研究誌 「アジア新時代と日本」

創刊準備号 2003/6/5



■ ■ 目 次 ■ ■

時代の眼

主張 「アジア新時代」、日本の進路を問う

研究 「まち」つくりに見る民族史的転換の萌芽

評論 −朝米協議に考える− 「体制保証」哀願外交!?

文化 旧暦

後記



 
   

時代の眼


 時代を知り、時代の要請にそって生きることは、人間にとって重要なことです。とりわけ、今ほどこの時代認識が切実に問われているときも希なのではないでしょうか。アフガン、イラクと続く従来の常識を超えたアメリカによる無道な戦争の連続、1920年、30年代以来と言われるお先真っ暗な世界同時のデフレ大不況、こうした危機的状況にあって、人々は何を求めているのか。「アジア新時代」は、このような問題意識から私たちが提起する現時代についての認識です。
 今日、絶え間ない「21世紀型戦争」の「恐怖と衝撃」でそのグローバル一極支配を強化しようとしているアメリカの横暴は、世界中の糾弾を受けています。
 イラク占領に当たりアメリカが期待した58年前の日本占領の再現は成りませんでした。米軍を「解放軍」として迎えた人は皆無に等しかったのではないでしょうか。「解放軍」はおろか、ベトナム戦争時の「自由主義陣営の軍隊」でもなく、むき出しの「帝国軍隊」、それが皆の眼に映った米軍の姿でした。
 時代は明らかに転換しています。アメリカの支配には自主を、戦争には平和を求める多極世界創造の気運が地球上至る所にみなぎり、時代の奔流として音を立てて流れ始めています。
 この歴史の新時代にあって、日本は、一言でいって、「だらしない状況」にあります。イラクをめぐる攻防で、一貫してアメリカの言いなりになったわが国は、「戦勝国」であるにもかかわらず、その存在感を完全に喪失してしまっています。
 だが、問題はそれに留まりません。より深刻なことは、アジアが、中でも朝鮮が、米一極支配か多極化かの闘いの焦点になっている中で、日本がアメリカと一体にその手先となって、アジアに敵対し、朝鮮に敵対して、戦争と破滅の道にはまり込んでいっていることです。
 この難局を乗り越える力は、他でもなく、ただひとえにわれわれ日本人自身にあります。自分の共同体、自分の国と民族を愛し、その自主性を貴び、平和を求めるわれわれの心を一つの力に結集すれば、優に現時代の要請にそって生きていくことができます。アメリカによる隷属と戦争のグローバル一極支配反対! 多極世界創造の奔流に合流を! アジア人によるアジア人のためのアジア、自主、平和、連帯のアジアとともに! これが、現時代を見る私たちの眼であり、考えです。


 
主張

「アジア新時代」、日本の進路を問う

編集部


 「アジア新時代」。それはアメリカ帝国のむき出しの暴力、戦争によるグローバル一極支配に反対する時代の流れの中でアジア人によるアジア人のための自主、平和、連帯のアジアを築く歴史の新時代としてある。日本は今、アメリカ帝国の属国として生きていくのか、それとも、この時代的潮流に合流していくのかの岐路に立っている。

■歴史発展の新しい段階としての現代
 「軍事力を背景に米国の価値観を世界に定着させる」と公言するネオコンが牛耳るブッシュ政権は「米国の利益を損なう国は先制攻撃して政権転覆させる」として、イラク戦争に続き「中東の民主化」「アジアの民主化」などとアジアを舞台に戦争を恒常化し、それに列強を従わせることでグローバル一極支配を維持強化する道に踏み出した。
 その非道でなりふり構わぬ暴力むきだしの戦争戦略は、決して米国の強さを示すものではなく、破滅に瀕した者のあがきにすぎない。
 戦後冷戦構造の中で米国を盟主に結託協調してきた西側陣営は、冷戦終焉によってその結束の根拠を失った。そこで打ち出されたグローバリズム、それは米国のグローバル一極支配のための論理であり、米国は、各国の門戸を開放させ市場原理を強要し、その優越した諜報・情報力を駆使した賭博的な金融操作をもって世界を収奪し「米国の一人勝ち」を謳歌した。しかし、その「米国バブル」も破裂し「ドル信用」崩壊の危機に直面している。
 こうした米国の経済危機をしり目に、EUだけでなく、ロシアや中国さらには第三世界諸国も地域的な結合を強め、米国から離れ多極化を強めているのが現在の基本趨勢である。
 ブッシュ政権のむき出しの暴力による戦争政策は、この多極化を押しとどめ、米国のグローバル一極支配を維持しながら経済的破滅を回避しようとするなりふり構わぬ、追いつめられた者のあがきに他ならない。
 しかし、離米・多極化趨勢を押しとどめることはできない。元々、自主的に生きるというのは人間、そして各国各民族の本性的要求である。その上、列強にとって見れば経済的に破産した米国に追従することは自らの破滅を意味するし、グローバリズムの下、自国経済を破壊された第三世界諸国にとっては、離米・多極化こそ生きる道である。また、「民主化」の対象にされ戦場にされる中東、アジア諸国にとっては、否応なく米国との対決状態にさらされる。
 米国の暴力むき出しの対決姿勢は列強との間に、そして第三世界諸国との間に抜き差しならぬ対決を生み、それは米国の支配を動揺させ、そのために米国はますます戦争に頼るようになり、それがまた離米・多極化を促進させ、米国を衰退させていく。まさに時代は、米国の戦争戦略に対して世界のあらゆる地域、国々が対決を迫られ、その厳しい対決の中で、米国が敗亡していくそういう時代を迎えていると言っても決して過言ではない。

■アジアそして朝鮮
 ブッシュ戦争戦略の矛先はアジアに向けられている。それは、中東の膨大な石油資源を確保することと中国の台頭に対処することが米国にとって死活的だからだと一般的にも言われている。しかし、ここでよく見ておくべきは、アジア地域は力があり自主意識が強いということである。
 アジアは、長い歴史の中で豊かな独自の文化を育んできただけでなく石油など豊富な資源と多くの人口を擁し大きな潜在的経済力を持っている。近代に入って欧米列強の植民地支配の基本対象にされたのもその故である。そして、この植民地支配に対する民族解放運動をもっとも熾烈に闘ったのもアジアである。非同盟運動も55年のインドネシア、バンドン会議がその発端であったようにアジアがそれを主導した。そして朝鮮戦争、ベトナム戦争など民族自主を守るための激しい反米戦争・・・。
 そのアジアを対決の場とする米国との闘いで焦点になるのが朝鮮である。ジョセフ・ナイは「イラクではなく北朝鮮こそブッシュ大統領の新たな安保戦略がうまく機能するかどうかを試す、真の手強い実験台だ」と吐露している。朝鮮が米国の戦争に対して民族自主を守り抜く気概をもった手強い相手だということである。それはアジアの自主志向を代弁しており、世界の離米・多極化志向を代弁している。朝鮮が旧社会主義国や第三世界、アジア、EUで人気があるのはそのためである。
 「実験台」というとき、考えねばならないことは、アジアとの対決の中に日本を引き込むための策動が朝鮮をめぐって行われているということである。イラク戦争で「やる気同盟」は英国であったが、朝鮮戦争では日本である。今回の有事法制の成立の裏には米国があり、その早期成立を強く要求したという事実を忘れてはならない。

■わが国での巨大な時代的転換
 この5月、「りそなグループ」の事実上の国有化が行われた。銀行国有化は、今後、4大金融グループにまで及び、その幾つかが米国金融に売却されると予想されている。産業再生機構も有力企業の米国金融への売却機構と目されている。こうした経済の融合は、政治的融合、文化の融合から軍事的融合まで、あらゆる融合を促進するし、軍事的融合は政治経済、文化意識の融合を強制する。
 90年代を通じて行われた日本の「構造改革」は、ここにきて、その醜悪な目的が誰の目にも明かになってきた。それは、経済だけでなく政治、軍事、文化、意識のあらゆる領域での米国への融合、アメリッポンの形成である。それは日本が民族として国家として崩壊させられ、骨の髄までしゃぶられながら米国の戦争の手先になってアジアと敵対し、国内ファッショ体制が強化される、そのような「国」にさせられていくことを意味する。
 それにもかかわらず、「抵抗勢力」は真に抵抗もできず、さまざまな「事件」にひっかけられては恫喝懐柔され屈服転向を重ねており、少なからぬ国家主義者もアジア、朝鮮を敵視することによって対米従属を鮮明にしてきている。
 果たして、米国の日本融合策動に抗する力はどこにあるのか。それは、他ならぬ、日本人民の中に芽生えつつある。
 まず、無党派層の拡大。彼らは、今回の統一地方選挙に見られるように、既成の政治、政党にあきたらず、新しい自らが実感できる政治を目指して大きな力を発揮するようになっている。次に地域再生の動きである。グローバリズム、弱肉強食の市場原理主義による、産業空洞化、東京一極集中によって、地方は壊滅状態に陥っている。しかし、こうした中で、地域住民は、自らの生活基盤を守り、破壊された共同的関係を地域の中に再生しようとしており、これがクニおこし、村おこしなど地域の政治経済活発化の主体にもなっている。そして日本語の見直しなど文化的な日本志向の高まり。
 注目すべきは、グローバリズム、市場原理主義など米国の価値観の蔓延する中で、その影響を受けながらも、人間性、民族性に基づく新らしいものが創造されていることである。グローバリズムの思想として普及された「自己決定」は、若者の中では、既成の価値観に囚われず、自分たちの見解を自分たちで作っていく、そのような「自己決定主義」として捉えられ、「新まじめ主義」と言われるように、日本のために皆のために何かをしたいというところで発揮されるようになってきている。自己決定やNPO、地方分権主義などグローバリズムとともに普及してきた米国的なものも、結局は、日本の中に取り込まれ人間的で民族的な新しいものとして発展していくであろう。

■広々とした展望
 米国のグローバル一極支配のための戦争策動が露骨化し、とりわけアジアにおいて、それも隣国の朝鮮において戦争の危険が現実のものになっている今、われわれは、日本の運命を真剣に考え、日本という国、日本という民族として、これにどう対処すべきなのかということを否が応にも考えざるをえなくなっている。
 イラク戦争では、世界的な反戦運動の高まりの中で、日本でもとりわけ若い人々の積極的な反戦の取り組みが見られたように、戦争という厳しくも究極的な対決の中で、米国の倫理も理念も国際世論も国際的取り決めや国際法、国連も眼中にない凶暴なやり方に対して、果たして人間として許せるのか、日本人として許せるのかという声は高まらざるをえない。
 アジアを舞台にした米国の戦争策動と対決する「アジア新時代」の中で日本は、どう生きるべきか。米国の手先になって自ら戦争を引き起こしながら、あらゆるものを米国に融合させ、日本を滅ぼしていく道に進むのか。アジアの自主、平和、連帯の動きに合流して、その中で日本をアジアと共に進む日本として、自主的、平和的に発展させるのか。その進路がかつてなく切実に問われている。そして、この闘いの中で、地域の再生や身近なところでの共同的関係の再構築など、下からの新しい動きを基盤にしながら、これまでの古い日本を根本的に変えて新しい日本を創造する道がより広々と切り開かれていくのではないだろうか。

 

 
研究

「まち」つくりに見る民族史的転換の萌芽

小川 淳


 経済のグローバル化にともない、国内産業の「空洞化」とともに、長い歴史を背負った村落共同体の衰退化、崩壊が言われて久しい。
 日本の伝統的な村落のあり方は、網野善彦氏などによると応仁の乱、戦国時代にさかのぼるという。すなわち、戦国の争乱の中で村の自治と平和を守るために固く結束した惣村がそれである。江戸時代に入って、それは幕藩体制の末端組織に組み込まれながらも、その強い自治意識,共同性の伝統は、江戸時代頻繁に起きた農民一揆に表出した。明治以降も村落の共同意識は強いものがあった。それが今、音を立てて崩れつつある。その一方で、これまでの村落とはまったく異質の新しい共同体の形成が各地で生まれつつある。「まち」つくり、「くに」つくり運動の全国的な広がりである。
 元来、日本の村落は道路や山林維持など集落総出で管理してきた習慣(総事)があった。しかし、資本主義の発展とともに村落が共同体としての性格を失ってきて久しい。このような現状に危機感を持った数人の若者が立ち上がり、自ら住む集落を見つめ、将来のビジョンを描き、その実現に汗をかく地域おこし運動が全国に広がっている。
 これらの「まち」つくり集団には、旧来の村落にない、いくつかの特徴がある。
 第一に、村落を担う主体が変わったことである。
 例えば鳥取県智頭町では、寺谷篤(郵便局長)、前橋登志行(製材所経営者)というように、地域の有力者や資産家でもないごく普通の青年、壮年がリーダーになっている。これらリーダーを中心に、ある集落では、戦後生まれの長男が集まる「一日会」、別の集落では、壮年の8人が「八興会」を結成というように、これまでにない新しい集団が生まれ、いつしか志をともにする人が集まり「智頭町活性化プロジェクト集団」CCPTを結成した。彼らが村落の「核」となって新しい「くに」つくりが始まった。
 これまで「村落」を作ってきたのは「お上」であったり、有力者や資産家であった。今村落を担っているのは、町や村を愛し、住み良くしたいというごく普通の大衆なのである。
 第二に、これまでにない「地域経営」の視点が生まれていることである。
 地域は、しっかりした経済的な裏付けを得てこそ、自立が可能となる。智頭町の例では、杉の高付加価値化を軸とする事業として「智頭杉日本の家コンクール」やカナダ人の指導でログハウス群「杉の木村」を建設し、地域活性化のモニュメントとして、年間1万5000人が訪れるようになったという。郵便局、役場、病院、農協を動かし、独居老人に福祉サービスを提供する「ひまわりシステム」を誕生させている。これらの事業には、旧来の有力者や行政では決して思いつかないような独創的なユニークさがある。
 第三に、旧来とは違った「横のネットワーク」という新しい形態が生まれていることである。  これまで日本では「上下」関係、「縦」の関係しかなかったと言われてきた。「横のネットワーク」というのは、上意下達や序列、肩書き、強制でなく、自発的な自由人の集まり、ともに住み、ともに生き、ともに育む関係である。
 第四に、「国つくり」を見据えた「まち」つくりであることである。
 村落自治体は往々にして自己充足で終わる傾向を持つ。しかし現在の「まち」つくりは、「国つくり」の最小の基本単位という視点から出発し、大きな「国つくり」のためにもまず小さな「まち」から変えようという志が脈打っている。だからこそ、開放的であり、外部の「まち」つくりとの交流を活発に展開しているのが特徴である。
 このような「まち」つくり集団の登場は、中世の惣村に始まる村落共同体を新しい段階に発展させるものとして、これまでの民族史にない新しい社会的集団の萌芽を示すものと言えるのではないだろうか。


 
評論 −朝米協議に考える−

「体制保証」哀願外交!?

若林盛亮


 「北朝鮮は恐怖にふるえたことだろう」。イラクでフセイン政権が米軍の超ハイテク大量破壊兵器を駆使し「恐怖と衝撃」を誇示した戦争であっけなく崩壊した直後の米政府当局者の言である。わが国外務省幹部も「北朝鮮が息を凝らしているのは間違いがない」と同様の見方を示している。
 こうした認識に基づいて米国は、朝米プラス中国の三者協議を提唱した朝鮮側の案を「喜んで」受け入れた。それは、朝米二国間協議を強く主張してきた朝鮮が屈服してきたと考えたからだ。そして,協議の後に米国は、朝鮮が核放棄する代償に、「体制保証」を求めていると発表した。「体制保証」、これは、この間、朝米交渉で米国側がよく用いる表現である。
 ここで問題となるのは、朝鮮側が果たして本当に「体制保証」を求めているのかということである。というのは、当地の「労働新聞」やテレビ報道で一度として「体制保証」などという用語は目にしたことも耳にしたこともないからだ。
 朝鮮側が一貫して主張しているのは、米国との不可侵条約締結である。すなわち朝米両国が互いに侵略し戦争しないことを約束しようというものである。「体制保証」という用語は、朝鮮に対する敵視・戦争政策撤回要求を米国が自分流に解釈した文字通りの造語に他ならない。
 ではなぜ、相手が口にもしていない「体制保証」という言葉が使われるのだろうか。
 「体制保証」という言葉には、「体制保証」を哀願するものと、それを与えてやるものとの交渉として協議に臨む米国のごう慢な外交姿勢が端的に示されている。朝米協議は、対等な主権国家同士の外交交渉ではないということだ。イラク戦争で見せたように国連に代わる「世界政府」として行動し、米国以外の国を国とも思わない世界唯一の「超国家」として自己を演出する米国の外交姿勢がそこにはある。
 また朝鮮の外交を「体制保証」哀願外交とみなすのには、朝鮮側が「独裁政権」を守るために汲々としているという偏見があり、さらに言えば、そうした印象を聞く者に与えるものとなっている。
 不可侵条約締結という朝鮮側の要求は、その本質上、民族の自主権擁護という民族の強い意思に基づくものである。体制を守るのも変えるのも自分たちがやることであって、他人に頼むものではない。米国に対しては、敵視政策で自分たちが選択し進む道を妨害だけはしないでほしいと朝鮮側は言っているだけだ。自分の問題は自分で解決するという当事者の立場、朝鮮民族の自主意識を軽く見ては、ことの本質を見誤ることになるだろう。
 いま、日本では、有事法制が難なく国会を通過し、朝鮮に対する経済制裁論議が当たり前のように政府関係者の口から出ている。
 先の米韓首脳会談では、在韓米軍の縮小、基地移転が論議された。これは韓国内の反米気運に配慮を示したものとも受け取れるが、それだけではないのではなかろうか。従来、朝鮮半島で戦争が起こった場合、「在韓米軍は人質」になるから朝鮮半島での戦争に米国は慎重とされてきた。この文脈からみれば、この措置は「在韓米軍の安全地帯への移動」を意味しているようにとれるのではないだろうか。それは米ブッシュ政権が戦争を本気で考え出したという危険きわまりない兆候である。
 「体制保証論」のように朝鮮を侮り卑しめる米国式の対朝鮮観をそのまま受け入れ、タカをくくっていると、わが国は米国のグローバル一極支配維持のためのアジアでの「21世紀型戦争」のお先棒をかつがされ、大火傷どころか焼死すらしかねないだろう。


 
文化

旧 暦

赤木志郎


 「夏も近づく八八夜」―お馴染みのちゃっきり節の一節だが、立春から数えて88日目が茶摘みの最盛期や種蒔きの適期とされている。今年は5月2日だった。こうした旧暦に示されている「雑節」は季節を的確に表し、田植えなど農業の目安になってきた。
 日本では明治の初期に新暦、すなわち太陽暦に変えたが、カレンダーによっては旧暦の名節を明記しているのもある。中国、ベトナムもなども太陽暦を使っているが、正月や端午の節句など昔からの祝日は旧暦のままである。中国、ベトナムの旧正月の祭りは爆竹を鳴らしたりして有名である。朝鮮も昨年から旧暦の正月や1月15日、端午の節句、中秋の名月の日などは祝日になった。朝鮮では寒さの目安である小寒・大寒、暑さの目安である初伏・中伏・末伏も日常的に使われている。
 同じ名節でも各国ごと過ごし方が異なるようだ。旧暦の8月15日、中秋の名月この日、日本ではこの日、団子を供えて月見をする。朝鮮では「秋夕(チュソク)」と言って、先祖の墓参りをし、「月夜の遊び」(朝鮮ブランコなど)を楽しむ。中国では「中秋節」と言って月餅を互いに贈り合い食べる。
 毎年、新暦の日より一ヶ月くらいずれるこうした旧暦の名節がどのように決まるのかと ふと疑問に思った。辞典で調べると、旧暦は月の満ち欠けを主にしながら太陽の運行にも合わせて作った太陰太陽暦であり、太陰太陽暦にはさまざまなものがあるとのこと。それで東京天文台が二十四節気・雑節・月齢を厳密に定義したうえで、太陽の運動理論にもとづいて計算して公表しているとのこと。
 暦は各国ごと固有の歴史をもっている。太陰暦のイスラム暦やユダヤ暦、太陽暦のエジプト暦、マヤ暦、ローマ暦、太陰太陽暦のインド暦や中国暦など、それぞれ宗教や民族文化、農業などとからんだ特色をもっている。
 旧暦、すなわち太陰太陽暦の共通性をもっているのは日本、朝鮮、中国、ベトナムなど東アジア諸国である。同じ気候帯、農業が同じく基本だということ、さらに宗教的にも似ているということがあるのだろう。そのうえで、各国独自の民族文化、民族伝統として発展させてきた。例えば、日本では端午の節句に菖蒲を使い近世より尚武(しょうぶ)に連想させ男子の節句としてきた。
 ところで、旧暦で5月5日の「端午の節句」を新暦の5月5日に祝うように、旧暦の名節を新暦にそのまま当てはめるのはそぐわないと思う。民族的伝統を無理に西洋から入った新暦という器に押し込めたようなものである。端午の節句は、邪気を払うため菖蒲の風呂に入ったり粽(ちまき)や柏餅を食べる日なのだが、それは旧暦の日であって合致するものである。正月も旧暦の正月であれば文字通り新春になる。
 新暦を使いながらも、旧暦の名節をそのまま生かしさまざまな雑節も広めてこそ、季節感を味わうことが出来、民族伝統を生かし日本への愛着を高めることができるのではないかと思うのだが。


 
  

後 記

魚本公博


 「お元気ですか」最終号で、メール・マガジン「アジア新時代」を7月5日に創刊する旨、お知らせしましたが、形式は研究誌とし名前も「アジア新時代と日本」とします。それが大体どういうものになるのか皆様に知っていただくため、創刊準備号を6月5日付けで発行しました。
 ホーム・ページ上のものとは形式が異なりますが、文書としては大体、こういう形になります。「時代の眼」は、いわば巻頭言です。「主張」は、研究会の基本主張を載せ、「研究」「評論」では、アジア新時代における日本のさまざまな分野の問題を研究したものや評論を載せます。これらは、我々だけでなく、日本国内、外国在住の会員の文章や会員でない方からの投稿としても掲載します。
 研究誌「アジア新時代と日本」について、形式や内容などご意見お寄せ下されば幸いです。


ホーム      ▲ページトップ


Copyright © 2003-2011 Research Association for Asia New Epoch. All rights reserved.