研究誌 「アジア新時代と日本」

第171号 2017/9/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 「バノン失脚」が意味するもの

議論 敗戦の総括を自分の手で

勉強会報告 「ヒロシマ」を知る意味

時評―原発を使わない新電力の勧め

読者から/文化




 

編集部より

小川淳


 「脱大国主義」の勧め
 10月の衆院補選(青森、新潟、愛媛)は安倍政権の行方を占う試金石となる。もし安倍政権が3連敗するようなら安倍政権は求心力を一気に失い瓦解するだろう。その前哨戦となった茨城知事選では原発再稼働に反対を表明した現職の橋本知事が自民党新人に接戦の末、敗北した。共産党候補の得票(12万票)が橋本知事に流れていれば圧勝したことを考えると、「野党共闘なしに安倍政権とは戦えない」ことを茨城知事選は改めて示したと言えよう。
 森友学園問題、加計学園問題、豊田議員のスキャンダルなどで安倍政権の支持率は低迷し、都議選では歴史的な敗北を喫した。これら「敵失」によって、もう少しで倒れるところまで追い詰めているが、「敵失」で追い詰めれば必ず安倍政権は倒せるのかどうかは疑問だ。もちろん不正はとことん追求すべきだが、しかしなぜ民進党は安倍に敗北し続け、低迷したままなのか。その根底にあるのは、野党とりわけ民進党の政策の貧弱さ、曖昧さだ。もし民進党が、安倍に対峙しうる「魅力ある社会ビジョン」を国民の前に提示することができていたら、安倍一強を許すことはなかったのではないか。
 鳩山友紀夫氏の近著「脱 大日本主義」(平凡社新書)は、そのような社会ビジョンを示したもので、評判が良いので読ませてもらった。
 明治以来の日本は「大日本」を追い求めてきた。戦後も「経済大国から政治大国へ」という夢として信じられてきた。しかしそれはもはや時代に合わなくなっている。人口減と低成長が続く中で、日本という国はいかにあるべきなのか。中規模国家(ミドルパワー)としての成熟をこそ目指すべきだという提唱である。
 「大日本主義」とは、言い換えると「覇権国家」と同じ意味だと理解している。戦前は言うまでもなく、戦後も日本は「覇権国家」を目指してきた。覇権超大国(米国)に従属し続けるのも、米軍基地を置き続けるのも、原子力産業を守り続けるのも、そのためだ。
 鳩山さんの言う「脱大国」とは、「東アジア共同体」創設によるアジアとの共栄共存をベースに、時代遅れの対米従属からの脱却(米軍基地の縮減、地位協定の改定)し、経済的には「人間への投資」を軸にした公平な分配による成熟社会を追求するというものだ。
 「脱大国主義」は、路線的には、安倍政権の対米従属・軍事強国路線、アベノミクスという「大国主義」の対極にあり、新しい日本の在り方を提示している。そのような明確なビジョンを前原民進党は提示できるかどうか。民進党の未来はそこに掛かっている。



主張

「バノン失脚」が意味するもの

編集部


 去る8月18日、米トランプ政権の首席戦略官スティーブ・バノンが更迭された。
 トランプ大統領誕生の最大の功労者、バノン更迭が持つ意味は大きい。
 それが米国と世界の政治、引いては何より日本政治にとって何を意味するのか考えてみたい。

■「バノン失脚」をどう見るか
 「われわれがともに闘い、勝利を収めたトランプ政権は終わった」。首席戦略官辞任に追い込まれたバノンがその直後、述懐した言葉だ。
 意味深長な言葉だ。彼が言う「終わった」トランプ政権とは何か?そして「これからの」トランプ政権とは?
 それを知るには、選挙戦当時と今現在、トランプの主張や政策にどのような違いが生まれているか見てみる必要がある。すると存外、違いは多くない。TPP離脱やNAFTA改定、メキシコとの国境の壁建設、移民の入国禁止、健康保険法改定、等々、トランプは頑なに公約を守り、外国や米議会、裁判所などと抗争している。
 しかし、決定的に違ってきている案件があるのも事実だ。軍事安保分野におけるそれだ。選挙運動期間、トランプは声を大にして、「NATOは時代遅れだ。日韓は米軍駐留費を負担しろ。それが嫌なら、自分で核武装し、自立しろ。米軍はアフガンから撤退する。ロシアとは和解だ。軍事安保で世界にばらまいてきた金は、雇用創出のため米国で使う」等々と主張し、「世界の警察官はやめた」と「覇権放棄」を宣言した。だがそれは、今、完全に反故にされている。
 トランプ政権内部には、その発足の当初から、大きな確執、抗争があった。それは、バノンやフリンなど選挙戦当時からトランプを支えてきた側近たちとこれまで米国政治を担ってきたエスタブリッシュメントたちとの暗闘だ。この抗争で勝敗は最初から決まっていた。トランプ政権成立以来、軍事安保分野を中心に、政権中枢での前者の追放と後者の登用が相継いで来た。
 「覇権放棄宣言」の放棄はそれと一体だ。「化学兵器使用」への「懲罰」だとするシリアへの巡航ミサイル打ち込み、アフガン撤退ならぬ大幅軍事増強、そして朝鮮の核ミサイル問題と関連して「在韓米軍の撤退」を口にしたバノンの更迭。
 こうして見た時、冒頭の疑問への回答、少なくともその一端は明らかだ。終わったのは「覇権放棄」の政権であり、始まるのは覇権崩壊の危機に際しどこまでもその回復にしがみつく従来の「覇権維持」の政権ということだ。

■米覇権回復戦略の転換
 一部の識者は、「バノン失脚」を指して「従来の共和党政権、グローバリズムの復活」と喜んでいる。だが事はそれほど単純ではないと思う。「覇権維持」、即、従来の覇権回復戦略への逆戻りかと言えば、そうではないのではないか。
 想起すべきは、トランプ大統領当選を支えたのが米国民だけではなかったという事実だ。選挙戦最終盤、「クリントン・メール事件」がFBIによって蒸し返され、トランプ勝利を決定づけた。背後にいたのは一体誰か。FBI長官を動かすほどの力を持つ者。それは、米支配層を離れてはあり得ない。
 ではなぜ米支配層はトランプ当選を図ったのか。メディアをはじめ、大方の識者がクリントン勝利を信じていた時、米支配層、少なくともその主流は、グローバリズムによる覇権回復戦略がすでに破綻していると見ていたのではないか。
 国と民族を否定し、集団そのものまで否定するグローバリズム、新自由主義による覇権回復戦略は、世界各国経済の停滞と破綻、テロと戦争の蔓延、それらにともなう6000万を超える移民、難民の大群を生み出した。そればかりではない。肝心要の米国経済の低迷と空洞化、数十万兵士の精神疾患など米軍の弱体化、等々、覇権国家、米国本体の著しい衰弱をもたらした。さらに決定的だったのは、欧米を中心に巻き起こった反グローバリズム、自国第一主義の嵐だ。嵐は、米覇権回復戦略の拠り所、二大政党制など「自由と民主主義」の政治体制そのものをその根元から揺さぶり始めた。米国におけるトランプ、サンダース現象はその顕著な現れに他ならない。
 危機に直面した米支配層が、その覇権回復戦略自体の見直しを考えたとしても少しも不思議ではない。トランプ政権発足から「バノン失脚」までの過程はその証明に他ならないと思う。
 米支配層がただ単に覇権を諦めないというだけなら、あの「クリントン・メール事件」の蒸し返しは必要はなかった。グローバリズム覇権回復戦略から、「ファースト主義」によるそれへ、この転換が彼らにとって切実だった。だからこそ、あの「蒸し返し」をやった。こう考えるのが自然ではないだろうか。
 「アメリカ・ファースト」による「強いアメリカ」の再興。世界各国における「ファースト」を掲げての政治、経済の建て直し。だが、世界に広がる各国国民の「ファースト」への切実な要求を押しつぶすのではなく、逆にそれを利用して行うこの覇権回復戦略には本質的な矛盾がある。それは、自国の国益を第一とする「ファースト」と米国の国益に各国の国益を従わせる「米覇権」との間の矛盾だ。
 しかし、米支配層にとって、そんなことは問題にもならないようだ。第二次大戦を前後して全世界に巻き起こった民族解放、独立運動の熱風。それに対し彼らはどう臨んだか。採られた路線は、南朝鮮や南ベトナムなどでの傀儡政権の樹立、米覇権の下、各国が「主権」を「確立」する「新植民地主義」だった。

■民意が求める真の日本「ファースト」を!
 グローバリズムから「ファースト主義」へ、米覇権回復戦略のこの転換を図るため、米支配層にとって決定的なのは、「強いアメリカ」の実現だ。そこにこそ、米覇権の下それに従うのが、各国、各地域にとっての利益となり、自国の国益第一、「ファースト」となる根拠が生まれる。
 今日、ヒト、モノ、カネ、情報の流れが世界的な範囲でネットで結びつけられ、通信、運輸、交通、金融から生産に至るまですべてがグローバルに高速化された歴史の新時代にあって、米国にとっての強みは、核軍事力とともに、米系超巨大独占体と一体に世界に張りめぐらされたその支配的ネット網にある。決して領土の大きさや資源の多さにあるのではない。米国は、今、この強みを軍事においても経済においても最大限に生かそうとしているように見える。核支配とともに、ネットによる世界支配だ。すなわち、世界各国、各地域がすべて、米国支配のネット網に組み込まれ、それを離れて、自国の国益第一、「ファースト」を見出せない状況をつくり出すということだ。
 この米国による「ファースト覇権」の下、世界に先駆けそれに組み込まれようとしているのが日本ではないだろうか。今日、日本の軍事は、完全に米国の支配下にある。一昨年、集団的自衛権容認、安保法制化で米軍の防衛を義務づけられた自衛隊は、米軍の指揮、ネット支配の下、日米共同で戦争する軍隊になった。
 軍事ばかりではない。経済も、米国経済に完全に組み込まれ、日米融合・一体化の経済になろうとしている。金融や流通、観光、農業、漁業、医療など経済のあらゆる領域に渡り、米系外資の浸透とそのネット網による支配が進んでおり、それを離れて日本の国益第一、「ファースト」は考えられない状況が生まれていると言える。
 こうした日本「ファースト」化の進行にあって、決定的なのはやはり政治だ。古いグローバル政治から新しい「ファースト」政治へ、それによる日米新時代の実現だ。
 「加計」「森友」「忖度政治」「各閣僚の不祥事」など、自民党政治の「古さ」が次々と明るみに出され、その反面、都政の透明化など、「新しい政治」を掲げた「都民ファーストの会」の都議選圧勝、等々、政治の新旧をめぐる攻防が焦点化されてきている。
 そこで問われるのは、何が民意の求める真に新しい政治かということだ。米国における「バノン失脚」は、今日、「白人至上主義」や「排外主義」の米政権内部からの駆逐、等々として描かれているようだ。だが真相は、先に見たように、米覇権回復戦略の「ファースト」化にある。それが米国民意の求める新しい政治でないのは明らかだ。
 日本の軍事、経済、政治の「ファースト」化が、新たな米覇権回復戦略に従い、米国主導で敢行されて来ている今、それとの闘いを通して、日本国民の民意に応える真に新しい日本を実現するための闘いが切に問われていると思う。



議論

敗戦の総括を自分の手で

東屋浩


 敗戦から72年過ぎた今日、戦争体験者が少なくなり、戦争の記憶が風化していっている。若者たちが日本のアジア侵略や対米戦争の事実を知らないという話もよく聞く。敗戦の総括が国としてしっかり行えていない為であると思う。
 ここから日本がアジアと世界で占めるべき地位と役割を明確にできず、日本人としてのアイデンティティーを確立することができないで来たと思う。

■とられなかった戦争責任
 日清戦争から太平洋戦争まで三百数十万人の戦没者、全国の焦土化、および千八百万人にも及ぶアジア諸国の犠牲者を出した。日本とアジア諸国で三〇人に一人が死亡するという大惨劇だった。当然、この戦争を引き起こした責任問題が提起される。
 ところが、責任をとる人は誰一人いなかった。極東国際軍事裁判でA級戦犯が裁かれたが、東条英機元首相をはじめすべての要人が自分には戦争責任はないと主張した。「英米と開戦する意思はなかったが、賛成せざるをえない状況だった」と述べている。昭和天皇も自分の責任を認めていない。シンガポールなど各戦線での指揮官も皆そうである。
 戦争遂行者が自分の考えが正しいと思って戦争をおこなったとすれば、後でその考え方を検討することもできるが、それもできない。総括しようとすれば責任が問題となるが、それを引き受ける人がいなかった。
 誰もが自分の頭で考え自分で決心するという主体的姿勢が欠落していたといえる。
 満州事変から始まった日中戦争、ノモハン事件、インパール作戦など、およそ国家戦略がないままにただ戦線を拡大し、行き当たりばったりの作戦で、いたずらに多くの死傷者を出しており、米英蘭に対する宣戦布告も勝算もなしにおこなっている。国家戦略を立てることができなかったのも、主体的でなかったからだと思う。
 当時の為政者たちは、国と国民の運命を左右する重大な問題である戦争遂行においてなぜ主体的になることができなかったのか?
 日本は明治維新以来、「脱亜入欧」をかかげ武力干渉と戦争拡大を展開してきた。この武力行使と戦争は、英米の後押しのもと植民地を獲得し領土を拡大するための侵略であった。つまり、日本の為政者たちが主体的になることができなかったのは、明治以来の植民地獲得の戦争を米英にそそのかされるなど、その意向のままに行ってきたからだと思う。
 アメリカは、ペリー提督が日本にたいし開国を迫ったやり方を記した本を日本側に渡し、江華島事件を起こさせ、朝鮮侵略を開始するようにした。その翌年、日本は日朝修好条規を強要した。その後、甲午農民戦争の際に出兵し、日清戦争をおこなって朝鮮にたいする支配権を確立した。桂―タフト秘密協定はアメリカが朝鮮を日本の植民地にすることを認めるものだった。
 日露戦争は、英米にロシアの南下を抑えるためそそのかされて起こしたものであり、英米による戦費調達と後押しを受け遂行したものだ。
 このように、日本は米英の指図で植民地獲得のためのアジア侵略戦争を開始したといえる。当時、世界では植民地を求め侵略戦争をおこなうことが当然のこととして進行していた。
 日本支配層は朝鮮侵略以後、満州へ、さらに中国全土へと、ただ侵略戦争を拡大していった。そこに何か国家戦略があった訳ではない。そのことは、戦犯だった人々が一様に「攻撃(戦争)は自分の意思ではなく、そうせざるをえなかった」と証言しているところにも表れている。
 日本支配層が日本の運命に責任もって選択した路線ではなく、米英が引いたレールの上を走ったといえる侵略戦争の道だったから、責任を問われると「自分の意思で決めたのではない」と主張したのだと思う。

■押しつけられた連合国史観
 アメリカ軍は日本を占領するとすぐに「大東亜戦争」という呼称を禁じ、「太平洋戦争」という呼び方を強制した。そして、45年12月からGHQ民間情報局が作成した「太平洋戦争史」という連載を新聞各紙が連載をはじめた。ラジオ、新聞をつうじて日本の軍部がいかに愚かであったかを毎日宣伝したという。「民主主義とファシズムとの戦争」で敗北したという連合国史観を植え付けるためだった。
 第二次世界大戦は「民主主義とファシズムとの戦争」という性格を帯びているが、それは民族解放勢力や平和勢力にとってであり、アメリカにとっては「アジアの覇権をめぐる日本との戦争」だった。アジア覇権をめぐる帝国主義間戦争でどちらが正義で不正義ということはありえない。
 しかし、日本は覇権それ自体を反省、否定しなかったので、自由と平等、民主主義の理念を掲げるアメリカ中心の覇権秩序を善とし、それを受け入れた。アメリカ民主主義を良とし、その覇権は悪としなかったのだ。
 軍国主義が否定され民主主義が称賛されて、その労働権、選挙権などの民主主義的権利が与えられたので、多くの人々がアメリカ占領軍を歓迎した。しかし、アメリカの目的は日本をアジア支配の戦略拠点とすることであり、その「民主的改革」の一方で、政治、軍事、経済、思想文化的に日本をがんじがらめに隷属させた。日本はそれを甘受していった。
 今日まで、日本の首相や重要な政策が米意に添ってのみ決められ、それについて触れることは最大のタブーとなってきた。本質的には、アメリカが日本を支配しているのに、あたかも日本独自の政治が行なわれているかのような「民主主義ごっこ」が繰り広げられてきた、というのは言い過ぎだろうか。
 しかしながら、「民主主義がファシズムに勝利した」という連合国史観を押しつけられたまま今日まで来た。このような国のあり方のままでは、日本人としての誇り、アイデンティティーを口にすることもできない。

■日本に問われた立ち位置と役割
 明治維新以来、日本にはアジアと世界で自己の占めるべき地位と役割が問われ続けてきたといえる。明治維新自体は、日本が欧米の植民地にならないようにするとして起こされた革命だと思う。その後、近代化に取り組みながら、アジアとともに欧米の覇権に抗し戦っていくのか、それとも欧米に屈しながらアジアに覇権をしていくのかの二つの道で、明治6年の政変で「脱亜入欧」の従属覇権の道を日本は選んだ。
 石原莞爾中佐が満州事変を起こし、日満中三国による対米最終決戦を構想したことがあるが、侵略しておいて中国との連携が実現されるはずがなかった。中国侵略の口火を切る役割を果たしただけであった。
 泥沼化した大陸侵略戦争から脱するために日本は、アメリカに国民党政権への支援をやめるように期待するなど、戦争を行う気はなかった。負けるのが自明だったからだ。しかし、結局、アメリカに石油など資源の供給を止められ、開戦に追いつめられた。
 敗戦の廃墟の中、再び日本の地位と役割が問われた。覇権を求めアジア侵略をおこなったことを反省、総括しなかった支配層は、アメリカの完全な従属のもと被占領国として、植民地国から脱し独立していったアジア諸国、社会主義諸国と敵対する道を選ばされた。
 今日、アメリカが世界の盟主としての地位を放棄し、その覇権が崩壊していっている中で、日本はさらにアメリカにしがみつき、アメリカと一体化させていくところに生きる道を見いだそうとしている。「強いアメリカが日本の国益だ」というのがそれである。
 それがはたして日本の占めるべき位置と役割だろうか? 日本はあくまでアジア諸国の一員であり、アジア諸国と共に欧米による覇権に抗し進むのが日本のあるべき姿ではないかと思う。
 とくに、60年間にわたって侵略と略奪を繰り返し、その末に敗北した敗戦の総括を真摯に行い、欧米の覇権に反対し、アジアとともに反覇権の道を歩むことである。それが平和国家としての日本が世界で占めるべき地位と役割だと思う。
 そうしてこそ、私たちは、覇権を憎み平和を愛する日本人としてのアイデンティティーを確立することができるのではないだろうか。そのためにも、主体を確立し、国のあり方を自分の頭で考え自分で決心していくことだと思う。


 
勉強会報告

「ヒロシマ」を知る意味

金子恵美子


 去る8月19日、本紙主催による勉強会「被爆語り部・高木静子さんのお話を聞く」がもたれた。下は小学3年生から上は80歳まで高木さんの話に聞き入った。
 大阪の阿部野高女時代に生物学を志した高木さん。唯一「生物科」があった広島女子高等師範学校へ家族の反対を乗り越え入学。戦争の影響で開校式は7月21日。高木さんは17歳の誕生日を迎えたばかりだった。七つの川が流れる美しい広島市内を希望に胸を弾ませ通学する高木さんにその日がやって来る。雲一つない青空、校庭に並ぶ生徒たち。前日の度重なる空襲警報に睡眠不足であろう生徒の体調を考慮した校長が野外ではなく室内での朝礼を指示。皆が教室に入り席に着いた直後に激しい爆音と共に窓際に座っていた高木さんの左顔面を中心にガラスの破片が無数に突き刺さる。そのまま校舎は崩れ落ち、火の粉が迫る中、学友の力を借りてそこから抜け出し、吉島飛行場の防空壕まで行ったこと。気を失い夕方目を覚ました時の寒さ。良く見ると死体に囲まれていたという。右手だけで死体をかき分けようやく入り口まで行き、偶然通りかかった航空兵に助け出された。自身も不自由な身であったが、全身火傷を負った死にゆく12歳の学徒たちの身体から湧き出る蛆虫を取ってあげた記憶は忘れることが出来ない。一週間後に実家にたどり着く。そのボロ雑巾のような姿に妹さんは泣き出し母親は言葉もない。命は助かったものの、左耳の聴力は失い、寝たきりの生活が続き、何回ものガラスを取り除く手術、白血球の減少による貧血に耐えなければならなかった。今でも取り切れなかったものが時々皮膚を刺すという。通りすがりの子どもたちに「おばけ」と指さされ子供相手の教員の夢を諦めざるを得なかったこと。結婚時における相手家族の反対などなど、その試練は続く。そのような中で、被爆20年の年に設立された「大阪市原爆被害者の会」に参加。大阪市在住の被爆者全員に被爆者健康手帳が持てるように尽力され、学校などでの「語り部」活動を89歳を過ぎた今日まで続けておられる。
 原爆による被害は72年たった今日まで終わりを知らず、今年も5530名の方が原爆死没者名簿に名前を刻まれた。また高木さんのお孫さんが4歳で白血病を発症されるなど、原爆との因果関係は明らかにされてはいないが、このような家族の苦悩は続いている。
 参加者からの「昨年のオバマのヒロシマ訪問をどう思うか」の質問に「僅かであっても原爆資料館を見たのに、その事へ一言も触れなかった。自分の国が落とした原爆なのに。オバマの挨拶には主語が無かった」。ずっと笑顔で話されていた高木さんの顔に怒りが滲んだ。
 「迫力ある内容だった」「原爆や広島のことが身近になった」「日本人としてヒロシマとナガサキは知らなければない事。お話が聞けて良かった」などの感想が寄せられた。自分の祖母が長崎で被爆したという女性からは「子供に聞かせてあげられてよかった。ありがとうございます」という電話をもらった。
 今年7月7日、国連で「核兵器禁止条約」が122の国と地域の参加で採択された。「ヒバクシャ」の血の滲む努力の結晶だ。しかし日本は討議にすら参加しなかった。なぜ日本は唯一の被爆国になったのか? 唯一の被爆国としての日本の役割は何か? 一人一人が他人事ではなく「ヒロシマ・ナガサキ」を自分の問題として、日本人として共有するとき、日本の進路を誤らずに定めることが出来るのではないだろうか。
 そのような意味で、自分事としなければならないこうした「テーマ」を、小さな勉強会ではあるが重ねてゆきたい。



時評

原発を使わない新電力の勧め

平 和好


■がんばれ ガス電力
 当家は、昨年早々に新電力に切り替えた。原発をあきらめない電力会社への経済圧力だ。再三、危ないと警告しても、現に福島原発事故が起こって放射能が膨大にまき散らされ、溶け落ちた核燃料の行方も分らない状態で、地中で100トン超えの核燃料が地下水などと触れ合って水蒸気爆発や再臨界(要するに核爆発)を起こす可能性すらあっても手の施しようがないにもかかわらず、電力会社の利益のために原発再稼働をどんどん強行しようとするなど許せない。そこで検討の上、ガス会社の電気に切り替えたのだ。
 すると電気・ガスのセット割引、長期契約割引で大変料金が安くなった。だいたい、冷暖房とテレビ・パソコン、炊事や入浴で一家4人が電気とガスを相当使って先月はこれだ。一人暮らしでオール電化なら1万ぐらい払う月もあったから一人頭2600円は格安だろう。読者の皆さんにも「ガス電力」をお勧めする。強くお勧めする。

■原発付き新電力にご注意
 街角のノボリで宣伝している携帯電話とのセットは厳禁だ。電力会社が言っているイオなどネット契約とのセットも絶対ダメである。電力会社とのセットであるから、原発の電気を使ってしまう事になるからだ。原発が嫌だから新電力、なのに全く意味がない。安い!と言う広告に騙されないでいただきたい。さて新電力が施行されて1年半の成績はどうだろう。例えば大阪ガスは地味な宣伝ながら、関電の顧客を20万世帯奪ったそうだ。よしっ! 関電さん、悔しければ原発再稼働をやめなさい。
 しかし、ある脱原発デモで終了後に司会者が 「皆さん、もう新電力に変えましたか?」と聞くと手を挙げた人が半数にはるか遠いのを見て愕然とした。活動家諸君、何考えてますねん。がんばった20万世帯、しかしまだまだ少ないと言う事だ。
 さらに今、電力会社が反対攻勢に出ている。セットで安くするので「電力ガス」にしませんか、という攻勢だ。これで関電は10万世帯ほど巻き返したらしい。ナンセンス!
 前述のセット・長期割引を活用すれば「ガス電力」はそん色ない価格だ。

■ガス電力を強く推奨
 あえて私企業を不公平に応援する。例えば大阪ガスは「暮らしの味方」サービスも始め、エアコンや壁紙の修理も頼めるようになった。実感からするとガス電力が安いと確信するが、原発企業の安売り攻勢で価格差が接近しているとしても「それがどうした!原発電気はいらんわ!!」の心意気で応援する。ご自宅はもちろん、周囲にも「ガス会社の電気」を宣伝していただきたい。日本に住めなくなる日が来るのを防ぐために。未来を守るためにはこれしかない。ついでにお電話を紹介しよう。
 大阪ガス0120-000-555  東京ガス0570‐002‐211
 まだ切り替えしていないと言う、けしからん人は、直近の電気検針票を用意してここへ電話すれば、ハンコも通帳もいらない。その場で申し込みができる。必要な用紙はあとで送って来る。ガスで口座引き落としをしている人は口座印鑑すらいらない。これをしない人は、現実の生活で原発を応援している事になるのだ。



 

読者から/文化

国際吟遊詩人  宮川一樹


■読者から
 「民意」「ポピュリズム」「自国第一主義」等について興味深く、何回も読ませていただきました。 その中で「全てのことを米国に追随するのではなく、自分で考える」ということが「民意」の形成に最も大切なことであると考えています。
 1994年の新聞記事ですが、東北大学の学長で半導体、光通信の研究者である西沢潤一氏が「日本の戦後50年をどう総括するか」というインタビューで、「学の失権が金権の背景にある。日本を支えてきた学が軽視され、学問の失権が生じて、金と権力の関係だけが残った。日本の今後の見通しは暗い」と述べられています。以下少し長くなりますが、一部引用します。
 「そのようなことになった原因の一つは日本が米国追随型になっているからです。国内の人の意見はどうでもいい。米国で聞いてきてその通りやればいいという変な習慣が戦後できた。
 日本の戦前の教育は大変良く、ノーベル賞の中でもレベルの高い湯川秀樹先生の業績も生んだ。湯川先生は外国留学の経験がなかった。ところが戦後は米国で勉強してくればいいとか、米国の製品をそのまま作ればいいという風潮になった。国の審議会などでも国際化というと、若い者を外国にやって、向こうから偉い学者を呼んで日本で研究してもらおうということになる。
 研究費の配分にしても、はやりもの中心で決めるから独創的な研究は出ない。別の言い方をすれば、戦後の日本人は個性を失った。だから日本の科学技術だけでなく、政治思想にしても世界的にばかにされている」以上の意見は学者から見た日本の分析であり、戦前の日本の評価も意見が分かれるところだとは思いますが、同感する点が多く、この新聞記事を保存していました。それは私がその頃感じていた医学会における米国追随が、他の学問の分野でも広く浸透していることを知り驚いたからです。
 そして、それが学問の世界だけではなく、社会的、政治的な分野においても同様のことが言えると考えました。その後政治の分野の米国追随はさらにひどくなり、安倍政権でその極みに達しているように思われます。ただ、「都民ファースト」の若い議員もある意味似たような傾向があるのではないでしょうか。彼らもしくは彼女らは講義を受けて勉強しているとのことで、個人個人の考えを全く示していないようです。これはそのことを規制されているというよりも自分の考え自体を持っていないのではないかと疑われます。今後色々なご意見を楽しみにしています。

■文化
 織姫と彦星出会う平和の世
 7月7日七夕、織姫と彦星が天の川を渡って出会い笑っています。日本と朝鮮と中国と世界中の織姫と彦星が出会い、手を取り合って心の底から笑える平和の世を作ろうと思います。

 戦争の実像を見よ敗戦忌
 戦争はその虚像ではなく、その加害と被害の実像実態を凝視しなければ、戦争の本質、つまりその悲惨さは理解できないと思います。平和の大切さを理解し、自分の体の様に平和を大切にするために。

 平和とは一期一会に心を込め
 誰にとっても一生は一度きり。平和の世に生まれ、平和の世に生き、平和の世で死にたいと願います。人との出会いを大切にし、忙しい時や自分と反対意見の人には特に心を込めて接したいと思います。平和の世を作るため。

 さり気無く平和に徹する平和人(へいわびと)
 僕は絶対平和主義者になりたいと思っています。それも気負わず、さり気無く平和に徹することの出来る平和人になりたいと思います。

 焼夷弾じゃない花火や平和の夜(よ)
 あの恐ろしい忌まわしい戦争中、多くの都市が焼夷弾で焼かれ、多くの人が殺されました。戦後72年間ずーと焼夷弾の恐怖はありません。平和な夏の夜は線香花火や打ち上げ花火を安心して楽しめます。2017年8月6日(日)。原爆の犠牲者に黙祷します。


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