研究誌 「アジア新時代と日本」

第115号 2013/1/5



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 新年度、参院選をいかに準備するか

投稿 2013年はアジアの様相がガラリと変わる最初の年




 

編集部より

小川淳


 総選挙の衝撃がさめないまま、2013年が明けた。すさまじい「民意の怒り」である。今年の正月がことすら寒く感じたのは、安倍政権の誕生という「冬の時代」の到来を感じたからかもしれない。史上最低の投票率は、もはや政治には期待しないという「民意」そのものではなかったか。年頭元旦の主要紙の社説をみても、新年にふさわしい展望を語る誌面は見当たらない。
 朝日新聞は、「混迷の時代の年頭に『日本を考える』を考える」と題し、日本という「国の相対化」を薦めている。「日本を取り戻す」(自民党)、「したたかな日本」(維新の会)、「日本再建」(公明党)など昨年末の選挙では「日本」があふれていた。この政治の右傾化にメディアが危機感を持つのは理解できる。しかし、ナショナリズムは「相対化」の一言で退けるような問題なのだろうか。対米従属からの脱却は、沖縄の闘いが示すように米国の覇権との命がけの闘いである。60年も続く戦後史からの一大転換である。鳩山政権が失敗したのは広範な「人民の力」に依拠し、命がけでやらなかったからではないのか。
 読売新聞は、「政治の安定で国力を取り戻せ、 成長戦略練り直しは原発から」と題し、徹底した原発推論を展開している。安倍政権へのエール一色といってよい。安倍政権同様に覇権的考え方が基調をなす。
 日経社説は「国力を高める」と題し、「投資立国」を薦める。企業家や資本家がいま何を要求しているのか、日経を読むとよく分かる。
 東京新聞は、「人間主義を貫く、年の初めに考える」と題し、「西洋の近代は自然を制御、征服する思想。今回の大震災は西洋の限界を示した。近代思想や経済市場主義ではもう立ち行かない。自然と共生する文明のあり方を模索すべきではないか」という松本健一氏の考えを紹介している。真摯な問題提起と受け止めたい。
 さて、安倍政権の誕生によって、今年は政治も経済もますます混迷を深めるに違いない。その中で私たちはどのような展望を持てるのか。今号「主張」の「参院選をいかに準備するか」と佐々木氏の「2013年はアジアの様相がガラリと変わる最初の年」は、ひとつの回答だ。民意に反し、アジアに敵対し、対米同盟を一層深める安倍政権だからこそ、民意を探り、民意に訴え、民意に応えながら、米国ではなく国民が求める「強い日本」を模索する視点と、佐々木氏のいう「アジアと共に」という視点が決定的になると思う。今年はそのような紙面つくりを目指したい。



主張

新年度、参院選をいかに準備するか

編集部


 昨年度情勢について総括するとき、キーワードは「強い日本」だったのではないか。国民も、米国、財界もそれを求めた。だが、求めるその内容はそれぞれ大きく食い違っていた。昨年末衆院選の結果は、それを端的に現していたのではないか。新年度情勢発展の展望は、この「強い日本」をめぐってのものになると思う。

(1)昨年末衆院選を総括する

 衆院選結果の評価については、おおむね「異口同音」だった。「自民党の大勝というより、民主党の大敗」「消去法による選択」「得票率25%で過半数」等々。一言でいって、「325」という自公の獲得議席数は、民意とかけ離れていたと言える。
 しかし、選挙がマスコミの世論調査などよりはるかに民意を反映しているのも事実だ。獲得議席数に投票率や得票率、等々まで合わせて総合的にとらえ返せば、選挙、特に衆院選は民意を測る最高のバロメーターだと言える。

■国民の審判が下った民主党政治の「弱さ」
 民主党の大惨敗は選挙結果を見るまでもなく完全に想定内だった。国民の前にあれだけの裏切りを犯したのだから、当然の報いだと言える。
 民主党政治の「裏切り」を言うとき、それは単にマニフェストを実行したか否かにあるのではない。当初の見通しが狂い、マニフェスト通りにならないときだってあるだろう。まして、予期せぬ大震災が起こり、史上最悪の原発事故まで同伴したのだから、国民は十二分に理解してくれる。
 問題は、国民生活第一を掲げ、国民の味方を標榜した民主党が国民の利益を守り通すことができなかったばかりか、遂には公然と国民に背を向け、米国や財界の顔を見て政治を行うまでに転落してしまったことだ。歴史的政権交代の意義は無残にもその敗北と失敗の教訓を残すのみとなってしまった。
 思えば、普天間基地移設問題が、米国の要求に抗し国民の意思に忠実に闘うのか否かが民主党政権に決定的に問われた正念場だった。この踏ん張りどころで米国の圧力に屈し腰砕けに終わってしまったこと、この鳩山政権の崩壊ですべてが決まってしまった。原発や消費増税、TPPなど、米国や大企業の強要をそのまま受け入れる弱腰、無見識、そして、経済停滞や震災復興問題などに対しても米国や財界の意向に左右され、国民のための断固たる路線を立てられない無定見、等々、以後の民主党政治は、もはや一国の政治としての体をなさないものになってしまった。
 そうした中、国民は民主党政治の何を問題にしたのか。それは、「弱さ」だと思う。米国や財界の圧力の前に国民の利益を守れない「弱さ」、その「弱さ」故に民主党に厳しい審判を下したのだと思う。

■求められた「強い日本」
 年末衆院選で、民主党の「弱さ」に審判を下した国民が求めたのは「強さ」だった。それは、選挙前から一定程度予測されていた。昨年春の統一地方選では「決定できる政治」「強い政治」を掲げる大阪維新の会が大勝していた。そして、民主党の「弱い政治」には、国民自身、ほとほと嫌気がさしていた。折から、米国アーミテージ、ナイの「強い日本」への呼びかけがあり、それに呼応するかのように、夏から秋にかけて、「強い国」「強い日本」の右派大合唱が巻き起こってきていた。本誌で「米国のための覇権強国」か「国民のための自主強国」かのスローガンを提起したのもそうした中でのことだった。
 この「強い国」「強い日本」が一定の国民的支持を受けたのは事実だ。それは、「強い国」「強い日本」を掲げ、「強さ」を売り物にした政党がそろって議席を伸ばしていることを見ても言えることだ。安倍自民党はもちろん、日本維新の会も54議席を獲得し民主党と並んだし、みんなの党も議席を倍増した。
 一方、「強さ」を売り物にしなかった党は、一様に伸び悩んだ。本誌でも大いに期待した日本未来の党の苦戦は残念だった。右派連合対国民連合の対立軸をつくって善戦を期待したのに、そうはならなかった。なぜか?民意が低すぎるのか?国民は、原発の怖さ、消費増税やTPPがいかに日本をだめにするか分かっていないのではないか?そう言いたくなる結果だった。しかし、果たしてそうだろうか。決してそうではないと思う。その証拠に、国民世論を注視すると、見逃せない反応が少なくなかった。曰く、「頼りない」。曰く、「『未来』には経済がない」。すなわち、日本未来の党には国民が国を託せる「強さ」が感じられないということだ。事実、未来の党には、路線・政策的にも、組織的にも、日本の政治を委せられるほどの力がなかった。
 では、安倍自民党や日本維新の会、みんなの党を選んだ民意は正しいのか。これらの政党に日本の政治を委せていいと言うのか。

■問われる国民のための「強さ」
 国民は、決して自民、維新、みんなを積極的に選んだのではない。「消去法による選択」という今回の衆院選評価がそれをズバリ言い当てている。さらに、記録的な投票率の低さを見てもそうだ。民意は今度の選挙にいつにも増して期待できなかったのだ。民意に応えられる政党が一つもない。投票率の低さは、その隠しようのない証左に他ならない。その証拠に、今回安倍自民党の比例代表区での得票率は、前回3年前、あの歴史的大敗を喫したときの26・7%と大差ない27・6%だった。
 衆院選結果の分析、評価から出てくる結論は何か。「それでも自民がましだ」に他ならない。そして、その「まし」の根拠も、自民が持つ長年の経験に裏付けられたノウハウの「強さ」や「安定感」にあるのではないだろうか。
 決して自民や維新が主張する「自主憲法」や「集団的自衛権」「国防軍」が支持されたのではない。そもそも彼ら自身が、それを前面に押し出すことがなかった。「強い日本」「強い政治」を言いながら、押し出したのは経済であり原発を実質的になくすことなどだった。
 なぜそうなったのかは、はっきりしている。それは、彼らが言う「強さ」、憲法や集団的自衛権、国防軍などが、国民が求める、国民のための「強さ」ではなかったからに他ならない。

(2)なぜ今、「強い日本」なのか?

 国民が求める、国民のための「強さ」、それは、あくまで国民の意思と要求、利益を守り抜く「強さ」だ。それは、民主党の「弱さ」に下された国民の審判を見ても明らかだ。ではなぜ、今日、そのような「強さ」「強い日本」がいつにも増して切実に求められるようになっているのか?

■歴史的大転換の時代と「危機」
 「強い国」「強い日本」が求められるのは、何よりも今が危機だからだ。1990年を前後して始まった経済危機は、「失われた十年」「二十年」を経ても、いまだ泥沼から抜け出ることができない。その間、日本のGDPは停滞し、中国に世界第二の座を明け渡した。長いこと大幅黒字を誇った貿易収支も赤字に転落した。産業の空洞化はさらに深刻な段階へ深まり、今や、高止まりの完全失業率にあって、その三分の一が一年以上の長期失業になり、生活保護世帯は220万を超えた。しかも、昨今の世界的な経済危機は、新自由主義・金融大恐慌、リーマン・ショックに輪をかけたような破局が懸念されるまでに至っている。かつてないこの難局を克服するには尋常一様な景気対策などではとても意味をなさない。「強い国」「強い日本」への要求はこうした底なしの経済危機を肌で感じる国民の切実な要求だ。
 しかも、今日の「危機」は単なる経済危機ではない。米一極世界支配の崩壊にともなって、今、世界には巨大な地殻変動が起きている。昨年一年を見ただけでも、貿易決済をドルから自国通貨に切り替える動きは世界的範囲に拡大し、BRICSの「デリー宣言」などでは途上国相手の自前の開発銀行の創設が唱われた。ASEANプラス6による自由貿易圏や南米諸国中心の太平洋同盟など地域共同体経済の構築が広がり、米国中心の覇権経済体系から地域共同体に基盤を置く脱覇権経済体系への転換が急速に進んだ。これは世界秩序の覇権から脱覇権への歴史的転換を意味し、今日の経済危機がこうした大転換の中での「危機」であることを教えてくれる。

■時代の転換点で問われること
 世界のあり方が変わり、それにともなって国のあり方が問われる歴史的大転換と「危機」の時代にあって、「弱い日本」ではそれに対応できない。「強い国」「強い日本」への国民的要求の背景にはこうした時代の切実な要請がある。国のかたちや体制、統治機構の転換、見直しを掲げ、それを成し遂げる「強さ」を標榜する日本維新の会が一定の支持を獲得したのもそのためだ。
 だが、今日、時代の転換点にあって、「強さ」「強い日本」が求められるのは、ただ単に国のかたちや体制の見直しが問われているからではない。重要なのは、その見直しが覇権再構築に狂い立つ米国との闘争を同伴せずにおかないということだ。
 実際、民主党政治の「弱さ」と言ったとき、それは、米国と闘えず、米国の言いなりになる「弱さ」だった。民主党政権が現状を変更し改革しようとしたとき、まずぶつかったのは、普天間基地移設問題だった。先述したように、「強さ」はここでこそ問われた。この闘いでの腰砕け以降は見ての通りだ。TPPや原発、消費増税など、米国の覇権再構築の戦略に屈従する「弱さ」がさらけ出されただけだった。
 米国の覇権再構築の戦略は、昨年、世界的範囲で執拗に繰り広げられた。TPPによる東アジア共同体など地域共同体の破壊、財政健全化、緊縮財政の名によるEU、ユーロ圏の破壊、南沙群島、尖閣諸島など領土問題をめぐる紛争を利用しての中国包囲網の形成と米国によるそこへの関与、そして、シリア内戦への介入とイランへの攻撃、ミャンマー「民主化」と経済援助、朝鮮への「対話」と「戦争」両様戦略、等々、枚挙にいとまがない。これら米国の覇権再構築の策動とそれをめぐる攻防が世界中至る所で展開されているのが今日の世界の現実だ。
 米国覇権の崩壊とともに、一段と激しく悪辣になった米国による覇権再構築策動との闘いを避けて、いかなる国の見直しも転換もあり得ない。今日、歴史的大転換の時代にあって、世界中で、反米、脱米気運の高まりとともに、「強さ」「強い国」が広く国民的要求となってきているのは、まさにこのために他ならない。

(3)新年度、何が求められているか

 新年度の当面の焦点は参院選だ。年末衆院選の結果は、自民が参院選でも過半数を制し、自民、維新、みんな三党合わせて参院議席総数の三分の二を超えるか否かを新年度上半期の焦点に押し上げた。それは、彼らが言う「強い日本」、憲法改正、国防軍、集団的自衛権への道が開けるか否かがそれで決まるからだ。
 この「焦点」をめぐりいかに闘うか、それを離れて、新年度の闘いはないだろう。

■参院選に向け狙われていること
 安倍自民党は、年末、組閣を前にいち早く参院選に向けて始動した。真っ先に取り組まれたのは、もちろん「経済」だった。公共事業の大々的な展開など、十兆円、二十兆円規模の大型補正予算案が検討され、日銀との間に金融の大幅緩和についての話し合いがなされた。そして、小泉政権時活躍した「経済財政諮問会議」の復活が確定的だ。
 経済の活性化は、今、国民の第一の要求だ。それに安倍自民党新政権が真っ先に力を入れること自体には何の異論もない。だが、そこには二つの大きな問題がある。一つはその方法の問題だ。このような復古的ばらまきの方法で新しい時代の経済問題を解決できるのかということだ。「大きな政府」による公共事業投資で経済を活性化できたのは、「古きよき時代」の夢だ。独占大企業が超巨大化し、利益を設備投資ではなく金融・投機に回すのが一般化した今日、国家による需要の創出で経済の活性化は期待できず、生まれるのは、継続する不況と金融緩和によるインフレが合わさったスタグフレーションだけだ。この歴史が証明した誤りを新政権はなぜくり返そうとするのか。
 もう一つは、このばらまきの目的だ。本当の目的は、経済活性化などにはない。それは、新政権が人心を引きつけ、参院選で勝つところにこそある。それが、憲法、国防軍、集団的自衛権のためなのはもはや公然の秘密だ。
 これは明らかに、国民が求める、国民のための「強い日本」ではない。実際国民は、そのような経済活性化を望んでいないし、「戦争ができる強さ」を求めているのでもない。
 では、誰が望んでいるのか。それは、米国であり財界だ。アーミテージ・ナイ報告が日本に求めた「強い日本」は、まさにこのような日本だ。憲法を改正して、公然と武力を持ち、集団的自衛権を行使して戦争できる日本、中国や朝鮮、ロシアなどに対して米国の前面に立てる日本だ。米国の覇権の下でアジア覇権を追求する財界も、それは望むところだ。それに財界は、米系外資とともに財政の大盤振る舞いにも賛成だ。

■求められる国民大連合の実現
 今、参院選への準備が問われている。そこに日本の命運がかかっている。
 もし、参院選で自民、維新、みんななど、右派連合の大勝を許すようなことがあれば、それは、憲法改正、国防軍、集団的自衛権に直結するようになる。
 もちろん、国民はそのような日本を望んではいない。しかし、国民の意思と要求を反映した路線と政策を持ち、それを国政で実現できるほどの力を持った政党がないとき、国民は、投票場に行かない。行っても、「まし」な政党に投票するしかない。それは、衆院選と同じパターンだ。
 それに加えて、少なくとも参院選までは、先述したように、安倍自民党政権による財政の大盤振る舞いがある。それが選挙に一定の影響を与えるのは避けられない。
 こうした中、国民にとって参院選準備で一番大切なのは、右派連合と対決する国民大連合を実現することだ。右派連合と闘う国民の側がバラバラでは選挙に勝つことは絶対にできない。「強い日本」をめぐり、「国民のため」か否かが問われる中、国民不在の右派連合に対して、徹頭徹尾「国民のため」の国民大連合を結集することこそが求められている。
 しかし今、国民大連合の軸となるような強力な政党は、残念ながら見当たらない。期待された日本未来の党は分裂してしまった。
 こういうときはどうするか。国民自身がやるしかないと思う。ソーシャルメディアやネットでつながり、自分たち自身の運動と組織をつくっていくことだ。それが民意の時代のやり方だと思う。
 そのために決定的なのは、その結集軸となるスローガンだ。スローガンを正しく掲げてこそ、人々は集まってくる。
 そこで「正しい」とは何か?それは、誰もが支持し賛成するということだ。スローガンが一人一人皆のもの、自分自身のものになってこそ、その運動はもっとも広範な国民自身の運動になる。
 しかし、誰もが賛成する一人一人皆のスローガンなどというものがあり得るのか。あり得るのではないか。少なくとも、今、圧倒的多数の人々が「強さ」を求め、「強い国」「強い日本」を求めている。それも、国民のための「強い日本」だ。この民意を基準に、「強い国」「強い日本」をめぐる右派連合との対決点はこれからいくらでも鮮明にしていくことができると思う。「本当の強さとは何か?」「米国のための『強い日本』か、国民のための『強い日本』か」・・・、民意の時代の国民自身のスローガンが問われている。
 国民のための「強い国」「強い日本」のスローガンの下、重要なのは政策だ。日本未来の党は、衆院選で「卒原発」「消費増税やTPPの凍結」「活女性、子ども」等々の政策を掲げた。しかし、もう一つ国民的支持を集めるには至らなかった。なぜか。その大きな要因として、経済政策がなかったことが挙げられると思う。あの復古丸出しの経済政策にもかかわらず、それでも自民には「経済」があると言われた。参院選でもう一つのポイントは、この経済政策の提示だ。安倍自民の日本経済を破壊する、何の金融財政的裏付けもない人気取りのための大盤振る舞いを根底的に批判し尽くす新しい日本の新しい経済政策の提示が求められている。
 政策で重要なのは、もちろん、日本と日本国民のための分かりやすい脱原発のスローガン、エネルギー政策とともに、この時期、米国がTPPを露骨に強要してくるのが確実な中、それに対する対応を明確にした闘いが問われてくるだろう。あくまで日本と日本国民の立場に立つのか、米国に屈従するのかを鮮明にして闘うことこそが重要だと思う。
 ここで禁物は、スローガンや政策、方針をめぐって、いがみ合い分裂することだ。国民は、日本と日本国民を前に、皆が「求同存異」、共通点を求め、差異点はひとまず横に置いて、団結して進むのを求めている。この国民の最大の要求と願いに忠実に、愛する日本の前に一つに大結集することこそが決定的だ。
 民意が決める民意の時代、ソーシャルメディアでつながった広範な国民的連携が、政党、社会団体、人士、活動家を突き動かし、参院選に向けた準備が国民自身の手で国民大連合に向け促進されていくとき、日本の命運は、禍から福へと大きく転換していくのではないだろうか。 



投稿

2013年はアジアの様相がガラリと変わる最初の年

京都総合研究所 代表 佐々木道博


 激動の2012年は、主要国の指導者の選挙もすべて終わり、日本でも総選挙が実施され安倍新政権が発足した。今日の世界とアジアの情勢を冷静に分析するなら今後3〜5年でアジアの様相が一変すると予想される。詳しくは後で論述するとして、まず中国の習近平総書記が、中華民族の復興を唱え、朝鮮が人工衛星光明星3号2号機を太陽同期軌道に正確に進入させ実験を成功させたこと、そして沖縄が独立への腹を決めたということ、これらはすべて繋がっており明治以来の日本のあり方をも根本的に変えていく重大な要素を含んでいると言えるだろう。今回の論考は、前回の106号論考に続くものであるので、それも参考にして頂きたいが、世界の金融危機も一層深化する中でわが国の進路について共に考えていく契機になればと願うものである。
 まず、多くの皆さんが関心を寄せた今回の総選挙から見ていきたい。3年3ヶ月の民主党政権の是非が問われた選挙であったが、民主党は激減、その民主党から分派した未来も卒原発を掲げ戦ったが大敗北、社民党、共産党も敗北した。そして絶対得票率で比例区16%、選挙区24%の自民党が圧勝するという事態が起こった。野田民主党は、小沢憎しで小沢党の組織と金が整わないうちにと解散を決断し、自らは議席がたとえ半減しても民自公で政権維持できると踏んでいたのだろう。結果は野田グループの生き残りさえ不可能な事態となった。小沢氏の生活党も組織未整備と資金難の中,滋賀県知事嘉田氏と組み、起死回生の手を打ち未来の党を緊急避難的に立ち上げたが、反原発の大きな流れを得票に結びつけることに失敗した。そして解党し元の生活党に戻った。検察とマスコミの総叩きの中で小沢氏は戦い続け生き残ってきたが、今回の選挙でその神話も消えたかに見える。社民党も現在の福島体制では、もう戦えないことは明らかだろう。共産党にも展望はない。
 3党とも国の進路にも大きく関わる尖閣問題や日韓関係改善、朝鮮問題に全く行動も起こさず、政府の各国非難決議や制裁にも明確な反対行動も示さず自ら中国や朝鮮、韓国に乗り込む外交努力もしなかった。小沢氏などは、習近平総書記就任と同時に即訪問し、関係改善に向けた話し合いをすべきであったし、またそれができる唯一の人であるといっても過言ではない人物である。国民が日中関係、日韓関係、日朝関係含めアジアとの関係悪化に対し危惧を深めているときに何もしない、できないでは、指導者としての信頼を得られないのはいうまでもないことである。
 また経済についても、この半年マイナス成長が続き、デフレの深刻化に対しても明確な政策を打ち出せず、ただ消費税反対や子供手当て31万円を主張しただけであった。自民党は谷垣総裁時代に京大教授藤井聡氏の列島強靭化10年間200兆円の公共事業の実施を政策に採用した。私が2011年4月、震災復興シンポの講演者として藤井聡氏に依頼したとき、私の方から現在の世界経済の状況から見て、今日本に必要なのは600兆円の政府貨幣特権を発動し、まず赤字国債400兆円を金融機関から買い戻し、残りの200兆円を年40兆円ずつ5年間で公共投資を行い、原発の後処理や災害対策や国民に配るようなことが必要だと提言をした。私は自社で出版した「政府貨幣特権を発動せよ」丹羽春樹著を元に提言をしたが、藤井氏もその時同様な考えを既に持っていたし、そうした考えのもと彼は列島強靭化論をまとめたのである。財務省の緊縮政策進行の中、自民党はこの政策を採用し、今回の組閣でも内閣官房参与として藤井聡氏を任命している。この自民党の政策が成功するかは未知数であるが、こうした事実一つ挙げてもいかに未来、社民、共産が経済政策に興味と関心がないのか物語っている。国民が困窮し、非正規化がどんどん進行しているというのに、ただ消費税反対だけではいかにも説得力に欠けるのは云うまでもないことである。
 政府の政策を批判暴露すべき野党のほとんどが、財務省のこれ以上の借金は将来世代につけを残す、財源の裏付けはあるのか、などの脅しに何の反論もできずにいることは、実に情けないことである。テレビの政治討論などでは、これが常態となっている。不勉強極まりない。実際は、今ある1000兆円の国債など1日で片付くのである。政府が金を出しすべて買い戻すことが可能であるし、日本にはそれだけの資産の裏付けも充分にあるし、法的にも政府貨幣特権は保証されている。政府がわざわざ銀行から国債という形で借金し、年1、5%、15兆円の配当を渡し、金融危機から銀行を救済し、銀行支配を強めているのである。地方自治体などは銀行への利払いだけで四苦八苦である。これはすべて財務省の政治経済支配の手法である。与党も野党もこの考えに支配洗脳され、まさに財政の大政翼賛会に参加している。こうした事に逆らうと経済学者の植草一秀氏や高橋洋一氏のごとく、陰謀にはまるという構図である。
 以上今回の総選挙についての論説が長くなったが、経済、外交など国民の深刻なテーマに眼を背け、財務省の手法や外務省の反中国反北朝鮮の大政翼賛会に包摂されている様では、未来、社民、共産などがいくら反原発だけを訴えても政権をとることはできないだろう。投票率10%減で、1000万票が前回より減ったということは、前回政権交代に期待した人が、もう選挙で世の中変わらないと考えているということでもある。今後の政治を見るとき、これも重要な要素であることも留意すべきだろう。
 冒頭のアジア情勢の展望に戻るが、まず中国情勢から見てみよう。第18回党大会が開かれ、新たに習近平総書記以下7人の政治局常務委員が選出された。尖閣問題が深刻化する中で日本の中国評論家も新体制に対し厳しい評価をしている向きもあるが、国内情勢が以前と比べ相当不安定になってきているのは確かであるが、今日の中国情勢をどう見るか、歴史的に振り返ってみよう。
 1978年から始まった改革開放も89年天安門事件、90年前後のソ連東欧崩壊を経て停滞したが、92年のケ小平の南巡講話から再始動した。それから20年、中国は走り続けた。外国資本をどんどん導入し、一時は奴隷労働とも批判されながらひたすらそれに耐え、自国資本と生産力を蓄えてきた。米欧や日本など周辺国ともできるだけ摩擦を避けじっと腰を低くして経済建設に邁進してきた。しかし2008年北京オリンピックを成功裏に終え、また同時に起こったリーマン危機も積極的な財政政策で比較的スムーズに乗りきった中国は、国家としての自信を回復した。今では、2016年に世界一の経済規模になるとの予測がOECD経済協力開発機構から出されるところまで来たのである。
 世界の家電製品の80%は中国で生産され、テレビからスマホ迄すべての品目に及び、鉄鋼生産も世界の50%でそのほとんどは、自国消費である。化学製品、建設資材然り、生コン生産は日本4000万トン、中国16億トンという有様である。GDPも2012年末、日本円では700兆円強で2年前に日本を抜いたが、既に日本の1,5倍以上の見込みである。購買力評価では既に日本円で2000兆円に達し、アメリカの1,5倍になっている。1820年、大清帝国のGDPが世界の30%であったという世界銀行報告も記憶に新しいところであるが、中国経済の規模は、このままの推移で行くと2020年には200年ぶりに世界の30%を達成するであろう。習近平総書記の言う中華民族の復興とは、まさにこの事を言うのである。勿論経済だけでなく政治軍事も同様である。1842年、アヘン戦争以来欧米ならびに日本に痛めつけられて来た中国が復興を果たすという事である。
 今、中国で起こっているいわゆる暴動、大衆抗議行動は、高度経済成長で肥大化した国有企業や外国資本に対して正当な分配を支払えという要求であり、不完全な医療保険制度で医療をまともに受けられない人々の抗議であり、農地の再開発に伴う代替地や補償要求など様々である。この10年で農民工の賃金も3倍以上に上がっているが、資本家はもっと儲けている。その分配の適正化を要求しているのである。至極当然な要求である。こうした状態を見て、中国共産党の崩壊論を云々している評論家いるが、これは全く見当はずれである。革命にはそれを指導する党なり組織された政治勢力が必要だがそうした勢力は今のところ見当たらない。日本でも60年代、70年代の高度経済成長時代には、数十万、数百万の労働者学生のデモがあり大規模なスト権ストもあった。しかしバブル崩壊後の不況下ではそうした抗議行動もほとんど見られなくなってしまった。今の中国のいわゆる暴動、実際は大衆抗議行動が10万件以上有っても、経済要求が主であり政治危機とは直結していない。中国の危機は労働分配に失敗し、医療保険制度などが完備しないまま10年後の高齢化社会、低成長時代を迎えたときに深刻化すると見るほうが自然ではないだろうか。
 アメリカは、自ら力が衰えた中、成長するアジアにその重点を移転すると明言している。今後、日本に一層の負担を押し付けてくるのは明らかである。軍事もTTPも日本の犠牲の上に成立させようと画策するだろう。一方で日本を前に立て緊張感を煽り、他方中国とは経済政治関係を維持強化しよう考えている。しかし日本もいつまでもそうしたことには耐えられない。経済的に破綻してしまうからだ。日本もいよいよアメリカからの政治的独立を果たさなければならない時が迫ってきている。
 この中国問題と密接に関係しているのが沖縄の問題である。去る昨年11月24日朝日新聞に翁長那覇市長のインタビュー記事が大きな話題となった。経済支援は要らない、だから基地をどかせ、と題字が踊っていた。1879年の琉球処分以来、100年以上耐えに耐えてきたがもう我慢できない、自分たちで国造りをやっていくという独立宣言とも取れる内容であった。ほぼ同時期の11月23日の広範な国民連合総会で、沖縄県議でオスプレイ反対10万人集会の事務局長を務めた玉城義和氏からも同様の発言を聞いた。国民連合代表世話人の吉元沖縄県元副知事からはもっと直裁的に保守革新含めてオール沖縄で独立の腹を固めた、ということであった。本年1月27日のオスプレイ普天間反対東京行動には沖縄全市町村長が参加し、この日から3年程度を掛けて独立するというものである。独立とは、県民投票で過半数を得て、周辺2カ国以上が承認すればよいのである。これが実現すると日米安保は無効化し、沖縄の米軍基地はその日から不法占拠ということになる。米軍基地撤去には、もうこの方法しかないであろう。地元沖縄では、基地の跡地利用の計画案も進めており7000万坪にも及ぶ広大な敷地に海外投資や住宅建設など年間9000億円の経済効果も見込んでいるという。沖縄の人口は140万人であるが、世界には140万人以下の人口の国も50カ国以上あるという。シンガポールがマレーシアから独立した時も、人口は140万人程度であった。今は500万人を越えているが、そのシンガポールよりも沖縄のほうがアジア経済圏の中心にあり成長の可能性も大きいだろう。今後多くの紆余曲折があるにせよ沖縄独立が実現するということは、日米同盟日米安保の根本が崩壊するということであり、沖縄にとっては1879年琉球処分以来130年ぶりに日本から独立を達成するということである。
 日本は1874年の台湾侵攻、1875年の朝鮮江華島侵攻、1879年の琉球処分以来の、侵略の歴史に清算を迫られる。今の尖閣問題も沖縄中国間での決着をみる可能性も大きくなるということである。この事態は、わが国にとって嘗てない危機となり、アメリカのアジア戦略にとっても深刻な事態となるだろう。一方、日本がアメリカからの自立・独立を果たすチャンスでもある。そしてこの事態は、各政党各政治勢力にとって重大な態度表明を迫られ分裂再編の契機となるだろう。
 アジアの地殻変動の震源地の一つが、朝鮮半島であり、その軍事バランスの激変である。昨年4月3日、私はこの「アジア新時代と日本」に執筆したが、それをも参考にして以下の論考を読んで頂きたい。昨年末12月12日、朝鮮は人工衛星光明星3号2号機を打ち上げた。人工衛星は、何度かの軌道修正を経て太陽同期軌道に乗った。太陽同期軌道に衛星を乗せると地球上のすべてを観測できる地球観測に適していると言われるが、見方を変えれば地球上のどこへでも小型核を運べるということでもある。前回の論考にも書いたが、朝鮮は小型核の上空爆発のEMP爆弾を開発済みということである。直接人を殺傷せず、その強力な電磁波ですべての経済活動軍事活動を完全に破壊させるものである。今回の人工衛星とこの小型核をセットにするとアメリカという国をロックオンの状態にでき、いつでも上空で爆発させることができる。そもそもこのロケットには、大気圏再突入の技術などは、必要もない。ICBMは、別途開発済みで4月15日の閲兵式で既に披露されている。今回朝鮮が国を挙げてこの打ち上げに歓喜の声を上げているのは、上記のように、60年に亘る対米決戦で決定的に優位に立った事への喜びなのである。地上型のEMPですべてのGPSを破壊し、自国に侵入する戦闘機やミサイルを無力化させる事を可能にしたことは前回書いたが、それ以降も5月6月期には韓国仁川空港に着陸予定航空機の650機あまりのGPSを撹乱させたことは記憶に新しいところである。朝鮮人民軍は、直接戦わずして既に米韓連合軍に深刻な打撃を与えている。
 この人工衛星の成功に対し、アメリカは事態を深刻に受け止め、クリントン国務長官の後任に早速ジョン・ケリー上院議員元大統領候補を選任した。対朝鮮対話派の大物である。そして1月4日には、リチャードソン元ニューメキシコ州知事とグーグルのシュミット会長の訪朝予定との報道がなされた。アメリカ報道官のヌーランド氏も朝鮮を批判しつつも訪朝を認めた経緯を語った。韓国の朴次期大統領も南北対話に積極的である。日本も人工衛星ミサイル問題で制裁の声を上げながら、一方で拉致家族の会も積極的な対話を政府にうながしている。朝鮮半島の対話の条件は整いつつある。中国も万全な体制で臨むであろう。今年7月27日が、朝鮮戦争停戦協定締結60周年であるが、停戦協定から平和協定への道、そして南北統一への道を、朝鮮は自力で実現しようとしている。2007年以来、人民生活最優先を掲げ、経済も毎年10%の成長を続け朝鮮の街も生活も一新してきている。
 ここまで見てきたようにアジアの様相が一変しつつある。日本という国の有り方も根本的に問われてきている。今まさに、このアジアの変革と共に生きる道が開かれようとしている。日本の先見と覚悟が問われている。


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