研究誌 「アジア新時代と日本」

第178号 2018/4/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 対朝鮮、「国」として「国」に対する

議論 孤立外交からの脱却の道は、主権を確立した外交にある

現場から 2月に続き、ヘイトの動きについて

お便り

第8回 「アジア新時代勉強会」案内




 

編集部より

小川淳


 安倍外交破綻の教訓
 森友・加計と(政権というより)安倍首相個人のスキャンダルまみれの実態が次々と暴かれ続けている。国会でどのような事実を突き付けられても平気でうそをつき、支持率で逃げ切りを図る。今回もその腹積もりなのだろうが、もはやこの手は通用しない。
 安倍首相を辞任にまで追い詰めるためには、国会内外での広範な反安倍の波状的な闘いが決め手となる。安倍政権を倒すまでもう一歩だが、今こそ全力を挙げることが求められている。
 森友学園の国有地売却交渉での「口裏合わせ」や、加計学園の「首相案件」忘備録の発覚は、安倍首相にとって大きな誤算となった。
 安倍首相のもう一つの決定的な「誤算」は、朝鮮をめぐる東アジア情勢の劇的な変化だ。これまで「北朝鮮」の核とミサイルの「脅威」をあおるだけ煽って国政選挙に勝ち、専守防衛から集団安保への転換や機密保護法など悪法を強行成立させてきた。そして念願の9条改憲、総裁三選も成就まで目前だった。安倍が得意としてきたこの手法も、もはや通用しない。そのようなアジアの状況が生まれつつある。南北首脳会談、そして米朝首脳会談の実現は、これまでの「北朝鮮VS日米韓」の構図が根底から崩れつつあることを示している。
 朝鮮をめぐって、対話に反対してきた日本だけが「蚊帳の外」にあり、文字通り制裁一辺倒の安倍外交の破綻だ。
 安倍外交の根底にあるのは、誤った「アジア観」だ。アジアは後進的で遅れた地域とし、先進ヨーロッパと後進アジアという見方こそ、私たち日本人が慣れ親しんだ「アジア観」である。この誤った「アジア観」の上に明治以降の「脱亜入欧」論があり、その行き着いた先、なれの果てがアジア敵視、対米従属の安倍政治だった。
 進藤榮一氏の『アジア力の世紀』(岩波新書)によれば、今や、20世紀の基軸となった米帝国の世界、アメリカの時代は終焉し、中国を筆頭にアセアン、日本を含むアジアの時代を迎えているという。
 安倍政治の破綻とは、旧態依然としたアメリカ帝国、パックスアメリカーナの時代という誤った時代認識、そのような覇権国の力に依拠した政治の破綻と言えるのではないだろうか。
 ポスト安倍政治とは何か。アジアの時代、アジアの力に依拠した新しい政治構想力こそ、問われている。これこそが明治150年「脱亜入欧」からの転換となるはずだ。



主張

対朝鮮、「国」として「国」に対する

編集部


 「南北」「朝米」、そして「朝中」。「核とミサイル」で世界を震撼させた昨年とは打って変わった驚きの外交攻勢。この朝鮮といかに向き合うか。それは、日本にとって極めて重要な問題だと思う。

■「圧力馬鹿」になってはならない
 「蚊帳の外」「おいてけぼり」。日本は、この間、一連の朝鮮外交から完全に閉め出されて来た。「あせるな」「あわてることはない」「米朝の結果が出てからでも遅くない」、等々の声も空しい。
 そうした中、識者、政治家が異口同音に言っているのが「圧力」だ。「『北』が外交戦に出てきたのも、『圧力』の賜物だ」「斬首作戦が怖いのだ」「中国には、後ろ盾が欲しくて、泣きつきに行っただけだ」。まるで、日本政界全体が「圧力」神話にしがみつき、「圧力馬鹿」になっているかのようだ。
 だが、本当にそうなのか?「南北首脳会談」「朝米首脳会談」は、トランプが言うように、「制裁効果」が出てのことなのか?
 朝鮮が「制裁」「圧力」に音を上げて「外交戦」に出てきたのでないという事例は山とある。そもそも、これまで「制裁」に抗し、核とミサイル放棄前提の「対話」を拒み続けてきた朝鮮が、なぜ「国家核武力完成」を宣言した今になって、そのような「対話」を受け入れなければならないのか?「朝鮮は、草を食んでも、核とミサイル開発を止めないだろう」と言ったプーチンでなくとも、誰もそうは思わないのではないか?

■無理なく合理的な朝鮮外交
 この間の朝鮮外交は、周知のように、ピョンチャン・オリンピック、パラリンピックへの参加、高位級代表団などの派遣から始まった。それが南北首脳会談、朝米首脳会談の実現へと、情勢のこれほどまでの急転をもたらすとは、誰も予想できなかったのではないだろうか。
 しかし、今から思えば、皆理にかなっている。オリンピックへの「北」の参加は、もともと「南」が提案していたことだし、首脳会談による南北の和解と協力、これも、核とミサイルで一触即発の中、「南北」はもちろん、全世界が望むことだった。そして、朝米の首脳会談。これも「ロシア・ゲート」や「秋の中間選挙」が気になるトランプにとって悪い話ではない。第一、核とミサイルをめぐる朝米の攻防で、米国としては打つ手がなくなっていた。朝米核戦争はできない相談だし、かと言って、あのまま「にらみ合い」を続けて、覇権国家としての体面、等々、傷つくのは米国の方だ。朝鮮はと言えば、「制裁」の中経済は発展している。すなわち、この「外交」は、徹頭徹尾、相手の要求に応えたものなのだ。
 そこで問題になるのは「非核化」だけだ。それが「朝鮮半島の非核化」か「『北』の非核化」か、「段階的、同歩的に」か「完全かつ検証可能、不可逆的に」かで食い違っているのは事実だ。
そうした中、「南北の和解と協力」という、この皆が賛成し誰も反対できない目的のため、「北」と「南」が力を合わせるようになっているのが素晴らしい。この事実の前には、朝鮮半島を分断し、「北」を敵視して支配しようとする米国による覇権の論理は通用しない。
 一方、これまた誰も予想しなかった朝中首脳会談の方はどうか。これも、考えてみれば、至極合理的なことだったのではないか。南北の和解と協力、朝米の戦争終結と国交正常化が、国境を接する中国にとって脅威にならないよう、それを確約し、安全を保障することは、この間、関係悪化の一途をたどって来た朝中相互にとって必要なことだったのではないかと思う。

■朝鮮の闘いの世界史的意味を問う
 ところが、「圧力馬鹿」になっていると、この同じ事象がまったく違って見えてくるようだ。 南北の接近は、「制裁で苦しくなった『北』が、『南』から援助をせしめるため」、「朝米の仲を取り持つ『使い走り』に『南』を利用するため」、はたまた、「米国と『南』を分断して、制裁効果を弱めるため」ではないかということになる。
 朝米の首脳会談に対しても同様だ。ディール好きのトランプへ「騙されるな」の大合唱。超タカ派、ポンペオ、ボルトンの起用で少し安心したものの、核とミサイルをそのままに、「制裁」解除してしまうのではと疑心暗鬼、戦々恐々だ。
 そこに降って湧いた朝中大接近。「後ろ盾を得た朝鮮」「朝鮮を抱き込んだ中国」、「圧力馬鹿」にとって、予期せぬ大頭痛の発生だ。しかも、その後には朝ロ接近までが控えている。
 目の前が真っ暗とはこのことだ。だが、「ピンチこそチャンス」と言うではないか。今こそ、自らの「圧力馬鹿」の誤りに気付く絶好の機会なのではないだろうか。
 時代は変わっている。もはや世界は、覇権国家の意思や「圧力」で動く時代ではない。グローバリズムの破綻、自国第一主義の台頭は、米覇権、いや覇権時代そのものの終焉を意味している。
 この間の朝鮮の核とミサイルによる米覇権への挑戦とその勝利は、核による究極の覇権を破綻させたその重要な一環であり、さらにそれに基づき今展開されている朝鮮の外交攻勢は、その成果を具体的なものとして実現してゆくための闘いだと言えるのではないだろうか。
 南北、朝米の首脳会談はこれからだ。そこで何がどう話し合われるかは分からない。しかし、そこで南北の和解と協力が何らかの具体的な結実を持って表現されるようになること、朝鮮戦争と朝鮮敵視の終結が何か適切な具体的形を成して実現されるようになることは十二分に予測されることではないだろうか。
 それは明白に、南北の分断、そして朝鮮の国としての否認という米国による朝鮮半島への覇権を終焉させる大きな第一歩となるものだと思う。
 そこから明らかになることがある。それは、朝鮮のこの闘いが米覇権と覇権時代そのものに終止符を打つ世界史的闘いの一環であり、覇権の下、これまで否定されてきた「国」を、各国国民が自らの生活と運命開拓の拠り所として、しっかりとわが手に握るための聖なる闘い、台頭する自国第一主義の闘いの一環だということだ。

■「国」として「国」に対するために
 あと何日かで南北首脳会談だ。場所は、板門店。この世界注視の会談で何が生まれるか。それから一ヶ月足らず。歴史上はじめての朝米首脳会談。こちらの方は、場所も日時もすべて未定だ。いや、その開催の有無まで定かではない。この異例の事態そのものに、事の重大さが現れている。
 だがそれがどうなろうが、いずれにせよ、これらが歴史的事変であるには変わりがなく、それにどう向き合うか、それが日本政治のあり方に及ぼすものは小さくない。
 そこで提起したいのは、「圧力」馬鹿からの脱却だ。もうそろそろ、こうした「境地」から卒業する時が来たのではないだろうか。
 そのためには、いくつか問われていることがあると思う。その一つは、何よりもまず、時代感覚だ。先述したように、もはや覇権国家による「制裁」や「圧力」でことが動く時代は永遠に過ぎ去ったということだ。朝鮮半島をめぐるこれからの事態の発展は、それを学ぶための最良の学校になるのではないだろうか。
 この時代感覚に基づいて、次に求められているのは、米覇権にしがみつき、どこまでもその下で生きていこうとする自らの惨めさ、滑稽さを骨の髄まで自覚することではないだろうか。「蚊帳の外」「おいてけぼり」は、そのためのよい機会だ。人間、失敗や屈辱の中でこそ発展する。今こそ、自分の頭で政策を立て、自分の足、自分の力で立つ、言葉の真の意味での「国」になる時が来ているのではないか。
 「圧力馬鹿」からの卒業のためには、自分が「国」になるだけでは足りない。問われているのは、相手を「国」として認め、「国」として対することではないかと思う。150年前、明治の昔、日本の「脱亜入欧」は、朝鮮やアジアを欧米覇権に抗する盟友として信じず、認めないところから始まった。隣邦、朝鮮を「国」として認め、アジア諸国を「国」として信じ力を合わせてこそ、日本自身、自ら、「国」として、欧米覇権に抗し闘って行くことができたのではないだろうか。
 これから始まる「南北」「朝米」の首脳会談、それに続く闘いの連続。それを無心に見ていてはならない。まして、「圧力馬鹿」を続けるなどもってのほかだ。その闘いに学び、そこから力を得ること。そうした営為を通してのみ、朝鮮に、アジア諸国に、「国」として「国」に対するまったく新しい道、歴史の新時代が切り開かれて行くに違いない。



議論

孤立外交からの脱却の道は、主権を確立した外交にある

東屋 浩


 「日本に外務省はあるのか、そんなものはない。アメリカ対日局しかない」と言ったのは、物事の本質をずばり斬る米原万里氏だったが、とりわけ現在、日本の外交がまったく見えない。安倍外交は南北首脳会談決定の第1次ショック、トランプの朝米会談表明の第2次ショック、朝中首脳会談の第3次ショックを立て続けに受け、麻痺状態に陥っている。アメリカに朝米会談で拉致問題を取り上げてくれと哀願するのが関の山だ。「対朝鮮政策で日米は完全に一致している」(安倍首相)はずだったアメリカ追随外交は破綻し、日本は一人取り残された形だ。
 世界の覇権秩序が崩壊し、各国の主権擁護の闘いが時代の潮流となっている中で、日本の外交はどうあるべきか。今回の事態を前に、それを直視し、日本の外交について今こそ根本的にとらえ返さなければならないのではないだろうか。その要は主権の確立と尊重、とりわけアジア諸国との友好関係の確立、その環に朝鮮との友好関係の確立があると思う。

■対米追随の覇権外交は破綻した
 覇権国家の外交は、他国の主権を侵害する覇権外交であり、アメリカは、この間、朝鮮を「ならずもの国家」「テロ支援国家」とし、最大限の軍事的圧力と経済的制裁を加えてきた。そのため、一触即発で核戦争がおこる危険にまで情勢が緊張した。しかし、周知のように朝鮮が年初より主導的に平和外交攻勢を繰り広げ、平昌冬季オリンピック参加と代表団の派遣、高位級南北会談開催と首脳会談決定、それを受けてのトランプの朝米首脳会談表明、更に朝中首脳会談実現と、一気に情勢が緊張から対話へと変わった。
 これにたいし、安倍政権は「微笑み外交に騙されるな」、「最大限の圧力の堅持を」「拉致問題をとりあげてくれ」と、いずれも他国頼みの外交に終始。日本は外交舞台から完全に「蚊帳の外」におかれてしまった。
 その上で蚊帳の外から、南北の対話を「日米韓の分断」「制裁解除と経済支援のため」と言い、朝中首脳会談について「後ろ盾を必要とした」などと言っているが、これは朝鮮を主権国家として認めていない発言である。韓国に対し「微笑み外交に騙されるな」と「忠告」し、「北の使い走りに過ぎない」と分析するのも、韓国を蔑み主権を尊重しない表れであると思う。更に、「最大限の圧力を」というのは朝鮮に対するアメリカの圧力を促すものであり、朝鮮の主権を否定して構わないという態度である。
 他国の主権を認めず、アメリカに覇権を促すという外交姿勢が、各国から相手にされず、結局は、アジアの孤児、世界の孤児になるというのは当然の成り行きではないだろうか。
アメリカ言いなりの日本を相手に外交交渉しようという国はもはやない。
 この孤立状態は、安倍政権の対米追随外交が完全に破綻したということを示しているのではないだろうか。
 外交は、自国の主権と国益をまもるための対外活動だ。ところが、「アメリカの国益が日本の国益という安倍首相にとっての日本外交は、攻撃型戦闘機やミサイル防衛システムの購入、自衛隊の米軍補完部隊化を行うなどアメリカの言うがままの「外交」であり、日本の主権を守るものでもなければ、国益を守る外交でもなかった。
 東アジア情勢を巡り地殻変動が起きている今日、日本が周辺国から置いてけぼりにされているのは何故か?まさに外交において自国の主権を確立するという根本的な立場がないところにあるのではないだろうか。

■孤立脱却の道は主権確立の外交にある
 今日はかつての、列強が覇権争いをやっていた時代や超大国が覇権をおこなう時代ではなく、各国が国の大小にかかわらず自国の主権を守り行使していくのが趨勢となっている歴史的時代だ。自国第一主義の世界的な台頭もその表れだということができる。
 今、日本に問われているのは、主権擁護の時代的潮流に合流し、主権尊重、親善と友好、平和の理念のもと、日本外交を対米追随外交から主権確立の外交に根本的な転換をはかっていくことだと思う。それが日本にとって孤立から脱却し、各国との友好関係をしっかり築き、日本の誇りと世界における独自的な役割を得る道だと思う。
 主権確立の外交をおこなううえで重要なことは、欧米にたいし追随でもなければ対抗でもない、平等な関係を築くことであり、アジア諸国にたいし蔑視ではなく尊重していく友好外交をおこなっていくことだと思う。そして何よりも 対米関係を従属から対等な関係にすることだ。
 この間、アメリカの核の傘に入ることが日本の安全ではなく、逆に日本を戦場とし、戦争をする国とするものでしかないことが明白になっている。在日米軍基地は日本を戦争に巻き込む元凶であり、日本の自主独立を侵している根元だといえる。岩国基地への戦闘機配備、横須賀基地へのオスプレーの配備など、米軍が日本を「自由に」軍事基地として利用している現状は、かつての占領状態の時と変わりがない。
 この歪んだ従属的な日米関係を正常な対等関係にしていくことが、日本の主権を守るうえでもっとも重要な問題として提起されている。
 また重要なことは、アジア諸国との友好関係を築くことだ。
 いうまでなく日本はアジアの一員だ。アジアの一員であるということは、政治、経済、文化、軍事のすべての分野において密接な関係があるということであり、アジア諸国との友好関係を重視しなければ、日本自身が生きていけないし、世界各国との親善、平和に寄与することもできないということは自明だ。
 とりわけ、かつて侵略戦争と植民地支配をおこなったアジア諸国にたいしてどういう関係を築くかが、日本が真に主権を守り、アジア諸国を尊重していく国になるための鍵と言えると思う。
 靖国神社参拝、南京虐殺、従軍慰安婦問題など戦後70年以上経っても、歴史認識の問題がアジア諸国から提起されるということ自体、その関係が正常に築けていないことを物語っている。これを「イチャモン」ととらえ、金で解決しようとする日本の姿勢をアジア諸国人民は見ている。
過ちを自覚し反省することは、自虐でも誇りを失うことでもない。過ちを認め真摯に反省してこそ、アジア諸国からの尊敬を得、日本自身が国として誇りをもつことができるようになる道だと思う。
アジア諸国との友好関係を築くうえで、相手国をまず尊重することが大切だと思う。アジア諸国は、宗教、制度、歴史と文化、国の大小、民族など、各国の実情がたがいに異なっている。それだけに、相手国がどんな制度、政見、宗教であろうと、まずその主権を尊重することだ。

■対米対等、アジア友好外交の要は、朝鮮との友好関係の確立
 日本の対米追随の覇権外交が対朝鮮外交に集中的に表れてきたように、対米対等、アジア友好外交への転換も朝鮮にたいして友好関係を築くことができるかにかかっているといえる。
 朝鮮はかつて植民地支配をした国でありながら日本がいまだその清算をおこなわずにいる唯一の国であり、日本とまったく異なる社会制度の隣国であり、戦後一貫してアメリカに従い敵視政策をとってきた国である。それゆえ、対米追随の覇権外交を断ち切るのも、アジア諸国との友好関係を築く外交をおこなうのも、朝鮮にたいし主権を尊重し友好関係を築くかどうかにかかっているといっても言い過ぎではないだろう。
 隣国である朝鮮の主権を認め、植民地支配の清算と国交正常化をおこなうことが、アジア諸国に対する侵略戦争の決算となり、対米追随外交を終わらせ、アジア諸国との友好関係を築く第一歩となる。
 また、朝鮮との友好関係をうちたてることは、東北アジアの安定と平和、繁栄に大きく貢献する意義をもっている。東北アジア地域で唯一、国交関係をもたず敵視してきた朝鮮との友好関係を確立することは、不安定で緊張してきた東北アジア地域の安全と平和を実現するうえで画期的な前進となり、日本を含む東北アジア全体の発展に大きく寄与することができる。
 まさに、日本の主権確立の外交の要は、対朝鮮友好関係の実現であるといえる。
明治以来の「脱亜入欧」「従属覇権」の外交から主権確立の外交への転換、日本が外交的孤立から脱し、主権擁護の新しい時代的潮流に合流し、日本の独自的な役割を担っていくための中心環が、朝鮮民主主義人民共和国との関係を敵対から友好へ転換させることにあると思う。


 
現場から

2月に続き、ヘイトの動きについて

さかい一郎


 

■在特会その後
 今、在特会は「日本第一党」と名前を変えている。党首はもちろんヘイト第一人者の桜井誠。篤志家から集まったお金を使って全国走り回り、旅行気分とヘイト行為を両方味わえる、おいしい「しのぎ」をやっていたのが在特会なのだ。和歌山へ行ってはクジラ漁を守ると称してグリーンピースの活動家を追い回し、島根へ行っては韓国人観光客に罵声を浴びせた。朝鮮学校や教職員組合事務所を襲撃した。製薬会社がコマーシャルに韓国人女優を使った事を調べ、その女優が「独島は韓国の領土」と言ったのを捉えて、反日女優に出演料を出すのか、と企業を脅した。これら一連の活動が犯罪に当たるとして次々活動家が逮捕された。民事裁判でもヘイト・差別行為が追及され、100万円あるいは最高は1200万円の賠償金判決を言い渡される始末だ。そこで印象が悪い在特会の名前をやめ、「日本第一党」と名乗り、政治活動だからヘイト行為がやりやすいと思ったのだろう。

■桜井誠が殺人教唆
 ドキッとする見出しで申し訳ないが事実なのだ。3月に神奈川県で行われた日本第一党の講演会で桜井誠は衝撃的な演説をした。ヘイトスピーチ規制条例・禁止法を激しく非難した。自分たちの「しのぎ」がしにくくなるから怒っているのは分らないでもない。問題はそのあとだ。条例・法を自分たちが政権を取ったら廃止し、制定した者は木に「吊るし首」にすると宣言した。明らかな差別迫害扇動であり、殺人教唆でもある。その憎悪は中国人・朝鮮人に向けられている。木に吊るせば確実に死ぬことになる。その殺し方はナチスドイツ、大日本帝国が支配する時代の中国・朝鮮、西部劇時代あるいは奴隷制時代のアメリカに例がある。こんな事が罪にならないのが無念であるが、天はこのファシストを見逃さなかった。先週、東京高裁は桜井が有田芳生参議院議員を訴えて500万円の賠償を求めた裁判で桜井の控訴を棄却した。ほぼ確定だ。李信恵さんが桜井を相手に起こした裁判では77万円の賠償金が最高裁で2017年12月に確定している。しかし、こんな断罪続発にも桜井は反省の色がない。なぜなら、都知事選に出て11万票を取った時に集まった寄附が2千万と言うのだからいくらでも資金がある。

■地方議会へ進出はかる「日本第一党」を許してはならない
 この殺人教唆演説を行った神奈川県集会は来年の統一自治体選挙に出る5人の候補の発表も兼ねている。横浜市鶴見区・保土ヶ谷区、相模原市中央区・南区・緑区で市議選に出る候補が紹介されている。この5選挙区にお住いの人、知り合いがいたら「絶対、日本第一党の候補を応援しないよう」通知を回していただきたい。関西でも各地でヘイト勢力が市議会進出を執拗に狙っている。兵庫県では川西の中曽千鶴子、池本なお、枚方市の川東大了等が出て来ると思われる。これまでにも中曽千鶴子、川東大了、阪南の池本なお、大東の中谷良子などの出馬には実態を市民に知らせる活動が相当行われて、「落選を勝ち取る」事が出来た。しかし、執拗に立候補を繰り返すうちに得票数が上がっているので油断がならない。ヘイトスピーチを通り越してヘイトクライム(犯罪)に至るおそれの高い連中の進出を許さない事は、平和・人権・反差別を信条とする市民の責務と言える。詳細並びに続報は「在特会とその友達の害悪について市民啓発を行う会」「戸田ひさよしの自由自在ホームページ」「ヘイトスピーチを根絶しよう」などを検索してお読みいただきたい。



 

お便り

Y・S


 前号「朝鮮とどう向き合うか」を読ませていただきました。「朝鮮半島で起こった激震は、これで終わりではない。と言うより、これはまだ予震に過ぎず、本当の揺れはこれからだと言える。」私もその通りであると考えます。
 安倍首相の独断的な外交で将来に向けてどれだけ大きな禍根を残したか。このことをよく国民が自覚しておかなければならない。彼の外交の基本(これは外交というより彼の政治姿勢の根幹であるが)として第一に挙げるべきは、文章に書かれている「盲目的な対米追随」です。そして北朝鮮はもちろん、大切な隣国の韓国、中国との関係も無茶苦茶にしてしまった。安倍首相は近隣諸国の首脳の誰からも評価もされていないし、信頼もされていない。ちやほやしてくれるのは彼が援助資金をばらまいている諸国だけで、それも本心からのものではないことは明らかです。この実態を一番認識しなければならない日本国民が、今日まで選挙を通して安倍政権を支えてきたのであるから、自業自得と言わざるをえないと私は考えています。ただ政治、経済の分野はもとより、教育界への介入、マスコミに対する恫喝、官僚に対する人事権による支配、オリンピックを通したスポーツ界の支配、はては芸能界との交流に至るまで、安倍政権の支配構造は全社会的に構築されている。この権力構造が崩れてしまった後には「レベルの低い人々によるとんでもない支配であった」と評論家は述べるかもしれませんが、現時点では決して軽視できない巧妙さ器用さとある意味勤勉さを持ち合わせていると思われます。戦後の政権でここまであらゆる分野に支配構造を張り巡らせた政権はない。それも表面的には安倍の坊ちゃん的な見てくれを利用してソフトな印象を持たせつつ、実態は政権に逆らう者に対してはあらゆる手段を使って排除するという冷酷な本質が秘められています。
 ご存知かと思いますが、日本人に根強く残っている朝鮮蔑視の例として述べます。1998年50歳で亡くなった衆議院議員の新井将敬は日本で育ちましたが、両親が朝鮮人で16歳の時に日本に帰化しています。彼が初めて衆議院議員選に立候補した時、同じ選挙区で競争相手となった石原慎太郎の秘書が新井氏のポスターに「北朝鮮から帰化した人物」というシールを大量に貼付けた事件がありました。石原慎太郎もその行為は正当なものであるとの考えを示し、それを後押しした週刊誌もありました。この新井陣営への妨害行為に対して、右翼で憂国の士といわれた野村秋介が憤慨し、「汚いことをするな」と石原慎太郎の選挙事務所に怒鳴り込んだという事件がありました。このように右翼と言われる人でも朝鮮蔑視の行いは「日本人として恥ずべき行為であり絶対にしてはならない」と考える人もいます。しかし安倍政権で彼を支えている人物は石原慎太郎と同じように朝鮮蔑視の考えを持っているように思われます。そして、そのような思考をする人々は、他の分野においても発想が共通したものとなり集団を形成して安倍政権を支える力となっている。私はこのような人々は決して真の愛国者ではないと考えています。元文部科学省事務次官の前川喜平氏を出会い系バーに出入りしていたということで貶めようとした菅官房長官などはまさに品性下劣な人間であると考えます。権力におもねる茶坊主のような安倍首相の取り巻き議員も同じことです。朝鮮を蔑視し軽視するということが盲目的対米従属と表裏一体であり、これを払拭する事が日本の品位を保つ事ことに繋がる非常に大切な事だという今回の提言に心から賛意を表したいと思います。



第8回 アジア新時代勉強会

今、フィリピンはどうなっている?!

 


日時: 5月6日(日) 午後6時
資料代: 500円
場所: 東成区民センター602号室
講師: 伊藤早苗(カトリック教徒)

 フィリピンといえば日本への出稼ぎとか、貧しい国柄とか、遊びに行くところ、ぐらいのイメージしかない人が多いのではないでしょうか? しかしすでに人口が1億を超えて、中国や韓国との経済関係が発展し、日本の影響力が激減しているそうです。また慰安婦問題でも日本軍の被害を受けており、マニラの一等地に慰安婦像が建てられました。米軍基地にもきっぱりとした態度を取り、米国の属国のような日本と大違いである事は案外知られていません。そのフィリピンへ行ったり、フィリピン女性の支援もしておられる伊藤早苗さんのお話をお聞きできる貴重な機会ですので、ぜひ参加ください。  また、南北朝鮮首脳会談のホットな時期に朝鮮民主主義人民共和国を訪問してきた古賀滋さんの報告もあります。お気軽にお越しください。


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