研究誌 「アジア新時代と日本」

第103号 2012/1/5



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 転換の時代、新しい政治の創造を!

インタビュー 「鹿砦社」社長 松岡利康さん 「タブーなき言論」に挑戦し続ける

国際短信




 

編集部より

小川淳


 今年こそ転換の分岐点に
 2012年が明けた。だが、明るい年明けとは言えそうにない。国と地方の債務残高は1183兆円、世界最大の財政赤字を抱え、新年度予算の半分が借金(国債)という異常さだ。一年も持たず首相が代わり、国民からは見放され、閉塞感から脱することのできない政治。経済も暗い。空前の円高で、産業の空洞化と不況、地方の疲弊が進む。そこに地震、津波、原発の三重苦が追い討ちをかけた。その復興の目処すら立っていない。
 なぜこのようなことになってしまったのか。最大の原因は政治にある。
 90年、冷戦が終わり、新しい市場を求めてグローバルな大競争の時代が到来したと言われた。多国籍企業との大競争に打ち勝つためにという名目で「構造改革」が強行され、それが日本の疲弊に拍車をかけた。正規雇用の解体と非正規化、社会保障と公共事業の切捨てが進んだ。その結果、雇用、地方、社会保障の傘が一斉に崩され、賃金は下がり続け、物は売れず、日本経済はデフレ・スパイラルに落ち込み、自殺や失業、ホームレスがあふれる社会へと日本は転落していく。
 民主党はもともと「構造改革」を自民党と競い合う政党として出発した。しかしこの「構造改革」の矛盾に直面して民主党は「反構造改革」の党へと変わり、それが民主党への期待をかきたて、劇的な政権交代を生んだ。
 だがいつの間にか民主党は再び「構造改革」の党へと大きく後退した。新しく掲げられたのは消費税とTPPだ。小沢マニフェストや鳩山マニフェストにあった子供手当てや脱ダム、労働者派遣法の抜本的改正は一切消えてしまった。
 古い成長モデルが機能しなくなったにも拘らず、20世紀型の輸出中心の成長モデルをこれからも追い続けるのか。それとも21世紀にふさわしい、新しい経済のモデルや国の形(かたち)、政治のあり方を作り出していくのか。
 「米国主導の経済モデルに取って代わるものを打ち出せるとしたら日本しかない」(カレ・ラースン、「ウォール街占拠」の仕掛け人)。世界が日本に注目している。
 今年こそその分岐点にしたいと思う。



主張

転換の時代、新しい政治の創造を!

編集部


 今、時代は大きな転換期にある。だが、転換の時代は、なにも今に始まったのではない。帝国主義が支配的だった時代からの転換は、遠く第二次大戦の前から始まっている。あの大戦が第一次大戦と異なり、純粋な帝国主義間戦争でなかったのはその証左だ。アジアでも、ヨーロッパでも、帝国主義に反対し、軍国主義、ファシズムに反対する人民、民族の闘いは、戦争の性格を大きく変えていた。
 その趨勢は、先進国では社会党、共産党の台頭として、後進国では民族解放闘争の高揚、社会主義、第三世界の形成として、戦後も継続した。
 しかし、今日生まれている時代の転換は、単純なその延長ではない。1990年代に入りながら高まってきた、米一極支配に反対し、新自由主義、グローバリズムに反対する闘いは、かつてとは大きく異なる質を持っているように見える。それは、転換の時代の新しいより高い段階と呼べるものではないだろうか。
 それが今、米一極支配が崩壊し、新自由主義、グローバリズムが破綻する中、一段と深まってきている。その辺りに焦点を当てて、旧年から新年にかけての情勢発展について見てみたいと思う。

(1)深まった転換の時代の新段階

 帝国主義、覇権の時代からの転換、その第一段階は、「冷戦」の終焉とともに終息した。1990年代初頭、世界は米一極支配の下、「帝国の時代」全盛の観を呈した。
 しかし、それは虚構にすぎなかった。南米からヨーロッパ、アジアへと連鎖する新自由主義経済の破綻は、深刻な通貨危機となって現れ、各国の通貨主権、経済主権を守るための地域共同体の形成を促していった。中南米における反米政権の林立とその結集体としての南米諸国連合の形成、ヨーロッパでのEU形成と共通通貨ユーロの誕生、そしてアジアにおけるASEAN+3(ASEAN10ヵ国と日本、韓国、中国)の形成とアジア通貨基金の役割を果たす「チェンマイ・イニシアティブ」の創設、等々としてそれは現れた。
 この米国の覇権、ドル支配に抗し、自らの主権を守り、域内交易で経済を発展させる共同体の形成は、かつてなかったより高い質を持っていた。すなわち、共同体内での支配・被支配の関係を許さない反覇権、脱覇権自主的性格と互いに密接に連携・協調するネットワーク的性格だ。それは、かつての「社会主義共同体」においてソ連と各国の間に支配・被支配の関係があったこと、ブルガリアは農業、チェコは工業といったソ連を中心とする分業体制の押しつけがあったこと、などと比べたとき、明瞭ではないだろうか。
 一方、米一極支配に従わない朝鮮などへの抹殺圧力は最高度に強まった。「テロ支援国家指定」など「テロ」を口実とする経済封鎖と制裁が敢行され、「9・11」を契機とする、「21世紀型戦争」とされた、アフガンやイラクへの反テロ戦争、そして「悪の枢軸」、朝鮮、イラン、イラクへの「核先制攻撃」の脅しが強行された。このネオコン(新保守主義)による力ずくの強圧を前に、それもかつてのようにソ連や中国といった大国の援助を期待することもできない小国の運命は風前の灯に見えた。しかし、アフガンとイラクも、そして朝鮮とイランも屈しなかった。ただ屈しなかっただけではない。そこには、かつてとは異なる、誰の支配も許さない強烈な脱覇権自主が確立された。さらにこの段階、各地域共同体に独自の安全保障構築の動きも強まった。ここにもかつてワルシャワ条約機構などに見られたソ連中心の支配と被支配の関係はない。
 転換の時代の新しい段階に見られる、この脱覇権自主的でネットワーク的・協調的な特徴は、イラク、アフガン戦争の行き詰まりやリーマン・ショックなどによる米一極支配の崩壊とともに、一層鮮明になってきている。それがどのように現れたか、昨年の情勢発展から見てみたい。

■新しい政治を求める広範なネット反乱
 米一極支配の崩壊を契機に情勢発展の顕著な特徴として現れたのは、新しい政治を求める要求の高まりだ。2008年、米オバマ政権の誕生、翌年、日本における政権交代などはその現れだった。
 この新しい政治を求める気運が、世界でも日本でも一段と高揚したのが昨年だった。それは、欧米では、増税や社会福祉の切り捨てなど、財政破綻の国民へのしわ寄せ、職を得られない膨大な青年失業者大群の増大、等々を背景に、1%ではなく99%のための政治、直接民主主義などを要求する近年になく広範で激しい大衆行動へと高まった。「ウォール街占拠」はその象徴だった。一方、中東では、失業増大、穀物価格高騰など、生活破壊が進む中、独裁者一族への富の集中などに反対する、長期独裁政権打倒の大衆反乱が中東全域に連鎖した。新しい政治への要求は、日本や韓国などでも高まった。名古屋トリプル選や大阪ダブル選での地域政党の圧勝、韓国ソウル市長選での市民派の大勝利など、古い既成政党は大衆の支持を完全に失った。
 この新しい政治を求める気運の高まりは、決して偶然ではない。大きな時代転換の中で、その新しい段階が深まったことの反映としてとらえることができるのではないだろうか。
 それは、何よりも、新しい政治への要求が、古い覇権政治の極致である、新自由主義、新保守主義(ネオコン)、グローバリズムに反対して生まれてきたところに見ることができる。イラク戦争の収束、リーマン・ショックからの経済建て直しを託されたオバマ政権、生活破壊、地域崩壊の窮状打開を期待された鳩山・民主党政権、この二つの政権にかけられた日米両国民の願いは、それまでの新自由主義、新保守主義、グローバリズムの政治からの転換だったはずだ。
 だが、願いはかなえられなかった。あらゆる保護と規制を否定し、国境まで否定する、この弱肉強食の大競争と強い者勝ちの覇権政治の極致は、少しも変更されなかった。昨年、1%に富が集中する極度の格差に反対して99%のための政治などを求めた欧米の運動は、古い覇権的思考や新自由主義から脱却できない既成政党への不信と絶望から生まれたと言うことができる。
 もちろん、今、欧米の運動が反覇権、反新自由主義の旗を掲げているわけではない。また、名古屋や大阪では、新自由主義者の河村氏や橋下氏が「新しい政治」を名乗っている。実際、古い日本型集団主義が残存する日本では、「実力本位」を標榜する新自由主義、グローバリズムに新しいイメージがあるのも事実かも知れない。だが、一方、米一極支配が掲げた新自由主義、新保守主義、グローバリズムこそが今日の惨状を生み出した張本人であるのももはや誰も否定できない現実になっている。にもかかわらず、いまだに覇権が当たり前のこととされ、新自由主義、グローバリズムが否定されないのはなぜか。問題は、大阪ダブル選などで示されたように、古い政治に代わる真に新しい政治がまだよく見えてこないところにこそあるのではないだろうか。
 それは、独裁に反対し闘われた中東でも言えることだ。闘争の要因となった失業の増大や穀物価格の高騰は、世界と国内で拡大する格差と経済不均衡、それによる停滞、そして世界的な経済の投機化など、新自由主義、グローバリズムの産物に他ならない。だから、長期独裁政権の本質的問題点は、彼らが欧米の言いなりに新自由主義を受け入れたところにこそあるはずだ。だが、中東でも、反覇権、反新自由主義の旗は掲げられなかった。なぜだろうか。エジプトなど、独裁打倒後の政治的混乱にあっても、親米独裁政治に代わる新しい政治が何であるか誰にもまだ見えていない。問題はここにこそあるのではないかと思う。
 昨年一段と高まった新しい政治を求める運動が転換の時代の新段階とその深まりを反映しているのは、また、この運動の特徴が新段階の特徴と符合しているところにも現れている。
 欧米の運動にも、中東の闘いにも示されたのは、何よりも、自分たちが主人となり、自分たち自身の力で政治を変えようという青年を中心とする広範な大衆的強い意思であり、皆でつながれば変えられるという意識だ。青年たちが既成の政党、政治勢力に頼ることなく、ソーシャルメディアを介して自分たちでつながり、連日、数千、数万、数十万の運動をつくり出し、それが全国、全世界に瞬く間に広がっていった様は、これまで見られなかった際立った特徴だと言うことができる。
 これは、明らかに、これまで地域共同体の形成などに見られた脱覇権自主的でネットワーク的、協調的な新しい段階の特徴に通じている。主体的、自主的でありながら、つながりを求め、ネットワーク的に協調していく、この運動の特徴に転換の時代の新しい段階が如実に反映されているのではないだろうか。

■地域共同体をめぐる攻防の激化
 転換の時代の新段階に生まれた地域共同体をめぐる攻防は、米一極支配の崩壊を契機に一段と激化し、昨年、一層あからさまなものになった。
 昨年、地域共同体の形成・強化は大きく促進された。米州35カ国中米国とカナダのみを除く、ラテンアメリカおよびカリブ国家共同体の結成、東アジア共同体形成に向けたASEAN諸国の経済統合(2015年まで)の合意、ユーラシア同盟結成に関するロシア首相プーチンの提唱、等々。その背景に、ドル体制に代わる新たな地域共通通貨体制、米国中心の安保ではなく地域共同体独自の安保体制などの確立を目指す動きがあるのは言うまでもない。それが脱覇権自主的でネットワーク的・協調的な地域共同体の形成・強化を通して推進されている。すなわち、この地域共同体の形成・強化こそが覇権から脱覇権への時代転換の重要な推進力になっていると言うことができる。
 だからこそ、この地域共同体への米国の攻撃もこの上なく悪辣なものとなる。今、ユーロ危機、EU崩壊の危機が叫ばれ、世界的な大問題になっているが、その発端となったギリシャの財政危機は、もとはと言えば、ギリシャ国債の大暴落に端を発しており、それ自体、米系金融機関によるギリシャ国債の一斉売却と米系格付け会社によるその大幅格下げに始まっている。すなわち、ギリシャから始まり、スペイン、イタリアなどに連鎖したヨーロッパ諸国の国債暴落と財政破綻・債務危機、それによるEU崩壊の危機の引き金は、他でもなく米国が引いたのだ。
 一方、東アジア共同体や南米諸国連合への破壊策動も悪辣を極めている。その主要な手段の一つがあの「例外なき関税撤廃」のTPPだ。すなわち、日本やベトナム、チリやペルーなど環太平洋諸国をTPPに引き込んで、東アジア共同体や南米諸国連合を内部分裂させる一方、TPPを拡大し世界的範囲で無関税を実現することにより、地域共同体自体の存在意義をなくしてしまおうということだ。TPPにかける米国の狙いについてはいろいろ言われているが、その本命はここにあるのではないだろうか。
 米国による東アジア共同体破壊の策動は、また、南沙群島や尖閣諸島をめぐってのASEAN諸国と中国、日本と中国など、領土問題をめぐる東アジア諸国間の対立を助長し、そこに米国が関与し、リーダーシップをとる方向でも敢行されている。

(2)問われる新しい政治の創造

 新しい年は、選挙の年と言われる。米、仏、露や韓国などでは大統領選があり、中東では長期独裁政権に代わる政治の選択が行われる。日本でも、政権交代後の普天間や震災復興、原発事故に対する政治など、民主党政治の総括となる総選挙が問われている。この選挙の年、国民の新しい政治への要求はどのように反映されるだろうか。
 一方、EU危機やTPPなど、地域共同体をめぐる攻防はいよいよ激しさを増していく。  転換の時代の新しい段階は、新年、いかなる深まりをみせていくか。

■新年、選挙の年に何が問われるか
 数年前、米大統領選や日本の政権交代で勝敗を決したのは、新しい政治を求める国民自身だった。鳩山代表は、それを「国民の勝利」と表現した。
 今年、選挙の年を迎えて、あのときと違うのは、国民が既成の政党、政治に愛想を尽かしていることだ。一方、新しい政治への国民の要求は一層高まっている。広範な大衆行動へと発展した新しい政治を求める気運は、選挙の年どこへ向かうのか。
 欧米での動向はどうか。考えられる一つは、青年を中心とする広範な運動が4年前より主導的にオバマなど既成の政治勢力を突き動かすことだ。そのためには、「1%ではなく99%のための政治」を実現する路線や政策とまでいかなくとも何らかの方案がなければならない。また、それを各候補、政治勢力にのませる主体、広範にネットでつながりながら何らかの中心、指導部を持った主体がなければならない。昨年、欧米諸国全域に広がった青年を中心としたネット反乱がこの選挙を通してどのように成長するのか、大いに注視する必要があると思う。
 もう一つは中東だ。中東のネット反乱は、新しい政治を求める青年を中心とする全国民的反乱だった。が、同時に、米国が背後で操った「ジャスミン革命」の様相が強かったのも事実だ。だから、「アラブの春」の後、エジプトなどで主導権を握った親米軍部とそれに反対する国民との間に新たな闘争が起こっている。国民がこの闘いに勝利するためには、闘いを通して、失業や食糧高騰を克服するための反新自由主義の国家路線、政策が模索されねばならず、それをめぐって、4月6日運動など米国とつながる勢力の新自由主義的な「民主化」方針との闘争も問われてくる。この闘いが容易でないのは事実だ。しかし、アラブに根強い米国の覇権に反対する気運に基礎し、覇権の政治、新自由主義、グローバリズムの政治を排する脱覇権の立場にしっかりと立てば、ムスリム同胞団との連携など、問題解決の糸口を見つけていくことができるのではないだろうか。
 そうした中、わが日本における闘いはどうか。今、日本で新しい政治が期待されているのは地域政党だ。中でも、大阪維新の会は際だっている。リーダーの橋下氏は、大阪ダブル選での圧勝を土台に大阪都構想を掲げながら、道州制実現へと国政を動かす意向を表明している。このままいけば、彼が国政を主導する日はそう遠くないだろう。
 そこで問題は、彼の政治だ。彼は、競争と管理・統制で国と社会を動かそうとしている。教育にも行政組織にもどこにでも競争原理を導入し、それを管理・統制すれば、そこから活力が生まれ、大阪も、日本も再生できるということだ。
 だが、これはすでに証明済みのことではないのか。レーガン、サッチャーが、そして小泉がやったことだ。その結果、米英が日本がどうなったか。今日の惨状は、これら新自由主義、新保守主義、グローバリズムの政治、覇権の政治の結果だ。
 今問われているのは、脱覇権自主、協調とネットワークの政治であり、何よりも、その路線化、政策化だ。それは、震災復興、脱原発など、現実の重要課題をめぐる闘いを通して行われるべきだ。農業、漁業、地域経済のあり方、国の経済やエネルギー政策、教育や医療、ひいては安全保障のあり方、等々をめぐって、今のように、覇権や新自由主義を前提にした「論争」ではなく、覇権か脱覇権か、その根本を問う路線論争、政策論争が求められている。経済の基本を置くべきは国民経済か世界経済か、エネルギーは小規模・分散・ネットワーク型で内部充足型の自然エネルギーか大規模・集中で外部依存型の石油や石炭、原子力など従来のエネルギーか、農業は「むら」と農地を切り離す、企業中心の発展か共同体としての「むら」尊重、「むら農業」中心の発展か、等々。この路線、政策の根本を問う大論議は、時代転換の新段階である今日、必然的に覇権か脱覇権かを問うところに帰着していく。この大論議が、国と地域のあらゆる領域で選挙戦などを介して繰り広げられ、それを通して脱覇権の新しい政治の路線と主体が形成されていくこと、これこそが今、切実に求められているのではないだろうか。

■反TPPで求められる新しい政治
 新年の情勢発展を展望する上で、時代転換の有力な推進力である地域共同体の形成・強化をめぐる攻防を見ることは極めて重要だ。そうした中、日本にとってTPP問題が特に切実だ。
 今日、米国は、TPPをかざして、東アジア共同体など地域共同体の破壊を企図しながら、日本に対してはその全面的な「開国」、自由化、グローバル化、アメリカ化を促している。米国の有力シンクタンク、戦略国際問題研究所が官民の要人を網羅して設立した東日本大震災復興に関する有識者会議、「復興と未来のための日米パートナーシップ」が「TPP参加による震災復興」を提言し、米国企業に日本・東北地方への直接投資や輸出拡大を呼びかけたのは、米国のTPPにかけた意気込みの大きさを示しているだろう。
 ここから分かるのは、TPPをめぐる問題が農業ばかりか、医療、建築、司法、サービスなど、国民経済、国民生活のあらゆる領域に関わっているだけでなく、震災復興路線から東アジア共同体など地域共同体との関係まで、日本のあり方、進路を全面的に規定する問題であり、覇権か脱覇権か、すぐれて時代の転換に大きく関わる問題だということだ。
 今日、TPPへの反対は多い。しかし、それが「開国」に対する「守旧」であるかのようなイメージづくりがなされている。だが、本当にそうだろうか。覇権と脱覇権、どちらが新しいのか。脱覇権の新しい政治が具体的な路線と政策を持ち、それを担う主体とともに現れるとき、TPPなど覇権の政治は、その古さを万人の前にさらけ出さずにはおれなくなるだろう。


 
インタビュー 「鹿砦社」社長 松岡利康さん

「タブーなき言論」に挑戦し続ける

聞き手 小川淳


 松岡利康(まつおか・としやす)さん。
 1951年9月25日生まれ、熊本県出身。同志社大学文学部卒業後、貿易関係の仕事に従事。サラリーマン生活を経て、83年にエスエル出版会を設立、88年に一時期経営危機に陥っていた鹿砦社を友好的買収、同社社長に就任。05年にパチスロメーカー大手のアルゼ(現ユニバーサルエンターテインメント)を取り上げた『アルゼ王国はスキャンダルの総合商社』、球団スカウトの死に迫った『阪神タイガースの闇』などの出版物について、名誉毀損で神戸地検に逮捕、起訴され、有罪判決を受けている。
 鹿砦社(ろくさいしゃ)は、1980年代まで関連会社「エスエル出版会」と共に新左翼関係の書籍を手がけていたが、その後は「言論の自由、表現の限界への挑戦」をモットーに、主としてパチンコ業界、相撲協界、ジャニーズなどを取り上げた図書を多数刊行したことで有名になった。
 社長の松岡さんが名誉毀損の疑いで逮捕されたのは2005年7月12日。発行物およびウェブサイトで、パチンコ会社のアルゼ、プロ野球のタイガースの元職員を中傷したというのが容疑の内容だった。鹿砦社は家宅捜索を受け、業務に必要な書類をことごとく押収されたため、事実上壊滅状態になった。しかし、社員や支援者等の尽力で、『紙の爆弾』など一部の刊行物は残った。保釈は、逮捕からちょうど半年後、検察は松岡さんに懲役1年6か月を求刑した。
 第二次世界大戦後では、出版社やその責任者が名誉毀損として刑事訴訟の対象となるのは異例で、他には1976年の「月刊ペン事件」、1995年の「噂の真相事件」しかないという。本件で3例目である。鹿砦社側は「言論の自由を侵害する弾圧、もとい治安維持法を60年の眠りから蘇らせようとする暴挙が生んだ冤罪であり遺憾」として無罪を主張した。

―「タブーなき挑戦」のような独特の鹿砦社の出版のポリシーはどこから生まれてきているのですか。
 われわれがジャニーズを始めた時はね、タブーだったんですよ。言論界の中ではジャーニーズでもバーニングでもみんなタブーなんですよ。今でもね。そういうのを知らないではじめたわけですよね。そしたら裁判とか出版差し止めだからね。それなら逆に開き直って争おうとなった。

―「おっかけ本」というのは松岡さんのアイデアだったんですか。
 まあ、最初は持込があったりとかね。それはそれまでの鹿砦社のスタイルとはずいぶん違いました。前の社長に「俺の顔に泥を塗ったな」と言われました。昔ご存知かな、東京神保町に芳賀書店というのがあって、親父さんのときはマルクス系の出版社だったんですが、昔の「情況」などに難しい本の広告などが載っています。ところが息子の代になってビニ本を始めている。コペルニクス的転回です。左翼系の本だけでは喰っていけない。それと同じですといったらあれですが、堅い本だけではやっていけないですから。

―表現の限界に挑戦、タブーなき言論の追求、みたいなところが他の出版社にない鹿砦社の面白みであり、最大の売りかなと思っているのですが・・・。
 よく言えばそういうことかも知れないですけれど、そういう自覚もあまりないですね。最初は編集会議などをひらいて企画を考えていたんですが、最近はやらないですね。大雑把に企画している。

―逮捕されたのは2005年、裁判は決着がつきましたが、この裁判を松岡さんはいまどのように位置づけされていますか。
 結局あれも(前・大阪地検特捜部長の)大坪弘道検事が神戸地検特別刑事部に、2005年の4月に着任して、最初の逮捕事件が私なんですよ。その後神戸市の村岡市会議員や渡部完宝塚市長逮捕とか、いろんな政治的な弾圧をかけてきて、あの人がいなければ起きなかった事件なんです。いくつかの案件で告訴はされていたけどいつの間にか不起訴で終わっていてもおかしくない事件なんです。
 刑事告訴の案件としては1996年に小学館と週刊ポストと一緒に日本相撲協会から刑事告訴を受けていました。東京地検の特捜部でしたが、あっちの事件のほうが大変な案件だったという印象を持っていたんです。結局それが不起訴になったんで、こっちの案件も大丈夫と甘く考えていたんです。時代の情況が変わっていたことに気づかなかった。

―裁判では「公共性」があるかないかが争点となったと聞いています。
 よく判決を読むとね、公共性はあったと認めています。一審、二審で全て認めています。若干、推測もあって、物的証拠もないとこもあったりしたかもしれないけれど、いわゆる推認されるみたいな。100%そろわないと駄目となれば本は書けませんからね。僕は真実性もあったと思うし、公共性もあったと思っていますよ。結局認められなかったのは公益目的の点で、出版の目的は専ら私益目的だったというわけです。この点が大きな争点となりました。

―アルゼはなにを問題にしたんですか。
 一時は日本のパチスロのシェア50%占めた会社ですよ。そういう意味でも社会的影響力がある会社です。今は海外のカジノに手を伸ばしている。マカオで成功し、フィリピンまで進出しようとしている。政治家に賄賂とか渡している事が発覚している。元警視総監の人が顧問をやっている。警視総監が天下った上場会社は武富士とアルゼしかなかった。意外と知られていない話ですが。

―松岡さんが逮捕されて会社のほうもつぶれかかった。「紙の爆弾」だけで食いつないでいったと聞いています。
 いや、そういうわけではなく、とりあえず「雑誌コード」をなくさないために、出していたんですが、半年間くらいなんとか在庫を売ったりして。事務所は僕がいない間に撤去されていました。7月に逮捕されて10月に撤去しているんです。会社の最初の設立のときの定款とか全部なくなってしまった。因果報応というか、大坪検事が逮捕されたからね、去年(2011年)、再告訴があってこれから秋の陣が始まるなと思っていたら、厚労省・村木さんの事件で大坪検事が逮捕・起訴されて、私の方は不起訴になった。因縁の神戸地検が、私の取調べの最中に家宅捜査ですからね。笑ってしまいますよ。

―鹿砦社としてのこれからの展望をどのようにお考えですか。
 今までのことをやっていくしかない。私も還暦になりましたし、後そんなにないかなと思っていますので、収益は確保していかないと駄目ですが、それとともに後々歴史に残るような出版企画を形にしたいなと思っています。例えば高木仁三郎著作集のような、出版人としては、やはりこういうものを出したいなと。

―これからの日本についてどのような展望をお持ちですか。
 高木仁三郎さんの書籍を読んでいると、原点はやはり三里塚にあるというんですよ。70年から71年頃のね。僕もあのころはずっと三里塚にいたんです。大きな闘いになった第二次強制収容阻止闘争を闘いました。そうすると自分の至らなさに反省することがある。今にいたるまで高木さんを理解していなかったなと。その後、こういう(福島原発)事故が起きた。高木さんの問題意識を理解していなくて結果的にこういう事故を起してしまった。津波は自然災害ですので仕方ないとこがあるかもしれないが、原発は許せないですよね。原発マネーで私服を肥やしてきた人たちの中で、誰一人資財をなげうって使ってくれというような人はいない。一等地に豪邸をもっているような人でも。そういう人たちを追及する声が意外と少ない。マスコミも追及しない。政治家も追及しない。原発反対といっても永久戦犯を追及することがない。使命感ではないけれど出版人の本能というのかな。難しい理論はともかくも、許せないことは許せないですね。

―松岡さんは西宮で鈴木邦男さんの「鈴木ゼミ」も続けられている。
 1月22日のゲストは週刊金曜日の発行人、北村肇さんです。多くの人たちに参加してほしいと思います。

※      ※      ※

 鹿砦社は、権力に迎合しない精神を断固として貫き、他社がタブー視するような社会問題を好んで取り上げて来ている。そのためにターゲットにされ熾烈な攻撃や弾圧を受け、多くの裁判案件を抱えた。
 鹿砦社が迫害されるのは本物のジャーナリズム魂を持つからであるだろう。現今マスメディアは軒並み権力に迎合して、良心的な告発をする人間に報道被害を浴びせている中にあって、鹿砦社の権力を恐れぬ不撓不屈の精神は日本の言論界の「最後の砦」となっている。昨年出版された「東電・原発おっかけマップ」?は「鹿砦社がおっかけマップ15年のノウハウを駆使して満身の怒りを込めて送る類書なき一冊」だ。是非多くの人に読んで欲しいと思う。



 

国際短信

 


■世界的な運動・米国の反ウォール街デモ
 米国で反ウォール街デモが続いているが、太平洋、大西洋両岸のどこを見ても同じ現象が起きている。
 世界経済フォーラム委員長のクラウス・シュワブは、「彼らは、銀行家を攻撃してるが、資本主義の自由経済主義を攻撃するまでには至っていない。資本主義が我々の世界に合わないことをもっと深く分析する必要がある」と述べている。
 マークトウェインは風刺小説「金メッキ時代」で、近代産業経済がもたらす極度の貧困と失業を描いたが、その後、「新しい金メッキ時代」の中で格差が拡大した。その基礎は新自由主義だ。
 欧州では多くの国々が債務国に転落し、「欧州モデル」は光を失った。ギリシャなど債務諸国は、外部資金を導入し緊縮財政策を取ったが、社会的な混乱が起きている。
 発展した国々が経済的困難に直面している半面、BRICSなどの新興経済諸国は活気に満ち、その歩みを速めている。世界の様相と国々の発展速度が変化している。今は西方ではなく新興経済諸国が希望の光を放っている。
 西側は経済主導権を逃すまいと対策に余念がない。彼らの中には新興経済諸国の成長を抑制するために保護主義的で干渉主義的な措置を取る国々もある。しかし、それは失敗するだろう。
 こうした中で、鋭利な洞察力を持った人々は繁栄と衰退が交代する時代を注視している。「大国の興亡」の著者ポール・ケネディは、世界が現在転換点にあると述べた。BRICSという単語を創案したゴールドマン・サックスは、BRICSの成長速度は想像を超えており、10年もすれば、新しい世界秩序が樹立されるだろうと分析している。

(新華社)

■ソ連崩壊後20年の想い
 1991年12月25日、クレムリン広場の掲揚台からソ連国旗が下ろされた。ソ連の分解は20世紀末の重大事件だった。こうした重大事は人類歴史に照らして考えるべきだ。
 この20年間、世界平和では、様々な問題があったが、国際問題解決で戦争ではなく協調が主になった。経済発展では、91年の世界国内生産総額は23兆3000億$が2010年には63兆1500億$になった。世界貿易額は同じ期間に4兆$から15兆$に増大した。文明進歩でも第三次産業革命が急速に拡大発展した。携帯電話の所有者は2010年に50億人を超えた。
 こうした中でBRICS諸国などが台頭した。その成長率は人類史上類例がない。それらの国々の人口は世界人口の半分を占める。数十億人の積極性と創造性が発揮されているということだ。
 これに伴って、国際関係でも人々の注目を浴びる変化が起きた。第一に、国際関係で戦争が、その役割が果たせなくなったことだ。これまで戦争は国際問題解決の手段だった。
 しかし新世紀になってアフガニスタン、イラク戦争が戦争は問題を解決しないことを示した。第二に、人類を連結させる要素が多くなったことだ。国家間の依存度が大きくなり気候変化、テロ、多国的犯罪、疾病は各国共通の課題になった。20年間を総体的に見れば世界はより平和になり経済発展し文明化することを示している。

(人民日報海外版)


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