研究誌 「アジア新時代と日本」

第162号 2016/12/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

議論 今こそグローバル経済脱却の時

議論 問われるアメリカ離れの防衛

投稿 東京地裁城崎判決を糾弾する

寄稿 フィデル・カストロさんのご逝去の悲報に接し

手記 工場労働者物語 前史(2)




 

編集部より

小川淳


「人民の量的緩和」の勧め
 安倍政権の支持率がなぜか異常に高いままだ。ロシアとの平和条約交渉も破たんし、TPPも破綻し、支持率が上がる理由は見当たらない。安保法案、TPP,原発再稼働、カジノ法案、改憲など、どれをとっても「支持」よりも「反対」が多いにもかかわらず、なぜ安倍政権への支持率はこうも高いのか。
 安倍政権の政策の中で、国民から評価されているのはアベノミクスだけだ。事実、有権者が最も重視しているテーマは、賃金、雇用、福祉、子育てなど生活に直結した政策で、多くの有権者が増税緊縮策の野党よりも成長路線の安倍政権に期待を寄せている。生活が苦しいからこそ安倍政権に期待する―これが安倍政権が国政選挙で勝ち続けている理由のひとつだ。「安倍政権に終止符を打つ」ためには、私たちは安保も憲法も重要だが、なんとしても生活に直結したテーマ(経済)で争い、勝たなければならないということになる。
 このことを言い続けている人が、松尾匡氏(立命館大学教授)で、「この経済政策が民主主義を救う」(大月書店)はその経済政策に大胆に切り込み、皆さんにもお勧めしたい1冊だ。その中で提唱されているのが、「人民のための量的緩和」すなわち中央銀行による緩和マネーで財政を直接ファイナンスして、民衆が要求する教育や子育て、福祉、医療などに使うという、大胆でびっくりするような提言なのである。
 元々、左翼・リベラルは脱成長、財政健全化を掲げ、アベノミクスには反対の立場だった。むしろ左翼・リベラルこそ「人民の量的緩和」に踏み出すべきというのが本書の骨子だ。「人民の量的緩和」とは、日銀が直接国債を買い、そのカネを国の財源にあて、人民の生活のために支出するという、同じ量的緩和でもアベノミクスとは全く異質な量的緩和策だ。
 問題はそれが可能なのかだ。ハイパーインフレにならないか。莫大な財政赤字が増えるのではないかなど、さまざまな疑問が湧いてくるが、松尾さんは大丈夫と太鼓判を押す。インフレとは需要が供給を上回るときになるもので、日本は供給能力が余っている。また財政赤字は、民間からの借金が問題なのであり、日銀からのファイナンスは借金に当たらないというのだからほんとに凄い。もしそれが可能なら、人民は無からカネを生む「打出の小槌」を持つことになる。要は野党がこれまでの緊縮財政策から脱し、アベノミクスに対抗しうる大胆な経済政策を打ち出せるかどうかに懸かっている。



議論

今こそグローバル経済脱却の時

K・T


  APECペルー・サッミトで保護主義、反グローバリズムの世界的広がりへの反対を確認していたそのただ中にトランプによって投げつけられた「TPP離脱声明」。
 この新たな事態の展開を日本経済の危機と嘆くのか、それとも、危機脱却の好機ととらえるのか、今、そのことが問われていると思う。

■「保護主義か自由主義か」、今それが問題か?
 今日、世界的範囲で保護主義台頭への危機意識が高まっている。トランプによる「TPP離脱声明」はまさにその元凶だ。米国が自由主義をやめ保護主義に走ったらどうなるか。確かにそこに、第二次大戦前の帝国主義列強の自由主義から保護主義への転換、関税引き上げ合戦など「保護主義戦争」を想起させるものがあるのは事実だ。
 しかし、当時と今、両者の間には決定的な違いがある。当時の保守主義は、主として帝国主義列強間、各国独占大企業間の利害対立から生まれたものだった。それに対し今日のそれは、グローバル経済から自国経済を守ることを求める各国国民の要求から生まれている。
 実際TPPは、オバマ政権が米超巨大独占体の要求を代弁し、環太平洋に世界経済の四割を占める超広域無関税無規制自由経済圏をつくる目的からのものだった。労働者をはじめ広範な米国民は、彼らから仕事を奪い米国経済を破壊するものとしてそれに反対した。その民意が大方の予想を覆して「トランプ大統領」を実現する決定的力になったのは誰も否定できない事実ではないだろうか。
 よく「民意なんて当てにならない。マスコミ次第だ」と言われる。だが、今回の米大統領選は違っていた。メディアのトランプ叩きにもかかわらず、「支持」はかえって高まった。政治を決めたのは、メディアではなく民意だった。
 その民意が今問題にしているのは、「保護主義」ではない。「グローバリズム」「新自由主義」であり、その経済だ。それらの矛盾と行き詰まり、破綻をこそ問題にしているのだ。

■アベノミクスの破綻を総括する
 この間、日本にあって、新自由主義・グローバル経済はアベノミクスに具現されてきた。実施以来四年近く、ここに来て、その破綻は、誰の目にも明らかになりつつある。まさにそこに、新自由主義・グローバル経済自体の破綻がもっとも典型的に示されているように思う。
 大胆な金融緩和、積極的な財政出動、そして「岩盤」構造改革、この「三本の矢」でデフレが克服され、消費、投資、輸出の停滞が打開されて、日本経済は、「失われた二十年」から脱却できるはずだった。
 確かに、アベノミクスによって、長期にわたるデフレ傾向にかろうじて歯止めがかけられたのは事実かも知れない。しかし、それによって活性化されるはずだった消費や投資、輸出はどうなったか。一向に上向いていない。代わりに、数百兆円にのぼる紙幣乱造にともなう先進国最悪の財政赤字(GDPの二倍超)が残り、膨大な公共事業投資をこなしきれない人手不足が露呈した。
 事はデフレの克服で解決するほどたやすいものではなかったのだ。拡大する雇用の非正規化と正規雇用の減少による実質賃金の長期低落を前にインフレによる消費意欲の刺激など焼け石に水だったし、それにともなう需要の六割を占める個人消費の長期低迷の中、投資意欲の高まりはあり得ず、膨れ上がる企業の内部留保の行く先は海外と投機への傾斜を強めるだけだった。
 一方、金融の量的緩和が効果を上げた円安が生み出したのは輸出ならぬ輸入増であり、増えぬ輸出が明らかにしたのは、予想をはるかに超える国内産業の空洞化だった。他方、さらに深刻なのは、積極的財政出動による大々的公共事業投資が行き詰まった要因が人手不足にあったことだ。少子高齢化と雇用の非正規化が生み出す熟練工の大幅減少は、日本の国力の低下以外の何ものでもない。
 これに加えて地方地域や内需産業の衰退。さらに、より根底的には、これら経済全領域に広がる格差と不均衡の深まりとそれにともなう経済循環の滞り。それらが抜き差しならない水域にまで達し、日本経済の停滞は、少々のデフレ克服などではどうにもならないものになってしまっていた。
 この「潜在的成長力ゼロ」の状況、言い換えれば、異例の紙幣乱造などカンフル剤投与も効き目なしの国の経済力自体の救いようのない低落をもたらした張本人こそ、新自由主義・グローバル経済だった。国民経済構築の観点自体がなく、そのために果たすべき国の役割を顧みることもないままに、ただ金融緩和、財政出動、構造改革によるデフレ克服と世界でもっとも自由な企業活動の保障をめざし、弱肉強食の競争に身を委せながら、外資の大量流入に望みを託してきた新自由主義・グローバル経済の典型、アベノミクスにこそ、長期停滞を打開できないどころか、日本経済自体の弱体化を一段と加速させてきた根本要因がある。

■どう国民経済構築を行うか、それが問題だ
 アベノミクスに見られる新自由主義、グローバリズムの破綻は、経済だけでなく、今日、時代の趨勢として、世界的範囲であらゆる領域にわたるものになっている。欧米を中心に世界中を席巻する反グローバリズム・「自国第一主義」の嵐は、その顕著な現れであり、テロと戦争をこととしながら、国境を越えアメーバのように広がるグローバル「国家」、ISの崩壊、そして六千万を超える難民の大群等々は、その象徴だと言える。
 この新自由主義、グローバリズムの破綻は、何を物語っているか。それは、一言で言って、国の否定がいかに間違っていたかということだ。新自由主義、グローバリズムによる国とその役割の否定は、経済を破綻させ、社会と人々の生活をその根底から破壊した。
 だから、今全世界に湧き起こる反グローバリズム・「自国第一主義」の大潮流は、よく言われる「極右」「右翼ポピュリズム」など、何か特殊・極端で表層的、一時的な「風潮」ではない。国と国の役割強化を求める、人々の生活に深く根ざした、もっとも切実で国民的な時代的運動だ。
 この国民的で時代的な要請の下、「米国ファースト」「強いアメリカ」を掲げ、大統領に押し上げられたトランプの経済政策で何よりも問われてくるのもこの問題を置いて他にない。実際、「トランポノミクス」と命名されたその内容を見ると、「国の役割」をフル発動して「強いアメリカ経済再生」を図るものとなっている。労働者の雇用や米国産業を守るためのTPP離脱、NAFTA見直しなど、多国間自由貿易協定からの離脱と二国間保護貿易協定の締結。資本の流出規制、流入促進の法的措置。オバマによって強化された金融規制の再緩和と法人税、所得税の大幅削減、社会基盤整備のための大型公共事業投資と大々的なエネルギー開発、等々、米国経済を活性化させ年率四%成長を目論む積極経済政策。これら新自由主義とケインズ主義、グローバリズムと保護主義など、何でもあり、一貫した理念なしの「ごった煮経済政策」の中にありありと見て取れるのは「強いアメリカ経済づくり」だ。
 「自国ファースト」で「国の経済」をつくると言うとき二つあると思う。一つは、自国経済を自分たち国民にとって一番のかけがえのないこれしかない経済、「オンリーワン」の経済にするということであり、もう一つは、自国経済を世界に覇を唱える最強の経済、世界「ナンバーワン」の経済にするということだ。
 「トランポノミクス」に「オンリーワン」の性格がないとは言えない。「雇用の創出」「産業空洞化」をよく口にするトランプの言動にそれは現れている。しかし、それにも増して、「ナンバーワン」の性格が濃厚なのは隠しようがない。グローバル独占体のトップを起用したトランプ政権の経済閣僚人事を見れば、それは一目瞭然だと思う。
 トランプは確かに「世界の警察官をやめる」と言った。しかし、それは覇権自体をやめるということではない。そのあり方を変えるということだ。すなわち、「強いアメリカ」づくりを第一とする米覇権の立て直しだ。
 この米覇権の転換にあって、これまでその覇権の下で生きてきた日本にも転換が問われている。アベノミクス破綻の総括に基づいて、世界に開かれた国民経済構築の観点をどう立て、それに向け国の役割をいかに高めるのか、そこで問われてくる「オンリーワン」か「ナンバーワン」かの選択、等々、その前途には難問が山積している。今こそ問われているのは、やはり日本国民の総意を集め、自分の頭で考えることだと思う。戦後七十有余年、米国によって敷かれたレールをただひた走りに走った挙げ句の今日の大破綻なのだから。



議論

問われるアメリカ離れの防衛

東屋浩


 「米軍基地の全額日本負担か、でなければ自力で防衛せよ」と述べたトランプ氏が、次期大統領に当選したことで、日本国民の中で不安感が高まっている。このなかでトランプ発言を受けて、「絶好の好機、改憲して自主防衛を実現すべき」(古森義久元産経新聞)という発言が少なくない。
 また、朝日新聞「声」欄に「アメリカ頼みの防衛から転換を」などの投書が急増し、国民の関心が高まっている。TV、雑誌などでトランプ発言を受けて日本の防衛をどうすべきなのか、連日、識者、元将官、政治家たちが発言している。トランプ発言に対する私の意見を述べてみたい。

■トランプ発言の意味
 「米軍基地の全額負担か、でなければ自力で防衛せよ」というトランプの発言を、「とんでもない妄言だ」「現実の政治が分かっていない」「アメリカの根本的利益に触れるものだ」など、アメリカの政治家、ウオール街、ジャーナリズム、そして日本の識者、政治家が一斉に反応した。
 たしかに在日米軍基地は、その費用の7割を日本が負担し、本国で部隊を抱えるより安上がりでありこれほどアメリカにとって条件の良い在外基地はない。また、地理的条件、高い工業力などで、アジア・太平洋をはじめ世界的展開において、米軍のもっとも重要な戦略拠点となっている。このことを無視してのトランプ発言なのだろうか。その意味は何か、探る必要がある。
 このトランプ発言は単に日本に向けられたものではない。韓国その他の国からの在外基地撤去を示唆したように、世界に米軍基地を展開したり、紛争地に部隊を派兵する必要があるのかという疑問を投げかけたものである。
 戦後、アメリカは世界に軍事基地を展開し数多くの派兵を行い、「世界の警察官」としての役割を任じてきた。今なお、国内の113万の兵力の他に、海外170カ国に20数万の兵力を8千の基地に配している。米軍には9つの統合軍があるが、その内6つは世界に展開する太平洋、欧州、北方、南方、中央、アフリカの地域統合軍である。
 そのなかで日本に最大の兵力約3万9千の米軍基地があり、ドイツ、韓国、イタリア、英国などが続いている。これまで縮小してきた海外基地ではあるが、今や、それをも維持できなくなっているというのが現状だ。トランプが在日米軍基地を真っ先に挙げたのは駐留米軍の費用負担が57・5億$(今年度)ともっとも重いからに他ならない。
 しかし、より本質的なことは、アメリカ国民が軍隊を派兵する負担をやめろと言っていることだ。そんな外向けではなく、国内に金を使い、国民の生活向上をはかるべきだということだ。アメリカの貧困率は世界第一位であり、アメリカは世界の富を集める金融大国であるとともに貧困大国であり、その格差は激しい。だから、「基地全額負担か自分で防衛を」というトランプ発言が拍手喝采を浴びたのだ。
 アメリカ国民が、アメリカが「世界の警察官」になることを止めろ、日本の防衛を引き受ける必要はないと言っているのだ。
 この民意を受けてのトランプ発言と言えるのではないだろうか。妄言ではなく、民意を反映したからこそ強い支持を受け勝利したといえる。

■「覇権による平和」の破綻
 アメリカの政治家、ジャーナリズム、さらには日本の政治家、識者が、もっとも本音として言っているのは、トランプ発言がアメリカの根本的利益に触れるというものだ。
 アメリカの根本的利益とは何か? アメリカの根本的な国家理念は、アメリカの自由と民主主義、市場競争という価値観で世界を支配し、それがアメリカの国益と一致するというものだ。したがって、アメリカのもとで世界の平和がある(パックス・アメリカーナ)という考え方になる。
 例えば、アメリカには外務省はない。国務省がそれに相当するが、国と国との関係で対外交渉を行うのではなく、アメリカの国家的利益を世界各国に実現するという使命を任じているから、国務省という名になっている。世界各国がアメリカの傘下に存在し、その政治はすなわちアメリカの国家政治の一部というわけだ。そのアメリカの世界の盟主としての地位を保障するのが、核をはじめとする突出した軍事力であり、世界に展開した米軍基地だ。日本の防衛は自分で行えというトランプ発言は、まさにアメリカの根本的な国家理念に触れるものであり、「アメリカによる平和(パックス・アメリカーナ)」を止めるということだ。
 これは戦後世界政治の根本的な転換を意味している。「アメリカによる平和」とは、言いかえれば「覇権による平和」だ。それがなぜ破綻したのか? 世界最大の軍事力をもっていたアメリカは朝鮮戦争、ベトナム戦争で敗北し、ハイテク兵器で総攻撃をかけて占領したイラク、アフガニスタンで、その結果は泥沼に陥り撤退を余儀なくされ、現在、展開している反テロ戦争では各地域を破壊し尽くすだけで数百万の難民を生み出している。
 アメリカによる武力介入は何一つ成功せず、膨大な戦費を費やし多数の米兵の犠牲者を出しただけだ。核の独占という世界支配の究極的手段も、朝鮮など核保有国の拡大によってアメリカ自身が核の脅威にさらされる事態になっている。
  だから、米国民はもう基地や派兵の展開、戦争を止めるべきだと要求している。アメリカ国民がもはや覇権を望んでいない。
 「覇権による平和」は終息の時を迎えている。

■非覇権の防衛は九条自衛
 戦後の世界秩序の転換は、同時に日米の安保体制の大きな転換といえる。「覇権による平和」が崩壊したのに、トランプ発言にたいし「絶好の好機だ、改憲し自主防衛を」というのは、時代の要請に逆行するものだと言える。
 安倍政権の狙う改憲案、「積極的平和主義」は、国防軍を創設して、集団的自衛権の全面的な容認のもとで米軍との共同行動、米軍の空白を埋めるという、どこまでもアメリカの覇権を補完するものだ。何故、「絶好の好機」と言うのか?それは、アメリカ支配階級の意図を先取りして、アメリカの利益になるように日本がまず行動で示す「好機」ということではないか。
 いわば、頭を下げて「アメリカさんが覇権をやめるはずがないでしょう。言うとおりに私どもが手助けしますから、一緒に覇権を続けましょう」と言っているようなものだ。もしそうだとすれば、自分の覇権の野望を実現するためとはいえ、これほどの奴隷根性は世界でも見あたらないだろう。
 「改憲・自主防衛」とは異なり、トランプの姿勢は日本がアメリカの半占領体制ともいうべき境遇から脱する機会だという意見がある。「日本を突き放そうとするトランプ大統領の登場を、われわれは日本独立の重要なチャンスと把握すべきです」(森田実「自然と人間」12月号)、「アメリカが出ていきたいならどうぞ」(鳩山元首相)と。
 戦後日本は、日米安保体制のもとにおかれてきた。日本全国に米軍基地が展開され、空と海が米軍に支配され、米軍兵士は治外法権で保護され、施設その他もろもろの費用を国税で負担し、日本が米軍の出撃基地、兵站基地、情報基地としての役割を保障してきた。
 米軍により日本が守られてきたのではなく、米軍のアジア・太平洋地域のもっとも重要な戦略拠点として日本が利用されてきたと言えるだろう。日米安保体制のもと、日本の憲法が下位におかれ、蹂躙されてきた。それゆえ、日米安保体制からの脱却、在日米軍基地撤去は、日本の主権確立と平和実現のうえで第一義的な課題だったと言える。
 トランプ発言は、日本が自分の国を自分の力で守る自衛体制を確立し、アメリカに防衛を完全に依存していた境遇から脱却するための好機だと言える。
 「覇権による平和」に代わるものは、各国の自衛による平和だ。各国の自主権擁護、自衛がなされ、互いに自主権を否定しなければ、地球上から侵略と戦争、武力干渉と略奪を一掃し国際平和を実現することができる。日本における自衛は、九条自衛だ。現憲法は自衛を否定しておらず、自主権と平和を守るための自衛武力は当然の帰着として保持できると言える。
 これまで本誌上で論議されてきたように、九条の戦力不保持、交戦権否認の自衛武力は、防衛線を自国領域内においた撃退武力だ。自分の領土の外に出ないし、相手国領土への攻撃もしない。これが戦争にまで発展させずに相手の侵略を防ぐ唯一の方法だ。九条自衛こそが、覇権のない世界実現へ向かう時代の趨勢に合致し、日本の平和と安全を保障する道だと思う。


 
投稿

東京地裁城崎判決を糾弾する

「城崎さんを支援する会」 柳田 健


 本年11月24日、東京地裁(辻川靖夫裁判長)は、城崎勉君(東京拘置所に未決勾留中)に対して懲役12年(求刑懲役15年、未決算入450日)の判決を下した。
 1986年5月にインドネシアのジャカルタで起きた日本大使館への手製金属弾発射事件(近くのホテルからロケット砲で砲撃したというもの)で、殺人未遂の罪である。城崎君と弁護団は東京高裁へ即日控訴した。
 これは全くの不当な判決である。城崎君は「インドネシアには行ったことがない」と言っている。1986年当時、彼はレバノンのベカン高原でパレスチナ人の砲兵部隊におりイスラエル軍と対峙していた。このことは当時レバノンにいた足立正夫氏をはじめ何人かの人が証言している。
 これは全くの冤罪事件である。東京地裁の辻川裁判長は公判の途中で、城崎君に対して、現金はいくら持っているか、どこに住むつもりかと聞いている。いちおう聞いてみただけという事だったのか? 辻川裁判長の心象はおそらく無罪だったのではないだろうか。しかし城崎君が(同時に起こされたアメリカ大使館砲撃の罪により)アメリカで18年間服役した事を考えて、それを覆す判決をだすことは出来なかった。15年を求刑している検察の存在もある。司法官僚である辻川裁判長は保身にまわったのだろう。
 公判を傍聴した浅野健一氏によれば、判決を述べる辻川裁判長の声はぼそぼそと小さく、判決を下すと逃げるように法廷を去ったとのことだ。城崎君はすでに18年間アメリカで服役している。同時に起こされた日本大使館とアメリカ大使館への砲撃事件をそれぞれの国で一つ一つ裁くというのは「一事不再理」の原則から言っても不当であり、ましてや城崎君は罪を否認している。決定的な証拠も証言もなく、「推認できる」という程度の判断で、これから先、更に12年の監獄生活を強いるというのはあまりではないか。「過激派」とレッテルをはられた人物には人権はないのか?
 公平な裁判が行われるよう皆さんのご支援をお願いします。



寄稿

フィデル・カストロさんのご逝去の悲報に接し

愛・平和・自由   早々
2016年11月28日 国際吟遊詩人  宮川一樹 


 友人の皆さん、お元気でしょうか。
 ご存知のように2日前の11月26日(土)(キューバ時間25日午後10時29分)革命家親愛なるフィデル・カストロさんがご逝去され、カストロファンでフィデリストの僕は悲しみにたえません。キューバ革命の達成は、人間が起こした奇蹟と言われ、その歴史を知れば知るほど、不思議な気がします。ですから余計に、キューバ革命の現在に至るまでの些細なことまで魅力に満ちていて、僕の興味を強力に惹きつけてやみません。
 昨日、東京のキューバ大使館へ弔電を送りました。
「革命家親愛なるフィデル・カストロさんのご逝去の悲報に接し、悲しみにたえません。謹んで哀悼の意を表します。私はラウルさん、ご家族の皆様、キューバ市民の皆様、友人、と共に喪に服し、この悲しみを乗り越え、日本と世界の絶対平和を実現すべく努力いたします。」
 フィデルさんに捧げる歌がいくつか出来ましたので、読んでください。

・地獄へ落ちると言ってたカストロをイエスが必ず迎えに行きます

*注 カストロさんは、自分は死んだら地獄へ落ちるだろうと、自分で言っていました。フィデルさん、あなたが何処にいようともイエスキリストさんがあなたを迎えにいって、キューバ革命の途上で亡くなった多くの友人と共に天国へ連れて行ってくださいます。

・フィデルの悲報に接し感無量キューバ革命の奇蹟を思う

・問題を武器が解決する時代はもう終わり、とカストロ言いし

・フィデルは鬼籍に入りて今頃はカミーロやチェらと再会して

・もし僕がキューバにいたならカストロと共に闘ったか自問している

・オリンピックにサバイバルゲームがあったならフィデルが優勝間違いなし

*注 なんせ暗殺未遂が6百何十回(CIAの資料より)でみごとギネスブックに載っています。

・胸はだけモラルヴェストを着てるよ、と国連へ向かう笑顔のフィデル

*注 国連での演説のため、ニューヨークへ向かう飛行機の中で、新聞記者に「防弾チョッキを着ていますか。」と質問され、フィデルは即ワイシャツをめくって、モラルのチョッキを着ていると答え、皆を笑わせ感心させた。

  

・ ハバナにてキリルとフランシスコがご対面仲を取り持つフィデルの笑顔

*注 キリルさんはロシア正教会の総主教、フランシスコさんはローマカトリック教会の法王。この商売敵のお二人をハバナに招待して、見事ご対面対談抱擁させたカストロの手腕人望は天下一品。 なんせ誰一人そんなことを考え付きもしないし、誰一人そんなことが実現するとは思っても見ないことをやってのけたフィデルこそ、1956年、メキシコから90数人の同志とともに20数人乗りのグランマ号(おばあちゃん号)に乗って、キューバの東のサンチャゴデクーバに難破寸前漂うように何とかたどり着いた直前、バティスタ軍に待ち伏せ攻撃され、アットいう間にほとんどが殺され、シエラマエストラ山の頂上に命からがらたどり着いた生き残りの17名の同志たちの誰一人として、戦闘機などはるかに強力な武器を豊富に持っている2万人のバティスタ軍を打ち負かして、バティスタ政府を倒し、自分たちがキューバ革命を達成できるとは思っても見なかった、それは夢のまた夢、ありえない、できっこない、もうやめようと皆あきらめていたとき、フィデルただ一人、私たち17人これだけいればバティスタの命運は尽きたようなものだ、と豪語し、底抜けの楽天家振りを発揮して皆を驚かせた冷静かつ情熱のかたまりのフィデルは、今年の2月、89歳にして、キリルとフランシスコをハバナで対面させ、世界のキリスト教徒の和解と友好の道を作った。これもフィデルの構想の世界革命の一過程だと僕は思う。ですから、これから世界の平和革命を成し遂げる方法は、武器など必要ないし、武器があれば返って上手くいかないでしょう。

・法廷を革命の決起集会に転換したフィデルの言葉の力

*注 1953年7月26日、サンチャゴデクーバのモンカダ兵舎襲撃に失敗し、100人近くの同志は殺され拷問され虐殺されました。捕まったフィデルは、奇跡的に裁判に掛けられ、 彼は法廷で、鉛筆も紙もなく、口頭で、自分たちはなぜキューバ革命を起こそうとしているのか、革命達成の後はどのようにしてキューバ社会を良くして行くのか詳しく説明しました。その弁舌は丁寧で礼儀正しく、説得力があり、格調高く、歴史に残る弁論でした。私は弁護士だから弁護は要らないと、弁護を断り、フィデルは弁護士としての本領を発揮し、自己弁護の最後の言葉は、裁判長に向かって『私を有罪にしなさい。そんなことはどうでもいいことです。歴史は私に無罪を言い渡すでしょう。』でした。僕は2010年それを読んで、フィデルの言葉に勇気づけられ、言葉こそ世界のあらゆる物事を作るのだと感激しました。

・フィデルは喋り出したら止まらない知って欲しいこと山ほどあるので



手記

工場労働者物語 前史(2)

平 和好


「軍国少年」
 実は私は中学2年まで「愛国、米英撃滅」だった。父親が満州移民のシベリア帰りであった事も影響したのであろうか。日本の戦争は正義と思っていた。欧米の横暴にアジアの盟主として立ち向かい、五族協和の聖戦をやったのは間違いではないと思っていた。真珠湾攻撃のドキュメント本「トラトラトラ」を読みふけり、やる気満載の歌詞、美しいメロディの日本軍軍歌も20曲くらいは知っていたくらいだ。しかし、転機が二つあった。一つは中学社会科教師から日本の軍隊が戦前にやった事を詳しく教えてもらった事だ。あのかっこいい加藤隼戦闘隊が爆弾を落としたのは中国人の頭の上と知り、朝鮮を占領して植民地支配した事を知ったので、愕然とした。次に中学3年で見た「あゝひめゆりの塔」と言う吉永小百合主演映画だった。さっそく見たらあまりにひどい。アメリカ軍もひどいが、沖縄住民を守らず、盾にして戦争を続けたために膨大な住民の犠牲が出る過程を克明に描いた映画に涙し、聖戦が嘘である事を悟ったのだ。ましてやその沖縄から今は米軍機が飛び立ち、空母が出撃してベトナムの人々を殺し、その血をすすって我が国がお金儲けをしているなど、思春期の私は許せなかった。
 だから突っ走ったのだ。催涙弾がポンポン飛んできて呼吸困難になる反戦デモも経験したし、通学カバンには護身用の鉄パイプが入っており、近所の公園へ持って行き、「有事の際」にさっと取り出して、襲撃者の一撃を頭上で受けとめて反撃に出る訓練を自習していた。(勉強もせんと何してることやら)

 

「人生の進路」
 党派の人達に連れられて、中央公会堂であったベトナム反戦集会。小田さん率いるべ平連の人達が語り出すと「日和見主義批判」の信念固いわが先輩達は猛烈にヤジる。君も声を出しなさいと言われたが幅広い団結でベトナム戦争を終わらせましょうというべ平連の主張は間違っていないから、私は拍手した。先輩は睨んでいたが。集会・デモの毎日だから中学までの秀才はどこかへ行き、国公立、有名私大を軒並み落ちる事となった。(父さん母さんごめん)

「恩人」
 ようやく入れてくれたのが夜間大学だった。ここで前回述べたように、公務員試験を全て落とされて、考えた。自分に合う仕事があるのか? 出た方針が「とにかくやってみよう」と言う出たとこ勝負方針。小田実さんの「何でも見てやろう」をまねしたのだ。業種も決め打ちせず。ちょっと情けない事に自発的ではなく、大学でクラブに獲得し、ちゃっかり恋仲になった、しっかり者の交際相手に促されての事だ。付言すると、彼女のアパートでお米のとぎ方、みそ汁の作り方から全部教わった。当時は湯沸かし器などない。水道水に「冷たい!」と顔をしかめると「女性はみんなそれやってるのよ」と手厳しい一言が胸に刺さった。少ない収入から1万円を毎月強制徴収され、積み立ててくれていた。貯金の習慣を身に着けてくれたのだ。ついには、当時流行りの同棲にチャレンジ!!夫婦を装って借家に住んだ。相手の親からの電話がかかるから、私は出ない。3回ベルが鳴って、もう一回かかって来たら出る。
 しかし活動に熱中して二人の時間は三の次にする「不徳」の至りで7年後に分かれる事になるが、一生感謝しなければならない。仕事もせずにいると露骨に嫌な顔をされるプレッシャーから就職の努力をした、到底自主的と言えない自分がそこにいた。
 おくてに見えながら、分かれて翌々月には結婚した私に比べて、約10年後に、ずっと待っててくれた律儀な人と職場結婚したそうで、わがことのように嬉しい。
 仕事は色々した。広告会社の新聞社連絡員、ガス工事、府会議員事務所員、印刷会社、営業拡販などをやったすえ、やはり額に汗して一労働者として働くことが向いていると実感して、約25年間、工場労働に励んだのは人生の大きな財産だ。

「番外」
 なお、大部分の男性は「あほ」なので収入を無駄に使ってしまいがちだ。お酒に遊びにギャンブルに消える。これからの世代に忠告申し上げる。給料振込口座は全部、パートナーにあずかって貰って必要分だけを支給していただく(私の場合は月3万円のみのお小遣い)よう申請するのが賢明である。
 あほうな政府が「ギャンブル依存症増加」を「原発輸出」「武器輸出」と並ぶ成長戦略に据えるような時代だからなおの事、お勧めしたい。


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