研究誌 「アジア新時代と日本」

第176号 2018/2/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

情勢展望 「朝鮮と戦争する国」になるのか?!

議論 立憲民主党の綱領政策考

現場から ヘイト団体と悪徳一部経営者が結託して連帯労組攻撃

文化 花を奉る

年賀状から




 

編集部より

小川淳


 保守を巻き込んだ反改憲の潮流を作り出そう
 今年は改憲をめぐる一大決戦の年になる。憲法9条改憲は、戦後憲法の平和主義への直接的破壊であるだけでなく、憲法によって支えられてきた戦後の価値観や日本という「国のかたち」を根本から破壊するもので、日本人が守り抜いてきた平和と民主主義がいま大きな危機を迎えている。集団的自衛権容認や沖縄辺野古への基地移転の強行、原発再稼動など、これほどまでに民意を踏みにじる政権がいまなお一定の支持率を維持し続けているのはなぜか。
 いま日本社会には大きく三つの潮流がせめぎ合っているという(内山節)。三つの潮流とは、@高度成長とともに成立した戦後の価値観を守り続けたい人々、A強い国家を目指し、戦後を見直そうとする人々、B新しい社会を志し、その視点から戦後を見直そうとする人々の三つだ。この三つの潮流がせめぎあい、その分裂がより一層鮮明化してきたのが今の日本社会なのだと指摘。
 安倍政権が「強い」のは、戦後の価値観を守り続けたい第一潮流(保守)と、強い国家を目指し戦後を見直そうとする第二潮流(安倍らネオコン派)の奇妙な一体化が実現しているからだ。それが可能となったのは、経済成長を絶対視し、強い日本経済を志向する考え方が一致していたからだろう。
 しかし憲法を巡ってはそうではない。憲法を巡っても三つの潮流がある。9条は非武装国家とする「護憲派」、9条は専守防衛までは容認しているとする「専守防衛派」、そして9条改正でアメリカの要求のまま戦争のできる国に変えようとする「戦争容認派」の三つだ。
 ここにおいては、保守の「専守防衛派」と安倍の「戦争容認派」が鋭く対立していることを注目したい。改憲を阻止するためには、「護憲派」と「専守防衛派」の共闘は不可欠だが、それは十分可能だ。なぜなら、護憲派も専守防衛派も「戦争のできる国」には絶対に反対であるからだ。憲法を巡っては、護憲(リベラル)と専守防衛(保守)との強固な一体化が作られてきており、その象徴が昨年の総選挙での立憲民主党の躍進だった。この動きはさらに強まっていくはずだ。
 日本社会を覆う閉塞感は、第三の潮流である(私たちを含めた)新しい社会を志す改革派が、反動派や保守派に代わる路線を提示できていないところにある。
 一回目の改革派の試み(民主党政権)は失敗した。その漁夫の利を得たのが反動の安倍だった。ならば、保守派も巻き込んだ反安倍潮流をどう作り出すのか。憲法をめぐる闘いでは、もう失敗は許されない。



情勢展望

「朝鮮と戦争する国」になるのか?!

編集部


 昨年、安倍首相があの衆院解散総選挙で掲げた二大国難の一つが「北朝鮮」だった。そして今年、「改憲」「防衛」の大論議を呼びかけながら、その根拠にしているのも「北朝鮮」だ。
 この「禍の根源」への攻撃は普通ではない。トランプ政権からは、新たに「鼻血作戦」なるものまで飛び出した。このままでは、日本が本当に「朝鮮と戦争する国」になってしまうのではないか。

■朝鮮は本当に日本の脅威なのか?
 「北朝鮮」大騒動。そこにはいろいろと問題が少なくない。まず、「脅威」「脅威」と言いながら、安倍政権からは、日本の国と国民を守る「本気度」が伝わってこない。あの「待避訓練」にしても、「ミサイル迎撃対策」にしても、あれで核戦争に対処できるのか?
 そもそも自民党政権は、「北朝鮮」が脅威だと本当に考えているのか?もし考えているなら、「北」のミサイルが「米本土全域」を射程にとらえた今でなく、なぜ日本全土を射程にとらえた二十年前には大して騒がなかったのか?もし本当に日本と日本国民を「北」の核から守ろうとするなら、そのミサイル攻撃が、即、核攻撃となる原発50数基をなぜ停止せず、そのまま攻撃にさらしているのか?さらにピョンチャン・オリンピック、パラリンピックでの南北融和に対してもそうだ。彼らはなぜそれを喜ばないのか?「脅威」が切実でない証拠ではないのか?
 もともと朝鮮の核とミサイルは、日本が対象ではない。米国に向けられたものだ。日本を相手にするなら、核ミサイルの開発など必要ない。朝鮮が日本を「火の海」にすると言っているのも、あくまで「日本が米国と一緒に戦争を仕掛けて来るなら」という条件付きだ。
 安倍首相もそのことはよく知っているはずだ。ならば、この国を挙げての大騒動は何なのか?

■「北脅威」は何のためか?その訳を問う
 脅威でもない「脅威」を脅威だと騒ぎ立てるのには訳がある。
 一つは、朝鮮による核とミサイルが米覇権への挑戦であり、それを破綻させるものであるからだ。あの朝鮮戦争以来65年、未だ停戦協定を平和協定に替えるのを拒み、核先制攻撃の脅しまでかけて朝鮮を敵視し、極東アジアと世界の覇権にしがみつく米国に対し、朝鮮は、核とミサイルで対抗し、核による米覇権秩序を無効にし突き崩すまでに至ってきている。米国が「北」を韓国と日本、引いては世界の脅威だとまで言い募り、日米韓、さらには世界の力まで寄せ集めて、その圧殺に血道を上げるのはまさにそのためだ。
 だが、訳はそれだけではない。もう一つ、安倍政権によって、それは、「改憲」「防衛」の口実にされている。
 安倍首相は「今年、日本は生まれ変わらねば」と言いながら、日本の国の形やあり方を「改憲」「防衛」で変えようとしている。
 三年前、集団的自衛権行使容認、安保法制化で日本を「戦争する国」にした安倍政権は、今、「改憲」「防衛大綱制定」で「朝鮮と戦争する国」にしようとしている。
 実際、「改憲」「防衛」の根拠にされているのは「北の脅威」であり、具体的に想定される「敵基地攻撃」とは、朝鮮のミサイル基地攻撃以外にない。それは、即、「朝鮮と戦争する国」になるということだ。
 それは一体何のためなのか?日本を守るためでないのは、これまで見てきたようにはっきりしている。

■「朝鮮と戦争する国」になってはならない
 日本を「朝鮮と戦争する国」にする目的は何か?それを知るためにも、それが何を意味しているか知る必要があると思う。
 まず言うまでもなく明らかなのは、日本が朝鮮との核戦争の危機、破滅の危機に恒常的に身をさらすようになるということだ。
 ではなぜそうならなければならないのか?それは、「北朝鮮」という、米覇権に挑戦する「ならず者国家」を封じ込めるためであり、場合によっては、撃滅するために他ならない。米国にとっては、それが日朝共倒れになるか、日本の破滅になるかは、それほど大きな問題ではない。
 米国にとって大きいのは、朝鮮があくまで「社会主義」を放棄せず、この間、成果とも言えるものを上げてきていることであり、南北統一に向け歩みを進めてきていることだ。それは、「アリの一穴」、脱覇権自主の時代の全面化につながる可能性を秘めている。
 日本は、言わば、それを抑えくい止めるための前線基地、防波堤のようなものだ。
 このように見た時、想起されるのは、あの幕末、維新の頃のことだ。当時、英米は、アジアへの覇権をめぐって、南下するロシアを食い止めるため、日本の朝鮮進出を誘い、英米の覇権の下、日本がアジアに覇権するよう促した。
 明治6年の政変から西南の役、自由民権運動へ至る過程は、アジアとともに欧米覇権に抗するのか、それとも、「脱亜入欧」、欧米帝国主義・覇権の仲間入りし、その下でアジアに敵対し覇権するのかが問われた過程だった。日本が後者の道を選んだのは歴史が示すところだ。
 その後、帝国主義の不均等発展で勃興した新興帝国主義日本が英米中心の覇権秩序に歯向かいながら、反帝民族解放の闘いに立ち上がったアジア人民に敵対。泥沼の侵略戦争の末の敗戦。そして、絶対的で圧倒的になった米覇権の下、それと結託、協調して、アジアの国と民族、人民に敵対してきた戦後70数年。今、その米覇権の崩壊が誰の目にも明らかになってきている。
 150年前、欧米覇権、帝国主義・覇権の時代が突きつけられた日本には、今、その崩壊という歴史的現実が突きつけられている。
 問われているのは、あの時と同じ、隣国、朝鮮に対してどうするかという問題だ。
 「朝鮮と戦争する国」になるのか否か、それは、アジアとともに脱覇権日本への大転換を図るのか、それとも、どこまでもアジアに敵対し、従属覇権の道にしがみついて生きるのか、その選択が問われているということではないだろうか。

■「朝鮮と戦争しない国」へ!
 日本の国としてのあり方や形、その進路が問われる正念場である今年、その根拠に「朝鮮の脅威」が挙げられているのには、何か歴史的必然性と言うか、運命的なものを感じさせられる。
 「北の脅威」を口実とする「改憲」「防衛」の大論議には、「朝鮮と戦争する国」になるのか否かをもって臨むのがよいのではないだろうか。
 それは、まさにそこに、この「脅威」の真偽や「核戦争」のもたらす惨禍の大きさだけでなく、戦後70数年、米覇権の下、アジアに敵対して生きてきた総決算、もっと言えば、維新以来150年、「脱亜入欧」してきた総括まですべてが問われることになるからだ。
 実際、日本のあり方にとって、隣国朝鮮にどう対するかが決定的だった。「脱亜入欧」は、朝鮮にどう対するか、その植民地化から始まったし、戦後の復興は朝鮮戦争への「参加」と特需からだった。以降、朝鮮敵視の米覇権のあり方は、そのまま日本のあり方だったと言うことができる。
 そして今、中国とロシアを「ライバル」と呼び、行き詰まった「ファースト」覇権とすでにその破綻が証明された「グローバル」覇権の「融和」を強調したトランプの一般教書演説。そこに露呈されていたのは、もはや押し止めることのできない歴史的事実となった米覇権終焉の姿だ。この自らの最終的崩壊を図らずして「告白」した演説で、トランプは、「ならず者国家」朝鮮を異例の長さと演出で口を極めてののしり、その撲滅のため、圧力をさらに最強度に強めると宣言した。
 問われているのは、このペリーの黒船ならぬトランプの「泥船」に乗り込み、さらなる朝鮮敵視、敵対の道に踏み出すのか否かということだ。安倍首相が提唱する「改憲」「防衛」への姿、それはそのように歴史の鏡に映し出されているのではないだろうか。
 この歴史の岐路にあって、「『朝鮮と戦争する国』になるのかならないのか」は、日本国民の前に提起されたもっとも切実な焦眉の課題なのではないかと思う。このリアルな問題に正面から向き合い、日本が朝鮮に対し、アジアと世界に対し、どう向き合ってきたのか、これからどう向き合っていくべきなのか、自らの置かれた位置と役割を自覚するところに、「改憲」「防衛」問題への答えも自ずと明らかなのではないだろうか。
 「朝鮮と戦争しない国」へ!アジアとともに、脱覇権日本への大転換を!



議論

立憲民主党の綱領政策考

東屋 浩


 12月末、立憲民主党の綱領・政策が公表された。今後とも草の根民主主義を発揚し、より多くの意見、要求を反映させ、完成していくものとしている。
 党の綱領・政策に完成していくうえで一助となればと思い、考えたことを述べたい。

■立憲主義を掲げた意義
 周知のように、立憲民主党の綱領では立憲主義を基本理念とし「立憲主義にもとづく民主政治」という国のあり方を提示している。そして、現憲法を評価し、「立憲主義を守り、象徴天皇制のもと、日本国憲法が掲げる『国民主権』『基本的人権の尊重』『平和主義』を堅持します」と述べている。
 ここに立憲民主党の立ち位置が明確に表れており、現憲法を否定し、改憲をめざす自民党とはまったく異なる日本の在り方、進路を示していると思う。
 立憲主義が重要な意義をもつのは、第一に、戦後政治が一貫して憲法を国の柱、基準とするのか、安保体制=米国の要求を優先させるのかが対立軸となってきた中で、立憲主義が安保優先路線を打破する思想路線的武器となるからだ。
 立憲主義は憲法を国の柱として尊重し、憲法を基準に政治をおこなっていくという考え方であり、誰もそれを否定することはできない。それはこれまで安保優先でアメリカの意思で日本の政治が左右されてきたことにたいし、日本国民の意思と要求に沿って政治をおこなっていくということを意味する。
 立憲民主党は、国民が要求すれば改憲もありえると改憲自体を否定しないで、現憲法の国民主権、基本的人権、平和主義を堅持していくことを明らかにしているように、憲法を基準にした政治をおこなっていくべきとしている。これは、条文改憲に反対してきた従来の守りの護憲運動から攻めの立憲運動へという大きな飛躍だといえる。
 この結果、安倍首相が改憲を唱えれば唱えるほど、憲法そのものを蔑ろにしている者が「改憲」を主張するという自己矛盾に陥るようになっている。
 第二に、国民大衆が掲げた立憲主義を党の基本理念にするということは、国民大衆の意思と要求を国民大衆とともに実現していく党であるということを明らかにしたことになる。
 自国の憲法を名実共に国の骨幹、最高法として尊重し、基準としなければ、恣意的に政治が行われ民主主義が圧殺される。民主主義の実現のうえで欠かせない立憲主義を反安保法制の闘いの中で国民大衆自身が掲げたということは、それだけ国民の主権者意識が高まったという事に他ならない。
 生まれたばかりの立憲民主党に国民大衆の熱気溢れる支持が殺到したのも頷ける。立憲主義は草の根民主主義と切り離すことができない一体のものだ。国民大衆の中に入り、国民大衆と共に考え、その意思と要求を汲み上げれば汲み上げるほど、大きく成長し、党も力強く成長していくことできる。
 第三に、立憲主義が保守とリベラルを結びつけ、一つにしていく旗印になるということだ。
 保守の論客である小林よしのり氏が、「民主主義は暴走する。それをどうやって防ぐかって言ったら、立憲で防ぐんですよ。立憲主義で。権力の暴走を立憲主義でフタをして止める。これが立憲民主党。素晴らしい党名ですよ」と応援演説で述べた。このことは、保守とリベラルに分断されていた国民大衆が一致して賛成する理念が、立憲主義であるということを意味していると思う。
 立憲民主党はリベラルの党だと言われている面があるが、保守層をも包括してこそ、政権を担っていくことができると思う。保守とリベラルの融合をはかることが大切であり、その理念が立憲主義だ。
 以上、立憲主義を理念とすることの意義を考えてみたが、これを基本理念としていることに大きな意義があり、そこに憲民主党の生命力があるのではないかと思う。それゆえ、今後とも、立憲主義を高く掲げ、国民大衆と共にその闘争のなかで立憲主義をさらに豊かにしていってくれればとの思いを強くする。

■社会のあり方、国のあり方
 立憲民主党の綱領・政策で特徴的なことは、「多様性を認め合い、困ったときに寄り添い、お互いさまに支え合う社会」という「共生」の考え方をキーワードとしていることだ。言いかえれば、「共生社会」「公正な分配による人間のための経済」「世界との共生」など、社会関係を「共生」の理念で築いていくという社会のあり方を詳しく述べていることに特色がある。
 社会のあり方の理念として、「共生」という理念を掲げている立憲民主党。
 今日、巨大独占企業が莫大な利潤をあげ金を蓄積する一方、貧困層が拡大し、医療・社会保障制度が崩壊の危機に直面し、地方・地域が消滅し、急速な人口減をとめることができないでいる。それゆえ、立憲民主党が格差社会の是正に重点をおき、「共生」の理念を掲げたのも頷ける。
 また、一人一人の個人を尊重しなければならないと言うほど、人々の要求が高くなっているということだと思う。
 綱領・政策で掲げられている「共生」による社会のあり方は、おそらくほとんどの国民が支持すると思う。
 ところで、立憲民主党は国のあり方についてどう考えるのだろうか? 今後、政権を目差す党として綱領・政策で国のあり方を明らかにすることが問われていると思うのだが。
 例えば、経済問題をとっても、綱領・政策では、「公正な分配により人間のための経済」「一人ひとりの持てる力が発揮され、幸福が実感できる経済の実現」「中小企業、小規模事業者の個性と可能性をのばせる環境の整備」「農業、林業、漁業の振興」などが、社会のあり方としていろいろな箇所で織り込まれている。だが、それだけでは国の経済路線がはっきりしない。 
 例えば、格差を是正するためには、これまでの新自由主義、グローバリズム経済のアベノミクスをどう克服し、どんな日本経済をつくるのか、財政問題や、産業発展の方向について、内需に重点をおくのか輸出に重点をおくのか、大企業と中小零細企業とのバランス、都市と地方のバランスをどうとるのか、科学技術の発展をどうはかるのかなど、そのビジョンが必要だと思う。他の分野でも教育なら教育をどうするのか、医療社会保障ならそれをどうするのか、雇用、さらに外交防衛分野でもそうである。政権を担おうとすれば、国の路線、政策を提示していかなければならないだろう。
 国家を階級支配の道具、権力として反発し、国の介入を嫌うリベラルの人たちもいるだろう。国家を否定していないにしても、国のあり方について考えないとすれば政権を担う党としてはどうなのだろうか。
 国家は支配の道具である一方、人々が国家を認め受け入れるのは、国家自体が人々の運命を拓くためにあるからだと思う。人々はすべての人々を包括した国家という政治組織をもってこそ、社会活動を統一的に指揮し組織していくことができ、社会を発展させていくことができる。それゆえ、国がどのように人々の社会活動を指揮し組織するかという国のあり方、各分野での国の路線が重要だといえる。
 ここで思い出すのは、かつて明治の自由民権運動での国権か民権かの論争だ。自由民権運動が国権に対し民権を対立させ、対置することによって結果的に侵略の道をすすめる国家を容認することなり、衰退してしまった。不平等条約のもとにある従属的侵略的国権にたいし民権のための国のあり方を対置していれば運動が終焉することはなかったのではないだろうか。
 立憲民主党の綱領で掲げる共生社会を実現しようとすれば、その手段というべき国のあり方が重要になってくると思う。
 また、リベラルの人たちは社会のあり方を強調する傾向があるのにたいし、保守と言われる人たちは国家を重視する場合が多いと思う。国家と社会のどちらかだけを重視し、対立させれば、保守とリベラルの分断を作るだけだ。立憲主義を掲げ、そのうえで国家のあり方と社会のあり方を統一的にとらえ国のあり方を提示してこそ、保守層にも基盤を築いていくことができると思う。
 それゆえ、立憲民主党の綱領・政策において、国のあり方と社会のあり方を統一させ、国のあり方について議論し盛り込んでいってくれればと考える。


 
現場から

ヘイト団体と悪徳一部経営者が結託して連帯労組攻撃

さかい一郎


■近頃有名 連帯ユニオン
 連帯ユニオンと言えば労働者にとっても、生コンを扱う中小企業経営者にとっても頼りになる労組として、年々、大きく評価されるようになっている。適正な生コン販売と輸送の価格収受を維持する取り組みを一貫して行っているからだ。連帯ユニオンの運動方針のおかげで生コン会社・輸送会社・施工会社は適正な利益を手にすることができ、そこで働く労働者も高い給料を受け取ることができるので労使双方から歓迎されている。ひいては生コン業界の健全な発展に寄与するものとなっている。

■生コン業界 健全発展で 労使が幸せ
 ところが生コンの原料セメントのメーカーは実は面白くない。大資本の系列企業が儲かれば良いので儲けのジャマをするのは不快だと言うわけだ。その妨害のためにある時は警察や対立労組を使って弾圧し、やくざが出て来た事もある。普通の労組ならビビッてしまうところなのだが、連帯ユニオン指導者の武健一氏は「ピンチこそチャンス」「闘争はとことんやる」「やくざを恐れるな」と言うポリシーを貫き、何度も大規模ストを行い、梅田グランフロントの工事がストップした事もある。普通なら取引先などから嫌われるが、産業政策運動として労使共栄精神のストなので労働者はもちろん、現場経営者からも「こういうストは頑張ってほしい」との声が続々寄せられ、数ヶ月後、大企業大資本が音を上げ、連帯ユニオンの勝利で終わった。関西生コン労働者の平均年収は何と800万円近いらしい。また大部分の経営者は武委員長のファンが多く、階級を越えた人気とさえ言える。

■そこへ登場 ヘイト勢力
 その連帯ユニオンを快く思わない一部の経営者が連帯ユニオン非難のキャンペーンを昨年末から計画し、実行に移しだしたのが2018年1月だ。組合事務所に押しかけて騒いだり、ヨドバシカメラ前などで非難宣伝をやり出したのだ。また連帯ユニオンと親しい政治家へも押しかけて、卑劣な圧力をかける有様だ。
 一部悪徳経営者は協同組合の資金を使って在特会=日本第一党なるヘイト団体の最高顧問「瀬戸弘幸」氏を雇い入れ、高額な街宣車をリーズしているらしいが、大小2台と高級大型ワゴン随行車の年間総費用は数千万円に及ぶようだ。しかもそれらを動かすにはさらに人員が必要で瀬戸氏らへの活動費も数千万円〜億単位と思われる。
 瀬戸弘幸氏はあのヘイト総帥・桜井誠氏と盟友だ。だから連帯ユニオン攻撃には関西のヘイト活動家らが多数参画している。世間からだんだん相手にされないようになり、ヘイト犯罪で逮捕されたり、多額の損害賠償を命令されたりで財政状況が苦しくなった昨今、悪徳経営者からの資金はありがたいのだろう。

■覚悟せよ 悪事は永く 栄えない
   しかし、悪事は一時栄えても必ず破たんが待っている。莫大な出費が無益になるよう、そしてヘイトの許される場は地球上に存在しない事を、極右達と生コン一部悪徳経営者は思い知らねばならない。連帯ユニオンと共闘団体、個人が一大反撃体制を作り、実行しつつある。そして悪徳経営者の粗暴ぶりは目を覆うほどだ。証拠ビデオがあるが、警備に来た警察官に明らかに暴力をふるっている証拠のパンチ写真がこれだ。共通点があって、応援に入っているヘイト男・荒巻は家宅捜索に来た刑事に包丁を振り回した凶暴な経歴を持つ、そのまま逮捕されヘイト犯罪累犯で実刑。つまりヘイトと悪事と暴力の連鎖が破たんする事は在特会の例で明らかだ。瀬戸一派と悪徳経営者は覚悟した方が良い。



文化

花を奉る

金子恵美子


 石牟礼道子さんが亡くなった。90歳。どんな一生であったのか。
 数年前に、ユージン・スミス氏の写真展「MINAMATA」を見る機会があった。
 その被写体になった胎児性水俣病患者の方々は、私と同じ昭和30年、31年生まれが多かった。それは、私も水俣に生まれていたらと言う思いを引き起こし、彼らを非常に近く感じるとともに私と彼らの間に生じた不公平に申し訳ないような心持になった。
 それから「MINAMATA」はずっと私の頭に引っかかっていた。テレビで水俣の特集をやれば録画した。そのような中に「花に奉る」という特集番組があった。
 そこには石牟礼さんの生い立ちから、水俣に関わっていくきっかけ、水俣病患者さんたちとの交流、チッソを相手に共に闘った姿、一生を彼らに寄り添い生きた、美しく、凛とした魂の持ち主の生き様が映し出されていた。
 なぜ石牟礼さんは水俣の魂の声を綴ることができたのか。
 石牟礼さんには、世の中からはみ出した者、はみだされた者への深い情愛があった。
 その原点は、「もか」という目が見えず精神障害をもった祖母との体験にある。もかさま、ばばしゃまと慕った祖母は「しんけいどーん」と子供たちにはやし立てられ、石礫が飛んできたりした。雪の中で佇むばばしゃま。「冷たか」と握った手を通じて「祖母の気持ちが自分の中に入り込んでくる。でも小さいので全部入りきらん。いつか全部入り込んでくるときはあるのかな」と思ったそうだ。
 次の体験で大きかったのは、18歳で迎えた敗戦。代用教員をしていた石牟礼さんは一夜にして「軍国主義」から「アメリカの民主主義」への変わり身に大きな疑問を抱く。「軍国主義が良いわけではないが、どうしてアメリカの真似をしなければならないのか。もっと根源的に変えなくてはならないのでは」それを探すために書き始めたという。そして一番最初に19歳で書いたのが戦災孤児の話「タデ子の記」である。ここで石牟礼さんは戦災孤児について「いったい何の報いか。一番美しいはずの子供たちが、盗むこと、騙すことを覚え、心を折られ、それでも大人たちからは敗戦したのだから仕方ないとごく当然のように放り出され、あまつさえ迫害さえ加えられ、だんだんと魂を亡くしていくことはなんとしたことでしょう。親たちは自分の生んだ子供だけを、先生たちは学校にくる子供だけを子供と思い、そのようなことがあまりに多い。かつては赤子だ子宝だとされた子供たち、負ければもうお宝ではないのでしょうか。そのような大きな社会の力に引っ張られて自分のもとを離れていったタデ子、それを引き留められなかった私の無力さ。死んだにしても生きていたにしても本当にかわいそうでなりません。」と言っている。
 世の中からはみ出した者たちへの深い思い。そこには人間が辱められている事への怒りと悲しみがある。書くとは何か。どういう意味があるのか。書くことの覚悟。人間と国家、家族とか村とか町とかは何だろう。最小単位としての人間が辱められている現実。一字ずつ、ゆっくり言葉を探して書き始めた。ものものしくなく、音を立てずに書いていたという。
 そして昭和22年、20歳で結婚、翌年長男が生まれる。好きな短歌を投稿したりして、主婦として平穏な日々を過ごす。しかしやがて、身の回りの海に異変が起きていることに気づく。ネコ踊りがはじまっていた。昭和31年5月1日、水俣病公式確認。
 昭和34年、小学生だった長男が結核で水俣の市民病院に入院。隣の病棟に「えも言われぬ症状」の患者と出会う。水俣病の患者たちだった。息が詰まるほどの衝撃、出会ってしまったことへの責任が胸に深く刻まれる。その瞬間を無心に書き綴ったのが、後の「苦海浄土」である。石牟礼さんは語る。「ベッドから落ち床の上にじかに仰向けに転がっている状態が船の板敷の上に寝転がっている事とは全く違う不快なことに違いないのである。彼らは恥じていた。怒っていた。苦痛より怒りを表明していた。見も知らぬ健康人の見舞い客を仮想敵と決めて当然だ。この日はことに、自分が人間であることの嫌悪感にたえがたかった。この人の悲しげなやぎのような魚のような瞳と流木じみたような肢体と、決して往生できない魂魄は、この日から全部私の中に移り住んだ」「生きていくとはどういうことか、祖母のこともあって、生命とは何か。言葉を使う人間として人が生きるとはどういうことか、そういう根底の所が侵されている人の魂を感じた」と。
 ここから生涯を通じた水俣病患者、その家族との歩み、絆が続く。石牟礼さんは家々を訪ねては話を聞き、一緒に座り込みもし、裁判闘争支援も行い、水俣について書き続けた。
 漁村の農家の一主婦としてははみ出している。家族からの苦言や生きづらさも相当あったに違いない。しかし、書くことを止めなかった。「捕まえられた、水俣の患者さんたちに」ということだという。対立するチッソや国を「祖(おや)さま」と呼び、裏切られながら「祖さまが欲しい」と言って無念のうちに亡くなっていった患者さんたち。その片思いを何とか実現させてあげたいと、その切なる思いを尊く受け止め、いつも花を奉るという気持ちで一字一字書いていった石牟礼さん。
 平成21年7月、水俣病特別措置法が成立。裁判を取り下げ、生活保護を取り消すという条件で一時金210万円の補償。二日間で100人が申請。差別を恐れて隠してきた人たちだ。受診者の9割に症状があるという。潜在的な患者は熊本、鹿児島で5万人とも言われ、今も増え続けている。しかし国は平成24年7月末で申請を締め切った。これが救済であると言えるか。裁判闘争、ばら撒かれるお金、差別と分断。
 「沖縄」と「フクシマ」も同じ構造ではないだろうか。石牟礼さんは「地球全体がおかしくなった。その核の問題が水俣にはある、人間の生身を通じてある」と言っているが、日本にとっての近代化とは何であったのか。どこかの、誰かの犠牲の上になりたつ国の近代化。人間が、その尊厳がおきざりにされている社会のあり方とは。
 人は何のために生きているのか。「絆を求めてみんな生きている。愛を求めて生きていると思う。お互いの事を思うという事。忘れられていないということ。誰かが気にかけてくれていると思えたら幸せでないかしらね。誰からも忘れられてしまったという事が一番怖いこと、悲しいこと。社会的な目が自分たちを見てくれているということもあるけれど、個人でしょうね。誰か自分の事をしょっちゅう思ってくれている人がそばにいる、あるいは遠くからでもいい」と話す石牟礼さん。
 私たちは「沖縄」を孤児のようにしてはいないか。「フクシマ」を遠い親戚のようにしてはいないか。自分たちの「平穏」で「便利な生活」はその犠牲の上にあるという事を自覚しているだろうか。そんなことを考えさせられた。



 

年賀状から

 


★「昨年も体調を崩し、ヨチヨチ歩きの老人でしたが、怒れる会の結成と、4回の集会を成功させ、今年は怒りの声を賛同の皆さまと共に反原発、反戦・平和、改憲阻止で、国政選挙には怒りの一票を投じる動きに力を注ぎます。今年もよろしくお願いいたします」(M・Y)

★「70歳現役目指して仕事をして来ましたが、いよいよゴールが見えてきました。地域内の居場所作りとして<おたっしゃ倶楽部>をやって来ましたが、今またコミュニティカフェ作りに挑戦中です!」(T・T)

★「広島原爆に生き残った私は、本年90歳を迎えることになりました。生き続ける被爆者の数も少なくなりました中で・・・。昨年も私は、1月に立命館大学に参りましたことをはじめ、高校、小学校、そして地域のみなさんにも、体験と非核平和への心を語りました。勿論、起立して語りました。生命ある限りこの姿勢で!と思っております。ICANにノーベル平和賞が出されましたが、日本という国は、相変わらず核のカサのもとにあります。まだ死ぬわけにはまいりません。皆さんとともに、非核平和をめざします。」(T・S)


ホーム      ▲ページトップ


Copyright © Research Association for Asia New Epoch. All rights reserved.