研究誌 「アジア新時代と日本」

第 号 2017/ /10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 仕掛けられた「日本リセット」選挙

議論 「朝米対決」と日本

投稿 「堺は燃えているか」9.24堺市長選挙

随想 たかが漫才、されど漫才

読者から 投句

資料 ICANのノーベル平和賞受賞に日本政府が沈黙する理由




 

編集部より

小川淳


主人公は小池・希望から枝野・立憲民主党へ!
 10月10日、総選挙が公示された。この総選挙のメディア予測は自公300の勢いというから驚く。選挙結果によっては、「戦後日本」が大きな曲がり角に直面するのは間違いない。
 小池「希望の党」の凋落ぶりが著しい。安倍VS小池の構図のデタラメさが日に日に明らかになったからだ。前原・小池氏らが目論んだ1対1の構図は早くも崩壊し、自公VS希望・維新VS立憲民主・共産・社民の「3極の争い」になったと言われる。しかし、改憲や原発、安保法制という最重要政策では自公と希望・維新VS立憲民主・野党共闘という「2極」の構図がはっきりとしてきた。
 注目したい選挙区がある。兵庫6区だ。もともと兵庫6区は小池百合子氏出身の選挙区で05年に東京10区に国替えするまでここが地盤だった。三選をめざす大串氏(自民)に希望、維新、立憲の3氏が挑む。希望の幾村氏は小池氏の元秘書だ。維新は元国交省官僚の市村氏。希望と維新は東京と大阪では対立候補を立てない協定を結んでいるが、兵庫は対象外だ。
 立憲民主の桜井周氏(元伊丹市議・民進)は兵庫県下では唯一希望公認を拒否し、立憲民主から 立ち、共産・社民の野党共闘が支える。表面上は自民、維新、希望、立憲の4極の争いだが、実質的には改憲、安保法を認める自民・維新・希望と、改憲に反対する立憲・野党共闘という2極の争いとなっている。
 今選挙の焦点は二つある。一つは安倍1強を阻止できるかどうか。もう一つは、改憲・安保・対米従属の大政翼賛会(自民・公明・維新・希望の連立)を阻止できるかどうかだ。その為には、立憲民主が旋風を巻き起こし、何としても野党共闘で3分の1を死守して欲しいと思う。今回の選挙で主人公は小池氏ではなくなった。主人公は立憲民主枝野氏だ。立憲民主・共産・社民を含めた野党共闘が、反安倍の民意を受け止める唯一の受け皿となっているからだ。
 今や、社会は二極化している。与論調査によると、安倍ら「保守」を支持しているのは下層の人々だという。これは米国のトランプ現象と共通している。彼らは、これら下層の不平、不満をいつの時代も排外主義や民族主義に利用してきた。保守の基盤となっているのは下層の人々だ。
 立憲民主党の結成は、これら「保守」と対決していく上で、大きな意義を持つのは間違いないだろう。9条改憲・大政翼賛会の危機を前に、野党と市民の共闘を再構築し、安倍一強政治を終わせたい。



主張

仕掛けられた「日本リセット」選挙

編集部


 今回の総選挙、その焦点は「リセット」。仕掛けてきたのは「私がリセットします」の小池百合子氏。民進党候補者を「排除・選別」して、政界を「リセット」し、「日本リセット」を問う選挙にしたいと。
 かくて選挙は、「リセット」を巡っての安倍・自民党と小池・希望の党の争いに。しかし、それは国民が求める「リセット」なのだろうか。

■国民無視が生み出したこの醜悪さ
 今回の総選挙では公示までの間に、これまで考えられなかったようなことが連続して起きた。
 先ず「大義なき解散」。「モリカケ隠し」のための有無を言わさぬ冒頭解散。まさに、それは「私難突破解散」であり、「お前が国難」解散であった。
 次には、民進党の希望の党への合流。議員総会の場で討論らしい討論もせず、前原党首自らが解党を申し渡すという異常さ。
 そして極め付きは、小池氏が合流した民進党の候補者を「安保法制と憲法への姿勢」を試金石に、基準にしての「排除・選別」。
 浮き彫りにされたのは、国民のことなど眼中になく、自分たちの利益、自分たちの都合で事を進める政治家たちの唖然とするような姿だ。
 有権者の70%が「解散理由納得せず」の解散。「当選するための『希望』ね」が見え見えの民進の希望への合流。結局「小池ファーストなのね」の「排除・選別」。
 ツイッターで見かけた怒りの声。「見よ! この『二枚舌』。国会前で2015年『安保法制反対!』を訴えた細野豪志氏が元同志に『安全保障・憲法改正賛成』の踏み絵を踏ませる冷血な人でなしぶり。仲間を選別している玄葉も、彼らを繰っている小池も。自民、希望という『二大極右政党制』プラス維新で改憲へまっしぐら。『ナチスの手法』そのもの。それをリードするのが『私はAI』『排除します』の緑タヌキ」。
 まったく同感である。新聞などで見る国民の「声」も、「あきれた」「そこまでやるのか」というもの。それは国民のことなど眼中にない、国民無視が生み出したものだと言わざるをえない。

■立ち現れた「従米右派2大政党」、従米の翼賛政治
 そして今、私たちの眼前に立ち現れたのは従米右派の二大政党とその政治である。
 安倍・自民党も小池・希望の党も「安保政策と改憲」では同じである。すなわち、「米国に従って戦争する国」の深化完成。まさに従米右派の二大政党の出現なのである。
 そして取り沙汰されている安倍後の政治劇。すなわち、立候補を固辞した小池・希望の党が首班指名で、自民党内でポスト安倍と目される石破茂、野田聖子、岸田文雄の誰かを指名するというもの。
 自民党の現有議席は287議席。安倍首相は「自公で過半数の233」を勝敗ラインにしたが、自民党内では「自民単独で過半数」が言われている。それを割れば即、安倍退陣。50前後減らしても安倍首相の責任が問われる、と。
 そこでは小池氏がキャスティングボードを握る。まさにキングメーカー。選挙後の政治構造は、「小池院政」「小池独裁」の様相を呈したものとなるしかない。
 この間、ネットなどで「ジャパンハンドラー」(米国の日本を繰る人々の意)という言葉が頻繁に語られるようになった。民進の希望への合流で動いた小沢一郎氏。それに応じた前原氏や小池氏。その後、東京、大阪、愛知の「三都会議」を策した竹中平蔵氏など、これらは皆ジャパンハンドラーに繋がる人たちだと言うのだ。
 多分そうであろう。そうでなければ理解できないことの連続であった。そして事態はさらに大がかりに進んでいく。
 このように見れば、安倍首相の解散総選挙や選挙後の政治劇まで含めたものが仕掛け、仕組まれたものではないかとの思いを禁じえない。
 こうして生まれる小池氏が影響力を行使する政治(その内、小池氏自身が国政にも出てくるかも知れないが)、小池氏中心の従米翼賛政治。それは米国の望むものであっても、決して国民が望む政治ではない。

■その「日本リセット」とは?
 では、従米右派の大政翼賛政治は日本をどのようにリセットしようと言うのだろうか。
 それは米国トランプ政権のファースト覇権戦略に従うものとなるしかない。
 すなわち、反グローバリズムの民意の高まりの中で、各国に「ファースト政治」をやらせる。しかし、それは米国覇権を前提にして、「米国を支えるのが、各国の国益」とするものである。日本に対しては、軍事で「核武装も含めて自分でやって米国を支えよ」というものに。経済でも「規制緩和をさらに進めて、米国企業をもっと入れろ、それが国益」というものになるということである。
 そのための「しがらみ政治のリセット」。
 それは安倍政権の「お友達に便宜をはかる」というだけに止まらない。「しがらみ政治」とは自民党政治そのものだからだ。自民党は、財界から献金を受け、地方に地盤をもっている。そして、それが「しがらみ」になっている。この自民党政治を解体して、日本政治を米国が操縦しやすくする。
 そして経済。小池氏は「規制緩和でリセット」と言いながら、お友達のための国家戦略特区ではなく、もっと門戸を広げた規制緩和をと主張する。
 小池氏は、かつて自身が主宰する「国政研究会」では「外資の利用」を研究していると語った。そして氏をとりまく顧問たちの顔ぶれはゴールドマンサックス出身の上山信一氏を筆頭に投資コンサルト会社経営者の面々。
 小池氏の言う「徹底した規制緩和」策によって、「外資導入」は強まる。農業での食糧メジャー、カーギルや遺伝子組み換え種子のモンサントの参入。医療、建設、教育などあらゆる分野での外資参入。こうして日本の富が食い物にされつつ日米経済の融合一体化が進む。ちなみに安倍後を有力視されている石破氏も「日本列島創成論」で外資導入を強く主張している。
 そのためにも改憲は必至である。
 その基本は、もちろん「9条改憲」である。
 そして「地方分権」。それは小池氏が改憲で「先ずここから」と強調するものである。
 米国が日本を支配する上で、地方を国から切り離し「独立化」すれば都合がよいということだろう。すでに細野豪志氏は「地方で政策も作るし法律も作る」と述べている。こうすれば「外貨導入」もしやすくなる。この動きを東京や大阪都構想、道州制の日本維新や愛知とも連携して作ろうとしている。
 まさに、「地方から日本をリセットする」という構図が見えてくる。
 こうして改憲された「新しい日本」、そして「新しい日米関係」が演出されるのだろう。

■国民が求める「日本リセット」を
 今回の選挙、国民にとっては、政治、政治家の醜悪さを見せつけられ、どちらも従米右派で「同じ穴のむじな」のどちらを選びますか、「日本リセット」をどちらに任せますか、というものでしかない。
 これほど国民をコケにした選挙はないだろう。
 こうした中、立憲民主党立ちあげは、多くの人に歓迎されている。
 ツイッターでのフォロワー数は、開設以来3日間で希望の30倍、民進の5倍で自民の11万4000を越える13万2000に達した。そして党首・枝野氏の最初の地方遊説地・大阪では大歓迎の「頑張れ」コールが起きた。
 期待は大きい。そうであれば、この党は、「排除された者の受け皿」あるいは「左の受け皿」というだけでなく、民意の受け皿にならなければならないと思う。
 求められているのは、対米従属の「日本リセット」ではなく、本当に日本のための日本国民のための「真のリセット」を担う党なのだから。
 小池氏の「排除・選別」を前に、「これは左派撲滅作戦だ」「日本からリベラル一掃」「リベラル色の強い全共闘世代の最終抹殺」などの声も聞かれる。そうした中で、「65+の会」(65歳から始める自由と希望の会)などの動きも聞く。
 今回の総選挙を契機に問われているのは、国民の求める真の「日本リセット」の道を模索し政策化し、そうした政治勢力を如何に作り出すかである。
 そのことを視野に入れながら、立憲民主党の得票状況や野党共闘の結果が注目される。そして、付け加えれば、あの醜悪な私利私欲の面々にほえ面かかせる場面を見たいものである。



議論

「朝米対決」と日本

K・T


 「朝米対決」が「一触即発の核戦争の危機」をともない世界を騒がせている。特に日本では、安倍首相自ら、「北朝鮮」を「国難」と指定しての大騒ぎだ。
 この問題をどうとらえ、それにどう対処するのかは、今日、日本のあり方を問う一大問題になっていると思う。

■「朝米対決」とは何か、その本質を問う
 今日、「朝米対決」に向き合うに当たり、何よりもまず問われているのは、この問題をどうとらえるかだと思う。どんな問題にしても、その本質をつかむのは容易ではない。だが、この問題ほどそれが隠されているのも少ないのではないか。
 朝鮮にとって、今、米国は、「体制保証」や「核保有国認定」などを求める対象、それがかなえられない怒りをぶつける対象として描かれている。しかしそれにしても、「認定」を願う相手に対しなぜあのような罵詈雑言、核戦争の脅しなのか。この疑問は全く解かれていない。あるのは、「子どもの喧嘩」だけだ。「大人」の常識では到底考えられないということですまされている。だが、そんな子どもじみた愚かな暴君が、6年近くの歳月、それも米国との対決戦の中、一国の政治を担い続けることができるだろうか。そんなことはあり得ない。
 「朝米対決」、ことの起こりは70数年前にさかのぼる。日本による植民地支配から抜け出た朝鮮が米国の南半部占領によって南北に分断された。そして、その後勃発した朝鮮戦争。その決着が、戦争終結後64年を経た今もついていない。停戦協定が平和協定に変えられておらず、朝米間の国交も正常化されていない。それを拒否し続けているのは朝鮮ではない。米国だ。
 ではなぜ米国は拒否し続けているのか。それは、覇権国家として自分に楯突いた反覇権国家への「懲罰」だからだ。だから、朝米間の「冷戦」はこの間、間断なく続けられ、イラク戦争時には、朝鮮を「悪の枢軸」と名指ししての「核先制攻撃」の脅しまでがかけられたのだ。
 朝鮮が核とミサイルをもって行う対米対決戦は、それに対応するものだ。核には核で、戦争には戦争で。この覇権と反覇権の闘い、そこに「朝米対決」の本質があると思う。

■打つ手を失った米国
 今日、「朝米対決」において、打つ手がなく行き詰まっているのは、朝鮮ではない。覇権国家、米国の方だ。
 米国はこれまで、覇権の存亡をかけて、朝鮮に核とミサイルの放棄を迫ってきた。それは、その覇権力を総動員しての圧力だったと言える。
 その結果はどうだったか。もうそろそろ結論を出してもよいのではないか。まず、何よりも、国連と日米韓独自の「制裁」によって、朝鮮の核実験、ミサイル発射を止めることはできなかった。それどころか実験と訓練の頻度は増し、その水準は高まる一方だ。制裁力の低下は、何よりも米覇権力の低下を物語っている。朝鮮と国交を結んでいる国は、全世界193ヶ国中162だったが、この間、逆に174に増えたと言う。これらの国々を通じ、「制裁指定物資」は、何事もなかったかのように、朝鮮を出入りしている。まじめに制裁している国など、中ロを含めても10ヶ国に満たないという。もう一つは、「自力更生」「国産化」などのスローガンの下、朝鮮の経済自体が対外依存しないものになっているということだ。
 次は、「戦争」による脅しだ。これが全く効かなかった。米国が軍事行動を起こしたら、いや、戦闘爆撃機B1の北上など、その兆しを見せただけで、その撃墜まで含め、朝鮮も軍事行動を開始するという。核戦争には核戦争で、全面戦争には全面戦争で。それが単なる言葉でないのは、米国が一番よく知っている。米国民と世界を前にして、それに対応する力も道義性も米国にはない。
 ならば「対話」か?しかし、朝鮮を屈服させる制裁力も軍事力もない条件で、「朝鮮の非核化」のための対話などできるわけがない。対話をやるなら、それは、朝鮮が要求する「無条件の対話」以外にはあり得ない。
 だからと言って、このまま朝鮮を放置することもできない。それが、朝鮮の軍事的、経済的な野放しの強大化を結果するしかないからだ。
 「制裁」も「戦争」も「対話」も「放置」もできない米国は、この70年越しの対決をどうしようとしているのか。

■覇権国家、米国の底意
 米国は、朝鮮を「核保有国」として認めるしかないのは分かっていると思う。問題は、どうやって認めるかだ。覇権国家としての体面を保ち、覇権への打撃を最小限に止めて「朝米和解」に持ち込むためにはどうしたらよいのか。
 一方今、米国は、破綻したグローバリズムから「ファースト主義」へ、その覇権回復戦略のあり方の転換を図っている。朝鮮に対する対応も、当然、それに合わせ変化する。すなわち、「朝米和解」するにしても、それを新たな覇権回復戦略遂行のため、最大限利用するということだ。例えば、米国と世界の平和のため、「朝米の和解」を米国の国益としてだけでなく、日本や韓国をはじめ、世界のすべての国の国益として尊重し第一として実現するということだ。それは十分にあり得ることだ。さらにそれを「ファースト新時代」の幕開けとして演出するくらいはできるのではないか。
 だがもちろん、そうなったとしても、それで朝米の覇権か反覇権自主かの攻防が終わるわけでは決してない。それは、米国による朝鮮に対する「改革開放」への誘引、すなわち社会主義路線放棄への誘いや朝鮮統一の闘いへの妨害、あるいは、世界の反覇権自主の闘いと朝鮮の闘いとの連携への阻害、等々として、朝鮮を地政学上の要衝とする米国と中国、ロシアなどとの抗争と絡まり合いながら、引き継がれていくことになるだろう。
 それは、「朝米対決」の新しい段階、すなわち、カタルーニャやドイツなど、世界的範囲で自国第一主義がゆるぎない時代的潮流として新たな発展を見せる中、より高い段階に発展する反覇権自主の闘いと「ファースト主義」に転換した米覇権回復の新戦略との世界史的攻防の新たな一環としての「朝米対決」だということだ。

■今、日本の役割が問われている
 安倍政権は、これまで、この「朝米対決」に誰よりも熱心、かつ積極的に関わってきた。対朝鮮制裁の先頭に立ち、国連の制裁を促すため、日米韓による「独自制裁」に踏み切ったのも一度や二度ではない。米国に向けられた朝鮮の核とミサイルを日本への脅威として引き受け、今回の解散総選挙では、それを「国難」と指定するまでに至っている。その日本が、これから「朝米対決」の新段階にあって、それにどう対していくか。  それを考えるに当たり、われわれは若干、歴史をひもとく必要があるのではないか。欧米の覇権に踏みにじられてきたアジア、そして朝鮮。彼らにわれわれはどう向き合ってきたか。明治以来150年の歴史がそれを問うている。
 黒船とともに押し寄せた米覇権が日本に求めたのは何だったか。日本の対アジア、対朝鮮政策はそれと離れてはなかった。以来、日本は、朝鮮をめぐって、日清、日露の戦争を引き起こした。その背後に、ロシアとの覇権抗争に日本を押し立て利用する英米の影があったのは公然の秘密だ。
 そして今日、押し寄せてきているのは、「黒船」ならぬ、沈没寸前の「泥船」だ。この「泥船」に乗って、日本はまた、対朝鮮覇権の道、戦争の道に踏み出すのか。
 それは、やめた方がよいと思う。今日のアジアも朝鮮も、かつてのアジアや朝鮮ではない。米国も打つ手がなくなっている朝鮮に対し、日本が何をするというのか。
 世界に広がる反覇権自主の闘いと米覇権回復戦略との闘いが自国第一主義をめぐる新たな段階に入ってきている今日、日本に問われているのは何か?それは何よりも、朝鮮に対しどうするかに現されなければならないと思う。
 これまで日本のあり方は、隣国、朝鮮にどう対するかに鋭く現れてきた。朝鮮侵略と軍国日本、そして今、朝鮮敵視と9条改憲。
 「朝米対決」の新段階、日本が果たすべき役割は、米国か、それとも、アジア、朝鮮か、そのどちらを前にしたものになるべきか。それは、後者だと思う。覇権と従属の時代は、「朝米対決」に見るように久しい以前に終わっている。自国第一主義は、脱覇権自主の時代の新しい旗印だ。そうした今、この旗を利用して覇権しようとすること自体、矛盾に満ちている。そこに「泥船」の「泥船」たる所以があるのではないだろうか。


 
投稿

「堺は燃えているか」9.24堺市長選挙

さかいイチロー


 堺市役所前の大交差点に「竹山は共産主義者や!」と怒声が響いた。リベラルな保守として定評がある現職市長の竹山おさみさんの事だが、いつの間に共産主義者になったと言うのか! 怒声の主はレスラーか相撲取りみたいな巨躯、坊主頭の維新運動員。毎日両派の運動員同士が並び立って、現職市長と新人候補への支持を訴えつつ、「お互い大変やなあ」「時々、そっちの候補名を言いそうになるわ」などと言い合い、別れる時にはエールの交換もしていたような場所である。最終日とあってさらに維新側が大動員したと見える。実は関西の極右や在特会、ヘイトスピーチ勢力は維新や安倍勢力の応援に入りこんでいる。
 その内の一人なのだろうか。周囲の維新運動員もそう言う輩を止める風もないので、一員と見て差し支えない。「竹山市長が共産主義なんて初耳やで」と忠告してあげたのが運の尽き。見上げるような巨漢に30分以上絡まれる羽目になった。実は前日にも同場所で事件が起こった。市長派の運動員が政策ビラを配っていたところ、維新運動員の一人に突き飛ばされ、ビラも叩き落とされたのだ。「暴漢」はあとで「謝って来た」らしいから「事実」なのだ。

■「フェイク」
 敗色濃い維新は言う事がワンパターンになって来た。「自民から共産まで支援されているなんてわけわからん」。また既に論破されている「堺市財政は大赤字。対する大阪府・市は赤字削減中」のデマを叫びたて続ける手法が繰り返された。しかし「幅広い市民に支持されたからこそ橋下最盛期にもかかわらず4年前再選されたし、極右政治家の象徴みたいな西村慎吾さんから日本共産党までが今回も竹山市長支援の陣形を固めた」と反論し、「堺市が単年度黒字収支を7年間続けてきている一方で大阪府・市こそ赤字体質」という実態が具体数字とわかりやすい図表で示されたことで次第に市民の市長支持が高まっていった。
 結果としては堺市の7つある区のうち6区で竹山さんが勝利した。新住民が多く、維新のデマ宣伝が浸透しやすく、一部のコミュニティ紙もいやらしい市長批判を全戸配布する状況の中で「南区=泉北ニュータウン」だけが維新新人支持多数であった。と言っても大同団結の力で反撃したので3千票の差しかなかった。それにしても維新のデマ宣伝はひどい。維新がアメリカのハゲタカファンドに叩き売ろうとした泉北高速鉄道が市長をはじめ広範な市民の反対と、堺選出維新府議団4名の造反(維新から除名)により守られ、運賃80円値下げも実現したのに「それを実現したのは維新の会です」なるデマを街頭のマイクで流布するに至っては、市民から冷笑と批判が浴びせられていた。

■「戦いすんで日が暮れて」
 イケメンを自慢する維新陣営新人候補に対し、地味なキャラクターながら着実な改革と市政・財政の安定をアピールする竹山市長への支持拡大が終盤実感できた。その事への焦りが運動員への暴行や「竹山は共産主義」なる暴言につながったのであろう。最終日、松井一郎や吉村洋文やイケメン候補が同じ話を延々叫びたて、運動員300人が上げる奇声が実に空しく響き渡っていた。一つだけ持ち上げるなら(人間一つくらいは長所がある)、維新運動員は若くて体力ありそうな人が多い。現職・竹山支持派は中高年が目立っていた。
 なお、無数のボランティアが応援に立ち上がったがその一人の感想を紹介したい。「自分は高齢で街頭に立ち続けるのも苦痛に思う時がある。しかし無茶な市政を誕生させるためにデマでも何でもまき散らす手法に我慢ならない。その使命感で立たせていただいている。両方の意見を街頭で述べる事で市民の政治意識も高まって来た。そういう風に私の背中を押してくれた維新に感謝したい。」
 開票日、竹山選挙事務所は文字通り呉越同舟。翌週から総選挙で激突する事になる各党の議員・支持者で埋め尽くされていた。自民党・中山泰秀さん、共産党・渡辺ゆいさん・たつみコータローさん、民進・平野博文さん・・・その立ち位置の差を超えて、何度も一緒に万歳を繰り返していた! 私は立憲主義にもとづく寛容なリベラル勢力の一人として多くのボランティアと一緒に結果を喜び合えたので、上記の方と同じく、竹山市長にも、デマ維新にも感謝したい。



随想

たかが漫才、されど漫才

金子恵美子


 最近、日曜日の夜10時からテレビ大阪でやっている「にちようチャップリン」というお笑い番組を見た。なんとは無しに見ていたのだが、あるネタに目が覚まされた、というか小さな興奮を覚えた。
 それは、沖縄の「大自然」というコンビの「沖縄県民」という漫才であった。
 「今日は沖縄県民のフレンドリーさを教えるためにここにきた」で始まり、ところどころに面白いネタを挟みながら、観光客と沖縄県民の会話になっていく。「今お酒飲んでいるから一緒に飲もうよ」「お兄さん何しに来たの?」と沖縄県民。「修学旅行」と観光客。「未成年かい」。「カンパーイ」という観光客に対し「二十歳になったらね」と諭す沖縄県民。「沖縄ではコオニでお酒飲んだらダメでしたっけ」観光客。「高校二年生はアジア全域で禁酒だからね」沖縄県民。「その高二ではなく鬼の子どもの子オニです。修学旅行で沖縄に来ました」観光客。「そっちかい!」「大量のオニが沖縄に来ている、そういった印象をうけた」沖縄県民。そこに、ヘリコプターの飛ぶような音。「あっ、オスプレイだ。米兵がオニ退治にやって来た。早く隠れろ」沖縄県民。「迎えにきたんだよ」観光客=子オニ。「あれで来たんかい!!」。沖縄県民最後の一言「アメリカはまだまだ秘密を隠しもっているみたいだ」。
 ざっとこんな内容であったが、やっぱり沖縄の人の意識は違うなーと感心した。実際「大自然」の二人がどのような意識をもって作ったのかは分からないが、沖縄ならではの漫才であろう。(後で調べたらコンビの一人は沖縄ですがもう一方は大阪出身でした)。
 沖縄では又もや、民家から幾らも離れていない場所で米軍用機の墜落事故が起きた。以前大事故を起こした機種と同型とのことだ。「安全性」が「確認」されるまで飛行中止とのことだが、日本の警察は事故現場に近づくこともできない。前回は数日で「安全性」が「確認」されたが、今回は何日で「確認」されるのだろうか。
 「赤オニ」か「青オニ」か「子オニ」か知らないが、オスプレイに乗った「オニたち」の横暴をこれ以上看過してはいられない。そのためにも「オニたち」ファーストの安倍政権を退陣へ。大丈夫、ヘリは落ちるがミサイルは落ちない。

 


読者から

投句

キューバ人並みのカストロファン、自称フィデリストの国際吟遊詩人・宮川一樹


避難者の子どもも原告 原発と裁判を知る学習を兼ね
 8月31日(木)、大阪地裁にて、政府と東電を相手取った原発損害賠償訴訟の15回目の公判がありました。僕も一回目から支援に行っています。法廷の中でも、報告集会でも原告の避難者の方々の訴えや語りを聞いていると、毎回皆さんの話に引き込まれ、時に笑い、時に涙し、また深く考えさせられます。避難者の方々の話は、その説得力が、毎回、大きくなっていることに気づきました。

秋の野に大の字になる平和の世
 空が高く見える秋の野原に大の字になって、ああ平和だなー、と思える平和の世界をつくろうと思います。

軍用機要らぬ蜻蛉が似合う空
 秋の空には赤蜻蛉がよく似合います。軍用機は要りません。

休戦を終戦にせよ曼珠沙華、拒否する人に捧げる花よ
    54年間休戦状態にある朝鮮戦争を一時も早く終戦にして、朝鮮、韓国、米国、日本に平和をもたらしましょう。曼珠沙華は、彼岸花と、もう1つ仏教では、それを見る人にその人の悪業を取り払う天上界の花の意味もあります。朝鮮政府は朝鮮戦争を一貫して終戦にしよう、と主張していますが、終戦にすることを、頑なに一方的に拒否しているのは米国政府です。特にあの何とか言う全く教養のかけらも無い人種差別主義者の大統領に曼珠沙華を贈って彼らの悪業を消し去ってもらいましょう。

千回も核実験し反省無くお前は止めろと誰が聴くのかね
 *実験は1945年にアメリカではじめて行われてから1963年までの冷戦期、アメリカとソ連を中心に2000回行われています。因みに、イギリスは45回、フランス210回、中国45回、インド2回、朝鮮は7回です。(編集部)

問題が武器で解ける時代はもう終った、と言いしフィデル逝きて一年



資料

ICANのノーベル平和賞受賞に日本政府が沈黙する理由

「日刊ゲンダイ」より


 核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のノーベル平和賞受賞。唯一の核兵器被爆国である日本は、真っ先に祝福のコメントを出してしかるべきだが、安倍晋三首相も政府も沈黙したままだ。
 これはICANが、日本政府が反対の立場をとっている核兵器の開発や使用などを初めて法的に禁止した「核兵器禁止条約」採択の原動力となったからだ。コメントを出したくても「出せない」というのが本当のところだろう。
 同条約には、米国をはじめとする核保有国が参加しておらず、日本は「核兵器国と非核兵器国の隔たりを深め、核兵器のない世界の実現をかえって遠ざける結果となってはならない」として不参加の立場をとっている。わかりにくい理由だが、要は「核の傘」を提供してくれる米国のご機嫌を損なわないように「忖度」して、反対しているだけだ。
 ICANの平和賞受賞の前日の5日、英国人作家カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞決定の際には、日系であるという理由だけで、安倍首相は「長崎市のご出身で、小さい頃に英国に渡り、作家活動を行ってきた。日本にもたくさんのファンがいる。ともに受賞をお祝いしたい」とでしゃばったコメントを出したばかり。対照的な平和賞に対する沈黙は、米国に隷属する安倍首相と政府の卑小さを浮き彫りにしている。


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