研究誌 「アジア新時代と日本」

第111号 2012/9/5



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 つくられた領土問題、それにどう対処するか

議論 「領土問題について」

時評 アーミテージ・ナイ報告を読む 「原発推進のすすめ」

ACTION 八月、関電前抗議行動に参加して

コラム 昔ジュリー、いまジジイ




 

編集部より

小川淳


 総選挙をにらみ党首選がたけなわだ。来週早々に次期党首が選出される。しかし、このまま選挙に突入して、民主と自民は何を争うのだろうか。
 消費税、原発、TPP,沖縄(オスプレイと普天間)と、国民に関心の高い重要な政策をめぐっては両党に「違い」はない。政策論議を深めることなく衆院の解散時期をめぐり、党利党略に明け暮れているのは無理もない。基本政策に本質的な「違い」がないからだ。
 この争いに橋下維新の会が参入する。となると、小選挙区の一議席をめぐって維新と民主と自公の三つ巴の争いになるのか、それともここに小沢グループが絡むことができるのか。メディアは喜ぶだろうが、橋下維新の会においてもその政策に「違い」は見えてこない。橋下維新の会があえて参院廃止や衆院半減、首相公選制などきわめて過激的な「維新八策」を掲げるのは、消費税や原発などの問題での「違い」を打ち出せず、自公や民主との「違い」をより強調するためのものなのかもしれない。
 この構図は、アメリカの二大政党制とよく似ている。イデオロギー的には保守とリベラルの違いはあれ、アメリカの覇権国家的な基本政策においては「違い」はない。むしろ民主党のほうが共和党よりも対外戦争の数は多いほどだ。そこに保守派のティ・パーティが台頭し「小さな政府」を標榜している。この構図も、日本における橋下維新の会の台頭とよく似ている。ティ・パーティと維新の会はその考え方もよく似ている。地域主権による小さい政府への転換、あるいは反エリートな心情を焚きつけて(組合などの)既得権者を断罪するやり方もそっくりだ。
 政治の構図がアメリカに似てきたのは、おそらく日本もアメリカと同じ覇権国家という国の性格に拠るのではないか。ここ半世紀にわたり日本はアメリカの覇権の下で生きてきたし、このアメリカの覇権から少しでも脱しようとする政治家は失墜させられた。小沢しかり、鳩山しかりだ。そして消費税も原発も沖縄もTPPも、本質においては日本が覇権国家として生きていくのかどうか、という問題だ。民主も自公も、そして橋下維新の会もこの古い覇権の思考から抜け出せない中で、いまや民意は大きく変わりつつある。この民意のうねりで閉塞感漂う政局に風穴を開ける、そのような時代を一日も早く作り出したいと思う。かつてない地殻変動が始まっている。



主張

つくられた領土問題、それにどう対処するか

編集部


 今、領土問題が大きな問題になっている。尖閣諸島、竹島をめぐって、日中、日韓間の確執が強まっている。
 なぜ、今、領土問題なのか?この問題にどう対し、どう解決するのか?

■つくられた尖閣、竹島問題
 韓国、李明博大統領の突然の竹島上陸、香港活動家の尖閣諸島上陸と日本による彼らの逮捕、強制送還。日韓、日中の領土問題をめぐる紛糾は一挙にエスカレートした。中国では反日デモが全土で起こり、日本でも連日連夜この報道だ。
 この降って湧いたような「領土問題現象」がなぜ起こったのか、当然ながら、その方の議論も盛んになっている。「日本の国際的地位の低下」論や「日米関係弱化」論など、総じて日本が軽く見られるようになった結果だとする見方、それとの関係もありながら、韓国や中国のお国の事情に原因を求める見方など様々だ。
 しかし、尖閣諸島の問題に限って言えば、端緒は日本にある。今年4月、石原東京都知事の米国での尖閣購入発言だ。それに野田首相の尖閣国有化表明が続いた。5月の日中首脳会談での尖閣問題をめぐっての応酬はそこから発している。
 だがそれにしても、李大統領の「上陸」にしろ、石原知事の「発言」にしろいかにも唐突だ。領土問題に対する内的必然性がまったく感じられない。今、韓国の政治、経済で竹島領有権問題が大きな問題になっているのか。どうして東京都にとって尖閣問題が切実な問題になるのか。
 東京都はもちろん、韓国でも日本でも、竹島や尖閣の領有権問題が切迫した課題として提起されている事実はない。この問題を起こした目的は明らかに別にある。その目的のために、竹島、尖閣問題は意図的につくられた。

■誰が、何のために
 領土問題を引き起こした目的、それが韓国や日本の内部事情と関連しているのはあり得ることだ。韓国では年末に大統領選がある。与党セヌリ党の人気を高めなければならない。事実、今度のことで李政権の支持率は9%高まったという。日本でも総選挙が近づいている。新党立ち上げを狙う石原氏、不人気からの脱却を図る野田首相、それぞれの思惑は透けて見える。だが、それより何より野田政権にとって問題は、脱原発、オスプレイなど、闘争の高揚、政治危機だ。領土問題はそのために引き起こされたのではないか。実際、マスコミは尖閣、竹島で大騒ぎ、オスプレイなどどこかへ行ってしまった。
 日韓ともども、この辺に「別の目的」があるのかもしれない。だが、それが目的の全部でないのも明らかだ。そもそも、なぜこうも一斉なのか。韓国と日本のこの連動は一体何を意味しているのか。日韓を同時に動かすもっと大きな力が働いているのではないか。南沙群島をめぐるフィリピンの動きなどもそうだ。大国、中国を向こうに回して果敢に攻めるその姿は「国際社会」の賞賛を得ている。が、これも「連動」の一環ではないのか。等々、「米国主犯説」が出てきている。「領土紛争はアメリカが仕掛けた」「二国間に火種を植えつけ、対立をあおり、国際政治をコントロールする、それがアメリカの常套手段だ」(菅沼光弘、月刊日本9月号)ということだ。
 周知のように、今米国はアジア太平洋重視を掲げている。発展するアジア太平洋地域への関与と指導権確立を通して世界覇権の再構築を図るということだ。領土問題はそのためだ。中国とASEAN諸国や日本、日本と韓国などの間にくすぶる領有権をめぐる確執をあおり、そこに関与して指導権を発揮する作戦だ。事実、米国は、南沙や西沙群島の領有権問題をフィリピンなどを押し立ててあおる一方、ASEAN諸国と中国の間に立ち、調停役をかって出ようとしており、尖閣問題では、それを日米安保に関わる問題として介入の意思を露わにしてきている。
 先日、尖閣諸島に上陸した「香港活動家」たちが実は米国に金をもらって動く「手先」だった証拠になる写真が暴露され、中国で大騒ぎになっているそうだが、これなども米国の黒い覇権的底意を裏付ける有力な証拠だと言える。

■領土問題は、今、国益・焦眉の課題か
 今生まれている領土問題が覇権再構築のための米国の謀略であるならば、われわれはそれに乗ってはならず、問題は正しく解決されねばならない。しかし、それは容易ではない。なぜなら、領土問題が主権と国益に関わる重大な国家的問題だからだ。日中韓で今この問題が抜き差しならない問題になっているのもそのためだ。
 だが一方、日本でも韓国でも、従前、尖閣や竹島の領有権問題が切迫した今日的問題になっていなかったのも先述した通りだ。これはどこまでも、内的必然性のない、つくられた問題だ。国民経済を発展させ、国民生活の向上を図る上でも、あるいは国の平和を守る上でも、今、尖閣、竹島の領有権問題が解決を要する切実な問題になっていないのは明らかだ。
 実際、今日、IT時代、情報産業時代にあって、国の経済、産業を発展させる上で、領土や資源は、以前のように切実で決定的な要因ではなくなっている。領土が小さく資源が乏しくとも、国に蓄積された情報科学技術、知識が深く豊かでそれを活用し発展させる優秀な人材資源に恵まれてさえいれば、いくらでも経済、産業を発展させることができる。
 領土や資源一般ではなく、情報科学技術、知識を発展させ駆使して富を産み出す優れた人材資源をどれだけ擁しているか、それによって経済発展が左右される今日、領土問題の国益に占める比重は従前ほどではなくなっている。それは、日本や韓国だけでなく、世界的範囲で見られる一つの時代的趨勢だと言うことができる。
 経済発展のための領土と資源の争奪戦が従来ほどの大きな意味を失った条件で、領土をめぐる戦争と平和の問題も従前のような切迫性を持たなくなっている。
 領土問題はもはや昔言われた「国益・焦眉の課題」ではなくなった。尖閣、竹島問題を解決する上でも、この時代認識に立つのが重要だと思う。

■領土問題解決を脱覇権のために!
 従来、領土問題は覇権的方法で決着づけられてきた。すなわち、力で相手を屈服させる方法、戦争の方法だ。領土紛争が決着づけられず、くすぶり続けてきたのは、力の行使による決着がつけられなかったからに他ならない。
 しかし、現時代はIT時代、情報産業時代であると同時に脱覇権の時代だ。領土問題が従来のような切実さを失ってきていると同時に、力によって他国を屈服させ、言うことを聞かせる時代でもない。互いに相手の主権を尊重し、協力・協同してあらゆる問題を解決していく時代だ。
 この大きな時代の流れを見たとき、領土問題解決の方向も見えてくる。一つは、政治や経済発展のより大きな目的達成の見地から領土問題の解決を図るということだ。すなわち、情報科学技術、知識を発展させ、優秀な人材資源を育成・拡大することを基本に経済を発展させるというより大きく広い見地から領土問題に対するということだ。もう一つは、互いの主権を尊重し、あらゆる問題を協力・協同して解決するという見地だ。領土問題もこの見地からということだ。
 第一の見地の重要性は、そうすることにより、領土問題を非妥協的問題と見なさず、より大きな目的のため、妥協すべきは妥協し、譲歩するところは譲歩することができるようになることだ。これができるようになれば、第二の脱覇権的見地からの、主権の相互尊重、相互協力・協同がスムーズに行われるようになる。
 こうなれば実に画期的だ。実際、尖閣、竹島など領土問題を、今、覇権的な方法、紛争や戦争の方法で解決などできるはずがない。それは百害あって一利なしだ。国民はそれを知っている。にもかかわらず、いたずらにことを荒立てているのは、新しい時代の発展を知らない、国民に背を向けた古い覇権的思考の産物だ。
 尖閣や竹島など領土問題があおられ、米国のそれへの関与と指導権発揮が謀られている今日、重要なことは、その米国の覇権的企図を暴くと同時に、領土問題解決の正しい道を明らかにし、それをめぐっての大論争をつくりだして行くことだ。虎穴に入らずんば虎児を得ず。覇権のために引き起こされた大キャンペーンに飛び込み、それを脱覇権のための大論議に変えていくこと、それこそが今切実に求められているのではないだろうか。尖閣、竹島問題解決のための大論議を脱米脱覇権の闘いへ!



議論

「領土問題について」

魚本公博


 「領土問題」に対する基本的な見解は、「主張」で述べているが、この議論を深めるために、以下のような問題を提起してみた。

@「日米安保の強化」で解決できる問題なのか?
 8月10日に韓国・李明博大統領が竹島に上陸したのに続き、8月15日、香港の活動家が尖閣に上陸した。このように領土問題と関連する事件が連続したことについて、「日本の経済力が低下したからだ」「日本の存在感が薄らいでいるからだ」という声があがった。要するに「日本は舐められている」から、こうした事件が起きたのだというのだ。そして、こうした中から、「舐められない」ようにするために、日米関係の強化、日米安保の強化を一層進めなければならないという議論が出てきた。
 しかし、そもそも、尖閣列島が紛糾化するようになったのは、2010年8月に当時の前原国土交通相が直接指揮して、現場海域で操業していた中国漁船船長を逮捕したことがあった上で、今年になって石原慎太郎東京都知事が米国での講演の中でいきなり東京都が尖閣列島を買い上げるという案を打ち上げたからだ。
 先に手をだしたのは日本なのだ。そして、今回の尖閣列島の上陸事件も、やったのは米国からカネをもらった香港の反体制活動家たちだ。中国は、本土の活動家がこれに合流するのを止めさせている。そうであれば、この尖閣上陸は中国がやったのではなく、米国がやったものだと見るべきであろう。日本が先に手を出し米国がやったことをもって、「(中国に)舐められている」と言うのは合わないことである。
 米国は何故やったのか、その狙いは、「主張」で指摘したように、アジア太平洋地域への「関与と指導力発揮」(オバマ)を強め、それによって崩壊した世界覇権を再確立しようとしており、そのために地域の領土問題を最大限利用するということだ。  それ故、尖閣問題を日米安保強化で解決しようなどいうのは米国の思うつぼだ。
 事実、米国はさっそく、「尖閣列島は日米安保の範囲内」などと言っており、オスプレイの配備など沖縄の米軍基地強化を強行しようとしている。
 日米安保を強化することで紛争を防いだり、領土問題を解決することなどできるはずがない。それどころか、それは火に油を注ぐことになる。日本が米国の力をかさに着て領土問題を解決しようなどとすれば、中国も黙っているはずがない。紛争は継続し、結局は武力衝突に、最後は戦争にまで行ってしまうだろう。
 しかも、戦争をやらされるのは日本だ。米国は、尖閣列島は「係争地であり、どちらの側にも立たない」と表明している。
 紛争が激化すれば日本はいっそう米国に擦り寄るようになるだろうし、日中関係が決裂しても戦争になっても結局、甘い汁を吸うのは米国なのである。
 尖閣列島問題が紛糾化していっているのにひきかえ、南シナ海では、ASEAN諸国は中国と「行動準則」を締結して紛争化しないように、米国が口出しできないようにする努力がなされている。
 彼らの場合、TAC(東南アジア友好協力条約)を対外関係の基準とし、「域外からの介入禁止」「内政不干渉」「紛争の話し合い解決」という原則をもっている。これは、いかなる大国のブロックにも属さず、互いに主権を尊重し、団結協力して平和と繁栄を追求していこうとするバンドン精神を踏襲したものであり、それはまさに脱覇権の立場である。
 今や、かつての帝国主義の時代のように力で領土問題を解決することは出来ない。
 領土問題は脱覇権の方法でしか解決できないし、それが最も理にかなった方法だということだ。

A国際司法裁判所への「提訴」は正しいのか?
 竹島問題について、日本は国際司法裁判所に提訴しようとしている。
 国際司法裁判所は、米国が主導する国連の一機関であり、米国の影響力が強い機関である。しかし、今のところ国際司法裁判所は、あくまでも各国の主権尊重の建前に立って、紛争問題について審査し助言・勧告するものであって法的強制力はない(それを強制管轄権はないと表現する)。そして、両国間の紛争については双方の「付託」(提訴とは言わない)が前提になる。
 国際司法裁判所への協同付託を韓国は拒否したし、何らかの勧告があったとしても、それに耳を傾けるはずもない。そして、米国は黙っている。何故なら、今、竹島問題は米国にとって、アジアには領土問題が普遍的に存在し紛争が日常的化していることを世界に示し自己の介入戦術の正当性をアピールするために重要だからである。
 今回の李明博大統領の竹島上陸も米国の諒解なしに、それが行われたというのは考えにくく、その後に続く香港活動家の尖閣上陸と連続することによって領土騒動を盛り上げ、世界の目を引き付けるのに大きな効果を発揮した。
 こうした中、日本が国際司法裁判所に提訴しても、それで竹島問題が解決することはない。問題をいっそう複雑化させるだけだ。
 元々、竹島が日韓の間で紛争化するようになったのは、終戦時に米国が占領政策の一環として日本人の渡航禁止区域を設定したマッカーサーラインを、当時、米国の準軍政下にあった韓国の李承晩政権が踏襲して李承晩ラインとして設定したことによる。米国は、これを諒承しながら、一方で日本には「竹島は日本領土」と囁きかけ、紛争化するように仕向けてきた。
 竹島問題で日本と韓国を対立させ、そうすることによって、両国に対する統制・支配に利用するためである。
 分断政策は帝国主義・覇権主義の常套手段であって、今、覇権再確立のためにアジアの領土紛争に介入することを狙っている米国がこの紛争のタネを手放すことはありえないことなのだ。
 となれば、結局、こういうことではないだろうか。米国の統制・支配下にあっては領土問題は決して解決することは出来ないのであって、竹島問題の解決のためには、日本も韓国も米国の支配・統制から抜け出て脱覇権の道に踏み出すことが前提になるということである。
 そして、そうした後で、「域外からの介入禁止」「話し合い解決」を原則とした脱覇権の方法にのっとって、双方が互いに納得できる道を探していくこと、それがより正しい解決方法だと思う。

B今、解決しなければならないのは、領土問題なのか?
 ふってわいたような領土騒動の中で、反原発・脱原発の声が後方に押しやられた。
 しかし今日本で緊急かつ切実に解決しなければならない問題は一体何なのか。それは何よりも原発問題である。
 いまだに、福島原発事故は収拾されていない。その放射能禍は広がっており、その上、さらに深刻な事態を招きかねない状況が今も続いているのだ。
 それは、この日本の国土の大半を使用不能にし、人々から故郷を奪い、人々の生命を奪い、遺伝子に作用して後代にまで深刻な影響を及ぼすという日本と日本人の存続そのものを危うくするという事態だ。
 この大国難に対して、何よりも先ず、これを解決すること、それが国民の切実な声であり、それ以上の切実な声はどこにもない。
 一体、国民のどこに「領土問題」を解決しろという声があったというのか。領土問題など米国や石原慎太郎のような親米政治家が火をつけ、そうした評論家、マスコミが騒いでいるだけのものではないか。
 そんな外から持ち込まれたような「領土問題」と原発問題のどちらが大事なのか。「領土問題」は今すぐ解決すべき問題でもなく、解決できる問題でもない。その「領土問題」を前面に押し出し、原発問題を後退させるなど、断じて許されないことだ。
 そうした彼らが、愛国者であるかのように振る舞っている。しかし、考えても見よう。今、日本を消滅させかねない原発問題を解決すること以上の愛国が一体どこにあるというのか。それに冷水を浴びせかけ敵対するようなことをやり、米国に擦り寄るようなことをするのは愛国ではなく、売国だ。


 
時評 アーミテージ・ナイ報告を読む

「原発推進のすすめ」

編集部


 リチャード・アーミテージとジョセフ・ナイらアメリカの超党派有識者グループが、「日米同盟:アジアの安定をつなぎ止める」と題する報告書を発表した。日米のエネルギー分野及び経済・貿易分野での協力強化と、韓国・中国など隣国との関係のあり方、日米の新たな安全保障戦略について提言している。資料から内容を要約すると次のようになる。
 報告書は、日本が「一流国家」であり続けるのか、それとも「二流国家」に甘んじるのかという問いかけで始まる。ここでいう「一流国家」とは、経済力、軍事力、グローバルな視野、そして国際社会における指導力に裏づけられた国家のことだ。世界第3位の経済大国である日本が「一流国家」であり続けることは十分可能だ、と報告書は指摘する。
 報告書は野田政権が関西電力大飯原子力発電所を慎重に再稼働させたことを評価し、日本経済が潜在力を発揮し、「一流国家」であり続けるためには、これからも原子力発電を継続することが望ましいとする。その上で、福島事故の経験を踏まえて、日米が原子力の研究開発を強化することを日米両政府に提言している。
 もう一つ、注目すべき提言は、イランが核問題にからめてホルムズ海峡を封鎖する場合、日本が単独でも掃海艇を派遣すべきというものだ。過去2回の報告書は、中東問題に関してほとん言及していない。今回、中東からのエネルギー輸送路の安全確保とホルムズ海峡への掃海艇派遣に言及しているのは、アメリカにとってイランをめぐる情勢が極めて深刻な証だ。
 だが、日本の海上自衛隊は現在、自衛隊法99条により、「遺棄された」機雷しか取り除くことができない。このため、ホルムズ海峡が封鎖された場合に掃海艇を派遣することは事実上不可能だ。仮に法改正して掃海艇を派遣しても、武力紛争の最中に掃海活動を行えば、イランから攻撃を受ける可能性が高い。
 同報告書は新たな同盟戦略に関して、日米の任務・役割・能力の見直しの必要性を強調している。中国の軍事力の増強に適切に対処するために、報告書は、自衛隊とアメリカ軍のさらに深化した協同態勢の構築を提言している。具体的には、陸上自衛隊とアメリカ海兵隊の連携強化による、水陸両用作戦能力の強化や、日米で南シナ海の監視活動を行うというものだ。
 報告書は他にも、TPPや、日本とNAFTA加盟国間との包括的な自由貿易協定の締結、防衛産業間の協力、サイバー防衛での協力など、経済上も軍事上も重要な提言を列挙している。

※          ※          ※

 アメリカがこのような提言をするのは、「強い日本」がアメリカにとって国益だからだ。
 日本が「二流国家」に転落して経済力やグローバルな軍事力を失えば、アジアの覇権を支えてきた日米同盟は重要性を失う。中国やアジアで高まるナショナリズムを力で抑え込むためにも日米同盟は必要不可欠であり、日本はアメリカとの同盟を支えるために「一流国家」であり続けなければならない。
 日本が「一流国家」であり続けるための条件はなにか。軍事力(自衛隊に集団的自衛権の行使を認めること)であり、もう一つは原発発電の継続である。これがアメリカの要求だ。
 報告書でいう「一流国家」とは、言い換えるなら「覇権国家」ということである。だからこそ軍事力や経済力が重視される。
 ところで、報告書はなぜ日本の原子力政策にこれほどの関心を払うのだろうか。日本がどのようなエネルギー政策を選択するかは日本自身の問題であって、アメリカがそこにどのような利害をもつのかははっきりしない。
 その一つの回答を、吉見俊哉(東京大)教授は『高度成長とアメリカ』というインタビューの中で示している。
 「広い意味での占領は52年に終わったわけではない。もっと日本の社会や歴史、構造に内在するような形でアメリカは戦後日本を支配し続け、日本は現在もアメリカから自由ではない。そのことをはっきりと分からせてくれるのが原発です」
 「日本が原発導入に向かった最大の理由はアメリカの世界戦略です。アイゼンハウアー米大統領は53年12月の国連総会で、原子力の平和利用に関する研究や原発建設で諸外国と協力すると約束した。有名な『アトムズ・フォー・ピース』演説です。軍事大国のイメージを和らげるとともに、原子力技術を第三世界に提供することで、自陣営に取り込もうと言う狙いがあった。とりわけ被爆国の日本が原発導入に動けば、ヒロシマ、ナガサキへの非難をかわせるし、宣伝効果も大きい」
 「もう一つ、アイゼンハウアーは共和党で小さな政府路線、民活志向だったことも大きい。米国内の原子力産業の育成を促す上で、日本は非常に良い原発プラント輸出先になるとの計算があったと思います。そして多くの日本人は、アメリカに原爆を落とされた被爆国だからこそ、原子力の平和利用によって平和と豊かさを手にする権利があると思った。そのレトリックというかトリックの完成が70年に開会した大阪万博です。同日、敦賀原発1号機が稼動し、万博会場に『原始の灯』をともしました。続いて8月に美浜原発が会場に電気を送った。駿河を手がけたのは米ゼネラル・エレクトリック、美浜は米ウエスチングハウス。高度成長の完成を日本国民が確認し、祝賀する国家イベントは、アメリカ製の原子力の灯にささえられたのです」

※          ※          ※

 アメリカによる日本支配の構図は、1945年の敗戦に行き着く。その後のアメリカ支配は今なお続く。その一つの象徴が原発だ。

 折りしも新しいエネルギー政策を決める意見聴取会で68%の人が、パブリック・コメントでは90%の人が「原発ゼロ」を支持している。
 3・11の悲惨な体験によって人々の意識は変わった。この国民の声をしっかり受け止め、国民が安心できるエネルギー政策へと転換できるなら、それは単なるエネルギー政策の転換に留まらない。「脱原発」は日本がアメリカの支配から脱する「離米自主」の決定的な第一歩となるはずだ。



ACTION

八月、関電前抗議行動に参加して

金子


 今日本では反原発の運動に多くの人がたちあがっている。
 首相官邸前をはじめ、全国各地での毎週金曜日の数万人を超える抗議行動。私も8月の初めの金曜日、関西電力前の抗議行動に参加して来た。若い人たちが活発に動き回っている。ベビーカーを押した3人連れの親子。手を繋いでゆったりと歩いているカップル。少し歳を召している人たちは関電前の植え込みの石垣に腰を下ろし、先導のシュプレヒコールに声を合わせる。私の隣には赤ちゃんを抱いた若いお母さんが自分で作ったと思われ「原発いらん、子供を守れ」と書いたタオルを赤ちゃんの背中にピンで留めて参加していた。
 今進行しているこの反原発行動は、今までのデモや集会とは様相を異にしている。
 何よりも全国民的な運動になっているということを感じる。これまで、こうしたデモや集会、抗議行動などには縁のなかったと思われる広範な人たちが参加している。各地の集会やデモに「日の丸」旗が多く見られるというのも、その広汎性を示す例であろう。
 また、これまでの運動との違いは、一人一人が自分の心で感じ、考え、勇気を持って自らが行動をとっているということではないだろうか。大人も若者も子供たちも、社会的に名前のある人もない人も、同じ日本人として、この日本と日本の未来である何の責任もない子供たちに責任を持つという一点で一つにつながっているのがこの運動だ。今まで天上の人だったような坂本龍一さんが経産省前のテントを訪ねたり、山本太郎さんとデモで肩を並べたり。この運動は決して収束することはないだろう。私たちは原発とは共存できないからだ。
 この日私は懐かしい人に十数年ぶりに会った。ソウル・フラワー・モノノケ・サミットのボーカル中川敬氏だ。「平和の船」で訪朝していたソウル・フラワーの中川さんとピョンヤンのホテルで会ったのが初対面であったが、彼らの奏でたアコースティックな「インターナショナル」の調べが印象的だった。毎週5歳になる子供さんを連れて関電前に来ているとのこと。なんだか嬉しかった。この他にも職場のもと同僚の青年ともバッタリ鉢合わせしたり、本当に収穫の多い?金曜抗議行動デビューでした。できることの少ない自分なので、これからもできるかぎりこの金曜抗議行動は続けたいと思う。たくさんの思いと勇気をもって参加している素敵な人たちと出会うために。



コラム

昔ジュリー 今ジジイ?

E・K

 今回の震災では多くの著名人やアスリート、アーティストが支援活動に動いた。しかし、反原発行動となると行動する人は少ない。山本太郎さんの例を出すまでもなく、芸能界から干されてしまうという現実があるからだろう。  そのような中、ジュリーこと沢田研二さんが頑張っている。08年に還暦を迎えたジュリーは「人間60年・ジュリー祭り」と冠したコンサートで自作の「我が窮状」という歌を披露した。「窮状」にかけた憲法9条賛歌である。スタンドに1100人のバックコーラスを従えた演出で「我が窮状、守り抜きたい」と歌いファンも合唱したという新聞記事に思わずニンマリした。さすが私が愛したジュリーなーんて。  ジュリーと言えばタイガース。グループサウンズ全盛期が青春期と重なる私にとってジュリーは私が好きになった唯一のスターだった。レコードを買ったり、コンサートを見に行ったり。あー青春だ。ま、それはともかく、そのジュリーが一世を風靡した後、ぱったりテレビなどでは見られなくなり、私もそうした時代を卒業し、社会活動のほうにシフトしていった。  それから云十年、還暦を迎えた、「ちょっと太りすぎじゃねえ」というジュリーが「我が窮状」と共に私の前に現れた。そして、今年「反原発歌う 沢田研二」がまたやってきた。なんかメチャクチャ嬉しかった。誇らしかった。私の目に狂いはなかった。ガッツポーズだ。

 歌の題目は「F.A.P.P」
(「Fukushima.atomic.power.plant」)

T、太陽と放射線 冷たいね 
 子供はみんな校舎の中育つ 
  死の街は死なない 
  かけがえのない 大事な故郷 
  我が家へ帰れない 希望はあるけど
  こんなにしたのは誰だ
  BYE BYE  A.P.P  BYE BYE 原発
苦しみはいつも複雑すぎる

  当然 BYE BYE A.P.P BYE BYE 原発
  HAPPINESS LAND 収束していない福島

U、地球が怒る 何度でも
 大人はいつも子供を想い悩む 死の街が愛しい
 あらゆる不幸に苛まされても
  偽善や裏切りも これ以上許すの
  何を護るのだ この国は
  BYE BYE A.P.P BYE BYE 原発
  悲しみは一人一人で違うよ
  当然 BYE BYE A.P.P BYE BYE 原発
  HAPPINESSLAND へこたれないで福島
  NO長崎 MORE 広島
  人は何故繰り返すのか あやまち
  当然 BYE BYE A.P.P  BYE BYE 原発
  HAPPINESS LAND
  世界が見ている福島 世界が見ている福島

 この歌のみそは「当然」が「東電」に聞こえるところ。ジュリーもしたたかになったものだ。だてにあれだけ太ったわけではないのだ。
 この歌の入ったアルバム「3月8日の雲〜カガヤケイノチ」を出しながらジュリーは言っている。「還暦の前あたりから『言いたいこと言わなきゃ』と思うようになった。60歳を超えたら余生。死ぬ準備をしているようなもの。だから4年前、『我が窮状』という歌をアルバムの9曲目に入れた。憲法9条を守りたいと思う人たちに『同じ気持ちだよ』とそっと伝えたかったから。」
 芸能界で今、反原発の歌を堂々と歌える歌手は多くない。ジュリーも「テレビに出られなくなるよ」と言われたことがあるという。「それでいい。18歳でこの世界に入り、いつまでもアイドルじゃないだろう。昔はジュリー、今はジジイ。太たっていいじゃない」。そうか、そういうことだったのか・・・。太ってもいいのだ。いまのほうがずっといい。こんなふうに歳をとりたいものだ。かっこいいよ、我がジュリー。


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