研究誌 「アジア新時代と日本」

第151号 2016/1/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 開かれた幕を開け放とう!

時評 正月早々、水爆とは驚いたが、あえて問う

資料 被害者不在の「妥結」は「解決」ではない




 

編集部より

小川淳


 反戦・反基地・反原発で倒閣の第二幕へ
 60年安保、70年安保闘争を想起させた昨年の「集団安保法案」をめぐる国会内外の闘い(第一幕)は、自公による強行採決で「敗北」した。しかし闘いはまだ終わっていないし、集団安保法制廃案、そして安倍倒閣へ、第二幕の闘いがこれから始まる。
 年明けとともに大新聞・テレビが衆参ダブル選挙を一斉に煽り始めている。安倍首相もこの夏の参院選挙は「改憲」を争点に戦うと宣言した。国会会期末の「6月1日解散、7月10日衆参同日選挙」を画策しているという。野党の共闘態勢が整わないうちにダブル選に持ち込むことで、大阪維新の会を巻き込んで3分の2を獲得する狙いだ。しかし、この安倍官邸の狙いはひっくり返る可能性がある。
 「日刊ゲンダイ」によれば、「昨年12月、ある雑誌メディアが民間企業に参院選の支持政党などのネット世論調査を依頼したところ、約4割が自民党支持だったものの、その80%が『他に選択肢がない』という"消極的支持"だった。裏を返せば、野党共闘が機能し、受け皿さえできればいつでも数字は逆転し得るし、何かキッカケがあれば風向きが変わるということだ」と指摘している。
 安倍官邸が最も恐れているのは、沖縄と北海道で行われる2つの選挙で大敗することだという。今月24日の宜野湾市長選、4月の衆院北海道5区補選で自民が敗北を喫すれば、形勢は大きく変わる。その為、名護市辺野古周辺地区へ補助金をばらまく制度まで新設している。反対勢力への分断が狙いだが、まるで公職選挙法違反の「買収」だ。
 年明けから六日連続して急落した株価の低迷も含めて、一向に浮揚しない経済。昨年末のアメリカが無理やり推し進めた「慰安婦合意」が破たんすることも予想され、支持率アップどころか、安倍政権のアキレス腱になる可能性すらある。高止まりしている支持率が、これからジリジリと下降し始めるかも知れない。
 第二幕は、夏の参院選が一つの山場になるのはまちがいない。反戦(戦争法反対)、反基地(沖縄)、反原発の3つの闘いが有機的に結合すれば、安倍倒閣の闘いは数倍の力となる。そしてこの運動を発展深化させる中で、新しい国のかたちも、真の民意を反映した「受け皿」も作り出していくことができるのではないか。まずは反戦・反基地・反原発のうねりを作り出すことだ。



主張

開かれた幕を開け放とう!

編集部


 日本も世界も、これまでのようにはやっていけない激動の時を迎えている。この大きな歴史的転換の時代にあって、旧年、2015年と新年はどの辺に位置しているのか、そこで問われているのは何か考えてみたいと思う。

1 2015年、新時代の幕が開けた

 旧年は、一言で言って、米覇権の崩壊が決定的になる中、覇権から主権への時代的転換、それと一体に進行する古い米欧型民主主義の死と新しい民主主義の胎動がくっきりとその姿を顕わした一年だったと言うことができる。

■決定的となった米覇権の崩壊
 この一年、米国の影が決定的に薄れた。ウクライナでも中東でもプーチン主導が際立ち、AIIBなど中国の存在感が一段と増した。
 しかし、より本質的なことがある。一つは、覇権グローバリズムに代わり、主権、自己決定権の存在感が強まったこと。もう一つは、二大政党制など米欧型政治が凋落し、新しい民主主義が各国政治で大きな比重を占めるようになったことだ。
 決定的段階を迎えた米覇権の崩壊、パクスアメリカーナ(アメリカによる平和)の終焉に直面して、世界は不安定で戦乱的な様相を深めている。古来覇権は、その下に隷属的な平和と安定を産み出してきた。そして覇権の交代期には、一定の不安定、戦乱をともなうのが常だった。だが、今回はいつもとは違う。米国に代わる新しい覇権が見えない。中国にもロシアにもその力はない。
 そうした中、弱まった米国の覇権、「指導力」を支える体制の必要性が盛んに説かれるようになっている。安倍政権の動きはまさにそれにそったものだ。だが、今求められているのはそんなことなのか。2015年、その答えがかなり明確になってきたのではないだろうか。

■時代の大転換、覇権から主権へ
 現時代は、覇権そのものが崩壊してなくなるかつてなかった大転換の時代だ。覇権国家が他国を支配し世界を動かした覇権時代から、世界の国々が覇権を排して主権を打ち立て、互いに協調しながら世界を動かし自国の発展を図る主権時代へ。時代の根本的な転換だ。
 覇権から主権へ、この時代の大転換は、2015年、何よりもテロと戦争をめぐる覇権と主権の攻防を通して顕著に現れた。
 今日、世界を恐怖と混迷の淵に投げ込んでいるテロと戦争は、覇権国家、米国の新興独立・主権国家潰しを目的とする攻撃から生まれてきている。国と民族そのものを否定して世界を支配する究極の覇権主義、米国によるグローバリズム覇権は、主権も国境も無視し宣戦布告なしに敢行される反テロ戦争に象徴されている。
 世界の軍事予算の4割を占める圧倒的な軍事力で新興独立国の主権を蹂躙し、それを見せしめに世界を屈服させて支配する、この恐怖のネオコン(新保守主義)反テロ戦争戦略、覇権回復戦略にとってテロは不可欠の要素だ。自分が育てたテロ集団、アルカイダを使って引き起こした自作自演の「9・11」同時多発テロとそれを口実、契機とするアフガン、イラク戦争は、それを地で行ったものだった。
 だが、米一極世界支配の夢は無惨に潰えた。圧倒的席巻で世界を震え上がらせるはずだったアフガン、イラク戦争は、立ち上がった無数の人民武装力の抵抗によって泥沼化し、核先制攻撃の脅しまでかけた朝鮮もイランも屈服しなかった。
 現在のテロと戦争は、ネオコン反テロ戦争戦略、覇権回復戦略新段階の産物だ。もはや自力では覇権できなくなった米国は、ブッシュ「単独主義」からオバマ「協調主義」への転換を図る一方、アルカイダの分派を使って、国境を越えアメーバのように広がる「グローバル・テロ国家」、ISをつくり出し、米主導「有志連合」による新たな反テロ戦争を始めた。その真の目的がISならぬシリア・アサド政権潰しにあるのは公然の秘密だ。
 テロと戦争、最大の激戦地、シリアにおけるアサド政権と反政府軍、そしてISの三つ巴戦は、その本質において、ともに米軍の支援を受ける後二者と前者の覇権と主権の攻防だ。昨年一年、この攻防の本質が明らかになる中、主権の覇権に対する優勢が鮮明になった。アサド政権の要請によるロシア、イラン、イラク、そしてシリアの4カ国委員会の空と地上一体に一気にISを窮地に追い込んだ攻撃の圧倒的威力の前に、これまで八千回を超える空爆にもかかわらず戦果らしい戦果を挙げてこれなかった有志連合への疑問が浮き彫りになった。「ISの石油密売を放置してきた米軍」「ISは一般に報道されている内容と異なり、米国とその同盟諸国、湾岸の王制国家の支援によって動いている」(週刊金曜日1月8日号)、等々といった報道は、その現れだと言うことができる。
 アサド政権潰しに狂い立つ米覇権にこそテロと戦争の根源があるのではないかという認識の広まりとともに、今、主権国家を強化して、格差や貧困、グローバルな無秩序や戦乱などテロの温床をなくすところにこそ最善、最強のテロ対策があるという真理への認識が広まってきている。
 まさにここに、覇権から主権への時代的転換が端的にその姿を顕わしてきているのではないかと思う。
 2015年、覇権から主権へ、時代の大きな転換は、もう一つ、覇権グローバリズムに反対する主権擁護の政治の台頭としても顕著に現れた。
 この間、EUの欧州統合、緊縮財政、難民受け入れなどに反対する運動が欧州全域に広がった。ルペンの仏国民戦線やチプラスのギリシャ急進左翼進歩連合などのこうした動きを、今日、極右、排外主義、ポピュリズムなどと見るのが一般的だ。だが、これを覇権と主権の攻防という見地から見ると、ことの本質は全く違って見えてくる。
 グローバリズム、新自由主義が支配的な思想である中、EUにあっても、単一通貨ユーロに対応して、財政の欧州統合、各国財政への干渉と統制が強められてきた。財政赤字国に対する、緊縮財政の強要だ。それが各国国民生活の困窮と経済縮小の悪循環を産み出した。「反緊縮」を掲げるチプラスによる政権樹立は、そうしたEUによる主権制限、剥奪に対する国民的怒りの反映だ。
 ルペンとチプラス、彼らの間には移民政策などで違いはある。だが、主権擁護では完全に一致している。「これからの対立軸は、右か左かではない。各国で猛威をふるうグローバル化をよしとする政党か、国を守ることのできる政党かだ」というルペンの言はまさにそのことを指している。
 今日、主権擁護の世界的趨勢は、スコットランドやカタルーニャ、台湾など、地域の独立や自己決定権を主張する闘いとしても現れている。
 もちろん、彼らが抗するのは米覇権ではない。イギリスやスペイン、中国など、地域的な覇権だ。しかし、スコットランド人や台湾人としての自らのアイデンティティに基づき、主権を要求し強調するという点では共通しているのではないか。
 米国言いなりの安保法制に反対し「立憲主義」を掲げる反安保の闘いも、辺野古基地問題をめぐり政府の横暴に抗し自己決定権を求める沖縄の闘いも、覇権から主権へ、この大きな世界史的流れに合流している。

■民主主義、その死と新しい胎動
 覇権そのものが崩壊する時代の大転換は、古い米欧型民主主義の死と新しい民主主義の胎動としても現れている。それが例年にもまして顕著だったのが旧年だった。
 日本においてその「死」は、何よりも安保法制の強行採決で決定的だった。国会の外の民意は一顧だにされなかった。そればかりではない。国と地方の選挙毎に史上最低を更新し続けた低い投票率、「政治家が小粒になった。自分のことしか考えていない・・・」、どこででも聞かれるこうした嘆きの高まり、そして「民意の受け皿」の消滅、等々、「死」は誰の目にも明らかになった。
 それは海の向こうでも同じだ。政治家よりも非政治家に人気が集まる「トランプ現象」、全欧に広がる二大政党制の崩壊、等々、古い政治、米欧型民主主義は完全に民心を失った。
 なぜこうなったのか?そこには、弱肉強食、自分しか知らない新自由主義、国も民族もないグローバリズムなど、究極の覇権主義による国と地方、いたるところでの共同体の崩壊がある。もともと、共同体の運営のために生まれた民主主義がこうした事態発展に直面し、その存在自体を維持できなくなったのは必然だと言うことができる。
 そうした中、旧年、新しい民主主義の胎動が顕著になった。日本のSEALDsやスペインのポデモスの運動、そして沖縄でも、ギリシャやカタルーニャでも、選挙はこれまでとは全く違う意味を持ち始めた。民意が政党、政治家、そして政治を動かし、選挙はそのための手段になった。
 胎動する新しい民主主義には著しい特徴がある。その一つは、いわゆる「政治家」や「前衛」ではない普通の人が、自分の日常生活に政治を引き寄せ、誰かに任せるのではなく、自分自身が主権者として、代表者、責任者になって行う民主主義だということ、もう一つは、皆がイデオロギーではなく、沖縄人や日本人として、「基地」や「憲法」など、自分自身のアイデンティティに基づき、自分の共同体を思い、「オール沖縄」「オール日本」で沖縄とその自己決定権、日本とその主権、等々のために闘う民主主義だということだ。
 今日、新しい民主主義の胎動は、覇権から主権への時代的転換と一体だ。政治を動かし決める民意自体が主権を志向し主権者を自覚するようになってきている。まさにそこにこそ、覇権時代そのものの終焉が示されているのではないだろうか。

2 歴史の大転換劇開始に向けて

 覇権から主権、新しい民主主義へ、開かれ始めた時代的転換劇の幕は開け放たれなければならない。だが、それに逆行する力はすでに働いている。 新年、2016年は、幕を開けるのか閉めるのかの闘いの年となるだろう。

■民意への愚弄を許してはならない
 安倍首相は、これからの自らの政治について、「一にも二にも三にも、経済、経済、経済」と宣言し、いち早く「一億総活躍社会」を掲げて新アベノミクスを発表するとともに、所得の低い高齢者など1250万人への給付金3万円など、「バラマキ色濃厚」の新年度予算案を打ち出した。これは一体何か。
 過去、2012年衆院選、13年参院選、14年衆院選と3度にわたる国政選挙戦で「経済」を前面に打ち出し圧勝した後に続いたのは何だったか。13年の特定秘密保護法、15年の安保法制化と、日本の国のかたちを「戦争しない国」から「する国」へと根本的に変える極めつけの反動法案の「数」に任せた強行採択だった。そして今、夏の一大政治決戦とそれに続く憲法闘争に向け、またもや「経済」が叫ばれている。
 これは民意に対する愚弄でなくて何だろうか。 過去三度の安倍自民圧勝は、「経済」につられた民意による安倍信任の結果では決してない。その逆だ。安倍不信任は、史上最低の投票率や20%前後に過ぎない自民得票率、そして何より「アベ政治を許さない」、「反安保」「反基地」「反原発」など大衆闘争のかつてない高揚に示されている。
 民意に敵対し、民意を愚弄する政治が民意によってどのような懲罰を受けるか。2016年、新年の事態発展が証明してくれるだろう。

■歴史の反動を撃破する力
 政治評論家の田中秀征さんがこれからの安倍政治に注文を付けて、グローバリズム経済とナショナリズム政治の二頭立ての馬車をうまく操る模範を世界に示してほしいと言っていた。だがそれは、田中さんの主観的願望と言うものだ。
 旧年8月、戦後70周年談話で安倍首相は、「国際秩序の挑戦者となって」戦争への道に進むようになってしまった過去を痛切に反省し、「価値を共有する国々と手を携えて、『積極的平和主義』の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献」して行く覚悟を披瀝した。これは、米覇権への忠誠の誓いであり、弱体化した覇権を支えるとの決意の表明に他ならない。
 新年、「決意」は何よりもまず、日米経済の一体化として実行されていく模様だ。その第一はTPPの批准だ。関税など一切の経済障壁を突き崩し、各国の経済主権を踏みにじって、世界経済を弱肉強食の単一市場に変えようと目論むこの米国主導の「協定」が米覇権回復戦略の一環であるのは公然の秘密だ。この「協定」の国会批准を大筋合意12カ国の先頭を切って行うところに日本の役割がある。「一体化」は、第二に、コーポレイト・ガバナンス改革、法人税改革など各種「改革」によって、アップル社の拠点新設など、米超巨大独占体日本進出への道を掃き清めることだ。
 新アベノミクス第一の矢、「GDP600兆円」も、こうした「一体化」に「根拠」を置いたものなのかもしれない。だが、それは余りにも荒唐無稽と言うものだ。すでに命運が尽き、生命力を失った米覇権と新自由主義、グローバリズムに期待をかけるとは時代錯誤も甚だしい。それが、日本経済全体の均衡崩壊を極限にまで至らせ、世界経済の破綻と一体に、一大破滅をもたらすのは、文字通り目に見えている。
 「決意」は次に、日米軍事の一体化として実行されていく。在日米陸軍司令部があるキャンプ座間に「日米共同本部」が設置され、自衛隊陸海空各司令部は、完全に米軍の指揮下に置かれるようになる。安保法制化に基づき日米共同で戦争する体制はこれで完成だ。
 これはすなわち何だ。日本が米覇権を支える体制づくりの最先頭に立つと言うことだ。言い換えれば、主権と民主主義をめぐる世界史的攻防で、反動の先兵役を果たすということだ。
 日本と世界のため、決してやってはならないこの動きを止める力はどこにあるか。それは唯一民意にしかない。それ以外、そんな力はどこにもない。だが今、世論調査結果は例外なく「安倍内閣支持」だ。どうしてこうなるのか。原因はこれまでと変わらない。「民意の受け皿」不在だ。今の野党に政権を任せられる自覚も力もない。参院選に向け統一団結することも、安倍自民を圧倒する防衛政策、経済政策を出すこともできない。これでは、「一強多弱」になるしかない。
 民意に応えられる野党がない。ならば、民意自身が自らの意思と要求を実現する力になるしかない。それこそが新しい民主主義、その主体のあり方なのではないか。その一つは、すでに沖縄でつくられているではないか。野党を束ね、動かす「オール沖縄」という方式だ。それに見習って、「オール日本」形成への模索も始まっている。
 もう一つは、SEALDsが見せた新しい学生運動のあり方だ。新しい民主主義の時代の新しい政治とその主体のあり方。「学生前衛」や専門の政治家ではなく、普通の学生、普通の人、一人一人が、皆自分の生活の現場から政治に参加し、政策の考案から討議・決定、その執行・総括に至るまで、同じ政治の主体として、それぞれの位置と役割を担い結果を出して行く。そのような政治と主体のあり方は、「情報化」の新時代にあって、十分に可能なのではないか。それはSEALDsの運動によってすでに初歩的に実証されているではないか。

■皆で考えよう!日本の新しいあり方を
 民意が政治の主体になって、当面、鋭く問われてくるのは政策だ。夏の政治決戦を頂点とする新年の闘いに勝利し、開かれた幕を開け放つには安倍政権の政策を圧倒する政策が必要だ。
 日本国民の民意を反映し、米覇権戦略を支える安倍政治を打ち破る上で鍵となる政策は、何よりもまず、防衛政策だ。
 これまで日本の防衛政策の基本は日米安保に置かれてきた。憲法9条により交戦権のない日本が自衛するためには米軍の支援が不可欠だということだ。これは、自民党はもちろん、護憲派の野党の間でも、暗黙の了解事項になり、それが憲法と安保の並立という異常な日本の国のかたちと主権問題の曖昧さの根源になってきた。この間の集団的自衛権の容認とそれに基づく日米防衛協力の指針(ガイドライン)の改訂、それにともなう安保法制化は、力が衰えた米国の「防衛協力」双務化の要請によるものであり、それがその本質において、日米覇権軍事の一体化、自衛隊の米軍先兵化であるのは上記の通りだ。
 こうした事態発展にあって、今もっとも切実に問われているのは、「交戦権否認」と「自衛」の両立を前提とする「9条自衛」論とそれに基づく自国の領域から一歩も出ない撃退戦による防衛政策の確立だ。この全国民的な高い主権者意識と自衛の意志、高度な科学技術に基づく防衛政策によってこそ、憲法と安保が並立する異常事態からの脱却も、立憲主義による日本の国家主権の確立も実現できるようになる。
 アベノミクスやTPPで日米経済の一体化を図り、米覇権の回復のため日本の主権を売り払う安倍政治を打ち破るためには、新自由主義、グローバリズムの泥沼から脱却し、日本経済の新しい発展を実現する経済政策がどうしても必要だ。今日、野党が「民意の受け皿」になれない、もう一つの決定的要因もこれができないでいるところにある。
 そのための鍵はどこまでも民意の中にある。米覇権と結びつき新自由主義、グローバリズムで肥え太ってきた大独占企業の意思や要求の中にはない。強力な経済主権の下、国民皆の生活がよくなり、全国、全企業、全産業、国民経済全体が、科学技術進歩、産業革命新段階にあって、均衡的に発展するようにするにはどうしたらよいか、こうした民意の意思と要求に応える営為、新しい民主主義を通してのみそれも可能となるのではないだろうか。



時評

正月早々、水爆とは驚いたが、あえて問う

平 和好


1.1万発が1発を非難するのはおかしくないか?!
   朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮と表記する)が水爆実験をおこなったというニュースがお正月気分を吹き飛ばした。1万発以上の核兵器を持つアメリカ、そのたいこ持ちの日本と韓国が大騒ぎだ。160発のイギリス、300発のフランスをはじめ核保有国も非難轟々。200発を持つ中国、1万3千発のロシアも非難の合唱に加わるそうだ。
 1発の水爆実験を非難する世界各国。国連決議違反だ、さらなる制裁を、とやかましいが、では、60発ずつ持っているインド・パキスタン、200発持っているらしいイスラエルが制裁されたというのは聞いたことがない。
 完全なダブルスタンダードだ。「わしらは1万3千発〜60発持つけど、あんたは持ったらあかん、殺すで」と言うのだから不公平な国際いじめでしかない。
 そんな国際いじめに加担するなら、中国もロシアも焼きが回ったものだ。中国・ロシアは朝鮮の友好国だが、圧力をかけても屈しないという意志と一定の力があるからこそ、お正月早々の大冒険になったと見て良い。

2.被爆国国民としてもの申す
 我が国は世界で最初で最後の被爆国である。核兵器へのアレルギーは強いと言われているが、本当だろうか。アメリカは朝鮮戦争でもベトナム戦争でも原爆投下を検討した。ソ連との全面核戦争を怖れて断念しただけであり、その心配がなければ使っていただろう。日本は原爆投下の企てに反対しなかったのだ。
 それどころか、朝鮮・ベトナムへ毎日飛び立つ爆撃機・戦闘機、出港していく空母・戦艦・ミサイル艇で大虐殺される両国の人民を見殺しにしたし、その後方基地を買って出て、小さな町工場が見上げるような大会社に次々なるほど、朝鮮・ベトナム人民の生き血で肥え太ったのが日本経済だ。
何が唯一の被爆国なものか。アメリカの核戦略を支えている日本の首相が叫んでも説得力はゼロだ。アメリカの核戦略を挫折させ、原爆1千発をゆうに製造できる何十トンものプルトニウムを放棄して初めて他国の核兵器を非難できる。
 これは多分言いすぎだろうがあえて言っておかねばならない。もちろん私は核兵器にも核発電にも反対だ。

3.なぜ核兵器に頼らざるを得ないか考えてからモノを言おう
 朝鮮はキューバと並んでアメリカから叩き潰されそうになってきた国だ。それも一時ではなく何十年×365日×24時間だ。
 いずれも人民が党と指導者のもとに強く団結し、ハリネズミのようになって国土と人民の生命を防衛してきた。防衛には成功したが、膨大な費用と労力がそれには必要だ。国力の大部分をそれに費やさなければならないから、当然、生活は豊かでなかった。
 今、新たな制裁をと叫ばれているが、制裁など60年以上やっている。朝鮮にはコンピューターなどの先進技術はもちろん、日本政府の手で医薬品などの人道的物資を含むあらゆる産品の輸出入が禁じられている。
 軍事圧迫と経済制裁で60年以上、朝鮮を絞め殺そうと狙ってきたのが日米韓だ。
 しかしそれらは全て失敗だった。あらゆる分野での国産化を進めた朝鮮は自信を持って経済の大幅な成長、人民生活の向上に成功しつつある。軍事境界線に膨大な兵力を貼り付けるより、核開発とその運搬手段のミサイル開発に切り替えたほうが良いと判断したのだろう。
 多分金正日総書記の決断だ。ピョンヤンのレストランにフライパンを振る金正日さんのコック姿の写真が飾ってあるが、料理を作るわ、核戦略も作るわ、すごい人だったのだなと感心するばかりだ。
 軍事境界線に貼り付けていた兵士は今何をしているのか。ピョンヤンに行けばわかる。
 工場・大住宅・道路・病院・発電所を建設し、春は田植え、秋は稲刈りをしているのだ。

4.今後の展開は誰にも読めないが、道はしっかり開けている
 金正恩第一書記はヨーロッパ留学経験もあり、指導者としての教育も受けており、考えて手を打っている様子がありありだ。
 昨年8月の一触即発の軍事緊張も決断をして朝鮮の実質勝利的和解に持っていった。
 もっとも、韓国側に470mも朝鮮人民軍兵士が侵入し、地雷を埋設して米韓が気づかないうちに逃げ帰ったなどという荒唐無稽な作り話を韓国軍が仕掛けたところに無理があったのだが。
 考えても見よ、米韓がレーダー、鉄条網、トーチカで防備しているはずの軍事境界線を超えて往復1キロ行動し、地雷を誰にも気づかれず埋めるという任務を完遂したとしたら朝鮮人民軍はジェーン軍事年鑑やギネスブックに掲載されなければならないはずだ。(これはもちろん皮肉だ)。
 その時、朝鮮は警告した。宣伝放送を続けるなら許さないと。和平合意の条件として中止された宣伝放送を再開し、韓国軍は朝鮮と指導者の悪口雑言を大音量で流しまくっている。
 明らかに挑発だ。米軍はB52爆撃機を飛ばしているが核兵器を積んでいるとの報道がある。アメリカは韓国から核兵器を撤去したと言っていたがこれこそ違反行為であり、また朝鮮半島全体への脅威をもたらす行為でしかない。
 今こそ、袋叩きを覚悟して言わなければ真実は見えない!何が起こっても不思議ではなく、戦争前夜の情勢だ。
 救いは朝鮮の声明。先制攻撃をする気はないが、アメリカが侵略行為を諦めなければ核開発は絶対放棄しない。そして朝鮮戦争休戦協定を平和協定に代える協議の場につくよう求めている。
 言い換えれば、平和協定に代え、朝鮮への侵略を諦めるならば核開発は進めないと言うことだ。
 カギはアメリカとそのたいこ持ちの日本が持っている。制裁は何十年と続けているが朝鮮は崩壊しなかった。これからも崩壊などしない。仮に戦争になっても崩壊しない。
 恒久的な平和条約を結び、国交正常化交渉を進める事しか、事態打開の道は開けない。
 逆に言えばその気になるなら道は簡単に開ける。誰も得をしない戦争よりお互いに得をする平和を選ぼう。

 

 
資料

被害者不在の「妥結」は「解決」ではない

2015年12月29日
     日本軍「慰安婦」問題解決全国行動


 12月28日、日韓外相は日本軍「慰安婦」問題について会談し、共同記者会見を開いた。その?内容についての評価は、本来、被害者がどう受け止めたかによって判断されるべきであるが、私たちは昨年来、政府に、各国の被害者と支援者が集まった「アジア連帯会議」で採択した、解決のための「日本政府への提言」を提案し、日本軍「慰安婦」問題解決のために取り組んできた団体として、日韓外相会談の結果について以下のようにコメントする。

1、今回の協議は終始一貫、被害者不在で進められた。それが本日の結果に如実に表れており、「最終的な解決」にするには、被害者にとってあまりにも課題の多いものとなった。とりわけ安全保障政策を重視する米国の圧力のもとで日韓政府が政治的に妥結し、最終的合意としてしまったことは、50年前の日韓基本条約の制定過程を彷彿とさせ、東アジアが現在もなお、米国の支配下にあることを痛感させるできごとであった。

2、日本政府は、ようやく国家の責任を認めた。安倍政権がこれを認めたことは、四半世紀もの間、屈することなくたたかって来た日本軍「慰安婦」被害者と市民運動が勝ち取った成果である。しかし、責任を認めるには、どのような事実を認定しているのかが重要である。それは即ち「提言」に示した
@軍が『慰安所』制度を立案、設置、管理、統制した主体であること、
A女性たちが意に反して「慰安婦」にされ、慰安所で強制的な状況におかれたこと、
B当時の国際法・国内法に違反した重大な人権侵害であった
ことを認めなければならないということだ。「軍の関与」を認めるにとどまった今回の発表では、被害者を納得させることはできないであろう。

3、韓国外相は「平和の碑」(少女像)について、「適切に解決されるよう努力する」と述べた。日本政府が、被害者の気持ちを逆なでする要求を韓国政府に突き付けた結果である。このような勝手な「合意」は、被害者を再び冒涜するものに他ならない。

4、さらに、教育や記憶の継承の措置についてはまったく触れず、国際社会において互いに批判・非難を控えると表明したことは、日韓両国が日本軍「慰安婦」問題を女性の人権問題として捉えていないことの証左であるとともに、被害者の名誉や尊厳の回復に反する発言であり、とうてい認めることはできない。

5、この問題が「最終的かつ不可逆的に解決される」かどうかは、ひとえに今後の日本政府の対応にかかっている。問題が解決されず、蒸し返されてきたのは、被害者が納得できる措置を日本政府がとらず、安倍政権が「河野談話」の見直しを図るなど、政府として歴史の事実を否定する発言を繰り返してきたためであることを認識しなければならない。

6、日本政府は、被害者不在の政府間の妥結では問題が解決しないことを認識し、以下のような措置をとらなければならない。 総理大臣のお詫びと反省は、外相が代読、あるいは大統領に電話でお詫びするといった形ではなく、被害者が謝罪と受け止めることができる形で、改めて首相自身が公式に表明すること。? 日本国の責任や河野談話で認めた事実に反する発言を公人がした場合に、これに断固として反駁し、ヘイトスピーチに対しても断固とした態度をとること。 名誉と尊厳の回復、心の傷を癒やすための事業には、被害者が何よりも求めている日本政府保有資料の全面公開、国内外でのさらなる資料調査、国内外の被害者および関係者へのヒヤリングを含む真相究明、および義務教育課程の教科書への記述を含む学校及び一般での教育を含めること。? アジア・太平洋各地の被害者に対しても、国家の責任を認めて同様の措置をとること。


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