研究誌 「アジア新時代と日本」

第195号 2019/9/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 改憲阻止の大攻勢を!

議論 地方・地域は戦後政治大転換の戦場の一つ

時事 香港によせて

寄稿 対立深める日韓両国




 

編集部より

小川淳


 観光客数で沖縄がハワイを抜いたという。経済に関する展望が暗い中で、一つの明るい話題だ。2018年の沖縄の観光客数は999万人で(ハワイは995万人)、沖縄がハワイを抜いたのは今回が初めて。沖縄を訪れる観光客の内、外国人観光客は300万人で、沖縄の人口が144万だからおよそ倍の外国人人が沖縄を訪れていることになる。
 南北400キロに及ぶ広い海域に浮かぶ琉球諸島は、本土から遠く、土地も狭く、資源に乏しいなど地理的制約から、高度成長から見放され、経済発展から長い間取り残されてきた。しかし、近年、東アジアが急速に発展を遂げる中で、東京や北京、香港などの等距離にあり、東アジアの中心に位置するという琉球の地理は、制約でなく逆に優位性があることが明らかになってきた。
 歴史をひも解くと、元々、沖縄とアジア諸国との結びつきは強く、15世紀から19世紀まで続いた琉球王国時代には、東アジアの交易の拠点として、日本、中国、朝鮮、東南アジアと広く交易し、琉球王国の維持と経済的繁栄を誇ってきた。東アジアの新しい時代を迎える中で、再び琉球が経済の表舞台に登場する時代を迎えたといえよう。
 ただ、沖縄の貧困は深刻で、一人あたりの県民所得は最下位、非正規雇用は45%で全国一だ。沖縄に多いコールセンターや観光、飲食業の賃金は低く、子供の貧困率が全国平均の2倍に達し、3人に1人が貧困状態という。この経済状況からの転換をめざして2011年に策定されたのが「沖縄21世紀ビジョン」で、主な内容は、「アジアの協調」「県民のセーフティネットの充実」「県の環境と文化を生かした経済的自立」の3本柱だ。このビジョンの基底にあるのが東アジアの交易の中心地として栄えた琉球王国の歴史的伝統だった。
 そしてこの策定に大きな力を注だのが翁長さんや翁長県政を支えてきたオール沖縄の人々だったという。沖縄はこのビジョンを着実に実行に移してきた。那覇空港の滑走路拡張と韓国や中国などの国際線の拡大、那覇港への外国船の積極的誘致、さらには台湾や中国、香港、韓国への観光コンベンションビューローの強化など、県を挙げて続けてきた。その成果がいま表れてきている。
 これからの沖縄の未来を考えるとき、最大の桎梏となってくるのが、沖縄に7割が集中する米軍基地の存在だ。基地返還跡地を再開発した地区では、直接経済効果が返還前の28倍もあり、基地の存在は沖縄の発展を阻害していることは明らかだ。沖縄の人たちは何度も基地反対の民意を示してきた。その根底にあるのは、過酷な戦争体験から「平和の島」への想いがあるのはもちろんだ。同時に、豊かな沖縄の未来を実現したいという願いだろう。東アジアの時代的転換、その熱い息吹を最も感じるのが沖縄だ。



主張

改憲阻止の大攻勢を!

編集部


 この間、改憲への動きが新たな強まりを見せている。それをどう捉え、それにいかに対処するかは、日本の政治、日本の命運にとって極めて重要なことなのではないかと思う。

■いつもと違う改憲への動き
 改憲を党是とする自民党政権は、この六十数年間、一、二度の中断を経ながらも、一貫して改憲策動を続けてきた。特に、代を継いだ改憲論者、安倍首相の下、それは一段と強まって来たのではないか。そうした中での新たな改憲への動き。それを迎え撃つ野党の対応には、もう一つ切迫感が感じられない。それで果たしてよいのだろうか。
 今回の改憲への動きには、いくつかのいつにない特徴がある。その一つは、先の参院選で、安倍政権の方から積極的に改憲を争点にしてきたことだ。これまで自民党政権は、「改憲」を騒ぎ立て、その世論化を図りながら、いざ選挙になるとその争点化は避けてきた。一つは、それが選挙に不利であるため、もう一つは、それが彼らにとっても、それほど切迫した要求になっていなかったからだ。だが、今回は違っていた。
 もう一つの特徴は、参院選で、改憲に必要な国会の三分の二議席数の確保に血眼だったことだ。自民党票を国民民主党へ回し、同党の改憲派への取り込みを図ったこと。「N国」をでっち上げて無党派浮動票の吸引を図り、選挙後直ちに立花代表に改憲派宣言を行わせたこと。等々。
 特徴はまだある。決定的なのは、参院選に先立って、米トランプ大統領の「日米安保破棄(直後に『改訂=安保の双務化』に修正)」発言が飛び出し、ダンフォード米統合参謀本部議長の「有志連合への参加要請」がそれに続いたことではないだろうか。実際これらは、実質上の米国による改憲要求だと言ってもよいと思う。日本が「九条」を修正して「軍」を持ち、「戦争できる国」にならなければあり得ないことだからだ。これほど露骨な米国による改憲要求がなされたのは、かつてなかったのではないか。

■米国は、なぜ「改憲」を求めるのか?
 米国はこれまで「改憲」にはそれほど積極的でなかった。と言うより、それを抑えてきた側面が強かった。その米国がなぜ今「改憲」なのか?
 一つには、米国の力が落ちたということがあると思う。だから、「自分の国は自分で守れ」と言いながら、日本に軍事支出、軍事動員させ、米国とともに戦争できるようにして、米覇権力を補強、増強すると言うことだ。
 だが、単にそれだけか。より重要なのは、改憲が米覇権戦略の転換とより深いところで連動しているという点ではないかと思う。
 米国は、今、破綻したグローバル覇権から、新たなファースト覇権への転換を急いでいる。
 国と民族そのものを否定して覇権するグローバル覇権が世界的範囲で高まる自国第一主義を前に破綻した今日、国と民族を認め、各国が自国の国益を第一にするのを認めながら覇権するしかなく、そのためには、各国がアメリカ・ファーストの中に自国ファーストを見出し、米国の国益を自国の国益にするようにするしかない。
 そのための鍵は、何よりも宇宙、IT分野など、米軍事・経済力の圧倒的な強化であり、それに基づく、各国軍事・経済と米国軍事・経済の融合・一体化を図ることではないだろうか。日本はそのための「模範」「典型」であり、改憲は、それを完成させるものに他ならないのではないか。
 今日、米国は、南北朝鮮と自らの融合・一体化を狙っているように見える。そのための「戦争と敵対から平和と繁栄」への時代的転換であり、国交正常化に向けた朝米首脳会談の繰り返しなのではないか。まさにそのために、米国は、南北が平和と融合、繁栄と統一に向かうのにも表だった妨害は控えているのではないか。
 東北アジア新時代とその下でのこうした南北朝鮮と米国の融合・一体化策動にとって、日米融合・一体化は、そのための模範となり、南北朝鮮に睨みを利かせ、経済浸透するための軍事経済的覇権力形成になるものだと言えると思う。
 米国による改憲への督促の背景には、対中国、対ロシアの覇権戦略とともに、こうした事情が隠されているのではないだろうか。

■国民が求める戦後政治の大転換
 今日、戦後日本政治の大転換を要求しているのは、米国だけではない。米国以上に転換を求めているのは、日本国民に他ならないと思う。
 事実、この数十年、日本国民は、政治の転換を求め続けて来た。1990年代前半の政権交代、2000年代に入っての「小泉改革」、そして、2009年、民主党による政権交代、大阪維新の会など地域政党の台頭、オール沖縄やSEALDsによる闘い、都民ファーストの出現、そして「れいわ新選組」の登場と、戦後政治の転換を求める日本国民の意思を反映し盛り上がった政治と運動の小史には枚挙にいとまがない。
 この古い政治に対する抜きがたい不信と怒り、新しい政治への熱望は、ついに叶わないまま、先の参院選に見られた、史上二番目に低い48%にまで落ちた投票率、一方で、「れいわ」演説会場に満ちた熱気として現れている。
 こうした数十年の小史を経、今に至るまで日本の政治と運動に貫かれて来たのは、古い戦後政治の転換を求める日本国民の意思と要求だ。この国民的意思と要求があっての政治、運動の盛り上がりだった。それは間違いない。
 だが、それを反映したはずの現実の政治や運動の多くには、日本国民ではなく、米国の意思と要求が多分に反映されていたのではないだろうか。それは、自民党や大阪維新、都民ファーストによるものだけではなかったように見える。
 一言で言って、戦後政治の転換を求める日本国民の意思と要求は、現実の政治によって裏切られてきた。そして今それは、「改憲」のため、米ファースト覇権のために利用されようとしている。

■禍を福に転ずる闘いを!
 今日、「改憲」は、単なる軍国日本への逆戻りではない。それは、米ファースト覇権への日本の完全な取り込み、組み込みであり、東北アジア、引いては広く世界に対し、その内からではなく外から敵対する行為だと言える。そしてそれが、戦後政治からの転換を求める日本国民の意思と要求を利用し欺いて強行されようとしているという事実を忘れてはならないと思う。
 この改憲を阻止する闘いで、何よりもまず心すべきは、この闘いを「禍をもって福となす」、積極的な攻撃精神で闘うことではないだろうか。すなわち、単なる改憲阻止の闘いとしてではなく、この闘いを戦後政治の転換を求める国民的宿願を実現する絶好の好機にしていくということだ。
 そこで問われているのは、やはり「新しい政治」だと思う。政治を転換し、新しい時代を切り開くのが旧態然とした古い政治にできるはずがない。
 今日、世界的範囲で生まれてきている「新しい政治」に共通しているのは、自分たちの国、自分たちの地域をどうするかという観点であり、それを誰かに任せるのではなく、自分たち自身がその主体になるという意識ではないだろうか。
 これまで誰も取り上げたことのなかった経済問題を正面から取り上げ、「この国に生きる人々」の生活に全身全霊で寄り添うとともに、当事者、生活者自身による政治への道を開いた「れいわ新選組」の参院選での闘いが広範な共感を呼んだ事実は、そのことを教えてくれていると思う。
 改憲阻止の闘いを「新しい政治」で進攻的に推し進める上で、もっとも大切なことは、闘いのスローガンをどう掲げるかではないだろうか。それによって、闘いを当事者主体、生活者主体、広範な国民大衆主体の闘いにすることができるかどうかが決まると思うからだ。
 改憲問題の核は防衛問題だ。国の防衛をどうするか、日本国憲法最大の問題、九条の問題もこの問題ではないか。しかし、これまで改憲問題が提起されても、この問題が正面切って根本から論議されることはなかった。
 トランプが「自分の国は自分で守れ」とファースト覇権へ日本を誘引する言葉をぶつけてきた今こそ、防衛問題を改憲論議の中心に据える時が来たと思う。「改憲で米国とともに戦争する国にするのか、それとも、護憲で専守防衛、アジア安保か、どちらが日本を守る道なのか」だ。
 スローガンは、国民が生み出すものであり、国民に委ねられるべきものだ。国の防衛をめぐる国民的大論議が問われていると思う。
 改憲阻止の国民的大攻勢で、戦後政治の真の転換を実現する政権交代への道が、今開けてきていると思う。



議論

地方・地域は戦後政治大転換の戦場の一つ

永沼 博


 前号の主張「戦後政治大転換をめぐる闘い」。戦後政治の大転換が米国と日本国民の双方から要求されており、それが「改憲・安保改定」と共に「地方・地域問題」をもって行われるという問題提起。そこで注目される「維新」と「れいわ」。地方政策から見る両者の違い。国民の側に立った「地方から国を変える」道は? それらを考えてみたい。

■執拗に要求されてきた「地方分権」
 「地方から日本を変える」。米国は執拗にそれを追求してきた。そのことを先ず押さえておきたい。米国が狙う「地方から日本を変える」、そのキーワードは「「地方分権」。それが大きく取り上げられるようになったのは、「Japan as No1」と言われるまでに日本が経済力をつけた時期。米国は、日本の台頭を押さえながら、その経済力を利用できるように政治・経済・社会構造全般の「構造改革」を要求してきた。
 90年からの「日米構造協議」は、日本が上下一体、官民一体の「日本株式会社」であることを問題視し、それを解体しつつ、その経済力を利用できるような構造にするという目的の下で行われ、その主要要求の一つが「地方分権」であった。
 こうして99年に「地方分権一括法」が成立(翌年施行)した。だが成立までに10年もかかり、それも抜け道だらけで「3割自治」は解消されず、地方財政自立のカギとされた「三位一体の税制改革」も進まないまま今日に至っている。
 こうした中で昨年7月、地方制度の抜本的見直しを掲げた「地方制度調査会」が発足し「連携中枢都市圏構想」を提起。「地方分権」が遅々として進まないことに業を煮やした米国と米国追随派が「地方消滅」の危機感を煽りながら、勝ち組自治体にカネと人を集中し(弱小自治体は見放し切り捨てる)、コンセッション方式(運営権の売却)などの方法で地方・地域を米国に委ね売却するという米国が狙う「地方分権」をストレートに打ち出したものと見ることができる。
 こうして地方から日米融合を進めることによって、日本という国全体の日米融合一体化(米国への売却)を進める。米国が狙う「地方分権」がこうして実現されようとしている。

■維新は、この「地方分権」化の先駆、典型
 維新は、その要求に応える動きをしている。
 その綱領(15年作成)は、その冒頭に「・・・私たちは、地方から国の形を変えることを目的にする。・・・私たちの党は地方分散型政党であり・・・役割分担しながら分権を進める」と明記。
 その基本政策では統治機構改革の次ぎに「地方分権」を掲げ、他に既得権と戦う成長戦略(規制緩和、雇用の流動化)、教育でのバウチャー制度導入、小さな行政機構などを列記。まさに米国式の新自由主義的な「効率第一」のオンパレード。そして関西空港の各業務民営化、観光での外資系との提携、カジノ導入。さらには水道民営化(吉村府知事は民営化信奉者)、あらゆる公共サービスの民営化が大阪万博の熱気の中で進む。
 大阪都構想も進む。4月の統一地方選での同時選挙、7月の参院選での圧勝を背景に、それは用意周到に進められている。かくて、大阪都構想は、「連携中枢都市圏構想」の先駆、模範となる。そして、その下で大阪の米国への売却が進む。
 関西大学の坂本治也さんによると、「(維新は)どんどん強くなっている感じ」で、その強さの秘密は「維新が大阪の利益を代弁してくれる」というイメージ作りに成功しているからだと。財源がない中でも、補助金などを見直して浮いたカネを市民に分かりやすいところに付け替えており、私立学校授業料の無償化、市営地下鉄駅のトイレ改修、塾代助成、中学校給食などを行っている。
 彼は、維新登場の背景はどの地方も同じだから維新が上記のような取り組みを各地でやれば、更に力をつけるだろうと警鐘を鳴らす。
 維新は、組織形態も地域政党であるとし、支部も各県ごとに○○維新の会(○○総支部という形も)としている。今後、各地方・地域の名を冠した○○ファーストを掲げながら米国トランプのファースト主義(ファースト覇権)に呼応する政治勢力として台頭する危険性は高い。

■「れいわ」に期待する地方・地域
 「れいわ」は今の所、「地方政策」として、こうだ!というものは打ち出していない。しかし個別の政策の中に「れいわ」の地方政策を見、「れいわ」への期待が高まっている。その多くを、細かく語ることは出来ないが農協系の日本農業新聞が「れいわ」に期待を示した事例を以下に紹介する。新聞は、「れいわ」が食糧安全保障を「最重要事項」とし食糧自給率100%実現を掲げていること。そのために「第一次産業就業者への戸別所得補償」を掲げていること。「『とんでも法』の一括見直し・廃止」の中に、TPPや改正種子法、改正漁業法、国家戦略特区法などを挙げていることを評価する。さらには、「れいわ」が民主党政権で言われた「コンクリートから人へ」を「コンクリートも人も」として、公共事業への積極的な財政支出を掲げ、「公共性の高いものは国が主導して積極的に支出する」としていることに大きな期待を示す。また世界レベルの動物福祉(アニマル・ウェるルフェア)を掲げ、畜産業で「動物福祉が守れるような国際的基準を踏まえた飼育や処分方法に関する基準を定める」としていることも評価する。
 他に私が付け加えれば地方公務員大幅増員も。また「れいわ」が掲げる「消費税ゼロ」も「消費税ゼロこそ地方振興策だ」との山本代表の説明を見れば、これも大きな地方政策と言える。
 ここで注目してもらいたいのは、「れいわ」は、「地方分権」ではなく、国の役割を重視していることである。財政支出、それも公共性の高いものは「国が主導しての積極的支出」など、国が地方を積極的に助ける姿勢を鮮明にする。そこには、国と地方の関係は、決して分離できるものではなく「国あっての地方、地方あっての国」という考え方があり、国と地方が一体となって地方を盛り立てていくべきだとの考え方がある。
 さらに言えば、当事者主義。重度の身体障害者2名を当選させ、「生産性」で人を見るのではなく、どんな人にも価値があると身をもって示した理念。それは、どんな地方にも価値があり、国はそれら全てを見捨てないということになろう。ここに維新の「効率第一」との際だった違いが見て取れる。
 今回の参院選では自民からの「農民票の大量離脱」が起きた。全国農業組合中央会から出た山田俊男氏は22万票で再選されたが、6年前(07年)の45万票から半減。同様に07年との比較では、宮城、秋田で6割減、新潟、長野で5割減、農業県全般で自民候補の苦戦が目立った。その離脱した票は、「比例区の安倍政権批判票が相当、れいわに流れた」(自民党関係者)とのことだ。
 市町村など基礎自治の大半は、農業、漁業、林業などに依拠する「農村地域」である。農民票の大量離脱や日本農業新聞の「れいわ」評価は、切り捨てられ、見捨てられる「地方・地域」そのものが、誰も見捨てないという「れいわ」に光明を見、期待をかけていることを示している。

■地方・地域を戦場として
 米国が狙う「地方分権」策動とそれに迎合する動きが強まる中で自民党は自らの支持基盤を失いつつある。そうした中で言われる「大連立」。それは維新をも含む大連立ではなかろうか。
 維新創設者の橋下氏は、最近、読売新聞の取材記事で政界復帰について「日本がとんでもないとなれば考える」、「着火剤は遠くに置かないと危ないでしょ」と言っている。この「着火剤」とは? 維新主導の大連立、その首班としての「橋下政権」はありうる話しである。一方、山本太郎さんも「政権を取る」と。そして地域にも積極的に入っている。上述したように「農民票の大量離脱」など自民が地域の支持基盤を失いつつある状況で、「維新」と「れいわ」こそ戦いの主役であり、地方・地域は両者の主要戦場となる。
 それは、米国が要求する「地方売却」か、それとも当事者である地方・地域住民が主体となった「地方再生」かの戦いであり、米国による「地方から国を変える」なのか、国民の側に立った「地方から国を変える」なのかの戦いである。
 地域の大半が切り捨てられ、見捨てられる状況の中で、地域住民が立ち上がり、さらには「勝ち組」地域をも巻き込んだ「地方総反乱」の素地は十分にある。そして、格差拡大に呻吟し「れいわ」の登場を熱烈に支持する若者を中心にした層。
 そうなれば、野党勢力、自民の一部をも巻き込んだ「大連立」も可能となる。その首班としての「山本内閣」。その下で国民の側に立った「地方から国を変える」を是非実現してもらいたい。


 
時事

香港によせて

平 和好


 

■右から左まで
 香港で「自由・民主」を求めて、直接には逃亡犯条例改正問題をめぐって100万人以上のデモが起こった事に感動する人は多い。日本でもそうであり、大紀元みたいな蒋介石残党メディアから反中右翼、法輪功グループなど中国共産党政府打倒グループから、リベラル・左翼を自称する人まで広範にデモ支持が広がった。日本共産党ですら機関紙で香港デモ無条件支持の記事を連載している。新左翼も多くが同じ風潮と言える。そこにこの「考察」を発表することは少々勇気がいるが、書いておかねばならないと考え、問題提起したい。

■香港の歴史
 香港に人が住み始めたのは紀元前だが1800年以上、中国人のものであった事は間違いない。いつ中国人のものでなくなったかというと1842年のアヘン戦争以後だ。イギリスがインド近辺から持ち込んだアヘンを中国で大量に売りさばき、代わりに銀を大量に持ち帰る「麻薬強盗帝国主義」を続けるための侵略戦争に近代兵器を駆使するイギリス帝国軍が勝った。莫大な賠償金とともに植民地にしたのが香港だった。決して現地市民の意向や平和交渉でできた「民主香港」ではない。敗戦前4年間の日本軍中将による香港総督も含めて、150年間、帝国主義の一方的支配に置かれたのが香港の運命だと言って良い。1949年中華人民共和国が成立後すぐに返還を求めても正当性はあったが、50年間我慢してきた。その末に最後の香港総督パッテンと中国・趙紫陽首相の間で返還協定が結ばれ1997年に香港は中華人民共和国特別行政区になった。我慢の末に強盗帝国主義者の手から中国人民の元に150年ぶりに帰ってきて、以後の行政権は中華人民共和国にある。

■主権者は中国人民
 中英両国の中間点にある地域の帰属をめぐる交渉で今の香港があるのではない。もともと中国人のものであった中国の一地域が22年前特別行政区になったあと、将来どうするかは、14億中国人民が法にもとずき決めるものだ。大英帝国主義者も、そのディーラーも、中国政府転覆を狙い続ける蒋介石残党も、中国に底知れない犠牲と苦しみを与えた日本も、もちろん極右やネット右翼も、また「反スタ唱えれば正義」と信じ込んで全世界をそのものさしで割り切ろうとする自称左翼・リベラルも、発言権はゼロである。
 どうしても発言して影響を及ぼしたければ、中華人民共和国に住み、税金を払い、14億の民の生活と運命をになう中で、高説を具現する努力をするべきである。

■本当に「自由・民主」のたたかいか
 私たちも遠い昔、日本でベトナム反戦の街頭闘争に参加した。直接の経緯は戦争協力をやめさせる事だが、どんなグループに所属して活動するかを選択するにあたっては殆どの人が共産主義・社会主義を掲げる組織を是として入った(だろう)。英帝・米帝・蒋帝・体制護持宗教・ネトウヨ極右が加盟する「自由・民主」に入るわけには、今でもいかない。香港で議事堂や国際空港を不法占拠した人々はユニオンジャック・星条旗を振りまわし、それを蒋介石残党新聞の大紀元や法輪功が日本で大宣伝し、ネトウヨ極右も騒ぎ立て続けている。反中大宣伝を我慢して読んでいるのだが、香港資本主義社会の民主化は一項目も出て来ない。香港は全世界で一番多く超富裕層(資産33億円以上)が住んでいる。あの小さな地域に1万人!その10位以内にはアメリカの諸都市と東京。中国の都市は大きいのに富裕層ランキング10位以内に一つもない。なのに新左翼も含めて「中国では貧富の格差が・・・」などと無根拠に言う。英帝支配下の歴史の中でごく一部の金転がし勢力がぬくぬく暮らし、大部分の人が貧困にあえぐ状態は資本主義のどこの国、地域でも容易に予想できるが、それを改革するスローガンが「民主化勢力」の主張に皆無なのだ。「自由・民主」は日本の自由民主党と同義語ではないかと考察するのだが、違うよという例証があればぜひ伺いたい。

■これから
 中国は1989年の天安門事件を政治的に乗り切った。以後の経済発展は目覚ましい。北京空港に全世界から航空機が集まる。巨大な空港には驚くが、まだ拡張するらしい。連休などには滑走路渋滞が起きて、何時間も待たされる事が多く、それを解消する対策なのだ。事実上アメリカを抜きつつある(GDPでは2位、貿易額では1位)「世界の中心」その中国を何とか転覆したい欧米帝国主義に我々日本の人民が加担してよいものだろうか?
 中国には自由がないって!?全世界で自由がない国は多分過半数だ。自由を侵すことがしょっちゅう起きているアメリカ、香港をはじめ全世界の自由と無数の命を何世紀も奪い続け、今も戦争と言う究極の人権侵害に協力し続ける英帝、表現や労働運動の自由がどんどん侵されつつある自国の事をほっておいて、アジアの隣国に次々因縁を付ける安倍政府と同じ事を叫んで良いものか。香港デモのリーダーが記者会見で「香港を取り戻したい」と叫んでいた。英帝は独立を求めるアイルランドの人々を銃乱射でぶち殺し、同じ事を中国でもインドでもした。そんな時代に取り戻されてはたまらないのが中国人民だろう。
 中国に問題がないかと言えば、きっとある。しかし昨年亡くなった「民主」指導者が言葉を残している。当局が私を侮辱しなくなった、と。この二十数年中国へ行って色々見聞するたびに、「改善」を何事も必死にやっているのがうかがえる。それも国家規模で。帝国主義者の転覆策動を防ぎつつ、改革解放する姿勢が見えるのだ。そしてその主体も主権も中国人民とその代表政府にある事ははっきりしている。ファクトに基づいて香港(ホンコンは英語名、中国語ではシャンガン)の事を考えたい。



寄稿

対立深める日韓両国

2019年8月大畑龍次


 いま、日韓関係は最悪の対立局面を迎えている。日本政府は7月初旬、韓国への輸出規制強化を実施すると共に、安全保障上の友好国として規制を緩和する「ホワイト国」から韓国を除外する措置をとると明らかにした。これらは元徴用工問題で日本企業に不利益が生じることへの報復的措置と見られている。韓国経済に打撃を与え、そのことで韓国国民を文在寅政権から離反させるのが狙いだろう。
 また、これらの措置が参議院選挙直前に行われた事も忘れてならない。三年前の参議院選挙では、朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の核・ミサイル開発を口実に「国難選挙」として位置づけ、麻生をもってして「金正恩のおかげで勝利した」と言わしめたことを彷彿させる。国民のなかに充満している嫌韓意識を組織する狙いが透けて見える。
 韓国政府は直ちに大阪でのG20で、自由貿易を主張していた日本政府が、事前協議もなく唐突に強行したこと、また安全保障上の問題は存在しないとして調査結果を公表して反論した。韓国政府はこの問題での二国間協議を要請すると共に、WTOの場においても持論を展開し、WTOは日韓両国の論戦の場となった。韓国では、政府ならびに主要マスコミが日本政府を強く批判するだけにとどまらず、市民社会にも反発が広がった。政府レベルから国民感情の対立局面となりつつあることが憂慮される。

■問われる対朝鮮半島政策
 これらの措置の妥当性は韓国政府の反論のとおりであり、それ以上のことはない。いま問われているのは、個々の個別問題ではなく、安倍政権の朝鮮半島認識であり、北東アジアの安定・平和と向き合う姿勢である。いくつかその問題点を指摘おきたい。
 第一に、朝鮮に対する敵視強硬姿勢。この地域を歴史的に振り返って見ると、日本による朝鮮植民地こそがこの地域の不正義と対立の出発点といえるだろう。百年を超える日本の加害の歴史は清算されていない。2002年9月の「日朝平壌宣言」には、「日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立する事が、双方の利益に合致すると共に、地域の平和と安定に大きく寄与するものとなる」と明らかにされている。北東アジアの平和と安定のためには日朝の関係改善が優先的に行われなくてはならない。しかし、安倍政権は拉致問題、核・ミサイル開発の懸案が解決されない限り、国交正常化交渉を開始しない「方針」をとってきた。それでも、2014年には「日朝ストックホルム合意」が実現し、日朝国交正常化へのロードマップが示されたものの、日本が合意違反の独自制裁を再開したために前進することができなかった。
 文在寅政権誕生と共に、南北、さらに米朝の関係改善が進むなか、安倍政権は「蚊帳の外」におかれ、関係改善に舵を取ろうとせず、もっとも強硬な朝鮮敵視政策を維持してきた。口先では「前提なしの日朝首脳会談」を呼びかけているが、関係改善を真剣に追求するというよりも、選挙用のリップサービスに過ぎず、朝鮮側の対応も冷ややかなのが現状。今時代が大きく動こうとするとき、政策の転換を図らなくてはならない。北東アジアの安定と平和を優先的に考えれば、日朝間の関係改善へと大きく舵をきるときだ。
 第二に、文在寅政権叩き。安倍政権の対朝鮮半島政策は、前述のような朝鮮との敵対的な関係維持が基本であり、韓国の政権への評価は朝鮮との関係の在り方にかかっている。朝鮮との敵対的な関係を維持してきた李明博、朴槿恵の保守政権のときには好意的な対応だったが、朝鮮に融和的な政権である文在寅政権が登場するや、現政権叩きに躍起になってきた。今回の報復措置もこうした政策から生まれている。
 文在寅政権はいかなる政権なのか。朴槿恵前政権に対する国民的な声となった「キャンドル抗争」によって生まれた政権であり、それは韓国の民意そのものだ。元徴用工をめぐる裁判は、前政権のもとで店晒しにされ、当時の責任者が職権乱用で逮捕される事態となっていたものだ。それを本来あるべき審議のもとで結審したものであった。また、従軍慰安婦における日韓合意は当事者の意向を無視して行われたものだった。国民的な後押しで生まれた新政権が、「司法判断の尊重」と「当事者ファースト」の立場に立つことは至極当然のことと言わなくてはならない。
 そもそも元徴用工問題をめぐる安倍政権の主張は、これまでの政府見解を無視するものだ。日本共産党の文書では、政府見解として「1991年8月27日の衆院予算委員会で、当時の柳井俊二外務省条約局長は、日韓請求権協定の第2条で両国の請求権の問題が『完全かつ最終的に解決』されたと述べていることの意味について、『これは日韓両国が国家として持っている外交保護権を相互に放棄したということであり、『個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたものではない』と明言している」としている。また、最高裁判決では、2007年4月27日、中国の強制連行被害者が西松建設を相手に起こした裁判で「日中共同声明によって『(個人が)裁判上請求する権能を失った』としながらも、『(個人の)請求権を実体的に消滅させることを意味するものではない』と判断」したとしている。その結果、西松建設は被害者との和解を成立させ、謝罪して和解金を支払っている。
 これらの政府見解に照らして考えれば、元徴用工の個人請求権は1965年の日韓請求権協定でも消滅していないのだから、日本政府は関係企業への自由意思を認め、和解に導くべきものと考える。さらに、韓国政府は「強制徴用判決の問題、韓国政府の立場」として、「訴訟当事者である日本企業を含む日韓両国の企業が自発的に出捐金で財源を作り、確定判決の被害者らに慰謝料相当額を支払う」提案をしている。安倍政権の対応は、従前の政府見解にも沿うものでもなく、韓国政府の提案を一蹴するとは信じられないことだ。

■広がる安倍政権批判
 民主労総、韓国進歩連帯など569の市民社会団体で構成する「歴史歪曲・経済侵略・平和脅威 安倍糾弾市民行動」(市民行動)は7月27日、ソウル・光化門広場で「安倍政権糾弾 第2回キャンドル集会」を開催し、約5千人の市民が参加した。朴錫運(パク・ソグン)市民行動共同代表は安倍政権について「経済侵略を通じて韓国を経済的・軍事的に取りこむとともに、改憲を通じた軍国化という陰謀を持っている」と指摘。「我々はこれを糾弾するために毎週キャンドルを掲げよう」と訴えた。
 日本政府は8月2日、韓国の「ホワイト国」からの除外を閣議決定した。韓国もまた、日本の「ホワイト国」からの除外の意向を明らかにし、軍事情報包括保護協定の破棄を実行した。
 繰り返しになるが、こうした対立の出発点は安倍政権による対朝鮮半島政策にある。歴史修正主義者といわれる安倍首相は、日本による植民地支配を心から反省せず、朝鮮との国交正常化と過去清算に踏み込まずに朝鮮敵視政策を続けてきた。その朝鮮と融和的な関係を維持している文在寅政権を事ある毎に批判し、今回の事態となっている。
 したがって、根本的な対朝鮮半島政策の変更、さらに北東アジアの安定・平和と真摯に向き合う姿勢なくしては解決しないだろう。韓国の民衆運動と共、安倍政権の朝鮮半島敵視政策に批判を強めなくてはならない。


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