研究誌 「アジア新時代と日本」

第189号 2019/3/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 朝米首脳会談の物別れに考える

議論 「米覇権を守る」戦後日本の防衛を見直す時

寄稿 『60万回のトライ』ニュージーランドで上映 民族教育は世界に通じる

寄稿 フィリピン訪問連帯報告・2月11日〜17日




 

編集部より

小川淳


世界で台頭する「新しい政治」
 これまでの古い政治や組織が軒並み力を失いつつある中で、新しい政治勢力がここ数年、生まれ始めている。国と社会のグローバリズム、二極化、それによる生活の破壊に反対する闘いの中から生まれた「新しい政治」。世界で「新しい政治」の台頭が今年、ますます顕著になりそうだ。
 アメリカ・民主党の中では、格差の解消や国民皆保険、高等教育の無償化などを公約に掲げた左派が「プログレッシブ=進歩派」と呼ばれ、リーマンショック後の、「努力しても報われない」現状に不満を持つ若者に支持を広げてきた。プログレッシブは、昨年の中間選挙では下院を制した民主党の新人候補の41%を占め、その源流は、前回の大統領指名選挙でヒラリー・クリントンと最後まで争ったサンダース旋風にある。その主張も支持基盤もこれまでの民主党とはかなり異なっている。非白人系のマイノリティ、ムスリム、女性などが史上初めて議会に進出し、黒人それも女性の有権者が民主党による巻き返しの原動力の一つになったという。
 英国で「新しい政治」の旋風を巻き起こしているのがコービン労働党だ。2017年の議会選挙で労働党は、選挙前25ポイントも開きのあった支持率を2%まで縮めて30議席増を獲得し、メイ保守党を13議席減の過半数割れに追い込んだ。英国では、長年、軟弱な左翼を揶揄した「スノーフレーク(雪片)」なる言葉が流布していたそうで、ただし吹けば飛ぶような雪片でもそれが積もり積もって堆積し、そこに角度がつくと大きな雪崩を引き起こす。コービン労働党はそこに大きな雪崩を巻き起こした。起爆剤の一つが反緊縮だった。
 英国ではサッチャー政権によって多くの公営企業が解体されて労働者の多くが解雇された。リーマン・ショック後は公務員賃金の凍結、社会保障費の削減などの「緊縮」によって社会の二極化が一層進み、EU離脱を引き起こす温床となった。2017年の労働党マニフェストは「緊縮」によって削減された鉄道・水道、郵便の再公有化など、反緊縮、反格差社会のスローガンでイギリスの政治風土を一変しようとしている。
 そして2018年11月17日(土)に始まった「黄色いベスト」運動も「新しい政治」の一つだろう。政党や労働組合など「組織化」された運動ではないこと、彼らを動かしているのは右とか左とかのイデオロギーでもない。ここにも従来の政治とは異質の特徴がある。
 翻って日本はどうか。まったく「新しい政治」がないわけではない。沖縄辺野古の闘いは新しい地平を切り開いた。県民投票への与論を動かしたのは一人の若者だった。発想力と決断力と行動力があれば、たった1人でも世の中を動かすことができる。日本も捨てたものではない。



主張

朝米首脳会談の物別れに考える

編集部


 世界の耳目を集めた第二回朝米首脳会談が物別れに終わった。
 大方の予想に反するこの結末を前に、それを残念に思う空気が広がっている。
 そこで、この事態をどうとらえ、次なる展望をどう見るのか、考えてみたい。

■なぜ物別れ?
 「会談」が物別れに終わったその理由について、朝米双方の間には、無視できない食い違いが見られた。
 米国側は、いち早く、その理由として、朝鮮側が持ち出してきたという「全面制裁解除」要求を挙げた。それに応じられなかったのは当然ではないかということだ。
 これを受け、朝鮮側は直ちに反論した。「要求したのは、『全面』ではない。民生分野の『一部』だけだ」と。
 この食い違う二つの言い分を前に想起すべきは、「非核化」と「制裁解除」の攻防で、朝鮮側が行動対行動による段階的解決を提起し、米国側もそれに同意していたという事実だ。
 ここから見た時、朝鮮側が最初から「全面制裁解除」を持ち出してくるというのはかなり考えにくいことだ。
 これに対し挙げられている親米派論者の主張の根拠は、「会談」当日、米国議会下院で行われた「コーエン公聴会」だ。そこで「ロシア疑惑」などが証言され、トランプが窮地に陥った。朝鮮はその「弱み」につけ込み、要求をつり上げてきたに違いない。それが朝鮮のパルチザン以来の伝統的手法だというのだ。

■「会談」当日、なぜ「コーエン公聴会」?
 第二回朝米首脳会談にぶつけるように開かれたトランプの元顧問弁護士、コーエンを証人とする公聴会は、首脳会談を差し置き、米メディアトップで大々的に報道された。
 だがそれにしても不思議なのは、トランプの大統領としての進退がかかるこの公聴会がよりによってなぜ、首脳会談当日に開かれるようになったのかということだ。
 そこで考えるべきは、この「公聴会」から何が予測されるかということだ。
 何より明らかなのは、当のトランプが受ける打撃の大きさだ。翌日に首脳会談を控えながら、トランプが夜を徹してそれに見入っていたという事実がそれを雄弁に物語っている。実際、朝鮮側に責任を押し付けての「会談放棄」は、その時決まったのではないか。もはや「会談」の合意どころではない。そんなことをすれば、逆に非難の的になるだけだ。
 次に予測されるのは、「公聴会」への朝鮮側の反応だ。先述したように、そこにトランプの「弱み」を見て攻撃を強めてくるか。それとも、トランプの「失脚」を懸念して、彼を支え、その大統領任期中になんとか事を運ぼうと、今回の交渉で大幅に譲歩してくるか。前者の場合は、米国側の拒否とそれに伴う「会談」の物別れ。後者の場合は、譲歩が譲歩を呼び、米国の大勝利。
 だが実際には、そのどちらでもなかった。それで、本稿冒頭での米国側の「物別れ」の理由説明と親米派論者たちによる「『弱み』攻撃」論の展開となったのではないだろうか。

■米国は、なぜ「会談」を物別れさせたのか?
 もともと米国側には、今回の「会談」を朝米両首脳の「ディール」を通して、何らかの合意を導き出すものにする意思はなかった。
 ポンペオ米国務長官が会談の物別れを前にして、「金正恩委員長は、最後の一歩を踏み出すことができなかった」と言ったその一言にすべては言い尽くされていると思う。すなわち、米国側は、朝鮮側の非核化努力が不十分だとしながら、核弾頭やミサイルの廃棄、核関連の施設や計画の全貌を明らかにしたリストの申告など全面武装解除にも等しい無理難題を押し付ける一方、それが受け入れられなければ「制裁解除はない」と朝鮮側に譲歩と屈服を迫った。当然ながら、朝鮮側はそれに応じず、「会談」は物別れに終わらざるを得なかったということだ。
 これは、戦争と敵対から平和と繁栄へ、東北アジアの新時代を開く、昨年から始まった朝米対話の積み重ねをすべてご破算にするような意思であり行動だ。こうした信じられないような暴挙になぜ米国は出てきたのか。
 その背景には、一言で言って、「同床異夢」で推し進めながら、それを朝鮮の「改革開放」、アメリカ化とそれに基づく新しい米覇権につなげていこうと目論んでいた東北アジアの時代的転換が決定的に南北朝鮮主導で推進されるようになっているという事情があると思う。軍事分界線を平和地帯に変える南北軍隊の握手、南北を結ぶ鉄道、道路開通への動き、等々、軍事、経済両面にわたる南北融和と協力、統一への予想をはるかに超える急速な発展は、米国に危機感をもたせるのに十分だったのではないか。
 それゆえ、「制裁解除」が実施されるようになれば、それが「全面」ではなく、たとえ「一部」であっても、南北の融和と協力、統一のため、決定的に大きな作用をするようになるのは確実だった。そこから見た時、今回の「物別れ」の目的は、何よりもまず、「制裁解除」の否定、即、南北の融和と協力、統一のこれ以上の進展を妨害することにあったと言えるのではないだろうか。
 南北の融和と統一に向け、軍事と経済にも増して、予想を超える速さで進展しているのは、政治分野での南北合作だ。「血は水よりも濃し」。南北の民族的結合と日米韓の体制的連携。その結びつきの強さの差は、この間の南北首脳会談に見られた親密度、それに反比例するかのような最悪の日韓関係を見るまでもなく、もはや歴然としている。
 そこで文在寅政権の果たしている役割の大きさは、米国の想定を遙かに超えていたのではないだろうか。その文政権にとって、今回の「物別れ」がもたらす打撃の大きさは計り知れない。当面、今春想定されていたソウルでの南北首脳会談開催の目途が立たなくなったことが大きい。これに加えて、経済危機と国民生活難などが重なる時、文在寅政権と国民の一体感が問題となる。
 東北アジア新時代の進展にあって、それを主導する金正恩委員長の権威の高まりは決定的だ。これまで「北」を第一の敵としていた韓国民の意識が大きく変わる中、金委員長への印象が改まり、今やその権威が高まるようになってきている。これは、米国が「同床異夢」で東北アジア新時代を推し進めていく上で最大の障害になるものだ。
 この視点から今回の「物別れ」を見た時、米国の第一の目的がどこにあったかが見えてくる。
 ついでに言えば、トランプは、そのためのピエロとして利用されたのではないか。

■東北アジア新時代、新たな段階を迎えて
 この外交儀礼上あり得ない暴挙を犯しながら、米国は、東北アジア新時代から手を引くつもりなのだろうか。
 そうはしないと思う。なぜなら、グローバリズムによる覇権が破綻した今、米国にとっては、ファースト覇権しかなく、東北アジア新時代は、そのための重要な足掛かりだからだ。
 その証拠に米国は、「会談」の席を立ちながら、蹴立ててはおらず、「第三回会談」への含み十分に残している。
 一方、朝鮮も、完全な決裂、敵対という立場はとらなかった。交渉継続の余地は大きく残されている。
 それらは、明らかに東北アジアにおける時代的転換が継続されながら、新しい段階を迎えることを意味していると思う。それは、朝鮮半島、ひいては東北アジアから覇権をなくすのか、それとも新しい覇権かの、従来にも増して厳しい対立と葛藤を内包したものとなるだろう。
 この東北アジア新時代の新たな段階にあって、日本はこれまでのような「蚊帳の外」は許されない。「同床異夢」の双方から、「時代」の当事国として、より積極的な参入が求められてくる。
 その当事国としてのあり方、参入のあり方を決めるのは、安倍自民党政権でも、野党でもない。日本国民自身だ。
 自国第一、国民第一の政治を国民主体で推し進める「新しい政治」が世界の基本趨勢になっている今日、東北アジアにおける時代的転換、その新段階にあって、日本国民の前に問われているのは、覇権なき日本、覇権なき東北アジアなのか、それとも、新たな米覇権、ファースト覇権の下での日本、東北アジアなのか、その歴史的選択と決断なのではないか。そのために、今回の「物別れ」は、深刻な教訓となるのではないだろうか。



議論

「米覇権を守る」戦後日本の防衛を見直す時

吉田寅次


■緊張緩和が「日本にとって最悪」とは?
 先のハノイでの朝米首脳会談で「合意できず」を「最悪の事態は避けられた」と一番喜んだのは日本の政界とマスコミだった。南北朝鮮、及び世界の絶対多数は「平和への合意」を期待した。なぜわが国の政界、マスコミは朝鮮半島の緊張緩和を喜ばず「最悪」と見るのだろうか?
 朝鮮半島緊張緩和の端緒は、昨年初め、ピョンチャン五輪が南北共同の祭典として開催、統一旗掲げる南北朝鮮の合同選手団が実現、「北」からの高位級政治代表団が共同の祭典に参加、文在寅大統領と南北和解を協議、その場で南北首脳会談実現も決まった。前年までの「北朝鮮の核とミサイル問題」をめぐり戦争直前、一触即発といわれた危機が回避されたことを全世界が歓迎した。
 ところがわが国ではピョンチャン五輪が南北の共同祭典とすることが決まった時、TV番組に出演した中谷元防衛大臣はこう懸念を表明した。
 「38度線で米軍が北朝鮮軍と対峙しているのに、韓国が勝手に融和姿勢を示しては困るんです」。
 軍事境界線における緊張状態を緩和することが困るというのが日本政府の立場だ。融和姿勢に転じた韓国・文在寅政権とそれを「困る」と言う安倍政権との認識の差はどこから来るのか?
 韓国民衆にとって、軍事境界線は南北分断という民族の悲劇の象徴であり、ながらく同族敵対と民族分断を固定化する諸悪の根元であった。
 軍事境界線は、「米軍が北朝鮮と対峙」することで保たれる米国中心の国際秩序維持、言い換えれば「米覇権を守る」ための防衛ラインだ。文在寅政権にとっては「米覇権を守る」防衛ラインによってもたらされた民族の悲劇を終わらせることこそが民意に応える正義、という認識だ。
 他方、安倍政権にとっては、「米覇権を守る」防衛ラインとして軍事境界線維持が日本の安全保障にとって重要であり、これを崩す融和姿勢、緊張緩和努力は「最悪」という認識だ。
 なぜこうなるのか? 「米覇権を守る」防衛がわが国政府の安保防衛観の中心に置かれているからではないのか? このことを考えてみたい。

■「日本を守る」防衛を犠牲にして何を守るのか?
 情報誌「選択」1月号に「自衛隊を弱体化させる安倍政権」という記事がある。最近、米国から購入する正面装備に予算の大部分が使われ、人と装備の維持費に金が回ってこない、だから現場の自衛隊員たちが困っているという記事だ。
 昨年2月の佐賀県柏崎市での住宅地区への自衛隊ヘリ墜落事故で2名の隊員が死亡、住宅にいた少女が負傷したが、事故の原因は、主回転翼の「メインローターヘッド」が中古部品の転用だったことにあった。陸海空の自衛隊すべてで多くの部品、戦闘機までが中古部品の転用で補われているとのことだ。弾丸、弾薬不足も深刻で訓練に使用する空弾すらなくて口で「パン、パン・・・」と子供の戦争ごっこのような訓練もやるそうだ。下士官不足も深刻で充足率は70%、その理由は「警察官の各種手当ての方が手厚い。われわれは三分の一程度でしょう」と一陸曹長が語る人件費抑制のためだ。
 こうした自衛隊の惨状を更に悪化させるのが、昨年末、閣議決定された新防衛大綱だ。この大綱によって米国から購入する正面装備の予算が膨大化するので「人と装備維持」の費用削減が更に増幅され、事態がいっそう深刻化するのは明白だ。
 小型空母導入のため米国からF35Bステルス戦闘機を購入、900km射程の長距離巡航ミサイルや陸上からミサイル防衛のための「イージスアショア」等々、高価な兵器の米国からの購入が目白押し、その先には「防衛費の後年度負担」という名の「ローン地獄」が待っている。「日本を守る」防衛現場を弱化させてまで必要とされる正面装備購入がめざすものは一体、何なのか?
 この「新防衛大綱」が想定する新たな正面装備がめざすもの、それは自衛隊の攻撃能力保有だ。
 F35Bステルス戦闘機購入の目的は、自衛隊の小型空母保有だ。海上自衛隊の「いずも」型護衛艦を改修し、短距離離陸と垂直着陸可能なF35Bを搭載できるようにした小型空母にするというものだ。900km射程の長距離巡航ミサイルは日本海海上から「北朝鮮のミサイル基地」を攻撃できる能力を持つ。空母保有、長距離巡航ミサイル保有は、自衛隊が専守防衛の「盾」から敵国攻撃能力保有の「矛」に転換するということだ。
 自衛隊弱化を招いても必要な「自衛隊の攻撃能力保有」とはいったい何のためのものなのか?
 こんな本末転倒が起こるのは、自衛隊の基本任務が「日本を守る」防衛から「米覇権を守る」防衛に転換されるからだ。
 これは戦後日本の安保防衛路線の必然的な帰結である。このことについて次に考えてみたい。

■戦後日本の防衛は「米覇権を守る」防衛が本質
 戦後日本は、「吉田ドクトリン」と言われる「軽武装・経済至上」主義、日本は経済に集中し、軍事に金を使わない、日本防衛は米軍に任せるというものだった。一般にこのことが戦後日本の経済的繁栄をもたらしたと言われている。  この「吉田ドクトリン」を基礎に、戦後日本の安保防衛は「憲法9条・専守防衛の自衛隊=盾」+「日米安保・攻撃能力保有の米軍=矛」の二本立てとし、攻撃能力を持つ米軍が日本防衛の基本を担うという日米安保基軸を基本路線としてきた。
 米軍が日本防衛の基本を担うとは何なのか?
 日米安保条約に基づく在日米軍の基本任務は、日本の主権や領土を守ることではなく、「アジアと世界平和を守る」こと、その実質は「米中心の国際秩序維持」、その本質は「米覇権を守る」ことだ。この米軍が日本防衛の基本を担うということは、「米覇権を守る」防衛が日本の安保防衛の基本路線だということではないだろうか。
 「米覇権を守る」防衛、それは日本国民の要求ではない。「二度と戦争をしない国になる」、軍国主義からの脱却を誓い、その具現である「戦争放棄」の憲法9条、ただ「日本を守る」専守防衛が国民の要求だった。「米覇権を守る」防衛は、復活した旧財閥、侵略武力を持てなくなった旧帝国主義勢力、ML主義風に言えば日本の独占資本、巨大資本勢力の要求だ。対外進出が生命線であり、海外権益維持を米軍に託す、これが巨大資本の要求する戦後日本の防衛だった。米中心の国際秩序に依拠して自己の海外権益を実現、確保する、その「利益線守護」の防衛路線が「米覇権を守る」防衛であり、憲法9条ではなく日米安保基軸こそが日本の防衛だとされてきたのではないだろうか。
 朝鮮半島の緊張緩和を日本の安保環境の好転と見ず、「最悪の安保環境」と見て自衛隊の「米覇権を守る」戦力化を図る安倍政権の危険な企図は、国民が戦後日本の防衛路線を見直す契機を与えることになるだろう、いやそうすべきだと思う。

■覇を競わない日本独自の防衛路線への転換を
 この間、米韓両国が毎年春の大規模な合同軍事演習の廃止で合意したことを受け、日本政府は在韓米軍の抑止力が低下し、東アジアの軍事バランスが崩れかねないと懸念を強めている。日本が東アジア防衛の最前線に立つことで軍事バランスを保つことになるだろうとの主張も出始めている。
 安倍政権が新防衛大綱で打ち出した自衛隊の「攻撃能力の保有」、「米覇権を守る」戦力化、それはまさに韓国軍に代わって自衛隊が「米覇権を守る」最前線任務を担うことに直結するものだ。安保法制実施の日本では、米軍を防衛する軍事行動が合法化され、「攻撃能力保有」の自衛隊が「米覇権を守る」戦争をする最前線に立つことを強いられる。これは「二度と戦争をする国にならない」と誓い、それを憲法9条に託した国民的決心と相容れないものだ。
 ろうそく革命によって南北和解を掲げる文在寅政権を生み出した韓国の民衆は、「米覇権を守る」防衛による民族的悲劇を甘受することを拒否し、いまや事実上、軍事境界線を亡きものにしようとしてる。
 東北アジア、朝鮮半島の安保環境の激変の本質は、覇権の犠牲物になることを拒否する脱覇権の民意が時代の主流となったことだ。
 この時代の潮流は、自衛隊に「米覇権を守る」戦争を強いるに至った戦後日本の「米覇権を守る」防衛を見直し、時代に即した脱覇権の日本の防衛、覇を競わない日本独自の防衛への転換を考える絶好の機会をわれわれに与えてくれるものだ。
 この紙面でこれまで9条自衛の議論をやってきたが、脱覇権の防衛、覇を競わない防衛というこの時代に即した具体的政策論議に発展させていかねばならないと思う。


 
寄稿 『60万回のトライ』ニュージーランドで上映

民族教育は世界に通じる

朴敦史(コマプレス、『60万回のトライ』共同監督)


 大阪朝鮮高級学校ラグビー部を取材した長編ドキュメンタリー映画『60万回のトライ』(2013年)の製作から6年目を迎える。14年の劇場公開以来、私たちコマプレスは映画に連れられ、北海道から沖縄、韓国にも足を運んだ。観客数は日韓を合わせて62000人を超えた。昨年12月、ニュージーランドのオークランド大学にて、国際学会『21世紀の在日コリアン』(オークランド大学コリアン研究センターなど主催)が開催され、そのプログラムの一貫として上映の機会を頂いた。もちろん、南半球では初上映。私たちも招待を受け、約13時間のフライトを経てオークランドへ渡った。
 きっかけはその半年ほど前のこと。日本から学会へ参加予定のある方が映画上映を強く推してくださったところ、「テーマにぴったりの作品だ」と正式プログラムとして上映が実現した。学会では学際的な枠組みで、在日同胞をはじめ海外の同胞コミュニティなどを研究する大学教員や研究者が集まり、2018年12月1日から二日間に渡って発表と討議が重ねられた。参加者にはさまざまな意味での「コリアン」が多く、日本人、アメリカ人が続く。そのほとんどが日本、韓国、豪州、アメリカ、中東などの大学教員・研究者たちだった。

 オークランド大学構内で午前9時半から始まった学術会議。研究発表は多岐に渡った。在日の「国際結婚」、海外文学での「在日」、在日の舞踊や音楽家、関西の焼肉の調査もあった。ニュージーランドのサハリン出身同胞の調査、朝鮮学校への共和国(朝鮮民主主義共和国)からの教育援助費、韓国系民族学校、「朝鮮籍」の問題など。その多様さは、「在日コリアン」の持つ社会文化的な多面性を浮かび上がらせているようにも思えた。ときに発表の中で、よく知る地域の朝鮮学校の様子や在日の芸術家たちも例示された。思わず「知っています」と声が出そうになった。
 『60万回のトライ』上映は初日の会議を終えた末尾。観客はある意味、コリアンの専門家ばかり。いったいどんな映画なのか興味津々で始まった。
 想像以上の反応だった。上映中、日本や韓国での上映と同じシーンで笑いが起き、共感の涙が流れ、不条理には憤りが、最後には拍手も沸いた。最初から最後まで身を乗り出して観た方、熱心にメモをとる方、上映後の質疑で「感動した!」の一言にすべてを籠めた方、近寄り難かった強面の方は、おそらく最も表情豊かに笑い、泣きながら観ていた。ある欧米の方は「いままで見たドキュメンタリーで一番良かった」と感激し、若い韓国からの参加者は「在日同胞がこれまで以上に近く感じられた」と話した。誰もが一人の同胞として、あるいは「在日コリアン」に関心を寄せる一人として、映画を観たようだった。
 質疑の中で、映画出演者の多くがラグビー選手として、また社会人として各方面で活躍をしていることを伝えると感嘆の声があがった。第98回全国高校ラグビー大会に出場する大阪朝高ラグビー部を応援したいと、カンパを託してくれた方もいる。ニュージーランド上映は誰もが朝高生のファンになったかのような、温かな上映となった。
 翌日の会議では、映画への言及が幾度かみられた。例えば在日コリアンの文化的混合性の参照として、「韓国では青白ですが、日本では紅白、昨夜観た朝高では青赤でした」と運動会の組分けに触れる場面も。専門家としての目にも、ウリハッキョ(朝鮮学校)の印象は鮮やかだったらしい。

 ニュージーランドは言わずと知れたラグビー最強国。その代表チーム「オールブラックス」が試合前に先住民マオリ族の「ハカ」を踊ることでも有名だ。当地ではラグビーにまつわる思いがけない出会いもあった。
 大学近郊でタクシーに乗ると、運転手は体格の良い、スポーツのジャージを着たマオリの親父さん。片言の英語でラグビーをしますか?と訊ねると、「そう、ラグビー選手だよ!」と、さすがはラグビー王国。信号待ちに大阪朝高ラグビー部の試合の写真を見せると「いいタックルだね」と褒めた。ラグビーという共通項で話が弾んだ。
 「毎週、試合をやってるよ!シーズンが終わったところだけど、成績は良かったよ!タックル、タックル、タックル!どんな大きなヤツが来てもタックル!地元じゃサインをねだられるくらい有名さ。はっはっはっ!ポジションは7番、フランカーさ!ロックや.8もやるよ」
 豪快で愛嬌たっぷりの人柄が伝わってきた。
 「日本では来年W杯だね。俺たちも日本へ行くよ!どのチームの応援かって?オールブラックスに決まってるじゃねぇか!」
 家族の話になると、息子愛が止まらない。
 「うちの息子も地元S高校でラグビーやってんだけど、この間、大会で優勝したんだぜ。フランカー6番!高校.1の6番さ!オールブラックスでプレーするのが夢なんだ」
 まるで、朝高ラグビー部のウリアボジ(朝鮮語で「私たちのお父さん」)たちと話しているかのようだった。
 それぞれの出自の話になり、私は日本生まれの「コリアン」ですが、朝鮮語はできませんと言うと「なんでだ?」と不思議がった。ニュージーランドではマオリ語が英語、手話と並ぶ公用語。多くの表記でマオリ語、英語が併記され、国歌ですら1番の歌詞をマオリ語で歌う。「マオリ語をどこで学んだかって? 家だよ!」と、当たり前そうだった。
 写真を見てもらった朝鮮高校の生徒たちは流暢に朝鮮語を話しますよ、と言うと、「そうか!そうか!」と納得したように頷いた。
 彼にとって、ルーツに根付く朝鮮学校生たちの存在は自分たちに近く、母国語を解さない私のような存在こそ「謎」だったかもしれない。私はニュージーランドの多文化主義で尊重されているものが何かを肌で知った。そして、民族教育が世界に通じることを悟った。
 降車の際、彼は写真を撮らせてくれた上、おもむろに着ていたジャージを脱ぐと私たちにプレゼントしてくれた。サイズはなんとXXXL。この鷹揚さ、大胆さ。ラガーマンの人柄はどこも共通のようだ。ラグビーをプレーする、好きである、というだけで片言の英語でも、これほど親近感が湧いてくるとは。スポーツの普遍性はこのような得難い出会いを生み出し、世界を近くする。ニュージーランドではラグビーへの感謝もまた深まった。

 ドキュメンタリー映画を製作させて頂き、いまなお出演者や朝鮮学校、ラグビー部、在日同胞社会と関わることができるのは、なにものにも代え難い幸福である。
 映画は異なる国や地域、文化それぞれの文脈でそれぞれに読まれる。私はいつの日かマオリの人々にも映画を観てもらいたいと願う。そして、ウリハッキョの運動場で同胞たちとマオリの人々が焼肉を共にする光景を思い描く。すぐに打ち解け、お互いの文化や歴史を知り、生涯の友となることだろう。
 今後も『60万回のトライ』は、手紙のようなものとして、朝鮮学校生たちの素顔と肉声を伝えるものであって欲しい。それを届けるのは私たちの責任である。



寄稿

フィリピン訪問連帯報告・2月11日〜17日

「アジアとの未来に向けて@「慰安婦」の人権回復に取り組む」伊藤早苗


■フィリピンの政治状況について
 現在、ドゥテルテ大統領政権下においてミンダナオに戒厳令がしかれていますが、ミンダナオの戒厳令は今年いっぱいで解かれますが、その後フィリピン全体に広がっていく模様です。
 最近、ロラ・センターにも証券取引委員会からテロ支援とみられるNGO組織は資産を凍結するという通達がなされました。
 ドゥテルテ大統領は、ビルド・ビルド・ビルド政策(大規模なインフラ整備計画)の成功の為に日本との関係強化を求め、安倍総理との会談を要請しています。インフラ促進に日本政府からの投資、援助を求めていると、フィリピンのニュースでも報道されています。昨年もそうでしたが、今年も増々高速ビルの建設ラッシュを目の当たりにしました。
 リラ・ピリピーナも「慰安婦」問題を訴えれば訴えるほど弾圧が強まっていくことが予想されます。リラ・ピリピーナは健全なNGO団体です。今すべきことは、法的に隙のないような活動を再構築することです。また、スタッフからは日本は複雑な国に映るようでした。アメリカ・中国・日本が第2の侵略をする恐れを感じていました。
 今回はフィリピン料理を毎日毎日しっかりと食しましたが、(何だか塩分量は多めでしたが、)日本人好みの味に近いものを感じました。また、空港、タクシー、商業センターでは簡単な日本語が日常的に飛び交っています。「おもてなし」をしてくれているのでしょうか?こんなところにもドゥテルテ大統領の安倍総理へのポチぶりが影響しているのでしょうか?

■贖罪
 さて、この時期(2月16日)は、毎年マニラ市街戦(第2次世界大戦)で10万人近くのフィリピン人が犠牲となったことを追悼する慰霊祭が行われます。
 マニラ市街戦追悼団体「メモラーレ・マニラ1945」が追悼式を主催し開催しています。1995年にリサール公園内に追悼碑も建立されました。慰霊祭に出席する為に訪比した、今泉映画監督と教員退職者のご一行様(12名)と偶然にも同じホテルでした。
 またこれに合わせて、ARAYAミュージアムでは戦争関連の展示会(2月3日?3月3日)が開催されており、「慰安婦」問題展示コーナーもありました。
 私、残念ながら追悼式典には参列出来ませんでしたが、ARAYAミュージアムで、ラサール大学の先生から、「安倍首相のことを日本人はどう思っていますか?」の質問を受けました。
 2月16日は午前中にロラ・センターで、ロラたち、パマナ、スタッフと我々(4名)の総勢30名で交流会を持つことが出来ました。
 当初はロラたちが来てくれるだろうか?「どれだけの人が集まるかわからない。」とスタッフが言っていたので心配をしましたが、当日は大勢が集ってくださったので感激しました。
 午後から一行は誰一人として帰らず全員で、マニラ湾エリア(マラテ教会前)で開催されたガブリエラ(女性人権団体)主催の、One Billion and Rising(一億盛り上がろう!)Danceイベントに参加しました。
 フィリピンも5月に統一選挙を控えての盛り上がりイベントです。
 ロラたちも元気で参加をされて、改めてアクティブと強い団結を感じ取りました。

   

【参考】
a>ロラ・センターとは被害者が集ったり、資料を保存管理している場所です。
b>ロラとはフィリピン語で「おばあさん」のことです。
c>ここでのロラは第2次世界大戦中の「戦時性奴隷被害者」を指します。
d>被害者は1993年に名乗り始めた時には174名でしたが、 現在、生存が確認されている被害者は5名、生存確認中の被害者は3名です。
 不完全な活動ではありますが、この度のミッションは無事終えて帰国しました。
 報告の終わりにあたりまして、ロラ・センターをユネスコ記憶遺産に登録するための活動費とロラたちへの福祉のための費用のご支援をよろしくお願い申し上げます。


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