研究誌 「アジア新時代と日本」

第100号 2011/10/5



■ ■ 目 次 ■ ■

編集部より

主張 野田新政権の評価、その基準を問う

論評 「米欧経済の破局と日本」(2)

インタービュ― 門真市議 戸田ひさよしさん 地方議会の「闇」、社会の不義と闘う




 

編集部より

小川淳


 「アジア新時代と日本」が100号を迎えた。2003年から足掛け8年である。
 この8年は、9・11テロ以降の世界、すなわち冷戦終結後の世界的なアメリカナイゼーションとグローバリズムの米一極支配が根本から揺らぎはじめた歴史的転換点とぴたりと重なっている。
 アメリカは、その圧倒的な軍事力でアフガニスタンに侵攻し、国連や主要国の反対を押し切ってイラクにも攻め込んだ。そして膨大な死者と荒廃した国土、米国への憎悪だけが残された。巨額の戦費と軍事費の増大、サブプライムローンを引き金とする金融バブルがはじけ一気に米国の力は縮小した。世界一極支配を謳歌した米国の指導力はもはや残されていない。覇権国家アメリカの終焉である。今や新自由主義・グローバリズムの本家であるアメリカのウォール街でも若者の反乱が起きている(佐々木論考)。
 日本では小泉内閣による「聖域なき構造改革」によって政治経済のアメリカ化が強行され、地域の崩壊や格差が一挙に進んだ。
 アメリカ型の資本主義、新自由主義経済は破綻した。小泉以降、7人の首相が交替したが日本はいまなおその後遺症に苦しんでいる。
 このような衰退の一途を辿るアメリカに追随することの愚かさと、米国から自立しなければ日本の将来は危ういことを多くの人が気づきはじめている。
 この小誌のコンセプトは、新しい世紀を迎え、台頭しつつあるアジアから日本という国のあり方を捉え返すことにあった。明治以降の日本は、戦前、戦後も含めて一貫した「脱亜入欧」の歴史を歩んできた。戦後に限っても、アジア侵略へのきちんとした反省もなく、日米安保条約を「国是」とし、アメリカ一辺倒で生きてきた。その結果が、格差社会であり、普天間に象徴される沖縄への米軍基地の押し付けであり、放射能に苦しむフクシマであったのではないか。
 アジアの一員として正しい歴史認識に立脚し、憲法9条を指針に、アジアの声に耳を傾けきちんと向き合っていく。そうすれば日本もアメリカ中心の「戦後政治」を根本から変えていくことができるのではないか。改めてそう確信している。
 この出発点を忘れることなく、次の200号をめざして日本の未来を展望する論考を今後とも読者とともに深めて行きたいと思う。



主張

野田新政権の評価、その基準を問う

編集部


 野田新政権への評価がいろいろとなされている。その評価の基準は様々だ。中でもっとも根本的なのは、もちろん国民の意思をどれだけ反映しているかだろう。その上で重要なのは、どうすればその国民の意思を実現できるかだ。この時代とともに変化する切実な要求にどれだけ正しく応えられているのか、この辺りに政権評価のもう一つの基準があるのではないだろうか。

■どう評価するか、野田新政権
 野田氏に対する評価は、いち早く、中国や韓国などから聞こえてきていた。いわく「タカ派」「強硬派」だ。尖閣諸島領有権をめぐる強硬姿勢、靖国神社に祀られる「A級戦犯」擁護の見解、精鋭部隊、陸上自衛隊第一空挺団所属の自衛官を父にもつ経歴、等々からのものだ。
 一方、大方の見方はどうか。自民、公明両党との三党合意の遵守や大連立の呼びかけなど、政権交代の精神はどこに行ったのかというものではないか。実際、米国や官僚機構との距離感まで含め、自民党以上に自民党的な政権、それが野田政権だと言えるかもしれない。
 だが他方、この政権にこれまで二代の民主党政権にはなかった肯定的イメージがあるのも事実だ。自らを「どじょう」にたとえ「泥臭く、国民のために汗をかく政治」、愚直、庶民派を標榜する身を低くした政治姿勢や幹事長、国家公安委員長といった党と国家の要職を小沢派に任せるなど、挙党一致、挙国一致のため身を切って譲歩する政権運営などからくるものだ。
 こうした評価の数々、どれもが一面の真理をついていると思う。だが、もっとも重要なのは具体的政策だ。政権の本質はその政治に現れ、政治はその政策に示されるからだ。
 今日、野田新政権の前には懸案の課題が山積している。復興、原発、増税、円高、TPP、普天間、等々、その一つ一つが国民の運命を左右する重大問題だ。新政権は、これら諸問題にどう対処しようとしているのか。そこにこそ、この政権の真価が示される。もちろん、いまだその政策の全貌は分からない。だが、その一端は野田新首相自身の言動に現れている。
 「復興需要は千載一遇のチャンスだ」と語った財務相時代の発言、「エネルギー安定供給」や「原発の安全性向上」を掲げての原発維持、輸出継続の姿勢、「政治生命をかけ、命をかけてこれを実現したい」とまで言う復興増税や消費増税など増税路線への強い思い入れ、「高いレベルの経済提携は、韓国、中国に周回遅れになった」としながら、国内産業を犠牲にしてまでもあくまで追求するTPP参加への前向きの姿勢、「円高メリットで海外資産を買うべし」とする前原政調会長との協調、「地元説得に全力」をあげると米国の前で誓う普天間問題への態度、等々、こうした野田新首相の言動に貫かれているのは見事なまでの「国民不在」だ。そこには被災民の悔しさや苦しみ、脱原発への国民の願い、生活苦にあえぐ増税反対の叫びや無関税や超円高にさらされる農民や中小企業の不安と絶望、そしてあれほど切実な沖縄の人々の声など、国民の意思と要求への思いはかりや尊重が完全に欠落している。
 庶民派の看板とは裏腹に国民の意思と要求にはまるで耳を傾けないこの政権は、では一体誰の声を聞いているのか。新政権への評価は、まず、この辺りにあるのではないだろうか。

■大企業の利害、米国の要求
 懸案の諸問題、野田新政権が打ち出す政策的方向に双手を挙げる声が聞こえてくる。
 地元産業、企業を押しのけ「復興特需」に群がる中央独占大手、あくまで原発にしがみつく原子力産業独り占めの旧財閥五大グループ、「国民全体で(震災の)負担を分かち合う」と大見得を切りながら、法人税減税の範囲内での一割課税を、それも三年が限度と期限付けで受け入れる大企業、関税ゼロで環太平洋へのシェア拡大を狙う大手輸出産業・企業群、そして円高を利用して海外移転と進出に拍車をかける独占大企業、賛同の声は彼らの間から湧き上がってきている。
 独占大企業からの政策賛同の声は、これに尽きない。もっとも大きいのは、新政権の政治が米国の意向を違えていないことへの安堵と賛辞ではないだろうか。懸案の諸問題への新政権の対応は、すべて米国がかねてより求めていたものだ。日本の大企業と米国の要求が野田新政権によって結びつけられたのだ。
 野田政権が結びつけた大企業と米国の利害。その共通の利害関係はどこにあるのか。
 米国のもっとも切実な利害が覇権にあるのは言うまでもない。彼らは世界的範囲で崩壊する自らの覇権の再構築に血眼になっている。沖縄への基地の確保はそのための至上命令だ。TPPの締結も同様だ。それは、環太平洋地域を無関税貿易自由圏にすることにより、それと重なる東アジア共同体、南米諸国連合など主権擁護の地域共同体を突き崩し、ひいては世界単一の無関税グローバル経済圏構築につながるものとなる。また、核と原発による覇権をこととしてきた米国にとって、原発の維持は決定的であり、日本の震災復興は、66年前、米国主導の戦後復興を通して今日の対米従属日本を作り上げた夢よもう一度なのではないだろうか。そして増税と超円高だ。日本経済を縮小と停滞、さらなる空洞化に落とし込む米国によるこれらの強要と押しつけをどうとらえるか。それを、米国自身の経済停滞と崩壊が進む中、EUともども日本も道連れにその経済危機の深刻化を誘い、それを通して世界経済の無関税グローバル新秩序を米国主導でつくりあげるための術策だと言ったら少々勘ぐりすぎだろうか。
 この覇権への米国の利害と重なる日本独占大企業の利害が他のものであるはずがない。事実、新政権の政策的方向には米国の覇権の傘の下、覇権を狙う独占大企業の志向と要求があからさまに反映されている。

■覇権からの脱却こそが求められている
 野田新首相の信念は、「日米同盟の強化こそが日本のため」だそうだ。戦前、英国の覇権が揺らいだとき、日本は英国との同盟を破棄した。それが第二次大戦につながって日本は滅びた。今、米国の覇権が危機にあるとき、問われているのは日米同盟の強化だ、ということのようだ。
 日英同盟の破棄に日本帝国主義滅亡の原因を求めるこの「論理」は正しいだろうか。その誤りは、日本の敗因を覇権争奪戦に求めることにより、覇権国家英国を支えて覇権争奪の戦争をしなければよかったと結論づけているところにあると思う。
 問題は覇権争奪の戦争を行ったことというより、覇権を行ったこと自体にあった、というのが正しいのではないかと思う。すなわち、日本は米国との覇権争奪戦に敗れたが、それ以上に、覇権を許さないアジアとアジア人民の反覇権闘争に敗れたと言えるのではないかということだ。実際、日本は、3年8ヶ月の太平洋戦争で受けたアッパーカットで倒れたが、それ以前に15年にも及ぶアジアとアジア人民との戦争で重いボディブロウを受け深く傷ついていた。
 あれから66年、教訓は生きているか。生きているどころではない。今や、覇権が通用すること自体がない、覇権時代の終焉を迎えている。
 崩壊した覇権の再構築をはかる米国のすべての企図は荒唐無稽な夢にすぎない。TPPなど陰謀の限りを尽くして万が一、関税ゼロの世界単一自由市場をつくれたとして、その市場をどうやって運営していくというのか。米国経済の「日本化」が言われ、泥沼の停滞から抜け出せずにいる米国が一体どのような世界経済をつくろうと言うのか。
 軍事による覇権も同じことだ。沖縄にしがみつき、核と原発にしがみついて、どうするつもりか。反テロ戦争戦略は無惨な敗北に終わり、核拡散と脱原発の世界的な趨勢は、それ自体米国による覇権の崩壊を意味している。
 そして、震災復興。米国主導の復興で狙われているのは、リーマン・ショックで一時頓挫した日本の新自由主義化、グローバル化の完成と日米一体化だ。野田新政権がその推進役として期待されているのは言うまでもない。しかし、その破綻と誤りが歴史的に証明された新自由主義やグローバリズムなどという代物をもって米国は何をしようというのか。その失敗は火を見るより明らかだ。 今問われているのは、自らの覇権にしがみつき、それを米国の覇権の下でかなえようとすることではない。他国、他民族を支配して生きる覇権の時代は終わった。この歴史の新時代、求められているのは古い覇権からの脱却だ。覇権の呪縛からどれくらい抜け出しているのか、そこにこそ政権評価の基準があるのではないだろうか。



論評

米欧経済の破局と日本(2)

京都総合研究所  佐々木道博


 前号で指摘したアメリカ経済の実状―0.1%の大富豪が富を独占する実態―に対して「ウォール街を占拠せよ!」とのスローガンの下、反貧困の抗議デモが巻き起こり、すでに2週間に亘り続いている。ロサンゼルスなど全米100都市へ拡大の様相を見せている。ノーベル経済学者スティッグ・リッツや映画監督のマイケル・ムーア、オノ・ヨーコなども支持を表明し、今後のアメリカの将来を占う大衆運動へ発展しつつある。
前回触れたように、米失業者は2500万人にのぼり、実質的失業率は16%以上、19歳〜25歳の失業率は40%にのぼると報道されている。デモには特に若者の参加が多く、「1%の富裕層でなく、99%の国民のための政治を」と訴えている。巨額の税金と借金(国債)を使い、「強欲で腐敗した」ウォール街を助け、その借金を国民負担で賄おうとしている政府に対し、抗議するのは至極当然であろう。
 さて、この一ヵ月、欧州においても同様で、ギリシャ危機を導火線とする、欧州経済危機問題のため、G20、IMFC、ECBなど、次々と国際会議が開催され、ギリシャ破綻を見越した欧州経済安定基金の拡大を各国に訴えている。10月5日、日経新聞の一面トップに、日本にもその要請圧力が来ていることが報じられている。震災復興予算もままならぬ時に、ドブに捨てることになる可能性の高いこの基金に日本から数兆円規模の資金がまた国会で議論されることもなく投入されるかもしれないのだ。こうした動きには、警戒しておく必要がある。欧州経済は、またしてもムーディーズが、イタリア国債の格付けを3段階引き下げており、フランス、ベルギーの銀行破綻などが相次いで報道されている。これに対してEUは問題の先送りしかできず、より大きな問題をかかえながら、大きなクラッシュへの道を歩んでいる。ギリシャ国債だけでも20兆円、欧州全体で200〜300兆円の銀行損失が発生するだろうとの試算も出されている。ここ1〜2ヵ月、目が離せない状態が続くであろう。
 さて、翻ってブリックス諸国といわれる中国、ロシア、ブラジル、インド、南ア諸国はどうだろう。特に中国はリーマンショック後、いち早く4兆元の財政投資を実施し、ショックをやわらげ再び10%前後の高成長を3年間続けているが、米欧の金融緩和と低金利で、原油、食糧等への投機が強まり一層のインフレが進み、中国でも5〜6%、ブラジルでは10%以上となっている。度重なる金融引き締めにも限界があり、物価が高騰している。しかも金融危機による株価の大幅な下落で富裕層も打撃を受けている。
 中国経済も米欧日をはじめとする先進国との貿易比率も高く、当然、経済危機の影響を直接受けることになる。今年は経済成長も減速し、8.5%の成長になると報じられている。
 しかし中国経済を見る時、見落としてはならない点がある。それは巨額な外資準備金、国の借金が他国と比べ圧倒的に少なく(GDPの10分の1程度)、そして最も重要な点は大都市以外の地方都市や農村部に大きな開発投資の余地がある。また、圧倒的な労働力の存在である。日本が73年から79年のオイルショックをいち早く乗り越えたような潜在能力があるということである。次に来る金融危機にもダメージを受けるが、最も早く立ち直るのは中国であると見てよいであろう。
 中国は1820年大清帝国の時代、世界のGDPの30%が中国一国で占めていたことを知っている。(世界銀行の報告書)ここ10年2020年までに200年ぶりにその地位を取り戻すことに邁進しているし、それを実現する可能性が高いと考えられる。そして2020年以降、経済成長は鈍化していくであろう。日本も戦後40年1985年ジャパン・アズ・No1いわれ、黄金時代をむかえたが、その後の事は皆が知っている通り、バブル崩壊、長期低迷であった。日本の後追いをするかのように、中国も改革開放以来30年、高度経済成長を続けてきた。あと7年でその40年目はやってくる。2世代(40年間)に亘ってつくった財産をあとの世代が食いつぶすということなのか。これは歴史的に見て、どの国でもそういう傾向があるということである。今後一層、中国そしてインド、ロシア、ブラジルなどの国々の経済的存在感は増してくるだろう。日本の生きる道もおのずと定めなければならない時が迫っている。従来の対米従属路線は、地獄への道となりつつある。一刻も早く放棄しなければ日本の未来もないと言わざるをえないだろう。
 さて、翻って日本の財政状況を検証してみよう。財務省は声高に財政危機を煽り、増税を国民に押し付けようとしているが、実態をよく見る必要がある。手元に2010年12月末現在の財務省の資料がある。これによると<国内非金融部門>の資産内訳@家計(自営業者含む)資産1489兆円(預金766兆円、証券187兆円、保険・年金準備金419兆円)A民間非金融法人資産785兆円(預金、証券含む)B一般政府資産471兆円(中央政府、地方公共団体、社会保障基金・内訳財政融資資金預託金43兆円、証券220兆円含む)で@、A、Bの合計で2745兆円となっている。
 そして(国内非金融部門)の負債内訳として@家計(自営業を含む)360兆円A民間非金融法人負債が1067兆円(借入324兆円、証券463兆円、株式281兆円)B一般政府負債1050兆円(借入168兆円、証券860兆円)この@ABの合計が2477兆円である。この資産の中から対外債権575兆円が海外に出ており、対外債務330兆円を海外から借りている、差し引き、対外純債権が政府民間合計で245兆円存在しているのである。
 これを見ると確かに国と地方の一般政府負債が1050兆円(中身は国債、地方債であるが)、あり巨額の国の借金である。GDPとの比較は、優に200%を超えており、先進国の中でも最悪である。そして今回の米欧の金融危機の第二幕において海外資産の中でも株や債券の大幅な目減りや輸出産業への打撃などが危惧され、日本政府(財務省)や金融機関、大企業などは身構えている。しかし一方で国債はいまだ国内で消化され、金利も低く、円は高くなる一方である。これは他の米欧諸国に比べ、比較優位に立っているということである。復興補正予算の10兆円〜15兆円の予算は2700兆円の国の総資産からすれば0.5%程度であり、本来はどこからでも調達できる金額なのである。財務省、日銀はここ数ヵ年でも、円高介入や外貨資金の運用で40兆円以上の損失を出していると植草一秀氏の試算でも明らかになっている。財務省、日銀はこれに対して一切責任も取ろうとしないばかりか、国民負担の増税ばかりを主張している。増税の前に彼ら当局者の責任追及が先である。政府民主党は政治主導をマニュフェストに宣言したが、結局は何もできず、実態は財務省を中心とする官僚の悪事を隠すための道具でしかなくなっている。
 加えて言うなら震災直後には、日銀は3月1ヵ月で120兆円もの資金を市場に投入した。また一方、国会では4Kといわれる子供手当や高速料金、農業個別保証、高校無償化など全部合計しても数千億円にもならない金額で、自民・公明と対立し、何ヵ月も国会で茶番劇を繰り返している。これを見ても誰が権力者為政者なのか、誰の眼にも明らかである。すでに政党政治そのものが意味をなくしている。国民の多くが、あまりのバカバカしさにあきれているのも当然だろう。マスコミも権力の所在がどこにあるのかをよく知っており、財務省や警察、検察のリーク情報を喜んで流し続けている。少しでも権力に刃向う姿勢を見せた小沢一郎氏などには徹底した弾圧を加える。原子力行政でも同様で、福島原発に異を唱えた福島県知事佐藤栄佐久氏も事件をデッチ上げられ、逮捕され、知事辞任へ追い込まれた。これらの事も氷山の一角で今回の原発事故でも明らかになったように、経産省、東電、マスコミや学者等々の利権構造の中でウソばかりですべてを塗り固めてきたのである。忍耐を美徳としてきた大多数の日本人もようやく目覚めてきたようである。
 9月19日の反原発の6万人の集会や反TTPの各方面での反対運動、その他基地問題等でも同様に最近非常に活気づいている。新たな国際的な金融危機に際し、中東だけでなく、欧州、アメリカでも新たな大衆運動国民運動が開始されている。日本人もこうしたばかげた政党政治に見切りをつけ自ら行動することによってしか、政治を変えることができないことを自覚すべき時期が来たようである。
 今後の国際経済情勢と政治情勢に我々は、一層の注意力を持って見ておく必要がある。


 
インタビュー 門真市議 戸田ひさよしさん

地方議会の「闇」、社会の不正義に挑む

聞き手 小川淳


 略歴;1956年秋田県生まれ。阪大在学中(人間科学部)から寮闘争、在日韓国人政治犯救援運動、日韓連帯運動、三里塚闘争、対右翼闘争などに関わり、卒業後も生野区に住み釜ヶ崎支援運動、反原発反核燃運動、在日外国人支援運動に関わる。1999年、連帯ユニオンの組織候補として門真市議に出馬し初当選。一躍、「懲罰・問責・辞職勧告・怪文書の4冠王議員」となる。03年、「市民運動不毛の地」の門真市で「トップ当選」を実現。不正追及・情報公開・合併反対等の闘いが高い評価を受けた。
 05年、「連帯ユニオン議員ネット」代表に就任。連帯労組弾圧第3波として逮捕、辞職勧告決議。3ヶ月の接見禁止勾留。06年、地裁有罪判決。07年、市議選で連続トップ当選。3日後に高裁有罪判決。09年3月、最高裁上告棄却により「議員失職・公民権停止2年」が確定。11年3月に公民権停止解除、4月に門真市議に4度目当選。

―略歴にあるように大学時代から一貫して闘いの現場に身をおかれ、1999年に市議に初当選された。そもそも市議になろうとされたのはなぜなのですか。
 当時たまたま「生コン支部」の武委員長のほうから市議選に出たらどうだという話があって、もともとは「選挙で世の中は変えられない」と思っていたけど、その頃には「選挙の一つも出来なくては世の中は変えられない」、「地域から新しい政治を作っていかねば」と思うようになっていたもんで、それで出馬に踏み切りました。

市議会で何かやろうというイメージがあったんですか。
 そのときは共産党系の学童保育運動とか応援していたこともあって学童保育のこととか子育てに冷淡な行政を変えたいと思いました。また当時、議会に出席すると別に手当てが出る、今はだいぶ廃止されましたが行政用語で言うと「費用弁償」というものですが、出席手当てで一回に2500円、議員の報酬を貰っているのに議会に出席すればお金が出るというのはひどいだろうということも訴えました。しかし共産党を含めて誰も問題にしていなかった。これは直さないといけないと思った。議会の議事録は、出来上がるまで2ヶ月半かかるし、市民が見れるのは本会議の分だけで、詳しい話がされている委員会の分は市民への公開を禁じていた。録音テープは議員にも渡さない。だから市民が委員会審議の内容を早く知ろうと思ったら、議員に内密にお願いしてテープ内容を書き写してもらったものを得るしかない。しかしそうして得た情報は「規則違反」なので公開的に使えない。「○○議員は委員会でこんな酷いことを言った」という批判もできない。マンガのような話です。議会は公開の原則なのに、本会議以外の委員会は市民が傍聴できなかった。今では信じられないですが。そんなことはおかしい、オープンにしてやるという意気込みで入った。

―最初は最下位でしたが、その後のトップ当選はそういう活動が市民に評価されたからですか。
 そうです。共産党も言わない事をこっちがばんばんやって、ホームページを使って宣伝した。それが与党の恨みを買って懲罰だ、出席停止だ、かばん持ち込み禁止だという嫌がらせを全部跳ね返してやってきた。

―05年の政治資金規正法問題で逮捕されて2年間の公民権停止になられた。それが開けた今年、4回目の当選を果たされた。あれだけ叩かれたら普通は再起できないし、政治生命を絶たれるものですが、そこからの再起は凄いですね。
 ファンがおるというのと期待があるからだと思う。上位当選する事は確信してました。前回より833票減らして8位だったのは悔しいですが、失職2年のブランクの影響でしょう。私をつぶそうとしてもつぶせない事は誰もが分かっているので、誹謗中傷はあるけれども、表立った攻撃はないですねもう。議会では新人が増えた事もあるし、与党会派も「平和共存」的にやるようになってきた。

―在特会というネット右翼の目に余る蛮行が続いていますが、この背景についてどのように分析されていますか。
 一つは左翼の凋落だよね。あんな馬鹿どもがのうのうと大きな顔をしてのさばっているのは左翼が強かったら考えられないことです。排外主義差別言論がネットで煽られて広がるという土台があって、単純にそれだけでなくて、統一教会やネオコン的なキリスト原理主義者とかだいぶ噛んでいて、カネとか組織とか技術とか持っている極右グループや結社、それとネット右翼の馬鹿がつるんでやっていると私は見ています。
 あからさまに公安が擁護して、自分らは逮捕されないと思っている。朝鮮学校襲撃とかでちょっと逮捕されたけれども、今度はもっと公安と結託して悪知恵つけて名誉毀損だなんだと密かに刑事告発してくる。私は分かっているだけでも既に4件も「告訴」されている。非常に悪質で巧妙になっている。在特を批判しているネットやブログはいくつかありますけれどもそういう人らは匿名やペンネームでやっている。私のように顔も名前も出して、しかも議員という肩書きまで出して断固としてやっている人はいないから彼らはつぶしたいでしょうね。

―「連帯ユニオン」の活動について伺いたい。05年に政治資金規正法事件として逮捕されています。その前に連帯支部「関生」に対する弾圧があって、その一環として見て間違いない。政治資金規正法容疑というのは具体的に何が問題になったのですか。
 私が連帯労組仲間からカンパ90万円を受け、これが団体としてのカンパで政治資金規正法違反なんだということですね。自治体議員は無所属が多いですが、政党助成金は全く受けれない、政党として免除される部分が全くない。禁止ばっかりを喰らう差別法ですね。労組からの献金は一定限度内はOKだったのが、2000年の政治資金規正法「改正」でそれも全部駄目となった。非常に活動費を狭められた。
 この個人カンパ合計90万円については、(収支報告書記載漏れという)事務員のミスという事は警察も検察も分かっていたし、調書もそうなっている。本来なら記載し直すで済む話を「監督責任があるお前の犯罪だ」と決めつけた。それでも根拠薄弱と思ったのか、03年9月の連帯の近畿地本大会で委員長に就任した時に委員長報酬を地本から10万、生コン支部から10万という出し方にして、生コン支部の10万は3年間先払いして360万になったんですが、これを違法な政治献金だと言う。労働組合の中で委員長のギャラをこうしたという全く自立的な話を無理に労組からの不当な献金とするとんでもない内政干渉をやった。そうして金額を膨らまして360万と90万で「450万の違法献金だ」という政治資金規正法でやられた。
 政治資金規正法と公職選挙法はどうでもこじつけられる。小沢一郎の「政治と金の問題」にしても管直人の市民の党から献金問題もそうですよね。しかも恣意的に使うことができる。国家権力の弾圧によって選挙で選ばれた議員を自由に排除できる。今の政治資金規正法と公職選挙法というのはきわめて悪法です。

―よく分からないのは武委員長の「生コン支部」がなぜそこまで権力から危険視され、弾圧をされるのか、その理由です。
 「資本主義の根幹を脅かす労組だから」、という1982年の経団連の大槻文平が言った言葉が示している通りです。中小企業の労働者と中小企業主が一つになって協同組合を作って大企業に対して力を合わして噛み付いていく、労働者が主体となって大企業の経済支配を打ち破っていく。企業別労働組合ではないし、その会社に組合がなくても企業集団として規制をする。民主的統制というか、それが日本の労働組合のほとんどが企業別に分断されて、産業別闘いが頭にも浮かばない中で、関西に一部とはいえ、生コン業界のみとはいえ、大きな力を持っていることに強烈な脅威をもったからでしょうね。不況がひどいから中小企業も個別経営ではつぶれてしまう。だから協同組合を作って一緒に協力し合って立ち向かっていく闘いをさらに大規模にやった。単なる生コン業界の問題ではなくて、05年段階でも生コンのミキサー車が中心だけれども、ポンプ車の組合も協同組合を作って、ダンプの業界でも同じ動きがあった。京阪神では連帯労組に逆らっては何も出来ない状態になっている。これはもうつぶさないと危ないと。

―今、戸田さんが一番関心を持っていることは何ですか。
 いろんな事が「同率一位」ですが、原発を止める事は緊急重大課題ですよね。
 今門真市に求めている事は脱関電です。関電から電気を買わないこと。反原発の旗を振る事は無理でも関電と手を切る、別のところから電気を買うことはできる。そうすると経費節約にもなるし、関電の電力に余裕が出来て、「電力不足=原発必要」論を崩壊させる、一石三鳥の政策になる。発電会社が関電管内で10個ほどある。大和郡山市ではそれで2000万くらい節約している。原発を廃止させなくてはいけない。あまりにも多くの人たちが原発がないと電気が止まるというような馬鹿げた刷り込みをされている。私は30年以上原発反対ですが、電気を起すのに何万年も処理できない放射能廃棄物を作るというのは正気の沙汰とは思えない。

―最後の質問ですが、経歴を見ていて学生時代から一貫して闘いの先頭に立ってこられた。今も連帯労組とか在特会との闘いなど一番厳しい現場に身を置いてこられている。戸田さんの闘いの原点とは何なのでしょうか。
 「義を見てせざるは勇無きなり」でしょうね。あまりにも不正義な事が多い。大学の寮闘争もそうだし、高校時代に五味川純平の「人間の条件」を読みましたが、日本軍の残虐行為について何の責任も取られていない。小林多喜二を含めて拷問死させた奴らが何の責任も取らずにのうのうとしている。本当に酷いなと思う。在特会で言えば、およそ人が眉をしかめるようなことをわざとやって喜ぶ。朝鮮初級学校という小学校を襲うとか、沿道の人に差別暴言の怒号を集団で浴びせるとか、解放同盟の施設の前で部落差別語を叫んだり、さらには原爆投下の日の広島で「被爆者利権を許すな!原爆ドームをぶっ壊せ!」と怒号してデモするとか、およそ人間としてふつうはやらないことをやって、居直り自慢する。もっとも性質が悪い。それが取り締まれることなく好き勝手に行われている。それを自分らの強さだと勘違いしている連中。ほんとに根性が腐っている。
 今後の20年、30年後の日本の展望についてどのように思っておられますか。
 私は「各種各地の協同組合を土台にした21世紀型世界社会主義革命」論者ですから、協同組合をあちこちでいろんなレベルで創り出していく事、資本主義はもう命運が尽きているんだ、自分らの手を終わらせるんだという意気込みで、国際連帯でやっていくべしだと思うね。それはどれくらい時間がかかるか分からないけれども間違いないと。まあ原発は止まっていくだろうし、今よりはマシになっているだろうと。

― それを担うのは若者ですが、今の若い人たちを見てどう思いますか。
 気が付いて動いている人もいるし、反原発の動きの中から4,50年ぶりに歌が生まれ、踊りが生まれるというのがやっと出てきた。韓国から遅れること30年くらい。それは一つの希望ですね。ただ、全学連や全共闘の時代のように学生がまとまって動くという事は、日本ではもう起こらないと思うし、今の学生総体には全く期待していないけれど。

―東北のボランティアなどみていると新しい若者が生まれているかなあという印象はありますが。
 そこからもっと社会全体へ、支配秩序を打倒して行って自分らが革命の主体になっていくには難しい。そのためにはやはり戦闘的な労働組合を増やして、NPOなど、人力と財力がないと、個人の頑張りでやっても追いつかない。財力を革命に使える、運動に使える、そのような地盤や運動を、運動であり収益も上げながら運動に使えるというようなものをもっと増やさないといけない。日本の運動は一貫してそれが弱い。

※     ※     ※

 人はそれが正しいと思っても、自分の保身のために、声を挙げないということがある。風圧に耐え、主張したり行動するのは、並大抵のことではない。「義を見てせざるは勇なきなり」―不正義に満ちたこの社会で正義を貫くことの難しさを戸田さんは身を持って示している。今、この言葉の重みを感じている。


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