研究誌 「アジア新時代と日本」

第179号 2018/5/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 東北アジア新時代と日本の課題

議論 今こそアジアの外から内へ入るとき

映画 「日本と再生」で見た、驚愕の脱原発!

短歌・俳句

投稿 新しい時代を開く「南北コリア」




 

編集部より

小川淳


今こそ「異様なる隷属」から脱する時だ
 話題の書、白井聡氏の「国体論 菊と星条旗」を読んだ。白井氏は、明治以降の日本近代史について、戦前と戦後を一貫した「国体の歴史」として捉えるという手法を取る。
 今日にいたる対米従属という「この国の姿」はなぜ、どこから生まれるのか。冷戦期はアメリカの軍事を日本は必要とした。その意味で対米従属の必要性は語られ、そのように説明できないわけではない。しかし、冷戦終了後の今なお、冷戦期以上に対米従属が深化しているこの国の姿は、通常の形では説明できない。もはや安保体制こそ、戦後日本の「国体」へと転化したのではないか、というのがこの本の骨子だ。
 戦前の日本は、富国強兵の明治期からアジア侵略の歴史を刻み、対米戦争という悲惨な結末を迎えた。その国の在り方の中心に天皇を神とする国体があり、日本型ファッシズムの温床となり、アジア侵略の原動力となった。もし近代日本が「国体」というものを持たなかったら、戦前の日本は違った歴史を、もう少しまともな道を辿ることができたかも知れない。理性や知性、寛容さなど人間として本来持っている能力をすべて奪い取っ てしまったもの、それが戦前の天皇制国体だった。
 「天皇を頂点に頂いた君臣相睦み合う家族国家」―この国体による失敗の歴史を克服し、生まれ変わったのが戦後の日本のはずだった。その象徴が平和憲法であり、国民はそれを熱狂的に支持したが、朝鮮戦争を境にこの国の姿は無残に変わっていく。憲法よりも何よりも安保条約が優先する対米従属の戦後史、そこに貫く原理を本書は「安保国体」と看破している。
 それがわかりやすいのが沖縄の現状だ。広大な基地を押し付けられ、米軍の犯罪に苛まれ、土人呼ばわりされ、侮蔑される。そのような不条理な歴史が永遠と続いている。誰もが正しい、正義ととみなす沖縄の自治や自己決定権、平和や民主主義が平然と蹂躙される。その不条理が不条理とは見なされない。天皇を神とする国体によって宗教や良心、思想が踏みにじられた「戦前」と、今の沖縄とは何ら変わるところがない。
 ではこの「安保国体」から脱する道はないのか。戦前の国体の辿った道を、戦後国体もたどっていると本書は見なしている。つまり戦前の国体が戦争で破滅したように、アメリカを神とする戦後の国体も、いずれ硬直化して矛盾の内に壊滅するという。衝撃的である。だが、米朝の和解という東アジアの新時代が始まる今こそ、衰退するアメリカにすがる一部の愚かな人たちから日本を取り戻す絶好の機会ではなかろうか。



主張

東北アジア新時代と日本の課題

編集部


 「朝中」「南北」、そして「朝米」、世界の耳目を集める一連の首脳外交は、朝鮮半島はもちろん、ほぼ確実に東北アジア全体にかつてない地殻変動を生み出すものだ。それは何か?それにより何が日本に提起されて来るか?この問題を離れて、日本の未来は語れないと思う。

■誰が「主役」、誰が「脇役」か?
 昨年一年を通し、米国がその覇権力をかけて強め続けた制裁と圧力。それをはね除け強行された朝鮮による連続的な核とミサイル実験。
 そして今年、一転して、連続的、多発的に繰り広げられる世人を驚かす積極的、能動的な外交戦の数々。
 朝鮮のこの驚異的「変身」を見て、トランプは、「制裁が効いた」と喜び、対朝鮮外交戦の基本要求に「非核化」を押し出した。それに力を得たのが、この間「蚊帳の外」で疑心暗鬼していたわが安倍政権だ。「完全な非核化まで制裁を!」と声を高めている。
 この外交戦にあって、一方の当事者である韓国は、朝米間の仲介役、裏方に徹していた。そこでは自らが当の主役である南北首脳会談に対しても、あくまでそれを朝米首脳会談の前座、前哨戦として位置づけ、自身は「非核化」実現への土台作りの役回りに甘んじていた。
 そして行われた南北首脳会談。分断の象徴、板門店で、両首脳が手を携え分界線を越えて行き来する場面から始められたこの「会談」。それが持つ意味の大きさは、大方の予想をはるかに超えるものだった。
 北と南、そして海外同胞まで含め、八千万を超える朝鮮民族の多くが、自らの民族としての血を改めて自覚し、長期にわたる分断状況の中、半ば諦めかけていた祖国統一の実現を実感した。
 これを見て、「今回の外交劇は、文在寅・脇役、トランプ・主役ではない。南北主役だ」と言う声が上ったのは決して偶然ではなかったと思う。
 実際、今回の南北の首脳会談は、どう見ても「非核化」ではなく、「南北朝鮮の平和と繁栄、統一」のために行われた。その強烈な印象は、「非核化」を掲げる朝米の会談の方がむしろ、南北統一の実現を保証するための脇役になるのではとの感さえ抱かせるものだった。

■戦争と敵対から平和と友好の東北アジアへ
 南北朝鮮の平和と繁栄、統一がもたらす意味は大きい。
 これまで戦争と敵対の朝鮮半島は、東北アジア、引いては世界の戦争と敵対の火種となりその根源の一つとなってきた。65年前、終結したはずの朝鮮戦争は、いまだ休戦協定のまま、平和協定は結ばれずにいる。さらに毎年、二次、場合によっては数次に渡り、繰り返されて来た米韓合同の大軍事演習。まさに一触即発の準戦時状況が半世紀をさらに十数年も超えて続けられてきた。
 その間、朝鮮と米韓双方の軍事力は増強され続け、恐るべき水準にまで達している。一旦、戦端が切られたなら、朝鮮半島全域はもちろん、日本まで含め、その戦禍は、東北アジア全体に広がるものとなっている。
 そうした中、昨年、朝鮮は、水爆とICBM「火星15」発射実験に成功し、「国家核武力完成」の宣言をするに至った。これは、米国全域を完全に射程に入れ、その全滅を可能にするものだ。
 米国はそれを、まだまだ未完成だと言いつのり否定している。しかし、その完成の事実とそれがもたらす恐ろしさを一番良く知っているのは、他でもない、米国自身なのではないだろうか。
 もはや米国は、朝鮮相手に戦争することはできない。それは、双方の全滅を意味しているからだ。トランプが繰り返す「戦争の選択肢」は、単なる強弁、脅しのための脅しでしかない。
 もはや米国は、朝鮮戦争の終結宣言、平和協定締結の場に出て来るしか方法がなくなっている。それは、また、朝鮮半島に対する分断支配の終焉と南北の和解と融和、そして統一の実現に大きく道を開くものだ。「非核化」は、そうした事の本質を隠蔽するための覇権国家、米国の「面子」に過ぎない。
 戦争と敵対から平和と友好へ。それは決して南北朝鮮だけに止まるものではない。日本と中国、ロシア、そしてこの地域への関与にこだわる米国まで含め、東北アジア全域、引いては世界にまで波及する歴史的大転換だと言うことができる。

■転換する米覇権のあり方と日米関係
 平和と友好の東北アジア新時代に、覇権国家、米国はどう対しどう向き合おうとしているのか。
 元来、国家間に戦争と敵対をつくり出して行う覇権には、平和と友好はなじまない。だから米国は、これまで65年の長期にわたり、東北アジアを戦争と敵対の中に落とし込めてきた。
 しかし、そうしたやり方も、もはや限界に来ている。それは、核とミサイルをめぐるこの間の朝米の攻防に端的に現れていると思う。
 実際、米国にはもう打つ手がなくなっていた。今の米国の力をもってしては、あれ以上の制裁と圧力は不可能だ。その上での「国家核武力完成」の宣言と南北融和への動き、朝中首脳会談、そしてロシアやEU等々、続出する対朝鮮連携。勝負の帰趨は完全に決したと言える。
 しかし、戦争と敵対の終結は、即、覇権の終焉ではない。歴史はいまだ、自ら覇権を放棄した覇権国家を知らない。そこで当然問題となるのは、戦争と敵対から平和と友好へ、時代の転換にともなう覇権のあり方の転換だ。
 これまで、そうした例はいくらでもあった。かつてニクソン大統領の時、米国は、中国に対する敵対、封鎖から、一気に「友好」「改革開放」に打って出たではないか。
 だが、あれから半世紀近く。今、米覇権力の低下は著しい。その米国にとって、日本の軍事・経済力の動員は、一層切実な問題になっている。
 「アメリカ・ファースト」のトランプ米国にとって、もともと日本の軍事・経済力を米国のそれに組み込み、「強いアメリカ」で覇権するのは、すでに織り込み済みだった。それが、今、平和と友好の東北アジア新時代にあって、さらに決定的な意味を持つようになっている。

■歴史の新時代、日本に問われていること
 今日、日本においてもっとも切実に求められているのは、東北アジアに生まれている新しい時代の波とそれに対応する覇権国家、米国の動向、そしてそれらが日本にとって何を意味しているのか、事の本質を自分の頭でしっかりと認識、判断し、それに正しく対応して行くことだと思う。
 それを、米国言いなりに、その笛に踊っている安倍政治に任せることができないのは言うまでもない。そのような政治からの根本的脱却、日本主体の政治こそが求められている。
 平和と友好の東北アジア新時代は、決して一時的なものでも、朝鮮半島だけに限られた局地的なものでもない。そこには、時代を大きく広く動かし切り開いて行く力があると思う。
 その力の源泉は、他でもない、大多数の人々の圧倒的な支持と賛同にこそある。戦争と敵対から平和と友好へ、この歴史的転換に反対する人はいない。南北朝鮮の人々だけではない。世界中、圧倒的多数の人々が先の南北首脳会談の劇的展開を喜び、それに賛意を表した。両首脳が直ちにノーベル平和賞候補の筆頭に押し上げられたのは、その一つの現れに過ぎないと思う。トランプ米国が南北朝鮮の平和と友好に敢えて反対できず、それを「喜び」、「後押しする」姿勢を見せるのも、それが世界と米国の大多数の人々の意向に合っており、秋の中間選挙と自らの次期大統領選での勝利、ひいては米覇権の「強さ」を保証するものになるからに他ならない。
 だが、先述したように、平和・友好と覇権はなじまない。それらは、本質的に矛盾している。
 米覇権のための日米軍事一体化、共同戦争体制の構築は、東北アジアの平和構築とは全く異質、逆方向だし、経済も、朝鮮への経済浸透に向けた日米経済の一体化は、友好でも何でもない。日本経済の米国経済への組み込みそのものだ。
 「平和」と「友好」を掲げた米覇権の新しいあり方、それを支える日米一体化が生み出す矛盾は、軍事や経済だけに止まらない。あらゆる分野、領域にわたる日本の米国への組み込みがもたらす矛盾、それは、それぞれの部門、領域、ひいては日本全体の、利益、国益、さらには主権をかけた対決戦として噴出して行かずにはおれないだろう。米覇権の下で、アジアに覇権してきた「脱亜入欧」の歴史に終止符を打つ時が来た。東北アジア新時代が日本の前に提起している課題は、まさにこのことではないだろうか。



議論

今こそアジアの外から内へ入るとき

東屋 浩


 「南北首脳会談」で平和と繁栄、統一をめざすことが謳われ、軍事境界線を挟んで対立していた南北の和解と融和が始まったということは、朝鮮半島における対立と戦争の危険性が解消され、平和と友好の東北アジアの新時代が到来したことを意味する。
 その勢いは、歴史上はじめての朝米首脳会談でさらに加速化されるものと思われる。中国、ロシアがこの和解と融和に賛同し、世界が歓迎しているなかにあって、ただ圧力一辺倒の日本だけが「蚊帳の外」におかれ、トランプ大統領や文大統領に「拉致問題」をとりあげてくれと懇願する姿は、哀れで恥ずかしいものだと外国人記者に指摘されるほどだった。
 朝鮮側は文大統領を通じて「いつでも日本と対話する用意ができている」と表明していたが、5月2日に至り、ようやく安倍首相は「朝鮮の非核化に向け全面的に関与し、あわせて朝鮮との国交正常化に取り組む」と表明した。一方で、時を同じくしてヨルダン国王に同国の北朝鮮との国交断絶を評価し、最大限の圧力を維持する方針を確認している。
 あくまで刃をもって対するのか、胸襟を開くのか、平和と友好の東北アジアの新時代に日本が合流するためには、何がもっとも大切なのか、それを考えてみたい。

■「脱亜」の外交の破綻
 周知のように、日本は明治維新以来、「脱亜入欧」をかかげた。「脱亜」というのは、自身をアジアの外におくということだ。アジアの外に出る「脱亜」ということは、欧米の覇権のフィルター目線で、アジアを外から見るということになる。
 とくに戦後、日本はアメリカに負けたと総括し、対米追随の国家路線をとってきた。「アメリカの東アジアにおける番頭」(木村幹神大教授)を自任し、アメリカの覇権の立場でアジアに対してきた。
 この数十年間で、朝鮮にたいする敵視は最大限のもとなり、反中嫌韓感情もかつてなく大きくなっている。侵略戦争の過ちを認めない言動を繰り返し、尖閣列島、竹島の領土問題や「拉致問題」でことさら対立を煽ってきたのは、アジア諸国との友好よりアメリカの覇権に沿ってきたからに他ならないと言える。
 しかし、時代は大きく変わりつつある。アメリカが朝米会談に応じるのは、それだけアメリカの覇権の力が弱体化したからだ。もし、アメリカの力がもっと強ければ、過去のように朝鮮と対話する必要がないだろう。言い換えれば、核をもった朝鮮を無視できなくなったのだと言える。そのようなアメリカが日本を考慮するはずもない。
 日本が平和と友好の東北アジア新時代形成に関われなかった今日の現実は、「アメリカと共にある」が全てで、アジア外交の構想すらもっていなかった日本の外交の破綻を雄弁に物語っている。日本独自の外交をという声が起こるのは当然だ。
 しかし、いくら「日本独自の外交を」と言っても、アジア諸国に対する立場が従来のアジアの外に自己を置く「脱亜」では、アジア諸国との友好関係を結ぶことができないのは自明だ。

■「脱亜」から「入亜」への転換を
 日本はこれまでアジアの一員でありながらアジアの中に入っていなかった。まさに「脱亜」であり、その結果、「蔑亜」「敵亜」であった。自国もアジアの一員という自覚がなく、欧米と同じく覇権の立場からアジア諸国に対してきたと言える。
 今回の南北首脳会談について「南北関係だけが進展すると包囲網が崩れる」(NHK岩田記者)、「これが本当に平和に繋がるのか」(中林美恵子早大教授)、「核放棄は具体的に宣言されていない」「融和に騙されるな」(産経新聞)などの論調がマスコミを覆った。当事者である朝鮮半島の人々、在外同胞たちが熱烈に歓迎し、世界中から祝福されているのに、その反応のなんと冷たいことか。それは、南北に分断された朝鮮の人々にたいする冷たい視線であり、分断の要因である植民地支配にたいする反省のなさを示すものだ。安倍首相が南北の融和を苦々しく見るのは、自らの位置をアジアの外に置いているからだと言える。
 「北朝鮮の非核化のための最大限の圧力を」だけで、どういう東北アジアを構想していくのか、東北アジアの一員としての声がまるでない。明治以来の「脱亜」のままだ。
 元来、アジアの一員であるはずの日本がアジアの外にあれば、アジア諸国の信頼を得ることができないだけでなく、日本自身が自らの主体性、独自性を失ってしまうのではないだろうか。日本は欧米になることもできないし、なろうとすればするほどアジアの一員としての自己を喪失していく。あくまでアジアの一員として世界に対応していってこそ、日本として自己が果たすべき地位と役割を見いだすことができ、世界の平和と友好に貢献していくことができると思う。
 「脱亜」は、すなわち日本自身が自己の地位と役割をもてなくする、自身の喪失であったのではないだろうか。まさに日本自身が慟哭すべきほどの事であるのだ。
 また、「脱亜」が侵略と欧米への従属の道なら、「入亜」は、平和と友好、自立への道となる。アジアの「内側」にはいれば、まず同じアジアの一員としての信頼と連帯があるから、互いの違いを理解し、それを尊重することになる。かくして平和と友好を実現していくことができる。アジアの「外」にいれば、自分の価値観を押しつけ、相手を否定するのと対照的だ。また自らの立ち位置もしっかりと定まる。
 それゆえ、「脱亜」から「入亜」に転換することがもっとも大切だと思う。とくに今、それが時代の要請ともなっている。

■「入亜」の鍵は、日本の地位と役割の自覚
 アジアの内側に入る「入亜」は、なによりもアジアの一員としての日本の自覚だと思う。その自覚があれば、アジアの平和と友好関係確立にたいし当事者としての責任をもち、その役割を果たしていこうとする。
 日本の顔となる日本の責任と役割とは何か。かつて野中広務氏は「戦争を二度としない国にすることが政治家の使命だ」と述べたことがある。日本の責任と役割は、侵略戦争を起こし戦争の悲惨さを体験した国民の恒久平和への志向を反映した平和国家としての立ち位置ではないだろうか。日本が平和国家として生きていけば、経済的にもアジア諸国と協力関係を拡大することができ発展できるだろう。
 日本の地位と役割をアジアと共に生きる平和国家として考えた野中氏のような人々がいる一方、まったく正反対の安倍首相のような徹底してアメリカとの同盟(実は従属)を言い、アメリカの代理人としてアジア諸国に対する政治家も多い。それは、戦争の総括をどうおこない、戦後政治をどう見るかの違いの表れだと思う。
 いまや麻痺状態となったアメリカ頼みの外交の根本原因は、戦後の出発点をアメリカに負けたと総括し、アメリカに従って生きていくという生きた方をとったからではないだろうか。
 しかし、ほんとうに日本はアメリカに負けたのか? 日本が負けたのはアジア諸国人民の抵抗を受けて侵略戦争を続けることができなくなったというのが最大の要因ではないか。国と民族の自主性を守るための正義の戦いのまえで、侵略と略奪をおこなう不正義の日本が敗北したと言える。
 アメリカはファシズム撲滅を掲げたが、自分のアジアにおける覇権を確立するためであったゆえに、正義ではなかった。不正義と不正義の戦争で負けたとして、不正義を反省することはできない。より強力な力への屈服しかない。
 アメリカがあたかも「解放軍」、日本の上に君臨する正義の支配者かのように振る舞い、今日まで日本の占領を実質的に続けてきたことを許してきたという戦後総括をおこなってこそ、国と民族の自主性を取り戻し、アジアにおける日本の地位と役割を見いだしていくことができると思う。
 アジアに入るからといって日本の独自性、主体性をなくすことでは当然ない。日本の顔、日本の誇り、日本の立ち位置をもってはじめてアジア諸国の友邦となることができると思う。
 アジアの内に入ることによって、アジアの一員としての元来の日本を自覚することができ、自己の地位と役割を確立していくことができると思う。
 日本がアジアの一員となる「入亜」とは、まさに日本民族としての自覚と不可分の問題だと思う。それゆえ、平和と友好の東北アジア新時代に合流することは、日本人、日本民族としての自己を確立し、喪った自分自身を取り戻す問題だと思う。


 
 

映画「日本と再生」で見た驚愕の脱原発!

平 和好


 「河合弘行さん、飯田哲也さん、世界をめぐる日本と再生」という映画を見た。脱原発に人生をかけているような河合弘行弁護士と環境学者飯田哲也さんが世界中を旅して、再生可能エネルギー普及の実態を実際に見聞する内容である。驚くべき現状が美しい映像と多彩な出演者により具体的に紹介されている。ドイツ、デンマーク、アメリカ、中国、日本が中心の舞台になっている。

■世界の動向はハッキリ脱原発
 そして自然エネルギーにすることで十分な利潤が生まれ、雇用が促進され、もちろん人びとが安心して暮らせる国作り、地域作りが進んでいる。ドイツでは廃止された原発を利用して自然エネルギー、デンマークでは膨大な風力発電で住民が潤う事例、アメリカでは陸軍・海軍・空軍・海兵隊でそれぞれに自然エネルギーの大々的採用が進められているらしい。河合弁護士が「そうして節約したエネルギーが戦争で人を殺すことに使われるかもしれず複雑」と語るが、実は核燃料・石油に頼らない事により、世界の争いが減り、世界がより平和になる事を示していて、大変驚かされた。原発推進と思われていた中国でも実はもう脱原発・自然エネルギーの計画が大きく推進されつつある事も紹介されている。9日に大飯原発を再稼働してしまった日本でも実は自然エネルギーを開発しつつある。
 それらの具体事例を二人が美しい映像で描ききり、きわめて秀作と言わねばならない。

ホームページは
 http://www.nihontogenpatsu.com/dvd 
 上映料金は 149人までが5万円。150人以上が8万円。お問い合わせは: 03−5511−4427 (平日9:30〜17:30)

 まさかとは思うが、まだ関電契約の人がいたら早急にやめよう。
 そして何度でも言わねばならないのが、原発をやめない意固地な関電への圧力だ。大飯や高浜など関電の原発には活断層も走っているし、活断層がないところも危ないのであるから、もんじゅ・美浜1・2号機に続いて一日も早い全廃炉が実現するよう、関電契約解除・原発電気を使わない新電力への乗り換えを決行することをお勧めする。大飯から大阪圏は100キロも離れておらず、十分、避難地域に指定される。それ以前に30キロメートルくらいしか離れていない琵琶湖に放射能が降ったら飲み水が無くなるのだ。事態は急を要する。



 

短歌・俳句

 


・「南北の首脳が会った善いことだ 騙されるなと言う人あれど」
・「米朝の平和条約の暁は 枕を高く安眠できる」

(国際吟遊詩人)

・「鯉のぼり 平和の風うけ 空を舞う」

(風花)



勉強会報告

「フィリピンの今」と「南北首脳会談直後の訪朝報告

文責・金子


 GW終日の5月6日(日)、当会主催の第8回勉強会が開かれました。
 テーマは「フィリピンの今」と「南北首脳会談直後の訪朝報告」。GW終日の、しかも夜という時間帯であるにも拘わらず20名の方々の参加のもと、貴重なお話を聞くことが出来ました。
 まず、フィリピンのお話をして下さったのは、カトリック教徒の伊藤早苗さん。今年の2月に10年ぶりにフィリピンを訪ね、驚きを禁じ得なかったとのことです。
 伊藤さんが初めてフィッリピンを訪れたのは23年前で、フィリピンの「慰安婦」支援のための訪問だったと言います。フィリピンでは1986年に「ピープル革命」が起き、マルコス独裁政権が銃剣ではなく人々の石礫によって倒され、その後、アキノ大統領から3代を経て現在のドゥテルテ大統領へと政権交代がなされました。
 1992には韓国に続きフィリピンでもマリナ・ロサ・ヘンソンさんが「慰安婦」の名乗りを上げ、日本の日教組や自治労がその支援に取り組み、カトリック教徒であった伊藤さんもカトリック教徒が8割を占めるフィリピンの国情との関係で支援を要請され関わるようになったとのことです。今回10年ぶりに訪れたフィリピンの変化で先ず驚いたのは、日本に代わって中国の影響が圧倒的になっているということであったそうです。
 以前はマニラ市内を行きかうバスや車は日本からの払い下げ車や中古車ばかりであったのが、今や中国車に占められ、日本の面影はどこにもみられず、先ごろニュースにもなったマニラ市内に昨年12月に建立され今年4月に撤去されてしまった「慰安婦」像も、フィリピン系中国人支援団体のファンドで建立されたとのことです。日本の支援団体には何一つ声掛けもなかった事に伊藤さんは複雑な思いを吐露されていました。
 ドゥテルテ大統領は、マニラを日本やシンガポールのような小ぎれいな街にしたいという構想をもっているようですが、この為に以前は見られていた車の渋滞時に物売りにきて家族を助けていた子供たちやジプニーと言う乗り合いバスも排除されてしまったとのこと。ピープル革命からドゥテルテまでだんだん悪くなっている。格差が広がり、リベラルから新自由主義へと進んでいるとの事です。米国にも物を言う、貧しい人々から支持を受けている大統領というイメージがあっただけに、「マニラ市民はハッピー、それ以外は落胆している」「ミンダナオ市長から大統領になり人が変わってしまった」「ドゥテルテを支援していた共産党系のバヤンという組織もドゥテルテ打倒を考え資金集めをしている」という話には、大国から支援を受けて国の運営を行うかじ取りの難しさを考えさせられました。
 また、もう一つ伊藤さんが強く訴えていたことは、中国の影響一色に染まるマニラ市を見て、韓国はじめアメリカ、中国に置かれた「慰安婦」像の撤去を一方的に主張し、今回のマニラの「慰安婦」像の撤去にもODA支援との絡みが言われる日本政府のあり方に対し、アジアからの孤立を免れない、日本の国民はどうなるのか、またアジアに敵対し戦争でもおこされたら。安倍政権を変えなければだめということでした。まさに激動する東アジアの中で、蚊帳の外に置かれている安倍政権の姿そのものを言い当てていると思います。
 最後に、日本兵による拉致・監禁レイプというフィリピン「慰安婦」の方々の特殊性から、裁判でも事実認定がされておらず、国からの一切の支援も受けられていない一番貧しいフィリピン「慰安婦」の方々を忘れることなく、歴史の中に遺すための支援を参加者に呼び掛けて伊藤さんのお話は終わりました。
 次に日朝友好の活動に取り組まれている古賀滋氏より、訪朝報告がありました。南北首脳会談の翌日に平壌に入った一行は、晩餐会で話題になった「冷麺」を食べたり、歴史的名所となりつつある「板門店」を訪ねたり、5月1日にはメーデーの祝日を家族連れで楽しむ平壌市民と交流したりされたようですが、今日の南北、中朝、朝米の劇的変化を喜ぶ高揚感溢れる朝鮮の人々の姿を、カラー刷りされた首脳会談の写真を多数掲載した現地の「労働新聞」と共に伝えてくれました。同行したジャーナリストの立岩氏による映像が3日連続で「ちちんぷいぷい」(MBSテレビ)で放映され、その明るさと日本人への意外な友好的態度に、「聞いていたのとはちょっと違うのでびっくり」「でも平壌だけでは?」という出演者の反応がいかにも今の日本の現状を反映していました。
 6月6日(水)18時30分より「エル大阪」にて今訪朝団(「なにわの翼」)による訪朝報告会があります。是非ご参加を。



投稿

新しい時代を開く「南北コリア」

三元歳孝


 南北首脳会談を通して発表された「板門店宣言」は、朝鮮半島の非核化と終戦の意思を明らかにした。「南北コリア」が主導して朝鮮半島の真の平和を構築するとの意思表示でもあるかのような宣言となった。
 これは、「自主・平和・民族大団結」を唱えてきた朝鮮の主張と文大統領の「南北の平和共存と共同繁栄」を目的に核問題解決と朝鮮半島の休戦協定を平和協定に転換し戦争終結を実現するという政策・想いが一致した結果によるものだろう。

 

★朝鮮半島の緊張の主因は?
 朝鮮半島の危機は朝鮮の核開発を始めとする 軍拡が原因かのように言われているが、事の発端はどこに有ったのかをはっきりと思い起こしたい。
 1953年、休戦協定が「国連軍」、中国、朝鮮の三者により締結された。この休戦協定の中に、「休戦協定締結後3ヶ月以内に朝鮮半島に駐留する全ての第3国の軍隊は朝鮮半島から撤退すること」と書かれている。アメリカはこれに署名したにも関わらず、別途韓国と「米韓軍事条約」を締結し駐留を続けた。これに対し朝中は休戦協定違反だと抗議するもアメリカは駐留を継続してきた。ここに緊張の主たる原因がある。その後、アメリカは冷戦構造下、「反共防波堤」として韓国を利用しながら事実上支配し、朝鮮に対しては国家として認めず、圧殺政策をとり敵対してきた。

★核の違い
 世界にはNPT(核非拡散条約)を是とする国とそうでない国とがある。核を持てる国と持てざる国がある。アメリカは「世界の警察」を自認し、自らの意思にそぐわない国に対して核を背景に干渉と介入を続けてきた。いわば核を覇権の道具としてきたと言える。片や朝鮮の核は、徹底的に自衛のための核である。アメリカの核の威嚇と脅しに対する自国を守るための「受けて立つ」核である。攻撃が無ければ使用しないという朝鮮の立場はそこから導き出されるものだ。昨年、朝鮮の核開発とICBMの実験にあたり、アメリカのデッドラインが云々されたが、反朝鮮の立場で語る識者の多くが朝鮮の核脅威を語りながらも、朝鮮が戦端を開くことは先ず考えられないと述べていた。その理由はまさにここにあると言える。
 別の視点から言えば、朝鮮は160余カ国と国交を結ぶ国家であるにも拘わらず、国家として認めないアメリカに対して、国家と認めさせ自国の安全と社会発展の阻害要因になっている休戦協定(準戦争状態)解消の手段としての核と言える。

★新しい時代の流れは止められない
 以上のように朝鮮半島問題の主たる責任はアメリカにある。朝鮮が「核武力の完成」を宣言し、無視できなくなったアメリカがようやく朝米首脳会談に応じることとなった。色々問題を抱え独自路線のトランプと朝鮮半島の平和と繁栄を願う文大統領。そして朝鮮の悲願である統一朝鮮の鍵を握り主導する金委員長。時代の要請か個性ある役者3人が登壇した。三者三様に思い描く夢はまだ異なるかもしれない。そして、アメリカの出かた如何によっては些少の緊張は有るかも知れない。
 しかし、これから「南北コリア」の主導する朝鮮半島情勢は改善の方に大きく舵を切ったことは確かだ。アメリカがどう立ち居振舞おうとも、この新しい「南北コリア」時代の流れは止められない。


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