時代の転換点、今われわれがなすべきこと

2004/9/15 小西隆裕



■ ■ 目 次 ■ ■

一、 米一極支配の終焉と世界の多極化

1 一極化か多極化か、激化する世界史的攻防
2 開けてきた多極世界勝利の展望
(1) イラクの勝利は多極世界の勝利だ
(2) 連戦連勝する多極世界
(3) 多極世界の勝利と、国と民族の新しい発展

二、 日本は今、民族史的転換の時代にある

1 米一極支配の危機と日本の対米融合・手先化
2 日本の民族史的転換とその方向
3 進展する時代転換の今日的特徴
(1) 時代の転換、明治維新と戦後
(2) 維新や戦後とは違う今日の転換

三、 時代の転換にどう対応するか、その基準はなにか

1  問われる日本の進路、その選択の基準は何か
2 「日本のため」は誤りか
3 「日本のため」を基準に時代の転換に対応しよう

四、 時代の転換に即して日本の発展を!

1 日本自主化こそ、時代の転換を促進する鍵
2 日本の国と民族の新しい自主的発展のために
(1) アジアとともに自主の道へ
(2) 自主と共同の原理を基本に
(3) 自主化された日本を展望する
3 自主日本のまったく新しい歴史的発展



 



 時代の転換点には、人々の意識にこれまでとは明らかに異なる変化が生まれ、それと一体に社会経済構造や政治様式にも大きな変化が生じる。
 日本の歴史にもこうした転換点が幾度かあった。近くは、明治維新がそうであり、また、第二次大戦後の転換がそうである。このとき、日本人の意識は大きく変化し、社会や経済の仕組みとあり方、政治のやり方も著しく変わった。
 今日もまた、時代の転換が言われている。人々の意識の転換が言われ、社会経済や政治のあり方の変化が言われている。しかし、その評価はいまだ定まっていない。維新や戦後の転換と比較できるような大きな転換なのか、それどころかさらに根本的なより大きな転換なのか。
 また、転換の方向についても評価はまちまちだ。多くがグローバル化の方向での転換を言っている。が、そうでない人たちもいる。地域おこしの現場などでの人々の意識の変化、産業経済のあり方の変化などに言及する人たちは、明らかにグローバル化とは別の方向での転換を予感している。
 実際、今日の転換には様々な要素が複合的に作用している。それは、日本の歴史発展の必然的帰結でありながら、世界史的な転換とも深く結びついている。その一方、政治的、経済的な支配様式の転換と大衆自身の生活と闘いの根底からの変化が錯綜的に絡まりあっている。
 この一見複雑でとらえどころのない時代転換の真相を正しく見、その発展の方向を正確に見定めてこそ、今われわれがなすべきことが見えてくるのではないだろうか。

 

一、 米一極支配の終焉と世界の多極化


 日本における時代の転換は、世界のそれと密接に結びついている。維新のときにも、戦後の転換においてもそうだった。黒船の来襲や敗戦後の米軍の進駐とその歴史的背景、そしてその後の日本の大きな変化は、そのことをよく物語っている。

1 一極化か多極化か、激化する世界史的攻防
 世界史的な転換、それは今、ますます激しくなる一極化か多極化かの攻防を通して促進されていると言える。アメリカが世界に対するその一極支配を維持し強化するのか、はたまたEUやロシア、中国やアジア諸国、中南米やアフリカ諸国などがそれに抗し多極世界を創造するのか、この二大勢力による歴史的攻防は、世界的範囲でいよいよその激しさを増しながら大きく進展していっている。アメリカが国連をも無視した強引な単独行動で世界をそれに巻き込み、従えようとしながら、大多数の国々の猛反発を招き、今泥沼に陥っているイラク戦争は、まさにその象徴だと言ってよいだろう。
 第二次大戦後六十年近い歴史は、大戦を通じ滅亡の一歩手前まで行きながら、アメリカに支えられ、アメリカを頭目に結託協調することによって生き延びた帝国主義勢力と大戦の炎のなかで鍛えられ、新しい歴史の主人として登場した民族解放自主勢力の闘争の歴史だったと言うことができる。帝国主義植民地支配か民族自主、独立かの闘いは、朝鮮戦争、ベトナム戦争をそのもっとも熾烈な激戦場にしながら、アジア、アフリカ、ラテンアメリカを舞台に燎原の炎のように燃え広がっていった。
 これに対しアメリカをはじめとする帝国主義勢力は、悪辣の限りを尽くし、海兵隊など侵略武力を投入しての暴力的な闘争の圧殺と独立を形式的に認めながら、傀儡政権を通じて支配する新植民地主義、さらには国と民族そのものを否定し解体し、国境をなくし、アメリカと融合させて支配するグローバリズムをもって対抗してきた。社会主義の世界的範囲での崩壊と第三世界の停滞は、この世界史的攻防のなかで現れた一局面に過ぎないと言える。
 事実、闘いはいわゆる「東西冷戦」が終焉した後にも続いている。唯一の超大国になったアメリカは、この十数年来の闘争を通じてもその世界一極支配を完成させることができなかった。それどころか逆に、新たに登場した多極世界に圧され、その弱体化が誰の目にも明らかになってきている。
 「冷戦」終了後アメリカは、核とドルによる米一極支配の完成を目指し狂いたった。グローバル化という名の世界のアメリカ化、対米融合化が政治、経済、軍事、文化のあらゆる分野と領域にわたり、世界中いたるところで強権的に敢行された。国益ではなくて人類益、「国際貢献」が声高に叫ばれ、経済の規制緩和・撤廃と全面的自由化、会計、会社運営方式のアメリカ化、軍事の対米融合化、アメリカ文化の押しつけが強行された。
 この時代錯誤的専横への世界の回答は、屈従ではなく反抗、米一極支配への順応ではなく多極世界の創造だった。中国、朝鮮などアジア諸国、ドイツ、フランス、ベルギーなどをはじめとするEU諸国、ロシアなど旧ソ連諸国、そして中南米、アフリカなど第三世界諸国と世界の一極化に反対する多極化の流れは、押し戻すことのできない時代の基本趨勢になった。
 ネオコン・ブッシュ政権は、一言でいって、この多極化への流れを再び一極化へと引き戻すための政権だったと言える。京都議定書の不履行など「単独行動主義」、二〇〇一年、九・一一を契機とするアフガン戦争と朝鮮、イラン、イラクを「悪の枢軸」と名指しにしての反テロ戦争宣言、そしてイラク戦争は、アメリカの利益を露骨に前面に出し、強引に世界を戦争の渦中に引きずり込みながら、アメリカ主導で世界秩序を暴力的に変えようとするものであり、それ自体、米一極支配への彼らの熱望がいかにせっぱ詰まったなりふり構わないものであるかをよく示している。
 世界多極化の基本趨勢を認めようとせず、それに暴力的に逆らうこのような暴挙が破綻するのは当然である。イラク戦争は、その企図とは裏腹に、ブッシュ政権とともに米一極支配そのものまでを窮地に追い込んでいる。

2 開けてきた多極世界勝利の展望
 今日、世界的範囲で見たとき、時代の転換をもっとも鋭く表現しているのがイラクの現実であるのは衆目の一致するところである。一極化と多極化のもっとも苛烈な攻めぎ合いの場であるイラク戦争の泥沼化、「ベトナム化」は、日本における「米一極支配信仰」の再考を迫っている。米一極支配を絶対的なものと見てアメリカに付き従って生きるのか、それとも世界史発展の基本趨勢を多極化と見て多極世界とともに進むようにするのかは、日本にとって決定的な問題だ。ブッシュ政権のイラクにおける歴史的失敗は、この問題に答えを出すうえで、きわめて重要な資料の一つを提供してくれているのではないだろうか。
 多極世界勝利の展望を示唆しているのは、イラクの現実だけではない。ヨーロッパでも東アジアでも南アメリカでも、これまで到底考えられなかったような現実が米一極支配の崩壊と多極世界の勝利を暗示してくれている。

(1) イラクの勝利は多極世界の勝利だ
 アメリカがイラクへの侵攻を開始したとき、今日のような事態を予想できた人が一体どれほどいただろうか。当のアメリカは、第二次大戦後の日本占領時と同様の事態の進展を夢想し、そのための準備に余念がなかったし、「ベトナム化」を云々していた人たちも、フセインとホーチミンの違い、バース党とベトナム共産党の違い、そしてイラクとベトナムの社会歴史的、自然地理的条件の違いなどから、近い将来、一時的であるにせよ、アメリカによるイラク平定は避けられないと考えていたのではないだろうか。
 しかし、現実は大分違ったものになっている。米軍やその追随国、補完部隊への攻撃が後を絶たず、ますますその激しさを増しており、世界的にも、アメリカ国内でも、イラクに対する戦争と占領への反対が強まっている。フセインの二人の息子を殺したのも、フセイン自身を逮捕したのも、イラク人民の抗戦にはほとんど何の影響も及ぼさなかった。すなわち、イラクの人々は、フセインやその残存勢力の指示のもとに闘っているのではなく、自分たち自身の武装勢力を至るところで自発的に築き、自分たち自身の頭と力で決死的な闘いを繰り広げているということだ。これは、この反米抗戦の主人がイラク人民自身であり、この抗戦がイラク人民自身の愛国的な意思と力によって推し進められているということを示している。
 そのうえ、米軍侵攻の口実にされた「大量破壊兵器」がイラクのどこにも発見されなかったこと、もう一つ、これも戦争の大義とされたイラクの「民主化」が米軍による「イラク人虐待」でその正当性を失ったこと、等々は、イラクの人々の反米意識を決定的に高め、彼らの反米抗戦をより広く激しく強力なものにする反面、それに対する米軍の士気を著しく落とし、この戦争をめぐる力関係を逆転することにつながっていっている。またそれが、世界的な反米、反イラク戦争気運をさらに高め、アメリカの孤立化を一段と促進するのは目に見えている。
 そうしたなか留意しなければならないのは、今、当のアメリカ自体がブッシュに三行半をつきつけようとしている現実だ。イラクの「ベトナム化」が進むにつれ、ブッシュへの支持率が大幅に低下してきているなかにあって、それに追い打ちをかけるように、「イラク人虐待」事件などといったこの戦争の大義を根本から覆すような一大不祥事が暴露されてきているということだ。これは、ブッシュにイラク戦争を続ける正当性はおろか力までなくなってきており、この政権がアメリカ支配層からも見放されてきているのを暗示しているのではないだろうか。言い換えれば、ブッシュ離れが即アメリカ離れにならないよう、アメリカ支配層によりすでに路線の大幅な転換が準備されてきているのではないかということだ。
 今秋、ブッシュに対抗して大統領選に出てくるケリーは、「国際協調」の看板を前面に掲げている。ブッシュ・ネオコン路線の「単独行動」から一八〇度の転換が準備されているということだ。ケリーを勝たせようとする様々な策動とともに、この路線転換の動きからは、アメリカ支配層のよからぬ魂胆が透けて見えてくる。
 その何よりの証拠は、見た目とは裏腹に、ケリーの「国際協調」とブッシュの「単独行動」に本質的な差異がないということである。言い換えれば、この二つの路線が米一極支配の別の方向での追求にすぎないということだ。そこには、各国の支持と協調を取り付けながら支配を強めるのか、それではまどろっこしいと見切り発車で事を起こし、各国を否応なしにアメリカ主動の強行策に巻き込みながら支配を強化するのかの違いがあるだけだ。
 後者であるブッシュ「単独行動」路線が破綻し、米一極支配の衰退が誰の目にも明らかになってきている今日、「国際協調」路線への転換がはたして一極化か多極化かの攻防を逆転させるものとなるだろうか。もちろん、そうなるか否かは今のところ簡単に結論を出せる問題ではない。しかし、もし転換が計られるとすれば、その転換が追い込まれた末の苦し紛れの転換であり、それ自体が米一極支配の弱体化を露呈するものとなるのだけは明らかなのではないだろうか。
 そのうえで重要なことは、アメリカがブッシュ・ネオコン路線を押し通せなくなってきていること自体、イラク人民の偉大な勝利であるとともに、単にイラクの勝利に留まらず、多極世界全体の勝利を意味しているということだ。それは、アメリカがなぜ路線転換に踏み切らざるを得なくなっているのか、その事情を見ても推し量ることができるのではないだろうか。

(2) 連戦連勝する多極世界
 一極化か多極化かの攻防は、世界各国の選挙戦にも鋭く反映されている。二〇〇四年度に入ってからの選挙だけ見ても、その多くが一極化支持勢力と多極化支持勢力間の闘いとして展開された。ロシア、スペイン、韓国などの選挙戦は、その典型だったと言うことができる。結果は、多極化支持勢力の圧勝だった。
 ロシアでは、「強いロシア」のスローガンのもと、この数年間、ロシアの威信を目に見えて回復させてきた現職のプーチン大統領が七一%以上の支持を集めて、他の追随を許さず、圧倒的な国民的信頼を得ていることを誇示した。これなどは、それ自体、アメリカの世界一極支配を許さない多極化路線の勝利だと言えるだろう。
 ドイツ、フランスなど、アメリカ離れを強めるヨーロッパにあって、親米路線をとり、イラクへも派兵の先陣を切っていたスペインがこの派兵をめぐる攻防で、派兵反対の社会労働党が勝利することによって離米多極化の方向へ舵を切ったのは、計り知れなく大きい意味をもっていた。スペインのイラク撤退がドミニカなど中南米諸国の連鎖的撤退を生み出したことを見ても、その影響の一端を見ることができる。
 アジアでは、韓国国会選挙でノ・ムヒョン大統領を支持する与党、開かれたウリ党が大勝し、全体的に対北強硬親米派が大きく衰退したのが特筆すべきことだった。これは、ノ・ムヒョン大統領自身が対米追随で北と対決する従来の路線を批判し、朝米の対決に対して韓国はそれを緩和する方向で独自に働きかけるべきだとして韓国民衆の熱い支持を受けて当選したのと併せて、世界の多極化のため、どれだけ大きく作用したか知れない。朝鮮の南北交流はこれから一段と加速されるだろうし、日本ー南北朝鮮ー中国、日本ー南北朝鮮ーロシアの間のヒト、モノ、カネの流れも各種交通、通信手段を通じて大きく促進されるようになるだろう。
 選挙で開かれた多極化の流れは、政治や経済に反映され、それを通して、米一極支配の枠を超えた政治経済的な「極」の形成を促して行く。アメリカの言いなりにならないドイツやフランスの政権を軸とする大ヨーロッパの形成は、明らかに米一極支配に対し相対的に独自な政治経済的「極」の誕生を意味しており、アジア民族主義が台頭するなか、中国などの主動のもと形成されてきている東アジア共同体構想、ロシアを軸にその結びつきを強めている旧ソ連諸国の連合、そしてブラジルなどを軸に結束しアメリカに対抗する南米諸国の協同など、大小様々な「極」の形成は、米一極支配の威力の減退と新興多極世界の生命力の増進を誇示している。
 一極化の衰退と多極化の前進は、この間行われている朝鮮の核開発をめぐる六カ国協議にも如実に現れている。この協議が当事者である朝米二カ国の協議を主張していた朝鮮の提起を拒否し、五カ国の包囲のもと朝鮮を屈服させ、ひいては中国やロシアへの支配と統制を強化しようとしたアメリカの発起によるものであるのは周知の事実である。しかし、今、その様相は、当初の企図とは裏腹に逆にアメリカが孤立しかねないものとなってきている。中国、ロシアはもちろん、韓国までが朝鮮の立場を理解するようになっており、日本にもそれが鋭く問われてきている。
 多極化への時代の趨勢は、世界中至るところに反映されてきている。イラクでの失敗は、アメリカの支配力を世界的範囲で弱体化させてきており、逆に多極世界の発展を加速していっている。ロシアやスペイン、韓国などでの選挙結果も同じことだ。時代の流れが流れを呼び、それは、もはやいかなる力をもってしても押し止めることのできない滔々たる時代の奔流になろうとしている。

(3) 多極世界の勝利と、国と民族の新しい発展
 一極化か多極化かの闘いで、多極化の勝利が世界にもたらすものは計り知れない。なかでも、多極化にともなう国と民族の新しい発展は、決定的な意味をもつようになるだろう。
 周知のようにアメリカの一極支配は、世界のグローバル化、対米融合化と一体である。米一極支配は、世界のグローバル化、対米融合化をともなってのみ可能であり、世界のグローバル化、対米融合化は、米一極支配のもとでのみ促進される。これは、米一極支配が国と民族の否定と解体、およびアメリカとの融合と一体であり同義だということを意味している。今日、わが国で進行中の現実は、その生きた証明だと言うことができる。
 では、多極化された世界はどうなるのだろうか。アメリカにより一極支配された世界とは正反対のものになるのだろうか。
 ここで一つ留意すべきなのは、多極世界にはそれぞれの極に中心的な大国があり、それら大国がグローバリズムを決して否定しているわけではないという事実である。ロシアしかり、中国しかり、ドイツやフランスしかりだ。そのうえ、ロシアは、旧ソ連諸国の合同を追求しており、もう一つの極であるヨーロッパは、EUに結束し、通貨を統合し、共同のヨーロッパ防衛軍まで創り、ボーダレス化、グローバル化の最先端を行こうとしている。これらは、米一極支配か多極世界かに関わりなく、国と民族を否定し破壊し解体するグローバル化が歴史発展の必然、時代の基本趨勢としてこのまま進展していくということを示していると言えないだろうか。もしそうならば、来るべき多極世界は、当面、それぞれ大国を中心に域内がボーダレス化されたいくつかのブロックの統合体になり、将来的には、各ブロック間の抗争と競争での覇者が世界を統合した一つのグローバル世界になるということが考えられるが、どうなのだろうか。
 この場合、米一極支配との違いは、ただアメリカとは違う別の新興超大国が世界を支配するというだけになってしまう。そんなことを米一極支配を認めなかった世界が許すのだろうか。いやそれ以前に、それぞれのブロック内で大国に有利で小国に不利なボーダレス化が促進されるようになるだろうか。
 現に、EUの内部では大国に有利な諸政策、方針に対し、小国の反発が高まってきている。アジアでは民族主義の台頭が著しいなか、各国が中国や日本におとなしく支配され、統合されることなど考えられないことである。また、反米自主の気概が強い中南米でも同じことだ。その自主の気概がブラジルに対しても自主であるのは当然のことではないだろうか。
 現実は、多極化の勝利が世界のグローバル化を阻み、地域共同体の形成のなかで、国と民族の新しい発展を促していくだろうことを示唆している。アジアで、中南米で、そしてアフリカで台頭してきている新しい民族主義の波は、そうした世界史的視座をもってとらえられるべきではないだろうか。

 

二、 日本は今、民族史的転換の時代にある


 世界史的転換が米一極支配から多極世界への方向に進展していっているなか、日本がこれと無縁でいられるはずがない。
 危機に直面したアメリカは、もっとも忠実な同盟国、日本を完全にアメリカに吸収融合し、日本がアメリカの一部となり先兵となって、その世界一極支配を支えるようになることをいつにもまして強く要求している。日本をさらに全面的にアメリカ化し、その力を取り込んで、アジアと世界支配の手先として使おうというアメリカの督促によって、日本の時代的転換は大きく規定されている。
 しかし、あらゆる事物現象がそうであるように、この時代の転換もまた、外的要因以上に内的要因によって規定されている。一極化か多極化かの攻防の激化とそれにともなう対米融合・手先化への動きの強まりが外的要因だとすれば、内的要因は、時代転換の主体である日本人民自身の時代転換への要求と力の高まりに求められなければならない。

1 米一極支配の危機と日本の対米融合・手先化
 世界的な多極化趨勢の進展のなかにあって、日本はそれと歩調を合わせるどころか、かえってその足を引っ張っている。
 今日、一極化か多極化かの世界史的攻防でその国がどちらの側に立っているかは、イラク問題にその国がどう関わっているかにもっとも鋭く表現されるようになる。そこから見たとき、わが国の場合は明確だ。日本は、自衛隊のイラク派遣によって、米一極支配を支え多極化に敵対する自己の立場を鮮明にした。
 イラクに対してだけではない。今日、日本の政治のすべてにこの立場は一貫されている。あらゆる分野、領域にわたり米一極支配を支えるための対米融合・手先化が強引に推し進められており、久しく言われてきた「米国の五十一番目の州」というレッテルは、掛け値なしに日本の現実そのものになってきている。
 まず先行されているのは、軍事の対米融合・手先化である。一九九六年の日米安保再定義とそれにともなう新ガイドラインの策定、それに続く周辺事態法や有事立法など一連の関連法案の年を継ぐ連続的な成立は、米軍と一体に、その手先、補完部隊となって「周辺諸国」に侵攻することを目的としている。この法整備にともなって、自衛隊の部隊編成から武装まですべてが、師団の旅団化、部隊のモジュール化(部品化)など、米軍と一体になって侵略共同作戦を遂行するために有利なものに改編されたのを見ても、それは十分に推察できるのではないだろうか。
 元来、その誕生の最初から米軍の補完部隊、下請け部隊としてつくられた自衛隊は、ここにきて侵略武力として完全に米軍と融合、一体化し、その「本来の使命」を果たす段階に入ったと言えるのではないかと思う。自衛隊のイラク派遣と多国籍軍化は、米軍の指揮のもと自衛隊がその補完部隊として海外侵略作戦を展開する第一歩だと言える。アーミテイジ米国務副長官をはじめアメリカの政府高官たちが自衛隊のイラク派遣に異常な関心を寄せ、「日本は観客席からグラウンドに降りてくるべきだ」と言ったのは、決して偶然ではない。
 彼らがこれ程までに日本のイラク派兵に関心を持ったのはなぜか。それが単にイラクにおける米軍補完の頭数を増やすためだけでないのは明かだ。それは、自衛隊が多国籍軍に参加しながら、その指揮のもとには入らないとされたところにも示されている。すなわち、多国籍軍への自衛隊の参加自体に意味があるのであって、イラクでの自衛隊の働きなど最初から期待されていないということだ。
 この自衛隊の多国籍軍参加と時を同じくして、米国防長官ラムズフェルドが米陸軍第一軍団(アジア担当)の司令部を座間に置き、現在沖縄に配置されている第三海兵隊の一部を北海道に置くという作戦計画を打診してきたが、それが日米の軍事一体化と融合、そして朝鮮半島での有事とそれへの自衛隊の参戦を想定したものであるのはもはや公然の秘密だと言えるのではないだろうか。
 軍事ばかりでなく経済までが対米融合、一体化していっている。それが今日の大きな特徴である。
 一九八〇年代初、レーガノミックスの強行とともに日本に押しつけられた金融の自由化、規制緩和は、その後、日本経済のバブル化とその破綻、長期大不況を生み出しながら、一方で経済全般の自由化と規制撤廃の引き金となり、日本の産業、経済をボーダレスな大競争にさらしてきた。リストラ、倒産、海外移転、外国人労働者の流入とそれにともなう失業、産業空洞化。終身雇用、年功序列など共同体原理重視の日本型経営から不安定雇用、成果主義など競争原理、市場原理むき出しのアメリカ型経営への転換、会計基準などアメリカン・スタンダードの導入、商法改正による外国人重役の実現、そして巨額の国庫負担に支えられての不良債権の処理とそれにともなう米巨大独占の日本浸透と日本の金融、産業界に対する支配権の強化。これらは即ち、勤労大衆の生活破壊と日本経済の弱体化とともに経済の対米融合、一体化の大幅な進展を意味している。日本の大手企業、優良企業での外資の割合が軒並み三〇%を超えてきている現実は、そのことを端的に物語っているのではないだろうか。
 この日本経済の対米融合化が、日本が米世界戦略、アジア戦略遂行の手先になるのと一体であり、それを大きく促進するものとなるのは、東アジア共同体構築をめぐる中国、およびアジア諸国とアメリカとの激しい攻防のなかにあって、日本がその前面に立ち、アメリカの利益を代弁していること、中国や他のアジア諸国へのアメリカ資本の浸透に当たって、日本資本がその外皮を貸すかたちになっていることなど、経済的側面だけを見ても明かである。
 政治の対米融合・手先化とは、日本政治をより徹底的にアメリカの言いなりにアメリカ政治と連動するアメリカ型の政治、アメリカのためのアメリカ式政治に転換させることであり、それは今日、自民党単独支配体制および中央集権的国家体制の解体と二大政党制、道州制への転換を軸に推し進められている。
 一九九〇年代を通じ一貫して露骨に追求されてきた日米政治融合のための二大政党制化の策動は、自民党「守旧派」の抵抗も空しく、わが国社会と経済のグローバル化、対米融合化とそれにともなう地方、地域産業の衰退、および地方、地域社会の個人化など、自民党派閥政治が依って立つ基盤そのものの根元からの崩壊とともに、今や実現の運びになってきている。自民、民主両党の若手が外資と連係したベンチャー企業、およびそれと連動するNGO、NPO組織を基盤に従来の派閥とは相対的独自に動くようになっているのは象徴的だと言える。また、中央集権体制の解体と地方分権・道州制の実施も、日本のグローバル化と一体である。大蔵省の解体を環とする中央省庁の再編、明治、昭和につづく平成の市町村大合併とそれに基礎した道州制への移行は、中央の機能を金融と軍事外交にしぼり、他は地方に分権するというグローバル化の理念から生まれており、市町村大合併は、グローバル化にともなう地方、地域の崩壊に対応している。
 こうした政治、経済分野での対米融合化は、当然のことながら思想文化的な融合に裏打ちされている。今日、文化のアメリカ化、対米融合化は、組織や集団そのものを否定する極度の個人主義化に基礎して推し進められている。国と民族を否定し、地球、地域、個人を基準にするグローバリズムは、その本質において徹底した個人主義だ。グローバリズムと一体に喧伝されてきた新自由主義が「自立した個人」「自己責任」「自己決定」を云々しながら、個人と集団を対立させ、会社や政党、労組など集団そのものを否定しているところに現代帝国主義の思想攻勢の本質が示されている。不安定雇用と転職の一般化、NPO、NGO、各種ベンチャー企業など、企画とともに発生消滅を繰り返す界線や規定が不明瞭なバーチャル組織の急増などがこうした思想文化的な宣伝に支えられているのは言うまでもないだろう。
 もう一つ、文化のアメリカ化、対米融合化で注目しておくべきなのは、各国、各民族の文化を尊重する多文化主義を通してそれが推進されているということだ。ひところ、アメリカ文化の押し付けをやり、文化の画一化だと世界各国から総スカンを食ったところから出てきたのがこの路線だと言える。「ラストサムライ」など、アメリカ人による日本文化の良さの「再発見」がいろいろとなされており、日本のアニメは日本で以上にアメリカで高い評価を受けている。また、イチローや二人の松井などは、アメリカで高く評価される一方、彼らを通して米大リーグが日本人の関心を呼ぶという現象を生み出している。その結果生じているのは、各国、各民族の文化のそれぞれの風土にあった固有で独自の発展ではなく、それぞれの文化のアメリカ文化との融合であり、その真髄のアメリカ化だ。これが政治や経済、軍事、そして社会全般の対米融合化に果たす役割は決して小さくない。

2 日本の民族史的転換とその方向
 日本における時代的転換とは、即、対米融合・手先化だと言っても過言でないような現実が今の日本にあるのは事実だ。
 だが、その一方、そうとは言えない、いや、それとはまったく正反対の変化が、人々の意識や社会経済構造、そして政治様式など様々な領域で広範に生まれてきているのも事実である。
 日本における時代の転換は、この二つの変化の攻めぎ合いを通して進展していっていると言える。
 人々の意識に生まれてきている新しい変化を一言で言うのは簡単ではない。そこを敢えて言えば、極度の個人主義を超えて、自分の集団を求める気運の高まりだと言うことができるのではないかと思う。
 「ナンバーワンでなくてオンリーワン」「必要とされていることへの喜び」「自分とともに自分のことのように喜んでくれる人がいればもっと力がでる」「お前がいなければ、俺たちは俺たちでなくなる」「自分以外の何かのために生きたい」「愛するとは、相手の幸せを願うことだ」、等々、個人主義を乗り越える気運が最近の歌やドラマで当たり前になっており、それが少なからぬ視聴者の共感を呼んでいるという事実は、その重要な根拠である。それは、経済の世界で、アメリカ式の市場原理、競争原理一点張りの企業経営への疑問が生まれ、もう一度日本式共同体原理を見直そうという風潮が強まっているが、それとも軌を一にしている。
 そうしたなか、自分の集団を求める動きが様々なところで生まれてきている。村おこしや町おこしは、それ自体が自分の生まれ育ってきた地域を崩壊から救い、新しく生まれ変わらせる、自分の集団を求めつくる運動であり、住民一人一人の底辺からの運動として全国各地に広く展開されてきている。また、イラク反戦など平和運動でも、様々な形の組織がつくられ、皆が主人として積極的に創意工夫をこらしており、他方、若者の間では、「たむろる」という新語が生まれるほど、様々な形態でたまり場や集まり、組織がつくられるようになっている。
 社会経済構造の変化は、グローバル化、対米融合化による変化と大衆や地方、地域、企業などの要求による変化との攻めぎ合いを通して促進されてきている。村や町など自治、自決の地域おこしと、それを広域地方行政のもとに抑え込む市町村大合併、道州制導入との攻防、日本型かアメリカ型かを競う企業経営方式をめぐる攻防、そして地産地消かグローバル化かの産業経済のあり方を問う攻防、等々、二つの変化の攻めぎ合いを通しての構造転換は、徐々にその激しさを増してきている。
 意識構造、社会経済構造の転換は、政治様式の転換と一体だ。二大政党制や道州制など、日本社会のグローバル化、個人化に基礎したアメリカのためのアメリカ型政治様式への転換がはかられているなか、反米感情が高まり、住民自治の地域おこしや一人一人が自己決定する反戦運動など、大衆が主体となる政治様式の萌芽が生まれてきている。この根本的に対立する二つの政治様式間の闘いは、日本の政治様式の巨大な転換の序曲だと言うことができるのではないだろうか。

3 進展する時代転換の今日的特徴
 世界が多極化の勝利、国と民族の新しい発展の時代を迎えている今日、日本の時代的転換はどの方向に進んで行くのだろうか。あくまで米一極支配にしがみつき、アメリカと融合しその一部になってアメリカによる世界支配の維持のため、とことん使われ、アメリカとともに弱体化と衰退、消滅の道を歩むのか、それとも、自らの内部に生まれてきている、対米融合・手先化と相容れず、それと対立する様々な変化や運動をより目的意識的に発展させ、多極世界と合流する日本の新しい発展の道に進むのか、自らの進路を見定めることがいつにもまして切実に問われてきている。
 この日本の時代的転換について考えるとき、これまでの転換との関係でそれをとらえるのが重要ではないだろうか。とくに、今日、明治維新、戦後の転換を「第一の開国」「第二の開国」ととらえ、現在進行中の転換を「第三の開国」ととらえる見方が一般的になっているなかで、この方法を採る意味はより大きくなっていると思う。
 ここで、時代の転換を「開国」ととらえるものの見方自体が、近代から現代にかけての日本の歴史を欧米への融合の歴史と見、現在をその第三段階と見ていることに留意したい。当然のことながら、われわれは、そうした歴史観の正否まで含めて今日の転換について見ていきたいと思う。

(1) 時代の転換、明治維新と戦後
 日本における時代の転換には、近くは明治維新と戦後がある。この二つの転換が、このところ「第一の開国」、「第二の開国」と呼ばれているのは周知のことだ。すなわち、日本のこの間の歴史は、グローバル世界に向けて国を開き、国境の壁を低くしてきた歴史だということだろう。
 世界史的見地から見れば、前者は新興帝国主義の海外膨張と世界の植民地化の時期であり、後者は新生社会主義と民族解放闘争に対抗するため、滅びゆく帝国主義がアメリカを中心に結託・協調した時期だったと言うことができる。
 幕末、幕府の後楯となったフランスに対抗して、イギリス、アメリカは、薩長を推し立て、明治維新を成功させながら、日本が彼らのアジア侵略の手先としての役割を果たすよう要求してきた。また、第二次大戦後には、独占資本を推し立て対米従属の戦後体制をつくるよう促したアメリカは、日本が共産主義と民族解放の波を食い止める防波堤、アジアの再侵略、新植民地化の手先になることを強く要求した。これらは、今日、自らの世界一極支配を維持し強化するため、アメリカが日本のグローバル化、対米融合・手先化を要求しているのと対比できる歴史的事実である。
 実際、幕末から維新にかけての転換や戦後の転換で、アメリカやイギリスの要求が大きく作用したのは事実である。しかし、明治維新が英米の要求からなされたと言えば、それはどうだろうか。おそらく大部分の日本人はそれに賛成しないだろう。
 では、戦後の転換はどうか。これについては、アメリカの要求に沿ってなされたと言う人の方が多いかも知れない。事実、このときアメリカは戦勝国として実質上、日本の主権を握っていた。しかし、だからと言って、このときアメリカが日本人民の気持ちに無関係に思いのままに「転換」を推し進めたかと言えば、そうではない。いや、そんなことはできなかった。どこまでも日本人民の要求に合わせながら彼らの要求を実現していったというのが真相ではないだろうか。日本国憲法に、戦争と軍国主義に反対し、平和と民主主義、基本的人権を要求する日本人民の意思が反映されているのは、その象徴だと言えるだろう。
 幕末から維新にかけて、日本人民の意思と要求は、なによりも「尊皇攘夷」のスローガンに表現されたのではないかと思う。すなわち、天皇のまわりに結束して夷狄(侵略者)を討つということだ。一方、「勤皇か左幕か」のスローガンは、幕藩体制に反対し、日本の統一を願い、封建的拘束や差別からの解放を願う日本人民の意思と要求を表していたと言うことができる。こうした日本人民の意思と要求は、維新後、国会開設や地租改正、不平等条約反対のスローガンを掲げた自由民権運動に表現された。
 ここで問題なのは、日本の自主と民主、統一団結を願い、勤労大衆の自由と平等を願った日本人民の意思と要求が実現されず、そのかわり、日本の「開国」、すなわち、日本が英米のアジア侵略の先兵となる日本の手先侵略国家化を求めたイギリスやアメリカの要求が実現されていったという事実である。
 また、戦後の転換においても、日本人民の要求がそのまま実現されたのではなく、アメリカの要求実現のために利用されるということになってしまった。
 この歴史的事実から単純に今日の転換を類推すれば、それは、第一、第二の「開国」に続く、第三の「開国」になってしまう。
 だが、はたしてそうだろうか。維新や戦後と今とでは、主客観的条件があまりにも異なっているのではないだろうか。
 一つは、世界史的環境が大きく異なっているということだ。維新や戦後において日本に強く影響を及ぼしたイギリスやアメリカは、当時、世界を支配する覇者として登場していた。しかし、今は違う。アメリカの力は目に見えて弱まっており、一極化か多極化かの世界史的攻防で後者の勝利がますます鮮明になってきている。これは、日本がアメリカの要求のままにならないための強力な条件が生まれていることを意味している。
 もう一つは、日本国内の条件がまったく異なってきているということだ。維新のとき、確かに日本人民は、「攘夷」を唱えたし、幕藩体制を超えた日本の統一を要求した。しかし、このとき、英米に従属し、その手先になってアジアを侵略することが何を意味するか、理念的にも体験的にも分かっていなかったし、日本の統一についても、それは、国民主権のもとでの統一ではなく、天皇主権のもと、国民はその臣民となっての統一だった。すなわち、民族自主権、国民主権についての概念自体しっかり立っていない状態だったと言える。自由民権運動が民権重視、国権重視をめぐって分裂し、民権と国権を統一的に実現する方向で展開されなかったところに、その限界性がよく示されていたと言えるのではないだろうか。
 それでは、戦後の転換のときにはどうだっただろうか。このときは、共産党など当時の大衆運動の指導部が米軍を「解放軍」として迎え入れたのが決定的だったと思う。アメリカがこのときの日本をモデルに、今回、イラクに対する侵攻と占領を強行したところに当時の日本の状況が示されているのではないだろうか。もちろん、このとき、国民主権や基本的人権などについての概念や意識が大衆的にあったのは事実だ。日本国憲法が「主権在民」を掲げ、人権思想に貫かれているのは決して偶然ではないと思う。しかし、米軍が「解放軍」ととらえられ、アメリカに対する従属が不問に付されたのが戦後の革新運動発展を大きく阻害したのは今や誰の目にも明らかになってきているのではないだろうか。
 こうしてみたとき、維新や戦後と今との違いは明白だと言える。

(2) 維新や戦後とは違う今日の転換
 維新や戦後と比べて今日の転換の特徴は、第一に、アメリカによる「開国」要求が、日本の主権、自主権を否定し、日本の国と民族そのものまで否定して、日米が融合、一体化することを求めるところにまで至っているということだ。
 明治維新のときは、「開国」が明治政府の樹立、国と民族の確立と一体だった。日本の植民地化を断念し、日本を推し立て利用してアジアを侵略する、日本の「手先侵略国家化」路線を採った英米は、幕藩体制を打倒し、統一政府を樹立することを目指す維新の気運を利用し、統一国家日本の確立と確立された日本を欧米化しながら推し立ててのアジア侵略を追求した。ここにおいて、日本の国と民族は全面否定されたのではなく、一方で確立、強化された側面が強かった。
 戦後における「開国」は、軍国主義の解体と一体だった。アメリカは、政治様式から経済運営方式、文化のあり方から生活様式に至るまで日本の国と社会全般にわたるアメリカ化を計る一方、国家主義を否定しながら、愛国の思想感情そのものまで否定的に見るよう誘導した。しかしアメリカは、日本の国と民族そのものを否定したり、その主権、自主権を表だって否定するまではしなかった。
 だが、今回の転換は違う。アメリカの要求は、日本のアメリカとの融合であり、それは、日本の主権、自主権の放棄であり、国と民族そのものの破壊と解体である。事実、今日の対米融合・手先化の実態は、こうした評価の正しさを証明している。明治維新における国と民族の確立と同時に始まった国と民族の否定と破壊は、昭和の軍国化など紆余曲折を経ながら、ここに極まったと言うことができるだろう。
 今日の時代的転換の特徴は、第二に、アメリカに対する幻想が大きくないことである。かつて「脱亜入欧」や「解放軍」を唱えたときのような欧米、とくにアメリカに対する幻想が大幅になくなってきているということだ。
 アメリカ式の二大政党制が久しい以前から喧伝され、そのための政界再編策動がいろいろとやられながら、それに対する大衆的支持がまったく盛り上がらなかったのなどはそのよい例だと言うことができる。これは今後、アメリカが要求する方向で転換が進行するか否かを占ううえできわめて重要なことだと思う。
 特徴の第三は、日本を見直そうという動きが様々な分野で生まれてきていることだ。日本語をはじめ日本文化そのもののよさを見直そうという気運が高まっており、市場原理、競争原理一点張りのアメリカ式経営に対して共同体原理を取り入れた日本式経営のよさを見直す動きも強まっている。今回のアテネ・オリンピックで日本人に合った日本式の柔道のやり方や泳法、走法、投法などが追求され大きな成功を納めたのなどもこの流れの一つだと言えるだろう。
 もちろん、これをもって直ちに今日の転換がアメリカの要求とは別の方向に進むと即断することはできない。なぜなら、それぞれの国の文化を尊重しながら、それを米一極支配に取り込んでいく「多文化主義」を今、アメリカ自身が採っているからだ。だが、そのうえで、日本文化を尊重するなどといったことが維新や戦後の転換時に見られなかったことも事実である。もちろん、維新のとき、「和魂洋才」が言われ、日本の心や精神の重要性が説かれたし、戦後も、「日本型集団主義」が慣習的に踏襲されることはあった。しかし、精神から方法まで全面的に日本的なものを見直し、それに基づいて改めて日本発展の新機軸を打ち出すなどということは絶えてなかった。これらと比べたとき、今生まれている日本の見直しがより全面的で目的意識的なものとして、「多文化主義」を超え、アメリカの要求とは別の方向に日本を発展させる可能性を秘めていると言うことができる。
 第四の特徴は、極端な個人主義が排され、新しい集団や共同体への要求が強まっていることである。そもそも維新のときや戦後の転換時に、個人主義の克服や新しい集団への要求などといったことが大きな問題になること自体が有り得なかった。数百年の歴史をもつ村落共同体は、いまだしっかりと残存していたし、そうしたなか、個人主義が大きな問題として取り上げられることもなかった。むしろ、欧米式の個人主義を取り入れ、自我の確立、個人の自立を追求することの方が一般的趨勢になっていたのではないだろうか。
 しかし、今はまったく違う。地縁、血縁、職縁、ありとあらゆる集団、共同体が崩壊していっている。国も地域も職場も学校も、そして家族、家庭さえも当てにできるものはなにもない。自分が依って立つ居場所がなくなった人間が自分の生きる意味や倫理道徳、幸福、生きがいなど人間にとってもっとも大切なことを失ってしまうのは、今日の日本の惨状がよく示してくれているのではないだろうか。これは、幕末とも、戦中・戦後とも異なる今日のもっとも重要な特徴だと言えると思う。

 

三、 時代の転換にどう対応するか、その基準はなにか


 アメリカの要求に従い、その一極支配を支えるため、アメリカに吸収融合されて、世界史からその姿を消すのか、それとも、日本の国と民族の新しい発展の道を選ぶのか。言い換えれば、アメリカの要求通り、第三の「開国」を強行するのか、それとも、明治以来の「開国」、すなわち「手先侵略国家化」の歴史に終止符を打ち、日本の新しい自主的発展の道に進むのか。この問いに答える主体は、われわれ日本人自身を置いて他にない。
 イラクの事態を見ても明らかなように、その国の問題を解決し、その進路を決めるのは、その国の人々自身である。他国の誰がそれをやろうが、その失敗は目に見えている。その国のことはその国の人が一番切実な利害関係を持っており、一番よく知っている。
 では、われわれ日本人が、進展する時代の転換のなかで、日本の進路を正しく選択するためにはどうしたらよいのか。

1 問われる日本の進路、その選択の基準は何か
 これまでも大きく変化する時代の転換時には、日本の進路が問われてきた。維新のときにも、戦後の転換のときにも、今後日本はどの方向に進むべきか、その進路が問題になった。
 維新のときは、まず、「攘夷か開国か」が問題にされたし、続く自由民権運動では「民権か国権か」が問題にされた。また、戦後、問題にされたのは、ファッショと戦争、軍国主義への回帰をめぐっての攻防だったと言える。
 これらすべてが日本の進路をめぐっての闘いであり、その判断の基準が多かれ少なかれ「日本のため」、「日本にとって」どうかにあったのは言うまでもないだろう。すなわち、日本のために攘夷がよいのか開国がよいのかであり、日本にとって軍国主義への回帰がよいのかどうかだったということだ。
 だが、その一方、この「日本のため」、「日本にとって」どうかが明確にその基準にされ切れていなかったのも事実ではないかと思う。維新のとき、「日本」という概念はいまだはっきりと確立されていなかったし、自由民権運動における民権の主張も「日本のため」という視座を十分に持ち得ていなかった。もし、そういう視座がしっかりと定まっていたなら、少なくとも「民権か国権か」ではなく、「民権ある国権か民権なき国権か」というように問題が立てられ、民権と国権を対立させるのではなく、統一的に実現する道が追求されていたはずである。
 戦後の転換時でも同じことだ。軍国主義への回帰をめぐっての攻防が多かれ少なかれ「日本のため」、「日本にとって」どうかを基準にしていたのは当然である。しかし、それが日本の利益に責任を持つ立場からのものというよりは、左翼反対派的な立場からのものになっていたのも事実ではないだろうか。
 一言でいって、これまで日本の運命に責任を持つ立場から、「日本のため」、「日本にとって」どうかを基準に日本の進路について考え、問題提起してくることが十分にできてこなかったと言うことだ。
 では、今日の時代転換に対してはどうか。ここにおいて「日本のため」、「日本にとって」どうかという基準が打ち立てられているとは到底言えない。それどころか、その逆の現象が現れている。すなわち、そのような基準を持つこと自体が誤りだと言うことだ。

2 「日本のため」は誤りか
 日本の進路を考えるに当たり、「日本のため」、「日本にとって」どうかを基準にするのが誤りだと言うのは、グローバリズムの立場からの見解だ。「日本のため」は一国主義だ、自国の利益よりもまず、世界の利益を考えるべきだということだ。
 グローバリズムのこうした類の見解で気づくのは、すべてを対立的に考えていることだ。「日本のため」を一国主義だとして批判しそれに反対するのも、「日本のため」と「世界のため」が対立するものと考えているからだ。「日本のため」を追求することによって他国と衝突し、世界の利益を犠牲にしてはならないということだ。
 だが、本当にそうだろうか。「日本のため」を追求することは、すなわち他国と衝突し、世界の利益を犠牲にすることなのか。そうではなく、「日本のため」になることをやってこそ「世界のため」になることができ、「日本のため」にならないことは「世界のため」にもならないのではないのか。
 実際、日本の景気が良くなってこそ、世界の景気も良くなり、日本が平和であってこそ、世界も平和になる。日本が恐慌や不況になれば、世界の景気にも悪影響を及ぼし、日本と朝鮮の間で戦争が起これば、アジアと世界の平和は大きく脅かされるようになる。
 このように考えれば、「日本のため」と「世界のため」を対立的にとらえることの誤りは明白だと思う。われわれは、両者を対立させるのではなく、統一的に実現する道を探り、追求して行くべきである。
 そのうえで、なぜ、まず「世界のため」でなくまず「日本のため」かということだが、それは、われわれが日本を単位に生活し活動しており、それを通して世界に対しているからだと思う。もちろん、今日、世界を単位に生活し活動している人がいるのは事実だし、世界に直接対している人がいるのも事実である。しかし、そういう人は極一握りの少数だし、その極少数の人々も、多かれ少なかれ日本という国を背負って生きているのも事実である。
 グローバリズムの立場から「日本のため」に反対する見解としては、人間にとって国や民族を単位にするより世界を単位にする方が良いという考えもある。すなわち、世界市民として世界を股にかけて生き活動する生活こそ真に人間らしい生活だということだ。
 もちろん、芸術やスポーツなどの分野で世界を股にかけての大活躍を繰り広げている人がいるのは事実だし、彼らの生活が人間として充実したものであるのを否定するつもりは毛頭ない。しかし、そういう人たちでも日本と無縁でないのは先にみた通りだし、また、彼らの少なからぬ人たちが自分が上げた成果を日本で活かしたいと思っているのも事実である。
 それに、なにより決定的なのは、そういう人たちは極小数であり、圧倒的多数は、自分の国と民族を単位に生活しているのであり、やむなく外国に出稼ぎに出たり、移民・移住したりする人々の場合も、彼らが自分の国を離れ、家族や友人たちと離れてより人間として幸せだなどという話は聞いたことがない。
 このことは、自分の国と民族が発展してこそ、人間は幸せになり、より人間的な生活ができるようになることを示しているのではないだろうか。
 まず「日本のため」であり、「世界のため」でないのは、こうしたところから言えると思う。

3 「日本のため」を基準に時代の転換に対応しよう
 今日、時代の転換を正しく推し進めるうえで、「日本のため」を基準にすることの意義はきわめて大きい。
なによりも大きいことは、「日本のため」を基準に時代の転換に対すると、いろいろなことが見えてくることだ。アメリカの要求に従って、アメリカの一部としてアメリカの世界一極支配を支えていくのが正しいのか、それともアジアとともに、多極世界とともに自主の道に進むのが正しいのか。日本の国と民族がなくなるのがよいことなのか、それとも国と民族が新しく発展するようにするのがよいことなのか。こうした今日提起されている諸問題の正否、善悪が、「日本のため」を基準にするとはっきりと見えてくる。
 今日、グローバリズムの進展のなかで、大きな特徴の一つになっているのが、物事の正否、善悪の区別がつかなくなっていることだ。人を殺すのがなぜ悪いのか、その答えさえ曖昧になっている最大の原因は、国と民族など集団が否定され、個人しかなくなることにより、皆に共通の基準がなくなっているところにある。こうしたなか、われわれ日本人皆の生活の単位である「日本」の利益を基準にし、それに合うか合わないかを基準に事の正否、善悪を判断するようにする意義は計り知れなく大きい。
 実際、「日本のため」、「日本にとって」どうかを基準にしたとき、日本の進路をめぐる論議は一段と活発になり深みを増してくるだろう。
 もう一つ、「日本のため」を基準にするのがよいのは、日本の進路をめぐる論議の輪を大きく広げることができることだ。われわれ日本人にとって、もっとも広範な共通の関心事は「日本」であり「日本の利益」である。「日本のため」、「日本にとって」どうかと問われれば、大概の人は無関心ではいられない。スポーツなどの国際大会で日本が出場しているかいないかで人々の関心の度合いが決定的に異なってくるのをみても、それは当然のことだ。「日本のため」、「日本にとって」どうかを基準に今日の転換に関する問題を提起するとき、それをめぐる論議の輪が最大に広がり、それが時代の転換を正しく進展させるうえでいかに大きな力になるかは論を待たない。

 

四、 時代の転換に即して日本の発展を!


 転換の時代に生きながら、今われわれにもっとも切実に問われていることは、この世界史的で民族史的な巨大な転換に即して日本の発展を計ることである。この時代的転換に逆らったり、これを無視して、日本をよくしたり、発展させたりすることは決してできない。この転換に即して闘いを推し進めてこそ、あらゆる勝利と成功が約束されるようになる。
 われわれは、「日本のため」を基準にこの時代の要請に正しく応えて行かなければならない。そうしてこそ、転換は正しい方向に進展し、それが結局、日本の利益につながり、世界と各人の利益を実現していくだろう。

1 日本自主化こそ、時代の転換を促進する鍵

 「日本のため」を基準に時代の転換に対応するとき、もっとも重要なことは何だろうか。ある人はそれをアメリカに従い、アメリカを支えることだと言っている。「従属国益論」を言う人々はそういう人たちだろう。また、ある人はアジアとともに進むことの重要性を言っている。総じて、アメリカとともに行くのか、アジアとともに進むのか、はたまた、その中間で行くのかが問題にされている。
 これとは少し違う角度から、「日本のため」、「日本にとって」どうするのがよいのか考えている人たちもいる。彼らは、グローバル化されていく世界と日本に対して、もう一つの世界、もう一つの日本は可能かと問題提起している。市場原理、競争原理万能で、効率一辺倒なグローバル世界、グローバル日本以外の世界と日本はないのかということだ。これも、時代の転換を考えるうえで重要なものの考え方だと言えると思う。
 「日本のため」どうしたらよいかを考えるとき、なによりもまず考えなければならないのは、他国に従属していて本当に日本のための政治をやれるかということである。それができないのは、「従属国益論」を叫ぶ人々も十分に分かっていると思う。アメリカに従属していれば、その政治がアメリカのためのものになるのは自明のことである。彼らが言いたいのは、それでもアメリカにつき従っていくのが日本のためだということだ。
 だが、はたしてそうだろうか。イラクへの米軍進駐は、第二次大戦後の日本への進駐をモデルにしたものだそうだ。そこで考えなければならないのは、今のイラクの事態がイラクのためのものかということだ。それがそうでないのは当のイラク人自身が声を限りに告発している。
では、戦後の日本の事態はどうだったのか。そして今日の日本は本当に日本のための日本になっているのか。戦後の日本の「民主化」は、イラクの「民主化」と本質的なところで通じるものをもっているのではないのか。アブグレイブ収容所での「肉体的苦痛と性的辱め」「恐怖と衝撃」によるイラク人の奴隷化は、日本人に対してはやられなかったと言えるのか。原爆による「恐怖と衝撃」は何だったのか。アメリカの核による支配に一番強く反対すべき日本が一番熱心にその擁護に回っているのはなぜなのか。
 今日、物質的豊かさと対比して、精神の貧困が言われ、政治の衰弱が嘆かれている。それはこのことと無縁ではないだろう。イラクはその反抗の故に「アブグレイブ」があったが、日本は「アブグレイブ」がなかった代わりに国全体が「アブグレイブ」にされた。自分の国に対する誇りも愛ももてなくなっているのは、すぐれてこのアメリカに対する屈従とそれが当たり前のことになっている現実から来ているのではないだろうか。
 精神の屈従、政治の追随は、「日本のため」に良いものとはなり得ない。それは、日本人の精神生活、政治生活だけでなく、物質生活にまで深く影響を及ぼしてきている。
 なによりも、精神生活の貧困化が深刻だ。国と民族をはじめあらゆる集団を否定し破壊し、その主権、自主権を否定し踏みにじるグローバル化、対米融合・手先化が強行される今日の日本社会にあって最大の問題は、自分しか知らない極度の個人主義、大義や未来を否定するその日暮らしの刹那主義の蔓延であり、自分の国、自分の集団、そして自分自身とその自主性に対する無自覚、良心の呵責や犯罪に対する罪悪感の喪失とそれに基づく倫理道徳の崩壊などである。この自分と目の前のことにしか関心を持てず、人間の尊厳や倫理の大切さに思いを致すことができない貧困な精神生活が人々の生活全般に及ぼす悪影響は計り知れない。
 一方、政治生活の反動化は、とどまるところを知らない政治離れの拡大とそこから生まれる膨大な政治的無関心層の政治からの排除というかたちをとって進行している。急速に進む社会の個人化とあらゆる分野、領域への競争原理、市場原理の導入は、青年フリーターをはじめとする絶対多数の人々が自己の運命を国と民族、地域と職場など集団の運命と結びつけそこに託すことなく、職などを転々としながら自分一人で開拓する風潮を強め、彼らがますます政治離れし、休日には寝て過ごすと言うようにぐったりと疲れきりながら、政治にまったく関係のない膨大な政治的無関心層を形成するようにしている。これは、弱肉強食の競争社会が産んだ少数勝ち組のみによる日本政治の運営と絶対多数負け組の政治からの完全な排除を意味している。投票所から青年たちの姿が消えた今日の日本の政治状況は、日本人の政治生活の反動化がどこまで至っているのかを示して余りあると言えるだろう。
 危機的状況は、今や物質生活にまで及んできている。アメリカの経済力が傾いてきている今日、その矛盾は日本をはじめ同盟国、従属国に押しつけられ、バブルの発生と崩壊や通貨危機が起こり、日本においては、「第二の敗戦」と呼ばれる事態まで生じ、それが現在に至るまで尾を引いている。大失業時代の到来と不安定雇用の常態化は、その結果であり、人々の物質生活にまで及ぶ貧困化の直接的要因となっている。それが、家庭や地域、職場、学校などあらゆる集団の崩壊と相まって、結婚も子育てもできない出生率最低の事態を招いているのは象徴的である。この人間にとってもっとも初歩的な幸せまで奪う事態の根源に対米従属があるのに思いを致すことが今切実に問われてきているのではないだろうか。
 明治維新以来続いてきた「開国」、手先侵略国家化の歴史を根本からとらえかえし、アメリカに対しても自主、アジアに対しても自主の新しい日本のあり方を追求するときが来ている。その根底には、自分の頭で考え、自分の決心に従って自分の力で生きる自主性こそが国と民族の生命であり、この自主性を大切にし尊重してこそアジアと世界、すべての国々とともに進んでゆけるという理念と観点がなければならないだろう。
 「脱亜入欧」から脱却し、自主的にアジアとともに、多極世界とともに進む日本になったとき、日本の民族史的転換は、世界史の巨大な転換に合流し、国と民族のまったく新しい発展の軌道にしっかりと乗るようになるだろう。これこそが真の「近代の超克」「アメリカの超克」であり、日本のまったく新しい発展の道を切り開く鍵になると思う。

2 日本の国と民族の新しい自主的発展のために

(1) アジアとともに自主の道へ
 日本の自主化は、アジア共同体の形成と一体である。アジアを一つの共同体として形成することなしには日本の自主化は困難であり、自主化された日本を持つことなしにはアジア共同体の形成は容易でない。それは、日本の自主化もアジア共同体の形成もアメリカの世界一極支配に抗し、それを打ち破ってこそ実現できるものだからだ。それだけに、このアジア共同体の一員としての日本の自主化は決定的である。
 これは、明治維新以来の「脱亜入欧」路線からの根本的転換である。「脱亜入欧」が欧米に従属してアジアに敵対する道だったとすれば、「自主化」路線は、それと正反対のまったく新しい道である。
 前者が国と民族を否定し、その主権、自主権を敵視し踏みにじる道であるなら、後者は国と民族を尊重し、その主権、自主権を擁護し実現する道である。また、前者が地域共同体や職場、学校、そして家庭に至るまであらゆる集団の崩壊をもたらし、各単位の自治、自決を弱化させる道だとすれば、後者はあらゆる集団、共同体の新しい発展を切り開き、その自治、自決を全面的に開花させる道だと言えるだろう。
 アジア民族主義の風がその勢いを強めている今日、「アジアとともに自主の道へ」は、大きな正当性と生命力をもっている。かつて、「近代の超克」が欧米からの脱却を言いながら、アジア侵略の軍国主義に利用された歴史の教訓を忘れず、日本の自主化を実現して、今度こそ真に欧米の超克、アメリカの超克を果たし、日本の国と民族の新しい発展の道を力強く切り開いて行かなければならないだろう。

(2) 自主と共同の原理を基本に
 日本自主化を実現するうえで重要なのは、この闘いをどのような原理に基礎して推し進めるかということである。原理が定まってこそ、政治、経済、軍事、文化などあらゆる分野と領域にわたる自主化政策を正しく打ち立て、遂行していくことができる。
 今促進されている日本のグローバル化、対米融合・手先化は、競争原理、隷属の原理に基づいている。すなわち、集団を否定し個人を基本としながら、個と個の競争を通して社会が成り立ち発展すると見るものの見方であり、アメリカや超巨大独占体など、強者に逆らうのではなく、その支配のもとで各個人の幸福を追求するのが良いとする見方である。
 市場万能主義のもと、市場と競争に経済を委ね、為替や株式市場の操作を政治の基本とするグローバル化、対米融合・手先化の政治が、弱肉強食による貧富の差の拡大、社会の二極化とあらゆる集団の崩壊を生み出しながら、「従属国益論」など対米従属の合理化をはかっている、その根元のところにはこの競争原理、隷属の原理がある。
 これに対し、自主化の原理はどういうものになるだろうか。まず重要なことは、個人を大切にするためにも集団を大切にしなければならず、集団が発展してこそ個人も発展し、集団が幸せになってこそ個人も幸せになるという立場に立つことだ。もう一つ重要なことは、個人が発展し幸せになるためにも、集団が発展し幸せになるためにも、自主性が生命だということだ。言い換えれば、自己決定し、自己責任をもってこそ、個人も集団も発展し、幸せになれるということだ。
 こうした観点、立場から出てくる原理は、隷属と競争の原理とは対照的な自主と共同の原理とでも言えるものとなるだろう。もちろん、自主化された国と社会に競争の原理が作用しないはずがない。しかし、それが万能の原理として全面的に作用するのではなく、自主化された日本では、自主と共同の原理が基本になり、自主と共同の原理に基礎しながら、競争原理も作用するようになるということだ。

(3) 自主化された日本を展望する
 自主化された日本、自主と共同の原理に基づく日本は、どのような日本になるのか。それを自主化の政策から展望するとどうなるだろうか。
 まず、第一に言えることは、東アジア共同体の一員として大きな役割を果たす自主強国日本だ。
 これがかつての「大東亜共栄圏の盟主日本」と根本的に違うのは、自主と共同の原理に基礎しているか否かにある。かつての軍国日本には、自主の原理も共同の原理もなかった。あったのは、欧米の支配からアジアを救ってやるという「盟主」としての傲慢とアジア諸国は自分では自分を救えないという彼らに対する蔑視だった。
 自主強国日本は、これとは根本的に異なる。欧米の支配から「アジアを救ってやる」ではなく、そこから「アジア諸国とともに抜け出そう」であり、アジア諸国を「自分では自分を救えない」、自主的な意思も力もない国と見るのではなく、むしろアジア諸国の自主精神に学び、その力に依拠するということだ。
 自主強国日本は、また、米一極支配の手先としての日本とも根本的に異なる。アメリカの手先としての日本が隷属と競争の原理に基づき、ドルと核によるアメリカの支配のもとにアジアが服従することを求め、そのもとでの「自由競争」を推奨しているのに対し、自主強国日本は、自主と共同の原理のもと、アジアの自主的発展と相互の助け合いをその先頭に立って支え推進していく。具体的には、自主独立のバンドン精神の尊重であり、経済主権に基づくアジア通貨、アジア基金の設立であり、各国の自衛に基礎したアジア安保の確立である。
 第二に言えるのは、経済主権が確立し、民族経済、地域経済が自立的、総合的、均衡的に発展した世界とアジアの経済に貢献する真の経済大国日本である。
 今日の日本には経済主権はまったくないに等しい。経済の対米融合は、経済を日本のために発展させる主権の喪失を意味している。これにより、日本経済は日本のためでなくアメリカのための経済になってしまった。
 ドルの買い支え、米国債の買い支えなど、日本経済は、アメリカの財政を支え、ドル支配体制を維持するためのものになっており、原料、エネルギー、そして食糧の大半をアメリカに依存し、アメリカのメジャーのドル箱になっているのが今の日本経済である。さらには、金融から農業、教育、医療に至るまで、日本のあらゆる産業分野は、「再生ファンド」方式による企業買収や脱税など、アメリカ独占が暴利をむさぼる対象になっている。主権を失いアメリカのためのものになった「日本経済」が日本と日本人のため均衡的、持続的に発展する経済になるはずがない。
 日本自主化による経済主権の確立は、日本経済が民族共同体のための経済として、中央と地方、すべての産業分野が有機的に結合し、自立的、総合的、均衡的に発展しながら、日本と日本人のため、ひいてはアジアと世界経済の発展のために寄与し貢献できるようにする決定的保証である。
 自主化された日本の展望で第三に言えるのは、自国の領土、領域への侵害を許さない撃退武力強化に専心する徹底した自衛路線を堅持し、アジア安保を支える世界に冠たる平和国家日本である。
 今日、日本の軍事は、日本の平和、日本の防衛、ひいてはアジアと世界の平和ともまったく無縁などころか、それと敵対するものになっている。その原因が軍事の対米融合・手先化にあるのは、これまで見てきた通りである。
 アメリカへの追随とアジアへの敵対をやめた自主化された日本においてもっとも特徴的な展望は、この軍事の自主化にある。アメリカのアジア侵略を補完するための部隊編成と配置、兵器体系などを日本の領土、領域へ侵害を撃退するためのものに改編するのは、それ自体革命的な転換となるだろう。さらに、日米安保を友好条約化しアメリカとの関係を正常化しながら、新たにアジア安保に依拠するようにするのは、これまた、大きな革新であり転換だと言えるだろう。
 自主化された日本の第四の展望についていえば、それは、自主と共同の原理に基づく教育立国日本であり、福祉国家日本だと言えるだろう。
 これは、今日、日本の教育と福祉が隷属と競争の原理に基づき、アメリカ化され、競争原理が導入され、公教育、国民教育、社会福祉といった教育や福祉本来の性格が失われてきているなかにあってきわめて重要である。
 元来、教育や福祉は、共同体的事業だ。教育の目的は、本人自身の発展のためであると同時に、共同体のための人材の育成である。だから教育の方法も、家庭教育と学校教育、地域教育を結び付けたものが理想だと言われる。また、福祉についても同様のことが言える。共同体成員の生活と健康は、共同体が責任をもってみて当然だという考えだ。
 共同体的事業である教育や福祉は、一方で、自主、自治、自決の事業だと言うことができる。それは、自主、自治、自決でやってこそ、教育や福祉が真に共同体の要求にあったものとなり、各人の利益にもあうようになるからだ。
 共同体的事業である教育と福祉を隷属と競争の原理でやるというのは、そもそも根本が誤っている。アメリカに委ねられた教育と福祉が、日本と日本人のため、日本の実情に基礎して、主に日本の教育産業、医療産業に依拠しながら、共同体日本の公教育、社会福祉を国家と地域、学校と医療機関、そして家庭が一体となって実現するようなものにならないのは自明のことではないだろうか。自主と共同の原理に基づく教育と福祉のみが、これを共同体的事業として正しく発展させていくだろう。

3 自主日本のまったく新しい歴史的発展
 日本の自主化は、日本の手先侵略国家化に終止符を打ち、アジアとともに、世界とともに進む自主日本のまったく新しい出発を告げる宣言である。
 日本自主化の原理である自主と共同の原理は、単純な当面の政策原理ではない。それは、国と民族の新しい発展の原理、国と民族の自主性と和合のまったく新しい次元への発展の原理である。
 国と民族にとって、自主性はその生命であり、和合はその生存方式である。自主性をもってこそ、国と民族は、人々の生の拠り所、運命開拓の基本単位としての自らの存在を維持し、その役割を果たすことができる。また、和合し団結することなしに、国と民族は存在することも、その本来の役割を果たすことも到底できない。
 グローバル化、対米融合・手先化によって、自主性を踏みにじられ、和合を破壊され国民一人一人がバラバラにされ、一握りの「勝ち組」と圧倒的多数の「負け組」に二極化されてきたこれまでの日本は、人々の生の拠り所、運命開拓の基本単位としての自らの存在を維持することも、その役割を果たすこともできなくなっていた。これは、日本人にとって、今日の日本の惨状を集大成した最大の不幸だと言っても決して過言ではないと言える。
 人間にとってもっとも幸福なことは、自分がそこで必要とされており、皆の愛と信頼を得ていると実感できる自らの居場所を持つことではないだろうか。誰からも必要とされず、愛も信頼も受けることができなければ、生きがいがなく、生きる意味さえなくなってしまう。
 そうした居場所として、国と民族は人間にとってもっとも基本的なものだ。もちろん、家族も地域も、職場や学校も人間にとって重要な居場所になる。しかし、それらすべての根底に国と民族があるのも事実ではないだろうか。なぜなら、国と民族が社会生活の基本単位であり、人々の運命開拓も国と民族を単位に推し進められていくからだ。すなわち、家族も地域も、職場や学校も、すべて国と民族を単位として結びついており、国と民族が豊かで幸せになってこそ、それらすべても豊かで幸せになる。だから、家族も地域も、職場や学校もすべてが、多かれ少なかれ、国と民族の発展に寄与しようとし、そこに自らの役割や本分も、生きがいや幸福も見つけ出そうとしていく。
 日本の国と民族の自主性と和合が否定され破壊されてきたこれまでの手先侵略国家化の道は、日本人の生きがいと幸福が踏みにじられてきた歴史だったと言うことができる。実際、年間三万名を超え増加し続ける自殺者数、超少子化国になった出生率の極端な低下、生きる意味、倫理道徳を守る意味を見失った少年たちの増加、等々はその証である。自分の居場所、共同体を失った日本人は、生きる意味を見失い、子どもを産み、育てる意味も条件も失い、正否、善悪を見分ける倫理の基準、判断の基準まで失っている。
 それが極限にまで来ている今日、日本自主化の闘いを推し進めることは、われわれ日本人の生きがいと幸福を取り戻し、より高く実現していく闘いの開始を意味しており、それは、自主と共同の新しい原理のもと、われわれ日本人皆の社会生活単位であり、居場所である民族共同体をまったく新しい次元へと発展させる闘いの出発を意味していると言えるのではないだろうか。


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