研究誌 「アジア新時代と日本」

第193号 2019/7/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 米覇権戦略の転換と問われる日本のあり方

議論 人口減と外国人労働者問題

寄稿 「東風が西風と和風を制する」電気バス

投稿 参院選公約に思う

勉強会報告




 

編集部より

小川淳


 参院選を前に
 投票日を前に、熱い攻防が全国各地で繰り広げられている。今回の改選議席は124議席。非改選議席121と合わせると245議席で、参院選の最大の攻防ラインはどこにあるのか。安倍首相は与党で過半数が勝敗のラインというが、本音ではそれはどうでもよくて、安倍政権の最大の関心事は、憲法改正案の国会発議に必要な参院定数の3分の2(164)を維持できるかどうかであろうことは間違いない。それが安倍政権の命運を左右する議席ラインとなる。改憲派である自民、公明、維新の枠組みで見ると、非改選は自民56、公明14、維新6の76議席。自公と改憲勢力で3分の2を超えるには今改選で最低でも85議席が必要になる。安倍改憲を破綻させたい私たちにとっても、何としてもこの3分の2を阻止することが重要で、やはりここが参院選の最大の攻防ラインとなる。
 自公と改憲勢力で憲法改正ラインに届かなった場合、安倍首相は自ら掲げた大きな目標を見失うことになる。自民党幹部は、首相が改憲の旗を降ろさない理由について、「保守派の支持をつなぎ止めるため」でもあると明かす。改憲がとうのけば、安倍政権の盤石な支持基盤が確実に揺らぎ始めるだろう。
 参院選に向けてすでに32の一人区で市民・野党共闘が成立し、安倍政権批判の受け皿ができた。
 前回の11区での勝利を上廻り、自公勢力の3分の2を突き崩すことができるかどうかは、この一人区での闘いが鍵となる。
 注目したいのは野党共闘を生み出すだけの強力な母体(「市民連合」)が生まれていること、その過程で「市民連合」(安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合)と野党(立憲、国民、共産、社民など4党1会派)の間で政策合意がなされていることだ。そこには改憲阻止、辺野古建設の中止、原発廃止、消費税廃止などきわめて包括的で踏み込んだ13の政策が網羅されており、安倍政治への対決軸になりうるものだ。バラバラな野党である限り、政権の受け皿になりえない。その野党が党利を超えて政策的一致を見出しつつある。この野党共闘の今後の展開に注目したい。
 気になるのは投票率の行方だ。今回の参院選、過去最低の投票率になると予想されている。なぜ投票率は低いのか。答えは単純で、多くの人が政治の現状に不満は持っていても、投票しても現状は変わらないと思い込んでいるからだろう。もし自分の1票が日本を変えると信じることができるなら、多くの人が投票上に足を運ぶはずだ。投票率が低いのを喜ぶのは与党で、組織票だけで勝てる。この現状を打破するだけの魅力ある政党や政策をどうすれば作り出せるのか。「本物の政治」を多くの人が待ちわびている、投票率はその指標ではなかろうか。



主張

米覇権戦略の転換と問われる日本のあり方

編集部


 このところトランプ大統領から日本が受けている衝撃は小さくない。電撃的朝米首脳板門店会談、そして「日米安保破棄」発言。それだけではない。米中貿易戦争、イラン攻撃と有志連合への参加督促、等々。  これらをどう捉え、それにどう対処するのか。日本のあり方自体を根本から問うような問題ではないだろうか。

■どう見るか、電撃的朝米首脳板門店会談
 先の朝米首脳板門店会談は、確かにこれまでの外交の通念を覆すものだった。そのせいもあって、外交専門家たちの間での「会談」についての評価もまちまちだ。さすがトランプ外交と、その手法の新しさを見ながら、非核化に向け朝米実務者協議を具体化した手腕、さらには、38度線を大統領自ら越え、身を持って、戦争終結を宣言した快挙を評価する声がある一方、もはや外交の体をなしていない、選挙目当て、自己陶酔の政治ショウと酷評する向きも多かった。  そうした中、概ね一致していたのは、「会談」評価の基準が「非核化」にとってどうかに置かれていたことだ。だが、「朝米」と言えば、「非核化」しか見ないこの傾向は、そろそろ卒業した方がよいのではないだろうか。  実務者協議の米側代表、ビーガンがなぜこの時期に、制裁解除の条件として、核廃絶ならぬ「核開発の凍結」を持ち出したのか、ポンペオが「非核化に期限を設けない」となぜ今言ったのか。それは、今回の「会談」目的が「非核化」になかったことを雄弁に物語っているのではないか。

■全面化する米覇権戦略の転換
 「型破り」トランプ外交は、この間、ますます常軌を逸してきている。先日、5月末、スイスのビルダーバーグに欧州の「超エリート」を一堂に集めた「完全オフレコ会議」で、米国務長官ポンペオが、「米中百年冷戦」の開始を宣言したという。
 実際、米中貿易戦争、ファーウェイ制裁とデジタル覇権戦争、そして中国の「一帯一路」に対する「インド太平洋戦略」、等々、米覇権秩序を修正する「修正主義国家」、中国との「新冷戦」、覇権抗争は、宇宙戦争など軍事的衝突まで含め、エスカレートの一途をたどっている。
 イランへの攻撃も尋常ではない。核合意の破棄とホルムズ海峡をめぐる対イラン有志連合結成の呼びかけ、等々と戦争の脅しは止まるところを知らない。
 それだけではない。今、トランプ政権は、南米でもアジアでも、世界中至る所で、内部対立、抗争を煽っている。そうした中、注目すべきは、トランプ政権と欧州や南米、自国第一主義勢力との連携が一段と強められていることだ。イタリア・サルビーニ、フランス・ルペン、ブラジル・ボルソナロなど、名うての「右派ポピュリスト」とトランプの「政治顧問」、バノンとの接触が深くなっている。
 これら一連の事象は、一体何を意味しているのだろうか。それは、単なる「米中新冷戦」ではない。トランプ政権誕生の当初から狙われていた米覇権のあり方の「グローバリズム」から「ファースト主義」への転換が、今まさに全面化されてきていると言うことではないだろうか。

■歴史の新時代、東北アジア新時代と日本
 トランプ政権の動向で、今、少なからず疑問を呈されていることがある。それは、同じ核問題でありながら、朝鮮とイラン、この両国への対応のあまりの違いだ。それはどこから生まれてくるのか。首脳間の相性の違いからか、それとも米国はもう朝鮮への覇権はあきらめたのか。
 そのどちらでもないだろう。問題は、対象別に覇権のやり方に違いが出てきていることにあると思う。もともと、イランと朝鮮は、イラクとともに、あのブッシュによる「悪の枢軸」「核先制攻撃」など、ネオコン・グローバリズム攻撃の対象にされた。その結果、イラクは軍事攻撃を受け、イランと朝鮮は、米国が両国への軍事攻撃をためらっている間に、それに対処するための核とミサイル開発を断行。後者はそれに成功し、前者は道半ばで欧米と「核合意」した。違いがあるとすれば、そこにあると思う。
 先日、在韓米軍が初めて公式に認めたように、米本土全域を攻撃可能な核とミサイルを持つに至った朝鮮に対し米国は、戦争と制裁で脅して「非核化」を迫るという、もはや無効になった従来の方式に代え、まったく異なる覇権の方式を追求してきている。
 それは、もっとも徹底した自国第一主義の国、朝鮮を自らの陣営に取り込んで、中国包囲網をつくり出し、東北アジアに新たな米覇権、「ファースト覇権」をうち立てようということではないだろうか。そのための鍵は、もちろん「非核化」ではない。「改革開放」による朝鮮の資本主義化、米国化にあると思う。すなわち、軍事から経済へ、覇権方式の転換をしたということだ。
 ではなぜ朝鮮は、朝米首脳会談の実現のため、あれほど主動的、積極的なのか。それが、米覇権の下での平和と繁栄、統一を求めてのことでないのは言うまでもない。求められているのは、南北朝鮮の自主的な統一であり、北半部の社会主義経済建設の一大促進と南北共同の繁栄、引いては、韓国および中国、ロシア、そして米国、日本とも連携しての東北アジアの自主的で平和的な発展ではないかと思う。
 こうして見ると、朝米はまったくの「同床異夢」だ。では両者は、互いにこの矛盾と対立に気づかず、ただ自分の「夢」をむさぼっているだけなのか。そんなことはあり得るはずがない。南北朝鮮も、米国も、中国、ロシアも、互いにそれを熟知し、次なる闘いを準備しているに違いない。
 だから、これから開けてくる東北アジア新時代とは、この地に米覇権主導の新たな「ファースト覇権」秩序を創るのか、それとも、米覇権から脱却した新しい国際秩序をうち立てるのかの新たな闘争の段階を意味していると言えるのではないだろうか。
 もちろん、この新たな闘争は、単なる覇権と自主の闘いではない。そこには米国と中ロの覇権抗争が深く絡んでくる。そうした中、脱覇権の新国際秩序をうち立てる上で決定的鍵となるのが、南北朝鮮における社会主義か「改革開放」か、統一か分断かの闘いではないだろうか。この闘いを中心に南北朝鮮と米中ロ、そして日本が当事国として連携・共存共栄し敵対・抗争していくところに東北アジア新時代の実相があるように思われる。

■問われる「アジアの中の日本」への転換
 この闘いの新たなステ?ジ、歴史の新時代にあって、米国が日本に要求してくるのは、日本のあり方の転換だ。それがこの間のトランプによる「日米安保破棄・改訂」発言、米軍統合参謀本部議長ダンフォードによる「(イラン攻撃のための)有志連合への日本参加要請」などとして現れているのではないだろうか。
 「自分の国は自分で守れ」というトランプの要求は、戦後一貫して、憲法九条の下、国の防衛は米国に任せてきた日本のあり方の根本的転換を迫るものであり、日本が米国とともに戦争できる国になって、東北アジア新時代で米ファースト覇権の確立に寄与せよと求めるものだ。
 米国の要求は軍事だけでない。今日、米国経済に深く組み込まれた日本経済の対朝鮮浸透と朝鮮経済の「改革開放」促進は、日本に対するもっとも切実な至上命令になっている。
 この情況にあって想起すべきは、75年前、150年前だ。戦後、維新の大転換期にあって、日本は外からの要請で大きく動かされた。特に前者は、決定的だった。
 その結果、日本はどうなったか。それについては、諸説紛々、いろいろな角度から言えるだろう。そうした中、東北アジア新時代が眼前に提起されてきている今日、アジアとの関係で日本のあり方について考えるのは意味のあることだと思う。実際米国は、そこから日本のあり方の転換を迫ってきている。
 アジアとの関係と言った時、日本は常に、アジアの外からアジアに対することを要求されてきた。「脱亜入欧」しかり、戦後の米覇権の下での日本しかり。そして、今、歴史の新時代にあっても同じことだ。
 ここで重要なことは時代の違いだ。今日、新時代は古い帝国主義、覇権の時代ではない。覇権そのものが崩壊する時代だ。この歴史の新時代にあって、アジアの外、アジアの上に立った日本から、「アジアの中の日本」へ転換すること、それを日本自身の意思で決定することこそが今もっとも切実に問われているのではないだろうか。



議論

人口減と外国人労働者問題

東屋浩


■深刻化する人口減
 昨年度、出生が過去最小の91万人で、人口の自然減は初の40万人を越えた。現在のペースで人口減少が進むと、2045年の日本の人口は、1億人程度にまで縮むと予測されている。26年間で約二千万人以上の日本人が消えてしまうという。そのなか、唯一「人口が増える」と予測されるのが、首都・東京だ。2045年には現在の約1351万人から、1360万人に人口が微増するとみられている。だからといって東京がいいのではない。東京の65歳以上の人口は今後増え続け、2040年には都民の約3人に1人が65歳以上の高齢者になる。
 こうなると医療、介護施設が足りなくなり、それを維持するための税負担も増える。病院で診てもらうことができない親と、それを介護しながら、重い税金に苦しむ人であふれる東京と、寂れ消えていく地方、地域、それが日本の未来だといわれている。
 人口減は平均寿命の延びとあいまって高齢化社会を加速させる。今のままいくと2050年に国民の3人に1人が高齢者となる。人口構成は完全に逆ピラピッド型になってしまう。高齢者の増大は、医療費、社会保障費などの社会コストを高めるというのは言うまでもない。
 この中ですでに現出している社会病理である犯罪、離婚率の高まり、老人・子供の自殺、薬物依存、母子・父子家庭および一人暮らし世帯が増えていく事が予測される。社会が不安定化していくだけでなく、生産活動も縮小を余儀なくされる。
 安倍政権の非正規化や地方切り捨て政策は人口減を促進し、地方を消滅させる結果を生んだ。このまま、若者が少なく老人が多い、さまざまな社会病理ですさんだ社会となり、日本は滅亡の道に進んでいくのだろうか。
 今日、人口減に歯止めをかけ、新しい社会に作り直すことが切実に問われている。
 たしかに、女性の高学歴化と社会進出などにより晩婚化・非婚化・晩産化で出生率が低下する傾向がある。しかし、人口減の根本原因は、格差と貧困の拡大による未婚増大、結婚しても子供を産めないところにある。
 そして、日本社会が子育て環境にないことだ。妊娠退職、幼・保育所の問題で子供を産み育てながら働くことが難しい状態だ。
 格差と貧困化がなく経済的にゆとりがあり、子育て環境が整っていれば、持続的な人口増は可能なはずだ。
 ところが、日本政府は大独占資本優遇主義を採用し、結婚できない、できても子供を育てられない不正規労働者を拡大させ、幼・保育所など子育て環境の極度の貧困化を促進し、急速に人口が減っていった。政府・経済産業省は、労働力が不足した今日に至り、「全世代型社会保障」という名の老人までこき使い、大量の外国人労働者を低賃金労働で使い捨てるという政策を採っている。

■低賃金使い捨て外国人労働者
 現在、日本で暮らす外国人は、昨年度末273万人で特別永住者(在日コリアンなど)を除くと、昨年10月時点で146万人、2012年からの6年間で88万人増えている。内訳は技能実習生32万人、留学生など資格外活動者34万人、高度技術者と難民申請者、永住ビザ取得者(日本人配偶者など)50万人、それに特定活動の在留資格の労働者(介護、建設業など)3万5千人だ。改正出入国管理法が4月から施行され、今後5年間で34万人の外国人労働者を新たに受け入れると言う。
 なぜ外国人労働者受け入れを急ぐのか。それは低賃金労働力を大々的に増やすためだ。労働力不足だといっても、それは過酷な3K労働で低賃金だからだ。一方で若年ひきこもり54万人、中高年ひきこもり(無業者)64万人、計118万人が存在しており、若者の中で就活を拒否する現象が広がっている。中高年を理由に就職できない現象、3K労働、働き易い職場を解決すれば、多くの問題が指摘されている外国人労働者の受け入れを軽減できるはずだ。
 外国人労働者、中でも「技能実習生」の悲惨さがこの間明らかにされている。発展途上国に技術を移転するための実習という名目で職場に縛られて低賃金長時間労働を強いられている。受け入れ事業所の7割が労働関係法令に違反しているという。昨年度だけでも失踪者が9052人に達し、死亡者も6年間で171人だ。「技能実習生」制度は奴隷制度の現代版だと言える。
 次ぎに問題なのは、日本語学校や準備教育に留学ビザで来日した偽装留学生だ。コンビニ、弁当総菜製造工場、ホテルの清掃、宅配便仕分け、新聞配達などをバイトとして行う。彼らの授業料と入学料で稼げると日本語学校、専門学校、大学などが乱立している。日本人進学者が減少していくなかで留学生受け入れにより稼いでいる学校が少なくない。「東京福祉大学」はその一つだ。授業が成り立たず、失踪者も多い。「留学」という建前で働かす制度自体が歪んでいる。
 この「留学生」や「技能実習生」は母国で多額の借金をして希望を抱いて訪日する。だが彼らの多くが低賃金使い捨て労働者とみなされている限り、日本にたいし良い感情をもつはずがない。
 また、外国人労働者の低賃金労働が日本の非正規労働者の低賃金を可能にする構造になっている。さらに、東南アジア諸国からの低賃金使い捨て外国人労働者の大々的受け入れは、かつての植民地支配の思考の延長であり、平和と繁栄の東アジアの新時代の潮流に逆行するものだ。それゆえ、外国人労働者の問題は、日本労働者全体の問題であり日本の問題でもある。
 強引に成立させた改正出入国管理法の要点は、業種や労働時間の制約のある「技能実習生」や「偽装留学生」と異なり、14業種で単純労働者を大々的に受け入れることにある。もはや完全な移民国家への道、それも東南アジア諸国労働者の搾取の上で日本の大資本を肥え太らせる道を開いたものだ。

■外国人労働者に対する対応での幾つかの問題
 第一に外国人労働者を大量に受け入れる移民国家とするのかという日本の在り方の問題だ。
 すでにドイツが大量の外国人労働者を受け入れたが、国の中に分断を引き起こし、その政策が失敗だったとメルケル首相自身が認めている。移民で国を成り立たせているアメリカ、豪州などでも、反移民の声が高まっている。
 安倍政権の路線は、移民国家路線であり格差を外国人労働者まで含めさらに拡大するもので、欧米ですでに破綻を示している路線だ。
 これに対し、国内で解決できることを国内で解決していく理念で、内需を基本にした均衡のとれた産業経済構造に転換し、働き方での格差是正、教育、医療、介護を国内、各地域で解決していくことを基本にしていく路線が考えられる。例えば「引っ越さなくても、地元で家族や仲間とともに暮らしつつ、さまざまな教育や訓練を受けたり、稼ぎのいい職業に就いたり、多様な人生の選択肢も得たりすることができる社会」(川端祐一郎京都大学助教授)のような国の在り方を追求する道もありえる。
 これらの問題は数十年のスパンでの長期的な問題であるが、平成時代に先送りし誤魔化してきただけに、早急に議論し、良い結論を見いだしていくべきだと思う。
 第二に、当面の問題としてすでに制度的に問題のある「技術実習制度」と「偽装留学生」システムを一掃し、必要な外国人労働者を日本に寄与する人材として受け入れていく問題だ。
 労働力が不足している農村、漁村、建設現場、介護現場などでは外国人受け入れを歓迎しているのが現状だ。しかし、低賃金使い捨て外国人労働者としてではなく、日本に寄与する人材として賃金、日本語教育、医療など保障していくべきだと思う。
 このために、出入国管理庁ではなく、移民局ないし在日外国人局を設置し、総合的な対策を責任もっておこなうようすることが必要となる。ここではアジアの人々を「日本人以下」とみなすアジア蔑視の風潮を克服することが課題となる。
 第三に、外国人労働者の窮状を救う問題が現在、提起されている。例えば、「情報格差」を解消することを元ベトナム難民弁護士岡部文吾氏は提案し取り組んでいる。
 以上、人口減と外国人労働者の問題、当面の課題について述べたが、理解を深め、議論を起こし、問題解決の処方箋を定めていかなければならないと思う。


 
寄稿

「東風が西風と和風を制する」電気バス

境 一郎


■BYD知ってる人いますか?
 その車に乗せてもらった事がある。ヨーロッパ車かと思ったら中国だった。「多分Be Your Dreamという意味ではないか」とオーナーが言っていた。日本ではなじみがない。中国など東アジアでよく走っているのだ。何しろ安い。しかも昔の中国製みたいに品質二の次とは違って、安定した性能で、悪路にも強く長持ちしていたらしい。そのBYDの名前を久しぶりに聞いたのが3年前。日本、それも沖縄に輸出された電気バスの名前がそれだったから驚いた。バスはほとんどがディーゼルエンジンと言うのが常識だ。どうしても窒素酸化物・Noxが出る。大気汚染の大きな原因だ。この数十年の中国の経済大成長に伴い中国の空をスモッグだらけにしてしまった。必死に排ガス規制をしてもゼロにはできない。中国政府はナンバーの記号で走れる日を決めて取り締まったり、車を買う人に巨額の罰金を科したりしたがそれでも購入は止まらなかったし、バスの排気ガス対策にも苦労していた。

■「いつまでも汚い空」を許さない中国政府
 人民代表大会や全国政治協商会議の主要議題に環境問題を据えた。ならば元から何とかしようということで電気車両の開発に全力を挙げる、それも国家主導という事になったのではないか。結構儲かった資金でBDY社が電気バスを開発したという事だ。エンジンがないから排ガス対策不要なのだ。比較して日本は日産車のごく一部だけが電気自動車、大手のトヨタも他のメーカーも電気はほとんどない。ましてやバスは100%、ディーゼルだ。
 ヨーロッパも電気バスを作っている。しかし高くて、8千万以上だがBYDの大型電気バスは6千万円台だ。2千万も安い爆発的競争力によって、イギリスやアメリカやドイツに輸出されて走っているそうだ。課題は巨大な蓄電池の車体配置だったが技術革新素早く、床下と屋根に分散してバランスを改良したとか。実は中国はそれに加えて電気バイクもよく見かける。特に民間人がよく乗っている。企業社会で余裕がある層が乗っているように、北京で見えた。予算があまり配分されていない交通警察は旧式のガソリンバイクを永く使っているのがほほえましかった。
 実はここ数年北京に青空が広がる機会が多い。タクシーなどは埃まみれで走ると罰金を取られると運転手が嘆いていたが、色々な大気汚染対策も厳しいからそれが効果を表わしているに違いない。電気バスの量産もその一環だろう。BYDの大型電気バスを購入した沖縄の運転手さんは「音と振動が無くて驚いた」と感想を語っている。

■いつまで「頑固な日本」でいられますか?
 そのBYD、今度は30人乗り位の小型電気バスを開発して、今年から売り始めた。価格は何と1600万円台。これが売れない道理はない。心配されたのが航続距離だが、何と250キロなので相当走る想定でも2・3日に一度充電すればいい。中国政府は産業界の圧力で規制をためらうような国ではないが日本はその逆だ。必死に輸入しないように、開発もしない努力をしている姿が目に浮かぶ。よく考えるべきだ。排ガスゼロ、音・振動ゼロ、停まっている時もエアコンOKの「人と環境に超優しい車」を選ぶ事のほうが絶対良いと考えるのだが。また、ほんの少しガソリンを節約できるだけのハイブリッドでお茶を濁し、手をこまねいているうちにグローバル自動車産業界に決定的な遅れを取るに違いない。BYD社の見解がふるっている。日本の市場は小さくて興味が薄い、らしい。自動車業界と政府のせいだ。しかし欧米にたくさん売れるので中国にとっては、かたくなな日本自動車業界とその手先の政府の姿勢は極めてうれしいに違いない。



投稿

参院選公約に思う

模役 蔵


 参院選の投票日が近づいてきました。
 今回の選挙、安倍政権の評価を下す選挙であるというコメントをマスコミで良く聞きます。これを聞くたびに若干の違和感をもってしまう。 安倍政権の具体的な個別の政策内容を問われ評価するものとイコールとは言えないと思うからです。「 選挙は経済だよね!」友人との会話でよく出てくるフレーズです。経済が良い時には与党が勝つことが多いことからの経験値によるものです。 米国のクリントン政権の選対が「票は経済だよ!」と言ったというからどうやら 間違いでもなさそうです。
 では今度の参院選においてはこの経済状況下、どう判断されるのでしょうか。与野党が国民に届く経済政策をどう掲げ、有権者にどうアピールするのか気になっていました。概ね与野党を問わずまわりの評価は厳しい。
 与党は消費税10%の必要性とアベノミクスの成果をアピールしています。 野党側の掲げる政策は最低賃金の引き上げ、非正規の正規雇用化、農家戸別所得補償、職業訓練プログラムの充実、低所得者への家賃補助 年金の増額、子供手当の増額、消費増税の凍結及び廃止等々です。
 今回の年金問題等で明らかになったように国民の大きな関心は将来の見通しです。年金も雇用も社会保障も根底に将来への不安があるからです。野党の公約は確かに実現できたら良いことです。耳障りは良くても財源は?政権選択選挙ではないにしても 大きな経済・産業政策など公約をある程度実現できる経済政策も同時に提示しないと有権者に足元を見られかねない。それが足りないと思います。国民は 財務省の言う国の借金1100兆円の嘘のプロパガンダを信じ、その為の増税は致し方ないというほど民度が高い。そう、何を期待しているかと言うと、この間続いてきた新自由主義経済の緊縮財政下に広がった格差、大企業偏重の優遇税制。金が金をもたらす金持ち税制、その為に陥った現下の格差と不安を解消し 将来の希望を感じさせる政治。反緊縮など経済政策でも大胆に提起できる信頼される野党になって欲しい。



 

勉強会報告

文責・金子


 去る6月29日、「アジア新時代研究会」第11回・勉強会が、東成区民センターで開かれました。講師は以前にもご出演頂いた、(前)門真市議の戸田ひさよし氏です。
 今回のテーマは、5期務めた議員活動を自らの生い立ちから遡って振り返り、捲土重来を期して日本と自身の今後を語って頂くというものでした。
広報の遅れもあって、「少数精鋭」での勉強会となりましたが、一人の人間がどのように社会運動に投身していくようになったのか、大変興味深く聞くことができました。
 秋田の教員夫婦の長男として1956年に生まれた戸田さん。戦後民主主義の息吹盛んな時代、その時代風潮は戸田さんの名前にも反映し、「ひさよし」という名前は漢字で「久和」=「恒久平和」からとられたものだと言う。祖父母、父母、弟さん皆が教員という「教員一家」の中で、戸田さんだけが「社会活動家」という道に。
 その片鱗は中学の時に、「丸坊主強制廃止!」を訴え生徒会長になったあたりから垣間見られるが、秋田高校に入ると「着装自由化運動」の熱気に遭遇し自由な校風に染まり、青春を謳歌、楽しい高校時代を過ごしたと言う。一方で五味川純平の「人間の条件」に衝撃を受け、朝鮮・中国民衆への犯罪と秋田で生まれた小林多喜二の虐殺なども初めて具体に知り、抑えきれない憤怒を感じだという。実際の「運動」には触れることなく過ごした秋田時代だが、<人間は自由で対等平等であるべきだ>という価値観を土台に、<義を見て為さざるは勇なきなり><汝の欲せざる処、人に施すことなかれ>という格言が自身の指針になっていたと語っている。これが戸田さんの「活動家」としての原点だと感じた。
 同年代に生まれ、高校まで政治的なものとは無縁に育った自分が、部落出身の幼馴染を通じて母から聞いた「ヨツ」という言葉や、中学・高校で読んだ「無知の涙」(永山規夫)や「わが命月明に燃ゆ」で受けた衝撃を基底に、その後朝鮮映画「血の海」で知った日本のアジア民衆に対する侵略行為、蛮行。ここから日本社会に目を向け、働く人々が主人となり、幸せに暮らせる日本に変革しなければならないという意識を持つようになった自分の半生とも重なり、形は違うものの、どこにでもいる普通の青年が社会運動に身を投じていく過程を共感を持ちながら聞くことができた。一言で言ったら「活動家」の権家、猛者のような戸田さんも同じ普通の人だったのだなぁという事だった。
 そして阪大入学。ここでは、「在日韓国人留学生スパイ団事件」の救援活動や韓国民主化支援、寮の自治を巡っての闘争、反「原理研」闘争などなどに関わる。闘争に明け暮れる戸田さんの姿が目に浮かぶ。卒業後も合わせ10年にわたり<不正義に屈したくない>の一念で「寮防衛」闘争を続けるが遂に陥落。このような過程で、「穏健派寮生」から「黒ヘルの猛烈な活動家」へ。その後は釜ヶ崎越冬闘争、寄場支援闘争に参加し、在日政治犯救援をしていたご夫婦の家に居候。アパートに移るが、そのまま生野区で9年間住まうようになる。この間に在日韓国籍の女性との結婚、娘の誕生を経験。子育てに奮闘する戸田さんの話が興味深かった。子供たちの姿を通じて「生まれながらの悪人はいない」という「性善説」を確信し、子供を歪める社会的要因を除去しなければならないという責任感を深めていく過程は、まさに「子育ては親育て」であったという。また、韓国籍を持つ朝鮮学校に通った娘への理不尽な差別や日本社会からの脅威や排除を身をもって体験。そこから、朝鮮学校への攻撃や差別排除、反ヘイトへの徹底した闘いへと。戸田さんの行動にはこのような具体的な根があったのだという事を知る。
 そして戸田さんがこの日涙をもって語ったのは、「寮闘争」時代に経験した三里塚闘争での戸村一作氏との出会いと韓国光州蜂起。キリスト者でもあった戸村氏の鋭い演説に感銘を受け、「闘う人民」の存在に強烈なインパクトを受けたという。特に87年の「管制塔占拠」闘争での勝利は、「たかだか空港反対闘争の局面勝利でこんなに嬉しいのだから、革命を勝利させたらどんなに嬉しいか」と強烈に思ったという。「光州蜂起」では学生・市民の「パリコミューン」にも匹敵する力強い姿に心が震えるほどの衝撃を受け、そんな人たちが無残に殺されているのに何もできない自分たちの無力さ、情けなさ。「すまない!この次は・・・」との思いを強くしたと声を詰まらせ語る戸田さん。
 強い闘いの意思というのは、怒りや、憎しみだけでなく、闘う人民の姿への感動や共感、信頼や敬意といったものに裏打ちされるのだということを教えてくれる戸田さんの話だった。
 その後、門真に移り、「離婚」を経て、議員生活へと。戸田さんの「議員」についての考えは、「地域に根差した運動と連携のためには、議会の活用や議員の獲得も必要」というものだ。これも実際の活動を通じて到達した考えだ。こうして議員を5期務めるようになり、多くの改革を門真市議会にもたらした。「左翼」を公言し、自らの考え、意見を隠すことなく、また様々な運動に身を置いている戸田さんが5期も当選し議員生活を続けてこられたこと自体、ちょっとした奇跡のように思っていたが、今回、生い立ちからのお話を聞くことにより、心が熱く、正義を貫き、身を挺して行動する、人間戸田ひさよしという人物像が浮かびあがり、自分なりに納得できたし、戸田さんがグッと身近になった。
 残念ながら、今回の市議選には落ちてしまったが、「勝ちに不思議な勝ちなし、負けに不思議な負けなし」として、主体的に敗因を捉え、「捲土重来」「臥薪嘗胆」の心構えで更に前進しようとしている戸田さんの今後に期待したい。
 最後に、テーマの一つでもあった「激動の東アジアの中で日本人として思うこと」に触れ、左翼の中では「朝鮮国」について「ミニスターリン国家」という認識があり、思考停止のようなところがあるが、核開発については、強大な国からの脅威に対し小さな国が自衛として持つのは仕方ないと思う。実際米国と対等に渡り合っているし、南北の和解も進めている。ある意味天才的な外交。民主化とか国家・社会システムについては割り切り方が必要では、という見解を述べられた。
 同感する。その国の内政はその国・国民が決め解決するべきだし、またそうすることしかできない。問題は東アジアが大きく変わろうとしているこの時期に、その流れと全く逆行し、アジア諸国との関係を更に悪化させていっている日本のあり方ではないだろうか。このテーマについては何れまた勉強会で取り組みたい。
 戸田さんには是非返り咲いて頂き、その間の活動や「勝利の要因」について語って頂きたい。頑張ろう! 戸田さん! 共に新しい日本を目指して。


ホーム      ▲ページトップ


「アジア新時代と日本」編集委員会 〒536-8799 大阪市城東郵便局私書箱43号