せよ」という強権的な政治手法は共通したものです。また経済についても、IR推進、インバウンドによる経済活性化、万博など基本的な考え方が近いと思われます。菅新首相が田舎育ちであるから、それだけで庶民的で地方重視などということはない。マスコミが「土のにおいのする新宰相、庶民派宰相誕生」などと持ち上げていますが、彼に土のにおいなどしません。以下昨年の報道ですが、
 「菅義偉官房長官は7日、外国人観光客の誘致に向けて世界の一流ホテルを国内に50カ所設ける考えを示した。国内で多くの消費活動が見込める海外富裕層を呼び込みやすい環境を整える。事業規模で28兆円の経済対策に盛り込んだ財政投融資を活用する。視察先の熊本空港で記者団に語った」。
 菅新首相のインバウンドによる地方経済活性化というのは、「世界の一流ホテル」「海外富裕層」などというものであり、その発想は庶民派からはほど遠いものです。以上のことも長沼さんの論文(206号)にある外資導入とも共通していると思います。維新はまだ切り札の政権参加は先に取っておくようですが、今のまま進むと自民党と手を結んで権力の中枢に入り込む可能性が高い。自民党が公明党ではなく維新と連携する。その時には改憲が現実のものとなるのではないでしょうか。大阪都構想が実現し、菅政権が一定の支持を得るならば一気に改憲に向けて進む危険性がある。少し論点がずれましたが、私はそのような観点から長沼さんの論文を読ませて頂きました。



随想

たかがマスク、されどマスク、すごいなマスク

金子恵美子


 今年はコロナで始まりコロナに終わる一年になりそうだが、私が選ぶもう一つの今年の顔は「マスク」。
 誰にも注目もされず、密やかに人の役に立ちながらも、10枚百円などという廉価で売られ、一日でゴミ箱や道端に捨てられる運命にあったマスク。そのいつでも手に入って当たり前だったマスクが、新型コロナの流行と共に、かつてトイレットペーパーがスーパーの棚から消えたように、アッと言う間に品薄状態になり、価格は高騰し、超貴重な品物に変身した。マスクを人に上げてこれほど感謝されたこともなかったし、洗って何回も使用するなどという丁寧な扱いを受けたこともなかったであろう。多くの手作りマスクも登場した。
 そこに姿を現したのが「アベノマスク」。誰が命名したか、悪法の成立は数々あったが、「歴代最長の総理」という以外残したものの無かった前総理の名前を後代に遺すものとなった。あの小さくて使い勝手の悪いマスクをかけ続けた安倍前総理の顔は忘れたくとも忘れられそうにない。なんだか漫画みたいだったが、そばで進言してあげる人は誰もいなかったのだろう。
 そして今年、人々の心に深く刻まれたのが「ナオミマスク」であろう。言わずもがな、テニス全米オープンで大坂なおみ選手がつけた7枚のマスク。マスクには警察官などの暴力で命を落とした黒人被害者の名前が一人ずつ記されていた。
 大坂選手は、決勝までの7試合に合わせて一枚ずつ使用し、全部使い切って優勝を果たした。そして優勝者インタビューでマスクに込められたメッセージは?という記者の質問に対し「あなたは何を受け取ったの。それが大事なこと」と答えた。心臓のど真ん中に打ちこんでくる直球ボール。「私はアスリートである前に一人の黒人女性です。私のテニスを見てもらうよりも今は注目しなければいけない大切な問題がある」「自分の身におこったことでないからといって、何も起こっていないわけではない」。ハイチ出身の父と日本人の母をもつこの22歳の女性の言葉は、トランプのハチャメチャなアメリカ、終わらない「アベ政治」への疲れで倦んでいる心臓へのカンフル剤のように血を通わせてくれる。
 そんな大坂選手の万感の思いが込められた7枚のマスク。まさに今年一番のヒーローマスクであろう。このマスクたちはその後どうなったのであろうか。差別と抑圧のない世界に寄与した賞があるなら受け取る資格が十分すぎるほどにあるだろうし、そのようなミュージアムがあるなら特等席におかれても誰も文句は言わないだろう。
 「アベノマスク」と「ナオミマスク」、色あせてしまったマスクと光輝いたマスク。どんな目的で何に使うか、結局は志の違いだ。「ナオミマスク」に込められた志とは何であろうか。「Black Lives Mater」(黒人の命は大切だ)、「黒人の命も大切だ」にするか、はたまた「全ての命は大切だ」にするかで議論もあるようだが、「も」にしたら二次的な感じがするし「全て」にしたら問題がぼやけてしまうので、私的には「は」が一番しっくりくるが、あまりに大切にされてこなかった黒人の人々の命を通して、一人一人の命の尊厳と重みを、その痛みを知らず考えもせずに生きていられる絶対多数の世の人々に投げかけたのだと思う。それによって起こった心臓のさざ波を私たちは一時の波立ちとして静まり返してはならないのだ。その為にも一篇の詩を心に刻もうと思う。



 

存在

川崎洋


「魚」と言うな
シビレエイと言えブリと言え
「樹木」と言うな
樫の木と言え橡の木と言え
「鳥」と言うな
百舌鳥と言え頬白と言え
「花」と言うな
すずらんと言え鬼ゆりと言え
さらでだに
「二人死亡」と言うな
太郎と花子が死んだと言え


ホーム      ▲ページトップ


「アジア新時代と日本」編集委員会 〒536-8799 大阪市城東郵便局私書箱43号