研究誌 「アジア新時代と日本」

第13号 2004/7/5



■ ■ 目 次 ■ ■

時代の眼

主張 自衛隊の多国籍軍参加と米軍再編  軍事の対米融合手先化に反対する!

研究 −新しい国際関係の樹立をめざす東アジア共同体− 地域共通の利益と多様性の両立

文化 韓流−「韓国ドラマ」の魅力

体験 愛する心に感動

朝鮮あれこれ 平和、統一へ向かう板門店

編集後記



 
 

時代の眼


 1・29、一人の女性が生涯に産む子どもの平均数(合計特殊出生率)は昨年ここまで低下しました。世界広しと言えど、これほどの国は「超少子化国」と呼ばれるいくつかの国だけです。アメリカや北欧でさえ、1・6〜2・1で、「超」の字は付いていません。
 この衝撃的な数字を前にして思うのは、結婚も出産もできなくなっている日本の現状です。
 今日、結婚や出産、子育てを、仕事をするのに不利だと考え、「産み損」なる言葉まで生まれている現実があるのは事実だと思います。またその一方、そういう人まで含めて、本当は皆が結婚を望み、とりわけ、子どもがほしいと思っているのも事実だと思います。
 人間、自分一人やりたいことをやって生きても、それはそれだけのことです。自分がやったことを喜んでくれる人、必要としてくれる人がおり、それが未来へとつながり広がっていくようなものであってこそ、生きがいもあるというものです。実際、家族がなく、子どもがいなくて、なんの楽しみがあり、未来があると言えるでしょうか。
 しかし、統計数字は、わが国においてこの人間にとってもっとも初歩的で基本的な楽しみと幸せが奪われていることを示しています。なぜそんなことになっているのでしょうか。人々が子どもを産めなくなっている原因を考えたとき、その一つとして、地縁、血縁関係の希薄化、共同体の崩壊があげられます。ひと昔前まで子育ては、家族ぐるみ、地域ぐるみなど、多かれ少なかれ共同体的営みとしておこなわれていました。それが今日、集団の崩壊と社会の個人化が進むなか、ますます個人的営みの色彩が強くなり、夫はもちろん、祖母の手助けも得られず、地域や職場、国や社会の援助も期待できなくなっています。
 そのうえさらに深刻なのが雇用の非正規化です。正社員と比べ、収入で大きな差があるだけでなく、安心、安定の面で雲泥の差がある派遣など非正規の社員が急増し、それが構造的なものになっている現実は、少子化の大きな原因になっています。事実、派遣社員は、結婚で不利なばかりか、たとえ結婚できたとしても子どもをもてるのは正社員の50%にすぎません。
 共同体の崩壊や雇用の非正規化が進むにともなって、「子どもが不幸だ」と出産や子育てをあきらめる空気が広がり、わが国から子どもたちをめぐる明るい笑い声や未来への夢が消えていっている今日、「皆が安心して子どもを産める社会」を目指し、それを基準にこの現実を生み出した小泉政治を弾劾し、新しい政治を追求していくことこそが、今もっとも切実に問われていることの一つなのではないでしょうか。


 
主張 自衛隊の多国籍軍参加と米軍再編

軍事の対米融合手先化に反対する!

編集部


■国民無視の暴挙
 参院選でも争点の一つとされている多国籍軍参加問題。元来、外務省などは、イラク安定化のための国連決議が出た場合、現在の「イラク特措法」による自衛隊派兵をPKO法(平和維持活動)に切り替えることを考えていたようですが、小泉首相は、サミットでの日米首脳会談の席上で直接ブッシュに参加を表明し、それを既成事実にして国会審議も経ずに閣議決定するというきわめて乱暴な方法で自衛隊の多国籍軍化を決めました。
 多国籍軍というのは、91年の湾岸戦争で米国が編み出した方式ですが、国連の一定の決議(湾岸戦争ではイラクのクウェート侵攻を非難し撤退要求を決議)に基づいて米国が他国に呼びかけて多国籍軍を形成するというものです。
 イラク特措法による自衛隊の派遣は「イラクの人道復興支援」のために「戦場ではない」ところに派遣するという建前の下、行われました。しかし、多国籍軍への参加は、今回の国連安保理決議(1546決議)が「治安の回復と人道復興のために多国籍軍を組織する」となっているように、「治安」という名の軍事行動が入っています。
 そこで、日本政府は、「多国籍軍の指揮下には入らない」と言っていますが国連決議では、「各国は統一の指揮下に入る」ということが明記されています。
 多国籍軍への参加は、イラク特措法のような「建前」を設けることなく、日本が米国の戦争に参戦するということを内外に示したことになります。それゆえ、これに対する国民の批判が高まっています。参院選を前にした世論調査では、多国籍軍参加について国民の58%が反対であり、ブッシュに直接伝えたことを問題視する人は69%にのぼり、小泉内閣の支持率も「支持する」40%、「支持しない」42%と逆転しています。
 それにひきかえ、小泉首相は、NHKが参院選告示の日に行った党首インタビューでも、「当然でしょう」とまったく意に介していません。
 この「確信」、それは彼が、日本が生きていくためには米国に従って生きていかねばならないし、そのために米一極支配を維持しなければならないということなのでしょう。
 小泉首相の「構造改革」は、この「確信」の下に、経済をはじめ社会のすみずみにいたるまで日本が対米融合する形で進んでいます。
 多国籍軍参加は、軍事の面でも、日本が対米融合しその手先になって世界とアジアに対するようになるというところに本質的な問題があると思います。

■進む軍事の対米融合
 多国籍軍への参加について、イラク駐留の米軍司令官キミット准将が指揮権は日本政府にあるとしても、自衛隊には多国籍軍の統制に従ってもらうし、一定の行動を要請できるようにしてもらいたいと言っていました。
 昔、日本の軍部は、国民の目の届かない満州の地で関東軍を独走させ、それによって侵略と戦争の道を突き進んでいったわけですが、今、イラクで同じようなことが起きていると思わざるをえません。
 多国籍軍への参加によって、憲法が禁止している集団的自衛権の行使も当然のように行われるでしょうし、自衛隊は米軍指揮下で、その傭兵のようになるでしょう。それは現在行われている軍事の対米融合手先化を促進するものになるでしょう。
 日本政府が多国籍軍への参加を表明した直後、ラムズフェルド米国防長官は、現在、米軍が進めている「米軍再編」と関連して日本に以下のような打診をおこなってきました。それは、@米陸軍第一軍団司令部を座間に、A第3海兵師団の一部を陸上自衛隊矢臼別演習場に、B航空自衛隊航空総体司令部(府中)と第2輸送航空隊(狭山)を米軍横田基地に、などというものです。
 この記事を掲載した朝日新聞も「軍事一体化」としていましたが、まさに、これは日米の軍事融合です。
 朝日新聞は「帝国の伴奏者」という連載記事でも「新たな一体化」がいかに進んでいるかを明らかにしています。また軍事評論家の前田哲男さんは、自衛隊が「ゲリ・コマ(ゲリラコマンド)対処」として、西部方面隊に連帯ナンバーをもたない方面総監直轄連隊を「ゲリコマ部隊」として新編し、13個師団2個旅団体制から9個師団、6個旅団に編成替えしていることを指摘していました(03年「世界」4月号)が、こうした「ゲリ・コマ部隊」や旅団への小型化は、自衛隊が一部品として米軍に組み込まれ傭兵として使われるようになることを示しています。
 これまでの対米従属は日本が国家として米国に従属するというものであったとすれば、対米融合とは、国家的な枠組みが解体された上で日本のさまざまな要素が米国と融合し、日本というものがなくなって、日本か米国かわからないアメリッポンになってしまうという、質的に違うものだと思います。それを如実に示す軍事の傭兵化。米国がすすめる日本の国家解体、グローバル化はここまで来ています。

■アジア、朝鮮への敵対
 問題は、この対米融合し傭兵化された日本の軍事が何のために、どこに向かうかです。
 前田さんも、その再編は「対北朝鮮・西方重視」と指摘していましたが、今回のラムズフェルドの打診でもそれは明らかです。米陸軍第一軍団とは、対アジアを担当する軍団です。その司令部を日本に置くとは、米国の対アジア軍事戦略にしたがってアメリッポン化した日本がアジアに対することになるのは明らかです。
 元々、ブッシュの戦略において「悪の枢軸」と名指しされたのが、アジアの国々であったように、米国にとってアジアをいかに抑えるかは死活問題です。すでに米国にとってアジアは最大の貿易対象地域であり、石油資源の豊富な中東諸国、中国、インドなど経済成長著しい大国もあります。そして、このアジア、とりわけ東アジア諸国は、「東アジア共同体」形成に向かって動いています。これを離米多極化の方向に進まないようにすること、米国の対アジア戦略の目的はそこにあるでしょう。
 そこで、焦点になるのが朝鮮です。東アジアには社会主義国や非同盟諸国があり、これらの諸国にとって朝鮮は「あくまでも社会主義を堅持し反米の姿勢を貫く自主の国」として一目置かれる存在です。
 米国が朝鮮を敵視し戦争策動を執拗に追求するのは、その存在が対アジア戦略で障害になるからです。米国が「イラクではなく北朝鮮こそブッシュ大統領の新たな安保戦略がうまく機能するかどうかを試す、真に手強い実験台だ」(ジョセフ・ナイ氏)と見ているのもこのためです。そして、日本でイラク戦争支持が問われた時に「北朝鮮のことを考えればイラク戦争を支持するのが国益だ」と言われたように、反動化が朝鮮を念頭において行われたことも周知の事実です。周辺事態法、有事関連法案の武力攻撃事態法など、不審船や拉致問題を利用した反朝鮮の雰囲の中でこれらの法案が成立してきました。
 しかし、米国はイラクでつまづいてしまいました。米国は、今、朝鮮に対して「ひとまず引く」という戦術だと思います。
 「6者会談」でも「米、内外圧力で転換」(朝日新聞)などと「ひとまず引く」姿勢がみられます。こうした中、米軍が今、行っている「米軍再編」の目玉も駐韓米軍のうち1万2000名を撤退させるということです。そして日本に対アジアの軍団司令部を置く・・・。
 アジアを担当する米第一軍団司令部の日本配置やその他の融合措置。それは、日本がアジアと敵対し、新たな朝鮮戦争でその前面に立たされる、そのようなものと見るべきではないでしょうか。

■根本的な争点を
 今回の参院選でも「多国籍軍参加」が一つの焦点になっています。野党は正しくも自衛隊の撤退を主張していますが、その理由を国民無視の手法、憲法違反というところ置き、それが対米融合を進め国民国家を解体する策動として起きているという根本的な問題提起には至っていません。
 もう一つの争点である年金問題も本質的には、日本が国民国家として国民の年金、福祉に責任をもつのかどうかという問題だと言えます。
 そして改憲・・・。自民・公明も、民主も選挙を前に改憲への見解を打ち出しています。中曽根氏が6年以内に憲法改正になるだろうから、議員も国民もそれを考えて選挙に参加すべきであると言っていましたが、その改憲は、米一極支配の下で生きていく日本、国民国家として解体され対米融合しアメリッポンになった日本の新憲法をということなのではないでしょうか。
 改憲によって日本が集団的自衛権を行使するようになり、米国の傭兵としてアジアを抑え、朝鮮戦争で前面に立つようになる危険性が強まっている今、根本的な争点を提起していくことが問われていると思います。


 
研究 −新しい国際関係の樹立をめざす東アジア共同体−

地域共通の利益と多様性の両立

若林盛亮


◆「安保共同体道険し」−しかしそこに鍵が
 東アジア共同体の時代が現実化している。それは「東アジア経済圏」構想に始まり、安保共同体分野にまで拡大、発展することがめざされている。6月29日から開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議では、昨年10月の首脳会議で合意した安保共同体を実現する行動計画案が議論された。
 ところがこれに先立つ5月13日、インドネシアの古都ジョクジャカルタで開かれた高級事務レベル会合で議長国インドネシアの提案が各国の反発を招き修正を余儀なくされた。
 「安保共同体道険し」(日経6・22朝刊)とマスコミは、今後の議論も曲折が予想されることを懸念している。しかし内容を見てみると、各国の反発にこそ、東アジア共同体を実現するうえで鍵となる問題が提起されているように思う。

◆鍵−多様性を認めること
 各国の反発の声は何に向けられたのか? 自由選挙の定期実施や民主主義の共有、平和維持活動(PKO)部隊を傘下に持つ平和維持センターの設立、人権憲章の制定といった、アジアの自主と多様性を無視した内容に対してである。
 自由選挙や民主主義の共有については、王政のブルネイや社会主義国ベトナム、ラオスなどが反対。PKO部隊については、シンガポールから、「他国のPKOによる介入はASEANの内政不干渉の原則を崩すことにならないか」との意見が出された。
 行動計画案では、人権や民主化の進展で「欧米並み」(インドネシア外務省筋)の基準が示されているという。しかし、そこに無理があるのは、アメリカの「中東民主化構想」がイラクで早くも挫折を強いられているのを見てもわかる。
 「多様な国の集まりで、安保共同体の具体的な議論をするのはまだ時期尚早」(加盟国外相)という声が示すように、東アジア共同体構想実現で鍵は、多様性を認める方策を見いだすことにあるのではないだろうか。

◆共同の利益=アメリカン・グローバリズム克服
 元来、EUとは異なり、アジアは、経済的政治的に各国間で差がありすぎるとされ、一つの政府機能を持つようなEU型の地域統合は困難とされてきた。ならば、どのような共同体構想がアジア式として成り立つのか。
 グローバル経済が地球を支配する中で、アジアは地域経済を自衛する必要に迫られている。1997年の「アジア通貨危機」を契機にアメリカン・グローバリズムへの危機感が東アジア経済圏構想を熱望させ、加速させている。
 6月3日開かれた日本経済新聞主催の第10回国際交流会議「アジアの未来」で、マレーシア首相は「域内で単一通貨導入の検討に着手しても早すぎるということはない」とし、タイ外相はアジア債権市場の創設を呼びかけた。各国の共通の認識は、「東アジア経済の米依存を脱却する」(シンガポール、リー・クァンユー上級相)ことである。
 共同体の範囲をめぐる論議でも、対米依存からの脱却がめざされており、APECのように米国、豪州、ニュージランドを含めるのではなくASEANプラス3(日中韓)を共同体の骨格としていくことが共通の了解事項となってきている。

◆新しい国際関係=共同の利益と多様性
 5月7日付け日経新聞で進藤栄一筑波大学名誉教授は「東アジアと新国際関係」と題した論文で「アジア的外交流儀」について述べている。
 その第一は、"かみつく"(軍事攻撃)より"ほえる"(協議する)流儀。第二は、領土紛争を仲裁機関などを通じ非軍事的に解決する流儀。第三は、地域の安全保障を軍事同盟方式ではなく、武力介入や制裁による集団安全保障方式でもなく、社会経済的諸力を組み込んだ協力型安全保障方式でつくりあげていく流儀。この根底に流れるのが、1955年のバンドン精神 −主権尊重、内政不干渉、互恵平等、武力不行使、紛争の平和的解決などの10原則であり、それに基づくTAC(東南アジア友好協力条約)である。
 アジア流儀の共同体、それは、地域共通の利益と多様性の両立をめざす新しい国際関係、自主権擁護の原則に基づく国際関係樹立を真髄とする。
 しかし、日本は多国籍軍に参加するなど、米一極支配の呪縛から逃れられずにいる。アジア諸国の日本を見る目は厳しさをましていることを銘記すべきであろう。


 
文化

韓流−「韓国ドラマ」の魅力

赤木志郎


 今、「韓流」が日本のみならずアジアを覆っている。さまざまな韓国ドラマがアジア各国で放映され人気を博している。日本でも「冬のソナタ」が何回も再放送され、高い視聴率を得ており、主人公役ペ・ヨンジュンの「ヨンさま」人気は大変なものである。
 「冬ソナ」の「純愛」が、女性、とくに中高年の女性を夢中にさせていることについては、新聞、テレビなどでさまざまな角度から取り上げられている。その一つに、血の葛藤など儒教的な人間関係の中での障害を乗り越えて「純愛」を貫き通すところに共通の価値観をもつアジアの人々の共感を得るのではないかというのがあった。かつて日本でも近松門左衛門の「心中天網島」、徳富蘆花の「不如帰」など封建的な束縛の中で男女の愛を貫くために死をもいとわない「純愛」が描かれ人々の涙をさそった。
 だが、韓国ドラマには、封建的な束縛と闘うというのはあまり感じられない。韓国ドラマに共通するのは、家族(親子、兄弟姉妹)や友人・仲間の間での濃密な人間関係である。愛する家族、友人のために葛藤し悩み傷つきながら愛を貫いていく「純愛」の姿がよく出ている。そこには、義理や思いやり、自己犠牲などと、それに反する卑劣さ、罠、病魔などとの闘いがある。
 人々を惹きつけた「冬ソナ」の場合は、女性をめぐって二人の男性が葛藤を繰り広げるが、二人の男性に共通しているのは、愛する女性を自分がいかに幸せにすることができるかという価値観である。彼女のために、彼らは、あるときは身を投げ出し、あるときは身を引いて尽くしていく。
 かつては封建的な社会秩序との葛藤の中で「純愛」が貫かれたとしたら、今は、新しい人間関係が模索されるなかで「純愛」が描かれているのではないか。日本の「冬ソナ」ブームの背景には、共同的な関係が破壊されていく中で、だからといって古い封建的関係に回帰するのではなく、新しい人間的な共同的つながりを求める志向が強まっていることがあるように思う。
 今日、韓国ドラマ、韓国映画が「韓流」となるほど熱気があるのは、民主化闘争を経た新しい世代が古い封建的で反共的な「韓国」ではなく、民主・統一・自主を模索しながら、こうした分野で活躍していることと無縁ではないだろう。彼らのもつ新しい問題意識がアジア新時代の時代精神を多分に反映しているところに「韓流」人気の秘密があるように思う。


 
体験

愛する心に感動

広海


 友達の誘いで六甲山へハイクに行ってきました。山登りをしながら落ちているゴミを拾って山をきれいにするという一種のボランティア活動です。このハイクは若者サークルであるPサークルが組織したイベントで20人ぐらいの青年が参加しました。
 リーダーのHさんは「自然の中で心をクリーンしてほしい。都会のごみごみとした生活の中で汚れた心を自然と触れ合いながらきれいにしてほしいし、そのようなつもりで山もきれいにしていこう」と出発する前に訴えていました。またPサークルがボランティア活動を行うとき掲げる原則としては奉仕性、社会性、無償性があるけれど、イベントを通して人を思いやる気持ち、自分がすんでいる社会に対する関心を高めてほしいしやったことに対しては対価を求めないという心を養ってほしいと話していました。
 山登りはけっこう大変だったけれど和気あいあいと笑いながらやったのでとても楽しかったです。「しんどい、しんどい」と言いながら皆真面目にごみを拾っていました。「ええっ、そこまでするの?!」とびっくりするぐらい、目に見えないようなゴミまで拾っている若者もいたし、ゴミの種類もしっかり分類していました。
 率直に言って、彼らの自然を愛する気持ち、町を大切にする心には感動しました。また若者たちの自然や人間を愛する気持ちを育んでいくために休日も休まず努力しているPサークルのリーダーをはじめ、スタッフの方の姿にも刺激を受けました。愛する心は自然発生的には生まれてこないと思います。地道に、日常的にやってこそ、養っていけるのではないでしょうか。だから私もこのようなイベント、ボランティア活動にこれからももっと積極的に参加していきたいと思います。


 
朝鮮あれこれ

平和、統一へ向かう板門店

田中協子



北側から見た板門店
南の憲兵

 「昨日から南(韓国)側哨所で宣伝物の撤去作業が始まりました!」
 同乗した案内の軍人が少し興奮気味に話してくれた。指さす前方を見ると、なるほどそこには木々以外は何も見えない。ここは板門店、朝鮮半島の軍事分界線、非武装地帯(DMZ)である。
 6月3日からの第2回南北将官級軍事会談で、軍事的緊張緩和と平和達成のため南北共同で努力することが確認され、西海での偶発事故防止のための連絡協力や軍事分界線地域一帯での宣伝活動中止が合意された。宣伝手段撤去は8月15日までに完了とされ第一段階が6月16日から30日。私たちが訪れたのが丁度その真っ最中だったのだ。
 20年ほど前から時々板門店を訪れているが、その度ごとに一触即発の軍事的緊張を肌で感じたものだ。しかし今回は違う。そもそも板門店の象徴的スポット、南北の建物が対峙する共同管理事務所周辺からして空気が硬くない。昨年訪れたときは、会議場に入って説明を聞いていると韓国側の憲兵がガラス窓にへばりつくようにして北側からの見学者である私たちをカメラで写していた。今回もそれを「期待」し、そんな時にはこっちもカメラでと待ちかまえていたが、誰も来ないではないか。外に出て、南側建物を撮影しようとすると立っていた韓国兵士が後ろを向いてしまう。以前のような威嚇的な雰囲気がない。もちろん建物や周辺に点在する米軍哨所の窓からは米兵がこちらを監視し写真撮影しているのが見える。昔はやたら米兵が目立ったが、今は建物の中にいて見学者の前にその姿を現さない。分断の張本人をカメラに納めることが難しいのだ。
 何よりも今回の訪問で一番印象的だったのは、案内してくれた共和国軍人の嬉しそうな笑顔だ。軍事分界線一帯の説明をするときも、朝鮮半島の東西線鉄道が連結され今年10月頃には試験運行し来年に同時開通すること、海上ではすでに南北艦船が国際共同無線で交信対話したこと、すぐ近くの開城工業地区に南の同胞がたくさん来ていることなども交え、「分断以来かつてなかった歴史的なことですよ」と喜びを隠しきれない。
 昨年訪問したときは、「イラクの次は朝鮮」とアメリカが軍事的緊張を高め日本も有事法制を通そうとしていた時だけに、案内の軍人の話にも米国に対する怒りや憤りが満ちていたし、心なしか日本人である私たちへの苛立ちのようなものも感じた。しかし今回感じたのは希望と確信である。これまでアメリカの妨害で何度も座礁した諸施策がここ軍事対決の最前線DMZで実現していることからの自信なのだろう。
 現在、朝鮮半島の動きは目ざましい。6.15共同宣言4周年に際し、ソウルでは廬武絃大統領、金大中元大統領、各政党代表参席のもと延世大学で第一回国際討論会が開かれ、仁川で記念マラソン大会が行われたが、これらに共和国から100余名が参加した。23日には南から共和国支援の代表団が100余名訪朝し、27日には金剛山で南北農民大会が開かれた。だからといって、軍事的緊張が解消したわけではなく情勢は依然予断を許さない。しかし、あの板門店の軍人の「統一は必ず成ります。その日は遠くありません」といった言葉により確かな未来を感じるこの頃だ。


 
 

編集後記

魚本公博


 ラムズフェルドが米軍再編に関して行った日本への「打診」、いったい日本を何と考えているのか。ひと昔前ならありえなかったことを平気で言わせる今の日本が悲しい。
 こうした中、モンテカルロ映画祭で、藤沢周平原作のNHKドラマ「蝉しぐれ」が受賞したことを聞きました(3日)。私も見ましたが、愛する者のため自己犠牲的に尽くす「サムライ」の姿が感動的でした。
 考えてみれば、「ラスト・サムライ」はハリウッド映画、米国から見れば「サムライ」なんて今の日本にはいないよということなのかも。だから、あんな侮辱的な「打診」なのか・・・。今こそ「サムライよ、いでよ」ではないでしょうか。


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