研究誌 「アジア新時代と日本」

第20号 2005/2/5



■ ■ 目 次 ■ ■

時代の眼

主張 戦後60周年、アジアの中で「新しい歴史」の創造を

研究 アジア安保と日本の平和

文化 −幸田真音 著 「代行返上」を読んで− 年金問題・忍び寄る米国の陰

朝鮮あれこれ 農村のメタンガス化、実現段階に

後書



 
 

時代の眼


 小泉構造改革で郵政民営化は本丸だそうです。その実現を今国会の最重要課題として提起しながら、小泉氏は「私の本懐だ」とまで言いました。だが、この最大級の力みとは裏腹に、まわりは白けています。国鉄民営化のときは、それでも国鉄が赤字でした。しかし、郵政事業の場合、黒字続きでそれが国家財政の重要な源泉になっています。なのに「何故」ということです。
 これに対し、郵政民営化担当大臣である竹中平蔵氏は、郵貯や簡保で扱っている350兆円が民間に回るようになるからだと言っています。が、これでは説明になりません。重要なことは、金が民間に回るようになればどうなるかです。
 そこで懸念されるのが、改革の原理でもある市場原理、競争原理から見て、「民間」といったとき、それは多分に強者であるアメリカの「民間」、中央や都市の「民間」を意味するようになるということです。すなわち、民営化が米系外資によるジャパンマネーへの支配強化や地方や農村の零落を生み出すのではないかという懸念です。
 実際、それは決して杞憂ではありません。もともとこの改革がアメリカの強い要望に基づいたものであること、そして今現在、アメリカ金融界の熱い視線がここに注がれており、2月の初めには、米生命保険協会(ACLI)会長の来日が予定されていることなどはそれを十分に裏付けるものです。一方、過疎地の郵便局がなくなり、そのさらなる過疎化が必至という声はますます切実になっています。
 だが、竹中氏はそんな懸念などどこ吹く風です。氏が仕切る郵政民営化の「官邸コンファレンス」にコロンビア大日本経済経営研究所長やエール大教授などアメリカの有識者を公然と引き入れる一方、「過疎問題」に関しては、「ユニバーサル(全国一律)サービスを義務づければ大丈夫だ」と一蹴しています。
 氏は一体何を考えているのでしょうか。すでにアメリカの金融界は、そのユニバーサルサービスにあからさまに反対して出てきています。竹中氏をはじめ日本政府がこうしたアメリカの干渉に抗し、どれだけ地方、地域の利益、ひいては日本と日本経済の利益を守れるのか、なんの担保もないというのが現状だと思います。
 アメリカの言いなりにならず、地方、地域、ひいては日本を大切にし、人々の居場所と幸せをそこに求める立場にしっかり立ってのみ、やみくもに市場原理、競争原理を導入することなく、国民のための真の郵政改革を行っていくことができるのではないでしょうか。


 
主張

戦後60周年、アジアの中で「新しい歴史」の創造を

編集部


■「歴史」が外交の前面に
 「60年」という数字は、東洋にとって特別な意味を持つ。還暦に代表されるように易の考えはまさに60年を一つの区切りとしているからだ。日本の敗戦60周年は、アジアにとって「抗日勝利60周年」に当る。今年、アジアの焦点の一つに「歴史問題」が浮上するのは避けられそうにない。
 昨年暮、チリで開かれたAPEC首脳会談で、中国の胡錦涛主席は「歴史は避けては通れない。適切に対処して欲しい。とくに来年は反ファシスト勝利60周年の敏感な年だ」と小泉首相に述べている。
 その中国では、北京・盧溝橋の「中国人民抗日戦争記念館」の改装が進む。「日本軍国主義による人民虐殺、植民地統治などの犯罪を充分に展示する」ためだ。ロシアが主催する「反ナチス、ドイツ勝利60周年記念式典」にドイツは首相派遣を決めているが、アジアでも「対日勝利60周年」を記念した国際的式典をという構想が中国にはあるという。
 一方、韓国との間では解放60周年に加えて、日韓基本条約40周年を迎える。
 両国政府は今年を「日韓友情年2005」と定め、各種の行事を計画中だが、韓国との間でも歴史問題は積み残されたままだ。昨年、韓国議会は「慰安婦の名誉・人権回復のための歴史館建立」を求める決議を採択した。盧大統領も「今も親日の残滓が清算されず、歴史の真実さえ明かにできていない」として親日派の「糾明法」を作った。その一環として日韓基本条約の策定の外交文書開示も始まっている。折しも今年は、閔妃暗殺事件110周年、韓国の外交権を剥奪した「乙巳保護条約」締結100周年に当る。
 日本国内では、これらの動きに反発する気運が高い。中国原潜による領海侵犯や東シナ海でのエネルギー開発などに対する反発が「反中」ムードを増幅している。このまま行くなら、日本は「戦後」を引きずり続けるしかない。

■「個益」でなく「国益」からアジアに対すべき
 文芸春秋1月号は、「(中国は)日本経済の救世主か、反日の巨人か」と題した特集を組んだ。「救世主か、反日か」という言葉が、今の日本と中国の関係を端的に示している。小泉首相の靖国参拝をきっかけに日中首脳の相互訪問は三年間も途絶えたままで、政治的関係は冷え切っている。一方、日本経済は中国特需に沸いている。日本が長期にわたる景気低迷からやっと抜け出せたのも中国市場のおかげだ。日本の対中輸出は572億ドル。前年比で43%の増加と、昨年は対米貿易を抜いて中国が最大の貿易相手国となった。
 冷え切った政治関係は、経済にも響く。国家プロジェクト級の大型プラントを日本企業が受注できなくなってきているからだ。奥田経団連会長や、新日中友好二十一世紀委員会座長の小林陽太郎(富士ゼロックス会長)ら財界首脳の靖国参拝批判が相次ぐ中、これら財界人に対する右翼の脅迫も続いている。
 日本経済にとって中国市場は不可欠であることは事実だ。だからといって、経済を理由に政治で譲歩を迫るというのは確かに間違いだろう。もし、「戦死者への追悼というのは、国家としてのあり方の根本原則にかかわる問題」というのなら、それは政治家としての一つの見識であって、外国から何を言われようと筋を通せばよい。
 しかし、この論理は日本の侵略を受けた国には通用しない。中国が問題視しているのは、「戦犯の合祀」問題である。なぜ戦争犯罪人を祭った靖国に首相が参拝するのかという疑問なのである。それは「反日」でもなければ、中国が自国の利益からだけで問題視しているのでもない。国を超えた普遍的な歴史認識にかかわる問題、アジア侵略の歴史に日本の首相としてどう向きあうのかという「国の根本」にかかわる問題だからだ。靖国参拝についてはアジアだけが問題視しているわけではなく、国内でも自民党内でも強い批判があることを忘れてはならない。
 自己の歴史を正しく認識し、襟を正すというのは、決してアジアのためではなく、日本のために必要なことである。それを「自虐」であるとか、「内政干渉」だとか捉える必要はない。もし本当に日本が歴史に対して真摯に襟を正すことができるなら、この「負の遺産」は、貴重な「歴史の遺産」に転ずることが可能だ。
 「開かれた国へ」というのは、この数年間の日本の「合言葉」だった。だが、それは主には経済分野の市場開放を意味しただけだった。靖国に象徴されるように、日本はいまだアジアに対しては「開かれた国」になっていない。アジア諸国からの声に耳を傾け、その要求をうけ入れ、理解する。そして経済的にも政治的にもアジアと固い絆を築くこと。そこに日本の国益はある。小泉首相の靖国参拝は、遺族会などの自民党の選挙基盤のため「個益」のためだ。これら「個益」を脱し、真の「国益」の観点に立つことである。戦後60周年は、その絶好の機会でもある。

■東アジア共同体元年
 今年は、「東アジア共同体」つくりの元年の年になりそうだ。今秋にはASEANと日本、中国、韓国による東アジアサミットがマレーシアで開かれる。3月にはフィリッピンでASEAN外相会議、5月には京都でASEANと日韓中の外相会議が予定されている。ASEAN6ヶ国ではほとんどの商品関税が5%以下と市場統合が加速している。2020年の包括的統合めざし、経済統合を超えた憲章の起草や共通の価値観つくりも始まる。
 東アジア諸国の関係が経済統合を含めこれほど密接になったことはかつてなかった。過去の侵略の歴史へ思いを致すとき、日本の責任は二重に重い。折しも、今年はバンドン会議50周年行事がインドネシアで開催される。100カ国近いアジア、アフリカの首脳が出席するという。域外からの不干渉と域内の主権尊重、紛争の平和的解決を内容とするバンドン精神に日本はどのように向きあうのか。
 EUは、欧州の歴史的、文化的共通性を基盤に統合を果した。アジアは欧州よりもはるかに歴史も文化も地理的にも多様性がある中で、何を共通の基盤に統合を果すのか。
 そこには儒教や仏教、漢字などの文化的共通性もあるだろう。しかしそれ以上にアジアに共通なものは、アジアを侵略した列強に対する反抗と解放の戦いであり、この歴史の共有ではなかろうか。バンドン精神はそれを基調としている。そのアジアの中で日本だけはアジアの側でなく、欧米列強の側にあった。欧米列強の側にあった日本にとって、この歴史の共有とは、アジアの一員として自らのアイデンテイテイを「創り出していく」ことに他ならない。

■先人の果せなかった夢の実現へ
 アジアを貫く共通の原理の探求は何も今に始まったのではなく、実は100年前から続いている。日清戦争前夜、内村鑑三は、この戦いは領土や植民地を目当てにした欧米の戦争とは違うと信じていたし、1900年前後、岡倉天心は「アジアは一つ」と言った。1930年代の「大東亜共栄圏」「近代の超克論」に至るまで、新しいアジア共通の原理を求めた試論は数多くあった。
 そして日本は「大東亜共栄圏」や「近代の超克」を掲げ、欧米と対峙した。欧米列強からのアジアの解放を、その戦争の大義名分にしたが失敗した。なぜか。
 本当の意味での「共栄」でも、「近代の超克」でもなかったからだ。孫文が「日本は西洋の覇道ではなく東洋の王道につくべし」と言ったが、その孫文が危惧した「覇道」に立ってしまったからだ。
 だからと言って、アジアの解放、大東亜共同体という、先人が模索した試み、それ自体は間違っていない。今、読み返してみても、日本人の心に響くものがある。
 かつての日本人の多くは、この「アジアは一つ」の理想や「アジア解放」を信じて戦った。靖国に祭られている戦没者の多くはそういう人たちだろう。もしそうであるなら、アジアの一員として、アジア諸国の信頼をかち取り、アジアの真の友人になることこそ、戦争でなくなった戦没者に対する追悼ではなかろうか。
 この先人たちの果せなかった100年来の夢を、今こそ果すときである。どのように失敗や過ちに対する反省を真摯に行い、未来に向けての国家像、アジア像に結実させていくのか。かつての日本中心のアジア観を捨て、「新しい歴史」をともに創り出していくことである。具体的にはバンドン精神に立脚した東アジア共同体を築くことだ。そうしてこそ日本はアジアから信頼を得ることができる。それが「戦後」と決別した、新しい日本の出発点になることは間違いない。


 
研究

アジア安保と日本の平和

魚本公博


 今年は「東アジア共同体元年」と言われている。それは、今年マレーシアで「東アジアサミット」が開催され、東アジア共同体に向けての動きがいよいよ本格化するからである。
 東アジア共同体は、経済だけでなく安全保障の面でも互いに協力して地域の平和を守ろうという、安保共同体を築く動きを伴っている。
 ARF(ASEAN地域フォーラム)はすでに、「ARF安全保障政策会議」を発足させ、「安保共同体」を前進させる行動計画案を作成することに合意しその研究を深めている。その行動計画に基づいてインドネシアが昨年、PKO部隊を傘下にもつ平和維持センターの創設を提案したが、各国は、内政不干渉の原則を崩すのではないかと懸念を表明した。
 ASEAN諸国の原則的立場は「バンドン精神」にある。その内容は、域外からの介入の拒否、域内での内政不干渉、紛争の話し合いによる平和的解決などであり、その基本精神は、各国の自主権の尊重という点にある。ASEAN諸国は、その基本精神に基づく東南アジア友好協力条約(TAC)を結び、東アジア共同体の加盟表明国にもその締結を要求している。
 アジア安保は、この基本精神を基軸に考えられているということなのであり、またそのようにしなければならないと思う。
 日本ではアジア安保を集団安保のように考える向きがあるがそうではない。集団安保の典型は国連である。それは加盟国が武力行使を相互に禁止し、それに違反した場合、制裁を加えることを認め、それによって戦争をなくそうというものである。しかし、どの紛争を制裁の対象にするかは国連を牛耳る一部の国によってなされるという問題が生じる。実際、米国はこうして地域や各国内部の紛争を都合よく利用してきた。
 集団安保はまた、外部からの侵攻に対して集団で防衛するという意味で捉えられる場合もある。NATOがそれであるが、これは国際法上では集団的自衛権を行使する軍事同盟と考えられている。アジア安保はNATOのような集団的自衛権を行使するための軍事同盟でもない(私見では、アジア安保が域外の米国などの武力干渉に反対する軍事同盟になればおもしろいと思うが現実的ではない)。  アジア安保は決して集団安保にも集団的自衛権を行使する軍事同盟にもなってはならない。
 それは、域内の紛争を裁定し制裁を行うとか、それを域内の有力国が決めるというものにしてはならないということであり、ましてやこれが地域の軍事同盟になったり、軍事的な共同行動をとるものになってはならないということである。アジア安保はバンドン精神に基づき、各国の自主権を尊重し、域外からの介入を禁止し、域内の内政不干渉、紛争についてはあくまでも話し合いで平和的に解決する、そうしたものとして形成発展させなければならない。今後、平和センターや協議機関を創設するなど安保を実体化する取り組みが行われるにしても、この基本原則を崩してはならないと考える。
 こうしたアジア安保の考え方、取り組みを米国は快く思ってはいない。彼らは、これを何とか米世界戦略に服属する軍事同盟のようなものにできないかと考えている。そのために彼らがとる一つの方向は、これを東アジアに局限するのではなく米国も含めたアジア・太平洋の安全保障にしようということであり、そのためにAPECに安全保障の機能をもたせようとしている。もう一つは、東アジアに米軍主導の軍事的取り決めを作りながらアジア安保をNATOのようなものにすることである。
 今回のインド洋大津波に際して、米国が直ちに軍隊を派遣しオーストリアや日本と「有志連合」を形成し、それによって「災害救助」を主導しようとしたのも、あるいは、19日の米上院公聴会で、ライス国務長官がひんしゅくを買った例の「(大津波は)絶好の機会」発言も、こうした機会に米国主導の軍事行動を東アジアにおいて実現しようとする米国の意図を表している。
 日本は、この米国の意向に従って動いている。一昨年、東京でASEAN諸国と東アジア共同体について会合をもったとき、「安全保障についてのトータルな協力」や「海賊対策」を宣言に盛り込ませた日本は、今回の大津波では、国際緊急援助部隊の創設などを云々し、直ちに自衛隊を派遣し米軍の「有志連合」のような動きを示したし、大野防衛庁長官は、「マラッカ海峡の平和と安全は日本にとって死活的な問題である」(自衛隊の災害援助とどう関係があるというのか)と発言している。これに対しシンガポールのテオ国防相は「安全確保は沿岸諸国が一義的に責任をもつべきことだ」と反論し、アジア各国にも「日本への警戒」が高まった。またインドネシアは3ヶ月以上の外国軍の駐留は許されないと再三表明している。
 アジアのこうした発言や態度は、まさに自主権尊重のバンドン精神から見れば当然なものである。しかし、日本は、その当然のことを分かっていない。
 今年は改憲に向けた動きも急を告げそうである。小泉政権は、「憲法改正国民投票法案」を4、5月に提出しようとしている。また、衆参両院の憲法調査会もこの時期に最終報告を出し、自民党は結党50周年の11月15日に改正案を出す。その後、再来年の参院選挙時に衆院を含めた同時選挙にして、この時に憲法改正の成否を問う投票を実施するなども取りざたされている。「憲法改正国民投票法案」で有効投票者数の過半でよいなどと決められれば、改憲の可能性も高まる。
 今、時代に合った憲法をということで、口当たりのよい、新しさを出した様々な案が提案されているが、いずれにしても、焦点は「自衛隊の認知」と「集団的自衛権の行使」である。
 これについては、再三述べているように、現憲法は、決して自衛権を否定するものではないが、しかし、自衛の名で海外侵略できないように、自国領域に侵犯があったときにこれを撃退する撃退自衛のみを認めたものだ。
 日本が自主権を守るために専守防衛の撃退自衛路線を強化することと、他国の自主権を尊重し域外の介入を許さず、互いに内政干渉せず、紛争に対して平和的に話し合いで解決する新しい形の安保体制をアジアに築くことは、自主権の擁護尊重という立場で共通する。
 そして、この二者の結合こそが、真に日本とアジアの平和を守るものになると信ずる。


 
文化 −幸田真音 著 「代行返上」を読んで−

年金問題・忍び寄る米国の陰

若林佐喜子


 年金問題の内幕小説という見出しに興味をそそられてこの本を手にしてみた。
 「代行返上」とは、聞きなれない言葉であるが、代表的な企業基金である厚生年金基金が公的年金の運用・給付の代行業務を国に返上することである。
 厚生年金基金は母体企業とは別の法人として設立され、これまで企業独自の年金の上乗せ部分業務と従業員の厚生年金の徴収、給付、運用の一部を国に代わっておこなってきた。
 全国の厚生年金基金全体の資産規模は約60兆円、代行部分は約半分の30兆円。トヨタ自動車(本ではトミタ)の場合、基金の積立総額は6千億円。代行部分は4割の約2千500億円。その内、3割が海外で7割が国内で運用。国内運用の内、4割が国内債券、3割が国内株、2割が海外株、1割が外国債券である。
 この本が書かれた2003年4月当時、厚生労働省から返上を認可された基金は511、全体のほぼ3分の1に達した。返上認可を受けた各基金はこれまで積立てきた資産を返却するようになる。返却方法は株式や債券を現金で返すか、そのまま現物で返すかである。
 年金改革、年金問題と言えば、「少子高齢化時代の到来」、保険料の引き上げ、給付額の引き下げ、未加入、未納問題がクローズアップされた。だが、この本を読むと年金問題の根本は違うのではないかという疑問がわいた。
 なにを今更、と言うかもしれないが、サラリーマンが毎月天引きされている年金保険料はそのまま基金に眠っているのではなく、上記でみたように株、債券などに投資、資金運用されている。
 代行システムは1966年に企業側からの提言で始まった。当時の日本は金利が5%〜6%の時代であり年金資金運用は企業側にとってもメリットがあった。しかし、現在は超低金利化と長引く不況下にあって代行業務のメリットがなくなった。また、企業の会計制度が時価会計に変わり、企業の収益見通しが市場次第でモロに振れることになった。従って、「代行返上」なのであるが、理由はそれだけではない。トヨタや日立などの大企業は代行返上して、リスクを個人が負うようになるという確定拠出型、日本型401kへの移行という思惑があった。
 代行返上の背景にはこのような構造改革路線、競争原理の導入による経済環境の激変とともに、アメリカ経済に従属する日本経済の実態と外資の日本への参入問題がうきぼりになってくる。
 そもそも日本が低金利政策をとらざるをえなかったのは、双子の赤字をかかえる米国に日本の豊富な資金を流入させドル体制を維持するという米国の要求でもあった。
 また、外資を積極的に導入する日本の経済構造改革路線は、巨額な外資の参入をうみ、代行返上にともなって莫大な年金資産はその外資の運用対象となる格好の標的となっている。こうしてみると、アメリカの言いなりに超低金利対策を続ける対米従属経済のあり方からも、年金問題をとらえかえさなければならないのではないだろうか。


 
朝鮮あれこれ

農村のメタンガス化、実現段階に

若林盛亮


 朝鮮では、情報産業時代に即した最先端ハイテク技術開発と平行して、手軽で実用性の高いローテク開発に力を注いでいる。米国の横やりで原発開発が中断させられるや、全国各地で中小規模水力発電所をつくる様々な技術的考案が創造されたのも、その一例だ。事実上の経済制裁の中、いかに民間、地方の潜在力、創造力を引き出すか、最近の成功例は、農村メタンガス化の実現である。
 メタンガスは、農村ならどこにもある稲藁、家畜の排泄物を原料とする。また家庭用ガス、トラクターや田植機など農機動力源、そして家庭用発電源として幅広い用途を持ち、さらには廃棄物の利用で環境に優しいクリーンなエネルギー源として、その一般化に取り組まれてきた。
 この間、各地の協同農場での実用化の成功は、大きく二つの問題をクリアしたことにある。一つはガス製造タンク問題、また一つはトラクター、トラック搭載のための高圧圧縮ガス化問題、この二つを技術的に解決したことにあるとされる。
 実用化の障害となったのは、ガス発生時の内圧でコンクリートタンクにひび割れが生じ、空気の侵入によってガス発生活動が阻害されることであった。実験を重ね、セメントを石鹸水で混合、セメント粒子の結合を緊密化、またセメント壁塗装作業を5回に分け五層の防御壁をつくる方法でひび割れ防止に成功。鉄板にすればよい問題ではあるが、セメントにこだわるのは、原料が各地に豊富な石灰石でこそ全国の農村で導入可能だからだ。「全国どこでも、誰でも簡単に」がキーワードだ。
 次に高圧圧縮ガス化問題は、圧縮装置のピストンを二層にする方法で10倍の加圧を得ることで解決。エンジン部品を腐食させる炭酸ガス、硫化水素といった不純物は、石灰水−水−鉄片を通過させ炭酸カルシウム化、硫化鉄化させ除去。以前は、気球様のビニール膜に大量のメタンガスを詰め田植機を動かす程度の動力源でしかなかったが、高圧圧縮ガス化成功によって小型ガスボンベに詰めて搭載、トラック、トラクターもメタンが動かす。
 製造過程で出た廃棄物は、17種のアミノ酸、14種の微量元素を含み、肥料に、養魚や養豚など飼料に、種子処理剤に利用。廃棄物ゼロに近い。
 経験では、50立方メートルのタンクで日産25立方メートルのメタンガスを産出。60町歩を担当する一作業班にこの規模の製造タンクが二個あれば、各々二十日間ずつのローテーション生産で一作業班の機械化に必要なエネルギーは得られる。4〜5月農耕、6月田植え、7〜8月草取り、9〜11月運搬、脱穀、12月家庭用照明など代替電源、1〜2月カマス生産とメタンガス様々の一年となる。
 朝鮮に「天が崩れ落ちてもはい上がる穴はある」という諺がある。米国による歴代の経済制裁が生み出した農村のメタンガス化は、アメリカの経済制裁を受けようとも生きる道はあるというアジアのメッセージだと受け取りたい。


 
 

後書

小川 淳


 戦後60周年を迎えて思ったのは、かつてアジアと共に歩もうとした先覚者たちの姿でした。「アジアは一つ」と岡倉天心が提唱してからおよそ100年。いま改めて思うのは「アジアとは何か」ということです。
 今日、アジアを一つに結びつけているのは、かつての欧米列強と戦ったという「歴史」です。その帰結としての「バンドン精神」に基礎しつつ、経済市場統合とともに新しい「アジア安保」を模索する動きが東アジアで高まっています。
 ブッシュは就任演説で、新たな目標に「圧制からの解放」を掲げました。北朝鮮、イラン、ミャンマーの名前が挙っていますが、ブッシュ反圧制戦争の主なる舞台もまたアジアです。
 この二十一世紀のアジアで、日本はアジアにどのように向きあうのか。100年前と同じく、日本の未来はここにかかっていると言えそうです。


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