研究誌 「アジア新時代と日本」

第126号 2013/12/10



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 戦争反対の民意を押しつぶす、これが目的だ

議論 経済成長を問う 企業中心か国民中心か

書評 「原発 ホワイトアウト」

投稿 秘密保護法強行成立は安倍政権短命化の第一歩

資料 秘密保護法−国際社会から続々と懸念の声




 

編集部より

小川淳


 驕れる者は必ず滅ぶ

 「特定秘密保護法」が成立した。国会で審議を重ねれば重ねるほど問題点が浮き彫りになり、大多数の人が慎重審議を求めていた矢先の強行採決だった。安倍首相の国会審議への出席はわずか4時間余り、国会が大荒れとなった5日夜、首相は四谷の焼肉店に食事に出かけたという。同法案は昨年の総選挙でも、今年の参院選でも一度も公約に掲げられていない。まさにだまし討ちだ。
 民主主義にとって表現の自由と政府の透明性は生命線だ。国民が政府をコントロールするためには正しい情報が必要なのである。政府が何をしており、何をやろうとしているのか、このような情報なしに民主主義は成立しないことは明らかだ。政府をきちんと市民や国民のコントロール下に置く。そのための情報を隠されては、政府はやりたい放題だ。
 私たちは「情報」隠しによって苦い思いをした経験がある。戦前というような昔の話ではない。イラク開戦の時にあるとされた「大量破壊兵器」のことだ。日本がこの戦争を支持する最大の理由とされたが実際には存在しなかった。もしこのような重要な情報が「特定秘密」に指定されるなら、政府の戦争支持の判断が正しかったのか、間違っていたのかさえ検証ができなくなる。できなくなりだけでなく、同じ過ちを何度も繰り返すことになるだろう。
 「特定秘密保護法」が成立した今、この歴史的悪法を適用させないことが一つの闘いになるだろう。この闘いには前例がある。「破壊活動防止法」だ。破壊活動を行った、あるいは恐れのある団体を強制的に解散させる法令なのだが、1952年の成立以降、一度も適用されていない。あのオウム真理教に対してさえ適用させなかった。国民の強い反対があったからだ。
 作家や映画監督、俳優やジャーナリストにいたる多数の著名人が反対の声を上げている。日本の民意は沸騰している。民意を押しつぶす秘密保護法を強行採決したことで、安倍首相の本質が暴露され、民意を敵に回した安倍首相は自ら墓穴を掘ったのではないか――この「主張」の指摘は正しいと思う。
 安倍首相には継続審議にする選択肢はなかった。この機会を逸するなら永遠に成立する見込みはないからだ。安倍政権の審議打ち切りと強行採決は、強さではなく「弱さ」の現われだ。そこを見誤ってはならない。



主張

戦争反対の民意を押しつぶす、これが目的だ

編集部


■民意圧殺こそ狙い
 11月6日、特定秘密保護法が参院で可決成立した。この法律の問題点はすでに指摘されている。すなわち、国民の「知る権利」を奪い「報道の自由」「言論の自由」を侵害し戦前のような暗黒政治をもたらすということだ。
 実際、この法律は、行政機関が収集する様々な情報を恣意的に「秘密」にすることによって、国民の「知る権利」を踏みにじり民主主義を破壊する。そのこと自体、反国民的なものであるが、その上で、この法律が国民を直接対象にして民意を封じ込めようとするものだということを重大視しなければならないと思う。
 それは、7章で構成される法案の最後の「罰則」部分にさりげなく入れてある。その2番目に当たる第23条には、人を欺いたり脅迫し施設への侵入などによる秘密取得行為と共に「有線電気通信の傍受、不正アクセス行為、その他の特定秘密を保有する者の管理を害する行為」による取得行為も罰する(10年以下の懲役。24条で、それを共謀、示唆、扇動した者も5年以下の懲役)とある。
 不正アクセスなどと言っているが、今日、ネット上では多くの情報が行き交っており、その中では、国政に関する様々な情報が流れ意見の公開、討議が行われている。そこにはウィーキリスのようなハッカー情報も流れているのであり、こうしたネット上の発信、討議も問題視されかねない。警察、公安からの問い合わせ、尋問、捜査といくらでもやれる。こうなれば、ネットで国政に関する情報を見たり発信したりすること自体が怖いものになってくる。
 審議の過程では、「報道の業務に従事する者」として「インターネット上のジャーナリスト」などもあげられ、「継続して情報発信している者がこれにあたる」という答弁がなされている。これでは、ネットテレビ、ネット放送は勿論、個人的に発信しているブログやツイッターなども対象にされてしまう。
 しかも、何が秘密かも分からない中で不安はつのる。朝日新聞が10月に実施した定例世論調査でも、反対42%。賛成30%であるが、不安を感じる人は「大いに」「ある程度」を合わせて68%にものぼる(感じないは27%)。
 こうして国民に「知らせない」ようにする一方、国政問題に触れることに脅しをかける。まさに民意に敵対し圧殺すること、そこにこそこの法律の真の狙いがあると思う。

■日米共同戦争体制と秘密保護法
 何故、そこまでして秘密保護に躍起となるのか。
 それが米国の要求だからである。
 米国が日本に秘密保全を強く要求してきていることは周知の事実である。安倍首相は8月に磯崎首相補佐官を英米に派遣し両国のNSCとホットラインを開設することを確認したが、そこでも米国は機密防衛の懸念を改めて伝達している。
 何故か。まさに、それは集団的自衛権の行使容認と関係している。すなわち、集団的自衛権を行使させ米国のために日本の軍事力を実戦に利用するためには「情報の共有化」が欠かせないからである。「共有化」と言えば聞こえはよいが、それは情報の一体化、アメリカ化である。こうすれば、日本の安保政策・軍事政策を米国情報に依拠したものにすることができ、米軍指揮下で動く日米共同戦争体制を作ることができる。
 来年末には新ガイドライン(日米防衛協力のための指針)が作成される。そこには「情報の共有化」が必然的に盛り込まれることになる。その内容は、米国の世界戦略、アジア戦略に関する情報だけでなく、実際に日米共同戦争を行うために必要な情報システム、戦場での部隊運用、兵器運用、情報処理を一体化するための操作システムや暗号などの「共有化」となる。
 85年、中曽根内閣時にも「スパイ防止法案」が提出されたが、それも最初のガイドラインが出された時であった。この時は岸信介が暗躍したが、その孫である安倍首相が成立させた秘密保護法も新ガイドラインに合わせたものであり、それは集団的自衛権を行使して米軍指揮の下、日米共同戦争を行うためのものである。
 こうした高度の軍事機密を含む戦争体制の構築、それを国民の目に触れさせないように「秘密」に行いながら、民意を押さえ込んで戦争を引き起こす。多くの国民の危惧と怒りの声にもかかわらず、数を頼りに法案成立を強行した目的はここにある。

■なぜ、日米共同戦争なのか
 では何故今、日米共同戦争なのか。
 秘密保護法冒頭の総論にも「国際情勢の複雑化に伴い…」とあるが、今日、国際情勢は複雑化している。それは米国覇権の衰退・崩壊によってもたらされている。中国の台頭と米中摩擦、米ロの摩擦、中東のジャスミン革命による混乱状態、アフリカでの中央アフリカなどの内戦や政権分裂、欧州でのユーロ危機の継続などなど。
 これらの原因を探れば、リーマン・ショックやイラク、アフガニスタンへの侵攻の失敗によって米国覇権が崩壊したことに因を発していることが見てとれる。
 こうした中にあって覇権回復に必死の米国は、成長著しいアジアを重視し、この地域で覇権を回復することで世界的な覇権回復を果たそうとしている。そのための「関与とリーダーシップ」戦略。すなわちこの地域のさまざまな問題を利用して混乱を作り出すことで自らの軍事的プレゼンスを高めようとしており、実際に軍事的介入し戦争をやろうとしているのだ。
 ここに日本を引き入れる。昨年8月に発表されたアーミテージ・ナイ報告の「強いアメリカは強い日本を求めている」というメッセージがまさにそれである。
 しかし、今日、民意はかつてなく高まっており、ネット時代にあって広範な民意がたちどころに形成され、戦争など容易に遂行できない時代になっている。シリアへの化学兵器を口実にした武力攻撃が世界の民意、米国内の民意の前に挫折したことが、それを如実に示している。
 イラク、アフガニスタンへの侵攻の失敗は民意の前に米国覇権が敗北し米国覇権が崩壊局面に入ったことを示した。こうして、覇権秩序に組み込まれ各国内部にも及んでいた覇権力も弱化し、世界各国で民意が一層高まるようになった。
 実に今日、民意の時代は覇権崩壊と一体になりながらますます、その勢いを強めているのだ。それ故、米国の覇権回復の策動は、民意と真っ向から対立するものになる。そして、それは民意を押しつぶす強権的なもの、民意を欺瞞する謀略的なものにならざるをえなくなる。9・11テロ事件もそうだし(最近、米国では9・11の貿易センタービル倒壊が仕掛けられた爆薬によることを示す映像が出回っている)、シリアの化学兵器使用も反政権側の謀略であろう。これからアジアでもそうした謀略事件が頻発するだろう。そして最後は戦争である。

■闘いはこれから
 特定秘密保護法案の成立によって、日本の民意は沸騰しており、「国民多数の反対にもかかわらず、数を頼みに強行採決したのは許せない、廃案にせよ」という声が渦巻いている。
 安倍首相は自分の墓穴を掘ったと思う。米国覇権を未だに信じ込んでその要求に従い、国民に背を向け民意を押しつぶす秘密保護法を強行採決したことで、安倍首相の本質が暴露されたばかりでなく民意を完全に敵に回した。
 これまで安倍首相は、その果敢な実行力や指導力、対米自主的な言動などで高い支持率を得ていた。しかし、秘密保護法の強行突破は、それら人気の要因をことごとく覆した。実行力もこうして使うのか、米国のために民意を押しつぶすのか、米国に従って戦争までやろうとするのか、と。
 そして、このことによって原発政策、沖縄普天間の移転問題、アベノミクス、税政策(企業減税と消費税)、TPPなども、安倍首相のそうした従米反民意の所産であることが一層明白になった。
 安倍政権と民意の闘い。それは、反原発、反基地、反貧困、反TPPだけでなく、地域振興、震災復興、真エネルギー開発、経済振興など下からの民意による動きなどとも結びつく全国民的な運動となる。
 まさに民意の時代にあって安倍政権はトラの尾を踏んだのだ。禍を福に転じる気概と楽観性をもって能動的に闘いを進め、米国覇権回復と日米共同戦争のための秘密保護法を葬りさらねばならない。



議論 経済成長を問う

企業中心か国民中心か

小西隆裕


 「世界で一番企業が活躍しやすい国」を目指します。これは、今年2月、安倍首相が施政方針演説で行った公約だ。とかく「企業重視」だと言われる安倍政権の経済政策はこの一言に集約されるのではないだろうか。すなわち、企業の活動環境を最上のものにして経済成長を図り、それによって国民生活を向上させるということだ。
 安倍首相が信じて疑わないこの企業中心の経済成長策は本当に正しいのだろうか。今回は、今日、政治と経済の「常識」と化した観のあるこの策に敢えて疑問を呈し議論を提起したい。

■「世界で一番企業が活躍しやすい国」とは?
 まず、そもそも「世界で一番企業が活躍しやすい国」とは一体どういう国なのか。それは、安倍首相の言によれば、企業活動を妨げる障害がどの国よりも徹底して解消されていっている国ということになるだろう。すなわち、企業の税負担からの解放、労働者、従業員に対する解雇の自由、賃下げの自由、農業や漁業、医療や教育などあらゆる領域への企業参入規制の撤廃、等々、徹底した企業減税、聖域なき規制改革が推進される国だ。
 アベノミクスは、そのための条件、背景づくりと言ってもよいだろう。二百兆になんなんとする大量円増刷による円安、インフレ化、大型公共事業投資など金融、財政政策。復興特区、戦略特区、TPP特区、等々、雇用や農業、医療、教育などの規制を取り払う各種特区づくりを軸とする成長戦略。それに「第四の矢」とも呼ばれる2020年東京オリンピックまで加え、世界一企業が活躍しやすい国づくりはすでに動き始めている。
 だが、結果は芳しくない。アベノミクスの恩恵は主としてグローバル大企業にしか広がっていない。円安効果は、輸出産業大手に現れているのみ、中小企業までは波及しておらず、一方で、輸入価格高騰による物価上昇が生み出されている。
 内閣府7?9月期1次速報によるとGDP伸び率は年率換算で1・9%増と前期の3・8%増から半減し、個人消費0・1%増(前期0・6%増)、設備投資0・2%増(同上1・1%増)と低い伸び率がさらに大幅減になっている。しかも、GDP1・9%増のうち1・4%増を公共事業投資の伸び(26・2%増)に依存している有様だ。
 経済成長効果が低調なまま、グローバル大企業の増益のみが進み、その一方、米系グローバル大企業の各種特区への大量進出が準備され、その中で労働者、農民など勤労大衆の権利が蹂躙、剥奪されていく、それが「世界で一番企業が活躍しやすい国」の現実の姿なのではないだろうか。

■企業中心の経済成長は時代錯誤だ
 資本主義経済と企業は不可分だ。企業は経済発展の機関車とも言うべき存在になってきた。大小の恐慌、不況を経ながら、経済が甦り、活況、好況を呈する循環をくり返し、それを通し発展してきたのは全国、全世界無数の企業の営為を離れては考えることもできない。
 そうした中、これまでの経済政策は、多かれ少なかれ、企業を中心に立てられてきた。企業減税や規制緩和など、企業自体の側の活動環境をよくする新自由主義も、公共事業投資で企業のために需要をつくり出すケインズ主義も、企業中心に経済成長を図るという点では大差はなかった。
 アベノミクスは、オバマ政権の経済政策と同様、新自由主義とケインズ主義、この両者の折衷のような政策だが、問題はそれが所期の効果を上げていないところにある。企業の側の活動条件をよくしても、いくら企業のための需要をつくり出しても、一向に経済は活性化されず、国民生活の貧困化に歯止めがかからないのだ。
 なぜそうなのか。それは、はっきり言って、時代が変わったからだ。今は、アダム・スミスの時代でも、ケインズの時代でもない。企業の利潤追求に任せておけば、「見えざる手」のおかげですべてがうまくいく時代でも、政府がダムや道路建設など有効需要をつくり出しさえすれば、それで経済活性化ができる時代でもないということだ。
 現時代は、経済のグローバル化、寡占化が極限まで達した時代だ。そこにこそ、従来の方法では経済の活性化を図れない根本原因がある。
 従来の経済は、多少のグローバル化傾向はあっても、基本は国を単位とした経済だった。経済評論家、浜矩子さんが言っているように、アダム・スミスの「見えざる手」が働いたのも経済が国を単位に循環していたからだ。だが今は違う。経済のグローバル化がかつてなく進み、ヒト、モノ、カネは、国内で回転するのではなく、多国籍企業の利害にそって、大量に外に出ていく。経済も生き物だ。回転、循環のないところには病からの自律的回復はない。あるのは死のみだ。
 その上、経済の寡占化も従来の比ではない。レーニン「帝国主義論」で明らかにされた経済の集積、集中、寡占化は、百年の時を経て、「1対99」と言われるほど極限化している。超巨大独占体、グローバル大企業は、国の経済政策から生まれる利益の大半を食べ尽くすだけではない。食べた利益を国内での設備投資に回すことなく、社内留保しながら、より有利な海外市場、投機市場に回す。いわゆるカネ余り現象、産業の海外移転と国内空洞化、経済の投機化だ。こうした経済の腐敗、停滞と寡占化の相関関係が深刻だ。
 時代が変わったと言うとき、もう一つ大きいのは、覇権時代の終焉だ。今日、米国覇権、さらには覇権そのものが通用しなくなっている。その現時代、グローバル大企業中心に外に出て儲ける経済覇権を図っても成功は望めない。

■新しい時代は、国民中心の経済で
 今日、経済のグローバル化、寡占化が極限化した時代にあって、崩壊する米国覇権にしがみつく安倍政権の企業中心の経済成長策は、必然的に米国、グローバル大企業中心に陥り、その破綻はまぬがれ得ない。
 では、これに代わる経済成長策はあるのか。あるにはある。民主党などが掲げる、賃金を増やし消費を高め、経済を活性化させるという路線だ。だが、いかに賃金を上げるのか、肝心の方策のない「路線」は路線ではない。
 新しい経済のあり方が問われるに当たり、何よりもまず問題なのは経済の単位だ。このグローバル化時代、単位はやはり世界経済か。しかし、それはあり得ない。いくら経済がグローバル化したからといって、人々の基本生活単位は国であり、経済も国を単位に動いている。リーマン・ショックで経済が破綻したとき、それを建て直したのは、結局、それぞれの国においてではなかったか。
 経済の基本単位が世界経済ではなく国民経済であるとき、問題はその主体だ。誰が国民経済を運営し発展させるのか。これまでそれは企業抜きには考えられなかった。労働者が国の経済を担い動かすと言っても、それはどこまでも企業を通じてだった。では、これからの経済はどうなるのか。企業中心、企業主体の矛盾が露呈した今日、国民経済の主体は、国民自身をおいて他にない。と言えば、労働者管理や協同組合、NPOやNGOなどを思い浮かべるかもしれない。もちろん、それもあるだろう。しかし、国民中心の経済と言っても、やはり企業を離れてはあり得ない。ただそこで押さえるべきは、企業も国民の一員だということだ。それも地域密着の中小零細企業だけではない。大企業もそうだ。いかに多国籍化、グローバル化したといっても、大企業も完全に無国籍化しているわけではない。それどころか、自国から法外の利得を得ているのが大企業だ。だからこそ、大企業であるほど国民としての義務がある。これまでのように、ただ企業利益を追求するだけというのは許されない。愛国、愛郷、愛民の精神で、国家主権、地域主権、国民主権の下、国民経済、地域経済の発展のために尽くすことが求められる。それができないなら、国民としての権利もない。
 その上で重要なのは、新しい経済の基準だ。何を基準に経済を運営し発展させるのか。これまで基準は市場だった。「市場がすべてを決める」、「市場がよいと言うことがよいことだ」。だが、今やその限界は明らかだ。市場を基準に、経済が行き詰まり、社会には格差と貧困が際限なく拡大している。新しい経済は新しい基準を求めている。それは何か。国民経済を単位とする国民中心、国民主体の新しい経済、その基準は民意以外にあり得ない。民意がよいと言うことがよいことだ。これを基準に経済を動かす条件は成熟している。歴史的な民意の高まり、そして情報科学技術、ネットの発展だ。問われているのは、これを土台に経済を動かし発展させる自主・自治・自決の民主的政治体制など国民中心、国民主体の政治、経済の新しいシステムだ。まだまだ大枠しか提起できないが、議論の風発を切に求めたい。


 
書評

 「原発 ホワイトアウト」

金子恵美子


 「原発ホワイトアウト」を読んだ。<現役キャリア官僚のリアル告発ノベル>が謳い文句の今話題の本である。発売から3ヶ月弱で九刷16万部売れているという。
 作者の履歴には「東京大学法学部卒業。国家公務員1種試験合格。現在霞ヶ関の省庁に勤務」とある。現役エリートキャリアが、小説という形を借りて原発をめぐる原子力ムラの実態をリアルに告発した本ということだ。
 主要登場人物として、電気事業連合会を彷彿とさせる「日本電力連盟」常任理事の小島巌、経済産業省エネルギー庁次長の日村直史、元アナウンサーで現在「自然エネルギー研究財団」主任研究員の玉川京子。この3人が1章から18章に規則正しく順繰りに主人公として登場して物語が進んでゆく。そして、プロローグと終章の主人公は、崔と金山という朝鮮系の人物だ。
 始まりは今年の参議院選挙。「保守党」の圧勝により衆参のねじれが解消。出口調査でこれを確信した「日本電力連盟」常任理事の小島が呟く。「ようやく秩序が回復される」「秩序とは単に政局の話だけではない。10電力会社による地域独占、原発の推進、それによってもたらされる政界と財界と官界の結びつき・・・そうした一連の秩序がようやく復元されることである」と。
 小説は、山本太郎を思わせる山下次郎、泉田新潟県知事を思わせる伊豆田県知事、経産省前の脱原発テント、金曜日デモ隊などを、ねじれの解消で双肺エンジンとなった「保守党」と官僚、検察、電力会社が手を組み巧妙に潰しながら、原発の再稼働を実現していく様子がリアルに描かれている。「こうして年末の御用収めまでには、日本全国で15基の原発が再稼働するようになった。フクシマでの三度のメルトダウンを乗り越えた原子力ムラの見事な復元力だった」と。
 しかし、どんでん返しが待っている。終章「爆弾低気圧」で、本の帯にも書かれている「原発はまた、必ず爆発する」である。しかも送電塔を爆破するという人為的なテロにより、2013年大晦日から翌元旦にかけて大混乱に陥る日本列島。しかし、その中でも原子力ムラの住人たちは、「喉元すぎれば熱さ忘れるのが日本人の宿痾」、「自分の生活に直接降りかからない限りはまた忘れる。またフクシマ後と同じようにやればいいのさ」とうそぶく。
 因みに本の題名にもなっている「ホワイトアウト」とは、大雪で視界が遮られ何も見えない状況のことだそうだ。吹雪の中、送電塔に向かう崔と金山の描写の中に一度だけ出てくる。
 すごく勉強になった。日本を牛耳っている支配層の傲慢な大衆観点や日本人観、そして何より、原発を巡る「原子力ムラ」システムがどうなっているのか、その醜い内実をリアルに学ばせてもらった。特に勉強になったのは電力会社を潤わせ、原発を手放せなくさせている「総括原価方式」というシステムについてだ。電力会社が生み出した、この日本の政治社会を支配する集金・集票システムを本書は、モンスター・システムと呼んでいる。
 「政党交付金が表の法律上のシステムとすれば、総括原価方式の下で生み出されるレント、即ち超過利潤は、裏の集金・献金システムとして、日本の政治に組み込まれることになったのだ。・・・公共事業への国家予算の分配がゼネコンの集金集票の見合いであることや、診療報酬の改訂が日本医師会の集金集票との見合いであることと同様に、このモンスター・システムは、日本の政治に必須の動脈となったのである」と。
 では、この「総括原価方式」とは何か。
 「電力の安定供給」の名目の下、電気事業法で定められた、電力業界における「憲法」とも呼ばれる絶対不可侵の存在で、「発電・送電などに要する電力会社の<適正な費用>に<公正な報酬>を上乗せしたものを総括原価とみなす」というものである。
 簡単に言えば、普通の企業では利益=売価−原価(コスト)となるのだが、電力業界の「総括原価方式」は、売価(電気料金)=原価(適正な費用)+利益(公正な報酬)となる。原価には人件費、燃料費、修繕費、減価償却費、諸税などが含まれ、これを経営費として見積もる。利益は事業報酬と呼ばれ、これは発電資産に対し何%と決められている。大体3、5%位と言われている。このように電気料金が、予め、原価に報酬を上乗せしたものとして決められており、おまけに電力事業は地域独占であるのだから、原価(コスト)をいかに低く抑えるかといった意識も努力も必要ないのである。いや返って原価が高いほど利益が大きくなる仕組みになっているのである。因みに主要コストである人件費、東電の社員一人あたりの平均年収は760万円で、国内全企業のそれの約2倍、役員報酬は7000万。流石に国民の厳しい批判から現在は50%カットされているというが。また、事業報酬を決める発電資産の中で、最も高額なのが原発資産である。故に、原発が多ければ多いほど、巨額の金が電気会社に入ってくる仕組みになっており、原発建設推進の大きな誘引になっているのである。因みに原発は一プラント三千億〜五千億円で東電は十七基所有。原発は打ち出の小槌なのである。この「総括原価方式」によって生み出される潤沢な金を、政治家に献金やパーテイ券の購入などでバラ撒き、天下りなどでの政治家対策に使い、マスコミや学者、研究者なども抱き込み、地震大国の日本に54基もの原発を建設し続けてきたのだ。
 この「総括原価方式」がある限り、ここから生み出される原発マネーを巡る政・官・財を枢軸とする「原子力ムラ」は生き続け、日本政治はこのモンスター・システムに絡め取られ、結果原発は維持され続けるのである。「特定秘密保護法」成立の暴挙の一方で、経済産業省は、「エネルギー基本計画」の原案において、民主党政権が掲げた「原発ゼロ」からの転換を明確に打ち出した。小説はテロによる再びの原発爆発、しかしそれにも懲りないモンスター・システムの受益者たちによる日本の破滅を示唆するが、日本と中国・韓国との軋轢が原発「テロ」という形をとるかどうかは別として、この小説の描く通りに原発政策は進んでいる。こんなモンスター・システムのために日本を道連れにしては絶対にならない。そうした思いを一層強くさせる、この小説の一読を勧めたい。



投稿

秘密保護法強行成立は安倍政権短命化の第一歩

秋山 悠行


 特定秘密法が自公の賛成で成立した。
 審議時間は両院合わせてもたった68時間。衆院46時間、参院22時間。小泉政権の郵政民営化関連法が約213時間。第1次安倍政権の改正教育基本法も計約189時間。今回の拙速ぶりは明白だ。参院特別委の採決も速記録に「発言する者多く、聴取不能」と記されている。法案の詳しい中身を与党議員多数すら知らない、当然、国民は圧倒的に知らされないままであった。
 参院では「審議の邪魔になる」野党の委員長二人を解任して与党にすげ替えるという前代未聞の暴挙、そして第一次内閣と同じく安倍晋三得意の強行採決を繰り返しての法制定であった。
 それほどまでに大急ぎで作りたかった理由はまずアメリカの要求だ。アメリカの手下として参戦をするために、真実の情報を隠さなければならない。日本軍が中国侵略を推し進め拡大する時に盧溝橋事件・柳条湖事件を、アメリカ軍がベトナム侵略をする時にトンキン湾事件、イラク戦争をする時に大量破壊兵器疑惑をでっちあげたように。真実の情報を隠し、デマ情報を流布させることが戦争に必要なのだ。
 第二にTPP交渉など日米経済の根幹に関わることについて日本の国民に隠さなければならない。日本国民が必死に稼いだ富がアメリカの懐に吸い込まれるなんて言う真実がわかってしまったら具合が悪い。
 第三に福島第一原発の大気・海洋・地下水・土壌への放射能汚染の実態や再稼働を企む全国の原発の直近にたくさんある活断層などの情報も隠さなければならない。無理やり外国に売りつけたい原発が、一旦事故が起きればその国を破滅させるなどという真実がバレないようにしなければならない。
 戦争・経済・放射能について日本国民の目を塞ぐ共通点があるのだが、もう一つの共通点は、アメリカには全て情報がダダ漏れということ。安倍政権は身も心もアメリカに奉仕する政権であることをこの秘密法制定が示した。心ある右翼愛国者はこの「不都合な真実」隠しに怒るべきだ。国会を囲んだ万余の「秘密法反対・人間の鎖」や国会前日比谷野外音楽堂に集まった1万5千人(かつて一度も見たことのない)と連帯をして。
 憲法にも、国際条約にも違反するこの法律を、将来誕生する新たな政権により廃止する日を作り出そう。そして安倍政権はこの強行成立により支持を失い、短命になる道を自ら選択してしまった! 国会前でも全国各地でも大きく盛り上がった反対運動の炎を大切にし、成立に落胆せず複層的多面的な闘いを継続することにより巻き返しは可能だ。



資料

秘密保護法−国際社会から続々と懸念の声 

「秘密法反対ネット」より引用


1 修正案では問題は解決しない
 秘密法の制定は、戦前の例を見てもわかるように、戦争への道に直接つながっている。負けている戦争の真実が隠され戦争が続き、多くの命が失われた。国民の多くは、この法案が原発の安全情報もテロ対策などの名目で秘密にされていくものであることを見抜いている。みんなの党や維新の会と与党の間で進められた修正案では何も問題は解決されない。首相の第三者機関にしても、官邸で首相を取り巻く治安官僚たちが政府に君臨するだけだ。60年で原則公開と言っても、例外だらけで期間も長すぎる。この法案は廃案とするほかない。そして、これからの安全保障と情報へのアクセスのあり方について、きちんとした議論を始めるべきだ。そのような議論のために合理的でバランスのとれた基準を提供してくれる国際原則がある。それがツワネ原則だ。

2 アメリカに追随せず、ヨーロッパの流れに見習おう
 ツワネ原則の根拠は日本政府も批准している自由権規約19条にある。ヨーロッパ人権裁判所は、ツワネ原則をさらに進め、ジャーナリストやNGO(非政府組織)活動家が政府の隠された情報にチャレンジして情報を入手して公開する過程に窃盗や侵入、不正アクセスなどの法違反があっても、その情報が公共の討論に貢献し、違反による害が大きくなければ、倫理的な基準に沿ってなされた行為に対して刑事罰を科すべきではないという法理を確立している。また仮に均衡を欠き、刑罰を科さざるを得ない場合も、表現行為に対する刑罰は罰金に止めるべきであるという判例理論も確立している。ジャーナリストや市民活動家を厳罰に 処し、刑務所に送り込もうとしてやまないアメリカ政府や日本政府とは根本的に違う価値観がヨーロッパでは共有されている。ツワネ原則は、このようにしてヨーロッパにおいて発展してきた民主主義と国の安全保障を両立させる考え方をガイドラインとして定式化したものだと言える。

3 ツワネ原則の法規範性
 ツワネ原則は、国連そのものが策定したものではない。しかし、この原則の策定には、国際連合、人及び人民の権利に関するアフリカ委員会、米州機構、欧州安全保障協力機構の特別報告者が関わっている。  フランク・ラ・リュ(言論と表現の自由の権利に関する国連特別報告者)は「私は、国連人権理事会によって本原則が採択されるべきだと考える。全ての国が、国家安全保障に関する国内法の解釈に本原則を反映させるべきである。」と述べている。  カタリナ・ボテロ(表現の自由と情報へのアクセスに関する米州機構(OAS)特別報告者)は、「安全保障のための国家の能力と個人の自由の保護との間に適切な均衡を保つものとして、ツワネ原則を歓迎する。」と述べている。  原則の公表後、欧州評議会議員会議は 2013年10月2日「このグローバル原則を支持し、欧州評議会の全加盟国の当該分野の関係官庁に対して、情報へのアクセスに関する法律の制定と運用を現代化するにあたっては、本原則を考慮に入れることを求める。」と決議している。日本は、欧州評議会のオブザーバーであり、この原則を十分に検討しなければならない。


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