研究誌 「アジア新時代と日本」

第149号 2015/11/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 TPP国会承認を阻止しよう!

議論 保守の革新的役割に学ぶ

投稿 戦後70周年 安保体制からの脱却、アジアの安定と共栄へ(下)

闘いの現場から 権力の横暴をもろともしない、これが真の勇気




 

編集部より

小川淳


 安倍政権打倒の闘いは第2ステージへ
 安倍政権は安保法案を強行採決し、日本は法的にはどこででも戦争できる国になった。反安保法案、反安倍政権の闘いは、終わらない。
 今回の安保法案の闘いにこれだけの圧倒的で広範な国民が参加したのはなぜか。日本はこれまでは個別的自衛権しか許されなかった。安倍政権は集団的自衛権を容認することで、「専守防衛」という戦後かろうじて守られてきたこの「国のかたち」を、「戦争のできる国」へと根本的に転換した。そこに多くの人々が危機感を感じているからだ。
 もう一つは、国の在り方の基本を規定する憲法を、改憲というきちんとした手続きを踏まず、首相の意志(解釈)一つで変えてしまった。文字通りのファッショ的なその手法の異常さからだ。本来的には権力こそが拘束されるべき憲法を権力者自らが換骨奪胎するという、いわゆる立憲主義の否定への危機感が広く国民に共有されている。
 戦争に反対する、二度と戦争はしない、すべきでない、という意識は国民に一貫して共有されてきた考え方だった。だから今回の安保法案にその視点から反対したのは当然のことだった言える。
 しかしもう一つの立憲主義という考え方はそうではない。左翼は共産党から新左翼も含めて、これまで現憲法はブルジョア憲法として否定してきた。社会党も護憲はあっても立憲主義の考え方は希薄だったように思う。むしろ保守といわれる層(いわゆる保守本流)が形の上では立憲主義の立場をとってきた。
 しかし今回は、その保守本流は「安倍右派」に完全に瓦解、屈服し、自民党内部から声を上げることすらできなくされている。今回、この「立憲主義」の考えが、右の保守層から左の左翼、リベラル層まで幅広く共有されていることが最大の特徴である。
 反安保法案の運動は、反戦(護憲)と立憲主義(改憲派も含む)が見事に融合し、一つとなった。だからこそあれだけの人々が結集したのだと思う。そして個別的自衛権は認めるが、集団的自衛権(戦争のできる国)は認めない。右から左までこの「国のかたち」では一致できている。専守防衛、立憲主義という「国のかたち」のもっとも基本的部分で、保守からリベラル、共産党、新左翼まで一致したというのは、60年安保闘争でも、70年安保闘争でもなかったことだ。それこそが今回の反安保法案の闘いでの私たちの獲得したもっとも重要な獲得物ではないだろうか。それこそが次の闘い(第2ステージ)の最大の武器となるだろう。



主張

TPP国会承認を阻止しよう!

編集部


 10月5日、難航していたTPP(環太平洋経済連携協定)交渉が「大筋合意」に至った。2010年春から、各国利害の対立で、かけた歳月5年半。しかも、協定発効には、まだ関係12か国での国会承認が残っている。
 関税撤廃をはじめ経済ルール全般の自由化を図るTPPの誕生が日本経済に及ぼす影響は小さくない。そればかりでない。国のあり方や進路を左右するその意味の大きさは、軍事の安保法制に匹敵するものだと言える。これまで交渉過程が秘密に付されてきたこの協定を白日の下にさらし、来春国会批准を前にして、それを阻止するための広範な国民的論議を起こすことが、安保法制化をめぐるそれにも増して、問われていると思う。

■軍事の安保法制、経済のTPP
 「協定大筋合意」の当日、甘利TPP担当相は、「21世紀型のルール、貿易のあり方を示す大きな基本になる。この基本は世界のスタンダードになっていく」とその喜びを吐露した。この談話は、同じく「合意」を受けて発せられた米大統領オバマの「われわれがルールを書く。中国のような国にルールを書かせるわけにはいかない」という声明との完全な符合をみせている。
 誰がルールをつくるのか。誰がつくったルールで世界の経済を動かすのか。覇権的企図と思惑見え見えのこのTPPが、覇権回復に躍起となる米国のリバランス(再均衡)戦略の核を成しているのは公然の秘密だ。
 実際、TPPでは多分に中国が意識されている。世界のGDPの4割を占める米主導の巨大経済圏を登場させ、そこに中国を引き入れて行くということだ。「大筋合意」の後、中国に対しTPP加入を誘う働きかけが一段と活発化していることなどもそれを示していると言えるだろう。
 この米覇権戦略に、日本はなくてはならないパートナーとして組み込まれている。実際、TPP域内GDPの17%(米国は62%、カナダ6%、豪州5%)を占めている日本は、その85%以上を占める6か国以上が国内手続きを終えれば自動的に協定発効になるよう定められた規則からしても、その地位と役割の大きさは決定的だ。
 と同時に、日本を不可欠のパートナーとして結ばれるこのTPPが、米軍の指揮の下、日本を「日米共同で戦争する国」に変える安保法制と対を成して、リバランス戦略で重きを成しているのを忘れてはならないだろう。

■TPPルールに未来を開く力はない
 「例外なき関税撤廃」を大原則に掲げ、オバマ政権の目玉政策として打ち出されて以来、TPPはその矛盾に満ちた姿をさらし続けてきた。実際、協定自体、今ではその「看板原則」が降ろされ、各国の利害にそって最大35年に及ぶ「撤廃猶予期間」が設けられるなど様々な「例外」に満ちたものになっている。
 ただし、甘利大臣が誇らしげに言うように、「猶予期間」が過ぎれば、99・9%が関税撤廃になるのも事実だ。そこで強調されているのが各国における「産業の強化」だ。撤廃執行までの「猶予期間」に各国が厳しい国際競争を通して自国産業の弱さを克服し、輸出競争力を付ければよいではないかということだ。これとの関連で、日本で焦点が当てられているのが農業だ。高齢化が進む零細農業を保護するのではなく、逆に厳しい競争に身をさらし力を付ける「攻めの農業」への転換を図るべきだということだ。
 これが21世紀型のルール、世界のスタンダード、TPPルールだ。これをモノの貿易に限らず、投資や知的財産、環境、労働など幅広く経済全般に関わるルールとして世界に一般化し、米巨大独占が世界経済を制覇するのに有利なように、各国規制を撤廃させた覇権経済秩序を創り上げようということだ。
 だが、この規制撤廃、自由化ルールは、すでにその破産が証明されて久しい新自由主義、グローバリズムのルール以外の何ものでもない。実際、弱肉強食むき出しの競争を奨励しそれに身を任せたところから何が産み出されて来たか。それが全社会的、全世界的な格差と貧困の拡大と富の一層の集中、偏在、不均衡の歯止めの利かない進行であり、それにともなう消費と投資の停滞と地方・地域、産業の崩壊など市場の際限のない縮小と泥沼の経済停滞、そして人々の生活基盤そのものの崩壊であるのは、この二十数年来、今も打ち続く日本と世界の現実が余すところなく示しているのではないだろうか。さらに言えば、中国やインドなど新興諸国の経済が減退局面に入っているのもその根因は同じことだ。これら諸国で、内外市場縮小の悲鳴が上がり、「消費」や「内需」への経済の転換が叫ばれているのもその証に他ならない。

■TPPは破綻させなければならない
 そもそも、国と民族を否定し、国境や関税を否定するグローバリズムは、人々の生活の単位と拠り所が国と民族にあるという現実に合わない。いくらヒト、モノ、カネ、情報が国境を超えて動くグローバル時代だからと言って、各国の実情やそれにともなう利害関係、歴史的に引き継がれてきた人々の生活条件や慣習、自国、自民族に対する思いや愛着、等々、現実を無視することは許されない。「例外なき関税撤廃」のTPP交渉が5年半の長きに渡り、今なお「大筋合意」にしか至らなかった根因はまさにここにある。
 特に、米国の覇権が衰弱し、覇権グローバリズムに反対する反覇権自主の新しいナショナリズムが台頭してきている今日、各国の国益を無視し踏みにじるいかなる協定もあり得ない。米国の国益、米巨大独占体の利益が優先され、各国の利益に反する内容が多分に残るTPPが交渉参加各国国民に排撃され、国会で批准されない可能性は決して小さくない。さらに言えば、当の米国にさえ「不承認」の可能性が生まれている。「協定」により職を失う労働者の反対の声が高まっており、それを受けて、大統領有力候補クリントンによる反対表明までが出てきている。
 こうした事態の進展を見越してだろう、先述したように、TPPは、日米が承認すれば基本的に成立するよう、その規則が定められている。だからこそ、日本が占める位置と役割は大きい。来春国会での協定批准が成るかどうか、それに米覇権の古い国際秩序の息を吹き返させるのか否かがかかっていると言っても過言ではない。
 古い米国覇権の下で生きるのかどうか。安保法制とともに、日本のあり方にとって決定的な意味を持つこのTPPに対しては、農民も労働者も、生産者も消費者もない。文字通り「オール日本」での国会承認阻止の闘いが問われている。

■自主と協調の新しい脱覇権国際経済秩序を!
 軍事や経済、日本のあり方の根本を問う安保法制やTPPをめぐる闘いで決定的に問われているのは、古いあり方に代わる新しいあり方は何かだ。この大転換の時代、それを探し出すことこそが民意のもっとも切実な要求になっている。
 経済の新しいあり方の探求は、この二十数年来打ち続く経済停滞の総括を離れてはあり得ないだろう。生活基盤の全社会的で全世界的な崩壊をともなう今日の経済停滞の根底には、先述したように、新自由主義、グローバリズムによる国と民族を否定したむき出しの弱肉強食、競争至上主義がある。これが、富の極度の偏在など経済全般の甚だしい不均衡とそれにともなう投資の停滞など経済循環のどうにもならない停滞をもたらしている。
 新自由主義、グローバリズムの克服で何よりも問われているのは、国と民族を人々の生活の基本単位、拠り所として重視し、国民経済の根本的建て直しを問題解決の中心環に据えて経済政策を立てることではないか。そのためにも、競争から協調へ経済原理の根本的転換を経済全般にわたって図り、国内外にわたり、経済の均衡的で活力に満ちた発展を追求して行くことだと思う。
 こうした見地から見たとき、経済を弱肉強食の競争にさらす千篇一律の「例外なき」関税撤廃、自由化など論外だ。各国における国民経済の均衡的発展とそのための経済全領域にわたる格差と不均衡の克服、それに向けての税や社会保障、地方・地域など、財政的、経済政策的な抜本的な改革の断行が求められる中、新しい国際経済秩序、ルールは、当然、それを促す方向で、各国経済の自主的な均衡的発展と相互協力を図るためのものにならなければならない。
 米国への隷属を強い、各国経済を弱肉強食の競争にさらす、古い覇権国際経済秩序を破綻させ、それに代わる新しい自主と協調の脱覇権国際経済秩序の構築を!日本のあり方と進路が問われている。そのためにも、来春TPP批准の阻止が決定的だ。



議論

保守の革新的役割に学ぶ

東屋浩


 保守とは何かを一言で言うのは難しい。何を守るかということにより保守の理解が異なるからだ。天皇制を守るのが保守だと言ったり、そのときの体制を維持し守るのが保守と言ったりする。また、国民の次元では生活上の安心、安定を求めるのが保守だということもある。
 保守と対比してあるのが、革新、進歩、リベラル(自由)などだ。実際、戦後の政治は保守と革新の間で争われてきた。
 ところが、今日、安保法案反対の闘いにおいて、これまで保守と言われた人々、学者が立ち上がっており、学生、ママさんたちをはじめとする広範な人々も平和な生活を守るためという「保守意識」から闘いに参加している。今、保守こそ革新になっていると言われる。
 このことは、なぜ保守派が闘いに立ち上がり、保守意識をもって国民が闘争に参加するのかということについて考えなければならないことを示している。

■保守派学者の怒り
 憲法審査会で三人の学者が集団的自衛権容認は違憲であると断じたことが、反安保法案闘争に大きなはずみをつけたことは、記憶に新しい。そのうちの長谷部恭男早大学教授は秘密保護法に賛成した憲法学者であり、小林節慶大名誉教授は九条改憲論者で知られている憲法学者だが、二人とも保守派憲法学者である。今、この二人の学者が反安保法制反対の論陣を積極的に張っている。
 長谷部氏は、「これは、個別的自衛権の行使のみが憲法上、認められるとの従来の政府見解の論拠に基づいて、集団的自衛権の行使が限定的に認められるかのように見せかけようとするものである」と政府の集団的自衛権行使容認の論拠を明確に否定している。そのうえで、「従前と同様、日本自身の防衛のためにのみ武力を行使する、日本をより安全にするという政府の主張は、到底額面通りに受け取ることはできない。アメリカの戦争の下請けとして、世界中で武力を行使し、後方支援をするための法案であることは、このことからも明らかである」(「検証・安保法案」有斐閣)と述べている。
 小林氏は、「主権者国民が幸福を享受できる条件は、自由と豊かさと平和である。・・・『戦争あるいは戦争の危険』が存在する状態で私たちが幸福になれるはずがない。にもかかわらず、今回、安倍政権は、『軍隊の保持と交戦権の行使』を明文で禁じた憲法九条を無視して、国民世論の反対にも耳を貸さず、さらに国会審議も事実上拒否して『戦争法』を成立させた。・・・これは安倍独裁の始まりである」と指摘し、政権交代を訴えている。(「日刊ゲンダイ」)
 小林氏が九条改正論者なのは、日本の主権の確立のために自衛武力をもつべきという考えからだ。彼ら保守派憲法学者に共通しているのは、国の主権を守るという確固たる立場であり、国の政治の根幹である憲法が否定されれば、国家主権がなくなるという怒りだと思う。しかも、違憲の安保法制によって日本がアメリカの戦争に動員され、戦争に巻き込まれるというのだから、絶対許すことはできない。長谷部氏も小林氏も日本の主権を守るという日本を思う気持ちが強いからこそ、反安保法制の闘いの先頭に立っているといえる。
 保守と言われた人々のなかにも、国を思い、アメリカの言いなりになって戦争する国になることに反対する人々が多い。
 つまり、日本を思い、国の主権と民族自主権を守ることが、保守の革新的役割の神髄だといえる。
 もちろん保守派の中には北岡伸一のような親米主義者が多い。しかし、以前のような保守派=親米という構図が崩れ、日本の主権、民族自主というところから反米自主を志向する学者や自民党OBが現れている。
 その背景に、世界の覇権国として君臨していたアメリカが弱体化し、アメリカが覇権回復戦略のため日本を属国として扱い日本の軍事、財力を使うようになったという事情がある。

■日常の生活を守るために
 周知のように、この間の反安保法制の国民的な闘争において主導的な役割を果たしたのは、シールズなど学生の闘いであった。彼らの闘い方についてかつての学生運動との違いがさまざまに指摘されている。暴力ではなく言葉、シュプレヒコールでなくラップ調、われわれではなく私、党派争いでなく他の団体の尊重などなど。・・・その中でも、60年代学生運動が既成秩序の否定と反抗を謳っていたのにたいし、シールズが「この当たり前の日常を守りたい」と言うように、運動の出発点が異なっていると思う。
 これについて関西シールズの大澤茉実さんは、次のように述べている。
 「いま、運動に参加する若者が共有する内的衝動に、原発事故による価値観の転換に加え、今日より明日がよくならないという停滞の時代を生きるためにサバイバル的人生観があると感じている。だから、若者が運動に参加するとき、基本的な目標は『これ以上状況を悪化させるな』となるし、それは保守性を帯びることになる。」(「現代思想」10月臨時増刊号「安保法案を問う」)
 奨学金に縛られた貧乏学生、風俗業で働く女子学生、調理道具も食材もない家、シングルマザーでは生きえないと子供を堕ろす女性、そして消滅していく地方の村と町、津波と原発事故により廃墟となった街と村、使い捨ての派遣労働者とアルバイト・・・。
 「家に帰ったらご飯を作って待っているお母さんがいる幸せ、・・・私はこういう小さな幸せを『平和』と呼ぶし、こういう毎日を守りたいんです」というメッセージが話題になったように、ごくささやかな人間的な生活すらできないというこの「絶望の国」にあって、「日常を守りたい」という保守性が国を変えていく原動力となっている。
現実は、極度に貧しい生活が日本という国の在り方に規定されていることの痛感。その国を変えていくためには、政治に無関心だった自身をまず変え、主権者として声をあげることだ。それが、「これが民主主義だ!」の叫びなのだろう。
 学生たちが国の運命と自身の運命を結びつけ、国の主権者として国の運命と未来に責任を持とうとしているがゆえに、大多数の国民が共感し、その闘いを支持し、参加しようとするのだと思う。
 普通の人間として日常の生活を守ろうとする、一見、保守的にみえるそのなかに、社会を変えていく大きな力を秘めた革新性があるということだ。

■オール日本実現への呼びかけ
 翁長知事はかつて沖縄自民党の重鎮であり、辺野古基地推進派であった。つまり保守そのものだった。しかし、周知のように沖縄の圧倒的な民意が辺野古基地移転反対であること、そして基地をめぐる保守と革新の分裂と争いから沖縄をひとつにしたいという想いから、オール沖縄を実現し、知事選、参院選で勝利し、辺野古基地移転反対闘争を力強く展開している。
 このことは、イデロギーではなく、沖縄というアイデンティティでのみ一つに団結することができ、そこでは保守人士、陣営が大きな役割を果たすということを示しているのではないだろうか。
 オール沖縄の実現は、日本に対し日本としてのアイデンティティをもつことをつきつけている。
 今日、反安保法制闘争を前進させるためにも、オール日本を実現しなければならない。さらに言えば、反安保法制だけでなく、反TPP、反原発、反消費税、反労働者派遣法、地方地域の再生などを掲げオール日本を実現すれば、確実に安倍政権を退陣させることができ、民意に沿った民主主義政治を実現していくことができる。
 では、オール沖縄から学んで、オール日本を実現するためにはどうすべきだろうか。
 第一に日本というアイデンティティを掲げることであると思う。いいかえれば、日本を思う心で一つに団結することである。日本を思う点では保守、革新の区別は必要ないし、もろもろの違いを越えることができる。
 第二に、このオール日本の実現において保守勢力が大きな役割を果すということ認め、評価することだ。
 今日、国が壊され人々の生活が脅かされているとき、日本を思い生活を守るために普通の人々が闘いに立ち上がっていく気運が熟している。
 日本を思う心で保守が「革新的役割」を果たせるようになった今日、オール日本を実現し、民主、自主、平和の日本を築く道が拓かれるようになっているのではないだろうか。


 
投稿 戦後70年に思う

安保体制からの脱却、アジアの安定と共栄へ(下)

釜日労 三浦 俊一


 戦後70年の総決算、 戦後レジームから強靭な国土へ
 2013年の日本の対外資産は797兆770億円に達して過去最高となっています。とりわけ海外直接投資は前年比31%増の117兆7260億円(麻生財務省、2014年5月27日)と海外での投機資本は非常に活発に動いていることは明らかです。
 同時に海外在留邦人数も125万8000人と過去最高です。確か邦人保護も集団的自衛権行使容認の理由に挙げられていました。正確な邦人数を挙げた説明など全くありません。感情論で違憲を解釈改憲の根拠にするのは、感情論のそしりを受けるだけです。
 これらの数字から、安倍政権の一つの顔が見えてきます。高齢化と実質賃金の低下で社会保障費の増加と国内消費の減少は不可避です。財政収支の赤字は2015年度末で807兆円程度に上る見込みです、これを国内「経済の好循環」で埋める条件はありません。「美しい国土」と「強靭な国土」の理想実現のためには、どうしても海外での投機を継続せざるを得ないのが現実でしょう。そしてそれを継続的に担保するためには新たな覇権主義国家構築を不可欠としています。日米安保に規定された、これこそが戦後レジームからの脱却の目的でしょう。
 安倍はグローバル資本の無政府的暴走を統制することは出来ません。そうであればそれを利用して、もしくはその意向を受けて、民衆を買収するしかないのです。箪笥預金から株式投資へ、年金基金の投機資本への投入等、随分と実態経済から乖離した景気回復策・アベノミクです。しかし、これによって新富裕層を作ったことも事実です。これが強固な安倍支持層となっています。更に極めて古典的な手法も使っています、排外主義プロパガンダで国家主義と対外危機を煽り、「日本会議」をはじめとした反韓反中運動の右派はマスコミやSNSを使って街頭へと進出して来ています。
 しかし、資本関係から見た中国脅威論は市場の争奪では成立しますが、軍事的危機論は成立しません。グローバル資本では競争と妥協・共存こそが唯一の関係です。海外日本現地法人数の実に33,7%は中国です。直接投資額では米国に次いで2位に位置しています。ここで軍事的衝突から経済関係の破綻に行くことは日本の破綻を意味します。米国も当然同じスタンスに立っています。米国債の最大保有国は中国です。その中国は今年アジアインフラ投資銀行」(AIIB)を発足させ既に57カ国が参加を表明しています。 旧来の日米関係・安保体制が日本の将来に大きな桎梏となり始めたとも言えるでしょう。
 朝鮮のミサイルと核開発が脅威と今回の集団的自衛権の行使容認理由に挙げています。しかし、南北朝鮮は今でも休戦状態です。すなわち交戦中であることに変わりはないのです。そのような環境下で日本との関係で交戦状況を作ることなど考えられません。

 安倍レジームについて
 安倍政権の全ての施策を全て網羅した文章があります。通称Jファイルと呼ばれています。2010年に最初に公表されて以降12年、13年と改訂されています。少し長いのですが(12年と13年で合計83ページ)この中に安倍政権の目指す「戦後レジーム」からの脱却の全ての内容が書かれていると言っても過言ではありません。
 今般焦点となった集団的自衛権・戦争法案はこの12年の中に具体的に書かれています。「外交を取り戻す」(外交再生)の章で○日米同盟の強化 ○集団的自衛権の行使(2014年7月6日閣議決定)を可能とし国家安全保障会議の設置(2013年12月4日設置)なお、この基本法の最終ページには、集団的自衛権行使については原則として事前の国会承認を必要とする旨を規定)となっています。集団的自衛権容認の閣議決定は明らかに当初の段階をすっ飛ばして行われました。内容と手続きに置いて違憲であり、立憲主義の否定です。更に今国会では「安全保障法案」の「国際平和支援法」だけが国会承認が必要とされ他法案は内閣の決議で可能とされてしまいました。13年度のファイルにはその年の2月の日米首脳会談で「米国の新国防戦略と連動した自衛隊の役割強化」が書き込まれています。いわゆる日米防衛共同ガイドラインの見直しです。これが規準となったことは容易に読みとれます。それを受けて13年には前年に引き続き「集団的自衛権を明確化し」と前年より一歩踏み込んだ表現となっています。
 今回の戦争法案は安倍政権の登場以降慎重に計画されてきたことが良く分かります。しかしやはり最大の目標は改憲です 。
 12年ファイルでは「憲法・国のかたち」の中で「我が党は結党以来自主憲法制定を党是としてきました。この間我が党は平成12年衆参両院に憲法調査会の設置、平成19年には憲法改正国民投票法を成立、併せて衆参両院に憲法審査会を設置するなど憲法改正に向けた法整備を整えて来ました」だそうです。改憲に向けてしっかりと準備をしてきたのです。5月7日には改憲議論の為の衆院憲法審査会が開かれています。安倍はそれと前後して「来年の参院選以降に改憲発議を目指す」と述べていました。ところがここでは大きな読み違いをしてしまいました。ご存じでしょう。あろうことかこの憲法審査会の参考人が皆「安全保障法案」を違憲と明言してしまったのです。これは憲法の専門家の発言であるだけではなく、憲法審査会の参考人発言と言う意味で決定的です。本来改憲の為に自民党が審査会を作ったのですから。設立の目的と180度逆転した結論がでてしまった訳です。後はあらゆるところから違憲論が噴出してしまいます。元内閣法制局長官、大森、 宮崎氏(坂田氏)に次に角田氏も違憲論を主張します。

 戦後70年目の誤算
 次の誤算は多くの民衆が街頭に溢れたことです。国会内外の運動が極めて強力な連携を生みだしました。連立与党の公明党や自民党の地方議員までもが戦争法案反対を公然と主張し始めます。当初9月11日採決の予定は14日に延期され次に17日に変わり最後は御存知の19日未明となってしまいました。国会内での数を武器にした暴挙はあのNHKも放映をせざるを得ませんでした。
 更なる誤算は若い人達の登場でしょう。学生の決起を単純に賛美しているのではありません。選挙年齢が18歳に引き下げられています。これは自民党の提案でした。若年者を政治的無関心層と決めてかかり改憲国民投票であわよくば賛成もしくは棄権でいてくれたら改憲に有利と考えたのでしょう。その数240万人です。投票権者の2%ですがとても重要な数です。しかも自民党に都合の悪いことに来年の6月19日がこの改定選挙法の施行日です。7月の参議院選挙に影響します。これは安倍政権にとって完全な想定外の出来事だったはずです。
 それと高齢者です。産経新聞によると「運動参加経験者を年代別に見ると、最も高いのは60代以上の52.9%で、40代の20.5%、50代の14.7%が続いた。20代は2.9%で、20代全体に占める参加経験者の割合は0.8%にとどまった。各年代での『今後参加したい人』の割合を見ても、60代以上の23.9%がトップ。20代も15.5%、60年安保や70年安保闘争を経験した世代の参加率、参加意欲が高いようだ」とあります。要は元活動家が集まっただけで市民じゃないよ!と言いたいようです。この数字(余り信じていませんが)は別の側面を持っていると思います。
 直近の人口統計では65歳以上の高齢者数は3384万人で全人口の26,7%を占めています。これに60歳〜64歳を加算すると4000万以上になり、人口比34%近くになるはずです。それが街頭に出ているのですから大いに結構ではありませんか。5年後には高齢者人口は更に増加します。これら老若男女の層が大きく政治を左右するはずです。
 長くなりました、最後です。「参考人の違憲発言」後の6月18日の新聞記事に小さく「自民党憲法改正推進本部の船田元本部長は、衆議院憲法審査会についてしばらく休む予定だ、当面開催しない」と出ていました。安倍の悲願である改憲スケジュールがガタついているようです。それでも強気な安倍政権は「2020年オリンピックの年には改憲は完了している」と発言しています。「昭和26年の元旦、振り返れば日本は、今だ占領下にありました。その年に結ばれたサンフランシスコ講和条約と日米安全保障条約から戦後日本の歩みが始まりました。そして平成26年の元旦、現代の私たちもまた日本の新しい国つくりに向けて大きな一歩を踏み出す時です」これが戦後70年の現実でしょう。しかし一国的な戦後レジームなる近視眼的観念は今の時代に合致しません。アジアの安定・共栄こそ求められるべきです。そのためには安保体制からの脱却を含む「戦後」を問題とすべきでしょう。そこに私たちの進むべき未来があるはずです。



闘いの現場から

権力の横暴をもろともしない、これが眞の勇気

はやし みつあけ


 国民に分かりやすく説明する義務を果たさず、米国議会と永田町界隈の密室と、おざなり国会だけで日本の将来を確実に左右する一大事を法制化せんとする無礼な安倍政権に対し、国民の過半数が当然の理として抗議行動する。ただ、それだけのことである。勿論、一部の国民は安倍総理と今回の参院可決通過を賛成する向きもある。
 私がよく通った居酒屋の店主までが、TVのインタビューで『今回の安保法案に自分は賛成しますわ』と語ったのには流石にガッカリしたが、この店主のような人は悪い人ではなく、この危険な法案の深い意図がよく見えないからだと思う。
 これと比べ、某元防衛庁の幹部などは『国家の安全と利害に重大な法案というのは、いちいち国民に是非を問う性格のものではなく、安全保障戦略に長けた専門家達が培った知識と経験だけで決めれば良い事です。だから今回の法案成立はOBの私としては歓迎。これでこれまでのような制約なく、あらゆる訓練が米軍と一丸となって可能となり、自衛隊の戦闘スキルも格段に向上するでしょう…』
 むしろ警戒すべき危ない輩はこのOBの様な連中だろう。米軍の行くところ常に日本自衛隊がお供して共に敵(?)と戦う。欧州各国が拒否した米軍随行に手を挙げ、米国の敵は日本の敵と見なす。こんな物騒な計らいが本質なら、なるほど国民に説明できない。当初から欺くつもりの謀(はかりごと)など、どう繕っても必ず綻びるものだ。現政権は綻びが露呈した際の非難を計算してか、繕おうともしない、つまり丁寧な説明さえも放棄している。
 平和発展を望むアジア人民共同の要求として、やはり安倍内閣にはすぐさま総辞職の道しか残されていない。
 少年少女による犯罪発生件数が実はここ数年来少しずつ減少している。とはいえ、相変わらずいじめによる自殺関与・同意殺人の類は後を絶たない。更に、近年の経済的不安を反映してか、大人達による各種投資型詐欺犯罪は増加傾向にあり、家族を案じる心境に付けこんだ家人なりすまし型詐欺も被害は一向に減らない。拝金主義の自己利益の為には他人の涙や傷心を厭わない世相を反映しているのだろうが、現政権がこれらの犯人や容疑者を問責できるだろうか。もし逮捕された彼らが、『国は憲法違反という法律を平気で破るのに、自分等は法律違反で逮捕・拘束するのか』と開き直ったら、法の執行官はどう弁明するのだろう…。
 次期米国大統領は現オバマと違い、軍事行動にかなり積極的な人物に決まりそうだというのが、大統領選を睨む政治ウオッチャーの見方の大勢だそうだ。すなわち、安保法制による日米共同軍事行動が早々と到来する事になる。差し当たり、毎回朝鮮(北)を挑発する半島38度線付近での米韓共同軍事演習が『米韓日』のそれに変わるという事になる。
 国会前では今も警官隊と睨みあっている各世代のデモ参加者がいるが、未参加者はデモ隊の人数より格段に多い。
 そんな彼らも『今は時代の転換期、一度デモ隊の集会に参加してせめて主張だけでも聞いてみるか』と参加するまで、我々は諦めてはならない。ここぞという時には決意して政治を主張するその意志が、人生に大きな意味を持つ事を知って貰えるその日はきっと訪れる。

          

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