研究誌 「アジア新時代と日本」

第152号 2016/2/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 参院選―国の在り方と個別的利害の統一的解決を

議論 現代・老人の貧困 依存できてこそ、自立できる

投稿 台湾ダブル選挙と東アジア

時評 これからさらに消える年金、希望は無いのか それは我々しだいだ




 

編集部より

小川淳


 アベノミクスが風前の灯に

 マイナスなのは日本銀行が導入した金利だけではない。消費者物価は0.1%とわずかにプラスになったが、企業物価はマイナス3.6%と8カ月連続マイナスが続く。2人以上世帯の家計消費はマイナス4.4%と落ち込みがひどく、実収入もマイナス2.7%。いずれも4カ月連続のマイナスである。株価そのものも1万5千台まで急落したまままだ底がみえず、これはアベノミクスがスタートする前の水準まで落ちたことを意味する。
 アベノミクスとは、つまるところ金融緩和による「株価」の釣り上げで、経済の底上げを図るという、「新自由主義」そのものだ。新自由主義の経済政策は日本だけではない。本家アメリカは勿論、欧州でもアジアでも資本主義国のほとんどの国が程度の差はあれこの政策を採用している。以前から疑問に思っていたのだが、なぜ新自由主義は全世界に広がったのか。
 佐伯啓思の「さらば資本主義」によれば、新自由主義は社会主義思想との闘いの中で生まれたという。すなわち経済はイデオロギーではない、「科学」なのだと。「科学」であることを証明できるのは「数学」だ。アメリカでは50年代から60年代にかけて現代数学を駆使したサミュエルソンのような市場原理主義の経済学が生まれた。
 アメリカは、新自由主義を経済学の「教科書」に仕立て上げた。この標準化こそアメリカ覇権の手段の一つで、新自由主義は世界のどこでも通用する経済学の「教科書」に変わった。アメリカに留学して帰国した学者は日本経済の現実を見て「教科書」との違いに驚く。終身雇用も年功賃金も「教科書」には書かれていない、日本型経済は特殊なもので一刻も早く変えるべきだと。こうして90年代の構造改革は始まった。アベノミクスはその総仕上げだ。
 しかし言うまでもなく経済は人が対象だ。経済は自然科学ではなく、その国の自然や文化や歴史と一体となった社会科学だ。市場に人がコントローされてはならない。だからこそ市場をコントロールする国の役割が決定的になる。
 アベノミクスや与党スキャンダルにもかかわらず、安倍の支持率は高いままだ。この背景にあるのはやはりその経済政策への「期待」だろう。スキャンダルやアベノミクス批判だけでは安倍への支持率は落ちない。参院選での野党共闘を模索するとともに、長期的にはアベノミクス、あるいは安保関連法案に代わる新しい経済ビジョンや新しい防衛の在り方を提示できるかどうか、それなくして安倍政治からの転換はない。



主張

参院選―国の在り方と個別的利害の統一的解決を

編集部


 7月の参院選が今、政治的攻防の焦点になっている。それは、安倍自民党が 参院選を改憲の突破口と位置づけており、国民大衆側は安倍政権の退陣と立憲主義デモクラシーの確立をめざしているからだ。
  自民党は衆参同時選挙にて一挙に両院を制することや、緊急事態条項追加で改憲をはかるなど企図し、今回の参院選で9条改憲への突破口をひらき、日本をアメリカと一体となって戦争する国とする戦争体制の確立を企図している。
  自民党は先の参院選で改選議席 三分の二を確保しているので、今回の参院選で自・公・おおさか維新の3党で81議席を得れば、改憲発議のできる三分の二を確保することができる。これまででもっとも低いハードルだ。
 改憲を阻止するためには、改選議席121議席のうち、反改憲派が37議席以上確保しなければならない。安倍政権は圧倒的勝利を収めた前回の衆院選で実質得票率13%、形式得票率43%で議席70%をとっている。形式得票率50%を超える野党が統一候補をたてれば、理論的には政権交代できると言われている。そのため、1人区での統一候補をたてることが鍵となる。
 学生、市民、学者、ママらが結成した「 安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」が年末に発足し、安保法制廃止を掲げ、野党統一候補擁立のために積極的に働きかけている。「市民連合」は、国民の主権者意識に訴え、安保法制の廃止など、日本の在り方を問う新しい民主主義の実現を追求している。
 参院選は改憲を阻止し、立憲主義をうち立てる闘いであるとともに、大衆を個別利害で誘導して得票を狙う旧い政治を否定し、国民の高い主権者意識に訴え、日本の在り方を提起し、その中で個別利害の実現もはかっていく新しい民主主義をめざす闘いだといえる。

■個別利害誘導は国民を愚弄するもの
 従来、自民党は公共投資などの個別利害で人々を誘導して議席の多数を制してきた。それは旧い政治ではないだろうか。
 元来、民主主義は主権者である国民の要求を反映させ実現していく政治である。しかし、個別利害で誘導して議席の多数を制されれば、国政に国民の要求が反映されるのでなく、利益誘導に成功した政党の意思にもとづく政治がおこなわれるようになる。
 今回の参院選でも、この個別利害誘導が露骨におこなわれている。
 そのひとつが、低所得高齢者にたいする給付金3万円のばらまきだ。参院選直前の5,6月に給付するという。貧困にあえぐ高齢者はそれをもらっても貯金するだけで消費につなぐこともできない。その総額3900億円を社会保障に回した方が低所得高齢者のために効果があると識者は指摘している。
 安倍政権は一方で法人税減税をおこない、他方で消費税増額、年金切り下げの高齢者いじめをやってきた。ここで現金をばらまくのは、公金をつかった受給者1250万人にたいする「大型買収」だといえる。
 二つ目が軽減税率導入だ。負担軽減額は一人平均一日12円で年間総計4300円。その経費のために1兆円かかり、その金は社会保障関連を削って回される。つまり、社会保障費にあてるべき金をばらまくことになる。公明党と取り引きし軽減税率10% 導入をトップで決めたのは、公明党の参院選挙協力をとりつけるためだったというのは、明らかだ。
 社会保障費を削っての3万円ばらまきや軽減税率導入では、低所得者、年金生活者は医療、年金、介護でさらに低水準におかれるようになる。
 その他、保育所と介護施設の増設や、財界にたいする賃金引き上げ要請、漫画を使っての若者取り込みなど、あの手この手を駆使しようとしている。
 安倍政権の選挙対策は、国民を尊厳ある主権者としてではなく、自分の目先の利益しか考えない、餌で釣ることができる存在としてしか見ない、国民を愚弄するものだ。

■問われているのは、日本の在り方と個別利害の統一的解決だ
 今日、日本は、国家秘密法、集団的自衛権容認にもとづく安保法制、さらに緊急事態条項など、かつて侵略戦争をおこなった反省にもとづき制定された憲法を否定し、再び侵略戦争をやる国になりつつある。しかもアメリカの手下となってだ。
 社会の二極化もいっそうひどいものとなっている。地方の消滅から始まって、総下流老人化、少子化、派遣労働者の拡大、児童虐待など、家族と地域の共同体の絆が破壊され、大多数の人々が人間らしい生活を望めなくなっている。今日、何一つ問題のない分野がない。各々行き詰まっている。
 低所得高齢者の問題も、医療・介護・年金を含む社会保障全般を向上させてはじめて、解決できる問題だ。派遣労働者の低賃金、無権利状態の改善、保育士・介護士の待遇改善と増員、地方の再生など個別の分野の問題は、いまや国の在り方を新自由主義の格差主義から、共同体重視と人間尊重に転換させてのみ、解決していくことができるのではないか。
 今、こうした個別利害は国の在り方を変えてしか実現できなくなっている。
 先の宜野湾市長選でも個別利害と沖縄の在り方が焦点になった。自公側は宜野湾市の普天間基地移転だけを訴え、辺野古基地についてはいっさい触れない戦術で一貫させた。いわば宜野湾市民のもっとも切実な個別利害に訴える戦術だ。これに対し革新側は辺野古基地移転反対を訴えた。
 自民党は選挙結果をさして「オール沖縄」が実体でないと言っているが、宜野湾市民の大多数は普天間基地の撤去を要求しているのみならず、辺野古基地移転にも反対している。
 沖縄内で基地の押しつけあいをやっても何も解決できない。普天間基地の撤去も沖縄の在り方を変えてこそ、実現していくことができる。沖縄の在り方、すなわち基地のない平和沖縄が沖縄県民の共通した願いであり、それを実現する中でのみ普天間問題の解決もありうる。
 出口調査ではそれは56%に達していた。普天間から辺野古への基地の移転がもたらす禍の大きさは目に見えている。
 今日、問われているのは、安倍政権を退陣させ、立憲主義にもとづく平和国家を確立し、一人ひとりを大切にする格差なき社会を築いていくことだ。
 したがって、参院選はまさに、日本の在り方を争点としていかなければならないと思う。

■主権者意識にもとづく新しい民主主義を
 個別的利害を包摂した、日本の在り方に責任をもつことができるのは、高い主権者意識をもった国民大衆だ。
 シールズの学生はこう言っている。
 「この国は、国民をなめています。世界のどんな国より国民をなめています。私たち一人ひとりの生活など、はなからどうでもよいのです。その政府がいま、私たち国民を守るためと言って、憲法を無視して戦争ができる国にしようとしています。・・・安倍総理大臣、あなたに私たちは手を下しません。下すまでもないでしょう。一言だけ言います。私たちは、あなたを置いて先に進んでいきます」(「SEALDs 民主主義ってこれだ」)
 日本の在り方を責任もって考え、決定するのは、国の政治の主人、主権者である国民大衆だ。個人は国と社会の一員であり、国と社会あっての一人ひとりの存在である。
 国が戦争に向かい、格差拡大をすすめれば、一人ひとりの運命もそれに大きく左右される。その国の在り方に切実な利害関係をもっているのは、国民大衆であり、それを決定するのも国民大衆だ。
 国の在り方を自分の頭で考え、自分の言葉で語り、共に行動していく学生、市民、学者が今や広範囲に登場している。
 沖縄の在り方を決定する主人も沖縄県民だ。歴代自民党政権は、沖縄県民の反基地闘争に対しても膨大な補償金で翻弄してきた。今や辺野古基地への移転反対が一つの意思となっている。その基礎となっているのは、沖縄県民としての主権者意識、自己決定意識だ。
 国民大衆の高い主権者意識、自己決定権意識に訴え、国の在り方を提起し、ひとつに団結すれば、参院選において必ず勝利していくだろう。



議論

現代・老人の貧困 依存できてこそ、自立できる

KT


 「一億総老後崩壊」。「下流老人」命名の主である藤田孝典氏が言うこの危機的状況が、今、安倍政権の下、最悪の事態に立ち至っている。
 問われているのは危機打開のための鍵だ。そこであえて提起したいのが「依存できてこそ、自立できる」だ。この一見矛盾したものの考え方が議論のきっかけになれたならばと思う。

■現代・老人の貧困、事態は最悪だ
 今日、老人の貧困はかつて経験したことのないものになっている。
 その第一の特徴は、老人の二極化の加速度的な進行とともに、中流老人の没落、貧困化が進み、若者層まで含め、国民の大多数が自らの老後に不安を抱く「一億総老後崩壊」という危機的状況が到来しているところにある。
 特徴の第二は、その「一億総老後崩壊」が、個人消費の低迷とそれによる経済の停滞、結婚も出産・育児もできない若者の増加とそれにともなう少子化のさらなる進行など、日本破滅の危機にまでつながってきているということだ。
 一言でいって、今日、老人の貧困は、個々の老人ではなく老人全体の問題になっており、ひいては日本と日本国民全体の存亡に関わるきわめて深刻な問題になっていると言うことができる。
 今日、こうした老人の貧困の原因としてよく挙げられるのが、「病気」と「離婚」、「子ども」だ。病気にともなう多額の出費、離婚による資産の分割、一人当たり出費の増加や慰謝料、そして親離れできない子どもの扶養費、等々。それに、終身雇用、年功序列の消滅による収入減、地域や家庭の崩壊にともなう相互扶助の消失、等々が追い打ちをかけている。
 これら貧困の諸相、諸要因を見て明らかなのは、藤田孝典氏が著書「下流老人」で繰り返し強調しているように、それが多分に社会的産物だということだ。「病気」は、社会保障の貧困と直結しているし、「子ども」は、非正規労働の広がりと一体だ。そして、「離婚」や家庭の崩壊、地域や職場の崩壊は、社会のあり方や風潮と密接に連関している。どれ一つとっても、個人的な問題、本人の自己責任だと片づけられるものはない。
 だが、今日、それが否定されている。社会保障がまるで財政赤字の張本人であるかのように槍玉にあげられ、それをいかに削るかが国会の主要議題となっており、離婚や子どもの引きこもり・うつ病などから生まれる重い負担は全面的に本人に負わされていく。
 こうした国と社会のあり方の根底には、弱肉強食の競争原理に基づき、人間、一人一人バラバラの個人として自己責任で生きることを求める、集団否定、保護や依存否定の新自由主義、グローバリズムの観点があると思う。今問われているのは、この思想観点から何が生み出されてきたかだ。現代・老人の貧困は、その一つに他ならない。
 そこで提起したいのは、人と集団への依存と個の自立の問題だ。この問題への新自由主義、グローバリズムの回答ははっきりしている。「両立はあり得ない」「依存せずに自立せよ」だ。だが、はたしてそうか。よく言われるように、人間は一人では生きられない。互いに支え合って生きていくのが人間だ。「自立」「自己責任」を掲げ、「保護」や「依存」を否定する新自由主義、グローバリズムは、この生活の真理に合っていない。現代・老人の貧困、その危機的特徴は、まさにこの誤りから来ているのではないか。
 この三十数年、日本の国と社会のあり方は、その根本から新自由主義化、グローバル化されてきた。1983年の日米円ドル委員会。そこでの日米構造協議。十年後、宮沢・クリントン日米首脳会談。ここで約束された「年次改革要望書」の米国からの定期送付と日本の執行義務。この新自由主義構造改革が小泉政権下全面化した。
 今日、安倍政権が推し進める日米経済の一体化はその総仕上げだと言える。アベノミクス・成長戦略の労働、医療など「岩盤改革」、国家戦略特区での規制撤廃、そしてTPPを通して敢行される経済ルールの全面的米国化は、現代老人問題に最悪の事態をもたらさずにはおかないだろう。

■問題解決の鍵は、新しい民主主義にある
 現代・老人の貧困、その最悪の事態からの脱出と問題の根本的解決、それは、国と社会の新自由主義化、グローバル化からの脱却を離れてはあり得ない。
 そのためにまず求められるのは、安倍政権の退陣だ。米国言いなりの安倍政権から日本と日本国民のための新政権へ。この政権交代が絶対必要だ。
 今年はそのための大いなる好機だと思う。夏の参院選(衆参同時選?)は、政権交代へのステップに十分になり得る。そのための鍵は「新しい民主主義」にあるのではないか。ここにこそ、政権交代、さらには現代・老人問題の根本的解決にまで至る鍵が秘められているのではないだろうか。
 民意が直接政治を動かし決めるこの新しい民主主義において何より重要だと思うのは、何よりも、政治が、国民に代わり、政治家や活動家、「前衛」といった「専門家」によって担われてきた古い民主主義とは違い、高い主権者意識を持ち、政治の担当者、当事者として登場してきた普通の学生、子連れのママさん、学者、老若男女・市民たちによって直接担われるようになったということだ。
 もう一つ重要だと思うのは、世界的な二大政党制の崩壊に顕著なように、これまでの政治が政党間の競争を通し多数決でやられて来たのに対し、新しい政治が「オール沖縄」の勝利に示されるように、それぞれの国や地域のアイデンティティに基づき、国民や住民など共同体の総意を集大成して推し進められるようになってきていることだ。
 この間日本では、「一強多弱」が言われ、安倍自民の圧勝が続いてきた。その最大の要因となってきたのが「民意の受け皿」不在だ。新しい民主主義には、この敗因克服のための鍵が秘められていると思う。「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」や「市民勝手連」など、新しい大衆的政治集団の登場と彼らによる野党統一への働きかけや政策提言、等々は、民意が政党、政治家を動かし政治を決めるこれまでになかったまったく新しい状況を生み出してきている。
 そうした中、新しい民主主義の特徴でもう一つ重要だと思うのは、米覇権の崩壊が顕著になる中、それが反覇権、主権への志向の強まりと一体になっていることだ。台湾や欧州などに広がるこの世界的趨勢にあって、日本で現れているのが「立憲主義」の台頭だ。憲法をないがしろに、米国言いなりになる安倍政権に対する、自主と主権への強烈なアピールがここには込められている。
 「立憲主義」など、日本のアイデンティティを掲げた広範な国民自身による「オール日本」の闘い、ここにこそ、「一強多弱」を乗り越える、政権交代への大いなる好機があるのではないか。
 だが、現代・老人の貧困、その根本的解決のためには、それだけでは不十分だ。民主党による政権交代の悲惨な結末がそのよい例だ。もちろん、新しい民主主義による政権交代は、民主党のそれとは違う強さを持つようになるだろう。それは確実だ。しかし、政治は政権だけでは決まらない。重要なのはその理念だ。今回、この小論で提起したいのもまさにここにある。すなわち、新しい民主主義にこそ、現代・老人の貧困、その理念問題解決のための鍵があるということだ。
 現代・老人の貧困、その根底には、新自由主義、グローバリズムが押しつける人間のあり方、国と社会のあり方がある。それは、一人一人バラバラの個人として自己責任で生きていくことを要求している。新しい民主主義は、この誤った要求を打ち破る根本理念を提起していると思う。
 「一人一人を尊重し、皆が主権者として力を合わせともに生きていこう!」新しい民主主義が発するこのメッセージこそが、現代・老人の貧困を根本的に解決する道を明らかにしているのではないだろうか。
 人間は、人々の共同体あっての存在だ。自らが依拠し依存できる国も社会も集団もなくて、どうして人間としての人間らしい生があり得るだろうか。現代・老人の貧困の危機的特徴は、そのことを端的に教えてくれている。
 「依存できてこそ、自立できる」。自身が依存して生きていくことのできる集団を持ってこそ、老人もただ生きるのではない、そこでの自らの位置を見いだし役割を果たして生きていけるようになる。自立するとはそういうことだろうと思う。
 老人全体の急速な貧困化、日本と日本国民の破滅の危機、そこからの脱出には、この一見矛盾していて当たり前の「新しい民主主義的」スローガンが必要だと思う。


 
投稿

台湾ダブル選挙と東アジア

(2016年2月 大畑龍次ブログより)


 注目の台湾ダブル選挙は1月16日、民進党の大勝で終わった。今度の選挙では、8年の任期を終える国民党の馬英九総統の後任を選ぶ総統選挙と、定数113議席を争う立法院議員(国会議員相当)選挙が同時に行われた。総統選挙では民進党の蔡英文が689万余票(56、1%)で当選、国民党の朱立倫381万余票(31%)、親民党宋楚瑜157万余票(12、8%)となった。戦前から蔡英文候補の勝利は確実視されていたものの、300万票差をつけられた国民党の惨敗となった。一方立法院選挙では、民進党58議席(前回40)、国民党35議席(前回64)、時代力量5議席、親民党3議席、その他2議席となった。民進党は過半数57を大幅に越える単独過半数を獲得したが、総統とともに立法院を征した民進党の勝利で、中台関係ならびに東アジアはどうなるのか注目される。

■出発はひまわり学連
 こうした民進党の躍進の出発点は2014年3月に起こった「ヒマワリ学連」の運動だった。そこから台湾政治は大きく動き始めた。「中台サービス貿易協定」を審議していた立法院に数百人の学生たちが突入・占拠したのは3月18日の夜だった。学生たちがこうした行動に出たのには、ふたつの理由がある。ひとつは、秘密裏に協定が結ばれ、一方的に審議の終了を宣言しようとしたことへの反発だった。民主主義的なルールが踏みにじられたと学生たちは主張した。もうひとつは、「中台サービス貿易協定」の締結によってこの間中国依存傾向にある台湾経済はますます中国依存を深め、さらに政治的な支配に繋がりかねないというものだった。この協定はいわゆるFTA協定で、中台経済の緊密化を目指したものだった。この闘いは支援の学生たちが立法院周辺に駆けつけて座り込み、30日には50万人の抗議集会へと広がっていった。結局、協定の棚上げが行われ、学生たちは平和裏に撤収した。
 こうした流れのなか、2014年11月には22の県知事、6直轄市市長、地方議会の統一地方選挙が行われた。総統選と立法院議員選挙の前哨戦と位置づけられた統一地方選挙は、「国民党、大敗!」の結果となった。
 こうして台湾ダブル選挙を迎えた。民進党の勝利のポイントは何だったのか。
第一に、国民党の中台融和政策への反発。国民党は対中融和政策が基調で経済協力を推進し、中国人観光客の誘致を進めてきた。中国人観光客はこの間、8倍にも増え、「爆買」現象も起こっているという。台湾の輸出先のトップは中国(39%)、続いて東南アジア(17,8%)、米国(12,1%)、欧州(9,1%)、日本(6,9%)となっている。双方の投資も活発で、対岸の経済特区に台湾企業が進出し、台湾の空洞化が進んだ。中台融和が台湾の生きる道と国民党は主張したが、一部企業家はいい目をみたが、格差が広がり、若者の就職難が広がった。中国への過度の依存は、中国経済の減速傾向の余波を台湾経済が被ることにもなった。国民党の中台融和の主張では、支持率を伸ばせないのが現実で、国民党総統候補の途中交代劇がその証。一方、民進党は対中政策では現状維持を主張し、TPP加入、東アジア包括的経済連携協定加入、自然エネルギー、バイオテクノロジー、精密機械などの強化、2025年までの脱原発を経済政策として掲げている。
 第二に、中台の経済協力にともなって「ひとつの中国」という考え方が広がったことへの反発。言い換えれば、台湾のアイデンティティの高まりだ。国共内戦で本土からやってきた人々と一部地方有力者が国民党を支えてきたが、台湾の成立とともに育ってきた若者や台湾派にとっては「中国人ではなく、台湾人」という意識が強い。さらに、本土とは違う民主主義的な政治への支持がある。香港での香港トップの選出方法に反発して起こった「雨傘革命」、中国批判書籍を扱っていた書店関係者五人が行方不明になっている事件などを通して台湾社会は「一国二制度」の現実を知ることになった。そして、それは受け入れがたいものと認識された。こうした主張は「ひまわり学連」以降、多くの若者に支持されている。前述した「時代力量」(ニュー・パワー・パーティー)は「ひまわり学連」から生まれた新党であり、民進党と協力関係にあることは前述した。

■台湾新政権と中国
 中台間には「ひとつの中国」を確認した「92年合意」というものがある。国共両党は同床異夢で解釈はそれぞれでありつつも、「ひとつの中国」という考え方で合意している。中台は分かちがたく結ばれており、どのように統一されるかは明確でないが、「ひとつの中国」を実現しようと考えられている。このように国民党は統一派であり、民進党は独立派と言われている。現実の台湾は、台北政府によって実効支配されており、独自の軍事力と外交権を有し、台湾は立派に独立している。しかし、台湾で言われている独立の意味は違う。国際的には「ひとつの中国」という考えによって北京政府のみが中国を代表するものと認められ、台湾問題はいわば中国の国内問題と認識されている。日米をはじめとする諸国はそう認識している。したがって、台湾の独立派が目指しているのは、中国にも国際世論的にも真正の独立国と認められることが重要である。たとえば、欧州諸国で試みられているような分離独立の国民投票でも行われて中国も国際社会もそれを認めるようになるケースが考えられる。
 北京政府は台湾の独立志向を牽制する行動に出ることだろう。日米などが台湾政府に接近するような行動に出れば、さまざまな外交的圧力を加えるだろう。台湾に対しても出方次第では軍事的威嚇や封鎖もありえるかもしれない。国際的には「ひとつの中国」が認められている以上、台湾は不当・不法な実効支配地域であり、そのような手段も許容しうるだろう。しかし、中国の現実的な選択肢は武力統一ではなく、「一国二制度」方式による統一である。「一国二制度」の前提は「ひとつの中国」を双方が確認することから始まる。香港同様の「一国二制度」の前提は、少なくても軍権と外交権を北京政府が掌握する必要がある。その上で「一国二制度」の中身が論議される。中国による統一への工程表から見ると、まずは「ひとつの中国」を民進党政権にも同意してもらうことであり、逸脱を許さないことである。最近、中国の序列四位にあたる兪正声が台湾新政権を牽制するようにこうした発言をしたと報じられた。ダブル選挙後の初めての指導部の発言だった。 
 台湾の新政権は、中台関係の現状維持であり、「中台サービス貿易協定」批准は先延ばしされるだろう。この穴埋めにはベトナムなどの東南アジア、日米などに向かうしかない。日米、ベトナム、フィリピンは南シナ海の領有権問題で中国と対峙関係にあることから、中国を牽制する意味でも意図的に台湾に接近することも考えられる。台湾にとって対中貿易のライバルは韓国であり、中韓FTAが先行することになれば、台湾は対中貿易で後れをとることになるになり、台湾資本から協定締結の圧力も加わるだろう蔡英文政権の公約であるTPP加入、東アジア包括的経済連携協定加入は「ひとつの中国」の立場にある国際社会の受け入れは難しいだろう。加盟各国が台湾加入を認めるならば、対中関係の悪化を覚悟しなくてはならないからだ。
 台湾ダブル選挙の結果、台湾は独立派の政権と立法院が向こう4年間は続くことなる。中国は独立派と折り合いをつけていかなくてはならない。蔡英文政権は「ひとつの中国」という92年合意を「共通認識」とは認めていないが、中国は引き続き「ひとつの中国」を迫ることになる。そのために新政権にさまざまな圧力行使を行うことになる。それは直接台湾政府に行われるだけではなく、外交的な包囲網によっても行われるだろう。
 台湾政治は確実に民主的な方向に向かっている。かつての国民党の独裁体制は覆され、その伝統は「ひまわり学連」へと繋がっている。今回の立法院議員選挙に参加した政党は、議席を獲得したもの以外にも多くの政党が参加した。こうした台湾の民主的な流れは強まることはあっても弱まることはないだろう。中国の対台湾対応は中国国内、香港などの進展とも深くかかわっている。中国国内の人権運動や民主派の運動、香港の民主化運動が進展度合いに合わせ、中国は台湾の民主化を許容しなくてはならない局面を迎えるに違いない。
 中台関係は中国国内、香港での運動の動向と無縁ではない。台湾の将来は、中国国内、香港の民主化闘争の高まりと無縁ではない。



時評

これからさらに消える年金、希望は無いのか それは我々しだいだ

平 和好


 アベノミクスはほとんど実体経済に貢献せず、株価つり上げも限界でどんどん下がっている。これはいかんと言うのでやりはじめたのがマイナス金利。日銀にあるお金を預けたままにしておくと日銀が利息を取り、どんどん目減りするというのが前代未聞の「マイナス金利」。つまりはそこにお金を置いとかずにあちこちに投資しなさいという事だ。しかし!実体経済は全く振るわず、有望な投資先がおいそれとは見つからない。そこで株などの金融取引と称するマネーゲームに「投資」するほかない。それで利益が上がれば良いが、そうはうまくいかない。賭場と同じで、最初儲かっても、調子に乗ってやればやるほどだんだん負けが込んでしまいには大負けになる事がほとんどだ。金融取引もそうなるのが落ち。しかし、そうなってはアベノミクスの失敗が明らかになってしまう。そこでさらに株価つり上げと通貨市場介入のために買い支えを続けようとするのだ。その資金は膨大な国費。しかし、隠し金山などない。結局、年金積立金などを膨大に取り崩してきた。サラ金から借りて博打に使うでたらめ親父を想像したらわかる。口癖は「今度こそ勝てる」「勝つにはもっと資金がいる」だ。そうこうしているうちに政府は4兆円もの年金積立金を使い込んでしまったと言われる。それは余っているお金や、無くなっても被害がないお金ではない。これから年金受給を迎える人々へ年金を払う原資だ。

■年金積立が戦争準備に使い込まれる?
 野党が国会で追及したら「いやいやちゃんとまだ有ります」と答えるのだが、いくらあって何年払えるかという説明ができない状態だ。そしてさらに恐ろしいことにアベノミクスをやめる気配はない。ギャンブル依存や覚せい剤と一緒でやめられないから、これからも年金積立金の取り崩しは続くだろう。しかし、取り崩した積立金も増税分も年金や福祉や教育にではなく、アメリカ軍への奉仕、さらなる株価つり上げ、原発推進、大企業減税などに浪費されていく。昨年秋時点で4兆円の年金積立が無くなってしまったと指摘されていたから、さらに8兆円12兆円と取り崩しが続けられていけば、必ず年金支払いはパンクする。その時の政府のセリフは「無いものは払えない」「消費税上げたらいいじゃないですか」だろう。かつて「消えた年金問題」があったが、これでは「消した年金」問題ではないか。選挙を乗り切った後に強行するであろう10%消費税は何に使われるだろう? 集団的自衛権と称する、事実上の戦争法を発動するために必要になる巨額の支出をまかなうほうを優先したいのが安倍首相勢力だ。

■希望を捨てると人生が終わる
 ところでアメリカは1%の富裕層が99%の人口を支配する超格差社会だ。大統領選挙も選挙資金を何百万ドルも集めないと勝利できない。先月友人から「サンダースさん、なかなかいいらしいよ、クリントンさんに勝つかな」と聞かれて「まあ無理でしょう」と答えてしまった。常識ではヒラリーに一勝もできないのだ。トランプ氏は莫大な資金を持っているからかなり有利だが。
 しかし、サンダース氏はニューハンプシャー州の民主党予備選挙でまさかの大勝利をおさめた。だれも予想しない、織田信長の小勢力が今川義元の大軍をせん滅した桶狭間がアメリカで起こってしまったのだ。もちろんこれから全米で進む予備選挙で楽観はできない。豊富な資金を持つ国務長官・元大統領ファーストレディが巻き返すだろうが、希望はサンダース氏を支えるのが青年たち、特にウォール街を占拠して「1%富裕層の横暴な社会・政治」を告発した人たちらしいと言う事だ。民主社会主義と言われるサンダース氏が本選挙でまさかの最終勝利をおさめ「真っ当なアメリカに変える」壮大な実験が成功するよう祈りたい。今は暗雲垂れこめ、絶望に陥りそうになる日本にもサンダース現象(=99%に政治を返せの声)が起こるよう、まずは7月の参議院選挙へ向けて「野党は共闘」の声が日本中に充満するようにしなければならない。


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